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2010年6月20日 (日)

アルトサクソフォンのためのバラード

001_2Ballade for Solo Alto Saxophone and Band
A.リード (Alfred Reed 1921-2005)


1981年にアルフレッド・リードが初来日した時の印象は、当時の吹奏楽ファンに深く刻まれているだろう。「ジュビラント序曲」「パンチネロ」「アルメニア舞曲」などの優れた作品でファンを魅了してきた吹奏楽界の巨匠は、新作「第2組曲」を引っ提げ、東京佼成ウインドオーケストラを指揮して録音と演奏会を行ったのだが、私自身この初来日に対する大きな期待と興奮を覚えたことを記憶している。
大分の片田舎に居た私は、あの伝説の新宿文化センターに於ける演奏会(1981.3.28.)に参じることはできなかったが、後に発売されたレコードを手にして、胸を激しく高鳴らせた。インタビューと「第2組曲」のリハーサルをも収録したこの2枚組のLPは、未知のリード作品がいっぱい詰まった”宝石箱”のよう。「第2組曲」はもちろん期待通りの内容と演奏だったし、「ミュージック・メーカーズ」「ロシアのクリスマス音楽」なども初めて聴くことができ、感激は止まらない。「ア・フェスティヴァル・プレリュード」など、Liveの熱狂が伝わる録音もうれしかった。

そして、その興奮を鎮め心を癒すような一曲も用意されていた。-それが「アルトサクソフォンのためのバラード」(1956年)である。
「トランペットのためのオード」「クラリネットのためのセレナーデ」とともに、楽器メーカー・ルブラン社がリードに委嘱した吹奏楽伴奏によるソロ・フィーチャー・シリーズの一つであり、ルブラン社のプロモーションのため全米各地で開催される吹奏楽クリニックにて演奏されたとのこと。アルトサクソフォンの魅力を発散する優れた楽曲として、記憶され愛され続けるべき作品である。

♪♪♪

 わたしにとっては、たいした楽器なんだ。とんでもない音
  が出せるから。(中略)…サキソフォンの場合はつねに
  選択が必要になる。音を出す時にいちいち選ぶんだね。
  この音はこっちに向かうのか、
それともあっちかって。
  人間の特質もそうで、この自由で知的な生物は悪魔にも
  なれるし神にもなれる。善と悪との間で選ぶんだ。
  そういうわけで、サキソフォンには人間の姿をぎりぎりの
  状況で表現する力がある。ざらざらした下品な音にも、
  細やかで優雅な音にもなる。売春婦のようにも処女の
  ようにも聞こえる。互いに相反するものが同居している。
  まさに人間と同じだね。
                - ジャン=マリー・ロンデックス


Adolphe_saxベルギー人の楽器製作者アドルフ・サックス(Antoine Joseph Adolphe Sax 1814-1894/左画像)によって19世紀半ばに開発・製作されたサクソフォンは、発明者サックスがこの楽器のプロモーションとして軍楽隊への採用を推し進め、これに成功した経緯から、そもそも吹奏楽との関係が非常に深い。サックスの開発した楽器群の多くは、耐久性や音量の面で野外演奏に適し、且つ機能的な楽器というコンセプトが反映されたものなのである。
アメリカにおいてもギルモア(Patrick Gilmore 1829-1892)スーザ(John Philip Sousa 1854-1932)の吹奏楽団の編成に採用されたことで、楽器としての地位を確立したという。

Photo_2【参考文献・出典】
「サキソフォン物語
  -悪魔の角笛からジャズの花形へ」
  マイケル・シーゲル 著
  諸岡 敏行 訳

  青土社 刊





そして今やサクソフォンはポピュラー音楽において最も欠かせない管楽器となっており、特にジャズの分野では多くの名手がそれぞれに個性を発揮し、伝説的な存在とも成っているのはご存知の通り。また、ラヴェルの「ボレロ」「展覧会の絵」などを初めとしてクラシック音楽においても独特の魅力を発揮しているし、またサクソフォン・アンサンブルは表現力と完成度の高い室内楽形態と認められている。

クラシック音楽におけるサクソフォンは、フランスで育てられたもの。マルセル・ミュール(Marcel Mule 1901-2001)、ダニエル・デファイエ(Daniel Deffayet 1922-2002)、ジャン=マリー・ロンデックス(Jean-Marie Londeix 1932- )と連なる系譜である。
Saxophoneサクソフォン奏者ならずとも、このヴィルトゥーゾたちの演奏は傾聴すべきものだ。

本稿で採り上げる「アルトサクソフォンのためのバラード」のプログラム・ノートにも
「フランス流サクソフォンに対する敬意(作曲するにあたっては、それが根底にあったのだが)を表し、ソロにおいては輝かしくも軽やかで、息の長い抒情的な旋律線を際立たせるようにしている。」
とのリード自身によるコメントがある。従って、作曲者の念頭にあったこの曲のアルトサクソフォン・ソロのイメージを理解するためにも、彼らの演奏は必聴なのである。

Emi_2「サクソフォーンの芸術」(3枚組CD)
ミュール、デファイエ、ロンデックスの代表的録音がパッケージ
されている。特にミュールの演奏する「アルトサクソフォンと11
の楽器のための室内小協奏曲(J.イベール)」は、私の頭か
ら離れない。尋常ならざる生命感の躍動と、ミュールしか持た
ない”歌”がそこにあるのである。


