2017年5月27日 (土)

歌劇「いやいやながらの王様」より”スラヴ舞曲”

Operacomique_2_2                      (画像:2009年のオペラ=コミック座公演より)

Danse Slave from "Le Roi Malgre Lui"
E.シャブリエ
(Emmanuel Chabrier 1841-1894)


代表作「狂詩曲スペイン」が広く知られるフランスの作曲家エマニュエル・シャブリエ1887年に作曲した歌劇が「いやいやながらの王様」である。
Emmanuel_chabrier_2シャブリエは専門的な音楽教育を受けておらず、法律を学んで40歳目前の1880年に辞するまでフランス内務省に勤務していた異色の作曲家である。加えて53歳の若さで世を去ったことから、その才能に比して遺した作品の数は多いとはいえない
作曲に専念する以前から既に多くのピアノ曲やコミック・オペラに至る作品を著していたこともあって”才気あるアマチュア”と評されたが、それが同時に終生彼のコンプレックスであったと伝わる。
しかしながらシャブリエはダンディーやフォーレ、マスネをはじめとする作曲家や、マネやモネ、ルノワールといった画家、詩人ヴェルレーヌといった一流の芸術家と深い親交があり、その作品も間違いなく一流だった。溌剌とした機知に富み優雅なメロディーに溢れ、加えて和声に先進性を示すと評されるシャブリエの音楽は、後に続くフランス近代の巨匠ドビュッシーとラヴェルにまでも(この巨匠二人が自ら明言しているが)大きな影響を与えたのである。

     【出典・参考】
      オックスフォード オペラ大辞典(平凡社)
      藤田由之、斉藤靖幸両氏によるCDリーフレット解説


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歌劇「いやいやながらの王様」は1887年のパリに於いて、オペラ=コミック座(Théâtre national de l'Opéra-Comique)によって初演された、3幕から成る喜歌劇である。

   【歌劇「いやいやながらの王様」 概要】

    フランス王家から、新たなポーランドの王に迎えられようとしていた
     アンリ・ド・ヴァロワ。-しかし彼は酷いホームシックにかかっていた。
     フランスを恋しがり、戴冠式の日が迫るにもかかわらずポーランドか
         ら逃げ出したいという思いは募るばかりであった。

    そんなアンリは、オーストリア貴族エルネスト大公を新王に据えるた
    め、アンリを誘拐しポーランド国外へ強制追放してしまおうという陰
     謀が進行していることを知る。
    この陰謀に乗っかれば母国フランスへ帰れる!
        -そう睨んだアンリは親友ナンジに成りすまし、逆にナンジを自分に
     仕立て、なんと陰謀団に加担し陰謀を成就させようとするのだった。

    首謀者の親族ゆえに陰謀団に参画したアレクシナが、実はかつてア
     ンリと恋仲であり、この二人の焼けぼっくいに火が着いたり、ナンジ
         の恋人ミンカは陰謀を阻止せんとする主流派のスパイだったりと、
    複雑な人間関係に色恋ごとが絡んでいく。

    何とかフランスへ逃げ戻ろうと陰謀団を焚きつけ、陰謀を実行させて
    いくアンリだったが、彼らの方針が「誘拐した王(アンリのこと)はやっ
    ぱり殺してしまおう!」という話になってきたから、…さあ大変!

    情報が錯綜し、ミンカやアレクシナも絶望したり心配したりの大騒ぎ
    となるが、王の守護隊も駆けつけてきて落着し、全てが当初の話通
    り丸く収まった。
    「いやいやながらの王様」と称されながらも、アンリはポーランド王の
    冠を戴き、国民の祝福を受けてハッピーエンドとなる。

     ※詳細なあらすじ : 「Synopsis.pdf」をダウンロード


Cd_5上記は貴重な全曲盤CDである
シャルル・デュトワcond.
フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団

の構成及びリーフレット解説による。
以降の記述も出典は同一である。)

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Leaflet”スラヴ舞曲”はこの歌劇の第3幕、初めの幕間(間奏曲)に続く場面に登場するものであり、しばしば単独でも演奏される。(他に単独で演奏される楽曲としては第2幕冒頭に登場する”ポーランドの祭り”を挙げることができる。)明朗で屈託のないこの喜歌劇を象徴するような楽曲となっている。

この第3幕の当該場面は、ポーランド国境近くの宿屋でポーランドの民衆が戴冠式の日の祝賀会を開催している様子であり、歌劇では合唱も加わり一層賑やかに演奏される。
全編を通じ変わらぬAllegro con brio 3/4拍子の快活な舞曲であり、3部形式に成る。(このAllegro con brioの適切なテンポ設定がまずもって好演の条件であることは疑いない。)
”スラヴ舞曲”と冠していながら、生命力漲るダイナミックな曲想ばかりでなく、息づくリズムは感じさせつつ優雅で愛らしく洒落たイメージも現れるなど、小品ながらさまざまな表情を見せる魅力的な楽曲である。如何にもフランス的な機知に富んだ印象なのは、シャブリエならではであろう。

冒頭はオーボエ・ファゴット・クラリネット・ホルンという室内楽的な響きの序奏に始まる。
Photoこれに続いて応答する楽器群が次々と加わって高揚し、弾けるような舞曲の主部となるのだが、その瑞々しい生命感に魅了されてしまう。
1_3続いてクラリネットの音色の印象的な楽句に導かれて第2主題が提示されるが、ここでは悠々と伸びやかに伴奏するベースラインに抱(いだ)かれる感覚が何とも心地よい。
2_2リズミックな経過句を挟んでG.P.の後、再び繰り返される第2主題は一層華やかにスケールを拡大して奏されて行き、これを彩るHornのオブリガートがまた際立っている。
Hornブリッジを経て愛らしく優美な旋律の中間部へと入るが、このブリッジは微かに憂愁を匂わせるものとなっており、それがもう実に気が利いているのだ。ここから一層優雅に歌われていくこの中間部の旋律が、絶妙な塩梅でテンションを高めながら展開していくさまは感動的である。
Photoまたそれが心弾む弦のピツィカートの頂点からすぅーっと緩んで…融通無碍な音楽の快感がそこにある。単純な場面の切替えではなく、ニュアンスを含んだ”移ろい”が表現された演奏を期待したい部分である。
序奏部をより細かい音符に成したブリッジを経て主部からを再現、充分な高揚の後に短いコーダに突入し、快活さと品格を兼ね備えたこの舞曲は最後も爽やかに閉じられる。

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この”スラヴ舞曲”は吹奏楽にもアダプトされており、実演する機会に恵まれた際に、私はたちまちこの曲が大好きになってしまった!
全日本吹奏楽コンクールでは1977年に吉良中が「マズルカ」という表題でこの曲を採り上げたのが初演なのだが、その後も頻繁に演奏されているとは云い難い。楽曲としては小品の位置づけなれども、今こそこういった外連味のない愛らしい音楽を吹奏楽はもっと演奏すべきと思うのだが…。
複数出版されている市販譜は重要な対旋律がカットされていたり、サウンド的に吹奏楽としての再構成が不足していたりといった状況であり、より広く演奏されるためにも”決定版”と云えるアレンジが待望されよう。

音源は
Cdポール・パレイcond.
デトロイト交響楽団

の演奏をお奨めしたい。小気味良いテンポに始まり終始生き生きとしたリズムが息づいており、抒情的であったり可愛らしかったりといった音楽の表情変化の豊かさが素敵!パート間・声部間の絶妙なバランスが保たれ続けており、音楽の流れが途切れない。”思わず抱きしめたくなる”そんな好演である。

      【その他の所有音源】
      エルヴェ・ニケcond. モンテカルロ・フィルハーモニック管弦楽団
      ジャン=バティスト・マリcond. パリ国立歌劇場管弦楽団
      ミシェル・プラッソンcond. トゥールーズ市立管弦楽団
      リチャード・ヘイマンcond. ポーランド国立放送交響楽団
      リシャール・ブラローcond. オペラ=コミック座管弦楽団
      エルネスト・アンセルメcond. スイス・ロマンド管弦楽団
      アルミン・ジョルダンcond. フランス国立管弦楽団

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2016年7月16日 (土)

祝典序曲  三善 晃

2Festival Overture
三善 晃 (Akira Miyoshi 1933-2013)

※Overture de Fete と
の欧文標題もあるが本稿はNHK出版のスコア表記に拠った

「今回の曲は、「祝典」という多くの人びとの、多様でありながら、共通かつ統一的な感情にこたえるように楽想を発展させていきたいと考えて作曲をはじめた。
具体的な曲の構成は、基本原理に基づいていくつかの動機を提示し、それを変奏曲形式で発展させるといったものになる。民族、宗教、政治にとらわれない万国博というお祭りには、地球にいる人間の一人として、一つの契機を期する気持ちがある。生の多義への讃歌。」

                                              (初演時作曲者コメント)

1970年
に開催された日本万国博覧会(通称:大阪万博/EXPO'70)の開会式(冒頭画像)のために委嘱され演奏された楽曲である。所謂”機会音楽”と捉えられるためか、或いは逆に「祝典序曲」という標題から一般に想起される音楽とは全く異なる趣を有することからか、現代音楽分野のみならず本邦作曲界の巨人たる三善 晃の手に成る作品としては、あまり評価されていない楽曲なのではあるまいか。しかしながら、短い中にも作曲者の美点と個性が随所に盛り込まれた傑作であると私は云いたい。

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Fukafukas_photo_blog_2”人類の進歩と調和”をテーマとした1970年の大阪万博は、文字通り日本にとってのナショナルプロジェクトだった。
同年3月14日から9月13日まで183日間に亘り大阪・千里丘で開催され、通算来場者数は6,421万人超となり大成功を収めた。第二次世界大戦後の高度経済成長の真っただ中にあった日本における国民的な祭典と位置付けられているのである。

この万博プロジェクトは東京オリンピックの翌年=1965年9月に開催決定するや当時の日本の英知を結集して急ピッチで準備が進められ、1967年3月には会場を大阪・千里丘陵に定めて造成に着手した。
Photo_2会場は「近未来都市のモデル」として設計されている。基本構想(チーフプロデューサー:丹下健三)は連日さまざまな催し物に賑わう”お祭り広場”や「太陽の塔」を中心としたテーマ展示館、劇場、美術館などを集めたシンボルゾーンを木の幹に、動く歩道を枝に、内外のパビリオンを花に見立てたという。
Ultrasonic_2アポロ12号が持ち帰った”月の石”が展示され圧倒的な人気を集めたアメリカ館をはじめ、「ウルトラソニックバス(人間洗濯機)」のサンヨー館などそれぞれに工夫を凝らしたパビリオン展示はもちろん、先端技術や芸術、果ては食文化まで世界中のさまざまな文化に触れる博覧会であり、世界的なスターも招かれるなどイベントも実に国際的であった。


しかし一方で、この万博のテーマ”人類の進歩と調和”は人類の進歩を讃えるだけでなく、科学技術の進歩がもたらすさまざまな負の側面にも目を向けようという主張であったとされる。従来「もの」を見せるイベントであった万博は、第二次世界大戦後「見せる万博」から「考える万博」へと既に性格を変えていたのである。
Photo_2開催にあたり理念が徹底的に議論されたが、それは「人類は直面する不調和といかにして対峙し、乗り越えていくか」というものだったという。これが岡本太郎がプロデュース/デザインした「太陽の塔」を中心とするテ-マ館に明確に示されている。
即ち地下・地上・空中の三層に亘る展示空間であるテーマ館では、それぞれ過去・現在・未来に関する展示が行われ、これは万博のシンボルたる「太陽の塔」が3つの顔(過去を象徴する背面の黒い太陽、現在を象徴する正面の太陽、金色に輝く未来を象徴する黄金の顔)を持つのと同期したものなのである。それゆえに
「テーマ館は、史上最大の万博の中でひとり逆を向いていた。「科学の進歩が社会を豊かに、人を幸せにする」ことを大衆社会に120年も啓蒙し続けてきた万博に単身乗り込み、そのありように「否(ノン)!」を突き付けた。」
                 (「大阪万博-20世紀が夢見た21世紀」編著者・平野暁臣)
と解されている。

     ※尚、テーマ館地下には太陽の塔第4の顔=「地底の太陽」も存在していた。


科学技術の祭典として記憶された大阪万博。-我々は当時の先人たちがそれに込めていた”深く鋭く明哲なる”メッセージに対し、あれから半世紀ほどが経過し実際に21世紀を迎えた今、いったいどんな顔で相対したら良いのだろうか-。

【出典・参考】
Photo「大阪万博-20世紀が夢見た21世紀」 平野 暁臣 編著
  (小学館クリエイティビビジュアル)
万博記念公園 公式HP
インターネットミュージアム 東京国立近代美術館
 「大阪万博1970 デザインプロジェクト」
産経ニュース 平野暁臣氏インタビュー 2014.3.27.


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Photo_2作曲者 三善 晃は第二次大戦後の本邦作曲界をリードした存在と評される。3歳の頃からピアノのみならず作曲をも学び、東京大学文学部仏文科在学中には日本音楽コンクール作曲部門第1位を受賞するなど、早くからその才能が認められてきた。
ピアノ作品から室内楽、大編成管弦楽と幅広いジャンルの作品があり、現代的でシリアス、緊張感漲る曲想に強靭な個性を感じさせるのだが、親しみやすい合唱曲も多い。

吹奏楽との関係も浅からぬものがあり、「交響三章」「バレエ音楽”竹取物語”」「変容抒情短詩」などの代表作がトランスクリプションされて演奏されるほか、「深層の祭」「クロス・バイ・マーチ」「スターズ・アトランピック’96」など吹奏楽オリジナル曲も多数遺している。
20年以上に亘り桐朋音大の学長を務め、また最先端のクラシック作曲家であり続けた一方で、映像関連の音楽も手掛け1979年にはアニメ「赤毛のアン」の主題歌・エンディング曲も担当するなど融通無碍に才を発揮し、実に幅広い聴衆を楽しませたのである。

※アニメ「赤毛のアン」(1979年)と三善晃
Cd「赤毛のアン」はフジテレビ系「世界名作劇場」で放映され、好評を博したアニメーションである。三善晃は高畑勲(演出・脚本)の要請を快諾し、主題歌「きこえるかしら」とエンディング曲「さめない夢」、そして劇中挿入歌「あしたはどんな日」「森のとびらをあけて」の計4曲(いずれも作詞は岸田衿子)を作曲した。聴いた瞬間に所謂”アニメ主題歌”を超越した音楽になっていることが感じられるので、当時のアニメファンも新鮮な驚きに包まれたことだろう。
抒情に満ちスケールの大きなこの”アニメ主題歌”は非常に凝ったオーケストレーションで、管楽器としてはサクソフォーンとトロンボーンのみを使用しているのも個性的。特にエンディング曲「さめない夢」の間奏部で雄大に奏でられるトロンボーン・ソリが大変印象的で素晴らしい。


「祝典序曲」は作曲者37歳時の作品。
楢崎洋子教授(武蔵野音大)は三善晃の創作活動を5つの時期に分類し、「祝典序曲」が作曲された第2期は「自身を異邦人と感じながらもソナタをモデルとし、自分なりのソナタを書こうとしていた」第1期を経て、「ソナタをモデルにすることから自身を解放した年代」にあたる、と分析している。この第2期は器楽・オーケストラと、独唱・合唱との複合作品を展望する一方で”交響曲”の構想に頭を悩ませていた時期でもあったそうだ。

同時期に先立って作曲された「変容抒情短詩」「マリンバと弦楽合奏のための協奏曲」に”ソナタの構想と変奏の同居”が認められ、対比的に提示されたその両者が次第に同調しあう関係になって一つのテクスチュアを形成するプロセスが見られる、と楢崎教授は指摘している。そしてこの時期のこうした手法、”基本原理に基いていくつかの動機を提示し、それを変奏曲形式で発展させる””断片的なテーマが旋律進行になり、さらに特徴的な性格が吹き込まれる”といった点が「祝典序曲」にも生かされていると読み解く。

同時にこの時期は管弦楽作品に標題的な傾向が芽吹いていったとし、「祝典序曲」は作曲者が前述のように器楽・オーケストラと、独唱・合唱との複合作品に進む作曲者第3期への過渡期に生み出されたもの、と位置付けているのである。

  【出典・参考】
   「三善 晃におけるオペラ構想のゆくえ」 楢崎 洋子(武蔵野音大教授)


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1970年3月14日(土)11:00に12,000人の招待客を集めて執り行われた大阪万博の開会式- 天皇皇后両陛下着席時の「越天楽」や、開会の辞に続く国歌演奏をはじめ、管弦楽による奏楽を担当したのは岩城 宏之指揮 NHK交響楽団(下画像)である。
Revisedもちろんこの「祝典序曲」の初演披露も彼らによって野外ステージである”お祭り広場”において初演披露された。
祝典音楽としては突き抜けた内容の本作が、万博会場の聴衆にどのように受け取られたかは判らないが、当時の様子は以下のように回顧されている

「大編成の吹奏楽団が演奏する「万国博マーチ」(川崎 優)にのって参加国国旗が入場、その掲揚と一連の式辞に続く天皇陛下の”開会のお言葉”を受けてファンファーレ吹奏、そしていよいよ「祝典序曲」が演奏された。その終演で皇太子殿下のスイッチオンによりくす玉が開き、中から無数の千羽鶴が舞い散って式典は”お祭り”へとムードを一変、華やかで賑やかなパレードが始まるのである。」
     (出典:「大阪万博-20世紀が夢見た21世紀」 : 小学館クリエイティビビジュアル)

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001_2この「祝典序曲」は初めから終わりまで変拍子の嵐なのだが、全編に亘り○/4拍子で表記され、
3/8や5/8ではなく
”1.5/4””2.5/4”といった拍子が使用されているのが特徴的である。
随所にLibramenteを挟みつつもPresto Vivoで進行する単一楽章のエキサイティングな音楽で、Horn×6、Trumpet×6
と通常より拡大された金管群と多くの打楽器を使用する編成により、音量・音圧の面でもスケールの大きな楽曲となっている。

冒頭から36小節間が序奏部であり、エネルギッシュに上行するモチーフの提示に始まるが、”変拍子の嵐”は冒頭すら例外でない。
このモチーフ提示に続いて直ちにLibrament lentoとなり、柝(き)のリズムが刻まれて開幕を告げるのだが、まさにこれこそは日本固有の”始まり”のイディオムだ。日本の伝統芸術である歌舞伎の「柝に始まり、柝に終わる」のスタイルを踏襲することで、アイデンティを明確に示しているのである。
この序奏部では鋭い音色でリズムが応酬されるが、緊張感の高い「間(ま)」が大きな効果を挙げている。これもまた日本的な印象を聴衆に刻みつけるのだ。

※柝(き)
Photo_45cm角×長さ30cmの樫材2本から成る拍子木で、打面を丸く蒲鉾型に加工して
冴えた音を出す。
歌舞伎の舞台進行は全て拍子木の合図に従って行われる。例えば開幕までを例にとれば、以下のようになっている。
1. 開演30分前に奏される着到という囃子に続いて”チョン、チョン”と二つ打たれる柝を聞いて、序幕に出演する役者たちは化粧の準備にかかる
2. 開演時間がいよいよ迫ってくると再び二つ打つ”二丁”が響き、そこから長い間を置いて一つずつ柝を打ちながら楽屋近くや小道具、囃子の部屋などを廻って準備ができたか確かめる「廻り十一丁」(時間的には5-10分)が行われる
3. 準備の完了を見届けると更にもう一度”チョン、チョン”と二つ打つ=「柝を直す」のを合図に、下座の囃子が開幕の音楽を開始する
4. その音楽に合わせて次第に間隔を詰めて柝を打ち(これを「きざむ」という)、幕が開き終わると改めて一つ”チョン”と「止め柝」を打ち納める

Photo_5「きざむ」のも重々しい御殿などの場面で始まる場合にはゆっくりと大間に、逆に長屋などの市井の場面に始まる場合は軽く早く打つなど、柝は単なる合図ではなく、雰囲気を醸し出す役割も果たすのである。
「幕切れ(一幕の終わり)」にも柝が打たれるが、その最初(柝頭)は主役の台詞や動きに合わせて打たねばならない、また幕中でも浄瑠璃の出語り始め、迫りの上げ下げ、舞台一面に吊下げた浅黄幕の振落しなどのキッカケ全てが柝で行われる。
以上のように、柝はまさに舞台進行の全てを握っているので誰でもできるものではなく、これは歌舞伎の舞台に精通した「狂言作家」という歌舞伎界固有の職掌が担当することとされている。


                    【出典・参考】  「歌舞伎音楽入門」 (山田 庄一 著 / 音楽之友社)

激烈な序奏は一旦静まり、Prestissimoの主部に入る。
Photo_2低音群からストレッタで織り重なる主題に続き、弦楽器+Fl.+Cl.+Hornの旋律と、他金管群+打楽器の奏する激しいリズムとが対比的にfffで奏される。
2この部分は”キメ”のニュアンスも含めて、まさに和太鼓群による豪壮な奏楽と、その打ち手の乱舞をも想い描かせる大変エキサイティングな音風景である。
(左参考画像「鼓童」参照)

これに続いて打楽器ソリのみとなるブリッジの方が逆に西洋的な表情を見せることに、とても不思議な感じがする。
「柝」を素で使ったかと思うと、今度は和太鼓をそのままフィーチャーすることもなしに、和太鼓の世界観を表現してしまう-。なんて自由自在で、凄まじくカッコ良いのだろう!

