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2008年11月29日 (土)

神の恵みを受けて

Elijah_fed_by_the_ravens"Elijah Fed by the Ravens" by Paolo Frammingo (1540-1596)

To be Fed by Ravens
W.F.マクベス
(William Francis McBeth 1933- 2012)


原題は「烏(カラス)によって養われる」の意。旧約聖書/列王記 上 第17章~ 下 第2章に登場する
預言者エリヤ(別称:エリヤフ)のエピソードを指すものである。

Fmcbeth作曲者ウイリアム・フランシス・マクベスは、自身をテキサス州のバンド指導者たちの支持と精神的な支えによって育てられた作曲家であると認識しており、そのことに対する感謝を込め、旧約聖書のエピソードになぞらえてこの曲を作曲した。それゆえ、後半部に現れる旋律はテキサスのフォークソングを元にしているという。

    ※ 「テキサス・レインジャー・ソング」(Texas Rangers Song)
        「メキシカン・デグエラ」(英文題名不詳)
        「グリーン・グロー・ザ・ライラックス」(Green Grow the Lilacs)


本作品の題材となったエリヤ(Elijah)は旧約聖書において、モーゼと並び称される偉大な預言者とされている。
「第七の封印」「カディッシュ」をはじめとして、宗教的な題材による作品を多く発表しているマクベス。直接的な作曲動機はともあれ、彼が預言者エリヤの苦難とそれを超えた後の活躍を描く意図で、この「神の恵みを受けて」(1974年)を書いたことは、これもまた間違いのないところであろう。

    ※尚、この「神の恵みを受けて」という邦題は原題の直截さを和らげ
      つつ内容的にも納得できる、大変ふさわしいものだと思う。


♪♪♪

預言者エリヤの登場する列王記は、ダビデ王の晩年に始まりこれを継承したソロモン王の治世(吹奏楽でも高名な「シバの女王ベルキス(レスピーギ)」の題材)、イスラエルの分裂とユダ王国の様子を描く。旧約聖書に収められた歴史書の一つであり、どのエピソードも大変興味深い内容だが、その中でもエリヤの苦難と活躍、そして栄光は神秘的かつ印象の際立ったものといえよう。
(因みに、あのメンデルスゾーンも「エリヤ」を題材にしたオラトリオを遺している。)

エリヤという預言者のことが、如何に描かれているかを端的に云うならば、
「異教と対決し、為政者を糾す真の”神の人”」
ということになる。
エリヤは預言者として立ったのち、異教に惑っていることを批判して災い(=旱魃)の予言を行ったことが疎まれ、北イスラエル外に逃亡を余儀なくされる。そのエリヤに対しヤーウェ神は涸れ谷に隠れ住むよう指示し、烏(カラス)によってエリヤを養うことを約すのである。

 ヤハウェの言葉がエリヤ(エリヤフ)に臨んだ。
 「ここを去って、東へ向かい、ヨルダン河を見降ろすケリト涸れ谷
 に身を隠し、その涸れ谷の水を飲め。わたしは烏に命じて、そこ
 でお前を養わせる。」
 彼は去って、ヤハウェの言葉通りにした。彼はヨルダン河を見降
 ろすケリト涸れ谷に住んだ。烏が朝にパンと肉を、夕べにもパン
 と肉を彼のもとに運んできた。彼は涸れ谷の水を飲んだ。

                                 (列王記 上 第17章1-6 )


旱魃が続いて水が完全に涸れた後は、再びヤーウェ神の啓示によって居を移し、極貧の寡婦に養われるようになる。そこでその寡婦の亡くなった息子を甦らせるという奇蹟を示し、”神の人”と称されるようになるのである。
そしていよいよ、異教(バアル、アシェラ)の何百人という預言者に、たった一人で立ち向かう”カルメル山での対決”に臨む。エリヤは”神の火”を下らせてこの対決に勝利し、「何が”真の神”たるか」を人々に覚醒させるのだ。さらにエリヤは、ナボトの葡萄畑を奪おうとしたアハブ王を「ヤーウェ神の教えに反する」と厳しく糾弾し、革命が起こると予言する。

このように苦難を受けながらも、ヤーウェ神の真の預言者として活躍したエリヤは、後継をエリシャに頼んだ後、炎に包まれた馬と戦車に迎えられ、つむじ風に乗って天へと召されていくのであった。

Photo-あの”烏によって養われた”エリヤが、である。最期にエリヤが浴した輝かしい栄光と、忌避されるものに養われたというエピソードとのギャップが、ますます物語を印象深いものとしている。

【出典・参考】
 「列王記」 池田 裕/旧約聖書翻訳委員会 訳 (岩波書店)
 

