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2013年4月14日 (日)

バンドのためのビギン

PhotoBeguine for Band
G.オッサー (Glenn (Abe) Osser 1914-2014)


特徴的なビギンのリズムに乗って、抒情的な旋律が伸びやかにそして美しく歌う-小品ながら聴くもののハートを瞬間に捉える、なかなかに素敵な楽曲である。

1954年初演の吹奏楽オリジナル曲であり、吹奏楽ポップスの草分けの一つとも云えよう。1954年はルロイ・アンダーソンが名作「トランペット吹きの休日」を発表した年でもあり、この曲の誕生には1940年代後半からアンダーソンが築いてきたライト・クラシックの影響があったかもしれない。

    ※曲名は本Blogの基本方針に則って訳すなら”吹奏楽のためのビギン”
      となる。しかし
ながら近年この曲が演奏される機会は非常に少なく、
       良く演奏されていたのは1970年代前半までであったことから、その当
            時最も流布していた曲名”バンドのためのビギン”を本稿では採用す
            ることにした。


Glenn_osser作曲者グレン(エイブ)・オッサーは米国ジャズ界の大御所の一人。当初サクソフォン奏者としてベニー・グッドマンらと録音を残したのち、(あの”ラプソディ・イン・ブルー”を委嘱初演したことで高名な)ポール・ホワイトマン楽団でアレンジャーを務めたほか、ABCやNBCにおける放送分野での音楽キャリアも厚く、またパティ・ペイジやドリス・デイ等有名歌手のバックも務めるなどその活躍は華々しい。リーダー・アルバムも数多く、その楽曲にはボサ・ノヴァやマンボ、チャチャ、ハワイアンにフラメンコと多種多彩なスタイルでアレンジが施されており、実に幅広い音楽的造詣と手腕を持つと評されている。

シンフォニーバンドが高名なミシガン大学の卒業生であること、また第二次大戦中はアメリカ海兵隊に従軍したことから、吹奏楽との接点も多かったと思われるオッサーは、ミシガン州にあるポンティアック高校バンドのためにこの「バンドのためのビギン」を書いた。彼の吹奏楽曲は他に「イタリアン・フェスティヴァル」「フレンチ・フェスティヴァル」などがあるが、いずれもポップな作品となっている。

    ※後掲のようにウイリアム・レヴェリcond.ミシガン大学シンフォニーバンドは
       
1959年に「バンドのためのビギン」を演奏した録音を残している。

♪♪♪

Photoビギン(beguine)コール・ポーターの名曲「ビギン・ザ・ビギン」によって広まった音楽で、譜例にある通りシンコペーションを効かせた特徴的なリズムパターンが印象的であり、ゆったりとはずむように演奏されるので、旋律的にも優雅で奥行きのある幅広いフレーズが良く似合う。この曲のほか「ベサメ・ムーチョ」などラテン楽曲のアレンジによく用いられている
Maracas_and_guiroビギンの楽曲ではギロ(guiro)マラカス(maracas)の大活躍するさまが目に浮かぶことだろう。特にギロの少しひっかけるようにして擦る奏法を活かした、やや粘っこく、しかもはずんだ感じの演奏が求められる。

Photo_2【出典・参考】
ポピュラー・リズムのすべて-ポップス、ロック、ラテンの分析と奏法
由比 邦子 著 (勁草書房)

ビギンのみならず、ポピュラー音楽全般について特性とそれを生み
出した歴史、そして使用される打楽器の奏法、そして楽曲に使用さ
れるリズムによって特徴あるポイントなどを総覧的に解説した好著。


♪♪♪

「バンドのためのビギン」はこのビギンのリズムをフィーチャーした作品であり、当時はそれこそ流行を取入れた極めて”新しい”吹奏楽曲だったはず。全編を支配するロマンティックで優美な旋律があり、これがさまざまに受け継がれ、対旋律やバッキングによってとりどりに彩られていく。またダイナミクスの変化も含めたコントラストに富むことも見逃せない。

序奏部からしてとても素敵!
伸びやかに始まった音楽が響きに豊かさを増してぐんぐん膨らんでいく、夢見るようなオープニングだ。(冒頭画像)
これが静まって、いよいよOboeが魅力的な旋律を奏で始める。
Oboe_solo抒情的で美しく、加えてビギンのリズムを活かしたスケールの大きなこの旋律が生み出せた時点で、既にこの楽曲は成功していると云えよう。伴奏でビギンのアクセントを醸すClarinetの音色もとても心地よい。
Photo_2
この一つの旋律を、木管高音→木管テュッティ→中音楽器群(Horn、Sax、Euph.)→Cornetリードの木管テュッティと引継ぎ歌い上げていくのだが、巧みな転調を施し、Muted Trp.の音色を活かしたバッキングやEuph.のふくよかなカノン風の対旋律、金管群のダイナミックなブレイクなどの装飾も凝らすことで、次々に色彩を変え表情を変えていくのが見事である。
グリッサンドをかけながら上昇していく音型のブリッジを挟んで更に転調し、
Gliss_upスケールを拡大していく。ここでも効果的なG.P.を用いた感情の昂ぶりの表現や、続いて中低音群が描く戦慄の角ばったイメージなど、変化に富んで飽きさせることがない。
最後はもう一度転調してHorn+Sax.の雄大なオブリガートが劇的に絡んで高揚し、
Photo_3コーダに突入するやスピード感を増して一気に華々しく曲を締めくくる。鮮やかなエンディングに拍手喝采間違いなし!だ。