ブリッジに続き、ダイナミクスを収めた抒情的な旋律が弦楽器と木管楽器、Hornのアンサンブルに現れるが、
2_2これに応答する金管群の猛りは全く変わることがない。複雑に入り組んだ動きに予想がつかず聴くものの手に汗を握らすが、旋律に激しく熱く対峙しながらもTromboneの楽句に連なるHornに象徴されるように、金管群の動きは連動し繋がりあっている。まさに「生きている」のだ。
Trbhornその有機的なありように、生命力の迸りが感じられて已まない。
さまざまな方向からたくさんの手が伸びて、一つの”求めるもの”を求めて騒然となっていく-そんな風景の幻想を私は抱く。複雑な楽句が絡み合う混沌が発するエネルギーはいよいよ高まって圧倒されるばかりであり、それが一つの方向へと流れ込んでいくような感覚をおぼえるのである。

スピード感やテンションはずっと張り詰めたままだが、明確な打楽器のリズムが現れて風景が変わる。動きが大きくまとまってより鮮烈な応酬となり、大きな振幅で心が揺すぶられるだろう。その心の早鐘もLento pesanteの多重和音の極めて現代的な激烈な響きによって決然と締めくくられる。

そして2/5拍の静寂に続いて、Trumpetが冒頭のモチーフを荘厳に吹き鳴らすLibramenteへ。
Trumpets祭りを司る者のレシタティーヴォに続いて、太鼓が打ち鳴らされ地鳴りのような群衆の声がこれに応答するさまであろうか-カウンターで濃厚なサウンドが響き亘る、劇的でスケールの大きなクライマックスだ。

Endingこれがもう一度繰り返され
Molto allargandoとなって高揚し、Prestissimo con brioのコーダへと雪崩こんでいく。
コーダはオーケストラ全体がその巨体を揺するように鳴動し、壮大なスケールの終末へと突き進む。曲中最大にして最後のクライマックスとなるAdagio triomphante では大編成オーケストラの全合奏と打楽器によるffffの、文字通り圧倒的なサウンドに空間が支配されるが、そこではまるで大量の湯に包まれ押し流されていくが如き快感に襲われるのである。

作者の付した発想記号通り、勝ち誇り慶びに満ちて音価を拡大した音楽はTimpaniのソロで幕が下り、再び日本固有の”終わり”のイディオムである柝のリズムに導かれた壮絶なクレシェンドの果て、全合奏を従えた打楽器群の毅然とした激情のリズムに全曲を終える。

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音源は、まさに本作品の魅力を充満させている
Cd_2若杉 弘cond.
読売日本交響楽団(Live)

をお奨めしたい。
冒頭の柝のきざみとこれに呼応するシークエンス一つとっても「こんなもんだろう」ではなく「こうでなければダメ!」という確信が伝わってくる。拡がりがありスピード感溢れた響きで”祭り”の生命感を発散し続け、現代管弦楽の枠組にありつつ日本的熱狂を確実に表現している。
終盤のクライマックスでは全てが溶込み厖大な熱量の濃密極まるサウンドを放ち、圧倒的な感動に包みこむ-全編を通じ、この楽曲の中核である”祭りの熱狂”が余すことなく、且つ高次元で音楽的に表現された名演なのである。

     【その他の所有音源】
      沼尻 竜典cond. 東京フィルハーモニー交響楽団 (Live)


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前述のように”機会音楽””野外音楽”と色眼鏡で見られがちだが、三善 晃が万博を人類の「祭典」と捉えその心象を表現すれば、こうした楽曲になるのだ。「深層の祭」(1988年度全日本吹奏楽コンクール課題曲)で生の三善作品と身近に接した吹奏楽経験者の方が、それを肌で感じることができるかも知れない。

吹奏楽界に激震を与えたあの「深層の祭」に共通する、或いはその原点とも云える圧倒的なエントロピーは、1970年の時点で既に存在し提示されていたのである。

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2014年4月 4日 (金)

序曲「ルイ・ブラス」

Mendelssohnfelix12_2 Ruy Blas 
- Overture to the Stage Work op.95
F.メンデルスゾーン
(Felix Mendelssohn-Bartholdy
1809-1847)


ドイツロマン派の大作曲家、フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ戯曲「リュイ・ブラース」のライプチヒ慈善興業にあたり、その上演に先立ち演奏するため1839年に作曲した序曲である。

     ※本楽曲の本邦表記は「ルイ・ブラス」が一般的。一方、ユゴーの戯曲の名称
       としては「リュイ・ブラース」の方が一般的である。本稿ではそれぞれ一般的
       な表記を使用し、敢えて統一しないこととした。


Victorhugo_2 「リュイ・ブラース」は「レ・ミゼラブル」をはじめとする名作の数々で知られるフランスの文豪ヴィクトル・ユゴー(Victor-Marie Hugo 1802-1885 :左画像)が1838年に著したものだが、実を云うとメンデルスゾーンはこの戯曲が全く気に入らず「恥ずべき作品」「まったくけがらわしく」「まったくくだらない」と母宛の書簡に書き残しているとのこと。(メンデルスゾーンは音楽に関しても辛辣な批評家であった側面を持っていたと伝わっている。)
従ってメンデルスゾーンはこの作曲受諾に難色を示したようなのだが、それに対して委嘱者の劇場年金基金側が「そのような序曲の作曲には確かに時間がかかりますからね…。」という趣旨の理解を伝えたことが、メンデルスゾーンにはカチンときたらしい。それにあからさまに対抗して僅か数日のうちにメンデルスゾーンは序曲「ルイ・ブラス」を書き上げてしまったという。

戯曲「リュイ・ブラース」の内容は概ね以下のようなものである。

378286 舞台は16世紀のスペイン。王妃の侍女に”お手付き”したことを咎められ、王妃に追放されることとなったドン・サリュスト侯爵は逆恨みし、王妃を不倫の罪に陥れようと心に誓う。折しも時の王は専ら趣味の狩猟に明け暮れており、政治も王妃も省みることなく、スペインが危機的な状況にあった時代である。


そこにドン・サリュストの従兄弟で永く出奔していた放蕩な浪費家、ドン・セザールがやってくる。侯爵は丁度良いとばかりにドン・セザールへ金銭的援助を申出、その代わり王妃に近づき誑し込むようにと持ちかける。放蕩だが義侠心には厚いドン・セザールがこれを拒否すると、ドン・サリュストは人さらいに命じてドン・セザールを海外に連れ去らせ、代わりに使用人の平民リュイ・ブラースを呼ぶ。そして予て王妃に思慕の情を抱くリュイ・ブラースに対し、貴族”ドン・セザール”を名乗って宮中に入るよう命じるのだった。リュイ・ブラースは当惑しつつも王妃への想いを胸に、ドン・サリュストの指示するまま仕官することとなった。

ところがリュイ・ブラースは秘められていた政治的手腕によって宮中でめきめきと頭角を現し、スペインの窮状を救うべく次々と改革を断行していく。今やリュイ・ブラースは宰相ともいうべき地位に登りつめていたが、そこには彼の手腕を評価し、また好意も寄せている王妃の後ろ楯があったことは云うまでもない。まさにリュイ・ブラースは人生の絶頂に居た。

しかし-そこにドン・サリュストが舞い戻ってくる!
リュイ・ブラースの行った粛清により追放された貴族がドン・サリュストに泣きついたのだ。幾ら誠意と大義を以って務めてきたとはいえ、名前も身分も偽って王妃に近づいたことに変わりはない。謀の仕掛け人にしてその全てを知るドン・サリュストの前では、リュイ・ブラースも蒼白な顔で命令に従うしかなかった。

本物のドン・セザールが戻ってきてしまったことによる混乱もあって行違いも生じ、後日の深夜、思慕を募らせた王妃はドン・サリュストも潜む屋敷にリュイ・ブラースを訪ねて来てしまう。王妃とリュイ・ブラースは決してやましい関係ではなかったが、これでは嫌疑は拭えないとドン・サリュストは迫り、リュイ・ブラースと王妃に国外へ逃避行するよう仕向ける。金銭的に不自由しないよう援助もつけるし、何よりお前は愛する王妃を自らのものにできるのだ-と。今まさにドン・サリュストの復讐は完成しようとしていた。

しかし、既にリュイ・ブラースの覚悟は決まっていた。
リュイ・ブラースは王妃を守るため剣を抜きドン・サリュストを殺し、自らも用意してあった毒をあおる。遠ざかる意識の中でリュイ・ブラースは王妃に名や身分を偽ったことの謝罪と、偽りのない王妃への愛を伝える。王妃に許され、遂に王妃から本当の名を呼んでもらえたリュイ・ブラースの最期の声が響き、物語は終幕となる。
…「もったいのうございます!」


    ※この部分では、お互いが相手の言うことを取違え、
”本来かみ合うはずのな
       い対話がなぜか変にかみ合ってしまう”というユーモラスな場面が続く。
      (お笑いコンビ「アンジャッシュ」がよくやるあのネタだ。^^)
      作者ユゴー自身、異なるタイプの観客がそれぞれ戯曲に対して抱く期待
      の全てをこの「リュイ・ブラース」に盛り込もうとしたと序文で述べており、ま
      さに「恋あり、冒険あり、陰謀あり、ユーモアあり、しかもリュイ・ブラスの男
      らしい悲恋が中心となった」(三島由紀夫 評)作品となっている。


リュイ・ブラースの王妃への愛は、もともと美しく高貴な「一人の女性」に向けられた一般的な恋、情愛と云うべきものだった。しかし徐々にそれを超えて「スペイン王妃」という国家的存在に対する敬愛とそれを守ろうとする想いへと昇華し、リュイ・ブラースは正々堂々と私利私欲のないその愛に殉じた-と総括できるだろう。

三島 由紀夫は「『リュイ・ブラス』の上演は、私の永いあひだの夢であつた。」とのコメントを発し本作を激賞している(三島は池田 弘太郎の翻訳に脚色も加えるなどもしており、よほど気に入っていた)が、それはこの戯曲に示された美意識が三島のそれと合致したからであろう。逆に一方でメンデルスゾーンが嫌気したのも、まさにこのあたりだったかもしれない。

尚、小澤 征爾が1959年にフランスのブザンソンで開催された国際指揮者コンクールに優勝し、世界的指揮者への歩みを開始したのは有名だが、その一次予選の課題曲こそが、この序曲「ルイ・ブラス」であった。
はからずや、ブザンソンはヴィクトル・ユゴー生誕の地でもあるのである。


Photo 【出典・参考】
「リュイ・ブラース」-ヴィクトル・ユゴー文学館第十巻
 杉山 正樹 訳 (潮出版社)
「メンデルスゾーン 大作曲家」

 ハンス・クリストフ・ヴォルフス 著
 尾山 真弓 訳 (音楽之友社)
「リュイ・ブラスの上演について」 三島由紀夫全集34 (新潮社)


♪♪♪

Photo_6 憂いを帯びながらも威厳と崇高さを感じさせ、品格と輝きを放つファンファーレ風のコラールによるLentoで曲は開始される。
和音構成やオーケストレーションを都度変えてニュアンスを変化させつつ5回に亘り現れるこの”ファンファーレ風コラール”は、いずれも管楽器とティンパニーのみで奏されるのが特徴的。
これに弦楽器がアレグロ・モルトで軽やかに応答し序奏部が形成される。

3度目の”ファンファーレ風コラール”に続き、いよいよ本格的にアレグロ・モルトの軽快な第1主題が現れ、緊迫感を湛えつつも活気のある音楽が展開していく。
Photo_3 再び”ファンファーレ風コラール”が現れると長調へ転じ、リズミックな伴奏を従えた第2主題がクラリネットの低音+ファゴット+チェロによってしなやかにそして抒情的に奏される。この朗々たる旋律が大変魅力的である。
Photo_4 これに一層快活な第3主題が続き、徐々に力強く奏されていく。
Photo_5 更にこれら3つの旋律を用いた展開部・再現部が続くが、ここでは活力漲るシンコペーションの鮮烈さがとても印象的である。
そして最後の”ファンファーレ風コラール”を挟み、いよいよ輝かしい終結部へと突き進んでいく。第2主題から第3主題に移りゆく中で、音楽は明快な高揚を発し劇的な光に満ちたクライマックスを形成、堂々たる矜持を示しつつ華々しく全曲を締めくくる。

前述の作曲経緯からすれば、メンデルスゾーンには戯曲の内容を描写的に描こうという意図はほぼなかったと思われる。従ってこの曲の場合「この部分は(戯曲の具体的な)○○の場面」とか「このパッセージはあの登場人物を表す」といったアプローチはナンセンス。
全曲から感じられる最大の印象はやはり”輝かしさ”-ロベルト・シューマンが「およそメンデルスゾーンらしくない」と評したという”輝かしさ”が、この曲を支配しているのである。
その”輝かしさ”とは如何なる性格のものか-それは決然たる矜持の美しさというものに由ると私は感じている。

♪♪♪


この序曲「ルイ・ブラス」の演奏においては、何といっても冒頭をはじめ5回現れる管楽器による”ファンファーレ風コラール”が重要と思われる。ここではサウンドの説得力も必要だがそれだけでなく、4小節間が完全に一つの歌として、抑揚と決して途切れぬ音楽の流れを以って演奏されなければならない。-プロのオーケストラを聴き比べても、これが満足できる水準のものは少ないのだ。
冒頭の”ファンファーレ風コラール”に続く弦楽器のフレーズも、適切な抑揚をつけながらごく自然な音楽の流れを失わず上向していくのは難しい。わざとらしい、或いはややヒステリックにすら聴こえる演奏までもあるのである。
またオーソドックスな手法を用い品格を保ちながら、明確で躊躇のない高揚感をメンデルスゾーンはセットしており、これを余すことなく表現することが求められていよう。以上の観点から、以下音源をお奨めしたい。

Walter_weller ウォルター・ウェラーcond.

ロイヤル・スコッティッシュ管弦楽団
管楽器のコラールは確りと大きなフレーズとして捉えられ、説得力のある”歌”となっている一方、これと鮮やかなコントラストを成す快速部分の生命感は特筆もの。輝かしいクライマックスへの設計も秀逸、お見事!

Dutoit シャルル・デュトワcond.
モントリオール交響楽団

管楽器のコラールが示すサウンドの密度の高さ、なめらかさと芳醇な味わいは他の追随を許さない…まさにBRAVO!
全体の構成感にも優れた秀演。



Davalos フランチェスコ・ダヴァロスcond.

フィルハーモニア管弦楽団
こちらも管楽器のコラールは途切れることのない雄大な歌を聴かせてくれる。全編に亘りスケールが大きくのびのびとして縦横無尽、特に堂々としたクライマックスに輝きが満ちた好演。

   
【その他の所有音源】
      クラウディオ・アバドcond. ロンドン交響楽団
      エルネスト・アンセルメ cond. スイス・ロマンド管弦楽団
      ネヴィル・マリナー cond. アカデミー室内管弦楽団
      クラウス・フロール cond. バンベルク交響楽団
      クルト・マズア cond. ライプチヒ・ゲヴァンドハウス管弦楽団
      アンドレ・プレヴィン cond. ロンドン交響楽団
      レナード・バーンスタイン cond. ニューヨーク・フィルハーモニック
      フェルディナント・ライトナー cond. ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
      アレクサンドル・ガウクcond. ソヴィエト国立交響楽団
      ピエール・モントゥー cond. スタンダード交響楽団
      ニコライ・マルコ cond. フィルハーモニア管弦楽団
      オリヴァー・ドホナーニ cond. スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団
      ニコライ・マルコ cond. フィラデルフィア管弦楽団
      ディミトリ・メトロポウロスcond. ニューヨーク・フィルハーモニック
      モーシェ・アツモン cond. ニューフィルハーモニア管弦楽団
      カール・エリアスベルク cond. レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
      ジョン・ネルソン cond. パリ管弦楽団
      アンドリュー・リットン cond. ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
             トーマス・ビーチャム cond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
      ルドルフ・ケンペ cond. ロンドン交響楽団
      ハンス・ゼンダー cond. 南西ドイツ放送交響楽団

    

♪♪♪

私がこの序曲「ルイ・ブラス」と出会ったのは1979年の全日本吹奏楽コンクールに於ける阪急百貨店吹奏楽団の演奏であった。
1979 課題曲「朝をたたえて」の突き抜けた秀演が有名な同年の演奏だが、この自由曲も実に素晴らしかった。第2主題が始まり、阪急百貨店の誇る卓越したEuphoniumの魅惑の音色と豊かな歌が流れ出すや、そのあまりの見事さはこの上ない感動をもたらした。もちろん”吹奏楽の魔術師”鈴木 竹男氏が創り上げた楽曲全編に亘る訴求力も申し分ない。

殊にコンクールという場面で、この年の阪急百貨店の演奏ほど音楽的な魅力を感じさせるものに出会えることはそうそうない。別稿でも触れたが、当時文字通り全身全霊を込めて臨んだコンクールにて大きな蹉跌を受け、絶望に近い感覚を覚えていた中学3年の私に、吹奏楽のそして音楽の決して離れ難い魅力を改めて認識させてくれたのが、まさにこの演奏だったのだ。
序曲「ルイ・ブラス」はその瞬間から、私にとって生涯忘れ得ぬ一曲となったのである。

尚、同年バンドジャーナル誌のインタビューで、鈴木 竹男氏はコンクールでの演奏が「ミスなくソツなくおもしろくなく」という傾向にあることへの憂慮を表明している。これは全くその通り且つ現在でも当て嵌まる指摘だと思う。

    ※バンドジャーナル1980年1月号記事:「bj_jan80_suzuki.jpg」をダウンロード


加えて昨今の状況から私が危惧するのは、そういった演奏が「おもしろくなく」とキチンと捉えられているのだろうか?という点である。コンクールにて評価を受けたとはいえ実態は魅力の乏しい演奏を「良い演奏、良い音楽である」と鵜呑みにし、盲信/妄信することに陥ってはいないだろうか、と。
-そのようなことは絶対にあってはならぬのである。

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2013年12月22日 (日)

エニグマ変奏曲

Photo_5 Enigma Variations
-Variations on an Original Theme for Orchestra
E.エルガー (Edward William Elgar 1857-1934)


Elgar イギリスの生んだ世界的な作曲家、エドワード・エルガー。「威風堂々第1番」や「愛のあいさつ」がクラシック・ファンに止まらぬ幅広い人々に愛され人気を博すエルガーだが、文字通りその出世作となったのがこの「エニグマ変奏曲」である。
”エニグマ(Enigma)”とは古代ギリシャ語を語源とする「謎」を意味する言葉で、エルガーが冒頭の主題に”エニグマ”という表記を添えたことからほどなく「エニグマ変奏曲」の名で呼ばれるようになるのだが、これは実は通称であり正式な題名は上掲の通り「創作主題による管弦楽のための変奏曲」という。本邦では 「変奏曲”謎”」といった表記も見られる。

