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2014年5月19日 (月)

追惜-岩井 直溥先生

Photo_2 2014年5月10日、また一人吹奏楽界から偉人が天に召された。その人は真に吹奏楽を愛しその未来を慮っておられた音楽人だった。
”吹奏楽ポップスの父”岩井 直溥先生が逝去されたのだ…。

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岩井 直溥

全日本吹奏楽コンクール課題曲として「シンコペーテッド・マーチ 明日に向って」「ポップス・オーバーチュア 未来への展開」「ポップス描写曲 メインストリートで」「ポップス変奏曲 かぞえうた」「ポップスマーチ すてきな日々」「復興への序曲 夢の明日に」の6曲を提供、このポップス課題曲と「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズを生み出し、吹奏楽に本格的なポップス演奏を導入したその功績の大きさは測り知れない。
また「ニュー・エイトの会」のメンバーとして吹奏楽オリジナル曲の開発にも尽力し「あの水平線のかなたに」「渚の詩」「華麗なる躍動」などを上梓するとともに、「三角帽子」(ファリヤ)や「シンフォニック・ダンス」(バーンスタイン)などクラシック曲の名編曲でも知られる。

第二次世界大戦後の復興から高度成長に向う中、アーニー・パイル・オーケストラやフランキー堺とシティ・スリッカーズでの活動をはじめとして、日本のポピュラー・ミュージックの急速な発展の真っ只中で大活躍したその実力と経験に裏打ちされた優れたアレンジは、吹奏楽に文字通り”新風”を吹き込んだのだった。

     ※参考・出典 : バンドジャーナル別冊「ザ・シンフォニックバンドVol.3」
               岩井直溥・特別寄稿”マイ・ウェイ”

           ※関連記事 :
シンコペーテッド・マーチ「明日に向って」
            ポップス描写曲「メインストリートで」
          

9_snap001_2 1972年にスタートした「ニュー・サウンズ・イン・ブラス(以下NSIB)」というプロジェクトは洵に画期的なものであった。
これはそれ以前から岩井 直溥が取組んできたポップス・マーチの編曲や、市民バンドと連携したプロトタイプ的活動を経て世に送り出された。NSIB誕生の原動力となった岩井本人をはじめ、実力派アレンジャーを揃えてスコアを作りデモ演奏音源とセットで販売する-これが目覚ましい成果を挙げたのである。

    ※画像はNSIB第9集レコーディング風景

第一に吹奏楽界は「お堅いクラシックはよく判らん」という顧客層にも楽しんで貰えるレパートリーとその演奏ノウハウを手にすることができ、吹奏楽ポップスは演奏会や各種イベントにおいて絶大な支持を獲得した。今やここまで吹奏楽形態にポップス演奏が定着しているのは本邦だけだ。そこに至ったのにはNSIBが選曲・アレンジ・デモ演奏のいずれに於いても、従来の吹奏楽ポップスと比べて一味違う質の高さを誇っていたことが大きい。
第二に、吹奏楽のプレイヤーたちに実に幅広いジャンルに亘る素晴らしい名曲の数々と触れる機会を与えてくれた。私などは吹奏楽でのポップス演奏をきっかけにジャズやラテンの原曲にも接し、大ファンになっていった。一生モノで愛好する音楽の世界を、大きく拡げてくれたのである。

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Photo_3 岩井先生は吹奏楽ポップスを、また別個のジャンルとして捉えていたようでもある。
「あまりめちゃくちゃにジャズるような雰囲気のポップスとは、また違うんじゃないかしら、吹奏楽の場合は。そこまで持ってっちゃうと、まとめきれないと思う。例えば、もうサックスなんてのは、向こうのフルバンドだと、みんなベンドで入ってくるでしょ、ウィーン、ウィーンとね。あんなのやろうって言ったってね、なかなかできないから。だから、日本の吹奏楽のジャズというか、ポップスというのは、また別の分野になってる気がしますよ。で、かえってそれでいいんじゃないかなって。」
蓋し達観だと思う。そして、岩井先生の願いは常にこうだった。
「(中略)でもそれが本来のポップスの姿じゃないでしょうかねー。吹いて楽しむ側にもっと自由があってもいい。というよりそれが、うんとあって欲しい。」

    ※出典 : NEW SOUNDS IN BRASS Official Handbook (2000年)

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さて、私にとっての”岩井アレンジBest10”は以下である。(順不同)

