猫組曲(「4匹の猫」「もう3匹の猫」)
Cat Suite
I. Kraken II. Black Sam III. Borage IV. Mr. Jums
Three More Cats
I. Flora II. Tubby Mousetrouser III. Homepride
クリス・ヘイゼル
(Chris Hazell 1948- )
◇◇◇
「4匹の猫」(Cat Suite) はブラスアンサンブルの金字塔、フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル(Philip Jones Brass Ensemble/PJBE)の委嘱作品であり、特に彼らのアンコール・ピースとして大変な人気を博していた。
「ミスター・ジャムズ」「ブラック・サム」「バーリッジ」の3曲がまず作曲され(「3匹の猫」として出版されている)、追って「クラーケン」が”もう1匹の猫”として作曲・出版された。
しかしながら現在では、作曲者ヘイゼル自身がここまでの4曲をまとめて「4匹の猫」という組曲と認識していることから、本稿ではこれに従う。
一方 、「もう3匹の猫」(Three More Cats) はPJBEの後継として活動したロンドン・ブラス(London Brass Virtuosi)の委嘱作品。
これらから成る「猫組曲」は、ブラスアンサンブルのレパートリーとして、最大のヒット作のひとつとなったのだった。
作曲者ヘイゼルは、
「この曲のインスピレーションを得た時、私は4匹の猫と暮らしていた。4匹がそれぞれまったく違った個性を持っていたので、それぞれの猫にちなんだ作品を書くというのはいいアイディアだと思った。また、「もう3匹の猫」については(「4匹の猫」から随分と時間が経ってしまったが)1つを除いて、その後新たに我が家へやってきた猫にちなんだ作品である。」
と述べている。
このいずれの曲も魅力的な旋律に満ち、金管楽器の音色や機能を生かす一方、ジャジーあるいはゴスペル調の作風で親しみやすく、そのうえ品があってシャレている!奏者も聴衆も理屈抜きに楽しめる素敵な作品である。
◇◇◇
それでは各曲について、ヘイゼル自身のコメント(「 」)と併せ紹介したい。
「4匹の猫」
I.クラーケン (Kraken ♀)
「”巨大な”伝説上の海獣の名前からジョークを込めて命名。捨て猫だったクラーケンは私の片方の手のひらで丸まって眠るほど小さかったのだが・・・。
成猫となっても小さいままだったが、他の猫が如何に大きくともクラーケンは家中の猫のボスであり、とても長生きして20歳まで生きた。クラーケンの気取った鳴き声は自らがボスであることを誇示するものであり、小さいがしかしその威を示す、斑点のある尻尾が彼女の特徴だ。
そこでクラーケンを表すこの曲にはフーガを入れることにした。”フーガ”の語源はラテン語の”尻尾”だから・・・。」
♪私自身、「クラーケン」が小柄な牝猫と知って、非常に吃驚した。
とても気取って飄々と歩き回るイメージは実物通りだが、まさか「姉御様」だったとは・・・。
Tubaのベース音の上にBass Tb.がビートを奏でて始まり(斬新!)、高らかにTb.がモチーフ提示。主部の旋律はまさに小洒落ていて憎いばかり。中間部のフーガがまたシャレている。この曲をPJBEの演奏で聴くと、「あー、やっぱレイモンド・プレムルーのBass Tb.って最高!」・・・と思わされる。
II.ブラック・サム (Black Sam ♂)
「雨の降る寒い日曜の朝、窓の外に座ってニャーニャーわめいていたのを、家に入れてやったのがこのブラック・サム。これまで聞いたことのある中で一番大きくかつしゃがれた声でのどを鳴らす猫だった。それはまるでゴスペル・シンガーがお気に入りの霊歌に没頭しているかのよう。私が抱っこすると、ブラック・サムはこの「聖歌」を奏で、やがてそれは彼の性格を反映してか、だんだん気だるいスウィングに変わっていくのだ。」
♪作曲者のコメント通り。暖かい旋律が移ろい、気だるく”揺れて”いく様が心地よい。この曲から感じるのはやはり「雨」のムードでもある。ただ、決してそれだけではなく、意を決したようにPicc.Tp.が現れクライマックスを形成、楽曲に一本芯が通る。
III.バーリッジ (Borage ♂)
「バーリッジは4匹の中で一番最後に我が家にやってきた野良猫。若く、エネルギーに満ち溢れていて、家の中や庭を狂ったように駆け回っているというのが日課だった。彼の名は彼がよく潜んでいた庭の植物にちなんだもの。可愛そうに、バーリッジの寿命はとても短く、車に轢かれて死んでしまった。」
♪これほどBass Tb.がリードしていく曲もあるまい。何しろ冒頭からである。全曲の中で一番ジャズの色彩が強い音楽であり、まさにエネルギッシュ。PJBEの演奏では弱奏と強奏のコントラストが鮮やかで、終始スピード感を喪失しない音色が見事!
