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2010年3月 8日 (月)

歌劇「運命の力」序曲

Destino(マリインスキー劇場による「運命の力」上演)

La Forza del Destino, Sinfonia
G.ヴェルディ
(Giuseppe Verdi 1813-1901)


19世紀オペラの巨匠、ジュゼッペ・ヴェルディ。彼は生涯で 28作にのぼる歌劇を手掛けたが、その中で最も充実した序曲を擁すと評されるのが「運命の力」(1862年初演、1869年改訂版初演)である。
   ※「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫/音楽之友社)」による

名作として単独で採り上げられることも多いこの序曲は、吹奏楽界も席巻した。早くからケント=レイク編曲版が入手し易かったこともあり、吹奏楽コンクールの自由曲として盛んに採り上げられたのだ。全日本吹奏楽コンクールでは早くも1961年から登場し、1970-90年代には「シチリア島の夕べの祈り」「ナブッコ」の両序曲ともども、全部門に亘るコンクールの定番曲となっている。

遺された数多い名演の中で、頂点を極めたとされるのが
Live1977年 木村 吉宏 編曲
得津 武史cond.今津中

の演奏である。
前年には、名門として想像もし得なかったであろう”銅賞”に甘んじた得津=今津が、その底力を発揮し圧倒的な演奏で復活を遂げた、名演中の名演だ。

※バンドジャーナル誌(1978年1月号)記載の審査員講評
  汐澤 安彦
「Shiozawa.jpg」をダウンロード
   保科 洋 (高校の部で「運命の力」を採上げた2校):
「Hoshina.jpg」をダウンロード 

当時、私は中学1年で吹奏楽と出遇ったばかりであったが、ライブ録音を聴いてまさに衝撃を受けた。…凄すぎる!
今聴いてもその完成度の高さ、そして音楽的魅力には”感動”の一言しかない。国際的な水準と評されたハーモニーはもちろん、清冽なサウンド、そして各フレーズどころか各音一つ一つまで充実した質感、隅々まで神経の行き届いた曲作りは奇跡的であり、吹奏楽の可能性を限界まで示した演奏とも云える。
これが、中学生の演奏とは全く信じられない!
Photoこの今津中の演奏では、楽器配置が特異なのもずっと印象に残っていた。編成にはサクソルン属金管も加えているようだ。楽曲を掘下げに掘下げた結果、求める音響はあの編成と配置に帰結したのだろうか…。

♪♪♪

Verdiヴェルディの評伝を読むと、謹厳実直にして誇り高く、頑固なまでの強靭な意思を持つ情熱的な人物像が浮かびあがってくる。一方で利に聡く、自作の”著作権”を確保したり、農場経営でも成功を収めるなど、実業感覚も持ち合わせていたことでも知られる。遺された数々の名作からヴェルディの音楽的才能は疑いないが、酒場を兼ねた宿屋の倅である彼は、必ずしも音楽的に恵まれた環境の下に生まれたわけではない。自己流のピアノ奏法と年齢の高さが災いしてミラノの音楽院受験に失敗したエピソードは有名だ。
それでもヴェルディは富裕商人(後の義父でもある)アントニオ・バレッツィの支援を得てその才能を開花させていくのであるが、彼にとって修行時代、そして音楽家として駆出し当初の金銭的な苦労は相当なものだったらしく、それを嫌気する思いは強かったようだ。彼は”稼ぐ”ために、当時まさに流行音楽そのものであったオペラの世界で音楽を書きまくり、後に自身が「苦役の年月」と称した日々を過ごすことになる。

またヴェルディは、若くして(25-27歳)甚大な精神的ダメージも受けている。生まれたばかりの子供2人を次々と亡くし、さらに最初の妻マルゲリータにも先立たれてしまう。さらにその極限の状況下で作曲した2作目のオペラが強烈な酷評を浴び、大失敗に終わるのである。これがヴェルディに悲観主義をもたらすとともに、”世間”というものへの不信感を(後の成功により薄まりはしたものの)、彼の根底に置き続けることになったように感じられる。それはまた一方で、ヴェルディに”信念”を確りと形成させることともなっただろう。

そんなヴェルディを救ったのも、やはり音楽だった。続く第3作「ナブッコ(ナブコドノゾール)」で彼は見事に甦り、オペラ作曲家としての地位を揺るぎないものにしたのである。「ナブッコ」のシナリオこそは、彼に天啓を与えたとされる。

