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2007年10月27日 (土)

組曲「ハーリ・ヤーノシュ」

Photo_2Hary Janos Suite
Z.コダーイ
(Zoltan Kodaly 1882-1967)


※ハンガリーにおける人名表記は本邦と同じく姓→名
   の順であるが、本稿では欧米式表記を採用する。




I.    Prelude : The Fairy Tale Begins
II.   Viennese Musical Clock
III.  Song
IV.  The Battle and Defeat of Napoleon
V.   Intermezzo
VI.  Entrance of the Emperor and his Court


♪♪♪

その盟友ベーラ・バルトーク(Bela Bartok 1881-1945)とともに、20世紀ハンガリーを代表する作曲家であるゾルターン・コダ-イ。この二人は、ともにハンガリー民謡(農民音楽)の収集・研究を行い、自己の作品にそれを投影させた作曲家であった。

バルトークのコダーイ評 :
「作曲家の心の中に、農民音楽に対して全身全霊で自己を捧げるほどの強い愛情が生きていて、その愛情から、彼が農民音楽の音楽語法の影響を無条件に受け入れる時、しかも、その作曲家に自身の芸術思想があり、その表現に必要な技法を完璧に身につけているのであれば、民族音楽の内部に秘められている本質を表現することになるのです。
コダーイは、ハンガリーの農民音楽を支えとし、その最も理想的な姿を作品に形成しながら、この問題を解決し得たのでした。」
(「ハンガリーの現代音楽について/バルトーク」齋藤弘美氏の訳文より)

その後、第二次世界大戦の勃発がバルトークにアメリカ移住を余儀なくさせたわけだが、一方でそれでもコダーイはハンガリーを離れることがなかった。また、音楽教育にも並々ならぬ尽力をしたことでも知られている。これらは、自他共に認める祖国とその「農民音楽」への強い強い愛着ゆえであろう。
そして、コダーイの代表作である組曲「ハーリ・ヤーノシュ」(1927年)にも、その”愛着”が色濃く反映されているのである。

♪♪♪

Cimbalom「ハーリ・ヤーノシュ」という楽曲に、更に濃いハンガリーの色彩を与えているのが、民族楽器ツィンバロム(Cimbalom)
左画像のように大型のものは4オクターブ以上の音域を持つ打弦楽器にして、ジプシー楽団の花形楽器である。



Photo_2有名なところでは、ゲーリー・クーパー&オードリー・ヘプバーン主演の洒落た恋愛映画の傑作昼下がりの情事」(Love in the Afternoon/左画像)に、”魅惑のワルツ”(Fascination)を奏でるジプシー楽団が登場。2本の撥を巧みに操るツィンバロムの妙技を見せてくれる。



「ハーリ・ヤーノシュ」では第3曲「歌」、および第5曲「間奏曲」でツィンバロムが大活躍、その民族的な音色が存分に効果を挙げている。
以前、ネーメ・ヤルヴィcond.日本フィルの演奏会で「ハーリ・ヤーノシュ」を聴く機会があったが、生演奏においてもツィンバロムの存在感は抜群であった。

♪♪♪

そもそも「ハーリ・ヤーノシュ」とは、19世紀初頭にオーストリア帝国軍に従じた実在の老人とされる。ハーリは退役してハンガリーの田舎に戻り、連日居酒屋で酒に浸りつつ、村人相手に”空想””大ぼら”としか思えぬ、実に壮大な手柄話を聞かせていたという。
その物語を後にヤーノシュ・ガライという人物が編纂し世に出した。それによりハンガリーで広く知られ、愛されているとのことである。

ハーリの手柄話は、ナポレオン軍と戦ってこれを打ち破り、最後はナポレオンとの一対一の勝負に勝ったとか、7頭の竜を組み伏せたとか、オーストリア皇女の求愛を受けたとか、史実に載るべくもない、全く途方もない内容である。
しかし悪気の全くないハーリは、決して「大ぼら吹き」として疎まれているのではなく、愛される存在となっている。

コダーイ自身も、
「ハンガリーには昔から、『話をしている時に、聞いている人がくしゃみをしたら、それはその話は本当であることの証拠だ。』という言い伝えがあります。そこでこの組曲(「ハーリ・ヤーノシュ」)も、くしゃみの音で始まります!ハーリの話に聞き入る村人の一人が、盛大に派手なくしゃみをして、この老人の話が一聴に値するものであることを保証するわけです。
確かにハーリの話は、『わしは昔ナポレオンを降参させて謝らせたものだ。』などといった類のものなのですが、しかしそれでも、それなりに一聴の価値がある、というわけです。」