■アクエリアス(輝く星座)
Photo_4 ミュージカル「ヘアー」の大ヒットナンバー。NSIB草創期において屈指の難易度の高さでアレンジされており、大人なムードでなかなかにカッコイイ!Sop.Sax.&Ten.Sax.のエネルギッシュなアドリブ・ソロと、全編を通じてイカしたバッキングやエレキベースが印象的である。ダル・セーニョ前のBar.Sax.の音色を効かせたベースラインも鮮烈。

■アフリカン・シンフォニー
Photo 岩井アレンジの代名詞、吹奏楽にピッタリなヴァン・マッコイの原曲をこれまたドンピシャにアダプトした傑作。Horn奏者はみな”雄叫び”に燃えたことだろう。スケールが大きく豊かなサウンドで鳴るこのアレンジは、今や吹奏楽のためのオリジナル曲と紛わんばかりの定番レパートリーとして愛奏されている。

■ボレロ・イン・ポップス
Photo_2 ラヴェルの「ボレロ」を4拍子のラテン・アレンジに仕上げた逸品。駒澤大学が1982年の全日本吹奏楽コンクールにおける招待演奏にて披露したもので、非常にハイセンスかつエネルギーにも満ち溢れた名アレンジ。原曲よろしくさまざまな楽器に次々とソロが受け継がれていく多彩さはもちろんのこと、イントロでgliss downするエレキベースをはじめ、細部に至るまで洒落た工夫が煌めいている。とにかく本当にセンスがいい!ぜひ駒澤大学のLive録音(画像参照)でお聴きいただきたい。

■ゴッドファーザー PartII ”愛は誰の手に”
Photo メロウで”男前”極まるTrp.ソロを全面にフィーチャーした名作。
大ヒットとなった「ゴッドファーザー」の続編としてフランシス・コッポラ監督が1974年に公開した映画の主題曲。「ロミオとジュリエット」「太陽がいっぱい」の名作で知られる映画音楽界の巨匠ニーノ・ロータの手になるものであり、アカデミー作曲賞を受賞している。曲想は今風ではないかもしれないが、私はこの”華麗な渋さ”が堪らなくイイと思う。
録音でソロを担当した羽鳥幸次の輝かしく厚みのある音色、素晴らしい歌がTrp.の魅力を充満させたこのアレンジに完全にマッチしていた。(「真っ赤なスカーフ」(宇宙戦艦ヤマト・エンディングテーマ)のオブリガートも羽鳥幸次の演奏とのこと、納得!)

■ヘイ・ジュード
Hey_jude ビートルズの名曲中の名曲、このアレンジはイントロの華麗なTrp.ソロがとても印象的!ビートルズの楽曲は”曲格”が高過ぎて、吹奏楽にアダプトするのは却ってなかなか難しいのだが、本作は原曲の良さを吹奏楽の機能と上手く融合させて楽しませる。NSIB草創期のアレンジの中でも名作の一つに数えられる。

■メイム・メドレー
Photo ミュージカル「メイム」からのメドレー。ミュージカルらしいオープニングとエンディングはもちろんのこと、スウィングありデキシーあり、タップダンスを模したサンドペーパーのソロや、メロウでロマンティックなEuph.のソロなども配した多彩なアレンジとなっている。
できるだけ多くのプレイヤーに花を持たせようという、岩井先生の創意工夫そしてバンドに対する愛情があふれる名作。

■ティコ・テイコ
Ticotico 快速でめまぐるしい動きによってノリにノる佳曲。鮮やかに揃わなくてはカッコつかないので、ポップスなのに木管楽器の奏者たちがよく習わされていたのを思い出す。^^)陽気で一気に駆け抜ける曲想がコンサート・プログラムの中で貴重な存在であり、とても頻繁に演奏される人気曲だった。

■ブルーレディに紅いバラ
Cd カウント・ベイシー・オーケストラ版を下敷きにした素敵なアレンジ。岩井作品にはこうした”ジャズ・トランスクリプション”的なものも幾つかあるが、その中でもこのアレンジは出色で、美しく艶やかなメロディをはじめとするこの楽曲の持つ素の魅力を吹奏楽で見事に再現している。”音楽演奏の入口”としての役割も果たす吹奏楽においては、こうしたアレンジも大変に価値がある。
東芝EMI(当時)から発売された「実践吹奏楽指導全集」に収録されたもので、福田 一雄cond.東京佼成ウインドオーケストラによる録音もある。(画像参照)