  なぜかわからないが、視線は開いたページに釘づけになり、
  
目にこんな詩句が映った。
  
”行け、我が想いよ、金色の翼に乗って”
  
続く言葉に目を走らせて、私はそこから大きな印象を
受けた。

                                       (ヴェルディの回想 : 小畑 恒夫氏の訳による)


フランスやオーストリアの属国とも云える状態で分裂していた当時のイタリアは、その統一と独立に向け民族主義的な気運が高まっていた時代であった。「ナブッコ」はその気運にも乗って熱狂的な支持を得たし、ヴェルディの作品でいえば後の「レニャーノの戦い」なども、同様の気運に乗って支持を得たものである。

    ※「虐げられたユダヤはイタリアだ。傲慢な王ナブッコが君臨するバビロニア
        はオーストリアだ。」
        -「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫 著/音楽之友社)」p50より


音楽家の成功は、時代の要求と合致した時にこそ訪れる。それと同時に、その才能と音楽を理解し金銭的また精神的に支援する人々が存在してこそ、開花の時を迎えることができるのだ。
ヴェルディの場合もスポンサーであり続けたバレッツィ、失敗してもチャンスを与えたミラノ・スカラ座支配人メレッリ、そしてマルゲリータならびにジュゼッピーナ・ストレッポーニという2人の妻をはじめとする人々が、彼自身とその芸術の誕生とに大きな支援を与えたのである。

本稿で採り上げた歌劇「運命の力」はヴェルディ48-49歳の作品。既に充分な成功者であり、(本意ならずも)推されて国会議員にもなっていた。その2年ほど前にはストレッポーニとの再婚も果たしており、公私ともに充実を極めた中で、純然たる音楽創作の興味の中から誕生した楽曲と位置づけられよう。

Photo【参考:出典】
「ヴェルディ -作曲家 人と作品」
(小畑 恒夫 著/音楽之友社)
「ヴェルディへの旅」  (木之下 晃・
       永竹 由幸 著/実業之日本社)
「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」
(加藤 浩子 著/東京書籍)


♪♪♪

歌劇「運命の力」は、ロシア帝室歌劇場(現・マリインスキー劇場)のために創作され1862年に初演されている。この初演版は最後に主人公も自殺し、主要登場人物がみな死んでしまうという陰惨な内容であった。
ヴェルディ自身もこの暗鬱なエンディングを変更したいと考えていたため後に自ら手を入れ、主人公が自殺に及ばず終幕となるエンディングへと変更された改訂版が1869年に初演されている。

  【歌劇「運命の力」あらすじ(1869年改訂版)】
    
原作:アンヘル・デ=サーヴェドラ 「ドン・アルヴァーロ、または運命の力」
        台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
        改訂版台本:アントニオ・ギスランツォーニ

          18世紀中頃のスペイン/セヴィリャ。カラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラ
          恋人ドン・アルヴァーロと駆け落ちしようとしていた。侯爵はアルヴァーロ
          をインカの血統として忌み嫌っており、二人の結婚を認めようとしないため
          である。ところが、いよいよ家を出ようとしたところで、二人は侯爵に見つか
          ってしまう。
          アルヴァーロは侯爵に逆らうつもりはないことを示すため、所持していたピ
          ストルを床に投げ捨てるが、あろうことかそれが暴発して銃弾は侯爵に命
          中し、侯爵は息絶えてしまう。

          二人は離れ離れに逃げ、お互いに相手は亡くなったと思込むが、レオノー
          ラの兄/ドン・カルロは復讐の鬼と化して二人を追跡する。イタリア戦線へ
          の兵隊募集をしている村で、(男装していたにもかかわらず)レオノーラは
          危うく兄に見つかりそうになるが、何とか逃れて山上の修道院を訪ねる。
          その村で耳にした兄の話からアルヴァーロが生きていることを知り、そし
          て”アルヴァーロは私を棄てた”と思込み絶望したレオノーラは、修道院の
          グァルディ
アーノ神父に真実を告白し、贖罪のため山の洞窟で独り、隠
          者としての生活に入る。