     ※変奏曲(Variation)
       ある主題を設定し、それをさまざまに変形する技法を「変奏」といい、
        主題といくつかの変奏から成る曲を「変奏曲」という。
       変奏の技法としては a)旋律の装飾的変奏 b)転回・逆行による変奏
         c)音価の拡大・縮小による変奏 d)速度の変化による変奏 e)和声の
       変化による変奏 がある。旋律の原型を留めたものばかりではなく、
       和声進行のみをなぞった変奏をはじめ、旋律のごく断片を取出し発
       展させたものや、 リズムパターンや拍子を変化させたものなど、「変
       奏」は自由で多岐に亘っている。
       交響曲などの中に変奏曲が織り込まれるケースもよく見られるが、
       「きらきら星変奏曲」(モーツァルト) 「ハイドンの主題による変奏曲」
       (ブラームス) 「ハンガリー民謡”孔雀”による変奏曲」(コダーイ)をは
       じめ、大作曲家による単独楽曲も数多い。
       吹奏楽オリジナル曲でも「朝鮮民謡の主題による変奏曲」(チャンス)
       「フェスティヴァル・ヴァリエーション(スミス) 「ダイアモンド・ヴァリエ
       ーション」(ジェイガー) 「シンフォニック・ヴァリエイション」(兼田 敏)
       など実に多くの”変奏曲”の傑作がある。        

        【出典・参考】 新音楽辞典 (音楽之友社)


エルガーは楽器商の家に生まれ、幼少から音楽と楽器に親しんでいたのだが、経済的な理由から音楽学校にて専門の教育を受けることは叶わなかった。一旦は法律事務所に務めたものの音楽の夢をあきらめきれず家業を手伝いながら独学を続け、長年に亘る苦労に曝されたというエルガーの経歴は、後年に浴した栄光からすれば信じられないものと思える。

Elgaralice_2 ロンドンでのヴァイオリン修行を経て音楽教室を開き生計を立て、その傍らで創作活動を続けていたエルガーは、その音楽教室に入門してきた妻アリスと出会う。名門軍人家の娘アリスとの恋は、エルガー家が少数派のカトリックであったこともありアリスの親族からの猛反対に遭ったが、二人はそれを乗り越え出会いから2年半後の1889年に結婚する。婚約時にエルガーがアリスに捧げたのが名曲「愛のあいさつ」であることは有名だ。
創作活動としては合唱作品を中心に上梓を続けたエルガーだがその困窮は結婚後も続き、この時期唯一の成功とも云える「愛のあいさつ」の好評も、出版社とは僅か5ポンドの買取り契約であったためにエルガー自身を潤すことには全くならなかったという。

    ※文献によっては2ギニー(=2ポンド24ペンス)という説、また30ペンス未満と
      いう説もあるという。いずれにしてもあまりに微々たる報酬であった。


かかる困窮にあってもエルガーを作曲に専心させ、物心両面で支え続けたのが8歳年上の妻アリスその人である。そしてアリスの存在こそが、エルガーを一流の音楽家へと羽ばたかせた「エニグマ変奏曲」の誕生にも、直接的に深く関係しているのだった。

  1898年10月のある夜のこと。エルガーはピアノの前に座り、アリス
  は編み物をしていた。エルガーは何の気なしに旋律を色々と弄ん
  でいた。するとアリスが手を止めて「エドワード、それは何?」と聞
  いてきた。
   「何でもないさ。でもこれで何かできそうだ。」するとエルガーは別
  のパッセージを弾いて「誰を連想する?」と聞いた。「彼は、ピアノ
  を弾く時、こうやってウォーミングアップするだろ?」それは正にエ
  ルガーとよく合奏を楽しんだ友人ヒュー・ステュワート・パウエルの
  仕草そのものであった。「じゃあ、これは?」と荒々しい別のパッセ
  ージを弾いてみせる。「ビリーがドアを開けて出て行くところソック
  リだわ!」とアリス。それは軍人のウイリアム・ミース・ベイカーの
  威圧的な口調を表現したものだった。
  このようにエルガーは次々と友人たちの仕草を音楽で表現してみ
  せた。アリスは言った。「あなたがやろうとしていることは、誰もした
  ことがない全く新しいことだわ。」


             -「エドワード・エルガー 希望と栄光の国」(水越 健一 著)より


これこそが「エニグマ変奏曲」誕生のきっかけである。アリスがふと気に留めたメロディと、彼女とエルガーのやりとりから紡ぎ出されたアイディアが、この曲を生んだのだ。

この曲に秘められた第一の「謎」とは、各変奏に付された”C.A.E.””Ysobel”などの副題が何を表すか?であるが、これらはエルガーの親しい友人たちのイニシャルや愛称なのであった。「中に描かれた友人たちに捧ぐ」との献呈がある通り、エルガーは友人たちそれぞれのキャラクターを表す変奏曲集として、この楽曲を構成したのである。(熱心な研究者がこの謎に挑み、後にエルガー自身もコメントを発してそれを裏付けたことから、現在では謎解きは完了したと云ってよい。)
Friends (上画像:Litton盤CDリーフレットより転載/各人の写真を元に、これをイラスト化したもの)

「エニグマ変奏曲」を作曲した頃、エルガーはいよいよ逼迫した状況にあった。上掲のアリスとのエピソードと同日の朝、エルガーは新作について問合せてきた記者に対し「私は創作活動の一線を離れて自ら引き籠るか、或いはそうしろと聴衆に言われてしまうだろう。」という趣旨の自嘲的な手紙を書いていたという。そうした作曲家としての苦難と絶望的な日々を乗り越え「エニグマ変奏曲」は作曲された。

この傑作は当時の高名な指揮者ハンス・リヒターに認められてその指揮により初演され成功を収め、イギリスのみならず世界的にエルガーの名を高めることとなった。「イギリスの管弦楽曲が国際的に通用し、トスカニーニやワルターらの大指揮者のレパートリーに入った、最初の作品である。」と評される。初演後の改訂を経て更に完成度を増し、殊にドイツ楽壇で高く評価されたという。
-かくも劇的なエピソードが秘められた楽曲なのである。

♪♪♪

「エニグマ変奏曲」は主題とそれに続く14の変奏曲から成っている。エルガー自身「種々の変奏と主題の外見上の関係がしばしば極めて浅いことを諸君に警告する。」と述べているように、”主題の変奏”から遊離することなく楽曲を組み上げている一方で、厳密な変奏ばかりではなくさまざまな曲想・表情を持った多彩な楽曲の集合体となっている。その自在さもこの曲の魅力の一つと云えるだろう。エルガー自身のコメント(「 」)にも触れながらご紹介する。

主題 Andante
深遠にして憂いを帯びた短調の楽句と、夢想的で高揚感のある長調の楽句という対照的な2つの部分から成る10小節の旋律である。
Photo_4 エルガーはこれを「芸術家の孤独を表現するもの」と説明した。前述の通り、この主題には ”Enigma”(謎)との表記が付されている。弦楽器を中心としたシンプルな提示。

第1変奏(C.A.E.) L'istesso tempo
最初の変奏で描かれたのはエルガーの愛妻=キャロライン・アリス・エルガー(Caroline Alice Elgar)。主題に応答するオーボエとファゴットの3連符のパッセージはエルガーが帰宅の合図に吹いた口笛とのことで、この部分は愛情に包まれた二人の関係を象徴するもの。
Var1 主題はヴァイオリンによるたおやかなシンコペーションの伴奏やさまざまな楽句、楽器でふくよかに彩られている。
「この変奏は実際には主題の延長である。ロマンチックで繊細なものを付け加えたかったのだ。C.A.E.を知っている者なら、ロマンチックで繊細な霊感に満たされた彼女を表したのだと、すぐ判ると思う。」
あたたかで優しいアリス夫人の人柄を反映した変奏である。

第2変奏(H.D.S.-P.)Allegro
続いてやや気忙し気な速いパッセージの音楽。エルガー(ヴァイオリン)、ネヴィンソン(チェロ/第12変奏のB.G.N.)とともにしばしばトリオでの演奏を楽しんだアマチュアのピアニスト、ヒュー・デヴィッド・スチュアート=パウエルHew David Steuart-Powell)を表す。
Var2 「演奏を始める前に彼が必ず手馴らしにやる全音階の楽句が、ここでは16分音符のパッセージによってユーモラスに戯画化されている。」

第3変奏(R.B.T.) Allegretto
古典学者にしてアマチュア劇団の名優、リチャード・バクスター・タウンゼント(Richard Baxter Townsendを表す変奏。その裏声を巧みに操るさまを「彼の低い声が時々裏返って”ソプラノ”の音に飛ぶ。」とエルガーは評した。
前奏部分のリズミックなオーボエの楽句と、タウンゼントの朗々とした声を表すファゴットとが対照を成す。
Var3 主部は3拍目にアクセントのあるマズルカ風の音楽で、生きいきとしたリズムの中に描かれる自然な音楽の起伏が魅力的である。

第4変奏(W.M.B.) Allegro di molto
ここでダイナミックな音楽に転じる。速い3拍子の雄弁な曲想は「大地主の田舎紳士で学者」ウイリアム・ミース・ベイカー(William Meath Baker「素早く決然とパーティーの計画を作り、手筈を指示するやドアをバタンと閉めて慌ただしく音楽室を出て行く。」様子である。
Var4 大のワグナー党にしてきびきびとした仕切屋、活気のある精力的なこの人物の勢いそのままに、どこかユーモラスに一気呵成の音楽で描く。

第5変奏(R.P.A.) Moderato
リチャード・ペンローズ・アーノルド(Richard Penrose Arnoldは19世紀の高名な詩人マシュー・アーノルドの息子で学者。アマチュアのピアニストにして室内楽を愛した彼をエルガーは「気まぐれで機知に富んでいる。」と評す。シリアスな会話を好んで交すのに、それが彼の気まぐれやウイットでしばしば途切れるのだとか。
エニグマ主題を従えた弦楽器の深く真剣な旋律に始まるが、やがてまるで子供の笑い声のような愛らしいオーボエ(+ホルン)のパッセージと入替る。
Var5 交互に繰返されるこの二つの対照的な楽想をつなぐ伸びやかなクラリネット・ソロがまた美しい。

第6変奏 (Ysobel) Andantino
エルガーのヴァイオリンの弟子、イザベル・フィットンIsabel Fitton)を指す。イザベルの古風な言い方である”イゾベル”を使用したあたりは親近感を込めたエルガーのユーモアであろう。
Var6 「ヴァイオリンはありふれている」とヴィオラに転じた彼女を表すこの変奏では、それ故に全曲を通じヴィオラが大活躍である。冒頭の弓が上下して弦を渡るヴィオラのフレーズは、ヴィオラ初心者のための”課題”なんだとか。これに呼応するファゴットのソリが何ともほのぼのとして味わい深い。
クラリネットの上向型楽句でアクセントを加味しつつも終始悠々とした音楽であり、ヴィオラが冒頭のモチーフを再び奏して締めくくられる。

第7変奏(Troyte) Presto
Var71_2 全曲中最も速く、また最も烈しい音楽。急激にクレシェンドするティンパニ(+低弦)のエキサイティングなリズムに始まるこの曲は、終生エルガーの親友だった建築家アーサー・トロイト・グリフィス(Arthur Troyte Griffith)を表す。 エルガーはトロイトにピアノを教えていたが、あまり上達しなかったらしい。このティンパニのリズムは、ドタバタとした「ピアノを弾く彼の不器用な全て」の描写。但し、楽曲としては決して無様なものなどではない!「エニグマ変奏曲」全体を俯瞰しても、この曲の存在は大きなアクセントだ。
Var72 金管中低音の力強いフレーズ、飛び交う花火のように華々しいトランペットや弦楽器…洵に鮮烈な印象を与えている。

第8変奏(W.N.) Allegretto
ズバッと締めくくられた烈しい「トロイト」から、再び柔らかな音楽に転じる。クラリネットをはじめとした木管群が描く可愛らしい楽句と、落着きのある弦楽器の旋律とは対照的だが、しかし不思議と一体となり”平和”をイメージさせて已まない。「モルヴァーン近在の18世紀からある邸宅に住むノーベリー家の女性」ウィニフレッド・ノーベリー(Winifred Norburyの肖像であるこの曲に描かれたのは、まさに平和と安寧に包まれた幸福な家庭そのものだ。
Var81彼女はエルガーの楽譜浄書を手伝った女性たちの一人であり、2本のクラリネットが奏する変奏はその親切さ・心細やかさを象徴する。
Var82 続いて現れるトリルを伴ったオーボエのフレーズも「独特の笑い声がほのめかす彼女の愛すべき人柄」を表すもの。ピッコロを加えたおやかなフレーズも実に素敵で印象に残る。好適な楽器用法による音色対比においても傑出した一曲なのである。

第9変奏(Nimrod) Adagio
全曲中最も有名な変奏で単独でとりあげられるほか、歌詞を付し歌曲として演奏されることも多い。エニグマ主題の変奏であることはもちろんながら、さらに劇的に歌い上げ抒情を極める名旋律である。

     ※”We will stand together”或いは”Lux Aeterna”の標題でそれぞれに歌詞
       
が付されており、さまざまな演奏形態・編曲で広く愛奏されている。

Var9 ”ニムロッド(ニムロデ)”とは旧約聖書に登場するノアの曾孫で狩りの名人。エルガーは大親友にして助言者でもあった出版社(Novello)勤務のオーガスト・ヨハネス・イエーガー(August Johannes Jaeger)のことを描いたこの変奏にこの標題を付した。ドイツ語でJaegerが”狩人”の意であることに因んだのである。
イエーガーは当時失意にあったエルガーを励まし、苦難と闘い勝利した大作曲家の例(ベートーヴェンの「悲愴」ソナタを題材に語りあったと云われる)を挙げ、作曲活動の再開を促したというエピソードが伝わっている。イエーガーはまた「エニグマ変奏曲」の初演後に最終変奏の加筆改訂を助言し、現在の完成形を導いたことでも知られる。
「君の外面的な様子を省き、いいところ-つまり愛すべき魂だけを見る。」とエルガーはイエーガーに伝えた。二人の繋がりは心の置けない、洵に深いものであったことが窺い知れよう。
前変奏から途切れることなく、静謐に始まるこの変奏はその気高さに特筆すべきものがある。音楽はうねりながら全体として放射状に高揚し、終始烈しい情熱を秘めていて感動を誘うのだが、決して気品を失うことはない。荘厳にして堂々たるクライマックスの後には静かで豊かな余韻を湛え、曲を終う。

第10変奏(Dorabella)Intermezzo:Allegretto
Var101_2 後に第2変奏で描かれたパウエルの夫人となるドラ・ペニーDora Penny)を描いた愛すべき間奏曲、”ニムロッド”の熱を静かに冷ます心憎い楽曲配置である。”ドラベッラ”はモーツァルトの歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」のヒロインの一人で、エルガーは彼女にこれに因んだ愛称を贈った。リズミックだが柔和な曲想には彼女を見守る、優しさに満ちたエルガーの視点が感じられよう。
一音目にテヌートを付したオーボエ(+クラリネット)の16分音符の楽句は、どもりがちな彼女の話し方を愛情をもって表すもの。これに気づいたペニー嬢は「嬉しさと誇らしさで、ほとんど恥ずかしくなるほどだった。」と述べたという。
この変奏にも第6変奏で活躍したヴィオラにソロが現れるのだが、その抒情にもすっかり魅了されてしまう。
Var102




第11変奏(G.R.S.)Allegro di molto
Var111 標題が示すのは1899年にヘリフォード大聖堂のオルガニストに任命されたジョージ・ロバートソン・シンクレアGeorge Robertson Sinclair)。しかし実は「この変奏曲はオルガンや大聖堂とは関係なく、シンクレア本人とも関係が薄い。最初の数小節は彼の飼っている大きなブルドッグ、ダンを表している。」というものである。
快速でめまぐるしい弦楽器のパッセージの冒頭は、このダンがワイ川の堤を駆け下りて急流に飛び込むさまを描いたという。ダンは主人の杖を取りに飛び込んだのだとか、単に落っこちてしまったのだとか、諸説定まらない。ともあれ、最後のティンパニを伴う一音がダンの得意気な一吠えであることは間違いないだろう。音楽はエネルギッシュで生命感に溢れ、「エニグマ変奏曲」全曲に於ける終盤の効果的なアクセントとなっている。

第12変奏(B.G.M.)Andante
「親愛なる友に捧げる」とあるこの変奏は、第2変奏で描かれたパウエルと共にしばしばエルガーと合奏を楽しんだチェロ奏者、バジル・G・ネヴィンソンBasil G. Nevinson)の肖像。短調のエニグマ主題をもとに一層メランコリックに仕立てた旋律が胸を打つ。
Var12 そしてこれがチェロという楽器の持つ抒情性にこの上なく合致しているのである。

第13変奏(***)Romanza:Moderato
草稿には”L.M.L.”との表示があったが、エルガーは後にそれを消し去りアスタリスク3つのみを残した。エルガーの音楽仲間であったメアリー・ライゴンLady Mary Lygon)を指すものと推定されているが、確定はしていない。

    ※メアリー・ライゴンが既に旅立っていて許可が得られなかったからとか、妻
      以外の女性に”ロマンツァ”を捧げることを慎んだとか、これも諸説ある。
      またジュリア・ワーシングトンというアメリカ人女性を念頭に置いていたので
      はないかという全くの異説もあるが、エルガーがジュリアと出会ったのは作
      曲より後の1905年であり、この説は採り得ないとされている。


前変奏と切れ目なく始まるこの”ロマンツァ”は、その名の通り全曲中最もロマンチックな情感を持つと評される。クラリネット・ソロにメンデルスゾーン作「静かな海と楽しい航海」序曲からの引用が現れること、そして船の機関音を示すスネアドラムの撥によるティンパニのロールや、たゆたう波のような低弦のフレーズが度々登場することなどから、当時オーストラリアへの航海に出発していたレディ・ライゴンにその無事を祈念して捧げられたと考えられているのである。
Var13 「静かな海と楽しい航海」からの引用とはいっても安易なものでないのがさすがであり、原曲とはイメージの違う密やかさを有するのが印象的。この変奏が醸すのは幻想的な音楽の風景だが、重々しい足取りで緊迫のクライマックスを迎える。そして再び本変奏の冒頭に戻り、徐々に遠ざかっていよいよ全曲のフィナーレに向う、というセッティングがまた素晴らしい。

第14変奏(E.D.U.)Finale:Allegro
全曲の掉尾を飾るにふさわしいクライマックスとなる最終変奏はエルガー自身の自画像である。標題はアリス夫人のつけたエルガーの愛称、エドゥー(Edu)に基いている。
リズミックだが密やかに始まる序奏部は放射状に高揚し、遂に視界が開け金管の音色を効かせたパワフルなサウンドが響き渡る。-そこに至る息の長いクレシェンドを9小節目からリードしていくオーボエの音色には、ゾクゾクするような感動を覚えずにいられないだろう。ここからは2小節ごとの楽句の応答がみられるが、対比がありつつも分断せずその全てが一つの音楽の流れを形成する大きなフレージングの演奏が期待される。
Var14 一旦poco piu tranquilloで静まり優美で幅広い音楽を挟んだ後、”Nimrod”の旋律が再現される劇的なGrandiosoのポリリズムへ。ティンパニの3連符を合図に一層重厚なサウンドとなって足取りを速め、本変奏冒頭部の再現となる。すると今度は第1変奏に現れた”エルガーの口笛”に導かれて静まり、妻アリスを表す第1変奏が再現されるのだ。実に周到な構成である。
トランペットのファンファーレが吹き鳴らされてからは、楽曲は栄光の輝きに包まれた終幕まで、悠然たる足取りでスケールを拡大していく。複数の楽句が交じり合いエネルギー溢れる音楽のうねりの中で、あの憂鬱な短調主題のモチーフが堂々と奏され、それがやがて確信に満ちたマルカートとなるさまが聴き取れよう。エルガーの抱えていた憂鬱が晴れやかに昇華した、と云うのは言い過ぎだろうか。
音価を拡大した最終盤は例えようのない高揚感が充満する。力強いユニゾンがsfpから壮大にモルト・クレシェンドされ、最後はGのコードを輝かしく放って全曲を締めくくる。


「エニグマ変奏曲」は、まさにエルガーによる”音楽讃歌”だ。
また音楽を愛する者への讃歌でもあるだろう。そこには音楽や、さまざまな楽器とその奏者たちに対する深い愛情も感じられて已まない。
この曲を聴き終えたとき、「ああ、音楽って何て素晴らしいんだろう!」という叫びが心の奥底から湧き起こるのを、私は止めることができないでいる。

♪♪♪

さて「エニグマ変奏曲」には、もう一つ大きな”謎”が込められていることが有名である。

「(前略)全曲を通じて別の更に大きな主題が存在しているけれども、それは演奏されない。即ちこの曲の真の主題は決して姿を現さないのである。これは例えばメーテルリンクの戯曲『侵入者』や『七人の王女』において、本当の主役が現れないのと同様である。」