♪♪♪

「神の恵みを受けて」はマクベスの特徴である「劇的さ」を極めた楽曲となっている。緩やかで厳かな第1の楽章と、スピード感のあるエキサイティングな第2の楽章から成り、これらが続けて演奏される。
底辺とも云うべき苦難の日々から、それらを超えて栄光の瞬間へ-まさにエリヤ伝を端的に表す楽曲であろう。
マクベスの楽曲の中でも、最も打楽器が活躍する作品であり、打楽器奏者の優れた技量と表現力が要求されている。


1_2第1の楽章(Drammatico 4/4  56-60)は、ドラとチャイムを伴った低音群の重々しく荘厳なサウンドで開始する。続いて木管が歌いだす旋律が醸しだす雰囲気は神秘的で、幻想的だ。如何に音楽が高揚しても、全曲がこの雰囲気に支配されている。

やがてじりじりと昂ぶっていく音楽-上昇音型の高音楽器群と、下降音型の低音楽器群が応答を重ねながら頂点に向かい、まさに絶唱となる。マクベス・サウンドの劇的さの真骨頂である。
それがすうっと静まって、音楽はさらに幻想的となり、遠く遠く消えてこの楽章を終う。

第2の楽章(Suspensefully but with drive 12/8 94-96)は、密やかだがスピード感のあるオープニング。ややくぐもったような低音群の響きと蠢く打楽器群によって、緊張感が高まる。徐々に楽器の数を増やし、放射状にダイナミクスとヴォルテージを上げ、遂には鬼気迫るチャイムの乱れ打ちが鳴り響いて、とどめとばかりに急激なクレッシェンド!
そして頂点で、3群のトランペットによる壮麗なファンファーレが・・・!
2その鮮烈さは”これぞ圧巻”-アンティフォナルに響きあうラッパの音は、聴くものの心を否応なく興奮させるだろう。

続いて扇情的なクラリネットのトリルに導かれてHornとBaritoneに凛とした旋律が現れ、さらに引き締まった表情の音楽が展開する。
3ここでも打楽器は縦横無尽の活躍だ。

再びトランペット群によるファンファーレが奏され、最大のクライマックスへ。炸裂する高音がテンションをギリギリまで引上げ、バンド全体が変拍子で豪快に鳴動する、そのダイナミックさ!・・・あまりに劇的だ。
打楽器群の壮絶なソリと木管のサウンド・クラスターに導かれて終結部となり、最後の瞬間までエネルギーを漲らせていく。

♪♪♪

「神の恵みを受けて」は、マクベスの特長を存分に発揮しているのはもちろんのこと、構成面の完成度が非常に高いと思う。楽曲全体を俯瞰してみて、各部分の色彩やダイナミクス、コントラストの配置が洵にバランスよく、絶妙に一つの音楽としてまとまっている。
このことが楽曲に深みを与え、題材である旧約聖書にふさわしい世界を表現しきったといえよう。

収録音源は以下。
Lp大橋 幸夫cond.
フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル

構成感に優れ、細部のニュアンスまで行き届いた名演。終盤クライマックスのトランペットが(無理からぬも)もはや悲鳴なのはやや残念だが、「第2の楽章」冒頭のコントロールされた放射状の盛り上がりは見事で、抜群の出来映え。
(LPのみで、洵に残念ながらCD化されていない!)

Cdフランシス・マクベスcond.
テキサス工科大学シンフォニックバンド

作曲者マクベスの自作自演盤、実演としてはこちらの方が現実的か。大変熱情的な演奏で、粗もあるが意思の感じられる好演。


Sbテキサス工科大学シンフォニックバンド(LP版ジャケットより)

♪♪♪

マクベス作品の中では、必要とされるテクニックやスタミナからして一番の難曲か?スコアをみると想像以上にスッキリと書かれているが、一つの楽曲として聴かせる俯瞰力が必要となる。

全日本吹奏楽コンクールでは1980年に市立川口高校が演奏し、見事金賞を受賞。しかし全国大会での演奏はこれ一回のみであり、演奏時間が12分とかなりカットを要することもあってか、コンクールではあまり採り上げられない。元々音源が乏しいうえに、このこともこの曲の認知度を下げてしまっている。
マクベス作品の中でも屈指のものであるから、もっともっと演奏されて然るべきと思う。ぜひ再評価・新録音を期待したい。

(Revised on 2012.1.25.)

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コメント

はじめまして。
川口高校の演奏、普門館で生で聞きました。
もう、最初のドーーーーーん、、、、で鳥肌が立ちましたよ。
レコード(!!)も持ってます。

最近の自由曲はオペラのメドレーばかりで、こういったオリジナル作品の名作もたくさん演奏して欲しいものです。

少子化で大編成が組みにくい今では、このように楽器をたくさん必要とする曲は演奏しないのでしょうか。

投稿: とらまる | 2008年12月 9日 (火) 12時51分

とらまるさん、ようこそいらっしゃいました。そしてコメント有難うございます!
市立川口のこの選曲は、当時でも異彩を放っていました。言うなれば"通"の選曲でしたね。更に今となっては、この曲の演奏機会は激減でしょう。

ぜひ、この曲の素晴らしい演奏を生で聴いてみたいです。(とらまるさんが羨ましいです!)