          この後、イタリア戦線へ各々参戦したアルヴァーロとカルロは偶然に出会
          い、互いの素性を知らぬまま厚い友情を結ぶこととなる。ところが、負傷し
          たアルヴァーロがレオノーラの肖像画が入った小箱をカルロに託したため
          に、カルロはこの親友こそが、仇であるアルヴァーロだと知ってしまう。
          カルロはアルヴァーロに決闘を挑もうとする。

          アルヴァーロは決闘を避けるため修道院に身を隠すが、5年後に居場所を
          突
き止めたカルロが現れ、決闘を迫る。決闘に勝利したのはアルヴァーロ
          であり、カルロは深手を負う。アルヴァーロはカルロの最期の告白を聞き
          看取ってもらうため、付近に住む隠者を捜し洞窟へ入る。…何ということか、
          その隠者こそはレオノーラであり、二人は劇的な再会を果たすのだった。

          しかし、事情を知ったレオノーラが兄/カルロに駆け寄ったところ、カルロは
          最後の力を振り絞って妹を刺し、レオノーラとカルロは二人とも死んでしまう。
          絶望するアルヴァーロをグァルディアーノ神父は慰め、死んでゆくレオノーラ
          のために祈りを捧げる。

          (尚、初演版ではここでアルヴァーロが人間の存
在を呪いつつ、岩場から
           身を投げて自殺し、終幕となる。)


【参考音源】
31mxc6fg5sl__ss500_フランチェスコ・モリナーリ=プラデッリcond.
サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

レオノーラ : レナータ・デバルディ
ドン・アルヴァーロ :マリオ・デル・モナコ
ドン・カルロ : エットーレ・バスティアニーニ
グァルディアーノ神父 :チェーザレ・シエビ


4195rnxkfdl__ss400_トゥーリオ・セラフィンcond.
ミラノ・スカラ座管弦楽団

レオノーラ : マリア・カラス
ドン・アルヴァーロ :リチャード・タッカー
ドン・カルロ : カルロ・タリアブエ
グァルディアーノ神父 :ニコラ・ロッシ=レメーニ

そもそも「運命の力」はその台本自体、重要な出来事が幕間に起こることも多く、判りにくいとされている。それでも悲劇の集積であるこの「運命の力」に対し、ヴェルディはそれまでの作品と比較しても、ひときわ劇的で雄弁な音楽を付しているという。
「(”運命の力”を歌う歌手は)魂を持ち、言葉を理解し、その意味を表現しなければならない。」 加藤 浩子 訳
とヴェルディはコメントし、この歌劇に多くの新機軸を盛り込んで、更に新しい道に踏み込んだとされる。それは(動機の一つとはされているが)単に招かれたロシアの歌劇団に所属する歌手に惚れこんだ、などといったことではあるまい。

きっと成功者のヴェルディも、自分とはまた違うやり方で歌劇というものを発展させ続ける精力的なワグナーをはじめとした、同世代や後進の才能を強く強く意識していたのだと思う。それが、音楽的に新たなチャレンジ(既成功者の”創作意欲”はここに在る)へとつながったということではないだろうか?
「運命の力」でまた自らの音楽の次元を押上げたヴェルディは、これから先、円熟期にかけて「レクイエム」「アイーダ」「オセロ」「ファルスタッフ」といった名作をまだまだ送り出していく。「運命の力」はまさに”成功者のリスタート”となった作品と云えるかもしれない。

    ※ヴェルディはタンホイザー序曲を聴いた際、ワグナーの才能自体は評価し
       つつ、楽曲には批判的なコメントをした記録がある。しかし一方、ワグナー
       が逝去した際には大変な嘆きようであったことが伝わっており、ワグナー
       を相当意識していたことが窺える。

  【参考:出典】
   「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫 著/音楽之友社)
       「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(加藤 浩子 著/東京書籍)
       「名曲解説全集 」(永竹 由幸 著/音楽之友社)


♪♪♪

歌劇「運命の力」は前述の通り1869年に改訂されており、「序曲(Sinfonia)」もその際に初演版「前奏曲(Preludio)」を拡大し書き改め、完成したもの。この初演版「前奏曲」は3分強と「序曲」の半分の規模であり、陰惨極まるエンディングを持つ初演版の内容に呼応して、暗鬱なダウンエンディングで閉じる簡潔な楽曲となっている。

