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2015年5月12日 (火)

聖歌と祭り

PhotoChant and Jubilo
W.F.マクベス (William Francis McBeth 1933-2012)

私も大好きな人気音楽コミック「BLUE GIANT」(石塚 真一)を読むと、主人公のテナーサックス奏者・宮本 大にしろ、後にドラムを始め共に活動するようになる高校の同級生・玉田にしろ、”初めてのライヴ”というものが彼らにとって極めて重要なものとして設定されている。
Blue_giantその”初めてのライヴ”は、二人それぞれに痛恨の蹉跌を与える舞台として描かれているのだが、これを乗り越える姿-それ以前に乗り越える決意を固めるさまが丹念に描かれていて、読む者の心を震わせる。

希望や期待が”不安”に勝ったからこそ臨んだはずの”初めてのライヴ”は、自身も想像し得ないほど、予想し得ないほど彼らを傷つけてしまった。愉しいドライブが一瞬にして事故の大惨事に変わるように、その反動の大きさが一層深く心を傷つけるのだ。それぞれにまた新たな歩みを始めようとする二人は、それを成し遂げ得るのは自分自身だけであること、傷を癒すためには楽器に(音楽に)対峙していくしかないことを悟り、再び挑戦していくのである。-そこに人間の真実の姿があるから、このコミックは感動を与えるのだろう。つくづく”音楽で受けた傷は音楽でしか癒せない”のだ。

はて、私にとっての”初めてのライヴは何だっただろう?
と思い返してみると、それは昭和52年(1977年)8月6日、大分文化会館大ホールにて開催された大分県吹奏楽コンクールのステージだった。
それまでの人生では音楽というものにほぼ興味がなく、4ケ月前に初めてTromboneを手にした中学1年生の私。そんな私が迎えた”初めてのライヴ”はいきなりコンクールの本番だったわけだ。入部してから一度たりとも行事などで”演奏”したことはない。(当時の”田舎”はそんなものだった。)
というより、それまで私は聴衆を意識したシチュエーションで音楽を演奏したこと自体がなかった。

その”初めてのライヴ”で演奏した曲こそは-課題曲そして自由曲の「聖歌と祭り」だったのである。

♪♪♪

Wmfrancismcbeth200「聖歌と祭り」1962年1月初演、おそらく前年に完成していたと推定される。フランシス・マクベスの作品の中でも、ごく初期の作品かつ、最も広く演奏された楽曲である。題名通り明確に性格の異なる2つの部分-厳かで敬虔な「聖歌」=Chantと、華やかでダイナミックな「祭り」=Jubiloから成っている。Jubiloも”キリスト教に於ける歓喜・歓声”を示す意味あいの濃い言葉であり、楽曲自体が宗教的なものからインスピレーションを得たものだろう。

Greogorian_chant若い世代ならサッカーの応援歌を思い浮かべるかもしれないが、あれは本来の意味になぞらえた洒落であり、Chant(チャント)とは教会で歌唱される聖歌を指している。そして何といってもグレゴリオ聖歌(Gregorian Chant)がその代表的なものである。

グレゴリオ聖歌とは、カトリック教会の典礼聖歌として中世以来継承されているもので、ローマ教皇グレゴリウスI世に因んで7-8世紀頃からグレゴリオ聖歌と呼ばれるようになったという。
古風な単旋律音楽にして、その旋律は明るく開かれた全音階的旋法性の上に繰り広げられ、そのリズムは拍子や小節の枠から全く自由なしなやかさを持つとされる。気品に満ちたこの聖歌はローマカトリック教会の典礼の格調高さに資しており、単声の音楽形式が到達しえた人類最高の偉業と呼ばれるにふさわしいものとも讃えられている。

  雄大な建築は、典礼を荘厳に挙行するための重要な役割を持って
  いる。高貴な彫刻や絵画は、我々に働きかけて祈りの心を高める。
  しかしそれらがいかに偉大であっても、典礼に直接的に参加する
  ことはできない。ただ1つ、音楽芸術のみ、それに参与しうる可能性
  を有する。そのための公式の音楽、それがグレゴリオ聖歌である。
                     -「グレゴリオ聖歌」(水嶋 良雄)より                                                        