と、ハーリに対し愛情溢れるコメントを遺しているのだ。

 ※出典:Harold Lawrence / 秋岡 陽 訳によるCDリーフレット解説
   尚、「話をしている時に、聞いている人がくしゃみをしたら、それはその話
       は本当であることの証拠だ。」というハンガリーの言い伝えについては、
       真逆の「その話は嘘である。」という説も存在し、「ハーリ・ヤーノシュ」の
       曲目解説にはこの両説が入り乱れている。
       「ハーリ・ヤーノシュ」の鑑賞・演奏においては、実際にいずれが真説で
       あるかは問題ではなく、コダーイがこのような認識でいたことを押さえて
       おくべきと思われる。


♪♪♪

もともと「ハーリ・ヤーノシュ」はジングシュピール(=対話台詞つきの音楽劇)として作曲、1926年に初演されたものであるが、これを絶賛したバルトークの強い勧めにより管弦楽組曲として編まれた経緯にある。そして今や組曲「ハーリ・ヤーノシュ」はコダーイの代表作として人気を博しているのである。

Photo※このジングシュピール版は、プロローグとエピローグを持った4つの冒険譚からなる。
その内容についてはシャルル・デュトワcond. モントリオール交響楽団盤CDのリーフレットの中で、小林誠一氏の構成により童話風の挿絵とともに詳しく紹介されている。

「hary_janos.jpg」をダウンロード


原曲からして、第2曲「ウィーンの音楽時計」ならびに第4曲「戦いとナポレオンの敗北」は管打楽器のみの編成であり、また第4曲「戦いとナポレオンの敗北」でアルト・サクソフォーンが使用されていることもあるからか、吹奏楽にも編曲されて人気の高いレパートリーである。
全日本吹奏楽コンクールでも古くは1967年の川本高校に始まり、現在まで23団体が演奏。特に1974年駒澤大学・1977年浜松工高の金賞受賞あたりから、広く演奏されるようになった。

私自身も1977年浜松工高の全日本吹奏楽コンクール実況録音を聴いたのが「ハーリ・ヤーノシュ」との出遇い。素養がない私は「こだーい???」という感じだったが、聴いてみてその実にユニークな音楽に驚かされ、すぐに大好きになってしまった。
また大学入学により上京したところ、その当時日本テレビの天気予報のテーマが「ウィーンの音楽時計」だったことも印象深い。

♪♪♪

組曲「ハーリ・ヤーノシュ」は以下の6つの曲から成る。
どの楽章も旋律は魅力に溢れ、ダイナミックで色彩感豊かな音楽は、聴くものを惹きつけて已まない。
また、II・IV・VI楽章が奇抜な冒険譚を端的に描写するものである一方、I・III・V楽章はハンガリーの民族色の極めて強い音楽で、その対比も聴きどころである。
コダーイ自身のコメント(「」)を添えてご紹介する。

Photo_2
※コダーイのコメント:
前掲 Harold Lawrence / 秋岡 陽 訳による
アンタル・ドラティcond.ミネアポリス管弦楽団盤CD
(左画像参照)のリーフレットの解説より引用




I. 前奏曲、お伽噺は始まる

「意味深長なくしゃみの音で”お伽噺は始まる”ことになります。」

ブルブルブルッっと震えたのち、大きな大きなくしゃみ。冒頭からして前述のエピソードに基く大変ユニークな描写ののち、それが静まって深遠な主題が現れる。

1
この主題が展開していき、終盤に向け壮大なクライマックスを形成するが、これは大変に緊迫感に満ちており、この曲が単なるたわいのないほら話の描写にとどまらない音楽であることを強く示唆しているように感じられる。バックボーンにあるハンガリー農民の労苦や、或いはまた民族としての誇りを表すものであろうか-。

II. ウィーンの音楽時計
「場面はウィーンの王宮。ハンガリーからやって来た純朴な青年ハーリは、有名なウィーンの”オルゴール時計”を見て、すっかり驚き、夢中になってしまいます。時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れます。華やかな衣装を身に纏ったからくり人形が、時計の周りをぐるぐる行進し始めるのです。」

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キラキラと華やかな鐘の音で始まる快活な楽章、人形たちの軽快で可愛らしい行進曲。管打楽器+鍵盤楽器のみの響きがピカピカ輝いて、実に楽想にマッチしている。

