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2011年10月10日 (月)

ウェールズの歌

Wales_2Songs of Wales
Suite in Three Movements
A.O.デイヴィス
(Albert Oliver Davis
                 1920-2005)
I.  Hen Wlad fy Nhadau
     - Morfa Rhuddlan
II. Mentra Gwen
III.Hob y Derry Dando
     - Codiad yr Hedydd
     - Cwm Rhondda




他ジャンルと比較しても、吹奏楽曲に於いて世界各地、或いは自国に伝承された民謡・民族音楽を題材とした作品は非常に多い。しかも楽曲の一部に民謡を取り入れるにとどまらず、全面的にフィーチャーされているものが多いのもその特徴である。
これは、作曲にあたり音楽上の”新鮮な”興味を(古の自国文化も含めた)異文化たる民謡・民族音楽に求めていった結果だろう。歴史が浅く「現代音楽」の一形態でもある吹奏楽に於いて、これまでに存在する楽曲に対峙し得るそうした”新鮮な”興味(=オリジナリティ)を一から創作することはなかなかに難しいという現実があるからと推定されるのだ。更に
 ・グローバリゼーションと情報化の進展が”異文化”
  との接触やそれに対する興味の深化、そして”異
  文化”に関する資料の入手を容易にしていったこと
 ・吹奏楽には教育的見地に立った作品が求められる
    側面があり、その題材として世界各地の民謡・民族
    音楽、伝承された自国独自の音楽は格好のもので
    あったこと
 ・委嘱された際に作曲者が委嘱者の”ご当地”音楽を
    取り入れる傾向があること
などが、これを後押ししたとも云えよう。
「ウェールズの歌」はこうした数多い民謡・民族音楽を全面的にフィーチャーした吹奏楽作品の中でも、屈指の傑作に挙げられる。

♪♪♪

作者アルバート・オリヴァー・デイヴィスは米国オハイオ州クリーヴランドを拠点に活躍した作編曲家で、バンド教本の名作”First Division Band Method”編者の一人として知られる。「万霊節」(R.シュトラウス)をはじめとしたクラシックアレンジ、「ファンファーレとジュビリー」「パームハーバー・マーチ」などのオリジナル曲のほか、「エリザベス女王時代のキャロル」「スコットランド民謡組曲」「フランス民謡組曲」「ライン地方民謡の祭典」といった民族音楽を題材にした楽曲など、Eric Hanson(ペンネーム)名義で書かれたものも含め400曲を超える作品を遺した。
安定した手腕で定評のあるデイヴィスだが、「ウェールズの歌」はその代表作として愛されてきた作品であり、標題通り英国ウェールズの民謡・古謡を吹奏楽にアダプトしたものである。

♪♪♪

ウェールズイギリス=グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland : 略称 U.K. )の構成国の一つであり、グレートブリテン島の南西部を占める。(冒頭画像参照)本邦の四国より一回り大きなその面積(20,761km2)はイギリス全土の8.5%にあたり、また人口(2,921千人)はイギリス総人口の4.7%である。

  ※イングランド、スコットランド、北アイルランド、そしてウェールズの4ケ国。
        海外領土や、英国王室属領であるマン島・チャネル諸島は連合王国
        自体には含まれない。


Wales_map_2南をブリストル海峡、西・北部をアイリッシュ海に接し、温暖多湿な気候のウェールズは、カンブリア山脈を中心とした高地とムーア(背の低い草木の茂った水捌けの悪い荒地・沼沢地)とで国土の2/3を占めるが、南部の低地や主要河川沿いは肥沃な土地で、農耕が盛んである。

A1rmwales_landscape山地や渓谷、或いは海岸が織り成す自然、郷愁に満ちた農村風景、また13世紀を中心に多く建造された古城の佇まいなど、いずれも絵画のように美しいさまざまな景観に恵まれている。

Wales_5

※左上:カーディフ城  右上:ウェールズの美しい海岸
 左下:コンウィ川に架かる石橋  右下:スノードニア山


20万年以上前に原始人が生活していたことが判明しており、紀元前2000年までには現在のドイツから渡って来た青銅器文明を有する民族が定住するようになった。ビーカー族(小型の器=ビーカーを死者とともに埋葬した部族)や巨石文化を有した部族がその代表であり、ウェールズには多くその遺跡が見られる。

