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2014年4月27日 (日)

瞑と舞

Photo_7 Meditation and Dance
池上 敏
(Satoshi Ikegami
1949- )

※スコア画像は全て1971年版

犀利にして深遠-1970年に作曲され、1971年のJBA作曲賞を受賞した本邦の誇る吹奏楽オリジナル屈指の名曲の一つである。
「20世紀前半の多くの秀作からの、多くのアメリカ産の吹奏楽オリジナル作品からの影響が露でありすぎる、という反省点はある」との作曲者コメント通り、例えばジョン・バーンズ・チャンス作曲「呪文と踊り」を彷彿とさせるところがあったりするのは事実だが、この楽曲がより現代的でチャレンジングな手法を用い、また鋭い感性で唯一無二の世界観を構築していることもまた紛れもない事実である。

漆黒の全体色の中に生じる多彩、現代的な音響が醸す古代の雰囲気、野性と神秘の同存、本能的なのに知性的、ループする”個”と”群”の集散、躍動と沈静、西洋音楽の手法で描かれる日本の感性-。

対照を成す要素がさまざまに共存するこの楽曲は、実に多元的である。そしてその多元性が底のつきない深みを生み出している一方で、一つの楽曲として見事に集約し、完結した世界観を構築しているのが凄い!沈着静謐な序と終結とに挟む形で凄絶な熱狂を織り込む対比構成は明確であり、そのように楽曲を大づかみできることが劇的感動性を高めているのだが、決して”単純”ではない-その”Cool”さは近時の吹奏楽オリジナル作品ではまず見られないレベルだ。

Photo_2 作曲者・池上 敏自身は
「題名については、さしたる意味はありません。何となく気の利いた題名がほしかっただけで、ことさらに”日本的”とか”東洋的”な意味合いを持ったものでないことだけは確かです。」
と述べており、具体的なイメージを持って作曲したものではないようだが、この曲は私に次のようなイメージを抱かせて已まない。

…暗闇に眠る龍とそれを呼び醒ます巫女、民衆。古代宗教的な儀式か祭礼か-岩舞台に張られたしめ縄と真白の御幣、暗闇に煌々と揺れる松明。

Photo_3 踊り謡う巫女に覚醒させられた龍神は神酒を食み、舞い始める。酒を食む龍の眼は鋭く、この龍を民衆は畏怖する。その動きはぬめぬめとして生命感に満ち、酒を食んでは舞い、舞っては酒を食む。
緩急を繰り返しながら、その舞は一層激しさを増していき、遂にクライマックスを迎える!龍は大きく口を開く!燃えるように紅い龍の口、民衆の歓喜と湧き起こる歓声!!

やがてしたたかに酔った龍の動きが静かになる。再び呪文が唱えられ、龍の動きはますますゆっくりとなり、塒を巻いていく。龍の瞬きは多くなり、視線は緩む。やがて静かに眼は閉じられ、最後まで揺れていた龍の尾も静かに動きを止める。
神なる龍は再び永い眠りについたのだ-。 (画像:香川県高松市「田村神社」)


作曲者コメントからは、1970年の作曲時にJBA作曲コンクールの時間制限(6分)という制約があったため、構想に随分と苦慮した様子が窺える。多くのアイディアを割愛して生まれたであろうこの楽曲は、1977年に大幅な改訂が実施(後述する富田中の演奏はこの1977年稿によるとみられる)され、また1995年に更なる改訂を加えて決定稿が完成された。いずれも加筆し分量拡大する改訂が重ねられたのは、経緯からすれば必然と云えよう。

♪♪♪

「曲は、序奏と終結部を持った三部形式。序奏(A-B)=主部(C-D-C)=終結部(B-A)。見方によっては、Dの部分(フガート)を中心としたアーチと、とることもできると思いますが。」
Picc_solo 「主題材料は最初にピッコロに示された12音列的な動機(4,5小節で完全な形で現れますが)に全てを負っています。曲中に出てくる線的な動機は全てこの動機の変奏、ないしは変容として導き出されています。」

                                    (作曲者コメント:1971年初版フルスコアより)

冒頭、神秘的なサスペンション・シンバルのロールの響きの中から、ピッコロのソロが聴こえてくる。遠く、かすかな生命感を感じる、和笛のイメージがあるフレーズだ。(冒頭画像)呪文の如き金管の棒の音をバックに、生命感が抑制され緊張感を湛えた、透明な木管のアンサンブルが続く。クラリネット・ファゴット・フルート・オーボエと受け継がれる音色の対比が洵に素晴らしい。
Lento_bassoon_flute_oboe_solo_2 やがてAllegro assai に転じ、打楽器のアンサンブルが遠くから聴こえて密やかに舞が始まる。
Perc_soli聴く者は緊張感と神秘性が充満する中で、研ぎ澄まされていく興奮に巻き込まれていくことだろう。

