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2012年7月22日 (日)

インヴィクタ序曲

PhotoInvicta, Overture for Band
J.スウェアリンジェン (James Swearingen 1947- )

James_swearingenジェームズ・スウェアリンジェンは吹奏楽界に数多くの作品を提供している作曲家で、その楽曲は出版されたものだけでも既に160を超えている。所謂「教育的」な=若い世代が実際に取組み楽しめる、技術的にも内容的にも無理のない作品で占められているが、メロディアスで構成は明快、モダンなリズムを利かせた作風であり、聴く者・演奏する者の心をごく自然に捉えてくる。

1981
年から1983年にかけ、CBSソニーから発売された「吹奏楽コンクール自由曲集」が“狂詩曲「ノヴェナ」”“インヴィクタ序曲”“チェストフォード・ポートレート”とヒット作を立続けに紹介したことで、日本でもスウェアリンジェンの人気がブレイク!以降、確実な書法による“スウェアリンジェン・スタイル”の作品を次々と送り出し、その人気は不動のものとなった。リズミックな急緩急の典型的な三部形式作品が多いが、“ロマネスク”や“ディープ・リヴァー”といった美しい旋律を持ったスローで穏やかな楽曲にも大きな魅力がある。

♪♪♪


インヴィクタ序曲(1981年)は、前述の通りスウェアリンジェンの典型的な作品にして、彼の人気を決定付けた出世作。親しみやすい旋律と、エキサイティングでモダンなリズム、そしてダイナミックな序奏部と終結部が印象的なこの曲は、米国オハイオ州にあるボーリング・グリーン州立大学バンドの指揮者、マーク・S.ケリーへの献呈作品として作曲された。
プログラム・ノートも「18年に及ぶ私の公立学校生活において、ケリー教授は私に対し教師としてのキャリア形成に資する指導を幾度もしてくれた。云うまでもなく、私の成功はケリー教授の有益なアドバイスに負うところが大きいのである。」というスウェアリンジェンの謝辞のみとなっている。

曲名Invictaはラテン語で「無敵」「不敗のもの」を意味する言葉だが、ケリー教授への謝意を示す作品である以上、ケリー教授の人となりを象徴する賛辞としての題名であろうか?或いはもしかすると“贈り物”の楽曲なので、ケリー教授のお気入りのブランド名(ダイバーウォッチ/男性用バッグ/スポーツカーに “INVICTA”の名を冠したブランドがそれぞれ存在する)に因んで名付けた、というあたりが実際のところなのかも知れない。いずれにしても直接的な標題音楽としての意味はまず無いと思われる。


♪♪♪

20100504さて「インヴィクタ序曲」をめぐっては定番の話題がある。

それは…第一主題が嘗て東京12チャンネル(現・テレビ東京)系で放送された時代劇「大江戸捜査網」19701984年放送)
のテーマにそっくりという事実である!旋律線も、コード進行も、ビートも…。

同番組の放送終了から随分時間の経った現在では「大江戸捜査網」自体を知らない世代も多いから、必ずしもそうでもなくなっただろうが、私の世代以上なら直ぐに気付く。だから「インヴィクタ序曲」を初めて聴いたり、音出ししたりすると「これ、大江戸捜査網やん!」の声が飛び交うのだった。


         ※大江戸捜査網
            
松平定信の秘密組織である「隠密同心」の活躍を描くテレビシリーズ。1970年の放送
            開始から前半は杉良太郎が主演を務め、後に里見浩太朗→松方弘樹と主演を移しな
            がら1984年まで続いた人気作であった。時代劇らしく勧善懲悪の明快な結末に向かい
            つつも、正義の味方に“隠密”という影のある密やかさを演出したところが特色。
            悪との対決シーンの直前に、「隠密同心心得の条」として滔々と三度朗じられる
            “死して屍拾う者なし”のフレーズはあまりにも有名。


Photo_2「大江戸捜査網のテーマ」を作曲したのは玉木 宏樹(19432012
ヴァイオリン奏者としての
活躍を先行させた後、ヴァイオリン曲や映像分野の音楽で数々の作曲を遺した音楽家だ。
生前のコメント・文章を読むと、実に幅広い音楽に興味を持って楽曲を聴きまくり、また研究して深い造詣を持っていたことが窺える。