♪♪♪

「アルトサクソフォンのためのバラード」は、最初の一音からアルトサクソフォン・ソロによる旋律提示でスタートする。冒頭からして、この楽器の魅力をストレートに伝えようとする意図が明確である。
Vincent_j_abato_3※初演者は、本作の献呈を受けたヴィンセント・アバト
   (Vincent Joseph Abato 1917-2008)
    ロジンスキやストコフスキーにも重用されたクラリネット、
    バスクラリネット、サクソフォンの名手である。
    有名なポール・クレストンのサクソフォン協奏曲(1944)
   の初演者としても知られる。



内容については、作曲者リードが端的に解説している。
「バラードとは、そもそも西洋音楽における最も古い世俗的な音楽形態の一つである。しかしながら、神聖なものと世俗的なものと両方のあらゆる種類の歌詞が附いて、様々な書法で書かれ、多様な音楽ジャンルをカヴァーしているものでもある。そして大概はゆっくりとした、抒情的なものこそがバラードであるとされており、本作もこの考え方に則っている。
主要旋律は単一だがこれに2つのモティーフが附随しており、澱むことのない流れの中で展開される。各小節の関係が密となったり疎となったりしつつ、ムードや色合いの微妙な変化を頻繁に示していく。」


終始ファンタジックな曲想の中、3連譜を多用したフレーズをアルトサクソフォン・ソロがくるくると舞うように歌う。それがとても美しい。
005_3
しかし、この曲の魅力は単にソロの美しさだけではない。
「絶え間なく交互に入れ代り、また分散する和音。バック・ハーモニーはまるで空に浮かぶ雲の形がうつろうように、或いは海での波の姿がうつろうように常に変化している。アルトサクソフォン・ソロは、こうした伴奏の変化し続ける色合いの中に包まれている。」
というコメントからも判る通り、リードがこの作品で腐心したのは美しいソロの旋律線だけではなく、音楽が示す”色合い”の微妙な変化(ニュアンス)を出すことだった。
緩やかに心癒しつつも、テンポも含めた微妙な変化が常に示されることで聴くものの音楽的興味を捉まえ、決して放さない。そうした奥行を持つ楽曲になっているからこそ、独奏楽器の魅力を語り尽くせるのである。
「終盤、旋律は元の姿に戻って再現されるのだが、最終小節はまた新しいパターンの”ハーモニーの色”を持っている。これにより、自由に流れてきたこの歌を最も相応しいやり方で完結せしめるものである。」
とは、リードのそうした意識が最終小節まで貫かれていたことを示すコメントではないか!

そして微妙なニュアンスの変化で音楽的興味を刺激し続けながら、堂々たるクライマックス(練習番号E)も持っている。
006ダイナミックなのにどこか切なく緊迫するアルトサクソフォンのレシタティーヴォは特に印象的であり、胸を打つ。トリルのあたりが、また泣かせるのだ…。

♪♪♪

音源はやはり、リード初来日記念盤をお薦めしたい。
Cdアルフレッド・リードcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
A.Sax.独奏:下地 啓二

クライマックスにおける”切なさ”を一番感じさせてくれる演奏。ソロの仄かなストイックさが、幻想性を更に深めているところも好き。出版元Southern Music社のデモ音源にも採用されている。

  【その他の所有音源】
    山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ     A.Sax.独奏:須川 展也
    加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ  A.Sax.独奏:原 博巳


♪♪♪

Lp_2吹奏楽のサックス・ソロ曲として記憶に残るものをもう一つ。
ポップス分野では何といっても「追憶のテーマ」である。
(ニューサウンズ・イン・ブラス 第4集
-1975年-収録)


バーブラ・ストライザンド&ロバート・レッドフォード主演映画「追憶」(1973年/原題:The Way We Were)主題曲であり、バーブラ・ストライザンド自身が歌って大ヒット、アカデミー主題歌賞も受賞した名曲。
Photoマーヴィン・ハムリッシュによる名旋律を、浦田 健次郎の優れた編曲によりアルトサックスの大ソロで聴かせる。塚本 紘一郎のソロがまた実に良かった!

 ※このニューサウンズ・イン・ブラス第4集では、野波 光雄の編曲による「マイ・ラヴ」
      のアルトサックス・ソロも素晴らしい。他にも優れた編曲と演奏が多い名盤であり、
      この頃のニュー・サウンズ・イン・ブラスがとにかく”突き抜けて”いたことを、証明
      するものである。

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コメント

 こんばんは。最新記事、拝見しました。実に聴きたくなる文章の数々!
 携帯電話のため楽譜画像もほとんど見えないのですが、綴られた文章を読み進めるだけで、「あぁ~、聴きたいぃ~」ってなもんです。
 こゝの処、些か金欠気味なのでなかなか叶いはしませんが、いつかきっと聴ける日が来ることを信じつゝブラウザを閉じた次第であります。

投稿: 長谷部 | 2010年6月23日 (水) 22時33分

長谷部さん、いつもお読みいただきそしてコメントを有難うございます。また頑張って書こうって気になります♪
…音源ですが You Tube 等はもちろんのこと、「図書館」の利用もオススメです。検索システムでCDを検索し、予約…。思いの外、所蔵点数は多いと思いますので。
またぜひお越し下さい!

投稿: 音源堂 | 2010年6月23日 (水) 23時47分

この曲はとてもカッコいいですね。アルトサックス好きの人にはたまらないですよね。来年のソロコンはこれをやりたいですぅ!!!

投稿: 韝 | 2012年3月23日 (金) 22時39分

韝(真)さん、ようこそお越し下さいました!
吹奏楽曲の中にも協奏的な作品は数多くありますが、その中でもこの「アルトサクソフォンのためのバラード」は出色の傑作だと思います。個人的には、歌い上げていく中にもストイックな感じがあって、上品さを失わないのが堪りません♪

投稿: 音源堂 | 2012年3月25日 (日) 23時06分

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