このエルガーのコメントは、エニグマの主題が一層重要なもう一つの主題へ対位的な役割を果たしていることを示唆すると云われる。
14の変奏に付された副題の”謎”は、熱心なファンの研究に加えエルガー自身のコメントも得られて解明されたが、こちらについてエルガーは「『謎』については説明しまい。その意味は不明のままにされておかねばならない。」として、一向に明かそうとしなかった。
秘められた主題としては「イングランド国歌」「ルール・ブリタニア」「オールド・ラング・ライン(スコットランド民謡/「蛍の光」)「交響曲第38番『プラハ』(モーツァルト)」などが研究者たちから候補に挙げられているし、また音楽の父・バッハの名に基くB,A,C,Hの4音を用いたことを意味するのだという説もあるが、いずれも決定的なものではない。
そのため、もはや純然たる音楽的技法を離れ、エルガーのいう「主題」とは概念的な-”友情”や”愛”、はたまた”道徳心の亡霊”といった比喩に至るまで-ものではないか、との説も生まれた。
「聴き手は音楽だけを聴かなければならず、複雑な”プログラム”で悩まされてもいけない。」とエルガーは総括した。こちらの”謎”の答えは、そんなエルガーの望み通り現在も解明されていないのである。

♪♪♪

既に40歳を超えていたエルガーだが、この「エニグマ変奏曲」による成功後、「威風堂々」「チェロ協奏曲」などの名作を次々と上梓し、押しも押されぬ大作曲家となっていく。祖国からもナイトに続き「英国王の音楽師範」にも叙され、遂にはバロネット(准男爵)に叙されるという栄誉を受けるのである。
…しかし一方で第一次世界大戦を境にエルガーの音楽は「時代遅れ」との厳しい世評を浴び、高く評価してくれていたドイツ楽壇とも国家の敵対関係から縁が切れ、エルガーは再び失意の日々にさらされることになった。1920年には最愛の妻アリスも失い、創作活動に致命的な打撃を受ける。

「時代遅れ」とは、今となっては全く不当な評価だが、芸術家の人生に光と影はつきものだ。エルガーも実に波乱万丈な生涯を送ったのだった。

Photo_3 【出典・参考】
「エドワード・エルガー 希望と栄光の国」 水越 健一 著
「最新名曲全集」(音楽之友社) 所載の解説 太田黒 元雄 著
「エニグマ変奏曲」(オイレンブルクスコア)所載の解説
    エスター・キャビエット=ダンスピー 著/三橋 圭介 訳
浅里 公三、藤野 俊介、エリック・L. ダドリー(小林 誠一 訳)、
吉成 順、スティーヴン・バンフィールド(福田 弥 訳)、
満津岡 信育、柴田 克彦、ニック・ジョーンズ(木村 博江 訳)、
安田 寛、出谷 啓、大木 正純、三浦 淳史 各氏によるCDリーフレット解説


♪♪♪

「エニグマ変奏曲」は比較的録音が多く、さまざまな演奏を聴くことができる。(演奏も録音も前時代的ではあるが、エルガー自身の指揮による録音も遺されており参考になるだろう。)これまでに33の音源に接することができたが、これほど”聴き比べ”の愉しみがある曲もないように思う。どの演奏もそれぞれに趣があり、ただ演奏しただけ、といったものは殆どなかったと言ってよい。
例えばバーンスタイン盤やストコフスキー盤はそれぞれの個性のもとに楽曲が確りと消化されたことを示す演奏であり、あとは”好み”である。
私個人として概括すれば、この曲に関しては饒舌過ぎない演奏の方が好きということになる。その観点から、音源は以下をお奨めしたい。

Haitink_cd ベルナルド・ハイティンクcond.
ロンドンフィルハーモニー管弦楽団(Live)

大きなフレーズで音楽が捉えられていることが全編に亘って感じられる好演。アクの強さはなく、それでいて各変奏の個性がそれぞれにふさわしく表現されており実に説得力がある。「完璧」といった演奏ではないが、全曲を俯瞰しての構成感も素晴らしく、最終変奏の劇的な感動は聴く者を音楽の悦びに包み込んでくれる。スネアドラムの装飾音符を伴う最後の一音が”スタタタジャーン”と鳴り響く瞬間はまさに圧巻!BRAVO !

Solti_chicago_cd ゲオルグ・ショルティcond.
シカゴ交響楽団

明晰で生命感に満ち、メリハリの効いたまさにハイレベルな名演。殊にさすがはショルティ&シカゴ!というべき金管群の演奏レベルの高さは惚れ惚れさせられるもの。文字通り”群を抜いて”いる。

Mackerras_cd チャールズ・マッケラスcond.
ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団

気品があり、それでいて骨太で隆々たる一本の芯が通ったように感じられる演奏。あくまで素顔のまま、ガツンと魅力を伝えてくるような好演。


Dutoit_cd シャルル・デュトワcond.
モントリオール交響楽団

饒舌な語り口の演奏の中でも、バランスの良い構成感と明快な表現で一気に聴かせる。「トロイト」の金管中低音は抜群のサウンド、お見事!


A_davis_cd アンドリュー・デイヴィスcond.
フィルハーモニア管弦楽団

各変奏をそれぞれ表情豊かに演奏し、くっきりとコントラストを描く。表現力豊かな一方で、明晰さと知性に貫かれた落着きを感じさせる好演。

  【その他の所有音源】
    レナード・バーンスタインcond.BBC交響楽団
        アンドレ・プレヴィンcond. ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
        ロジャー・ノリントンcond. SWRシュトゥットガルト放送交響楽団
        コリン・デイヴィスcond. バイエルン放送交響楽団
        オイゲン・ヨッフムcond. ロンドン交響楽団
        エイドリアン・リーパーcond. チェコスロヴァキア放送ブラスティラバ交響楽団
        サイモン・ラトルcond. バーミンガム市交響楽団
        ウラディーミル・アシュケナージcond. シドニー交響楽団
        ジョン・バルビローリcond. フィルハーモニア管弦楽団
        ダニエル・バレンボイムcond. ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
    エイドリアン・ボールトcond. ロンドン交響楽団
    ジョン・エリオット・ガーディナーcond. ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
    ジェームズ・レヴァインcond. ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(Live)
        アンドリュー・リットンcond. ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
        ピエール・モントゥーcond. ロンドン交響楽団
        パーヴォ・ヤルヴィcond. シンシナティ交響楽団
        ジュゼッペ・シノーポリcond. フィルハーモニア管弦楽団
        スタニスワフ・スクロヴァチェフスキcond. ザールブリュッケン放送交響楽団
         レナード・スラットキンcond. ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
        ゲオルグ・ショルティcond. ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
         レオポルト・ストコフスキーcond. チェコフィルハーモニー管弦楽団
        デヴィット・ジンマンcond. ボルティモア交響楽団
     ネヴィル・マリナーcond. アカデミー室内管弦楽団
    マルコム・サージェントcond.BBC交響楽団(Live)
    アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
    エドワード・エルガーcond. ロイヤル・アルバート・ホール管弦楽団
     アレキサンダー・ギブソンcond. スコットランド゙国立管弦楽団
    ジョージ・ハーストcond. ボーンマス交響楽団


「エニグマ変奏曲」を、例えば吹奏楽コンクール自由曲としての演奏や”ニムロッド”のみの抜粋で耳にする場合、それは当然ながら全曲演奏に30分を要するこの楽曲のごく一部でしかない。
そうしたものをきっかけにこの曲をお知りになった方には、ぜひとも全曲を、管弦楽原曲を聴いてみていただきたい。完全な姿に触れればこの曲の魅力が遥かに深いことが感じられるはずだ。どの部分も決して捨て置けないキラメキに満ち溢れた音楽なのである。

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2013年2月22日 (金)

宝珠と王の杖 -戴冠式行進曲

PhotoOrb and Sceptre
W.T.ウォルトン
(William Turner Walton
  1902-1983)


1953年、現イギリス国王エリザベス2世の戴冠式のために作曲された行進曲(管弦楽曲)である。
”戴冠式行進曲”というと厳めしく、格式があり良くも悪くも保守的な楽曲がイメージされるが、この「宝珠と王の杖」は高い品格を感じさせることはもちろんながら、よりモダンな音楽となっているところにその魅力がある。作曲者ウォルトンが先行して作曲したもう一つの戴冠式行進曲=「王冠」と比較しても、それが顕著と云えよう。
そのモダンさは第二次世界大戦中に開花した”スウィングの時代”の影響を受けており、”新しい時代の精神”を反映したジャズ的な色彩を持つとも評されるが、そうした斬新な手法をとり入れたウォルトンの意欲が感じられるこの作品は、所謂”戴冠式行進曲”のイメージを超えた輝きを放っている。

”Orb and Sceptre”という標題はウイリアム・シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー五世」第4幕第1場に登場する -正確にはこれを原作にローレンス・オリヴィエ(Laurence Olivier)が監督・主演し、ウォルトンが音楽を担当した映画「ヘンリー五世」(1944)に登場するヘンリー5世の独白に因むものとのことである。

     ※ヘンリー5世が、その責任の重さと付随する苦悩を自覚しつつも、王と
       しての覚悟を固める場面である。「たとえ戴冠式の栄華に浴しても、王
       の責任と苦悩は到底慰められるものではない。」の趣旨の中で、Orbと
       Sceptreは王だけが手にし得るものとして、他のレガリアとともに列挙さ
       れている。
       この科白は映画化にあたって少々改変され、その映画版の科白(下記)
       に'orb and sceptre, crown imperial'という、そのものズバリのくだりが現
       れるのである。
                           'Tis not the orb and sceptre, crown imperial,
                           The throne he sits on, nor the tide of pomp
                           That beats upon the high shore of this world-
                           Not all these laid in bed majestical,


1953年6月2日、ウエストミンスター寺院に於ける戴冠式本番での「宝珠と王の杖」の演奏は戴冠式”開始前の奏楽”として行われた。これはパーセルの「シャコンヌ」に始まり、ウォルトンの「王冠」やホルストの「木星」、エルガーの「威風堂々第2番」にヘンデルの「王宮の花火の音楽」など、イギリス古今の名作とともに、エイドリアン・ボールト(Adrian Boult)指揮の戴冠式管弦楽団により演奏されたものである。

    ※ウエストミンスター寺院公式HP掲載の曲目リストによる。
     
「Coronation-1953-music-full-list-web.pdf」をダウンロード

      「宝珠と王の杖」スコアの曲目解説には、戴冠式の女王入場の際に
      アーノルド・バックス(Arnold Bax)が新た
に作曲した「戴冠式行進曲」
      が使用されたとの記述があるが、上記リスト上ではバックスの戴冠
      式行進曲は、
戴冠式“終了後の奏楽”にて演奏されたと記されている。

      ネット上にupされた戴冠式当日の記録映像や、
BBC制作の記録番組
      (DVD)も視聴したが、女王入場の際にバックスの戴冠式行進曲が演
      奏されている様子は確認でき
ず(因みにバックスの「戴冠式行進曲」
      は、典型的な儀礼曲というべき、まさに保守的な曲想である)、戴冠
      式中の
音楽演奏はファンファーレやイギリス国歌、そして宗教的な
      音楽で占められていた。従って、当日の演奏楽
曲はウエストミンスタ
      ー寺院のリスト通りであったと考えてよいであろう。

            
尚、式中ではC.T.スミスの「ルイ・ブルジョワの讃歌による変奏曲」に
            より吹奏楽界でも有名な“
Hymn : All People that on earth do dwell”
     
(ヴォーン=ウイリアムズ編)も唱されていたのが印象的であった。


♪♪♪

Coronation_2イギリス国王の「戴冠式」は、今日の先進国では本邦の「大嘗祭」を除き他に例をみない”君主即位の宗教儀式”であり、イギリスという国家が千年に亘るその経験の所産として手に入れた、貴重な文化価値を秘めるとされている。

曲名に掲げられた”Orb””Sceptre”はそうしたイギリスの伝承所産の一つであるレガリア(王器)の中でも主要なものであり、戴冠式においても重要な役割を果たすが、本邦においてはほとんどなじみがない。そのため、この曲の邦訳も決定的なものはなく、「宝玉と王の杖」「宝珠と王笏」「宝玉と勺杖」などが混在する状態となっている。

    ※レガリア(王器)
      王者の証たる宝物のことで、本邦においては「三種の神器」=八咫鏡・
      尺瓊勾玉・草薙剣がこれにあたる。レガリアは他にもロシアをはじめする
      世界各国にて伝承されている。

      冒頭画像において、エリザベス女王の左手にはOrb、右手にはSceptreが
      握られている。この”Orb and Sceptre”という標題の邦訳については、おそ
      らく本邦随一の研究文献「イギリスの戴冠式」を著した蒲生俊仁氏に敬意
       を表し、氏の採用した訳語に基づき「王珠と王笏」とするのが良いと思うが、
      本稿では一般化しているという観点から「宝珠と王の杖」を採用した。


Westminsterabbey戴冠式はウエストミンスター寺院にて執り行われ、新国王の入場である「臨御の儀」に始まり、バッキンガム宮殿への「還御」に至るまで、実に21もの儀式(現在は廃止された「挑戦式」を除く)が厳粛に行われる。一連の儀式を執り仕切るのはカンタベリー大主教であり、ウエストミンスター院長がその介添役を務め、さらに祈祷や説教を分担する5人の主教が大主教に扈従する。

The_ampulla_and_anointing_spoon儀式の中で最も重要なのは「聖別式」であり、一見中心的と思われる「加冠式」(聖エドワード冠の授与式)は元々その付随的なものなのだという。
「聖別式」はまさにイギリス国王の椅子たる”聖エドワードの椅子”に初めて着席した新国王に、聖油を塗る儀式である。聖油入れ(Ampulla)から聖油匙に取った聖油をカンタベリー大主教が指に浸し、祈りを唱えつつその指で新国王の頭・胸・そして両掌に十字を描く。「神の御前で聖油を塗られた(神の)御代理者」として新国王を聖別するのである。

さて、本作の標題であるOrb(王珠)Sceptre(王笏)は他のレガリア(王衣・拍車・剣・腕輪・指輪)とともに戴冠式にて新国王に順次授与されるものであり、その授与式は「加冠式」に先立って行われる。

Royalorb
Orb(王珠)
王の地上の統治権とその統治を支配する神=”キリスト教の十字架の下の独立主権”の象徴。
十字架を戴く直径6インチの金色の金属球体で、金のレースやダイヤ・ルビー・エメラルドなど数々の宝石で装飾されており、球頂の大きく美しいアメジストの上に、これもまた美しく宝飾された十字架がある。

Photo_7
Sceptre(王笏)
王の力と正義のしるしである「十字架笏」と、公正と慈悲の笏である「鳩笏」の2本から成り、新国王は授与された「十字架笏」を右手に、「鳩笏」を左手に持つ。ともに3フィートほどの金の棒であり、豪華な装飾が施されている。特に「十字架笏」は王珠が据えられた笏頭に”アフリカの巨星”という530カラットものダイヤが嵌め込まれていることで有名。

Beroutelining_small戴冠式を終え、黄金儀装馬車に乗りバッキンガム宮殿へと還御するにあたり新国王は王衣を改め、王冠も”聖エドワード冠”から”帝冠(The Imperial Crown of State)”へと替える。そして左手に”王珠”、右手に”十字架笏”を手渡されて出発するのである。

ウエストミンスター寺院の中で行われる儀式に参加できる者は限られているが、還御する新国王は何の資格も持たない一般民衆も目にすることができる。
そこには、帝冠を戴き王珠王笏を手に、威儀を正した新国王の姿があるのである。(冒頭画像参照)

より重要な儀式に用いられる”聖油入れ”や”聖油匙”そして”聖エドワード冠”をはじめとして、戴冠式に登場するレガリアは数多い。しかしウォルトンがイギリス国王に献呈する戴冠式行進曲の標題として、”帝冠”ならびに”王珠と王笏”とを選んだことは、「国民に等しく知られた新国王の姿」と合致するという観点からも、大変ふさわしいものと云うことができるであろう。

    ※現国王エリザベス2世の戴冠式は史上初めてBBCによりテレビ中継さ
       れた。これにより一般国民も戴冠式の様子を初めて目にすることが
      できたものである。当時、”開かれた王室”への志向と、王室の権威維
      持との軋轢は大きかったようで、その様子はBBC制作の「BBC 世界に
      衝撃を与えた日 1~エリザベスII世の戴冠とダイアナ妃の死~」(DVD)
      に詳しい。
     


【参考・出典】

Photo_6「イギリスの戴冠式-象徴の万華鏡-」

蒲生 俊仁 著 (神道文化叢書8/神道文化会)

イギリスの戴冠式を語り尽くした決定版的書籍。総覧的かつ詳密で非常にわかりやすく整理されている。この特殊な題材に対して実に丁寧な調査を施し、品のある筆致で過不足なくまとめあげられており、ひたすら頭が下がる。



Photo_4「エリザベス(上・下)」

サラ・ブラッドフォード 著 尾島 恵子 訳
(讀賣新聞社)

現イギリス国王・エリザベス2世のオフィシャルな伝記で、戴冠式の情景も物語的に描写されている。しかし何より印象的なのは、既に結婚し二人の子供にも恵まれていた王女エリザベスが、父ジョージ6世の崩御を受け女王として即位した際の描写である。王女とはいえ、遂にこの世にただ一人しか存在しない「国王」となる -変貌を余儀なくされるその瞬間に”凄味”が感じられて已まない。

イギリス王室 公式Webサイト
・「宝珠と王の杖」スコア
(Oxford University Press 版)
   デヴィッド・ロイド=ジョーンズ(David Lloyd-Jones)による楽曲解説

Paul Serotskyによる「宝珠と王の杖」楽曲解説
・「ヘンリー五世」
   (ウイリアム・シェイクスピア 作 小田島 雄志 訳 白泉Uブックス)

・「BBC 世界に衝撃を与えた日 1~エリザベスII世の戴冠と
    ダイアナ妃の死~」 
(DVD/BBC製作)

♪♪♪

Photo楽曲としてはA-B-A-Bという戴冠式行進曲らしい構成を持ち、冒頭Trumpetのファンファーレに始まるリズミックな序奏部に続いて、厳かで非常に落ち着いた楽想により第1主題が現れる。
この第1主題からして弦楽器(Vln.II)
Hornとで同奏されることが示すように、本楽曲に於いてHornという楽器は旋律に伴奏にと終始大活躍し、輝きを放つ存在となっているのだが、一方でHornにとってとてもキツい楽曲であることも想像される。

続くpomposoの第
2主題もHornによって奏されるが、こんどは一転若々しい活気に溢れた、キラキラと煌めくモダンな楽想となって聴く者の心を躍らせる。
Photo_3これが
Trumpetに受け継がれて高揚するのだが、ここに現れる打楽器のアフタービートとTromboneのカウンターが一層モダンな音楽へと演出しているのである。
Photo_4打楽器の
8分音符ふたつでブレイクした後はいったん静まって弦楽器+木管楽器の音色に変わって第2旋律の変奏へ。これが徐々に高まって序奏部を呼び返した後、ファンファーレ風の楽句が応答するブリッジを経て静かで悠々たる中間部へと流れ込んでいく。

弦楽器によって始められ、追ってHornも加わり奏でられる
威厳と気品に満ちた旋律は、美しいだけでなく雄大なスケールを有している。ここでは味わい深いBassoonによる対旋律も見逃せない。
Trio高揚し旋律がオクターブ上で繰り返され嚇々たる音楽となるや、そこにはカウンター楽句を抑制し、ひたすら威厳と荘重さに満たされた堂々たる音楽の歩みが現れる。重厚ながらも決してよどまぬその音楽の歩みは、実に感動的である。

充実したサウンドで中間部を終うと再び
Trumpetが短くファンファーレを奏し、冒頭からの再現部。第2旋律の変奏まで再現されると、今度はテンポも気持ちも泡立つようなアッチェランドのブリッジを挟み、一層華やかさとスケールを拡大した中間部の再現となり、曲中最大のクライマックスLargamenteを迎える。
Photo_2ここでは中間部の旋律が打楽器のアフタービートに乗って高らかに奏されるとともに、金管群のふんだんなカウンターが鮮やかな華を添え、洵にモダンでゴージャス極まりない!