ここでは神へ祈りを奏上諷誦するが如きバスクラリネットとバリトンサックスの歌とそれに呼応するトランペットが現れる。この木管低音のソロは音色配置的にも実に個性的で出色である。
Basscl_bsax_solo さらにテンションを高めて打楽器の一撃とともにテュッティとなり音楽は激しく舞う。
Allegro_assai_2 主部であるこのAllegro assaiは静動を繰り返しながら展開するのだがその対比が見事で、「静」の部分ではバストロンボーンをはじめ各楽器の音色が効果的に発揮されている。その感覚の鋭さ、センスの良さに感嘆させられる。
音色配置という観点からは、トロンボーンのペダルトーンやホルンのゲシュトップが全編に亘り重用され、素晴らしい効果を挙げているのだが、弱奏部だけでなくエキサイティングな主部でも鮮烈な印象を与えている。(作曲者からは「Trb.のペダルトーンやHr.のストップ奏法では充分バランスに注意してください。」との指示あり。)

楽曲が最高潮に向かう前には、一旦静まりフガートが配される。
Photo_5 ここで木管楽器の音色とアンサンブルをクローズアップした後、今度はフガートの断片が金管楽器も加えて応酬され、再び激しさを増す踊りは遂に全曲最大のクライマックスへと突き進む。
Photo_6 それは壮烈なレシタティーヴォ!神を讃える地鳴りのような民衆の熱狂、叫び声が、まさにごぉーっという集約感のある音響で示され、劇的さが胸に迫る。ここでの日本的なニュアンスを持つ打楽器の使い方も素晴らしい。

そして舞の終結を告げるトランペットとバスドラムの強奏が聴こえ、音楽はLentoへ帰り静けさを取り戻す。また深い深い眠りへと落ちていくのだ…。
遠のく意識を表す如く断片的になっていく終末のピッコロ・ソロのバックには、トロンボーンのペダル3音(B♭, A, G#)+ベース(G)の異様な音響が在り、消えゆくピッコロの最後の一音にgliss down するバッキングが残響して、全曲が閉じられる。
Photo_4

♪♪♪

音源としては初版稿(1971年版)、及び決定稿(1995年版)がそれぞれ録音されている。
Wo [1971年稿]
木村 吉弘cond.
広島ウインドオーケストラ

本楽曲誕生時の姿を端的に表す。初版では「間(ま)」というものが一層重要視されていたように感じられる。尚、Picc.ソロのバックに鳴るトライアングルは全体の雰囲気に照らせば違和感があり、後にドラ(ビーターで擦る)に変更された改訂は如何にも然り。
Tkwo [1995年・決定稿]
金 洪才cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

クライマックスへの部分など、より”道行き”も充実させた改訂決定稿により、この曲の有する世界を表現した好演。Allegro assaiはストイックにコントロールされた印象。

♪♪♪

全日本吹奏楽コンクールでも神居中、伊丹東中などがそれぞれに名演を聴かせてくれているが、私にとってはこの曲との出会いとなった1977年の富田中(「邦人の富田」!)の演奏が印象深い。
Trp_2 中学生離れした鋭敏な感性の示された演奏で、移ろいゆく木管のソロはもちろん、テュッティ強奏での集約感、そしてAllegro assaiに現れるTrp.のカウンター(左上画像)で示された細やかな抑揚など、随所に多彩なニュアンスを感じさせる「表現」溢れる好演。示された世界観に強く惹きつけられた。

ダウンエンディングが流行らないからなのかコンクールで採り上げられることもなくなり、楽譜の入手が困難なこともあって近年演奏機会が減少していることは非常に残念。本作の内容に真摯に向き合い、掘下げた演奏ができたならば、とてつもない音楽的満足が奏者・聴衆の双方にもたらされることだろうが…。そしてそれには大人にこそ挑んで欲しいと思う。

本作の”表現”に挑むバンドが再び多く現れることを期待したいし、私自身もいつの日にかきっと挑んでみたい。

(Originally Issued on 2006.6.13./Overall Revised on 2014.4.27.)