III. 歌
「ハーリとその恋人(エルジュ)は、彼らの故郷の村のことや、愛の歌に満たされた静かな村の夕暮れのことを懐かしみます。」

農民の歌がヴィオラのソロで朗々と奏されて始まり、クラリネット、オーボエとソロが続く。ツィンバロムも登場して、ハンガリー色を一層濃いものとする。

3
やがて弦楽器の伴奏に乗りホルンのソロが冒頭の旋律を再び歌う。
ノスタルジックな音楽であるとともに、ハンガリー人以外にとっては大変にエキゾティックなムードが漂うことであろう。この楽章もまた、深遠さが味わい深い。
なにより、一つの歌を大事に大事に歌い上げる音楽であると思う。

IV. 戦いとナポレオンの敗北
「司令官となったハーリは、軽騎兵を率いてフランス軍に立ち向かうことになりました。ところが、ひとたび彼が刀を振り下ろすと、さあどうでしょう。フランス軍の兵士たちは、まるでおもちゃの兵隊のように、あれよあれよとなぎ倒されていくではありませんか!一振りで2人、ふた振りで4人、そして更に8人10人・・・と、フランス軍の兵隊たちは面白いように倒れてゆきます。そして最後に、ナポレオンがただ一人残され、いよいよハーリとの一騎討ちと相成りました。
とはいっても、本物のナポレオンの姿など見たことのないハーリのこと、『ナポレオンという奴はとてつもない大男で、それはそれは恐ろしい顔をしておった・・・。』などと、想像力たくましく村人たちに話します。しかし、この熊のように猛々しいナポレオンが、ハーリを一目見ただけで、わなわなと震えだし、跪いて命乞いをしたというのです。
フランスの勝利の行進曲”ラ・マルセイエーズ”がここでは皮肉にも、痛々しい悲しみの音楽に変えられています。」


4a_2
冒頭で、遠くから近づいてくるトロンボーン・ソリからしてどこか間が抜けており、途中に挿入されるファンファーレも何だかアホっぽい。この楽章ではアルト・サクソフォーンが大変効果的に使用されていることも見逃せない。

4b_2
やがて打楽器群の地響きとともに、金管低音から一層大仰な音楽が始まり、ひどく漫画的なムードが漂う。
荒唐無稽なほら話を端的に表す楽想だが、クライマックスの輝かしいサウンドなど大変素晴らしく、音楽自体の魅力も充分である。
最後は、グリッサンドを伴ったトロンボーンのうらぶれた伴奏で、アルト・サクソフォーンがさめざめと(しかしどこか間抜けな)哀しい歌を歌う。

V. 間奏曲
「この曲は間奏曲ですので、特に説明はありません。」

そっけないコダーイのコメントとは裏腹に、この楽章もハンガリー音楽の魅力に満ちた傑作。最初からツィンバロンが鳴り響き、生き生きとした音楽が提示される。

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旋律は18-19世紀のヴェルブンコシュという、若者を軍に募るための舞曲によるものとのこと。
エネルギッシュな音楽の合間には、ホルン・ソロに始まる素朴な美しさのある旋律も現れ、その対比がまた素晴らしい。
5b

VI. 皇帝と廷臣たちの入場
「勝利を収め、ハーリはいよいよウィーンの王宮に凱旋します。ハーリは、その凱旋の行進の様子を、想像力たくましく思い描きます。しかし所詮は、空想に基く絵空事。ここで描かれているのも、ハンガリーの農民の頭で想像した限りでの、それは豊かで、それは幸福な、ウィーンのブルク王宮の様子に過ぎません。」

リズミックな打楽器に導かれた、フルートと鍵盤打楽器の元気で陽気な楽句でスタート。

6a
続いて現れるトランペットの主題も、快活だが、コダーイはコメント通りどこか絵空事っぽく描いていて、これなどはさすがという他ない。スネアドラムの後打ちも映える!