特に156小節~162小節に至っては、旋律に
リズムと和声の伴奏、そしてHorn+Tromboneの対旋律が加わり、その上さらにTrumpetにハイ・ノートで“突き抜けた”もう一つの旋律が現れるという多声部の音楽となるが、その華々しさたるや筆舌に尽くし難いものである。

コーダは足取りを速めて一気呵成にファンファーレへと突入、音符の長さを拡大したこの最後のファンファーレとコントラストを成すキレの良い
16分音符の楽句を奏で、エキサイティングに曲を閉じる。

♪♪♪

William_walton作曲者ウイリアム・ウォルトンは前述のように1937年のジョージ6世戴冠式のためにも「王冠」(Crown Imperial)を作曲しており、「宝珠と王の杖」は2曲目の戴冠式行進曲ということになる。彼はまたエリザベス2世の戴冠式において、終盤=聖餐式で唱された「テ・デウム(讃美の頌)」も作曲している。

ウォルトンの作品はどれも旋律をはじめとして非常に高い格調が感じられるが、ジャズやラテンといったごく現代の音楽にも興味と造詣が深かったウォルトンは、それらをセンスよく自作に反映させているのだ。

   …ガーシュインはマジェスティック・ホテルの彼の部屋で、友人
   や取り巻きに『パリのアメリカ人』の断片を弾いて聴かせた。ガ
   ーシュインの友人のヴァーノン・デュークはメロディの美しいブ
   ルースの中間部をサッカリンのように甘いと非難したが、そこ
    に居合わせた若きウイリアム・ウォルトンは、そのパッセージを
   変えないようにとガーシュインに言ったのである。

          -「ガーシュウィン(大作曲家)」
                 Hanspeter Krellmann / 渋谷 和邦 訳 (音楽之友社) より


上記のエピソードからも、ウォルトンがジャンルにこだわらない鋭敏な進取の気性と、優れたセンスに溢れていたことが理解できよう。

そして当時のイギリス国民の総意と同じく、当時未だ26歳という若く美しい女王の誕生にこれまでとは全く違う新たな時代の到来を予感し、期待したウォルトンの思いから、「宝珠と王の杖」は生み出されたのではないだろうか?
そこにウォルトンのセンスがシンクロしたことで、このモダンな曲想が生まれたのだと思う。表立ってジャズ風の楽曲になっているわけではないが、新鮮味のあるサウンドと和声、アフタービートのリズムとシンコペーションを効かせた譜割り、さらにジャズの如く縦横無尽に活躍する金管楽器たち…そこには”新しい”音楽が、間違いなく存在している。

ウォルトン自身は「宝珠と王の杖」を必ずしも会心の作とは思っていなかった。(殊に冒頭のファンファーレがメンデルスゾーンの「結婚行進曲」に似てしまったことは、大いに気に入らないところだったようである。)
しかし、私はこの曲が大好きだ。「王冠」もとても素敵な曲だけれども、「宝珠と王の杖」により強い魅力を感じる。その”新しさ””瑞々しさ”に、どうにも心が躍って已まないのである。

♪♪♪

さて「宝珠と王の杖」の演奏にあたっては、まずリズムの良いことが求められる。特に27および114小節目の打楽器ソリでテンポがガッツリ嵌りこみ、鈍重になってしまう演奏が多いのはとても残念。終始良いリズムを失わないようにしないと、この曲のオシャレな感じは出てこないのだ


そしてもう一つ、最大の命題は-終盤156小節目からの多声部極まる大クライマックスに於いて、果たして”Trumpet(1st)がぶっ放すか、否か”である。
Photo_4もちろん”ぶっ放す”と云っても”音楽的な”範囲でのことではあるが、これをかなり抑えめにした演奏が実は多いのだ。

私個人の結論は-
やっぱり”ぶっ放さなきゃ!”

以上の観点からお奨めの音源は以下となる。

Photoチャールズ・グローヴスcond.
ロイヤル・リヴァプール・
フィルハーモニー管弦楽団

やや粗く大味なところがあるのも否めないが、その分この曲の魅力をストレートに発揮する好演。実にテンポ感の良い現代的な演奏である。

Farnonロバート・ファーノンcond.
BBC
ノーザン交響楽団 (Live

とにかくキツイこの曲のLive演奏としてはほぼ限界的とも云える好演。テンポが重く嵌まり込む部分があるのは残念だが、セッション録音を含めここまで“吹き切った”演奏はない。

尚、“ぶっ放さない”演奏としてはこちらをお奨めしておく。
Danielポール・ダニエルcond.
イギリス・ノーザン・フィルハーモニア

フレーズの受け渡しが実に丁寧で、大きな音楽の流れを形成している。ダイナミックな一方で美しくコントロールされた好演。

   【その他の所有音源】
      アンドレ・プレヴィンcond. ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
      ルイ・フレモーcond. バーミンガム市交響楽団
      マルコム・サージェントcond. ロンドン交響楽団
      フレデリック・フェネルcond. イーストマン=ロチェスター・ポップス管弦楽団
      デヴィッド・ウィルコックスcond. フィルハーモニア管弦楽団
      デヴィッド・ヒルcond. ボーンマウス交響楽団
      ウイリアム・ウォルトンcond. フィルハーモニア管弦楽団
      ロバート・マンデルcond. ニュー・シンフォニーオーケストラ

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2010年3月 8日 (月)

歌劇「運命の力」序曲

Destino(マリインスキー劇場による「運命の力」上演)

La Forza del Destino, Sinfonia
G.ヴェルディ
(Giuseppe Verdi 1813-1901)


19世紀オペラの巨匠、ジュゼッペ・ヴェルディ。彼は生涯で 28作にのぼる歌劇を手掛けたが、その中で最も充実した序曲を擁すと評されるのが「運命の力」(1862年初演、1869年改訂版初演)である。
   ※「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫/音楽之友社)」による

名作として単独で採り上げられることも多いこの序曲は、吹奏楽界も席巻した。早くからケント=レイク編曲版が入手し易かったこともあり、吹奏楽コンクールの自由曲として盛んに採り上げられたのだ。全日本吹奏楽コンクールでは早くも1961年から登場し、1970-90年代には「シチリア島の夕べの祈り」「ナブッコ」の両序曲ともども、全部門に亘るコンクールの定番曲となっている。

遺された数多い名演の中で、頂点を極めたとされるのが
Live1977年 木村 吉宏 編曲
得津 武史cond.今津中

の演奏である。
前年には、名門として想像もし得なかったであろう”銅賞”に甘んじた得津=今津が、その底力を発揮し圧倒的な演奏で復活を遂げた、名演中の名演だ。

※バンドジャーナル誌(1978年1月号)記載の審査員講評
  汐澤 安彦
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   保科 洋 (高校の部で「運命の力」を採上げた2校):
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当時、私は中学1年で吹奏楽と出遇ったばかりであったが、ライブ録音を聴いてまさに衝撃を受けた。…凄すぎる!
今聴いてもその完成度の高さ、そして音楽的魅力には”感動”の一言しかない。国際的な水準と評されたハーモニーはもちろん、清冽なサウンド、そして各フレーズどころか各音一つ一つまで充実した質感、隅々まで神経の行き届いた曲作りは奇跡的であり、吹奏楽の可能性を限界まで示した演奏とも云える。
これが、中学生の演奏とは全く信じられない!
Photoこの今津中の演奏では、楽器配置が特異なのもずっと印象に残っていた。編成にはサクソルン属金管も加えているようだ。楽曲を掘下げに掘下げた結果、求める音響はあの編成と配置に帰結したのだろうか…。

♪♪♪

Verdiヴェルディの評伝を読むと、謹厳実直にして誇り高く、頑固なまでの強靭な意思を持つ情熱的な人物像が浮かびあがってくる。一方で利に聡く、自作の”著作権”を確保したり、農場経営でも成功を収めるなど、実業感覚も持ち合わせていたことでも知られる。遺された数々の名作からヴェルディの音楽的才能は疑いないが、酒場を兼ねた宿屋の倅である彼は、必ずしも音楽的に恵まれた環境の下に生まれたわけではない。自己流のピアノ奏法と年齢の高さが災いしてミラノの音楽院受験に失敗したエピソードは有名だ。
それでもヴェルディは富裕商人(後の義父でもある)アントニオ・バレッツィの支援を得てその才能を開花させていくのであるが、彼にとって修行時代、そして音楽家として駆出し当初の金銭的な苦労は相当なものだったらしく、それを嫌気する思いは強かったようだ。彼は”稼ぐ”ために、当時まさに流行音楽そのものであったオペラの世界で音楽を書きまくり、後に自身が「苦役の年月」と称した日々を過ごすことになる。

またヴェルディは、若くして(25-27歳)甚大な精神的ダメージも受けている。生まれたばかりの子供2人を次々と亡くし、さらに最初の妻マルゲリータにも先立たれてしまう。さらにその極限の状況下で作曲した2作目のオペラが強烈な酷評を浴び、大失敗に終わるのである。これがヴェルディに悲観主義をもたらすとともに、”世間”というものへの不信感を(後の成功により薄まりはしたものの)、彼の根底に置き続けることになったように感じられる。それはまた一方で、ヴェルディに”信念”を確りと形成させることともなっただろう。

そんなヴェルディを救ったのも、やはり音楽だった。続く第3作「ナブッコ(ナブコドノゾール)」で彼は見事に甦り、オペラ作曲家としての地位を揺るぎないものにしたのである。「ナブッコ」のシナリオこそは、彼に天啓を与えたとされる。

  なぜかわからないが、視線は開いたページに釘づけになり、
  
目にこんな詩句が映った。
  
”行け、我が想いよ、金色の翼に乗って”
  
続く言葉に目を走らせて、私はそこから大きな印象を
受けた。

                                       (ヴェルディの回想 : 小畑 恒夫氏の訳による)


フランスやオーストリアの属国とも云える状態で分裂していた当時のイタリアは、その統一と独立に向け民族主義的な気運が高まっていた時代であった。「ナブッコ」はその気運にも乗って熱狂的な支持を得たし、ヴェルディの作品でいえば後の「レニャーノの戦い」なども、同様の気運に乗って支持を得たものである。

    ※「虐げられたユダヤはイタリアだ。傲慢な王ナブッコが君臨するバビロニア
        はオーストリアだ。」
        -「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫 著/音楽之友社)」p50より


音楽家の成功は、時代の要求と合致した時にこそ訪れる。それと同時に、その才能と音楽を理解し金銭的また精神的に支援する人々が存在してこそ、開花の時を迎えることができるのだ。
ヴェルディの場合もスポンサーであり続けたバレッツィ、失敗してもチャンスを与えたミラノ・スカラ座支配人メレッリ、そしてマルゲリータならびにジュゼッピーナ・ストレッポーニという2人の妻をはじめとする人々が、彼自身とその芸術の誕生とに大きな支援を与えたのである。

本稿で採り上げた歌劇「運命の力」はヴェルディ48-49歳の作品。既に充分な成功者であり、(本意ならずも)推されて国会議員にもなっていた。その2年ほど前にはストレッポーニとの再婚も果たしており、公私ともに充実を極めた中で、純然たる音楽創作の興味の中から誕生した楽曲と位置づけられよう。

Photo【参考:出典】
「ヴェルディ -作曲家 人と作品」
(小畑 恒夫 著/音楽之友社)
「ヴェルディへの旅」  (木之下 晃・
       永竹 由幸 著/実業之日本社)
「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」
(加藤 浩子 著/東京書籍)


♪♪♪

歌劇「運命の力」は、ロシア帝室歌劇場(現・マリインスキー劇場)のために創作され1862年に初演されている。この初演版は最後に主人公も自殺し、主要登場人物がみな死んでしまうという陰惨な内容であった。
ヴェルディ自身もこの暗鬱なエンディングを変更したいと考えていたため後に自ら手を入れ、主人公が自殺に及ばず終幕となるエンディングへと変更された改訂版が1869年に初演されている。

  【歌劇「運命の力」あらすじ(1869年改訂版)】
    
原作:アンヘル・デ=サーヴェドラ 「ドン・アルヴァーロ、または運命の力」
        台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
        改訂版台本:アントニオ・ギスランツォーニ

          18世紀中頃のスペイン/セヴィリャ。カラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラ
          恋人ドン・アルヴァーロと駆け落ちしようとしていた。侯爵はアルヴァーロ
          をインカの血統として忌み嫌っており、二人の結婚を認めようとしないため
          である。ところが、いよいよ家を出ようとしたところで、二人は侯爵に見つか
          ってしまう。
          アルヴァーロは侯爵に逆らうつもりはないことを示すため、所持していたピ
          ストルを床に投げ捨てるが、あろうことかそれが暴発して銃弾は侯爵に命
          中し、侯爵は息絶えてしまう。

          二人は離れ離れに逃げ、お互いに相手は亡くなったと思込むが、レオノー
          ラの兄/ドン・カルロは復讐の鬼と化して二人を追跡する。イタリア戦線へ
          の兵隊募集をしている村で、(男装していたにもかかわらず)レオノーラは
          危うく兄に見つかりそうになるが、何とか逃れて山上の修道院を訪ねる。
          その村で耳にした兄の話からアルヴァーロが生きていることを知り、そし
          て”アルヴァーロは私を棄てた”と思込み絶望したレオノーラは、修道院の
          グァルディ
アーノ神父に真実を告白し、贖罪のため山の洞窟で独り、隠
          者としての生活に入る。

          この後、イタリア戦線へ各々参戦したアルヴァーロとカルロは偶然に出会
          い、互いの素性を知らぬまま厚い友情を結ぶこととなる。ところが、負傷し
          たアルヴァーロがレオノーラの肖像画が入った小箱をカルロに託したため
          に、カルロはこの親友こそが、仇であるアルヴァーロだと知ってしまう。
          カルロはアルヴァーロに決闘を挑もうとする。

          アルヴァーロは決闘を避けるため修道院に身を隠すが、5年後に居場所を
          突
き止めたカルロが現れ、決闘を迫る。決闘に勝利したのはアルヴァーロ
          であり、カルロは深手を負う。アルヴァーロはカルロの最期の告白を聞き
          看取ってもらうため、付近に住む隠者を捜し洞窟へ入る。…何ということか、
          その隠者こそはレオノーラであり、二人は劇的な再会を果たすのだった。

          しかし、事情を知ったレオノーラが兄/カルロに駆け寄ったところ、カルロは
          最後の力を振り絞って妹を刺し、レオノーラとカルロは二人とも死んでしまう。
          絶望するアルヴァーロをグァルディアーノ神父は慰め、死んでゆくレオノーラ
          のために祈りを捧げる。

          (尚、初演版ではここでアルヴァーロが人間の存
在を呪いつつ、岩場から
           身を投げて自殺し、終幕となる。)


【参考音源】
31mxc6fg5sl__ss500_フランチェスコ・モリナーリ=プラデッリcond.
サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

レオノーラ : レナータ・デバルディ
ドン・アルヴァーロ :マリオ・デル・モナコ
ドン・カルロ : エットーレ・バスティアニーニ
グァルディアーノ神父 :チェーザレ・シエビ


4195rnxkfdl__ss400_トゥーリオ・セラフィンcond.
ミラノ・スカラ座管弦楽団

レオノーラ : マリア・カラス
ドン・アルヴァーロ :リチャード・タッカー
ドン・カルロ : カルロ・タリアブエ
グァルディアーノ神父 :ニコラ・ロッシ=レメーニ

そもそも「運命の力」はその台本自体、重要な出来事が幕間に起こることも多く、判りにくいとされている。それでも悲劇の集積であるこの「運命の力」に対し、ヴェルディはそれまでの作品と比較しても、ひときわ劇的で雄弁な音楽を付しているという。
「(”運命の力”を歌う歌手は)魂を持ち、言葉を理解し、その意味を表現しなければならない。」 加藤 浩子 訳
とヴェルディはコメントし、この歌劇に多くの新機軸を盛り込んで、更に新しい道に踏み込んだとされる。それは(動機の一つとはされているが)単に招かれたロシアの歌劇団に所属する歌手に惚れこんだ、などといったことではあるまい。

きっと成功者のヴェルディも、自分とはまた違うやり方で歌劇というものを発展させ続ける精力的なワグナーをはじめとした、同世代や後進の才能を強く強く意識していたのだと思う。それが、音楽的に新たなチャレンジ(既成功者の”創作意欲”はここに在る)へとつながったということではないだろうか?
「運命の力」でまた自らの音楽の次元を押上げたヴェルディは、これから先、円熟期にかけて「レクイエム」「アイーダ」「オセロ」「ファルスタッフ」といった名作をまだまだ送り出していく。「運命の力」はまさに”成功者のリスタート”となった作品と云えるかもしれない。

    ※ヴェルディはタンホイザー序曲を聴いた際、ワグナーの才能自体は評価し
       つつ、楽曲には批判的なコメントをした記録がある。しかし一方、ワグナー
       が逝去した際には大変な嘆きようであったことが伝わっており、ワグナー
       を相当意識していたことが窺える。

  【参考:出典】
   「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫 著/音楽之友社)
       「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(加藤 浩子 著/東京書籍)
       「名曲解説全集 」(永竹 由幸 著/音楽之友社)


♪♪♪

歌劇「運命の力」は前述の通り1869年に改訂されており、「序曲(Sinfonia)」もその際に初演版「前奏曲(Preludio)」を拡大し書き改め、完成したもの。この初演版「前奏曲」は3分強と「序曲」の半分の規模であり、陰惨極まるエンディングを持つ初演版の内容に呼応して、暗鬱なダウンエンディングで閉じる簡潔な楽曲となっている。

序曲の冒頭は初演版と変更なく、金管群(+Fagotto)のユニゾンによる3つのE音が、2度繰り返されて開始する。
2運命を暗示するかの如きこの楽句は歌劇中の第2幕冒頭に響きわたるものである。

続く弦楽器の旋律はオペラ全体を通じて用いられている”運命の主題”。
1”agitato”という発想記号にこれほど相応しい音楽もない。まさに、心が泡立つような不安が示されている。

冒頭が再現された後、Oboe、Clarinet、Fluteにより美しくも悲痛な旋律が歌われる。
4これは第4幕、アルヴァーロとカルロの二重唱の場面から採られている。決闘を迫るカルロに対しアルヴァーロが「兄弟よ、許してくれ」と哀願する旋律であり、これに対しカルロが「お前は妹を奪い、汚し、捨てた」と罵る旋律でもある。

G.P.を挟んで密やかなpppから美しく清らかな旋律が湧き起こる。第2幕第2場、山上の修道院に辿り着いたレオノーラが聖母に許しと憐れみを請う「憐れみの聖母」の場面で歌われる、有名なアリアである。
5逃亡生活の果て、アルヴァーロに棄てられたと思い込み絶望の悲しみから聖母にすがるレオノーラの心情が迫ってくるのだ。
これが高揚し実に幅広い音楽となって、遂にダイナミクスと緊迫感が極まる。激しくスピード感の高い弦のパッセージが決然と仕舞うと、前半に登場したアルヴァーロとカルロの二重唱が再現されるブリッジへ。
ここで今度はClarinet、Oboe、Fluteが相次ぐソロでモチーフを奏し、変化と抒情を与えているのが見事である。

再びG.P.を経てここから後半に入り、ハープの伴奏でClarinetが艶やかに歌いだす。
6山の洞穴で独り神に身を捧げる生活をしたいとする懇願を、グァルディアーノ神父に認められたレオノーラが、それに感謝し神を賛美する歌である。(第2幕最終盤)

金管楽器のファンファーレ風楽句と弦楽器が応酬し、スピード感とともに音楽は高揚するが、かと思うとすぅっと力の抜けた高貴なコラールが現れる。まさに絶妙なコントラスト!
3_2これも第2幕第2場から採られたもので、グァルディアーノ神父が神を讃えつつレオノーラの望みを叶えることを報告する讃歌である。
この安寧なコラールに切り込む弦楽器の鋭いカウンターが対照的で印象深く、楽曲に緊張感を与えるとともに歌劇の内容を暗示し続けるものでもある。

続いて「運命の主題」が光に満ちたものに姿を変えて現れ、放射状に力強くなっていくが、その頂点で全合奏により「憐れみの聖母」のアリアが高らかに輝かしく奏される。全曲のクライマックスだ。

悲劇性を極めたこの歌劇だが、序曲はその内容に拘り過ぎることなく、ここから終局に向って一層リズミックで響き豊かなスケールの大きな音楽となり、堂々たるエンディングとなって締めくくられる。

♪♪♪

激しい情熱と気品、険しい表情と喜びの高揚-この序曲に存在する二面性を確りと、しかし決してわざとらしくなく表現した演奏が望まれる。この観点から以下音源をお薦めしたい。
Photo_3クラウディオ・アバドcond.
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

テンポ設定の適切さ、コントラストの見事さをはじめ、全てが”良い塩梅”。ダイナミックだが繊細な、優れたオケによる均整の取れた秀演。

61kjdh16n5l__ss400_クラウディオ・アバドcond.
ロンドン交響楽団

同じアバドの指揮だが、より情熱的に奏される。クライマックスで記譜よりオクターブ上げて奏させた、Trp.の輝かしいテンションはその象徴。

Photo_4ジュゼッペ・シノーポリcond.
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

しっとりとした印象の中に、激しさ、そして一本芯の通った強さとが込められた演奏。



Vol4_2セルジュ・チェリビダッケcond.
ミュンヘン・フィルハーモニー交響楽団 (Live)

全てにおいて”濃い”演奏。歌い方も実に濃いので、好き嫌いが分れそうだが、充実し高密度なサウンドと、音楽の太い流れは説得力に富む。

41ccpuwel__ss500_ワレリー・ゲルギエフcond.
キーロフ歌劇場管弦楽団

レオノーラ : ガリーナ・ゴルチャコワ
ドン・アルヴァーロ : ゲガム・グレゴリアン
ドン・カルロ : ニコライ・プーティリン
グァルディアーノ神父 : アスカル・アブドラザーコフ

歌劇「初演版」全曲を収録、序曲も原型である”Preludio”版が聴ける。

    【その他の所有音源】
      リッカルド・ムーティcond. ミラノ・スカラ座管弦楽団
     チョン・ミュンフンcond. ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団
     フランチェス・コモリナーリ=プラデッリcond.
                          サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
     アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
      トゥーリオ・セラフィンcond. ミラノ・スカラ座管弦楽団
     アンタル・ドラティcond. ミネアポリス管弦楽団
     ゲオルグ・ショルティcond. コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
     ジーノ・マリヌッツィcond. イタリア放送トリノ交響楽団
     指揮者不詳/ロンドン・フィルハーモニア管弦楽団
     ディミトリ・ミトロプーロスcond. フィレンツェ市立歌劇場管弦楽団
     リコ・サッカーニcond. ブダペスト・フィルハーモニック管弦楽団
     ビストリック・レズーチャcond. スロバキア室内管弦楽団
     ルカーシュ・カリティノスcond. ヴェネト州フィルハーモニー管弦楽団
     アーサー・ウィノグラードcond. ロンドン・ヴィルトゥーゾ交響楽団
     ヘルベルト・フォン・カラヤンcond. ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
     ロリン・マゼールcond. クリーヴランド管弦楽団
     ジュゼッペ・シノーポリcond. フィルハーモニア管弦楽団
     イゴール・マルケヴィチcond. ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    トーマス・シッパーズcond. コロンビア交響楽団
     カルロ・マリア・ジュリーニcond. フィルハーモニア管弦楽団


(Revised on 2013.6.3.)