IV.ミスター・ジャムズ (Mr.Jums ♂)
「この猫ももとは野良猫で、やせっぽちでズタボロの、とてつもなくひどい状態でどこからともなく現れ、クラーケンからエサを盗もうとしていた。こんな彼は信用がなく、数ケ月は家に入れてやらなかった。野良猫時代には毛の色にちなんで「ジンジャー」と呼んでいたのだが、それがいつしか「ジャンブル」に変わり、最終的に「ミスター・ジャムズ」に落ち着いた。そんな荒んだ過去を持つ猫だが、我が家の猫たちの中で一番心優しいのはこのミスター・ジャムズであった。この曲は、その優しさを描こうとしたものである。
尚、この曲は4曲の中でも一番人気があり、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールにおけるフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのさよならコンサートのために私はこの「ミスター・ジャムズ」(Mr.Jums)をもじった曲を提供、アンコールで演奏された。これはブラスアンサンブルの有名な30のレパートリーを織り込んだものだったが、その曲名こそは・・・「ミスター・ジョーンズ」(Mr.Jones)であった!」
♪とにかく旋律が泣かせる!これがフリューゲルホーンの柔らかい音色で奏されるから尚更だが、これと後半のPicc.Tp.のオブリガートとの対比が際立っていてまた素敵!PJBEの編成(Tp.4+Tb.4+Hn.1+Tuba1)を生かしきった作品でもある。
「もう3匹の猫」
I.フローラ (Flora ♀)
「フローラは仔猫の時分にゴミ箱の中で見つけた。バーリッジと同じで、彼女は走り回るのが何よりも好き。かと思うと急に止まって眠ってしまい、また飛び起きて走り回るというのを繰り返す。彼女を探すと、たいていは庭の茂みの中にいた。フローラ(花の女神)という名前はそのことにちなんでいる。」
♪まずはミスター・ジャムズを髣髴とさせるPicc.Tp.の輝きが現れ、ハッとさせられるのだが、この曲の魅力は何といってもTp.ソロが朗々と奏でる息の長い旋律!
私はこの旋律が全7曲を通じて一番好き。
II.タビー・マウストラウザー
(Tubby Mousetrouser ♂)
「レコードのディーラーをやっている私の友人の猫。この友人はPJBEのとてつもないファンで、「4匹の猫」が大好き。そんな彼に敬意を表して、彼の猫をこの「もう三匹の猫」に入れることにした。
名前の由来はよく判らない。「タビー」と「マウス」はすぐ判るけど、「トラウザー」は・・・?眠ることと食べることが何より大好きな優しい猫なのだが・・・。」
♪この曲だけはヘイゼルの飼い猫ではない。「眠ることと食べることが何よりも大好きな優しい猫」という言葉の通り、夢見心地の気分に誘う優美な音楽。
III.ホームプライド (Homepride ♂)
「巨大で、薄いジンジャー色をした猫。ある日の早朝に私の家の台所で勝手にエサを探しているところを見つけたのが最初。その時、私は小麦粉かなにかをかぶったミスター・ジャムズがいるのだとばかり思ったのだが・・・。この猫が完全に我が家の猫となった後も、「小麦粉」の印象は残っていたので、イギリスの有名な小麦粉とパンのブランドからとって、ホームプライドと名づけた。このホームプライドを従わせることができたのはやはりクラーケンだけだった。」
♪終曲らしく華々しいオープニング。唯一ドラム・セットも参加する曲で、快活なムードに溢れているが、途中で憂いに満ちた旋律が現れ、この曲の味わいをより深いものにしている。
ちなみに「ホームプライド」ブランドの小麦粉っていうのはこちらでご覧下さい。
http://www.homeprideflour.co.uk/
◇◇◇
さて音源である。
「4匹の猫」収録、名手揃いのPJBEによる永遠の名盤!
音色、歌い方、構成感、アンサンブルの見事さのいずれもが、他の追随を許さない。
「4匹の猫」「もう3匹の猫」全7曲を収録、チームワークの良いアンサンブルを聴かせる The Denver Brass 2001年の録音。「歌心」を大切にした演奏。
こちらも「4匹の猫」「もう3匹の猫」全7曲を収録、All-Brass-Ensemble Jeunesses Musicales World Orchestra による1996-1997年の録音。
小気味良い、リズム感溢れる演奏。緩急のメリハリがハッキリした演奏だが、ややニュアンスを欠くか。
♪♪♪
The Denver Brass
All-Brass-Ensemble Jeunesses Musicales World Orchestra
♪♪♪
「4匹の猫」は誰が何と言おうとも本家本元=PJBEをおいて他になし!
「4匹の猫」については、上記の3つのアンサンブルを聴き比べることができるのだが、ハッキリ言ってしまうと「大人と子供」。
PJBEはそもそも音自体が凄い。質感が充実しているというか、本当に「全て」の音が一つ一つしっかりと響いているのである。(ああ、金管奏者の端くれとして、かくありたいものだ。とても無理だけど・・・。)
そして旋律の歌い方の卓越ぶり、決して淀むことのない音楽の流れ、メリハリの効いたコントラスト・・・テンポも揺れておりデジタルな凄みがあるといった類の演奏ではないが、PJBEのスタイルで完結したその姿には、ただ脱帽というほかない。
「もう3匹の猫」のThe Denver Brass、All-Brass-Ensemble Jeunesses Musicales World Orchestra も、ともに健闘してはいる。この曲の魅力は充分感じることができるはずだ。
◇◇◇
しかし、である。
この「もう3匹の猫」についても、今は亡きフィリップ・.ジョーンズやジョン・.フレッチャーのいた、全盛のPJBEの演奏が存在したなら・・・
-と無いものねだりをしたくなるのは、決して私だけではあるまい。
(First Issued 2006.6.13. / 新音源入手を機に改訂)
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