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2009年6月 8日 (月)

想い出をきつく抱きしめて、永遠に

Forever Holding Close the Memories
R.L.ソーシード
(Richard L. Saucedo 1957- )




大切な人を亡くしてしまった-。

その悲しみと喪失感に、音楽に救いを求めiPodのホイールを回し続けた私の目に偶然飛び込んできたのがこの標題であった。
”Forever Holding Close the Memories”

…早世されたその人のことは、悼んでも悼みきれない。無念さ以外何も感じられぬ、残された私たちはこの事実をどう捉えたらいいのだろうか。今、一体何を考えたらいいのだろうか。悲しみをどう整理したらいいのだろうか。
せめて、もっともっと会っておけばよかった。…今となって、何ができるというのだろうか-。

そんな混乱した私の心に、この標題は優しく、すぅーっと語りかけてきたのである。
-そうだ、その通りだ。彼との想い出をぎゅうっと、ぎゅうっと大切に抱きしめるしか…それしかないじゃないか。永遠に、決して離さないように抱きしめていくしか…。

Forever_001そして、その音楽は私に大きな共感をもたらした。
美しく感傷に溢れているのに、さりげない。旋律やサウンドはモダンなのに決して軽くない。作曲者の深い、永遠を誓う思いが確りと感じられる。

静かで穏かであればあるほどに、また高揚がどこか抑制されたものであるが故に、却ってその思いの強さがわかるのだ。


つくづく、音楽って素晴らしいと思う。言葉にすれば却って空しくなることも、こうした高次元の精神性に昇華することができる。言葉で語れないものがあるから、音楽があるのだろう。

この曲は決して”大レクイエム”ではない。しかし今を生きる我々が、現代の感覚の中で真心を尽くすとしたら-そんな真摯な思いが込められた音楽であることは間違いない。だから、さりげなくても深く共感できるのだ。

▼▼▼

この曲にソーシードの如何なる意図が込められているのか、詳細は判らなかった。ただ、”Composed as a celebration of life in memory of a beloved teacher,…”との楽曲紹介があったので、もしかしたら、今回の私の経験と重なるものがあるのかもしれないと思っていた。

今、フルスコアが手許に届き、ソーシードの記したプログラム・ノートを読む。…果たしてそうであった。

この曲は、自動車事故によって夭折した、ある高校教師に捧げられた曲だったのである。亡くなった彼は、その高校のバンドでアシスタント・ディレクターを務めていた。
彼の教え子たちから手紙を受け取ったソーシードは、子供たちにとって良い教師が如何に大切なものであるか、そして人生が如何に貴重なものであるかということを、再認識したという。

「曲中に使用された不協和音には、喘鳴音では決してなく、”苦悶”を感じさせる響きを」「メロディ・ラインは終わりまでたっぷりと、絶対に急がないで」「リタルダンドは充分な時間をかけて、”自由”を感じて」
と、ソーシードの演奏指示はとても感傷的だ。
「作品中、たとえ一番大きな音のする瞬間であっても、常に音質をコントロールし、音程を確りと定めてほしい」
とのことである。”どうか大切に演奏してほしい”という強い願いが伝わってくるではないか。

Forever_cd001音源は出版元 Hal Leonard のデモ音源がある。
CDも発売されている(左画像)が、同社のサイトでも全曲を聴くことができるので、ぜひお聴きいただければと思う。


作曲者リチャード・ソーシードはモダンでハイセンスな作品を次々と送り出しており、また”To This Heartbeat There Is No End”など思いの込められたユニークな標題作品があることで知られている。

▼▼▼


故人は高名な「銘酒処」の経営者にして、日本酒のオーソリティだった。
(2009年5月逝去 享年52才…)