■恋のカーニバル
Tubasolo_2セルジオ・メンデスのこの陽気なサンバを吹奏楽に、と目をつけた時点でもう満点。吹奏楽への愛情とサービス精神旺盛な岩井先生にとっても、Tubaソロ(原曲にもある)にスポットライトをあてることのできた本作は会心の一作だったのではないだろうか。サンバのナンバー自体としても大変に魅力的、会場と一体になって大盛り上がりになること請け合いだ。

■踊りあかそう
Photo_5 私にとって岩井アレンジの最高傑作はこの作品。ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の大ヒットナンバーだが、ゴージャスなミュージカルショー・サウンドのイントロとエンディングを配し、悠々とノるチャチャ、活力漲るディキシー、そしてポップス・マーチと”踊りあかそう”の名旋律を実に多彩に聴かせる完成度の高い傑作。中でも白眉は何と云っても生きいきとした推進力に惹きつけられるポップス・マーチであろう。岩井アレンジの真骨頂がそこにある…最高!

その他にも「黒いジャガーのテーマ」「サー・デューク」「サウスランパート・ストリート・パレード」「パリのあやつり人形」「ベンジーのテーマ」「ハッスル」など想い出深い”岩井アレンジ”の数々…こうした曲たちとともに、随分たくさんの愉しい時間を過ごしたなあという感慨が、已むことなく湧き起こる。

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私は1985年の「普門バンドフェスティヴァル」にて初めて”生”の岩井先生の雄姿を拝見した。真っ赤なド派手衣装で東京佼成ウインドオーケストラを指揮し、新譜を次々と披露されたのだが、中でも「恋のカーニバル」の演奏で満面の笑顔とともに「テューバ!」と高らかな声でソロをコールされていた姿が印象的だった。(カッコ良かったなあー。)

Photo_3 岩井先生は吹奏楽を慈しみ育て、吹奏楽のことをずっと心配し続けて下さった”父”でもあった。
「もっと若々しい個性的なバンドのカラーを打ち出すような演奏を」
「感動性をもった音楽を作り、一人でも多くの人に喜んでもらえる演奏が音楽の本質」

ずっとこのように願っておられた岩井先生は、1978年の全日本吹奏楽コンクール課題曲・ポップス変奏曲「かぞえうた」を通じて究極の表明をする。

何とこの曲は”課題曲”なのにもかかわらず、テンポの標示がない(!)。
デモ演奏は存在したが
「何ら色づけをしない素顔的な演奏ですので、これを手本的なものとはお考えにならないように。これにいろいろなお化粧をし、美しくまた躍動的にするのは皆さん方の解釈だと思います。どうか皆さん、ぜひ豊かな表情のある個性的な楽しい演奏をしてくださるように期待しております。」

というのが作曲者=岩井先生のコメントだった。
ただし上品に、との注意も添えて…。

    ※出典:「ポップス変奏曲 かぞえうた」スコアの作曲者コメント
          バンドジャーナル特集「(1978年度)課題曲演奏へのアドバイス」
                       → 「kazoeuta_bj.jpg」をダウンロード
         

    
    ※上記バンドジャーナル記事では岩井先生自ら”ポップス演奏のツボ””個性
       的な演奏をするということ”について語ら
れているので必見!
      尚、残念ながら当時の大分県大会あたりだと、確かに個性的だがダッサい
      テンポ設定の(やや品のない)演奏がちらほら見受けられたことも事実で
      ある…。;^^)


「個性的で上品な演奏を」
という岩井先生の言葉は私の座右の銘。岩井先生の遺された音楽はもちろんのこと、その言葉も私の中で生き続ける。きっと多くの吹奏楽ファンにとってもそうであろうことを、切に願う。

岩井先生がこの世を去られたことで広がった喪失感はとてつもなく、大ファンとしてただただ残念でならない。しかし月並みな言い方になるが、「岩井先生の作品は吹奏楽界で永遠に生き続ける」のだ。絶対にそうだ。名アレンジによってまた別の命を得た名曲の数々は奏者と聴衆とが一体となった”音楽の愉しみ”を、その演奏のたびに与え続けてくれることだろう。

