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2019年3月15日 (金)

ファビオ・ルイージ指揮デンマーク国立交響楽団を聴いて 2019.3.15.

Img_top_main先日、元職場上司のご相伴にあずかり ファビオ・ルイージ指揮デンマーク国立交響楽団のコンサートを聴くことができた。近年、管弦楽や吹奏楽のプロフェッショナルな楽団のコンサートに足を運んでも、満足できないことばかりだったが、嬉しいことに今回は違った!

ファビオ・ルイージの真摯で情熱的な、切れ味鋭い指揮にオーケストラが一体となって応え創り上げられた好演であった。最初の歌劇「仮面舞踏会」序曲(ニールセン)からしてスピード感と生気に溢れ、オケもノリノリである!良く知らない曲だったのでCDで予習していったのだが、この曲の演奏としてかなりの出来映えだったと思う。

ベートーヴェンの「皇帝」を経て、メインはチャイコフスキー交響曲第5番だが、これがまた素晴らしかった。特に第2楽章の立体的な音楽の表出は特筆できるものではなかったか。各ソロの奮闘も光った。この演奏のおかげでもう一度この”5番”を徹底的に聴き直したくなり、今猛然と音源を集めているところだ。

完璧な、とか歴史的名演、とかではないかもしれないが、相応の技量を有するオーケストラが信頼関係に結ばれた指揮者の明確な統率のもと、「その気になって」演奏・表現した好演であることは間違いない。

日本では、一流といわれる楽団にすら、今それがあるのだろうか?
デンマーク国立管弦楽団は世界のトップレベルとまではいかないと思うが、日本のトップ楽団ですら技量面でもデンマーク国立管弦楽団に及ばないなと感じた。しかし技量面もさることながら、何よりも、(馴合いでなく)あるべき信頼関係に固く結ばれた指揮者と一体となり、「その気になって」演奏しているのだろうか?と強い疑念を抱いたのだ。

まさかそんなことを考えているはずはないと思うが、ソツなく”お仕事”をこなしているような、肝心のものが伝わってこない演奏が多すぎる気がしている。心は「そんなつもりはない」であっても、それが実際に伝わってこなければ意味がないではないか。プロフェッショナルなのだから…。私風情が偉そうに言う気はなく、また好みの問題もあると思うが、この指摘は外れてはいないと思うのだ。

演奏家の方々へ期待するとともに、我々も真に音楽の悦びを評価しある時は厳しい目でみる聴衆でなければならない、という思いを新たにした。


-つくづく2018年は散々な年だった。
誰が悪いかと云えば「自分が悪い」ということになるのだが、悲しい思いをすることばかりで全然「救い」がなかった。
Bill Watrousが7月に、そして私自身が暗黒の闇を彷徨う年末にはUrbie Greenがと、私の敬愛するTromboneの巨人が相次いで天に召された哀しく淋しい年でもあった。

年が明けて今は3月半ば。ここのところ新たな音楽体験があれこれ流れ込んできて、漸く私に救いをもたらそうとしてくれているということだろうか…。
だとしたら素直に喜び、希望を抱いて生きていきたい。

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