現在のウェールズへと繋がる著変は、紀元前300年頃に鉄器文明を擁してこの地を征したケルト人の登場である。1世紀から5世紀初までローマ人の侵略・属州支配を受けこそしたが、ローマ支配の崩壊後は他民族からの相次ぐ侵略から防衛するためにケルト人は団結し、幾つかの強い王国を分立させて外部勢力に対抗していた。
特にケルト王国とアングロ・サクソン領土(イングランド)側との対抗関係は続き、この状況を反映して8世紀にはアングロ・サクソン側のマーシャ王国が「オッファの防壁」を作り、ケルト王国との境界を定めている。この頃、英語の母体となったアングロ・サクソン側の言葉で同防壁の西側(ウェールズ側)の人々を指すようになった「外国人」という意の言葉-それこそが”Wales”なのである。その後もイングランドやヴァイキングからの侵略を受けたウェールズだが、懸命の抵抗と外交努力によってギリギリの自治を守り、独自の法律・言語・芸術を維持し続け、民族の個性を保っていったのだった。

しかしそのウェールズも遂に1280年代、イングランドを収めたノルマン人の王・エドワードI世の手中に落ちることとなる。

  ※エドワードI世がウェールズ併合後、世継を身籠った王妃をウェールズ領内
    のカーナヴォン城に連れて行き、そこでエドワードII世を出産させてこの王子
    に”プリンス・オブ・ウェールズ(Prince of Wales)”の称号を与えた(1301年)
    エピソードも有名。これはウェールズ人にエドワードII世を”ウェールズ生まれ
    の”支配者として受け入れさせ、反抗を抑えようと腐心したものである。
    以来、イングランド次期国王(=イギリス次期国王)がプリンス・オブ・ウェール
    ズとなる慣例は現在も続いている。


イングランドに併合された後のウェールズにとっては、ヘンリー・テューダーがイングランドの内戦たる薔薇戦争(1455-1485)で最終的に勝利し、テューダー朝の始祖=イングランド国王ヘンリーVII世として即位したのが大きな出来事だった。
ウェールズ王家を父方の祖先に持つヘンリーVII世は、ウェールズ人の軍隊を自軍に合流させることで相手側を打ち破り、薔薇戦争に勝利することができたわけで、王となってからもウェールズのことは忘れず、ウェールズの復権に意を尽くしていったのである。

  ※ウェールズはそれまでイングランドから圧迫され続け、特にこれに反発した
    「グリンドゥアー(Owain Glyndwr)の反逆」が鎮圧されて以降は、さまざまな
    厳しいウェールズ人の権利制限が行われていたのだが、ヘンリーVII世に
     よって政府内要職にウェールズ人が就くようになり、更に次王ヘンリーVIII世
        の時代には、権利制限の緩和が実施されるとともに、ウェールズは13州に
        再編され、イングランド議会へその各州から代表を送ることも認められたの
       であった。


以上のような歴史的経緯の中、イングランド-ひいては連合王国(U.K.)への併合がスコットランド・北アイルランドと比較して早かったにもかかわらず、ウェールズは”不屈の精神”によって独自の文化を守ってきたと評されている。

Welshnationalflagcymru現在でもウェールズ人はケルトの祖先に誇りを持っており、ケルトの祝祭は大勢の人手で賑わい、子供にはケルトの英雄に因んだ名がつけられることも多い。ケルト語から派生したウェールズ語を守り、前述のようにアングロ・サクソン側が「外国人=Wales」と呼んだのに対し、自国のことはCymru(カムリ)と称する。領内では道路標識もウェールズ語が併記されているのである。

  ※1967年からはウェールズ語の教育も再開され、公用語にも制定されて
   
現在に至る。現在も約20%の国民がウェールズ語も使うという。
        尚、連合王国旗(Union Flag)とは別にイギリス国王から認められたウェ
        ールズ国旗(上掲)には、赤い龍が描かれている。ブラスバンド/吹奏楽
    曲の傑作として名高いフィリップ・スパークの”The Year of the Dragon”
    のDragonとは、この赤い龍を指している。


そして、ウェールズが守り続けてきたケルトの流れをくむ文化の中でも特筆されるのが、まさに「音楽」。
Eisteddfod_2ウェールズではその年最高の吟唱詩人・音楽家・歌手を選ぶナショナル・アイステズボッド(National Eisteddfod)という音楽・詩・舞踊の祭典が毎年行われているが、そのパフォーマンスも全てウェールズ語で行われるという。(上画像参照)
この祭典は少なくとも12世紀以前に発祥した吟唱詩人コンテストを起源としている。その当時からウェールズで愛されてきた歴史的な楽器はハープであり、常に吟唱詩人とともにあったとのことである。