「大江戸捜査網のテーマ」は、高らかに旋律を奏でるHornの音色が印象的なスピード感あふれる管弦楽編成の楽曲で、8/8・4/86/87/8拍子が入り乱れる主部と5/83/8拍子が組合わさった中間部とに現れる変拍子、そして効果的な転調とが綾なす息もつかせぬエキサイティングさが興味深い。
Photo_3規模も位置づけも違う楽曲だが、「インヴィクタ序曲」より更に斬新なのはこちらとも云えるだろう。


尚、「大江戸捜査網」サントラCDにある玉木 宏樹のコメントは以下の通りとなっている。Photo_4

…何と「大江戸捜査網のテーマ」は、「雨にぬれても」「サンホセへの道」「遥かなる影」などで高名なアメリカン・ポップスのヒットメーカー、バート・バカラック(Burt Bacharach 1928- )をイメージして作られた楽曲だったのである!
Photo_5確かにサントラCD(左画像)には劇中BGMとして用いられたという「大江戸捜査網のテーマ」のスロー・ジャズワルツver.(3/4拍子)とラテンver.も(4/4拍子)収録されており、これを聴くとバカラックをイメージしたというのも納得できる。いずれもポップでイージーな、実に小洒落た音楽になっているのだ。

♪♪♪

ウェアリンジェンが極東のテレビドラマ音楽を耳にしたことがあったかどうかは判らないが、この事実を踏まえれば、スウェアリンジェンもまたバカラックあたりの影響を受けていたことにより、「インヴィクタ序曲」のメロディーが生まれたのかもしれない -とも考えられよう。

   ※尚、玉木 宏樹は「インヴィクタ序曲」の存在を認識しており、「大江戸
     捜査網のテーマ」作曲者本人として、「スウェアリンジェンは事前に
     ”大江戸捜査網のテーマ”を耳にしていたに違いない。」という見解に
     立った
コメントを残している

私自身、スウェアリンジェンの作品を実際に相応演奏してきたが、その経験に照らしても彼が「ちゃんと判って曲を書いている」作曲家であり、手堅い手腕を持っていることは疑いない。易しい中にもモダンな感覚と音楽的“意味”を盛り込んだ作風はどれも愛すべきものばかりだ。
ポピュラー音楽に通じるノリがよくて推進力のあるリズム・パターンの使用や、効果的な打楽器ソリの挿入など、「インヴィクタ序曲」はそうした”スウェアリンジェン・スタイル”を完全に確立した作品であり、愛すべき佳曲たることは間違いないと評価できる。

♪♪♪

「インヴィクタ序曲」は序奏とコーダを伴った急-緩-急の典型的な序曲形式の楽曲で、スケールの大きな序奏により開始される。(冒頭画像)
ここでは中低音に現れるシンコペーションのカウンター(2/4拍子)が印象的なのだが、実は正確なリズムで且つ雄大さを示すように演奏するのは難しい部分である。序奏はさらに幅広い音楽となって、あたかもせり上がってくる舞台のように視界を拡げながら高揚し、Allegro con motoの主部に突入していく。

快速な主部では、まず伴奏のシンコペーションの効いたモダンなリズムに心躍らされることだろう。
Photo_6ここではスネアドラムがテンポと抑揚、ダイナミクスの全てを確実にコントロールして音楽を牽引していかなくてはならない。
このリズミックな伴奏に載り、Clarinetの低音(+Baritone)によってまろやかに奏される旋律が現れる。
Photo_7これが木管楽器全体に広がった後、全合奏によるシンコペーションの楽句と打楽器ソリとが1小節ごとに応答して、エキサイティングなクライマックスとなる。

これが繰返されてブレイクし、テンポを緩めたAndante sotenutoのブリッジを経て2/4拍子Moderato espressivoの中間部に入る。
Photo_8ここで現れる旋律は第一主題から派生したものだが、さらにずっと抒情的な旋律となっている。
Photo_9これが繰返されだんだんとダイナミクスを拡大して幅広い音楽となるのだが、徐々に伴奏にシンコペーションのリズムが忍び込んできて、これがのちに全開となり楽曲最大のクライマックスを演出していく流れも見逃せない。