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2009年1月10日 (土)

キューバ序曲

GershwinCuban Overture
G.ガーシュウィン
(George Gershwin 1898-1937)









ガーシュウィンが大好きだ。

ボーダレスに”いい音楽”を求めている私は、それを体現し自己完結させた作曲家であるガーシュウィンの作品に、強い魅力を感じる。それこそ「パリのアメリカ人」などは、今でも演奏してみたい曲の最右翼である。
彼の伝記映画「アメリカ交響楽」も学生時代に名画座で観た。その中に演奏のワンシーンが挿入されていた聴きなれない曲-それが「キューバ序曲」との出遇いであった。ラテンパーカッションが活躍しているその映像に惹かれ、早速音源を入手したのは言うまでもない。
しかし、当時は何故か”ピン”とこなかったのだ。

”忘れていた”私にこの曲を思い出させたのは、やはり吹奏楽。1995年全日本吹奏楽コンクール/就実高校の演奏である。惜しくも銀賞であったが、その底抜けに楽しい、活気に満ちた演奏は”音楽”の喜びが溢れていた。「キューバ序曲」の魅力を充分に伝えてくれる、記憶に残る好演であり、これによって私は「キューバ序曲」に惚れ直し、再び音源探求・・・そして実演へと向かっていったのである。

♪♪♪

20世紀アメリカ最大の作曲家ジョージ・ガーシュウィン(冒頭画像)。1919年の「スワニー(Swanny)」を皮切りに、現在でも愛唱・愛奏される数々のヒット・ナンバーを世に送り出し、時代の寵児となっていた彼が「ラプソディ・イン・ブルー(Rhapsody in Blue)」でクラシック界に衝撃を与えたのが1924年。その後も1920年代のうちに、ミュージカル・ナンバーの名作を生み出す傍らで、「ピアノ協奏曲ヘ調(Piano Concerto in F, 1925年)」「パリのアメリカ人(An American in Paris, 1928年)」と、次々に斬新なクラシック音楽を創り出していった。

Photo夭折したガーシュウィンが遺したクラシック楽曲は多くはない。そのいずれもが従来のクラシックの枠組みを超越した作品ばかりなのだが、中でも
「キューバ序曲」(1932年)はひときわ異彩を放っている。
1932年2月にキューバのハバナで休暇を過ごしたガーシュウィンが、現地の楽器(クラヴェス、ボンゴ、ギロ、マラカス)を持帰り、これらをフィーチャーした作品である。初演時(1932年8月)の題名は
「ルンバ(Rumba)」というものであったが、同年11月の再演時に「キューバ序曲」と改題されている。

※ガーシュウィンの自筆譜に記載された標題も”Rumba”。
   絵心があったことでも知られるガーシュウィンは、
   ラテン・パーカッションのイラストも遺している。(上画像)


「この作品において、私はキューバのリズムと私自身が創作した旋律的な素材とを融合しようと努めた。その結果が、キューバ舞曲を体現する交響的序曲となったわけである。」
(ガーシュウィンによるプログラム・ノートより)


この「キューバ序曲」の誕生に関しては、大きく2つの背景があることを認識しておくべきであろう。

♪♪♪

第一に、「キューバ序曲」はガーシュウィンが交響的クラシック作品のジャンルにおいて、完成度を大きく向上させようと試みた作品であるということ。

既に音楽家として大きな成功を収めていたガーシュウィン。しかし賞賛してくれる批評家でさえ、自分の管弦楽作品にある幾つかのぶざまな構造には満足していない-。そのことを彼自身がハッキリ認識していた。1928年の渡欧の際に、モーリス・ラヴェルに師事しようとしたエピソードなどは、それが端的に現れたものである。

一方でガーシュウィンは、バッハの「フーガの技法」やシューベルト、ベートーヴェン、ブラームスの作品の研究を進めていたし、さらに彼の研究は親しくしていたベルクやシェーンベルクの前衛作品にまで及んでいた。永らく”異端児”であったはずのガーシュウィンのクラシック音楽に対する深い造詣は、いつのまにか友人たちを驚かせるほどになっていたという。
そんなガーシュウィンは「キューバ序曲」を作曲した1932年、遂にジョセフ・シリンガー(Joseph Schillinger)という作曲理論家に師事するのであった。

Photo_2※ジョセフ・シリンガー (左画像)
   スクリャービンの弟子であったロシア系ユダヤ人。
   バークリー音楽院の前身となった”シリンガー・ハウス”の
   創始者。後にジャズ界を席捲する”バークリー・メソッド”は、
   彼の考案した”シリンガー・システム”を元にしている。
   グレン・ミラーやベニー・グッドマンもシリンガーに教えを受
   けており、また電子楽器テルミンの開発に関係し、そのレ
   
パートリー提供を手掛けたことでも知られる。



シリンガーは「私こそが(作曲に行き詰った)ガーシュウィンの危機を救った。」と主張しているとのことだが、そこまでのことであったかどうかは後年の研究でも意見が分かれているらしい。
しかしながら少なくとも、「キューバ序曲」に転調の妙や新しいハーモニー、対位法上の新しいアイディア、流麗さというものが盛り込まれたのは、シリンガーに師事したことで生じた”変化”であるとされている。

それまで、作曲にあたってまず2台のピアノのためのスコアを作成し、音を鳴らしながらオーケストレーションを進めたとか、実際にオーケストラでの試奏を重ねたといわれるガーシュウィン。シリンガーがガーシュウィンに影響したものは何だったのか?残念ながら「キューバ序曲」の作曲に関して具体的な研究を施した文献は、見つけることができなかった。

コード進行法的な作曲理論なのか、或いは所謂”4度の和音”の使用といったことなのか。”横”の構築という視点が、対位法を中心とした”縦”の構築を中心とするといわれる伝統的なクラシックのアプローチの呪縛から、彼を解放したということなのか-。
シリンガー理論が、ガーシュウィンに”たちこめた霧を晴らす”ような啓示を与えたことは間違いないと思われるのだが・・・。

事実として(その人気のほどは別としても)、「キューバ序曲」はガーシュウィンの音楽的な成熟において、大きな飛躍を示した作品と位置づけられているのである。

001 ※主な参考文献・出典

・ガーシュウィン(大作曲家)
  Hanspeter Krellmann / 渋谷 和邦 訳
  音楽之友社

・「キューバ序曲」オーケストラ・スコア /
  解説「キューバ序曲のバックグラウンド」
  Alfred Publishing


♪♪♪

第二に「キューバ序曲」は、当時最先端の流行音楽にして異質な音楽文化の象徴であった”キューバ音楽”と、クラシック音楽とが初めて融合した作品であるということ。

「”ルンバ”というと、たいていの人は「南京豆売り」かその類の音楽を期待する。この曲はそうした音楽をうんと性格的に仕上げるアイディアの下に作られた。」
                                      (ガーシュウィンのコメント)


Don_azpiazuラテンのスタンダード・ナンバーとして有名な「南京豆売り」(El Manicero / The Peanut Vender)が発表されたのは1928年。
ドン・アスピアズ楽団(Don Azpiazu/左画像)がニューヨークで録音したレコードは、1930年11月に発売されるやミリオンセラーを記録し、全米で大ヒットとなった。しかもその人気はアメリカだけに止まらず、ヨーロッパやアジアへと広がって全世界的なものとなったのである。

「キューバ序曲」が作曲されたのはまさにその直後・・・。そして確かに、「キューバ序曲」には「南京豆売り」を髣髴とさせる楽句とリズムがちりばめられている!

折りしも禁酒法(1920-1933)の時代であり、ガーシュウィンが1932年に休暇をキューバで過ごそうと思い至ったのは、酒を楽しむことのできるリゾートとしての魅力もきっと誘因ではあっただろう。
しかし、当時世界を席巻していた異文化の流行音楽と、それを生みだしたキューバそのものこそがガーシュウィンの最大の興味であったことは、想像に難くない。
「ラプソディー・イン・ブルー」で(本人は、そもそもジャズだクラシックだという区別などなかったかもしれないが)ジャズとクラシックとを融合したと評されたガーシュウィンは、今度は「キューバ序曲」でラテン(キューバ音楽)とクラシックの融合に挑んだともいえる。

自ら生み出したオリジナルの主題を、最先端の流行であるキューバのリズムと色彩にのせたシンフォニックな音楽-
”ラテンとクラシックの融合”がこれもまた後付の称号だったとしても、ガーシュウィンが心躍らせた純粋な音楽的興味が、「キューバ序曲」からは感じられはしないだろうか?

♪♪♪

これほどまでにガーシュウィンの音楽的興味をかき立てたキューバ音楽。そして、それを生み出したキューバそのものについても触れておきたい。

<キューバ>
Mapキューバはアメリカ南東端/フロリダ半島のさらに南、カリブ海に浮かぶ国である。本州(日本)の半分ほどのこの島国は、15世紀から永くスペインの植民地であった。名産の葉巻も有名だが、何といっても19世紀に大規模なプランテーションにより、世界最大の砂糖生産地となったことで知られる。
当時奴隷としてアフリカ系人民が多く導入された経緯にあり、これが現在ムラート(スペイン系白人と黒人の混血)が人種上かなりの割合を占める所以であるとともに、後述の通りキューバ音楽の形成にも大きな影響を与えているのである。

Cuba_11902年にはスペインから独立を果たすも、1959年のキューバ革命まで、事実上傀儡政権によるアメリカの支配下にあった。(ガーシュウィンの時代は、まさにこの時期にあたる。)カストロやチェ・ゲバラに主導された同革命によって社会主義体制に移行し、現在も独自路線を歩む国家となっていることはご存知のことと思う。
Cuba_2欧州と中南米の中継地点として交易が栄えたキューバは、美しい海や多彩な自然、そして豊かな資源にも恵まれ、”カリブ海の真珠”と称される。植民地時代の歴史的建造物も観光客の人気を集めているようだ。
Cuba_3外務省HP「キューバ共和国」

<キューバ音楽>
514jb47p12l__ss500_近年ますます高まるその人気を背景に、キューバ音楽を語る書物・サイトは多い。あれこれ目を通したが、その中でも
「キューバ音楽」
(八木 啓代・吉田 憲司 著 青土社 / 左画像)

が最も明快かつ適切なものであろう。キューバ音楽の成立と背景が理解できるのはもちろん、”クラーベ”を採り上げた後半の「理論編」の判りやすさがまた素晴らしい。

私は「キューバ序曲」を”ラテンとクラシックの融合”と敢えて呼んだ。
しかし同書を読めば、キューバ音楽自体がそもそも”さまざまな音楽文化の融合”であることが判る。実はガーシュウィンが(というより世界が)キューバ音楽と出遇った時、それは既に濃密な”融合”の賜物だったのである。

キューバ音楽の源流の一つは、フランスの貴族社会で18世紀に流行したイギリスの田舎風舞曲=「コントルダンス」であった。植民地時代、宗主国のあるヨーロッパの社交界で流行した踊りは「フランス渡来の貴族的でオシャレな音楽」として、キューバに受け容れられたという。
これはキューバ現地でほどなく揺れるリズム感のあるエキゾチックさを加え、ダンサという舞曲となる。そして逆に国外に持ち出され、ヨーロッパで大流行となるのである。それが、「ハバネラ」である。ハバネラとは”ダンサ・アバネーラ”即ちハバナ風舞曲の略だったのだ。

  ※ヨーロッパでの流行を受けて、大作曲家たちもこぞってハバネラを
       書いた。ビゼーの歌劇「カルメン」のハバネラに至っては、実は当時
       キューバのイラディエルが作った「エル・アレグリート」という歌曲を
       そのままアダプトしたものだそうだ。


(コントル)ダンサはハバネラへと変貌し上流社会で流行したが、キューバの庶民階級でも管楽器を主体とした楽団で演奏された。より野生的なベースラインを持つ、よりリズミックな音楽である「ダンソン」となって熱狂的に流行したのである。

一方、プランテーションに大量に導入されたアフリカ系民族の音楽=所謂黒人音楽は、多彩な打楽器を用いてリズミックさを極めたものであり、”コール&レスポンス”(ソロの問いかけにコーラスがその繰返しで応える)という特徴的な形式を持っていた。これも、ヨーロッパ文化(賛美歌など)の影響を受け、キューバで独自の発展を遂げる。コルンビア・ワワンコ・ヤンブーの3種がある「ルンバ」である。

  ※1930年代にアメリカはじめ世界的に流行、社交ダンスのジャンル
       ともなった「ルンバ」は後述する「ソン」(含むソン・モントゥーノ)のこ
       とであり、キューバ本来の「ルンバ」とは異なる。
     大ヒットとなった「南京豆売り」が発売された際に、英語の”Song”と
       の混同を避けるため「ソン」ではなく「ルンバ」というジャンルとして
      紹介されたため、誤解と混乱が生じる結果になったとのこと。


こうして白人音楽と黒人音楽が、キューバで他文化の影響を受けて独自の変貌を遂げ、さらに融合しあったもの- それが「ソン」である。
一般的に「メロディックな歌曲形式の前半部+ソロ歌手とコーラスの掛け合いとなる後半部」という形をとる。後半の掛け合い部分(=モントゥーノ)を強調したものが「ソン・モントゥーノ」と呼ばれる。ソンこそは最もキューバ音楽の特徴的なジャンルとされ、ダンソンと融合して「チャチャチャ」や「マンボ」誕生への布石となっていったし、その後は当然のようにジャズとも融合して、現在も愛好される音楽であり続けている。

このように、20世紀前半までにキューバはまさに最先端の、これまでにない流行音楽を生み出していた。それは、禁酒法の時代に文字通り不夜城の繁栄を誇ったキューバの首都ハバナが求め、そして育てたものだっただろう。

「白から淡いグレーへの系譜でも、黒から濃いグレーの系譜でもなく、まさに、美しいカフェオーレ色の、生まれながらに混血のキューバ音楽の系譜である。」
                                     (「キューバ音楽」p59より)

♪♪♪

以上のような背景をもち、色々な意味で”試行”であったといわれる「キューバ序曲」の出来映えには、ガーシュウィンも自信或いは確信を持っていた節がある。初演時の演奏には「この会場(野外)での演奏は向かない。」と不満を口にし、僅か3ケ月後の再演時には自ら指揮をしているのである。
(その後5年足らずで急逝したこの天才がもう少し生きてくれていたなら、”試行”を超えたラテンとクラシックの融合がより本格的な作品として結実を見たかもしれない。)

楽曲自体は急-緩-急-コーダの形式による、非常に明快な音楽。
”明快”であって”単純”とは異なる。美しくエキゾチックな旋律、多彩な表情とラテンパーカッションの活躍する活力あるリズム、そして豊かなサウンドに富む「キューバ序曲」は、私にとって大変魅力的な音楽である。

Photo_316当然ながら、「ソン」を代表するキューバ音楽の決定的特徴である
”クラーベ”(Clave)のリズムをフィーチャーしている。クラーベとはわずか5個の音符で演奏されるリズムパターン。これを刻む拍子木こそが、クラヴェス(Claves/左画像)というわけだ。

Photo上譜例にある通り、3個の音符(=緊張側:スリー・サイド)と2個の音符(=弛緩側:ツー・サイド)から成るリズムパターンであり、スリー・サイドから始まる”Three-Two(3-2)”とツー・サイドから始まる”Two-Three(2-3)”とがあり、「キューバ序曲」は”Three-Two(3-2)”である。

  ※参考文献・出典:「キューバ音楽」
                               (八木 啓代・吉田 憲司 著/詳細前述)


♪♪♪

それでは、ガーシュウィン自身のコメント(「」)も引いて、楽曲の内容をご紹介する。

「この作品は3つの主要部分から成っている。最初の部分(Moderato e Molto Ritmato)は主題の素材の幾つかをフィーチャーしたf の序奏で推進されていく。続いて3部から成るポリフォニックな楽句に導き出される第2主題。この最初の部分は、第2主題の断片と複合した第1主題の再現によって締めくくられる。」

木管楽器のリズミックな楽句で突如として幕を空けると、あっという間にキューバ音楽のムードが充満した華やかな音楽となる。
1冒頭から独特のベース・ラインが現れ、これがリズムのみならずサウンドに関しても、この曲の個性的な印象を決定付けている。もちろん、ラテン・パーカッションが縦横無尽に活躍し、一層強烈な個性を与えているのは言うまでもない。
流麗な主題は実にエキゾチックで艶があり、リズミックな楽句と対比し或いは重なり合って、立体的な音楽に編み上げられてゆく。
2そしてモチーフを絡み合わせた経過句に続いて、旋律が天高く駆け上がるさまは、まさに圧巻!