【参考・出典】

M_2「目で見る世界の国々47 ウェールズ」
メアリー・M・ロジャース 著 桂 文子 訳
(国土社 1997)

ウェールズが総攬できる1冊。まずはこれを読んで
おきたい。
ヴィジュアル的にも楽しめるようになっており、非常
に判り易い。



Photo_2「ウェールズ イギリスの中の”異国”を歩く」
田辺 雅文 著 旅名人編集室 編
(日経BP社 2005)

”大自然と住民が調和し、共存したウェールズの
魅力”(本文より)がいっぱいに詰まっている。
収録された景観はどれもどこか懐かしく、そして
実に美しいものばかりであり、ウェールズを訪れ
たくなること請け合い!


「図説 イギリスの歴史」 指 昭博 著 (河出書房新社 2002)
「図説 イギリスの王室」 石井 美樹子 著 (河出書房新社 2007)
「イギリスを知るための65章」 近藤 久雄・細川 祐子 著 (明石書店 2003)

♪♪♪

このように伝統ある豊かなウェールズの音楽を題材にして、楽曲にその美しく魅力あふれた旋律をいっぱいに詰め込んだ作者デイヴィスは
「ウェールズの丘、そして谷- 世界で最もメロディアスな民謡の多くが、そこから生まれた。豊かな歌唱の伝統に恵まれて、ウェールズの人々は卓越した歌唱法を身につけている。”ウェールズの歌”に登場する正格旋法による旋律は、最上の民謡から選りすぐったものである。」
とのコメントをスコアに寄せている。

  ※正格旋法
    初期の教会旋法による旋律は1オクターブ以内に収まるよう作られている
    が、その中で終止音から1オクターブ上の終止音までの音域を用いる旋法
    をいう。終止音の5度上を属音(ドミナント)としており、「変格旋法」と比較し
    高い音域で歌われるものである。

 

「ウェールズの歌」はデイヴィスが計6曲のウェールズ民謡を選びこれを3つの楽章にまとめたものであるが、まずもって選曲からして大成功している。デイヴィスのウェールズ音楽への愛着はとても強かったようで、この曲とは別に「ウェールズ民謡組曲」(Welsh Folk Suite)を編んでいるのだが、これと比較しても「ウェールズの歌」に収められた曲がまた一段上の魅力ある旋律を持つ、まさに選りすぐりのものであることがお判りいただけることだろう。

各ウェールズ民謡については、内容や背景・原曲の姿に迫るべく別ファイルに詳述したのでご覧いただきたいが、度重なる侵略からの防衛の歴史に曝されてきたことを反映してか、愛国の想いや郷土への愛着を歌うものが多い。神や王家への讃美も見られるが、これらも民族性を強く反映したものであるから、全編に亘りウェールズ人としてのアイデンティティを色濃く示すものばかりと云える。

  ※「ウェールズの歌」の原曲たち
     第1-2楽章登場曲 :
「6_songs_part1.doc」をダウンロード
    第3楽章登場曲 :
「6_songs_part2.doc」をダウンロード


それでは楽章を追って、楽曲の内容を見てみよう。

Ⅰ. ウェールズ国歌”我が父祖の地”-リズランの湿原
Iクラリネット群のふくよかな音色で歌い出すウェールズ国歌(Moderato =96)はこの楽曲のオープニングとして洵に相応しい。
(「ウェールズの歌」全体を通じて云えることだが)デイヴィスが素朴な原曲をより音楽的に純化し、魅力を高めているのは見逃せないところである。
木管から金管への遷移、チャイムを初めとした打楽器の効果的な使用により色彩を巧みに変化させ、またカノン風のモチーフの積上げなどを用い、穏やかにしかし確実に音楽を高揚させているのが見事。楽器用法としてはソロによるカウンターなどに見られるEuphonium(Baritone)の活躍が印象に残る。