♪♪♪

私自身は選曲のための試奏で棒を振ったことがあるだけなのだが、始まった瞬間にふわーっとサウンドの広がる、伸びやかによく鳴る曲だった。これもオッサーの優れた手腕の賜物と思う。これほどに優れた作品を忘れてほしくはない。

音源は、この曲の再評価のきっかけを作ってくれた
Cdフレデリック・フェネルcond.
ダラス・ウインド・シンフォニー

の演奏をお奨めしたい。美しく爽快な演奏となっており楽曲の魅力を堪能できよう。”吹奏楽アンコール名曲集”としてリリースされたこのCDの中でも、「バンドのためのビギン」は一際魅力を放っている。

    【その他の所有音源】
      ウイリアム・レヴェリcond.ミシガン大学シンフォニーバンド
             指揮者なし  ケンウッド・ブラス・アンサンブル


♪♪♪

最後に、そもそも「ビギン」とは何なのか?
-このことを詳しく述べておく必要があるだろう。

ビギン「マルティニーク島に発祥したダンス・リズム」と説明されることが多い。しかし結論から云えば、現在「ビギン」と称されている音楽と、この「マルティニーク島生まれのビギン」という音楽とは別物、と考えるのが妥当である。

   ※以下、本稿では判りやすくするためにマルティニーク島で
     発祥し1920-1930年代にパリでも大流行した”本来のビギン”
     を便宜上「マルティニーク・ビギン」、現在一般的にビギンと
     称されている音楽を「ビギン」と表記することにする。


Martinique_2マルティニーク・ビギンは中米カリブ海の小アンティル諸島南部のフランス領、マルティニーク島で生まれた。
「それによってベルサイユとギニアが南北アメリカの真ん中で合体できるもの」と称されたマルティニーク・ビギンは、ヨーロッパの宮廷音楽とアフリカのリズムの躍動とが出会い、交じり合ったものとされる。
即ち、当時フランスの植民地であったマルティニークに白人植民者たちが持ち込んだヨーロッパの芸術音楽(メヌエット・ガヴォット・カドリーユ・ワルツ・ポルカ・マズルカなど)が、黒人奴隷の労働歌や伝承民謡(ラギア・ベレール・レローズ・カレンダ・オートタイユなど)と一つになって雑種音楽を生みだし、これが1848年の奴隷制廃止の後、さらにクレオール音楽として発展していったものである。

    ※マルティニーク島 (Martinique)
      ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)やポール・ゴーギャンに深く愛された
      ことでも知られる。殊に、日本とも関係の深いハーンがマルティニーク
      の自然とクレオールの文化、クレオール女性の魅力に強く惹かれて
      いたことは有名。既にマルティニーク・ビギンも誕生していた1902年に
      ペレー山大噴火により当時の首府サン・ピエールが壊滅するという悲
      劇も起こっている。

Photo_5【出典・参考】
・「マルティニーク熱帯紀行」
 工藤 美代子 著 (恒文社)
・「クレオール、世紀末の旅から」
 小泉 凡 著
  ~「カリブ 響きあう多様性」
 (ディスクユニオン)より



このマルティニーク・ビギンはパリへと渡り、1920-1930年代を中心に一大センセーションを巻き起こす。
Photo_3その当時の歴史的名曲・名演を集めたCD全集が
「ビギンの黄金時代 1929-1940」「ビギンの再発見 1930-1942」(左画像)である。
そこには”ビギン”と名のつく楽曲が多く収録されているのだが、聴いてみるといずれも悉く、あのビギンの特徴とされる”ズチャーチャ ズチャズチャ”というリズムとは無縁なのだ!
またマルティニーク・ビギンの全盛期には、”ビギン”と同様に”ヴァルス”や”マズルカ・クレオール”なども流行を極めたそうで、それらも聴くことができるが、やはり”ズチャーチャ ズチャズチャ”はどこにも登場しない。

Alexsandre_stellioマルティニーク・ビギンの音楽としての特徴は「ラグタイム」に近いと感じられる。代表的な演奏家としてClarinet奏者アレクサンドル・ステリオ(Alexandre Stellio 1885-1939)らが挙げられるが、いずれの楽曲も民族的個性の強い、陽気でエキゾティックで熱狂的な魅力に溢れた音楽となっている。
こうしてマルティニーク・ビギンが生んだマルティニーク音楽の流れは、カリ(KALI)がアルバム「ラシーヌ」(1988年)「ラシーヌ2」(1990年)を上梓しヒットするなど、現在もミュージシャンたちに確りと受け継がれ、愛好され続けているのである。