今はただ、岩井先生に心からの感謝と哀悼の意を捧げたい。岩井先生、本当に本当に有難うございました…。

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コメント

岩井先生、お亡くなりになられましたね…。

音源堂さまがこれだけ述べられているところに私がまた、
長くダラダラと書くのも野暮だと思うので、一点だけ…。

>あまりめちゃくちゃにジャズるような雰囲気の
>ポップスとは、また違うんじゃないかしら、
>吹奏楽の場合は(中略)だから、日本の吹奏楽の
>ジャズというか、ポップスというのは、また別の
>分野になってる気がしますよ。で、かえって
>それでいいんじゃないかなって。

全くそのとおりだと思います。と言いますか、
自分もある頃から同じように考えるように
なっていったのですが、先生も同じように
考えておられたと知り、少し安堵した気持ちです。

異論はあるかもしれませんが、先生が創始したNSIBは、
例えばマントヴァーニ楽団とかレーモン・ルフェーブル
楽団などのいわゆる「イージー・リスニング」と呼ばれる
ジャンルの吹奏楽版だと思っています。

色んなジャンルの音楽を(いい意味)で「摘み食い」して
それをいいカタチで消化した結果…、それが巷でいう
「イージー・リスニング」でありNSIBではないかと思っていて、
そこであまりコテコテのジャズやロックをやるというのも
無理があるし、やる意味もあまりないんじゃないかと…。

その辺りの絶妙なバランスが、岩井先生の音楽が
広く受け入れられた理由ではないかと思うのです。

結局長文になってしまいました…w
先生のご冥福をお祈り致します。

投稿: HARA-P | 2014年5月19日 (月) 21時45分

いやいやHARA-Pさん、コメント大歓迎です!
岩井先生はミュージシャンらしく破天荒な面もあったようですが、音楽を純粋に愛する本当に真っ当な、とても素敵な方だったなあと思います。
吹奏楽ポップス、HARA-Pさんの仰る通りですね。ただ私はある程度「音楽の入口」たる吹奏楽として”何でもあり”でいけばいいのかな、と思ってもいます。例えば世界的に評価されている秋吉敏子作品とか-吹奏楽をきっかけに知ってもらって、その後ホンモノにも触れてもらって…という形で受け継いでもらえれば、なんて。(アーノルドの管弦楽作品が吹奏楽で取り上げられ、それを起点に再評価されたのと同じように…。)

HARA-PさんのDrumsで一緒に岩井先生のアレンジ、やりましたよね。楽しかったですよねぇ…。

投稿: 音源堂 | 2014年5月19日 (月) 22時15分

 私は、先日放送されたテレビ『題名の無い音楽会』で初めて訃報に接し驚きました。
 私もずいぶんと楽しませていただきまして、『踊りあかそう』や『サウンド・オブ・ミュージック』などが心身に染み付いた
ように思います。
 ところで、HARA-P さんのおっしゃる
>異論はあるかもしれませんが、先生が創始したNSIBは、
>例えばマントヴァーニ楽団とかレーモン・ルフェーブル
>楽団などのいわゆる「イージー・リスニング」と呼ばれる
>ジャンルの吹奏楽版だと思っています。
は、実に得心物ですねえ。ほんと、そう思いますよ、私も。
なるほど、言われてみればそうだわ。

投稿: 長谷部 | 2014年7月 6日 (日) 21時02分

長谷部さん、コメントを有難うございます。
私どもの世代はまさにニュー・サウンズど真ん中、たくさんの楽曲に接しましたね。こうした愉しみを提供して下さった岩井先生には改めて感謝の念に絶えません。

投稿: 音源堂 | 2014年7月 7日 (月) 08時56分

そういえば、以前「メインストリートで」の記事のコメントに「アレンジャー氏」のコメントがありましたが。。。

あれって岩井先生ご本人ですよね。

中学時代に「メインストリートで」と「かぞえうた」をコンクールの課題曲として演奏したこともあり、その後自衛隊の音楽隊に在籍していた頃に、岩井先生に直接ご指導して頂いたことがあり、この度の訃報は大変残念です。

心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿: なおりパパ | 2014年7月 8日 (火) 20時36分

なおりパパさん、コメント有難うございます。
「メインストリートで」のコメント、あれは岩井先生ではなく、別の某先生です。^^)その某先生も岩井先生に続こうとされ、そしてまた岩井先生とは違った自分らしいアプローチを目指されていました。
岩井先生の直接指導!夢のようです。亡くなられた今、もう私には叶えられない夢になってしまいました。中二の西部大会で岩井先生にいただいた、的確でありつつも暖かい講評が忘れられません。