6b
そして二つの旋律がクロスオーヴァーしてクライマックス、物語の終幕を示すファンファーレが鳴り響くと、更に足取りを早め、スネアドラムの大仰なロールとともにコーダに突入。
バスドラムの強力な一撃を轟かせ、全曲を閉じる。

♪♪♪

音源はどれもそれぞれに魅力を有しているが、私の好みでは以下の2枚をお奨めしたい。

Photo_3イワン・フィッシャーcond.
ブタベスト祝祭管弦楽団

管楽器、殊に金管群が好演で、表現も積極的であり、この”音楽戯画”の魅力を存分に伝えてくれる。
「IV. 戦いとナポレオンの敗北」のバストロンボーンとテューバは特に印象に残る。テュッティになってからも凄い存在感なのである。この楽章のファンファーレの”アホ”なニュアンスもちゃんと出ている。
ジングシュピール版からの抜粋組曲が併録されているのも興味深いし、同じく併録の「ガランタ舞曲」のクラリネット・ソロも凄みのある快演だ。

Photo_4ジョージ・セルcond.
クリーブランド管弦楽団

全体を俯瞰しきった感のある名演。大変バランスよく整っているが、それでいてスケールが決して小さくないところが凄い。
同時収録の組曲「キージェ中尉」(S.プロコフィエフ)がまた素晴らしい演奏である。

  【その他の保有音源】
    シャルル・デュトワcond. モントリオール交響楽団
    アンタル・ドラティcond. ミネアポリス管弦楽団
    アダム・フィッシャーcond. ハンガリー国立交響楽団
    ゲオルグ・ショルティcond. シカゴ交響楽団
    クラウス・テンシュテットcond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
    アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
    エドゥアルド・マータcond. ダラス交響楽団
    フェレンツ・フリッチャイcond. ベルリン放送交響楽団
    クルト・マズアcond. ニューヨーク・フィルハーモニック
    アンタル・ドラティcond. フィルハーモニア・フンガリカ
    ルドルフ・ケンペcond. ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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コメント

力作完成おめでとうございます。
でも、やはりポイントはIVのバストロ&チューバですか。ということはプロコのロミオとジュリエットもやはりモンタギュー家とキャピュレット家でしょうか?
僕もこの手の曲は、そこしか聴いてなかったりします(笑)。
ところで、一ヶ所だけ間違いを発見してしまいました。
オーストラリア皇女→オーストリア皇女
すいません、細かくて。

<業務連絡>
そうそう、復活は12月22日からになりそうです。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2007年10月28日 (日) 07時07分

くっしい様

ご指摘有難うございました。直ちに修正済です。^^)

今回、もともと書きたいことがたくさんあった上、調べていく内に触れたいことが更に増殖し、収拾がつかなくなりました。
それで、もう一回最初から構成をやり直し、やっと出来ました。私の思いの丈を存分にお伝えできたとともに、何とか纏まったかと思います。(今までで一番時間が掛かりました。)

>そこしか聴いてなかったり
いやいや、全部聴いてますよ。^^)この曲長いので、前段階の所有音源の聴き直しだけでかなり時間を要しました。
でも、やはりIVのバストロ&チューバには好演を期待しますよね、この曲は。それは間違いありません、うん!

☆☆☆

復活したら、行かなきゃいけない店がたくさんありますね。まずは国立めぐり?にお供しましょうかな。^^)

投稿: 音源堂 | 2007年10月28日 (日) 18時45分

全部聴いたんですか。いったい何日かかったのでしょうか?
よく見るとハンガリー民族主義の匂いがぷんぷんのこの曲ですが、ウィーンフィルがやるとどんなふうになるのかも興味深いです。初めのくしゃみもお行儀よく、くすん!とか。
うちにあるヤルヴィ/シカゴ響の音源でもツィンバロムがよく引き立てられています。特にIIIは歌とツィンバロムの撥音のからみがまずいとあまり印象に残らなくて、実際、ずっと以前に買った別の音源では聴き慣れたIVとVI以外はあまりなじめなかったのですが、ヤルヴィのではぐいぐいと惹きこまれました。

国立ですか。国立といえば例のあれですか?今はかなりクオリティで勝負するお店もあるので、口直しに関しては心配いらなさそうですね。実は、つい先日、歯の詰め物が欠けてしまい、これを入れてくれた国立の歯医者に行かなきゃいけないと思っています。でも、食べれるかなあ。。。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2007年10月30日 (火) 05時37分

私ふぜいが音楽理論の凄みで付加価値の高い文章を作るのはそもそも無理ですから、本ブログは読んでいただいた方の「きっかけ」になることを目指し、各楽曲に関する情報をできるだけ広くサーチし、それを編集してお伝えしています。

一方で、私が「感じる」という目線で実際に楽曲から得た感動体験にも触れている。-そういう構成になっております。音楽は決して理論に精通した方のみに価値が判るというものではなく、とどのつまり「感じる」ものだと思っていますから。
ですから、「へぇー聴いてみようかなぁ」とか「そうそう、ココがカッコいいんだよなぁ、判る判る!」なんて思ってもらえたら嬉しいですね。

