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2009年7月29日 (水)

中世のフレスコ画

ScrovegniMedieval Fresco
J.J.モリセイ
(John Jacob
  Morrissey
1906-1993)


※左画像:
    スクロヴェーニ礼拝堂
    のフレスコ画





初級バンド、小編成バンドでも演奏可能で、演奏効果のあるレパートリーを提供し続けたジョン・モリセイの代表作。
華やかなファンファーレとどこか愛嬌のあるユーモラスな楽句、そしてそれとは対照的に哀愁を滲ませた旋律が彼の作品の特徴だが、この曲はまさにその典型である。

    ※おそらく実際には「モリセイ」という発音は不適切で、「モリッシー」あたり
      が適当と思うが、永くこの表記が定着しているため、本稿でも「モリセイ」
      を採用している。


「式典のための音楽」「百年祭組曲」「皇帝への頌歌」といった作品でも知られるが、どれも”モリセイ・スタイル”とでもいうべき似通った曲想を持っている。録音が残されている中でやや違ったイメージを与えるのは「ヴィヴァ!メキシコ」くらいか。アレンジ作品としては「ジャングルドラム(レクオーナ)」、そして大変愛らしい「おもちゃの兵隊の行進(イエッセル)」が高名である。

Morrissey2モリセイはコロンビア大学で音楽教育の学位を修め、同大学で5年間教鞭を執った後、1938年から1968年に亘ってチュレーン大学(モリセイの出身地=ルイジアナ州ニューオリンズ)で音楽教育に携わっている。
同大学バンドや管弦楽団の指揮者も務め、一貫して音楽教育の現場にいた彼は、作曲家生活20周年の節目に次のようなコメントを寄せている。

「今日では、アメリカの吹奏楽団のために作品を書くこと以上に有意義なことは思いつかない。吹奏楽に参加することで音楽を知り、音楽的な成長を得る-この国ではそうした学生たちが、小学校から中学・高校、そして大学に至るまで非常にたくさんいるのだから。
自分自身の経験を通じ、私は吹奏楽が柔軟性に富み、また質感と音色の多様さが無限な演奏形態だということを発見している。更に言えば、吹奏楽がその無類のポテンシャルを発揮したときには、多様に異なる好みを持つ聴衆に対し、直接的かつ強力にアピールできると信じている。
吹奏楽はアメリカの作曲家にとって、聴衆に雄弁で力強く語りかける機会を提供しているのだ。しかもそのアピールは、アメリカのみならず世界中の聴衆に対してのものなのである。」


    ※出典:チュレーン大学HP
             同HPのモリセイに関する過去記事:
         「tulane_univ. HP1.jpg」をダウンロード
         「tulane_univ. HP2.jpg」をダウンロード


モリセイは単純明快にしてよく鳴り、ごく若い世代でも容易に理解し演奏できることを念頭に楽曲を書いていた作曲家だけれども、「吹奏楽」という音楽ジャンルがもつ意義や役割は的確に認識していたし、「吹奏楽」に明確な期待を持っていたのだった。しかもそれは現在にも通ずる、実に普遍的で共感できるものだと思う。
コメントから感じられるモリセイの信念は強い。彼は作曲においても一貫したスタンスで、吹奏楽を通じて音楽に接する幅広い年代の人たちのために作品を提供し続けたのだ。
”ファンファーレ”を好んでフィーチャーするのも、「吹奏楽はこうでなくちゃ!」という信念によるものと思えてならない。

♪♪♪

「中世のフレスコ画」は必ずしも描写的な音楽ではないが、モリセイが目にした壁画からインスピレーションを得たことは事実だろう。

   フレスコ画とは、砂と石灰を混ぜて作ったモルタルで壁を
   塗り、その上に水だけで溶いた顔料で描画したもの。
   濡れた石灰の上に水溶きの顔料を載せてやることで、顔料
   を覆った石灰水は空気中の二酸化炭素と反応して透明な
   結晶となる-これを利用して顔料をこの結晶に閉じ込め、
   その美しさを保ち続けさせる手法である。
   独特の画面の表情を持ち、石灰が作る結晶の中に顔料の
   一粒一粒が閉じ込められるため、色が大変美しく耐久性に
   も優れており、数千年単位の長期間に亘り、美しさを保つと
   のことである。