     
    ※「ビギンの黄金時代」リーフレットを執筆したジャン=ピエール・ムーニ
      エも、CD1曲目に収録された
アレクサンドル・ステリオの”Sepent
       Maigre” につき「その様式やメロディー構成がラグタイムのそれを思
       わせ、スコット・ジョプリンの数ある作品に近いのではないだろうか。」
      とコメントしている。


      また、ラグタイムギタリストの浜田 隆史氏もマルティニーク・ビギンに
      ついて以下のように述べておられる。
   
       「ビギンの楽しくロマンチックなメロディーの雰囲気、上品な転調、
      シンコペーションの型など、どれをとってもラグタイムの兄弟のように
      私は感じている。ピアノ伴奏のあるパートなどは、もろにラグタイムで
       ある。
      ここで数曲聴くことができる「シャンソン・クレオール」は、あまりシンコ
      ペートしないが、これは特にスコット・ジョプリンのオペラ「トゥリーモニ
      シャ」の独唱パートに似た感覚をとらえることができる。
      ビギンを生んだクレオールたちは、ラグタイムにも大変大きな役割を
      果たしたようだ。有名なラグタイマーでは、Louis Chauvin、Jelly Roll
      Morton もクレオールだった。David Thomas Roberts のモダン・ラグ
      に流れる音楽精神は、多くがクレオール音楽に根ざしたものだと解
      釈で
きる。」

    【出典・参考】 
     ・CD「ビギンの黄金時代」リーフレット解説
      ジャン=ピエール・ムーニエ 著 向風 三郎 訳

     ・「マルティニークの「ネグル」な伝統音楽」 石塚 紀子 著
      ~「カリブ 響きあう多様性」(ディスクユニオン)より
     ・ 「ラグタイムの解説」 浜田 隆史
      

Cole_porter一方、現在の「ビギン」コール・ポーター(Cole Porter 1891-1964)の名作「ビギン・ザ・ビギン」(Begin the Beguine)によって初めて確立し、広まったものであることは既に述べた。
ミュージカル「ジュビリー」(Jubilee/1935年)のナンバーとして誕生したこの曲は歌詞もコール・ポーターの作であり、
「ビギンが始まると君との恋の想い出が甦る…」と始まり、嘗ての恋人との再会に戸惑いながらも、また新たに思いを固め、「二人の愛が再び燃え上がるように、またビギンを始めよう」と歌い上げていくものとなっている。
歌詞中のビギンは”マルティニーク・ビギン”を指し示しているが、リズムはマルティニーク・ビギンとは違うものだ。これは、コール・ポーターがマルティニーク・ビギンを彼なりに解釈したものであるとか、どちらかといえばボレロに近いなどと評されている。

即ち「ビギン・ザ・ビギン」はマルティニーク・ビギンのことを歌った歌ではあるが、そのリズムはマルティニーク・ビギンとは異なる、コール・ポーターの生み出したものであり、それが「ビギン」として広まったということ。そして「ビギン・ザ・ビギン」は”ビギンの代表作”となって現在に至った、と総括できよう。

Artie_shaw_2「ビギン・ザ・ビギン」はその後1938年にジャズ・クラリネット奏者アーティ・ショウ(Artie Shaw 1910-2004)によってスウィング・ジャズとしてカバーされ大ヒットとなる。彼の演奏する「ビギン・ザ・ビギン」はもちろんスウィング・ジャズであり、ビギンではない。しかし、このカバー・ヒットが「ビギン・ザ・ビギン」の(原曲を含めた)魅力を広く世に認識せしめ、不滅のスタンダード・ナンバーへと押し上げたことは間違いない。
その後「ビギン・ザ・ビギン」はさらにフランク・シナトラやペリー・コモ、さらにフリオ・イグレシアスらの名唱へと歌い継がれていくことになるのである。

本来の題材から離れて誕生し、高く評価されたのはスウィング・ジャズにアレンジされたのがきっかけ-。
つくづくビギンという音楽はユニークなのである。

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コメント

こんにちは。

こういった吹奏楽オリジナル曲もあるんですね。
この曲自体は全く存じませんが、音源として紹介されている
フェネル/ダラスのCDジャケットは昔、渋谷のタワレコで
頻繁に見かけた記憶があります。買っておけばよかった…。

投稿: HARA-P | 2013年4月16日 (火) 21時50分

HARA-Pさん、とってもいい曲なんですよ☆
貴兄もいらしたあの某楽団で音出ししたら凄くいい音がして、メンバーもノッてるみたいだったので「じゃあこれ演りましょうか」って言ったらTrb.のある方が「イヤ」って…。あの時押し切れば良かったですわ。(悔)

それにしても調べれば調べるほど「ビギン」の迷宮に嵌り…疲れました。でも、勉強になりましたし興味深い音楽たちとの新たな出会いもありました♪

投稿: 音源堂 | 2013年4月16日 (火) 22時08分

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