序曲の冒頭は初演版と変更なく、金管群(+Fagotto)のユニゾンによる3つのE音が、2度繰り返されて開始する。
2運命を暗示するかの如きこの楽句は歌劇中の第2幕冒頭に響きわたるものである。

続く弦楽器の旋律はオペラ全体を通じて用いられている”運命の主題”。
1”agitato”という発想記号にこれほど相応しい音楽もない。まさに、心が泡立つような不安が示されている。

冒頭が再現された後、Oboe、Clarinet、Fluteにより美しくも悲痛な旋律が歌われる。
4これは第4幕、アルヴァーロとカルロの二重唱の場面から採られている。決闘を迫るカルロに対しアルヴァーロが「兄弟よ、許してくれ」と哀願する旋律であり、これに対しカルロが「お前は妹を奪い、汚し、捨てた」と罵る旋律でもある。

G.P.を挟んで密やかなpppから美しく清らかな旋律が湧き起こる。第2幕第2場、山上の修道院に辿り着いたレオノーラが聖母に許しと憐れみを請う「憐れみの聖母」の場面で歌われる、有名なアリアである。
5逃亡生活の果て、アルヴァーロに棄てられたと思い込み絶望の悲しみから聖母にすがるレオノーラの心情が迫ってくるのだ。
これが高揚し実に幅広い音楽となって、遂にダイナミクスと緊迫感が極まる。激しくスピード感の高い弦のパッセージが決然と仕舞うと、前半に登場したアルヴァーロとカルロの二重唱が再現されるブリッジへ。
ここで今度はClarinet、Oboe、Fluteが相次ぐソロでモチーフを奏し、変化と抒情を与えているのが見事である。

再びG.P.を経てここから後半に入り、ハープの伴奏でClarinetが艶やかに歌いだす。
6山の洞穴で独り神に身を捧げる生活をしたいとする懇願を、グァルディアーノ神父に認められたレオノーラが、それに感謝し神を賛美する歌である。(第2幕最終盤)

金管楽器のファンファーレ風楽句と弦楽器が応酬し、スピード感とともに音楽は高揚するが、かと思うとすぅっと力の抜けた高貴なコラールが現れる。まさに絶妙なコントラスト!
3_2これも第2幕第2場から採られたもので、グァルディアーノ神父が神を讃えつつレオノーラの望みを叶えることを報告する讃歌である。
この安寧なコラールに切り込む弦楽器の鋭いカウンターが対照的で印象深く、楽曲に緊張感を与えるとともに歌劇の内容を暗示し続けるものでもある。

続いて「運命の主題」が光に満ちたものに姿を変えて現れ、放射状に力強くなっていくが、その頂点で全合奏により「憐れみの聖母」のアリアが高らかに輝かしく奏される。全曲のクライマックスだ。

悲劇性を極めたこの歌劇だが、序曲はその内容に拘り過ぎることなく、ここから終局に向って一層リズミックで響き豊かなスケールの大きな音楽となり、堂々たるエンディングとなって締めくくられる。

♪♪♪

激しい情熱と気品、険しい表情と喜びの高揚-この序曲に存在する二面性を確りと、しかし決してわざとらしくなく表現した演奏が望まれる。この観点から以下音源をお薦めしたい。
Photo_3クラウディオ・アバドcond.
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

テンポ設定の適切さ、コントラストの見事さをはじめ、全てが”良い塩梅”。ダイナミックだが繊細な、優れたオケによる均整の取れた秀演。

61kjdh16n5l__ss400_クラウディオ・アバドcond.
ロンドン交響楽団

同じアバドの指揮だが、より情熱的に奏される。クライマックスで記譜よりオクターブ上げて奏させた、Trp.の輝かしいテンションはその象徴。

Photo_4ジュゼッペ・シノーポリcond.
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

しっとりとした印象の中に、激しさ、そして一本芯の通った強さとが込められた演奏。



Vol4_2セルジュ・チェリビダッケcond.
ミュンヘン・フィルハーモニー交響楽団 (Live)

全てにおいて”濃い”演奏。歌い方も実に濃いので、好き嫌いが分れそうだが、充実し高密度なサウンドと、音楽の太い流れは説得力に富む。

41ccpuwel__ss500_ワレリー・ゲルギエフcond.
キーロフ歌劇場管弦楽団

レオノーラ : ガリーナ・ゴルチャコワ
ドン・アルヴァーロ : ゲガム・グレゴリアン
ドン・カルロ : ニコライ・プーティリン
グァルディアーノ神父 : アスカル・アブドラザーコフ