47小節からテンポを速め(Andante =136)一層感傷的な「リズランの湿原」に入る。この歌い出しでもClarinetの美しい音色が生かされ、統一感も醸成されている。
I_andante第1楽章に現れる両曲ともが命を賭してウェールズを守らんとする愛国の決意を歌った曲であり、77-78小節あたりのクライマックスでは決然としてやや強ばった表情が求められて然るべきであろう。
曲は再び穏やかなウェールズ国歌が戻ってきて、鐘の響きとともに安寧を湛えつつ締めくくられる。

II.挑まれよ、グウェン
原曲には2種類の内容の異なる歌詞があり、軽妙なテンポで演奏されるヴァージョンもあるが、ここでは悠然として優しい音楽(Andantino =92)となっている。
Ii_2何といっても、6小節の前奏が素晴らしい!
小節内のcresc.・decresc.で印象的に歌うFlute+Oboeの清らかな音色に始まり、楽器が加わって表情を緩めながらスケールを大きくしていくさまは、デイヴィス渾身の出来映えと思う。すっかりその世界に惹きこまれてしまうのだ。

美しくどこか懐かしい旋律を、寄せては返す波のように抑揚と対比を見せながら、編み上げてゆく。デイヴィスからは「注意深く、オルガンの如きサウンドのクオリティを持って演奏してほしい。」との要求もあり、この楽章は敬虔なイメージのある音楽に成す必要があるだろう。
Ii_horns終盤のクライマックスで高らかに歌い上げフェルマータとなった後、遠く聴こえてくるClarinetの低音(52-53小節)がまた…何とノスタルジックなのだろう!
これにHorn、Fluteと応答し懐かしさがこだまして、最後はOboeソロが終う。

III.ホビ・デリ・ダンド-あげひばり-ロンザの谷
掉尾を飾るのは吹奏楽曲らしく”マーチ”。2/2拍子 Allegro Marcia、テンポ108の快活な終楽章だ。デイヴィスからは「一定のテンポで演奏してほしい。最後はラレンタンドしてもOKだけど、少しだけね。」との指示である。
Iii序奏に「ホビ・デリ・ダンド(Hob y Derry Dando)」、21小節目からの第1マーチに「あげひばり(Codiad yr Hedydd)」、39小節目からのTrioに「ロンザの谷(Cwm Rhondda)」を使用してマーチに仕上げるというアイディアと巧みさが凄い!まさにデイヴィスの優れた構成力・編曲手腕が発揮されている。
打楽器ソリに導かれて始まる序奏部の陽気さには、誰もが気分をぱあっと明るくするだろう。輪をかけて快活さを増した第1マーチでは木管楽器のオブリガートが印象に残る。続くTrioは素朴な旋律がTrombone(+ Baritone)によって朗々と奏でられる。
Iii_tromboneTrumpetのファンファーレ風のカウンターも加わり厚みの増したサウンドとなって終幕へ向かって行き、最後は大げさにクレシェンドする打楽器ソリで4/4拍子のコーダ(77小節)に突入、木管楽器の奏でる16ビートに乗り、エネルギッシュにして堂々たるエンディングを迎える。

♪♪♪

素材であるウェールズ民謡の原曲自体ももちろん素晴らしい。しかし重ねてになるが、その素材を料理してより音楽的に次元の高いものへと成しているデイヴィスの創意工夫と手腕には感心するほかない。センスの良さはもちろん、並々ならぬ熱意も感じられて已まないのだ。

結果として「ウェールズの歌」はとても音楽的で、多彩な表情を持つ名作となった。難易度は決して高くはないだろう。しかし、この曲を安易な演奏で片付けてほしくはない。コンクールで演奏される機会は少ないと思われるので、そこから離れて広く末永く、愛奏されてほしい作品である。

音源は多くない。私としてはやはり
Photo汐澤 安彦cond.
フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル

の演奏を推す。
この曲の持つ抽斗を的確に把握しており、現れる多彩な表情をそれぞれに相応しく表現している。音楽的興味を満たしてくれる好演である。

  【その他の所有音源】
    小澤 俊朗cond. 東京シンフォニック・ウインドオーケストラ
    木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
    汐澤 安彦cond. 東京吹奏楽団


(Revised on 2012.7.8.)