グレゴリオ聖歌は、後世=特に中世及びルネサンス期の音楽に大きな影響を与え、また幻想交響曲(ベルリオーズ)第5楽章”ワルプルギスの夜の夢” や交響詩「ローマの松」(レスピーギ)の”カタコンベの松”をはじめとして名曲にたびたび引用もされている。更にそれに止まることなく、まさに現在に至るまであらゆるジャンルの音楽に影響を与え続けているのである。

Photo_2【出典・参考】
 「新音楽辞典」 執筆者:水嶋 良雄 (音楽之友社)
 「グレゴリオ聖歌」 水嶋 良雄 (音楽之友社)


♪♪♪


「聖歌と祭り」の冒頭に現れる「聖歌」の旋律は、9世紀のギリシャ聖歌が元になっているとのことである。作曲者マクベスは「冒頭の聖歌には決してヴィブラートをかけてはならない。バリトン(ユーフォニアム)が真っ直ぐな音で奏することは殊のほか重要である。」との指示を残している。素朴な美しさのある旋律であり、それをごくシンプルに提示して曲は開始される。(冒頭画像)

この聖歌が変奏されてFluteに移るが、幻想的なClarinetの和音と打楽器(グロッケン・トライアングル・サスペンションシンバル)の伴奏が印象的。ここでの打楽器の使い方には”ただのバックグラウンドではない”とコメントしているように、マクベスのこだわりが現れている。
Flほどなく低音と打楽器が寄せては返す波のようなリズムを加え、楽器が増えて徐々に高揚し遂に全合奏で聖歌が奏でられる。
ここでは木管楽器が息の長いスラーで奏する一方、金管楽器はアクセントの付された音符で逞しく、朗々と奏する構造となっている。
Photoこの2つを混然とさせるのがマクベスの意図であり、カウンターのリズムを奏する打楽器とともに大変印象的で、前半部にスケールの大きなクライマックスを創りだしている。

穏やかに鎮まった”聖歌”はTrb.ソリで締めくくられる。そしてppから幅広くクレシェンドしてくるサスペンション・シンバルに導かれ、その頂点に続きTrumpetのファンファーレが現れて”祭り”の開幕だ。華麗なTrumpetの音色とフレーズに、打楽器群の毅然としたカウンターが絶妙に映えている。
Photo_2鮮烈なTrumpetのコードが鳴り響くや、中低音の重厚なカウンターと木管高音の祝祭感に満ちた付点のリズムがこれに呼応し、それら全てが一体となって濃密なサウンドの音楽となる。繰返す低音と打楽器のフレーズは徐々に遠くなって静まって緩やかな楽想に移り、Fluteの清冽な旋律へと繋がりゆく。
少しずつ律動感を高めつつも落着きのある楽想で進行し、高音に低音が谺するその響きを更に豊かにしていくが、やがて煽情的にテンポを上げて(♩=112 → ♩=120)高揚し鮮烈なTrumpetのフレーズで緊迫のG.P.へ!最終盤のエネルギッシュなAllegro(♩=144)へと突入する。

16ビートの如くスピードと緊迫を醸す伴奏の上で、雄大な旋律がハーモナイズを濃くしつつまたダイナミクスを拡大しながら全曲のクライマックスへと向かう。Trb.の旋律に対峙し咆哮するHornのカウンターも聴き逃せない。
そしてマクベス得意の高音対低音によるアンティフォナルなクライマックスへと到達するが、遂にはそれも一体に転じて全合奏が荒ぶり、情念を爆発させるのである。(マクベスはテンポを緩めることなくG.P.へ突入せよ、と指示している。)
Photo再び劇的なG.P.が現れ、これを経てMaestoso(♩=84)で厳かな低音のサウンドが響き渡る。続いて運命的な打楽器のリズムとふくよかな中低音のコードに乗り、Trp.をはじめとする高音楽器が高らかに凱歌を奏するコーダとなるが、これこそは全曲最大の聴きどころである。
Photo_2ハーモナイズされた旋律の壮麗さだけでなく、印象的なリズム・伴奏全てが渾然となった感動的な音楽はsfzpからの息長いクレシェンドに集約し、fffの圧倒的なサウンドで締めくくられる。