歌劇「初演版」全曲を収録、序曲も原型である”Preludio”版が聴ける。

    【その他の所有音源】
      リッカルド・ムーティcond. ミラノ・スカラ座管弦楽団
     チョン・ミュンフンcond. ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団
     フランチェス・コモリナーリ=プラデッリcond.
                          サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
     アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
      トゥーリオ・セラフィンcond. ミラノ・スカラ座管弦楽団
     アンタル・ドラティcond. ミネアポリス管弦楽団
     ゲオルグ・ショルティcond. コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
     ジーノ・マリヌッツィcond. イタリア放送トリノ交響楽団
     指揮者不詳/ロンドン・フィルハーモニア管弦楽団
     ディミトリ・ミトロプーロスcond. フィレンツェ市立歌劇場管弦楽団
     リコ・サッカーニcond. ブダペスト・フィルハーモニック管弦楽団
     ビストリック・レズーチャcond. スロバキア室内管弦楽団
     ルカーシュ・カリティノスcond. ヴェネト州フィルハーモニー管弦楽団
     アーサー・ウィノグラードcond. ロンドン・ヴィルトゥーゾ交響楽団
     ヘルベルト・フォン・カラヤンcond. ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
     ロリン・マゼールcond. クリーヴランド管弦楽団
     ジュゼッペ・シノーポリcond. フィルハーモニア管弦楽団
     イゴール・マルケヴィチcond. ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    トーマス・シッパーズcond. コロンビア交響楽団
     カルロ・マリア・ジュリーニcond. フィルハーモニア管弦楽団


(Revised on 2013.6.3.)

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コメント

久しぶりに、今津中が出ましたね。運命の力・・・名演です。
今津中の呼吸できないくらいの緊張にたいして軍楽隊の演奏は芸術性が感じられます。
それにしても中学生での演奏レベルは最近上がっているのか・・・コンクール聞いてませんね
ネリベルのトリティコは、定期演奏会で聞いてその後コンクールで集約した演奏で優勝がありました。なつかしいですね。
序曲では、ZAMPAも吹奏楽で聞くのが好きです。
そういえば、中古レコード店にSCOTS GUARDS at OPERA 195~60年ごろのLP 新品(新古品?)が売ってました。日本のコンクールの自由曲がマーチからクラシックに変化していったのは、このような輸入盤の影響かなと個人的に思っています

投稿: bandlover | 2010年3月10日 (水) 16時47分

bandloverさん、コメントを有難うございます。
近年、吹奏楽界のサウンドや音程は大幅に改善し、レベルの底上げぶりは大変なものです。
しかし、トップオブトップのレベルは昔も高く、現在と比較しても遜色ないと思います。逆に「突き抜けた」レベルの演奏はあまり聴けなくなりました。個人のレベルもそうで、昔は地方大会なんかでも「バケモノ」のような名手がいたものですが、最近はめっきり減りましたね。

投稿: 音源堂 | 2010年3月11日 (木) 17時06分

お久しぶりです。出張中の休日でやや時間をもてあまし気味のところにYouTubeで今津中の演奏を聴きました(いや、便利な時代ですね)。
この曲を聴く時はいつも冒頭のブラスの音3つで印象が決定づけられてしまいます。たった3つの音にも関わらず、また、音源がこれほどあるのに、自分と同じ趣味で鳴らしてくれる音源になかなかめぐり合えません。バランス、残響、固さ、その点で今津は理想的なバランスで、お~これだよこれ、と久しぶりに感激しました。まあ、本当はこの後で木管や低音がこれでもかと細かい動きをするのですが、あまたの十六分音符(いやヴェルディなので三十二分音符?)よりも二分音符3つが勝ってしまうのは、金管吹きの性ですかね。。。

投稿: くっしぃ@モロッコ | 2011年1月24日 (月) 04時16分

くっしぃ殿、ずっとモロッコに居る…わけではないのですよね?^^)

「運命の力」序曲、好みの演奏を捜して聴きまくりました~。正直疲れましたが、達成感ありました。手が回らなかったものとしては
ジュリーニcond.フィルハーモニア管弦楽団
ショルティcond.ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
シャイーcond.ボローニャ国立歌劇場管弦楽団
くらいですかね。これらもその内入手して、聴こうと思っています。