       ※出典:フレスコ画の歴史と技法/壁画LABO GRAZIE HP

中世におけるフレスコ画の代表的なものとしては、ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone)作による「フランチェスコ伝」(聖フランチェスコ大聖堂/13世紀末)や「スクロヴェーニ礼拝堂壁画」(イタリア北部パドヴァ/14世紀)が挙げられよう。これ以外にもフレスコ画はキリスト教などの宗教画が非常に多い。
Giottovangelo2(上画像:ジョットによるスクロヴェーニ礼拝堂の壁画)

♪♪♪

「中世のフレスコ画」は3つの部分から成っている。曲自体が3枚のフレスコ画といった感じだろうか。
華々しいファンファーレで幕を開けるのが、まさにモリセイらしい!
1_2続く緩やかでノスタルジックな旋律がこれもモリセイの真骨頂である。
2_2これを挟んで再びファンファーレが吹き鳴らされ、第一部を閉じる。

Fluteのたおやかな旋律に始まる第二部は、さらにノスタルジックな楽想となる。
3_2さらに憂いを含めて存分に歌いあげると、やがて全曲を支配しているファンファーレのモチーフが遠くから聴こえ、音楽は一旦静まっていく。

再びTrp.に華々しいファンファーレが戻ってきてブレイク、いよいよ中世の舞曲風の第三部に入る。
4Picc.の音色とシンプルなドラムのリズムが活かされて中世の雰囲気を強め、徐々に音楽は活気を増してゆき、Trp.が鮮やかに彩る堂々たるエンディングを迎える。

♪♪♪

音源はたった一つしかない。

Dies_natalis兼田 敏cond.
東京佼成吹奏楽団

古い録音だが確りとした曲作りで、この曲の良さをストレートに伝えてくれる。今聴くと、とにかく懐かしい…。



現在、モリセイの遺した楽曲の多くは音源も乏しく、新たに楽譜を入手することも困難。中学生の頃にはコンクールでもしばしば耳にしたし、吹奏楽祭での演奏や合同練習会の練習曲としても慣れ親しんだ、愛すべきレパートリーなのでとても淋しい。思えばハロルド・ワルタースやポール・ヨーダー、フランク・コフィールドにジョセフ・オリヴァドーティの作品も、多くが同様の状態である。

…所詮私の世代のノスタルジーに過ぎないのかもしれないが、これらの作品を完全に埋もれさせてしまうのは、どうにも惜しい気がしてならないのだ。

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コメント

いつも、ものすごい内容に圧倒される思いです。
このような深い情報は簡単に得られるものではありません。

H氏ご本人かどうか確信が持てませんので、これ以上はやめておきます。
私のことを思い出したら、メールください。


投稿: 山崎 代三 | 2009年8月 2日 (日) 00時35分

いやぁ、見ていて下さったんですね!有難うございます。
「本人」に間違いございません。^^)大変ご無沙汰しております。追って別途メール致します。

本Blogの内容は「少しでも付加価値のあるものを」との思いから、過去記事の改訂も含め充実に努めておりますが、その分執筆には非常に準備の手間とエネルギーを要するようになってきております。ですので「毎週更新」というわけにもいかず…。

読んでいただける方がいらっしゃるので、書き続けることができます。コメントをいただけるとそれが実感できますので、大いに励みになります。
引続き我が「音源堂」を宜しくお願い申し上げます!

投稿: 音源堂 | 2009年8月 2日 (日) 08時34分

この曲、中学の先生がやろうと提案したにもかかわらず、「名前が変」などと言って我々が潰してしまいました。
アホまっさかりの中学生ならではのことですが、もったいないことをしました。

この場を借りてひとつ報告と御礼を申し上げたく存じます。
前にリードのオセロの紹介をされた際に併せ紹介されていた本の著者名を見て、高校時代に交流のあった方だと思い出し、二十数年ぶりにコンタクトをとることができました。
音源堂さんのサイトのお陰です。ありがとうございました。

投稿: きみ | 2009年8月 2日 (日) 14時03分

今回の執筆にあたり、モリセイという人が強い信念を持って吹奏楽に接していたこと、一面では能天気にも思えるあの作風も確たる意思が貫かれたものであることが確認でき、私自身もじーんと来ました。我々一人一人がそうした先人たちの思いを繋げていかねばと感じております。

拙Blogが素晴らしい再会のきっかけになりましたか。そうであればこれも嬉しいことです。
きみさん、引続きご健康にはご留意されお仕事に、そして音楽に釣りに米国での素敵な日々を過ごされますよう、お祈りしております。
またぜひお越し下さい!