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コメント

おおお、懐かしい。吹奏楽を始めたばかりの頃(30年前?)、吹きました。いい曲ですよね。

投稿: スールー | 2011年10月11日 (火) 22時45分

スールーさん、コメントを有難うございます。
原曲に適切に手を加え、聴く者には「ああ、いい歌だなあ」と率直に思わせてしまうデイヴィスの手腕には脱帽です。

投稿: 音源堂 | 2011年10月12日 (水) 01時44分

同じく、懐かしいです。原曲のファイルも読ませていただきましたが、譜面で見る限り、吹奏楽の曲とはまたちょっと印象が違いますね。原曲も聴いてみたくなりました。
ただ、おっしゃるとおり原曲並べただけではこういう名曲にはならないので、このあたり、魅力ある楽曲に仕上げたデイヴィスの手腕ということでしょうか。音源の少ないのが残念です。コンクールでしか聴いたことありませんが、いい音源で聴いてみたいです。

投稿: くっしぃ | 2011年10月12日 (水) 23時08分

くっしぃ殿、有難うございます。
原曲の探求はとても興味深い作業でした☆

投稿: 音源堂 | 2011年10月13日 (木) 01時12分

中学生の時に初めて聞いてはまりました。
いつかやりたいと思いつつ数十年。

数年前顧問をしていた中学の自由曲として取り上げましたが、まあ大変だったこと大変だったこと。
一番大変だったのは生徒がメロディーが全く歌えなかったこと。
音符を追いかけるのが精一杯でした。
たまたま会った講師の先生には「勇気ある選曲」と言われ、知り合いの別の学校の校長には「初見かと思った」と言われ、結果はダントツの銅賞。
さらに練習に来ない3年生。
なんとかこの曲の魅力が生徒に伝わればいいかな、と思いながらも撃沈しました。


別に指揮をしている社会人バンドでも、いろんな曲を音出しする機会の時にやってみたのですが、団員の反応が鈍い。やりたい曲だとは思わないらしいです。

自分の力不足だとは思うけど、でもまたやりたいなあ。

投稿: とらまる | 2012年2月26日 (日) 11時23分

とらまるさん、暫くです!今年も宜しくお願い致します。
m(_ _)m

>やりたい曲だとは思わないらしいです

私もこれまで自分の愛する曲を実演しようとしたときに、同じ反応をされたことが多々あります。特に「ウェールズの歌」のような曲ですと、なおさらこういう反応になることが多いですよね…。
音楽は「好み」ですから、それぞれ皆さんの「好み」を否定するわけではもちろんないのですが、この良さをどうして解かって貰えないのだろうとは思います。とても残念な気分になってしまうのです。

…でも、私は私の愛する曲を人に奨めることを、断じて止めません!しつこくしつこく言い続けていきたいと思います。^^)
このBlogもそのエネルギーで綴り続けますので、どうぞ引続き宜しくご贔屓のほど☆

投稿: 音源堂 | 2012年2月26日 (日) 16時49分

はじめまして。

私はいま、シンガーソングライターというあまり職業的には報われないポジションで、何とか音楽を続けているものです。

そんな原点は、吹奏楽だった気がします。

最も原点たる楽曲、それがウェールズの歌でした。

吹奏楽のオリジナル作品に生まれて初めて触れたのがこの曲でした。正確に言えば後藤洋さん編曲の金管バンドバージョンでしたが・・・

小5で出会い、中1で再会・・・そして県大会で金賞を戴いた記念の曲でした。
それから、どっちかっていうと、ハックビ-さん、ミッチェルさんなどの楽曲に傾倒し、ポップ路線に転向した今でも、ウェールズの歌は輝いているんですよね。

青春のバイブルって感じかな?

この曲の精神は私の中に永遠に行き続けて、光りになってくれるといいなぁ。

それにしたって、色々な音源を探してます。

交響的祝典と舞曲、タングルウッド序曲、ウォバッシュ地方の伝説、シノプシス、・・・等々キリがありません。

また拝見致します。

よろしくお願い申し上げます。

投稿: セッキイ | 2012年5月29日 (火) 02時23分

セッキイさん、コメントをいただき有難うございました。私は音楽を生業とすることはできませんでしたが、音楽が好きで好きで、生活の中心にそれを据えて35年以上を過ごしてきました。
それを覚醒したのは、やはり吹奏楽でした。だから今でも吹奏楽が好きなのだと思います。

♪♪♪

ウェールズの歌に登場する旋律は、どれも魅力に満ちています。素敵な旋律には、なぜこんなにも心がひきつけられてしまうのでしょうか…考えてみれば不思議ですよね。

今後とも拙Blogを宜しくお願い申し上げます。

投稿: 音源堂 | 2012年5月29日 (火) 23時41分

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