悠々と奏でられたスケールの大きな音楽はファンファーレ風の楽句で締めくくられると、Allegro con motoに転じ鮮やかにクレッシェンドしてくる打楽器ソリ!
そしてこれに続くベル・トーンでブレイクして快速な主部を再現する。
Percコーダは高音楽器群と中低音楽器群のファンファーレ楽句の応酬となり、今度は中間部旋律のモチーフを壮大に奏するMaestosoを挟むが、直ぐに全合奏でスピード感を取戻しエンディングへ。最後は鮮烈なsffpクレシェンドが吹き抜ける。

♪♪♪

「インヴィクタ序曲」の演奏に関しては、前述のようにこの曲の持つポピュラー音楽に通じる推進力の”生きた”リズムが感じられること、中間部クライマックスへのアラルガンドやコーダに現れるMaestosoが決然と大きなスケールで奏されるといったことがポイントと思う。その観点から
Photo_10汐澤 安彦cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

の演奏を推したい。
メリハリの利いた好演で楽曲の魅力を伝えている。



    【その他の所有音源】
      エドワード・ピーターセンcond. ワシントン・ウインズ
      木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
      北原 幸男cond. 大阪市音楽団

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コメント

おひさしぶりです。アメリカから3年ぶりに戻りました。

また懐かしい曲をありがとうございます。

アメリカでよくわかったのは、吹奏楽が人々の生活に深く入りこんでいることでした。

学校の授業科目ですし、部活はないけど、個人レッスンが当たり前。

そんな背景を持って、この曲は生まれてきたのですね。

投稿: きみ | 2012年7月25日 (水) 21時37分

きみさん、ご無沙汰致しております!お帰りなさい。
(フィールドワークの方はよく拝見させていただいております。かの地でも楽しまれましたようで何よりです。^^)

きみさんのご賢察の通りだと思います。
アメリカの吹奏楽オリジナル作品には、昔から「教育的」なものが多いのですが、だからといって楽曲の魅力がないかというとそんなことはないと思っています。

私にとっては、近時の特に欧州系や邦人系に少なからず見受けられる作品よりも、「教育的」といわれるこうした作品の方に魅力を感じることが多いです。そもそも実力のある方々が書いていますので、書法は無理がなく安定しているものが多いですしね。

♪♪♪

漸く出稿のペースも作れて来ました。今後とも拙Blogをどうぞ宜しくお願い致します。m(_ _)m

投稿: 音源堂 | 2012年7月26日 (木) 14時27分

ご無沙汰しています。

「インヴィクタ序曲」と「大江戸捜査網のテーマ」と似てるという話はかなり以前から言われてきたと思いますが、このことを作曲者の故・玉木宏樹氏が認識していたというのは初耳でした。

で、ちょっと調べてみたんですが、玉木氏、激怒してますね…。もう完全にパクリだと決めてかかってて、少しびっくりしました。
逆に、このことをスウェアリンジェン氏はご存じなんでしょうか?

投稿: HARA-P | 2012年8月 9日 (木) 13時01分

HARA-Pさん、暑い日が続きますね!コメントを有難うございます。そうなんです、玉木氏の本件に関するスタンスは極めてハッキリしております。
本当のところはどうだか私には判りません。それよりあの壮麗な時代劇テーマの作曲にあたり、バカラックが念頭にあったということに強く興味をひかれました。音楽って本当に面白いですね。

投稿: 音源堂 | 2012年8月 9日 (木) 16時54分

 たいへんご無沙汰してしまいました。復活(?)されたようで何よりです。
 さて、今回の2作品。どちらも知っている曲なのですが、貴稿を拝見するまで類似性は明確には認識しておりませんでしたでした。
 序曲のほうは私が初めて70人規模の合同合奏で指揮してそこそこ巧くいった思い出深い曲で、玉木氏のオリジナルは当時(たぶん30年以上は前)から変拍子の解明を試みるも遂に判明しなかったという妙な記憶が残っています。
 実に不思議な巡りあわせで両曲が繋がりました。巷では半ば常識のようですが私には新鮮でした。
 ありがとうございました。

投稿: 長谷部 | 2013年1月27日 (日) 21時49分

長谷部さん、ご無沙汰です^^)/
出稿ペースが漸く上がってきました。ブランクの期間、ひたひたと研究を進め、悶々と色々な曲に馳せていた私の思いをどんどん形にしていきたいと思います。今後も「橋本音源堂」にどうぞご期待下さい☆

投稿: 音源堂 | 2013年1月27日 (日) 23時41分

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