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2008年2月14日 (木)

紅色娘子軍 -番外編

1_2中学生の頃は、私もとにかく吹奏楽コンクールで良い成績を収めることが目標だった。普門館に駒を進めることこそがそのまま夢だったし、他団体がコンクールでどのような曲を選び、どのような演奏をし、如何なる成績を収めるかといったことが最大の関心事であった。
(結果としては、3年連続して大分県代表は射止めたものの、次の西部(現九州)大会では銅・銀・銅。特に中3時の銅は痛く、結果発表後は声をあげて泣いた。今となっては、何であそこまでコンクールに夢中になっていたのかとも思うが・・・。)

♪♪♪

自由曲に何を選ぶか、は極めて重大事である。中3の時は事実上自分が課題曲・自由曲ともに決められる立場だった(先生は吹奏楽に詳しくなかった)から、色々と研究した。全国大会の結果が掲載されたバンドジャーナルはもちろんのこと、過去の西部大会のプログラムなども、燃えるように熱い気持ちで見ていたものだ。

先輩方が遺した1974年の西部吹奏楽コンクールのプログラム、その中にひときわ眼を引く自由曲があった。

革命現代舞劇「紅色娘子軍」  中国舞劇団 創作

まず第一に、「作曲」ではなく「創作」・・・?一体これはどういうことなのだろうか。その後、この楽曲は私にとって長い間「謎」であった。どんな曲なのか?中国にも吹奏楽曲があったのか?う”ーむ、聴いてみたい!
しかも演奏した筑紫丘高校(福岡)は全国大会出場は逃したものの、金賞を受賞している。凄い!

因みに前年(1973年)の筑紫丘高校の自由曲(西部大会金賞)は

世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」 C.オルフ 作曲

であった。今でこそ人気曲だが、1973年当時にこの曲を演奏したというのは、明らかに突き抜けている。音楽的素養のない私は「”世俗”かんたーたって何?おるふぅぅ?」で思考停止だった。

この学校はおそろしくチャレンジングだったのだと思う。著作権問題も取り沙汰されない時代ではあったが、一体誰がこうした曲を見つけ、吹奏楽でやろうと思い、編曲したのだろうか???
(因みに同高校は、その後1977年「アッピア街道の松(レスピーギ)」1978年「海(ドビュッシー)」で全国大会に出場している。)

♪♪♪

紅色娘子軍 (Red Detachment of Women) -”こうしょくじょうしぐん”と読む。
(当時はこの読み方さえも判らなかった・・・。^^;)

”文化大革命”のうねりが始まらんとする1964年に中国で作られたバレエであり、音楽は呉 祖強(Wu Zuquiang 1927- )と杜 鳴心(Du Mingxin 1928- )を中心とした複数作曲家の共作。このバレエの完成に向けては江青女史が直接関わっていたとも言われる。
(また、「紅色娘子軍」は幾度か映画化もされており、1970年にはバレエそのものをフィルムに収めたものも製作されている。)

内容は時代背景を色濃く反映し、当時の中国に於ける国家・共産党賛美的なもの。
「悪辣な地主に虐待されていた少女(呉清華)が共産党将校(洪常青)に救われ、紅軍女性部隊(紅色娘子軍)に入隊する。この女性部隊を含む紅軍は、かの地主から村人を解放し、呉清華は復讐を果たす。この戦いの中で彼女は想いを寄せていた洪常青を失うこととなったが、自ら共産党に入党し、洪常青の意志を継ぐ。」
といった筋書きである。

2_2近年になって漸く私は「紅色娘子軍」のVCD(冒頭及び左画像)を入手し、バレエの映像とともに、初めてこの音楽を聴くことができた。
音楽は如何にも当時の中国をイメージさせる。作曲陣の中心人物は2人ともモスクワに留学して西洋音楽を身につけた作曲家とのことであるが・・・。
煌きのない音楽では決してない。しかし、頗る魅力的とも言い難いのが正直なところ。

Photo実際に聴いてみると新たな疑問が。 -筑紫丘高校は、この特異なバレエ音楽の、一体どの部分を演奏したのだろうか?
現在では管弦楽組曲版スコアも出版されている(左画像)が、当時から「管弦楽組曲版」が存在していたのかは不明であるし、何より未知の現代中国音楽に挑むからには相当の決意や思い入れがあったはずである。そこに、今なお私の興味は尽きない。

♪♪♪

時代は変わっても、コンクールの自由曲じゃなくっても、演奏者にとって「どんな曲を演奏するか」は重大な事項であり続けているだろう。自分たちがやりたいこと、伝えたいことをその楽曲に載せて表現するのだから、当然である。

だからこそ、本当に自分たちに合った楽曲、自分たちが聴衆に聴かせたい楽曲を充分に吟味したいものだ。今はまだ知らないものも含めて、数多ある楽曲の中から何を選ぶべきか?本来もっと拘るべきだと思う。
単に「昔やったことがあって、良かったから」「先生が決めたから」「あの学校が演ってたから」ではなく・・・。

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コメント

非常同意です。
芸能事である以上、お客さんが喜ぶであろうものを選択するのも一つでしょうし、また、演奏者・表現者として自分が「いい!」と思うものをお客さんにも「いい!」と感じてもらえるように努力するのも一つのあり方でしょう。
でもねえ、上のようなスタンスじゃねえ。。。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2008年2月15日 (金) 06時01分

そのためには、まず音楽にもっと興味を持ち、もっと聴くことだと思うんですね。同じ合奏音楽の世界でも、オケやビッグバンドの人たちはもっと(そのジャンルの)音楽をよく聴いて、識っています。
吹奏楽界にいる方々には、とにかくもっと「聴いて」ほしいと常々思っているのです。未知の音楽への興味も持っていただいて。
いや、決して「紅色娘子軍」みたいな曲までとは言いませんから・・・^^;)

投稿: 音源堂 | 2008年2月15日 (金) 09時44分

 出ました!。僕もかれこれ30年前になるのかな?
大学1年生の時,この曲,カセットテープで聴きました。

 当時,福岡出身の先輩がいて,おまえこれすごいだろ?
って。もうどんな曲かは忘れてしまいましたが…笑。
 で,なんかすごい曲を自由曲でやろうって話になって
「カルミナ・ブラーナ」なんてのもその時。
…とか言ってもコンクールにも出られないような弱小大学
バンドたったのですが・笑。
 でもあの頃の「熱」?が,懐かしいですわ。

投稿: すぎ | 2008年2月18日 (月) 01時34分

すぎ先生、どうもです!
いやー、このくらいになると文字通り「すごい曲」やったって感じですよね。正直この曲で全国大会のまさに一歩手前まで来てたわけですから、本当に驚きです。
また一度聴いてみてください!

投稿: 音源堂 | 2008年2月18日 (月) 18時18分

「紅色娘子軍」当時は「赤軍女性中隊」と呼ばれていましたが、私が高校生のころ、日本向けの北京放送で、もう一つのバレエ「白毛女」といっしょに、よく流されていました。でも私は、少し「恋愛」らしき雰囲気を醸し出している「白毛女」(パイマオニー)が好みでした。これが革命的ロマンシチズムかと、憧れたものです。

投稿: トハチェフスキー | 2008年9月16日 (火) 00時13分

「紅」もあれば「白」もあったのですね・・・。
「白毛女」も”革命現代舞劇”と題され、CDも発売されているようです。ネットで調べてみますと、こちらも当時の中国色が極めて強い音楽のようですが、聴いてみようと思います。
興味深いご情報を有難うございました!

投稿: 音源堂 | 2008年9月16日 (火) 12時31分

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