投稿: 音源堂 | 2014年7月 9日 (水) 00時17分

こんばんは 初めまして

静岡市のyoshiと申します。岩井先生の記事を探していて、こちらを拝見させていただきました。

中学生の時、野球少年で楽器とは無縁でしたが、文化祭で吹奏楽部が演奏した「明日に向かって」の華やかさ、格好よさにすっかり魅了されてしまいました。その時録音したカセットテープを時々聴いています。

そして高校で仕方なく入った吹奏楽部(楽器名も知らないチューバを吹くことに)で、改めて岩井直薄先生の名前と作品を知りました。演奏したのはニュー・サウンズ・シリーズ '77〜'79で、「サウンド・オブ・ミュージック」では唯一のソロパートを体験しました。「アフリカン・シンフォニー」が岩井先生の代名詞作品として長く愛されるとは思いませんでした。

そして何よりも、「光と影」の生演奏を聴いた時は、岩井サウンドに感激しました。ラジカセで録音したテープは、大事な宝になりました。
詳細資料不明ですが、参考になればと思い、ご投稿させていただきます。

「1979年ニューエイトの会新曲発表&コンクール課題曲模範演奏会」

日時: 不明
場所: 不明 ※静岡市民文化会館又は市内の公会堂
、駿府会館は老朽化のため1977年に取り壊されました。

演奏: 恐らく、静岡市民バンド コンセール・リベルテ
指揮者: 不明、新曲は作曲者自身だったような気がします。

曲目

1.青春は限りなく(課題曲)/奥村 一
2.フェリスタス(課題曲)/青木 進
3.吹奏楽のためのバレエ「登呂の人々」/奥村 一
4.劫火の街/藤田玄播
5.幼い日の想い出(課題曲)/藤田玄播
6.再会/不明
7.ロマンチック・エピソード/川崎 優
8.プレリュード(課題曲)/浦田健次郎
9.光と影/岩井直薄
10.バンドのためのエッセイ「旅する者のバラード」/岩河三郎
11.吹奏楽によるモノローグ/桑原洋明
12.回想/不明

※6番と12番の作曲者不明ですが、名取吾郎&斎藤高順両氏だと思います。

※コンクール課題曲模範演奏を聴いたので、夏前の公演のはずです。

以上、長文で失礼しました。

投稿: yoshi | 2014年7月17日 (木) 23時00分

yoshiさんようこそお越し下さいました。貴重な演奏会の記録、そして想い出をお寄せいただき有難うございました。
ニューエイトの会で発表された作品群は、殆どが出版・録音されておりません。作曲者は実力派ばかりですので、一度本格的なプロの演奏で聴いてみたいなあと常々思っています。岩井先生はじめ、既に逝去された先生方も多く残念ですが、その作品は永遠に受け継いでいくことができます。こうした作品たちをもっと大事にしたいものですね。

投稿: 音源堂 | 2014年7月18日 (金) 08時49分

橋本様

こんばんは 早速のご返事ありがとうございました。仰る通り素晴らしい作曲作品の数々でした。受け継がれて行きますようにと思ってしまいます

貴ブログの吹奏楽考察記事の曲タイトルを拝見しました。いや〜驚きました。高校三年間で演奏体験した曲が全て網羅されていました。
「ジュビラーテ」「朝鮮民謡の主題による変奏曲」「平和の祭り」「アルメニアン・ダンス2」「序奏とファンタジア」「吹奏楽のための木挽歌」「マスク」「民話」「ルパン三世」など、意外にも当時としては、流行の先端を行った選曲だったと思います。実力がなかったためか、クラシック曲への挑戦は「ロミオとジュリエット(チャイコフスキー)」だけでした。それが逆に良い思い出になったのだと思います。

またゆっくりと記事を拝見させていただきます。
同年代の方のブログに巡り会えて、楽しみが増えました。

因みに、初めて感動した曲は、前橋商の「能面」でした。「バンド・ジャーナル」誌の付録譜面になったので二度感動しました。演奏機会はなく、個人練習していたことを思い出しました。

投稿: yoshi | 2014年7月18日 (金) 21時39分

yoshiさん、有難うございます。今後とも諸記事お楽しみいただけましたら幸いです。
前橋商の小山作品への取組は凄かったですね。あの独特の”世界”を見事に表出していたと思います。「能面」は後に全楽章吹奏楽版がTKWOで録音されていますが、人声も交えた大木編曲版の方がより魅力的だと私も感じております。

投稿: 音源堂 | 2014年7月20日 (日) 13時39分

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