「ソロ・クラリネットのカデンツァに導かれて、哀愁に満ちた中間部となる。徐々に多調手法によるカノンを発展させていき、そのカノンの中で主題によるオスティナートをベースとしたクライマックスとなって中間部を終える。そののち急なテンポ変更により、ルンバ舞曲のリズムへと戻るのである。」
3中間部はクラリネット・ソロの音色に支配されている。
異国の熱帯夜がもたらすセンチメンタルなムードだろうか-。リズミックさは残しながらも、静かで幅広い音楽の与える印象の”温度”は高い。
4_2やがて歩みだすカノンは着実に足取りを進め、徐々に高まる緊張とともにぶ厚いサウンドの構築物となってその威容を示し、クライマックスを形成していく。

「フィナーレは(主題と応答が重なり合って緊迫する)ストレッタ的な手法による、推進力のある楽句の展開となる。これが我々をもう一度この曲のメイン・テーマへと引き戻していく。
そして楽曲の最後は、キューバ打楽器群をフィーチャーしたコーダで締めくくる。」

快速さを取り戻すと、オーケストラが持つあらゆる音色を駆使した応答楽句が繰り広げられる。徐々にスピード感とテンションを上げ、前半のクライマックスの再現へ!高らかに、鮮やかに奏される豊潤な旋律は、さらにスケールを拡大した印象を与え、コーダへとなだれ込む。
簡潔なコーダは、この楽曲の”主役”であるラテン・パーカッションのリズムで放射状に高揚、最後にテュッティの強奏でもう一度特徴的なリズムが刻まれ、重厚な響きで全曲を締めくくる。
Photo_8
♪♪♪

「キューバ序曲」に関しては、音源の選択は非常に重要である。
まず、録音はかなり少ないといえる。そして、楽曲の魅力を存分に発揮した演奏となると極めて限られるということをハッキリと申上げておきたい。中にはラテンパーカッションがただうるさく感じられるだけの演奏で、この曲を単なる「色物」としか見ていないのでは?と思わされるものもある。
(とにかく触れた演奏によって、この曲の印象は大きく異なると思われるのだ。)

私の推薦盤は以下2つ。
いずれも、特徴的なベース・ラインをしっかりと聴かせ(しかも要所でTubaの音色が効いている!)、それによってこの曲の持つ充実したサウンドをひき出していることが特筆できよう。まずこれだけでも、他の演奏とは完全に一線を画すものである。

Photo_3ジェイムズ・レヴァインcond.
シカゴ交響楽団

活力漲る、抜群の推進力。メリハリがあるのに全曲の構成も確りと俯瞰されており、楽曲の内容把握は深い。中間部のクラリネット・ソロが実に秀逸で、どこまでも暖かい音色と表現が楽想にピタリと合致している。また、再現部のクライマックスで示されたテンポの”ため”は絶妙、BRAVO!

Photo_4ロリン・マゼールcond.
クリーヴランド管弦楽団

これも秀演!実に生き生きとした演奏で、感じさせる”生命感”の力強さは屈指のものである。全曲に亘り、質感が損なわれることのないサウンドの充実ぶりも素晴らしい。
また、Hornの演奏が実に”男前!”であり聴きどころである。楽曲に包含されたHornの効果的な楽句が、見事に活かされているのだ。

  【他の所有音源】
    アンドレ・プレヴィンcond. ロンドン交響楽団
    リッカルド・シャイーcond. クリーヴランド管弦楽団
    シャルル・デュトワcond. モントリオール交響楽団
    ハワード・ハンソンcond. イーストマン=ロチェスター管弦楽団
    クルト・マズアcond. ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
    ズービン・メータcond. ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団
    ウェイン・マーシャルcond. オールボルイ交響楽団
    ジェイムズ・ジャッドcond. ニュージーランド交響楽団
    ダニエル・バレンボイムcond. シカゴ交響楽団


001_2ご参考までに、
「南京豆売り」の私の愛聴盤は
Nick Morales & Su Orquestra
こちらもぜひ一聴を。実にゴキゲンな音楽である!


♪♪♪

尚、「キューバ序曲」の吹奏楽編曲譜は、現在”平石 博一版””マーク・ロジャース版””真島 俊夫版”の3つがあり、録音も発売されている。
スコアの細部を表現し切るには難しさもあると思うが、絶対的に吹奏楽向きの楽曲ではあるし、もっと吹奏楽でも採り上げられてよいはずだ。

ともかくまずは、管弦楽原曲の秀演をお聴きいただければと願う。

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2008年9月 6日 (土)

ダッタン人の踊り -歌劇「イーゴリ公」より

Photo_11Dance of the Polovtsian Maidens,
Polovtsian Dances
from "Prince Igor"

A.ボロディン
(Alexander Porfir'evich Borodin
1833-1887)





その美しく魅力的な旋律とエキゾティックな曲想とで、聴くものを魅了する屈指の名曲。原曲のオペラのみならず単独の管弦楽曲として採り上げられ、またさまざまなポピュラー・ミュージックにもアレンジ、アダプトされて広く愛されている。
そして、この曲をめぐるエピソードは数多い。

12世紀の史実に基く「イーゴリ軍記」(成立不詳、1800年初版刊行)をウラジーミル・スターソフ(Vladimir Stasov 1824-1906)が脚本化、作曲者アレクサンドル・ボロディン(冒頭画像)自身がその脚本に手を入れて作られた歌劇。
ダッタン(ポロヴェッツ)の脅威に晒されたロシアを救うべく遠征に出た君主・イーゴリ公は戦いに敗れ捕虜となるが、ポロヴェッツの懐柔にも心動かされることなく、再び祖国を救うことを期して決死の脱出をはかり、ロシアに帰還を果たす-という物語である。

♪♪♪

Index【歌劇「イーゴリ公」あらすじ】
   マリインスキー劇場/ゲリギエフ版:
   マリーナ・マルキエル 編
   木村 博江 訳
   に基く抜粋



  時は1185年、ロシア中部(現在のウクライナ)を治めていた
    イーゴリ・スヴァトスラーヴィチ公は、ロシアを脅かす遊牧民
    族ポロヴェッツを倒すべく、遠征を決意する。
    周囲の反対、とりわけ妻のヤロスラーヴナの嘆願をも振り
    切り「ロシアを守るのは自分の務めである。」と強い意志で
    出征したイーゴリ公であったが、戦いには敗れ、息子のウラ
    ージミルとともにポロヴェッツの捕虜となってしまう。

    イーゴリ公は敗北と虜囚の屈辱に耐え難く、苦悩の日々を
    送っている。イーゴリ公は逃亡も潔しとせず、ポロヴェッツ
    の頭目=コンチャーク汗に対してあくまでロシアの独立と
    その防衛を貫く姿勢を変えることはない。
    コンチャーク汗はロシア君主たるイーゴリ公の誇りと勇気
    に感銘を受け、貴賓として遇するのであった。
    一方で、コンチャーク汗の娘=コンチャコーヴナとウラージ
    ミルは恋に落ち、将来を誓い合う仲となっている。


Photo_6    その頃、ロシアではガーリツキイ公がイーゴリ公の不在の
    間に権力を手中に収めようと画策している。こうしてロシア
    内政が乱れる中、ポロヴェッツの脅威は勢いを増し、ロシア
    の首都プティーブルを襲う。プティーブル陥落はイーゴリ公
    に激しい衝撃を与えた。ロシアを救うため、遂にイーゴリ公
    は捲土重来を期し、逃亡を決意するのであった。

  キリスト教徒のポロヴェッツ人であり、イーゴリ公の味方とな
    ったオブルールの協力を得て、いよいよイーゴリ公と息子ウ
    ラージミルは逃亡しようとしている。
   そこに現われたコンチャコーブナはウラージミルと離れられ
    ないと取り乱す。ウラージミルのなかなか決断できない様子
    に絶望したコンチャコーブナが警報を鳴らし、ポロヴェッツ人
    が集ってくる。混乱の中、ウラージミルは捕えられてしまった
    が、イーゴリ公はオブルールとともに何とか脱出に成功する。

  一方、焦土となったロシア/ドニエプル川のほとりには、夫と
    祖国の運命を嘆き悲しむヤロスラーヴナの姿があった。
    やがて、そのヤロスラーヴナの遠い視界に、二人の男の姿が
    入ってくる。
    それこそは、脱出してきたイーゴリ公とオブルールだった!
    イーゴリ公とヤロスラーヴナは抱き合って再会を喜び合い、
    群集は駆け寄ってイーゴリ公の帰還を讃えるのであった。


♪♪♪

この歌劇の作曲が着手されたのは1869年だが、1887年のボロディンの他界に至るまで作業は続くも、結局未完に終わっている。
18年を超える作業を経ても完成を見なかったのは、ボロディンが「ロシア民族楽派五人組」に名を連ねながらも、本職は化学者(その評価も相応に高い)であり「作曲」に充分な時間と労力が割けなかったことが主因といわれる。

歌劇「イーゴリ公」はボロディンの死後、盟友リムスキー=コルサコフ(1844-1908)とその弟子アレクサンドル・グラズノフ(1865-1936)のオーケストレーションや補作により完成、1890年に漸く初演されている。
歌劇の冒頭「イーゴリ公」序曲に至っては、劇中に登場する主題とボロディンの残したスケッチに基いて、グラズノフが”作曲”したものなのである。

  ※グラズノフの言葉によれば、彼が探し出したボロディンの遺した「紙屑」^^)

こうしてボロディンの存命中に未完に終わった「イーゴリ公」の中でも、所謂「ダッタン人の踊り」の部分については、1879年に管弦楽曲として完成し同年に初演されたものである。

  ※尚、この遅々として進まない歌劇の創作の話題は、もはやボロディンに
        とって不愉快なものでもあったらしく、この話題に触れた途端に不機嫌に
        なるボロディンの様子は、友人たちの回想録にも遺されている。
        またリムスキー=コルサコフの「わが音楽生活の年代記」には、「ダッタ
        ン人の踊り」が歌劇の完成に先立ち、管弦楽曲として発表された時の
        様子が書き残されているが、その初版のオーケストレーションもボロディ
        ン + リムスキー=コルサコフ + リャードフ(Anatoly Lyadov 1855-1914)
        による3人がかりの突貫作業だったという。

       【出典】
          「ボロディンの管弦楽作品-記録による年代記」
            (リチャード・タルースキン/森田 稔 訳)


  ※リムスキー=コルサコフとその弟子たちは、ボロディンだけでなくムソルグ
       スキーの作品なども補作・完成に注力し、その音楽を永遠のものとした。
       現在では、作曲家のイメージした原典に回帰する志向も高まってはいる
       (ムソルグスキー「禿山の一夜」など)が、リムスキー=コルサコフたちの
       功績は些かも否定されるものではないし、後世の音楽ファンとしてはその
       尊い精神と努力に深く感謝するのみである。


♪♪♪

さて、「ダッタン人の踊り」とは歌劇「イーゴリ公」の中の、どの楽曲を指すのか-。

収録されたCDを見ても、歌劇「イーゴリ公」第2幕(マリインスキー劇場/ゲリギエフ版では第1幕)に登場する
”ポロヴェッツの娘たちの踊り”
”ポロヴェッツ人の踊りと合唱”の両方を併せて「ダッタン人の踊り」と称する場合と、後者のみを称する場合があって、必ずしも統一的でない。

また、邦題としては永く「ダッタン人の踊り(韃靼人の踊り)」として親しまれてきたが、正確でないという指摘が強い。
「ダッタン(韃靼)」が本来指すのは”タタール”(Tatar)であり、本作に登場する”ポロヴェッツ”(Polovtsy)とは異なるからである。
このため、現在では「ポロヴェッツ人の踊り」という表記も一般的になりつつある。

  ※そもそも「ダッタン(韃靼)」という言葉は、時代と場所によって示すもの
        が異なるといわれており、大きくロシア南部を中心とした地域の異民族を
        総称してきたとの見方もあることから、本稿では私にとっても永く愛着の
        ある「ダッタン人」を採用している。
        尚、「ポロヴェッツ」はトルコ系遊牧民族で、11世紀中頃から13世紀初め
        までさかんにロシアを襲撃しており、イーゴリ公遠征当時には、黒海・アゾ
        フ海沿岸からヴォルガ川流域の大部分をその支配下に収めていたという。


1. ダッタン(ポロヴェッツ)の娘たちの踊り
1
6/8拍子・Presto、終始躍動感と流麗さに溢れる音楽であり、冒頭からClarinetソロがキラキラとほとばしる。この旋律が徐々に賑やかに、織り重ねられてゆき、さながら見事な織物のような音楽となっていく。しかしあくまでも軽やかさは失わず、爽快に踊りを終える。

2. ダッタン(ポロヴェッツ)人の踊りと合唱
優れた旋律と、個性の強い舞曲が次々と現われる非常に多彩な音楽。
冒頭のHornの音色を効かせたコードは、「イーゴリ公」の要所で使用されているもの。そして、Andantinoの前奏からして息を呑むほどに美しく、魅力的な旋律が現われる。
2緩やかなその旋律、たおやかさは並ぶものがない。
-それに心を奪われ、余韻に浸っているとほどなくOboeのソロ、最も有名な名旋律が歌われる。聴くものを魅了し、虜にしてしまう旋律がかくも立続けに提示されてはたまらない。ボロディンの天賦の才にはただ驚くばかりである。
3原曲に付された歌詞は捕虜となったイーゴリ公の望郷の念と、解放への切望を慰める内容で、以下のようなものである。

風の翼に乗って 故郷まで飛んでいけ、祖国の歌よ
自由にお前を口ずさんだあの故郷へ
気ままにお前と過ごしたあの故郷へ
そこでは、灼熱の空の下
大気は安らぎに満ち 海は楽しげにさざめき
山々は雲に包まれて微睡む
太陽はあくまで明るく輝き
故郷の山々は光をいっぱいに浴び
谷間には薔薇の花が華麗に咲き乱れ
緑なす森では鶯がさえずり 甘い葡萄が実を結ぶ
祖国の歌よ、そこではお前は自由気まま
飛んでいけ、祖国の歌よ


(一柳富美子 訳)


さらにコールアングレに引き継がれ、朗々と歌われたこの歌は弦楽器の音の束を重ねて一層豊かな音楽となる。伴奏の木管群がまたキラキラとして実に素敵であり、躍動感を与えている。

名残惜しげに静まると、続いて民族色の濃いシンコペーションの伴奏でAllegro vivoに転じ、小気味良いClarinetソロから”男たちの踊り”が始まる。
4快速で大変エネルギッシュ、かつ逞しい曲想の舞曲である。Hornソロに続いて更にスピード感を増し、鮮烈な区切りをつけて短い終止。

豪快で重厚なTimp.のリズムが遠くから近づいてきて、バーバリズムが炸裂する「全員の踊り」へ。
5ここはコンチャク汗の偉大さを讃える歌の場面であり、無骨でスケールの大きい音楽。小節頭の強拍低音、殊にBassTromboneの音色の豪放さは実に痛快である!

続いて、再びPresto 6/8拍子の速い舞曲となる。
6躍動感あるリズムに始まるが、旋律が野太く奏されるクライマックスは圧倒的な音圧であり、対比が映えている。

ここからは、これまでに登場した歌や舞曲のリプライズ。それぞれがクロスオーヴァーしながら再現され、いよいよエネルギッシュな民族色を強めた曲想となる。ここではTrp.が大活躍であり、またリズミックなベースラインが大変印象的である。音楽は華々しい最後のコードまで、まさに息をつかせることなく突き進んでいく。

♪♪♪

さて、もう一つ「ダッタン人の踊り」で特筆できることは、最も有名な合唱部分の旋律(前述の「風の翼に乗って・・・」)がポピュラー音楽にも多く採り上げられ、さらに幅広い人々に愛されていることであろう。
TVCMに使われたギタリスト・天野清継の"AZURE"を初めとして、洋の内外を問わずアダプトされている。

Kismet_musical_vhs_mvie_film_howardそして、その最大のものは
ミュージカル「キスメット」
(Kismet)
であろう。
1953年初演、1954年にトニー賞を受賞したこのミュージカルは「イーゴリ公」「中央アジアの草原にて」「交響曲第2番」など、全編に亘りボロディンの音楽をフィーチャーしたもので、10-11世紀のバクダッドを舞台としたラヴ・コメディといった内容。
その代表曲
「ストレンジャー・イン・パラダイス」
(Stranger in Paradise)
こそ「ダッタン人の踊り」をカヴァーしたものなのだ。

(R.ライト&G.フォレスト/Robert Wright & George Forrestによるアダプト )


Won't you answer the fervent prayer    天国にまぎれこんでしまった-
Of a stranger in paradise          そんなことを言うあの人のために     
Don't send me in dark despair       燃えるようなこの祈りを捧げます
From all that I hunger for          私が心から望むこととは全く違う
But open your angel's arms         暗い絶望をもたらすのはお赦し下さい
To the stranger in paradise         そうではなく、あなたの天使の腕を
And tell him                   天国の異邦人のために
That he need be                広げてやってください
A stranger no more              そしてあの人に、もうこれからは
                         異邦人でいなくてもいいのだと
                         伝えてあげてほしいのです


Photo_7「ストレンジャー・イン・パラダイス」
は吹奏楽にもアレンジされ、このスッキリとしたアレンジは、演奏会に一息つけさせる貴重なレパートリーとして愛されている。
編曲:小野崎 孝輔
演奏:岩井 直溥cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

  ※吹奏楽のコンサートでは、どうしてもインパクトの強い楽曲ばかりを並べ
        がちだが、コンサートを一つのパッケージとしてみれば、こうした聴衆にも
        奏者にも優しい小品は絶対に必要なはずである。このような観点に欠け
        たプログラミングから早く卒業することは、吹奏楽界の課題の一つであろう。
        こうしたタイプの優れたアレンジがさらに登場することを、大いに期待したい。

     ※尚、さらにディープに「ダッタン人の踊り」を知りたい方には、下記サイトが
        オススメ。 「イーゴリ公をとことん楽しもう!」という管理人さんの言葉通り、
        充実した内容です!   
 「歌劇『イーゴリ公』の世界」

♪♪♪

「ダッタン人の踊り」は非常に多彩な楽曲である。極めて洗練された美しい旋律でしびれるような感銘を与えると思うと、また違う場面ではエネルギッシュなバーバリズムを炸裂させる-。演奏には、そのコントラストが確りと描かれつつ、一つの楽曲としてのまとまりも感じられるバランス感覚が求められる。ただ美しいだけでもダメ、ただエネルギッシュなだけでもダメなのだ。

その観点から、音源は以下をお奨めしたい。
本稿の執筆にあたり、合唱つきのものも含め多くの録音を聴いたが、今回も私の「好み」により、(コメントを付さないものも含め)合唱のないバージョンの演奏に限定してご紹介する。

Photo_8ヘルベルト・フォン・カラヤンcond.
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

カラヤンはピカピカのオケを縦横無尽に生かし、申し分のないバランスの良さでこの曲を演出している。


Photo_9小澤 征爾cond.シカゴ交響楽団
これもメリハリの効いた、存分に演出された演奏ながら、バランス良く全体が見透された好演。



 【その他の所有音源】

  レナード・バーンスタインcond. ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団
  アンドレ・クリュイタンスcond. パリ音楽院管弦楽団
  ルイ・フレモーcond. モンテカルロ歌劇場管弦楽団
  ダニエル・バレンボイムcond. シカゴ交響楽団
  フェレンツ・フリッチャイcond. RIAS交響楽団
  ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーcond. パリ管弦楽団
  ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーcond.
           ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団
  ジョージ・セルcond. クリーヴランド管弦楽団
  ウラディーミル・フェドセーエフcond. モスクワ放送交響楽団


♪♪♪

この「ダッタン人の踊り」を私が初めて聴いたのは、やはり吹奏楽であり、1977年の全日本吹奏楽コンクール実況録音/北海道代表・紋別中の演奏だった。大変明快で実にのびのびとした魅力溢れる好演である。
翌1978年には、前年に堂々の雪辱を果たした今津中がこの曲を演奏、オーボエに続くコールアングレのソロがとても印象的だった。(紋別中はサックスで演奏していたから・・・。)
オーボエもファゴットもない田舎の吹奏楽部に所属していた私にとって、この演奏などは本当に眩しいばかりである。そんな私の、灼きつくようなオーボエへの憧れ- その象徴こそがこの「ダッタン人の踊り」だったのである。

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2008年2月21日 (木)

小組曲  C.ドビュッシー

DebussyHenri_busser_5Petite Suite
C.ドビュッシー
Claude Debussy
1862-
1918

管弦楽編曲
H.ビュッセル

(Henri
Busser
1872-1973




I.   En Bateau II. Cortege III. Menuet IV. Ballet

まだ20代半ばであったクロード・ドビュッシー(冒頭画像左)が4手連弾によるピアノ曲として1886-1889年に作曲。後にドビュッシーの友人である指揮者アンリ・ビュッセル(冒頭画像右)によって1907年に管弦楽に編曲され、どちらも同等に有名となっている。管弦楽版は作曲者自身の依頼、立会いのもとに作られたものである。

1979年の全日本吹奏楽コンクールでは弘前南高校が”小舟にて””バレエ”を採上げ金賞受賞。その爽やかな演奏以来、吹奏楽のレパートリーとしても定着し、現在では著名なアレンジャーがこぞって吹奏楽版スコアを手掛けている。
”第二の原曲”ビュッセル版自体が、木管楽器の音色やフィーリングを存分に活かしたものとなっており、吹奏楽でも貴重なジャンルのレパートリーとして重用されているようだ。

♪♪♪

Verlaine若き日のドビュッシーはフランスの詩人
ポールヴェルレーヌ
(Paul Verlaine 1844-1896/左画像)

に傾倒し、1880-90年代にはその詩を題材とした作品を遺している。「歌曲集”艶なる宴”」「歌曲集”忘れられた小唄”」「ベルガマスク組曲」といった作品群がそれである。
ヴェルレーヌの作品中でも、ドビュッシーは「艶なる宴 (Fetes Galantes)」に強く惹かれ、その幻想的な内容を自作に反映していたという。本稿で採り上げた「小組曲」もその一つに数えられる。

「艶なる宴」より (ヴェルレーヌ詩集/堀口 大學 訳)

小舟にて

空より暗い水面に  金星うかびただように
舟子、股引のポケットに火打石たずぬるに。

さても皆さん今こそは二度とまたないよい時分  傍若無人にいたしましょう、
さてもわたしのこの両手  以後かまわずにどこへでも!