投稿: 音源堂 | 2008年12月10日 (水) 00時40分

ご無沙汰しています。久しぶりに、コメントさせてもらいます。この曲は紹介されてました、市立川口高校の演奏とフィルハーモニアWEの演奏しか聞いたことがありませんが、大好きな曲の一つです。残念ながら、CD音源がほとんどないようなのですが、もっといろいろな演奏を聞きたいですね。(happy01) カディッシュと共に、愛好されていって欲しい作品です。それにしても、マクベスやネリベルのファンって、少なくなってしまったのかなあ…。少し寂しい気がします。LP時代の旧音源の復刻や再録音も期待していますが、なかなか実現しないですね。

投稿: ブラバンKISS | 2009年2月 3日 (火) 22時05分

ブラバンKISSさん、しばらくです。
この曲のCD(正確にはCD-R)音源としては、ご紹介したマクベス自作自演盤が入手可能です。(同CDのクレジットでは違う指揮者の演奏のように思えますが、かつて総計6枚組で発売されていたLPレコードと同音源であり、作曲者自作自演に間違いはないようです。)
ミュージックストア・ジェー・ピーさんでは、以下のURLをご参照下さい。
https://www.musicstore.jp/database/search.php?order_no=034802

拙Blogでも、かつて愛好された名曲を採りあげることが多いのはご覧いただいている通りです。^^;)世代差もあるのですが、私個人としては当時の作品の方が、現在発表されてくる曲よりも、今なお輝いて見えるのです。ぜひ、それらの名曲たちが素晴らしい演奏で聴けると嬉しいのですが・・・というわけで私もブラバンKISSさんに同感です!

投稿: 音源堂 | 2009年2月 4日 (水) 09時37分

(´Д⊂グスン
W.F.マクベス氏のご冥福をお祈りいたします。

投稿: brass_jii | 2012年1月 9日 (月) 10時57分

brass jii さん、コメントを有難うございます。実は私は左足首を骨折し、2011.12.29.より緊急入院、手術を含む加療のため本日2012.1.20.まで入院を余儀なくされておりました。
私の居た病室はネットへのアクセスがほぼ不可能な環境であり、ブログ更新はおろかコメントをお返しすることすら出来なかったことにご理解を賜り、お赦しいただきたく存じます。
m(_ _)m

▼▼▼

マクベスの作品にについては好き嫌いの分かれる向きもありますが- 私は何と言われようとも、彼の作品が大好きでした!逝去されたことは、本当に痛恨としか言いようがありません。

彼の遺した素晴らしい作品が忘れ去られることなく、永遠に光を放ち続けるようにとの思いを込めて、拙Blogでも更に多くの作品を採り上げてゆく所存です。
今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

合掌

投稿: 音源堂 | 2012年1月20日 (金) 19時08分

烏によって養われる、のスコアは現在市販されているのでしょうか、1975年前後にマクベス自身が近々楽譜が出るでしょう、と言っていたので。売っていたらぜひ買いたいのですが。

投稿: 酒井明子 | 2013年12月 6日 (金) 14時37分

出版社はSouthern Music Companyです。ネットで調べてみますとSheet Music PlusでもJ.W.Pepperでも「取扱不可」とはなっていませんので購入可能と思われます。即ち、本邦の楽譜取扱業者からの取寄せも可能と推定します。

投稿: 音源堂 | 2013年12月 6日 (金) 17時12分

先ほど、何気にYou-tubeを眺めていたら、ふとこの曲名があり、聴いてみると、管理人さんが取り上げられていたサザン社の音源でした。演奏はおっしゃる通り、かなり粗っぽい演奏でしたが、今は亡き作曲者自身の演奏ということで、感慨深いものがありました。これだけ、優秀なプロバンドがたくさんあるのですから、どこか、勇気ある選曲をして、CD化して欲しいものです。でなければ、せめて、フィルハーモニアWEの演奏の復刻CD化を望みます。もっと、マクベスに感謝しましょうよ!リードもマクベスもネリベルもフェネルも皆、偉大な音楽家がいなくなってしまいました。(藤田玄播氏や岩井直溥先生も・・・。)まさに、「Heros Lost Fallen」といったところでしょうか。この曲の名盤の出現を大いに期待します。

投稿: ブラバンKISS | 2014年6月 2日 (月) 22時55分

ブラバンKISSさん、たくさんのコメントを有難うございます。マクベスはもう流行りではないのでしょうね。…でも、私は大好きです!
その素晴らしさは、絶対に永遠のものだと信じております。

投稿: 音源堂 | 2014年6月 3日 (火) 00時41分

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