仰る通り、冒頭部分がその「好み」の重要なポイントであることは間違いないですね♪

投稿: 音源堂 | 2011年1月24日 (月) 21時49分

「運命の力」、中学生の頃に近所の高校の演奏を聴いて感動。
最後のメロディにシロフォンが入っていて、それがとても格好良かったのです。

けれどそれはミュージックエイト譜のみだったようで、それ以降そういうアレンジを聴いたことはありません。

今も楽譜は売っているようですが、どこか演奏してくれないかなぁと思っています。
それとも他にもあるのでしょうか?

投稿: もへ妻 | 2011年2月16日 (水) 16時47分

もへ妻さん、コメントをありがとうございます。
私はミュージックエイト版は聴いたことがないですねえ…。この「運命の力」はやはり今津中が採り上げた木村吉宏版の評価が高いですが、聴く機会が多かったのは、圧倒的にレイク&ケント版でしたね。

一昨年、JBA講習会のために書き下ろされた、杉本幸一版もあります。この譜面が出版されたあかつきにはぜひ宜しくお願いします☆

投稿: 音源堂 | 2011年2月17日 (木) 20時49分

私の担任、やっすんは「運命の力」の序曲に「悪魔」が
出てくるとかどうとか言ってたけど全然出ないw
あのパチこき茄子野郎←おい

この曲、演奏するんですけど
やっぱり百年も残っている曲なんでさすがにいい曲ですね
いい曲ですけど、難しいですねマジで;
とくに、低音の裏メロなど・・・

Tub Tp 中学二年

投稿: やっすんの生徒w | 2012年4月29日 (日) 16時38分

やっすんの生徒さん、コメントを有難うございます。
「運命の力」は如何ともし難い数奇な運命と、それに翻弄される”人間”の愛憎を描いた作品というのが私の認識ですが、歌劇やバレエにおいては”演出”というものがあります。私が知らないだけで、悪魔の登場が印象に残る上演というのも存在しているかも知れません。

いずれにしても、とても内容のある楽曲ですので、ぜひ「自分たちの”運命の力”とはこういう演奏だ!」というのをハッキリ形にできるまで頑張って下さい。それに向け、是非やっすん先生を中心として心一つに練習を重ねていっていただきたいと思います!^^)

投稿: 音源堂 | 2012年4月29日 (日) 19時09分

お久しぶりです。お元気でしょうか?来年のオペラは運命の力を取り上げることになりました。こちらのページを参考に序曲から一気に引き込めるような演奏にしたいと思います。また時期が来たらご案内しますね。

投稿: くっしぃ | 2013年11月10日 (日) 09時10分

くっしぃ様、ご無沙汰しています。私のほうは仕事が忙しくなってきておりますが、何とか元気です。^^)
そうですか、次は「運命の力」ですか!遂に生でこのオペラが鑑賞できそうですね。楽しみにしています!

練習は大変ですがお互いに頑張りましょうね!音楽を演奏することの大切さをつくづく感じる今日この頃です。

投稿: 音源堂 | 2013年11月11日 (月) 08時23分

この年、1stコロネットで演奏いたしました。前年に銅賞となってしまい、今津中学校吹奏楽部の歴史に汚点を残してしまいました。絶対に日本一になってやる!と部員全員が思い、一に練習、二に練習と限界を超えるまで練習いたしました。その結果、金賞に輝き、全員で涙した記憶がございます。ユーチューブで当時の演奏を聴き、青春時代を懐かしく思っております。

投稿: コロネット | 2016年9月 9日 (金) 15時14分

コロネットさん、ようこそお越し下さいました。当時の今津中のメンバーの方からコメントを頂戴し、洵に嬉しく思います。(今津中をめぐる1976-1977年あたりのことは、「天国へのマーチ」にて拝読しております。)

あの「運命の力」の名演は何といっても私がTrombone=音楽を始めた年のことであり、ただただ”衝撃”でした!
私が40年にも亘り音楽を続けている-それを強烈に動機づけた演奏であることは間違いありません。
今でも色褪せることのない感動を本当に有難うございました!

投稿: 音源堂 | 2016年9月 9日 (金) 22時45分

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