騎士アチス切なげにギタール鳴らし

つれなびとクロリスあてに  あやしげな秋波おくる。

法師はひそひそエグレを口説き
ちと気の変な伯爵は  心を遠くへ通わせる。

かかるおりしも月の出て 小舟は走るいそいそと
夢みる水のそのおもて。


行  列

金襴の仕着のお猿、 彼女の先に立ち、 踊ったり跳ねたり、
夫人はお上品な手袋の片手に  ダンテルの手巾をいじくって。

後ろから、赤いおべべの黒奴小僧、  両腕にあふれこぼれる彼女のお晴れ
長い裳裾を重げに抱いて、  襞の一つの動きにも目の玉ぱちくり。

夫人の白い衿元から  猿め、かた時目を離さない。
見えぬ胸乳のふくよかさ  女神の体にふさわしい

黒奴小僧のいたずら奴、  その豪勢な重荷をば  必要以上に持ち上げて
彼の夜ごとの夢に入るものの象(すがた)をのぞき込む。

彼女は石の階を、心静かに登り行く、 飼いならされた動物の
身のほど知らぬ恋慕なぞ  気にもとめないのどかさで。


♪♪♪

(以下はビュッセル編の管弦楽版をもとに述べる。)
前述の通り、ハープを含む弦楽器と木管楽器を中心とした編曲であり、洵に魅力的な旋律を、そのイメージに実に合致した楽器の音色で聴かせる。音楽は明快で非常に愛らしい。虚心坦懐、”いい歌”をシンプルに提示しているさまは、音楽の根源的な悦びそのもの。
「小組曲」という題名は、そのシンプルさに対するドビュッシーのはにかみが表れたものかもしれないが、楽曲には充分な魅力と高い品格が備わっている。

I.小舟にて
優雅なバルカロール(Barcarolle/ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの舟歌、もしくはそれを模して書かれた楽曲)で幕開け。Harpの分散和音の上に、瑞々しいFluteの旋律が歌いだす。
Photo中間に凛とした表情の弦楽アンサンブルを挟むが、あくまでふんわりとした音楽であり、クラリネットやオーボエの音色も実に映えている。柔らかに寄せては返す旋律に応えるオーボエのカウンターは、これもまた名フレーズ。

II.行 列
「ちょこちょこぴょんと跳ねていく」Fluteで軽やかに始まり、シンコペーションを効かせた中間部は幻想的。全曲中でも可愛らしさを極めた、愛すべき音楽。
Photo_2
III.メヌエット
この組曲の中で最も私の好きな楽章。ルイ王朝風と評される音楽であり、OboeとFagottoのソリで始まる短い序奏部に続き、ノスタルジックで典雅な第一主題が現れる。1_2
そして、一層ノスタルジーを高め、切なさを掻きたてる第二主題をFagottoが奏する。私はこの旋律がどうにもこうにも好きなのだ。
2_2
VI.バレエ
浮き立つような快活なフレーズで始まるが、決して無用に泡立つことはなく落着いた品のある音楽。
1_3中間部のワルツも小洒落ており、生命感に満ち満ちている。冴えるピッコロの音色は注目!
2_3やがて冒頭の旋律が戻り、さらに2拍子が3拍子に変容してスケールの大きな音楽となる。品格を保ちながら音楽は高揚し、爽やかな全合奏で終末を駆け抜けていく。

♪♪♪

さて、音源。管弦楽版は以下をお薦めする。

3ヤン・パスカル・トルトゥリエcond.
アルスター管弦楽団

若々しく快活な演奏。軽やかで陽気な”才色兼備の女学生”のイメージ。



2ジャン=フランソワ・パイヤールcond.
パイヤール室内管弦楽団

端整で落着きのある美しさ。自信に溢れた人生をおくる”大人の女性”のイメージ。



1ヨアヴ・タルミcond. ケベック交響楽団

非常に繊細で透明感のある演奏。可憐で清純な”深窓の令嬢”のイメージ。




51ntku5llzlエマニュエル・クリヴィヌcond.
国立リヨン管弦楽団

清潔な美しさと精神的な成熟を感じさせる、凛とした好演。自分の美しさを的確に把握した美人にして、眼鏡の似合う理知的な”お姉さま”のイメージ。

  【その他の所有音源】
   ジャン・マルティノンcond.フランス国立放送局管弦楽団
   ルイス・レインcond.クリーヴランド管弦楽団
   ポール・パレーcond.デトロイト交響楽団

   エルネスト・アンセルメcond.スイス・ロマンド管弦楽団

原曲/4手連弾版としては、定番の
ベロフ=コラール
(Michel Beroff & Jean-Philippe Collard)
盤や、
ハース=リー(Werner Haas & Noel Lee)
盤も良いのだが、

Photoリュヴィーシ=マクダーモット
(Lee Luvisi & Anne-Marie McDermott)

盤を紹介しておきたい。
とても素朴で、好感の持てる演奏である。


(Revised on 2008.8.26.)

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2007年10月27日 (土)

組曲「ハーリ・ヤーノシュ」

Photo_2Hary Janos Suite
Z.コダーイ
(Zoltan Kodaly 1882-1967)


※ハンガリーにおける人名表記は本邦と同じく姓→名
   の順であるが、本稿では欧米式表記を採用する。




I.    Prelude : The Fairy Tale Begins
II.   Viennese Musical Clock
III.  Song
IV.  The Battle and Defeat of Napoleon
V.   Intermezzo
VI.  Entrance of the Emperor and his Court


♪♪♪

その盟友ベーラ・バルトーク(Bela Bartok 1881-1945)とともに、20世紀ハンガリーを代表する作曲家であるゾルターン・コダ-イ。この二人は、ともにハンガリー民謡(農民音楽)の収集・研究を行い、自己の作品にそれを投影させた作曲家であった。

バルトークのコダーイ評 :
「作曲家の心の中に、農民音楽に対して全身全霊で自己を捧げるほどの強い愛情が生きていて、その愛情から、彼が農民音楽の音楽語法の影響を無条件に受け入れる時、しかも、その作曲家に自身の芸術思想があり、その表現に必要な技法を完璧に身につけているのであれば、民族音楽の内部に秘められている本質を表現することになるのです。
コダーイは、ハンガリーの農民音楽を支えとし、その最も理想的な姿を作品に形成しながら、この問題を解決し得たのでした。」
(「ハンガリーの現代音楽について/バルトーク」齋藤弘美氏の訳文より)

その後、第二次世界大戦の勃発がバルトークにアメリカ移住を余儀なくさせたわけだが、一方でそれでもコダーイはハンガリーを離れることがなかった。また、音楽教育にも並々ならぬ尽力をしたことでも知られている。これらは、自他共に認める祖国とその「農民音楽」への強い強い愛着ゆえであろう。
そして、コダーイの代表作である組曲「ハーリ・ヤーノシュ」(1927年)にも、その”愛着”が色濃く反映されているのである。

♪♪♪

Cimbalom「ハーリ・ヤーノシュ」という楽曲に、更に濃いハンガリーの色彩を与えているのが、民族楽器ツィンバロム(Cimbalom)
左画像のように大型のものは4オクターブ以上の音域を持つ打弦楽器にして、ジプシー楽団の花形楽器である。



Photo_2有名なところでは、ゲーリー・クーパー&オードリー・ヘプバーン主演の洒落た恋愛映画の傑作昼下がりの情事」(Love in the Afternoon/左画像)に、”魅惑のワルツ”(Fascination)を奏でるジプシー楽団が登場。2本の撥を巧みに操るツィンバロムの妙技を見せてくれる。



「ハーリ・ヤーノシュ」では第3曲「歌」、および第5曲「間奏曲」でツィンバロムが大活躍、その民族的な音色が存分に効果を挙げている。
以前、ネーメ・ヤルヴィcond.日本フィルの演奏会で「ハーリ・ヤーノシュ」を聴く機会があったが、生演奏においてもツィンバロムの存在感は抜群であった。

♪♪♪

そもそも「ハーリ・ヤーノシュ」とは、19世紀初頭にオーストリア帝国軍に従じた実在の老人とされる。ハーリは退役してハンガリーの田舎に戻り、連日居酒屋で酒に浸りつつ、村人相手に”空想””大ぼら”としか思えぬ、実に壮大な手柄話を聞かせていたという。
その物語を後にヤーノシュ・ガライという人物が編纂し世に出した。それによりハンガリーで広く知られ、愛されているとのことである。

ハーリの手柄話は、ナポレオン軍と戦ってこれを打ち破り、最後はナポレオンとの一対一の勝負に勝ったとか、7頭の竜を組み伏せたとか、オーストリア皇女の求愛を受けたとか、史実に載るべくもない、全く途方もない内容である。
しかし悪気の全くないハーリは、決して「大ぼら吹き」として疎まれているのではなく、愛される存在となっている。

コダーイ自身も、
「ハンガリーには昔から、『話をしている時に、聞いている人がくしゃみをしたら、それはその話は本当であることの証拠だ。』という言い伝えがあります。そこでこの組曲(「ハーリ・ヤーノシュ」)も、くしゃみの音で始まります!ハーリの話に聞き入る村人の一人が、盛大に派手なくしゃみをして、この老人の話が一聴に値するものであることを保証するわけです。
確かにハーリの話は、『わしは昔ナポレオンを降参させて謝らせたものだ。』などといった類のものなのですが、しかしそれでも、それなりに一聴の価値がある、というわけです。」

と、ハーリに対し愛情溢れるコメントを遺しているのだ。

 ※出典:Harold Lawrence / 秋岡 陽 訳によるCDリーフレット解説
   尚、「話をしている時に、聞いている人がくしゃみをしたら、それはその話
       は本当であることの証拠だ。」というハンガリーの言い伝えについては、
       真逆の「その話は嘘である。」という説も存在し、「ハーリ・ヤーノシュ」の
       曲目解説にはこの両説が入り乱れている。
       「ハーリ・ヤーノシュ」の鑑賞・演奏においては、実際にいずれが真説で
       あるかは問題ではなく、コダーイがこのような認識でいたことを押さえて
       おくべきと思われる。


♪♪♪

もともと「ハーリ・ヤーノシュ」はジングシュピール(=対話台詞つきの音楽劇)として作曲、1926年に初演されたものであるが、これを絶賛したバルトークの強い勧めにより管弦楽組曲として編まれた経緯にある。そして今や組曲「ハーリ・ヤーノシュ」はコダーイの代表作として人気を博しているのである。

Photo※このジングシュピール版は、プロローグとエピローグを持った4つの冒険譚からなる。
その内容についてはシャルル・デュトワcond. モントリオール交響楽団盤CDのリーフレットの中で、小林誠一氏の構成により童話風の挿絵とともに詳しく紹介されている。

「hary_janos.jpg」をダウンロード


原曲からして、第2曲「ウィーンの音楽時計」ならびに第4曲「戦いとナポレオンの敗北」は管打楽器のみの編成であり、また第4曲「戦いとナポレオンの敗北」でアルト・サクソフォーンが使用されていることもあるからか、吹奏楽にも編曲されて人気の高いレパートリーである。
全日本吹奏楽コンクールでも古くは1967年の川本高校に始まり、現在まで23団体が演奏。特に1974年駒澤大学・1977年浜松工高の金賞受賞あたりから、広く演奏されるようになった。

私自身も1977年浜松工高の全日本吹奏楽コンクール実況録音を聴いたのが「ハーリ・ヤーノシュ」との出遇い。素養がない私は「こだーい???」という感じだったが、聴いてみてその実にユニークな音楽に驚かされ、すぐに大好きになってしまった。
また大学入学により上京したところ、その当時日本テレビの天気予報のテーマが「ウィーンの音楽時計」だったことも印象深い。

♪♪♪

組曲「ハーリ・ヤーノシュ」は以下の6つの曲から成る。
どの楽章も旋律は魅力に溢れ、ダイナミックで色彩感豊かな音楽は、聴くものを惹きつけて已まない。
また、II・IV・VI楽章が奇抜な冒険譚を端的に描写するものである一方、I・III・V楽章はハンガリーの民族色の極めて強い音楽で、その対比も聴きどころである。
コダーイ自身のコメント(「」)を添えてご紹介する。

Photo_2
※コダーイのコメント:
前掲 Harold Lawrence / 秋岡 陽 訳による
アンタル・ドラティcond.ミネアポリス管弦楽団盤CD
(左画像参照)のリーフレットの解説より引用




I. 前奏曲、お伽噺は始まる

「意味深長なくしゃみの音で”お伽噺は始まる”ことになります。」

ブルブルブルッっと震えたのち、大きな大きなくしゃみ。冒頭からして前述のエピソードに基く大変ユニークな描写ののち、それが静まって深遠な主題が現れる。

1
この主題が展開していき、終盤に向け壮大なクライマックスを形成するが、これは大変に緊迫感に満ちており、この曲が単なるたわいのないほら話の描写にとどまらない音楽であることを強く示唆しているように感じられる。バックボーンにあるハンガリー農民の労苦や、或いはまた民族としての誇りを表すものであろうか-。

II. ウィーンの音楽時計
「場面はウィーンの王宮。ハンガリーからやって来た純朴な青年ハーリは、有名なウィーンの”オルゴール時計”を見て、すっかり驚き、夢中になってしまいます。時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れます。華やかな衣装を身に纏ったからくり人形が、時計の周りをぐるぐる行進し始めるのです。」

2
キラキラと華やかな鐘の音で始まる快活な楽章、人形たちの軽快で可愛らしい行進曲。管打楽器+鍵盤楽器のみの響きがピカピカ輝いて、実に楽想にマッチしている。

III. 歌
「ハーリとその恋人(エルジュ)は、彼らの故郷の村のことや、愛の歌に満たされた静かな村の夕暮れのことを懐かしみます。」

農民の歌がヴィオラのソロで朗々と奏されて始まり、クラリネット、オーボエとソロが続く。ツィンバロムも登場して、ハンガリー色を一層濃いものとする。

3
やがて弦楽器の伴奏に乗りホルンのソロが冒頭の旋律を再び歌う。
ノスタルジックな音楽であるとともに、ハンガリー人以外にとっては大変にエキゾティックなムードが漂うことであろう。この楽章もまた、深遠さが味わい深い。
なにより、一つの歌を大事に大事に歌い上げる音楽であると思う。

IV. 戦いとナポレオンの敗北
「司令官となったハーリは、軽騎兵を率いてフランス軍に立ち向かうことになりました。ところが、ひとたび彼が刀を振り下ろすと、さあどうでしょう。フランス軍の兵士たちは、まるでおもちゃの兵隊のように、あれよあれよとなぎ倒されていくではありませんか!一振りで2人、ふた振りで4人、そして更に8人10人・・・と、フランス軍の兵隊たちは面白いように倒れてゆきます。そして最後に、ナポレオンがただ一人残され、いよいよハーリとの一騎討ちと相成りました。
とはいっても、本物のナポレオンの姿など見たことのないハーリのこと、『ナポレオンという奴はとてつもない大男で、それはそれは恐ろしい顔をしておった・・・。』などと、想像力たくましく村人たちに話します。しかし、この熊のように猛々しいナポレオンが、ハーリを一目見ただけで、わなわなと震えだし、跪いて命乞いをしたというのです。
フランスの勝利の行進曲”ラ・マルセイエーズ”がここでは皮肉にも、痛々しい悲しみの音楽に変えられています。」


4a_2
冒頭で、遠くから近づいてくるトロンボーン・ソリからしてどこか間が抜けており、途中に挿入されるファンファーレも何だかアホっぽい。この楽章ではアルト・サクソフォーンが大変効果的に使用されていることも見逃せない。

4b_2
やがて打楽器群の地響きとともに、金管低音から一層大仰な音楽が始まり、ひどく漫画的なムードが漂う。
荒唐無稽なほら話を端的に表す楽想だが、クライマックスの輝かしいサウンドなど大変素晴らしく、音楽自体の魅力も充分である。
最後は、グリッサンドを伴ったトロンボーンのうらぶれた伴奏で、アルト・サクソフォーンがさめざめと(しかしどこか間抜けな)哀しい歌を歌う。

V. 間奏曲
「この曲は間奏曲ですので、特に説明はありません。」

そっけないコダーイのコメントとは裏腹に、この楽章もハンガリー音楽の魅力に満ちた傑作。最初からツィンバロンが鳴り響き、生き生きとした音楽が提示される。

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旋律は18-19世紀のヴェルブンコシュという、若者を軍に募るための舞曲によるものとのこと。
エネルギッシュな音楽の合間には、ホルン・ソロに始まる素朴な美しさのある旋律も現れ、その対比がまた素晴らしい。
5b

VI. 皇帝と廷臣たちの入場
「勝利を収め、ハーリはいよいよウィーンの王宮に凱旋します。ハーリは、その凱旋の行進の様子を、想像力たくましく思い描きます。しかし所詮は、空想に基く絵空事。ここで描かれているのも、ハンガリーの農民の頭で想像した限りでの、それは豊かで、それは幸福な、ウィーンのブルク王宮の様子に過ぎません。」

リズミックな打楽器に導かれた、フルートと鍵盤打楽器の元気で陽気な楽句でスタート。

6a
続いて現れるトランペットの主題も、快活だが、コダーイはコメント通りどこか絵空事っぽく描いていて、これなどはさすがという他ない。スネアドラムの後打ちも映える!

6b
そして二つの旋律がクロスオーヴァーしてクライマックス、物語の終幕を示すファンファーレが鳴り響くと、更に足取りを早め、スネアドラムの大仰なロールとともにコーダに突入。
バスドラムの強力な一撃を轟かせ、全曲を閉じる。

♪♪♪

音源はどれもそれぞれに魅力を有しているが、私の好みでは以下の2枚をお奨めしたい。

Photo_3イワン・フィッシャーcond.
ブタベスト祝祭管弦楽団

管楽器、殊に金管群が好演で、表現も積極的であり、この”音楽戯画”の魅力を存分に伝えてくれる。
「IV. 戦いとナポレオンの敗北」のバストロンボーンとテューバは特に印象に残る。テュッティになってからも凄い存在感なのである。この楽章のファンファーレの”アホ”なニュアンスもちゃんと出ている。
ジングシュピール版からの抜粋組曲が併録されているのも興味深いし、同じく併録の「ガランタ舞曲」のクラリネット・ソロも凄みのある快演だ。

Photo_4ジョージ・セルcond.
クリーブランド管弦楽団

全体を俯瞰しきった感のある名演。大変バランスよく整っているが、それでいてスケールが決して小さくないところが凄い。
同時収録の組曲「キージェ中尉」(S.プロコフィエフ)がまた素晴らしい演奏である。

  【その他の保有音源】
    シャルル・デュトワcond. モントリオール交響楽団
    アンタル・ドラティcond. ミネアポリス管弦楽団
    アダム・フィッシャーcond. ハンガリー国立交響楽団
    ゲオルグ・ショルティcond. シカゴ交響楽団
    クラウス・テンシュテットcond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
    アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
    エドゥアルド・マータcond. ダラス交響楽団
    フェレンツ・フリッチャイcond. ベルリン放送交響楽団
    クルト・マズアcond. ニューヨーク・フィルハーモニック
    アンタル・ドラティcond. フィルハーモニア・フンガリカ
    ルドルフ・ケンペcond. ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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