    ※譜例は”2nd edition”を使用。これは1997年、マクベスがサザン音楽出版から
      最初の作品(第2組曲)を世に送り出してから35年目の節目であることを記念
      して改訂出版されたものとのこと。現在私にはコンデンススコアの1ページ目
      しか初版との比較ができないが、サスペンションシンバルの撥指定が変更に
      なっているのが読み取れる。全般に練られた演奏上の指定が細かく反映され
      るなど明確になり、改善が施されているようである。ただ、スコアに使用されて
      いるフォントだけは、初版の方が曲想に合致した風情があるように思う。^^)
      尚、本稿中の楽曲に関する情報はマクベスのコメントを含め、”2nd edition”
      フルスコア所載の解説に基いている。

♪♪♪

テクニック的にほぼ無理のない楽曲ながら、随所にマクベスの美点が散りばめられ、どの楽器にも印象的なフレーズが用意された洵に”カッコイイ”名曲である。
音源は以下をお奨めしたい。
Cd汐澤 安彦(飯吉 靖彦)cond.
フィルハーモニア・ウインドアンサンブル

「聖歌と祭り」の録音と云えばこの演奏、という定番。改めて聴き比べてみると明確な演奏コンセプトがあり、しかもそれが終始徹底されている好演であることがよく判る。本作の劇的性を最も表現した演奏である。

Cd_2ユージン・コーポロンcond.
ノーステキサス・ウインドシンフォニー

非常に現代的な演奏で、アーティキュレーションもくっきり。指揮者の求めた明晰さは「祭り」冒頭のTrp.によるファンファーレの好演に端的に表れている。

Cd_3スティーヴン・スカイアーズcond.
ノーザン・イリノイ大学ウインドアンサンブル

プレイヤーのレベルにバラつきが大きく〝巧い”という演奏ではないが、この曲に共感しおもしろく演奏しようとする意思が確り伝わってくる。Piccoloの太い音色と積極的な演奏が印象に残る。

     【その他の所有音源】
      フランシス・マクベスcond. テキサス工科大学シンフォニックバンド
      木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
      丸谷 明夫cond. なにわオーケストラル・ウインズ(Live)
      スティーヴン・グリモcond. アメリカ空軍西部バンド(Live)


♪♪♪

あの時、課題曲「ディスコ・キッド」も難曲だったが、今思えば初めて経験する”本番”として、よりシビれるのは「聖歌と祭り」の方だったはずだ。
Trb_soli当時、メンバーは3人だけで1パート1人のTrb.セクションにとって、”聖歌”を締めくくる弱奏のSoli(左画像)は相当ヤバい!でも私にはビビった記憶がない。ミスして大変なことになった記憶もない(結果も金賞・県代表だった)…始めて4ケ月のど初心者がよくぞ平気で吹いたものだ。
「無知」はオソロシイ。”上手く吹きたい””キメるところはキメたい”といった思いが存在しない状態では良い演奏ができる可能性も乏しいのだが、一方でビビることもないのである。そんな中学1年生だった私の”初めてのライヴ”は劇的なことなど一切なく、何の気なしに過ぎ去っていった。

もちろんあの頃より今の方が遥かに吹けるようにはなったけれども、ミスをする可能性は「思い」のある今の方がきっと高いとも云えるだろう。それを乗り越えるにはいつだって「練習」しかない。”練習は裏切らない”のだと信じて。

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コメント

この「聖歌と祭り」、私が中高生の頃はコンクールで盛んに演奏されてましたね。特に中学校Bパート(小編成)で多く演奏されていた気がします。

ただ、残念ながら私自身は全く演奏したことがありません。もし機会があればTimpaniをやってみたいですね。「祭り」冒頭のTrumpet群に続くあのフレーズを叩いてみたいのです♪

投稿: HARA-P | 2015年5月21日 (木) 21時32分

HARA-Pさん、どうもです!
「聖歌と祭り」は発表された当時、相当斬新な感じだったでしょうね…その後に続いた傑作たちを思い描くと、如何にもマクベス!と云う曲なんですが、この曲が”始まり”だったんですねえ。
やはり名曲だなあと実感するのは、印象的で耳から離れない楽句が本当にいっぱい現れることです。HARA-Pさんが触れられたフレーズも、まさにその最たるものですね♪

投稿: 音源堂 | 2015年5月22日 (金) 08時18分

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