トリティコ
Trittico
I. Allegro maestoso II. Adagio III. Allegro marcato
V.ネリベル (Vacalav Nelhybel 1919-1996)
※冒頭画像 : ベルギー/アントウェルペン(アントワープ)のノートルダム大聖堂
”Trittico”とは普遍的に「三部作」を意味するものでもあるが、最も一般的にこの言葉が指すものは、キリスト教会に見られる「三連祭壇画」のことである。これは内容に関連性のある3枚のパネル(板絵)が組み合わさってできたもので、貴重な名作が数多く遺されている。キリスト教美術の初期から現れ、中世以降は祭壇画で最も標準的な形式となったとされ、題材としては祭壇に飾られるに相応しいもの -即ちイエス・キリストのエピソードを描いたものが多い。
サン・ジョヴェナーレ
三連祭壇画
Trittico di San Giovenale
1422年
マサッチオ
(Masaccio 1401-1428)
そうした「三連祭壇画」の中でも、最も有名なものとして
ルーベンス(Pieter Paul Rubens 1577-1640)の代表作「キリスト昇架」「キリスト降架」が挙げられる。
1610-1614年の間に続けて製作されたこの傑作は、ベルギー/アントウェルペン(アントワープ)のノートルダム大聖堂に所蔵(冒頭画像参照)されている。祭壇画に従来にはない劇的さや感情の豊かさといったものを示したと評される。
何より、児童文学の名作「フランダースの犬」において、主人公・ネロ少年が一目見たいと憧憬する絵として描かれていることで有名。
過酷で悲惨な運命を辿ったネロ少年だったが、最期にこの祭壇画を見るという夢だけは叶う。そして幸せな気持ちでパトラッシュと抱き合いつつ、ともに天に召されていくのである。
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ヴァーツラフ・ネリベル(左画像)が1963年に作曲した「トリティコ」(別表記:トリチコ)も、まさに音楽による”三連画”。
中央に配置された第2楽章の規模が大きく、それを取り巻く第1・3楽章がコンパクトなのも、三連祭壇画の構成と同一となっているのだ。
ネリベルの吹奏楽作品としては3作目と初期のものであり、当時のシンフォニックバンドの雄・ミシガン大学シンフォニーバンドとその指揮者ウィリアム・レヴェリ博士のために作曲された。
複雑で現代的な印象に惹きつけられる一方、実に堅固な骨格が通されており、随所に現れる独特のネリベル・サウンドとも相俟って、壮麗極まりない音楽を形成している。個性的な魅力に溢れた傑作である。
「第1楽章と第3楽章は幾つかの点で互いに関連性を持っており、曲の性格はいずれも輝かしく前進力に満ち、そして精力的なものである。
第1楽章の主要主題は第3楽章のクライマックスで再び登場するし、この2つの楽章においては、個々の楽器の使われ方に至るまでオーケストレーションも同一である。
第2楽章は荒れ狂う叙唱(レシタティーヴォ)と木管楽器の表情に富んだソロ、そしてこれらに区切りをつける金管低音と打楽器とによって描かれる、強力なコントラストの劇的な情景となっている。
この楽章の要は木管楽器群と金管低音群にあり、コルネットとトランペットはごく終盤に登場するに過ぎないが、そのフレーズは楽章を完結せしめる極めて熱情的なものだ。
その劇的性は、2セットのティンパニやピアノ、チェレスタにまで拡大された打楽器群の強力な使用により、さらに強調されている。」
(ネリベルによるプログラム・ノート)
♪♪♪
それでは楽章ごとに見ていこう。
I. Allegro maestoso
全合奏でズシリと楔を打ち込み、これにHornのファンファーレ風楽句が続いて曲はスタートする。旋律の断片が応酬される導入部を経て、きりりと引き締まったドラムの刻むリズムとともに主題がCor.+Trp.に現れるが、
これはHorn、そして金管低音へと繰り返され、聴くものの耳に「刷り込まれて」いく。
続いて、テンポを速めた展開部へ。パッセージはどれも極めてリズミックな譜割りであり、これがセクションごとに対峙的に演奏されていくので非常に現代的な印象を受けるが、それぞれがちゃんと「歌」になっているのが凄い。
実際に演奏してみると、決して単なるリズムの打ち込みではなく、ひとまとまりの楽句として「歌える」ものであることが判り、実に説得力がある。この「メロディアスな無機質」こそがネリベルの特長だと思う。