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コメント

音源堂さま、お言葉に甘えてまた来てしまいました。

瞑と舞は、私の友人が上記のK中にいたので、
舞台裏などを交えながら何度も聴いた曲です。
(年齢がバレてしまいます…)

それまでマーチとリードの曲しか知らなかった私にとっては、衝撃の一曲でした。
「こんなわけのわからん曲があるなんて…」
これが最初の印象でした。

でも、聴けば聴くほどその不思議な世界観に引き込まれたのを覚えています。

今度、オススメの東京佼成の演奏を探して聴いてみます。

投稿: メタボおやじ | 2011年2月19日 (土) 23時50分

メタボおやじさん、有難うございます☆

そうですか、あの「神が降りた」と評された演奏を身近に聴いておられたのですね…凄い!
この曲は優れた音色と極めてシャープな感性が必要です。そんな楽曲で、中学生が名演を残しているのですから驚きですよね。

投稿: 音源堂 | 2011年2月20日 (日) 08時35分

お休みのところ返信いただき有難うございます。
友人にこのレスを知らせたところ、照れくさそうに喜んでいました。

実は、この当時の友人達が口を揃えて、
「全国大会より支部大会の演奏のほうが良かった」と
いっています。
このことを当時のレコードを聞き比べながら、当人達から説明を受けました。流石に録音技術やホールの違いから全国大会のほうが良い演奏に聞こえたのですが、当人達の手ごたえは支部大会のときのほうが、ずっとあったようです。

あの評判の高い演奏も、本人達にとってはイマイチ…というちょっと驚きの話でした。

本日、友人から東京佼成の一枚を借りてきました。また、伝説の1992年のドラゴンの年も。。。
今日は、ゆっくり音楽に浸かってみようと思います。

投稿: メタボおやじ | 2011年2月20日 (日) 15時03分

メタボおやじさん、興味深いお話をお寄せいただき有難うございます。演奏したご本人たちしか実感できないこと-これは間違いなくありますし、また「本番」は、それぞれの瞬間瞬間に、それぞれの感動や想い出とともに刻まれるもの、ということですよね。

1992年奇跡の「ドラゴンの年」も、その瞬間に深く刻まれた感動の名演です。どうか、ぜひ楽しまれて下さい!

投稿: 音源堂 | 2011年2月20日 (日) 21時28分

初めまして。

この曲は中学の頃にコンクールでやりましたが、私は演奏できませんでした。
ふと思い立って音源を探しましたが、ネットで聴くものは私たちが演奏したものとは違っていて・・・
曲の始まりはピッコロではなくフルートでした。

作曲者が改訂をしているのですね。こちらの記事で知りました。
当時の音源がないのは残念です。
いえ、どこかで聴けるのでしょうか?

今聴くと、盛り上がる部分はRPGゲームのボスキャラを倒す時の曲のようです(^^

投稿: junchin | 2011年4月28日 (木) 17時29分

junchinさん、コメントを有難うございます。
この曲のコンクール実況録音盤以外の録音としては、ご紹介した金 洪才cond, 東京佼成ウインドオーケストラ(1995年版)と木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ(1971年版)がありますが、この2つの録音の冒頭はいずれもPicc.ソロです。

junchinさんの捜されているものとしては古いものの方が良さそうですので、1971年版の方になりましょうか。下記に当該CD出版元のHP(URL)を付記致します。

http://www.brain-shop.net/shop/g/gBOCD-7469/

投稿: 音源堂 | 2011年4月29日 (金) 23時13分

池上さんは、母校の吹奏楽部出身なので、とても思い入れが深いです。先日の50周年記念演奏会でも、曲を作っていただきました。

なんとも言えない、不気味だけれど、その中にある音楽の美しさがこの曲の魅力だと思います!

投稿: つに | 2013年8月 5日 (月) 23時03分

つにさん、コメントを有難うございます☆

この「瞑と舞」は、邦人作品の中でも屈指の名曲に間違いないと思います。作曲者にそうした拘りはなかったようですが、非常に日本的な感性を持っているところに強い個性があり、追求しがいのある懐の深い音楽性を持っていると感じられます。

現在、楽譜の入手が困難なことが残念です。私自身もぜひスコアをじっくりと読み、本稿も更に改訂してこの名曲が長く演奏され続けますよう再評価をアピールしていきたいのですが、ままなりません。

ぜひこのように優れた楽曲は、もっと広く演奏されるような環境が整えられるべきと思っております。

投稿: 音源堂 | 2013年8月 6日 (火) 11時08分

はじめまして。
「瞑と舞」は中2のときの四国大会で富田中の演奏を生で聴きました。

ウチの中学もその四国大会に出場しておりましたが、富田中の演奏はガチですごかったです。

富田中の全国大会での演奏は、私も音源を持っておりまして、You Tubeにアップしておりますので、お聴きいただければ幸いです。

投稿: なおりパパ | 2014年6月14日 (土) 21時09分

なおりパパさん、コメントを有難うございます。
あの年の富田中の演奏を生で聴かれたのですね!羨ましい限りです。当時の中学生の演奏って、内容的には今より遥かに深いものでしたよね。
またぜひ本Blogへお越し下さい。コメントもお気軽にお寄せ下さいね。

投稿: 音源堂 | 2014年6月15日 (日) 09時55分

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