仕事を通じて出会ったわけだが、そんなものは遥かに超えた、20年来のお付き合いだった。幾晩幾度酒を酌み交わし、語り合っただろうか。美味い酒だけでなく、そもそも「酒を飲むこと」の意味を教えてくれた。旅行にご一緒したり、ともにコンサートに出掛けたりも…何より無鉄砲で世間知らずの若造だった私にとって、何でも話すことができる頼りになる兄貴分であり、その後もずっと人生における精神的支柱だった。
諭してくれた「みんな同じ人間なんですよ。」という教えは、これからも絶対に忘れない。
その店に行けば彼がいてくれて、いつでも私は自分を取り戻せる-そう思っていたし、しかもそれはずーっと変わらない、と信じきってしまっていた…。

亡くなられる直前、最後にお会いした時には「一緒に酒飲んで、話をするあの愉しさは何物にも代えられないじゃない?もう(店を閉めるので、それを提供する)宴会はしてもらえなくなっちゃったけど…。」と本当に残念そうで…想いがわかるだけに、私は言いようもなく哀しかった。
そして病室から暇乞いをする時には、「ありがとう。こんなにいい付き合いができるとは思わなかったよ。ありがとう。」って、元気な頃のちょっとはにかんだあの表情に戻って手を握り締めてくれたのだ。
今もあの声、感触がよみがえってしまう…。


周治さん、どうか、どうか安らかに。
僕はあなたとの想い出を、ずっーと、大切に抱きしめていきます。
本当にありがとうございました…。

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コメント

本稿を見て私を気遣いメールをくれた友人への、返信(の一部)を掲載させていただこうと思います。
彼へ、そして私の大切な家族や友人、更にはこれをご覧いただいている皆さんへの感謝を込めて…。

◇◇◇

お尋ねの件は、お察しの通りです。私にとって最もつらい離別となりました。

お互い、時間をそして人生を大切にしましょうね。
自分か、相手かどちらかが「もうすぐ死ぬのかもしれない」と思えば、
「会える時には必ず会おう、そしてもっと会おう」
「話せる時には必ず話そう、そしてもっと話そう」
「愛すべき人々に、つまらない意地を張って接するような時間は全くない」
と思えるはず。彼の死を経て、私はそうやって生きていくことに全力で努力すると決めました。
精一杯、悔いのないように生きなければ、早世した彼に申し訳ないですから…。

投稿: 音源堂 | 2009年10月24日 (土) 09時48分

故人のご冥福をお祈りいたします…。

なんだか、この曲の途中に幾度と表れる不協和音が、とても切なく、そして美しく感じられます。
突然現れるチャイムのソロもこの曲の不思議な魅力をさらに引き出していて…。
一度聴いただけでこの曲の虜になってしまいました。

なんでしょうか、この曲にあるパワーは、元気を与えてくれますね!

投稿: yo-shi | 2013年11月26日 (火) 20時11分

yo-shiさん コメントを有難うございます。早いものであれから4年以上の月日が経ちました。

この曲は哀しいだけではなく、ご指摘の通りとても美しいですね。純粋に楽曲として凝ったものになっていると思います。ソーシードは本当に優れたセンスの作曲家だというのが強く感じられるだけに、この曲を耳にする機会がほとんどないのは残念ですね。

投稿: 音源堂 | 2013年11月28日 (木) 16時02分

ここの記事を目にして以来ずっと気になっていたこの曲の楽譜を遂に取り寄せてしまいました。

私の所属する楽団で音を出させていただく予定です。あわよくば、来年のファミリーコンサートで指揮させてもらえたら、なんて。この優しくて温かい音楽をみんなに気に入ってもらえてたら、と思っています。

投稿: life of surprises | 2014年12月 5日 (金) 23時27分

life of surprises さん、お越しいただきまたコメントを頂戴し有難うございます。本楽曲に私が感じた魅力については本稿に書かせていただいた通りですが、それに気付かれ実際に演奏されようとしておられることを本当にうれしく思います。
心のこもった楽曲を、心をこめて演奏する-
そんな素敵な瞬間に私自身もっと多く出会いたいと思っております。

投稿: 音源堂 | 2014年12月 7日 (日) 11時18分

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