一旦テンポを緩め、Oboeソリに始まる木管アンサンブルのファンタジックな部分を挟むが、
ほどなく毅然とした表情に戻り、前進する生命感に満ちた強力な伴奏を従えて、主題が再提示される。この執拗な主題の繰り返しこそは、終楽章への伏線…。最後は重厚な足取りのコーダとなり、輝かしいサウンドを充満させて締めくくる。
II. Adagio
木管低音の凄みのあるアウフタクトに続き、2セットのティンパニをはじめとする打楽器アンサンブルに始まる。これがダイナミックに高揚すると、強烈な金管低音の楽句が切り込んでくる。
楽章を通じモダンな即興性を感じさせる楽想で進行するが、実はキッチリと設計された音楽である。密やかな緊張が木管楽器のアジテートな動きをきっかけに増幅されていくさまには興奮を禁じ得ないし、またこれに続きカデンツァ風のAlto、Tenor、Baritoneのサックスソロが次々と現れるのが印象深い。
終盤ではHornが吼えるレシタティーヴォと、
木管楽器の陰鬱な歌とが交互に現れコントラストを成し、ネリベルが自ら”熱情的”と称したTrp.の緊迫したフレーズにより、遂にクライマックスとなる。
そこからほどなく、終始黒々としたイメージだったこの楽章は、低音楽器と打楽器の一撃で断ち切られる。
III. Allegro marcato
Hornのグリッサンドに続き金管群の快速で華やかな響きに始まる。
これを受ける木管群にはネリベルらしい中空に浮いた、クリスタルなサウンドが宿っている。
快速さをそのままに、木管楽器にフガート風の旋律が現れると
次々に楽器が加わっていき、音勢と華やかさを増してゆく。ベル・アップ※したHorn(+Trp.)が第3楽章冒頭の主題を拡大して高らかに奏し、放射状に高揚していくさまは劇的極まりない。
※”Bells in the air”の指示がある
ブレイクに続いてめまぐるしく動き回る木管をバックに、4拍ごとに打ち込まれる金管群の8分音符のコード(81~85小節)は実にエキゾチック!こうした響きは、ネリベルの作品以外では聴くことができないものだ。
そして、金管低音に第1楽章の旋律が再現され、圧倒的な完結感をもたらすのである。
3打のティンパニ・ソロから後は、音楽は火の玉のようにエネルギーを発散しながら突き進み、興奮の坩堝と化していく。混み合ったようでいて各パートの動きは確りと噛み合っており、華麗で鮮やかな印象だけが残る。これもまたネリベルの真骨頂であろう。
最後は第1楽章と同様重厚なコーダとなり、ポリフォニックなコードが轟き昂まりきったその頂点で、全合奏によるC音ユニゾンが響きわたり、堂々の終幕を迎える。
♪♪♪
音源としては、
フレデリック・フェネルcond.
ダラス・ウインド・シンフォニー
が圧倒的!テンポや演出が極めて適切であり、非常にエキサイティングでダイナミック、コントラストに優れた演奏。
何より、プレイヤー一人ひとりの音、バンド・サウンドともに密度が高く、それがネリベルの音楽が要求するものを満たしているということ。聴き応えと爽快さとを備えた名演。
【その他の所有音源】
ウイリアム・バーツcond. ラトガース・ウインド・アンサンブル
エドワード・ピーターセンcond. ワシントン・ウインズ
ハリー・バスcond. キルヒハイム・ウンター・テック市民吹奏楽団
近藤 久敦cond. 尚美ウインド・オーケストラ
ティモシー・マーcond. セイント・オラフ吹奏楽団
※上画像:祭壇三連画をフィーチャーしたラトガースWE盤のCDジャケット
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コメント
こんばんは。
この曲はまったく知らなかったのですが、楽譜と詳細な解説とでおおよその全体像が伝わってまいりました。
本来であればご紹介いただいた音源を入手し実際の音楽を聴くべきとは思いますが、楽譜を解し評論文をある程度解せれば、この記事だけでもいろいろと楽しめることを一言お伝えしたいと思いコメントを投稿させていただきました。失礼をお許しください。
投稿: 長谷部 | 2009年11月25日 (水) 23時29分
長谷部さん、いつもコメントを有難うございます。
おおよその全体像がお伝えできたとしたら、本稿の目的は達成できたということですので、うれしく存じます。
トリティコは実に見事な曲です。ぜひ一度ご実聴いただき、それによってこの楽曲を楽しんでいただけたなら、このうえなく幸甚です!
投稿: h-ongendo1964 | 2009年11月26日 (木) 08時38分