投稿: 音源堂 | 2009年8月 2日 (日) 20時51分

こんばんは。
本文の最後で紹介された作曲者による作品の殆どが現在では絶版となっています。誠に口惜しく、残念極まりない事態だと思います。

これらの作品は、現在吹奏楽に限らず、オケで活躍している管楽器奏者にとっても、多くの人がかつてお世話になった記憶があるはず・・強いて言えば、大げさかも知れませんが、やがて音楽の世界で巣立っていくまで育ててくれた親のような存在と私は捉えています。

親というのは一見ダサくて、地味な存在かも知れませんが、子供を大きく包んで見守ってくれているんですよね。でもそんな感じの楽曲が私は大好きですし、忘れることは出来ません。
是非再版されることを期待したいと思います。

あぁ皇帝への頌歌が吹いてみたいなぁ。

投稿: mitakasyun | 2009年8月 3日 (月) 00時09分

mitakashunさん、お早うございます。
吹奏楽がこれほど隆盛の昨今、こうしたタイミングで絶版の復刻や未録音楽曲の録音発売など、ぜひ期待したいです。今回挙げさせていただいた作曲家の作品のほか、ジェイガーの交響曲やフォーシェの交響曲など、入手が困難な楽譜が多数ありますし…。
最終的にはオン・デマンド印刷による体制を待つしかないのかもしれませんが、吹奏楽界の大切な財産を決して失うことのないようにしたいものです。

投稿: 音源堂 | 2009年8月 3日 (月) 08時38分

今晩、最後のコメント。
先ほど、何気にこのLP音源を、再生して聴いてみました。中間部のFLから始まるノスタルジックなメロディーラインに、目頭が熱くなり、中学生ぐらいの、ろくに音楽の何たるかもわからなかった頃、でも仲間たちと「ああだこうだ」と言い合っていた頃が無性に懐かしく、中にはもういないメンバーも思い出されて・・・。
モリセイの楽曲は、こういった緩叙部分が、たまらなく魅力的だと思います。

投稿: ブラバンKISS | 2014年6月 3日 (火) 01時32分

ブラバンKISSさんの仰る通りで、モリセイの抒情的な旋律は本当に魅力的ですね。モリセイの作品には永く慣れ親しんできましたが、本稿執筆の際に調査して彼の想いや見識を初めて識ることになりました。そしてその考えの”美しさ”に感服したことを思い出します。
実力を備えた音楽家たる彼は手腕を発揮して楽曲を作り、アマチュアの学生たちと愉しい音楽を創造して、幸せな時間を共有した人生であったことでしょう。素晴らしいですね。それが作品から感じ取れますものね。
モリセイの楽曲が末永く演奏され、また良い録音で再評価されることを願って已みません。

投稿: 音源堂 | 2014年6月 3日 (火) 09時30分

先日、オークションで、幸運にもご紹介の上記CDを手に入れることができました。録音は確かに古いのですが、故「兼田敏」氏のタクトで東京佼成吹奏楽団の演奏が流れると、涙が溢れてきました。特に中間部のFLによって導かれるメロディーは、懐かしさも相まって感極まりました。
CDの保存状態も良く、良い方から落札できたのも幸運でした。こういったCDが、徐々に消えていくんだなあと思うとなおのこと、貴重で愛おしくさえ思える今日この頃です・・・。
現在のプロ演奏で、CD化されないかなあと願うばかりです。

投稿: ブラバンKISS | 2014年7月10日 (木) 00時53分

ブラバンKISSさん、こちらにもコメントを有難うございます。良い状態で音源を確保されたようで何よりです。
音源入手がオークション頼みだと大変ですから、復刻や新録が期待されるところなのですが、なかなか実現しないですね。

投稿: 音源堂 | 2014年7月10日 (木) 12時11分

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