♪♪♪

「ハーリ・ヤーノシュ」くらい有名な曲ですと、情報は相当量あります。編集にあたってはその中で私が「価値がある」「知りたかった」というものを抽出するようにしています。本稿で具体例を示すなら、Harold Lawrence が言及している”コダーイ自身が、この曲に対して残したコメント”などです。私自身、そういったものが残されているなら、ぜひ知りたかったですから。
(Harold Lawrence が確認したという、このコダーイ自身のコメントが本当に存在するのか、それを私自身は直接確認できないわけですが、ある程度多くの量、他の色んな資料に目を通したことで、妥当性がありそうだと判断できました。)

♪♪♪

そして、私が確実にできること。それは「ちゃんと聴く」ということです。ですから、音源は頑張って聴いてますよ~。
「ハーリ・ヤーノシュ」の規模ですと、iPodで通勤往復に1演奏ずつ、一日2演奏ですね。
真剣に聴けば、いいなと思える演奏は必ず”引っ掛かり”ますから、「何が引っ掛かった(=いいな、と思えた)のか?」を明確にするために聴き直しをします。

ケンペcond. ウィーン・フィルの演奏などは、漫画っぽさが足りない感じです。「音楽的に演奏すると、こうじゃん。」というのは仰る通り、って感じなのですが・・・。オケは間違いなく”美人”ですしね。でも、「ハーリ・ヤーノシュ」の面白さを端的に表しているのは、推薦させていただいた盤ではないかと。(あくまで私の好みです。)

例えばIVに登場する「アホなファンファーレ」、”上手すぎ””切れ味鋭すぎ””お利口さん”な演奏が多いんですよねぇ・・・。

☆☆☆

国立の件、まあ手始めは近いところからと思いましたので。「アレ」じゃなく、スパゲッティでもいいじゃないですかね?
いずれにしても、再会を楽しみにしてますよ!

投稿: 音源堂 | 2007年10月30日 (火) 10時34分

お芝居と音楽がセットになった作品の難しさとともに面白さがそんなところにあるような気がします。泣き笑いの歌とか、かっこつけたつもりが滑稽だったり、オリジナルでは役者(=歌手)の演技で分かるところが音楽だけで納得させるのは難しいのでしょうね。思い切り誇張して戯画化して表現するもよし、さっぱりあきらめて音楽的表現のみを追求した姿を示すのもよし。

先に、ハンガリーの民族主義と書いたのですが、よく考えると、老兵士によるあり得ない手柄話ということで、もうちょっと自虐的なのかとも思えてきました。1920年代という時代背景とか、いろいろ考え合わせるのも興味深いです。ま、でもこういうのは野暮な聴き方ですかね。やはりいいものはいい!ですから。

国立、やはり「あれ」でないといけない気がしてきました。何といっても「豚」ですしね。こちらでは絶対手に入りませんから。食いだめしないと。超大盛り!

でも、「復活」の話は諸般の事情からなくなってしまいました(帰国は予定どおりです)。とっても残念ですが、まあ、仕方ありませんね。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2007年11月 1日 (木) 09時15分

「さっぱりあきらめた」感が最も強いのはデュトワ/モントリオール盤ではないでしょうか?^^)土臭さもないし、全く違う角度から捉えた「ハーリ・ヤーノシュ」だと思います。

♪♪♪

「前奏曲」のシリアスさ、切迫した感じはただ単純に漫画チックな音楽で終始するものではないことを、象徴的に表しているのだろうと思えてなりません。
愉快なほら話が語られる村の様子は、そう長閑な風景ばかりとも思えませんし、楽しい空想にふける前に、ひとくさり眼前の現実を示している気もしますね。

☆☆☆

「復活」はできないんですか。残念です・・・。
でも国立には行きましょうね!迫ってきたら予定をご連絡下さい。

投稿: 音源堂 | 2007年11月 2日 (金) 00時44分

こんにちは。
本編のお話とは異なりますが、先日11月1日ギャルドの鹿児島公演に行ってきました。とても良かったですよ~。

鹿児島での公演と6日のオペラシティホールとはプログラム内容は同じです。ですから楽しみが半減しないよう詳細には触れませんが、存分に楽しんできてくださいな。

投稿: mitakasyun | 2007年11月 3日 (土) 11時24分

そーなんですよ!いよいよ今度の火曜日です。楽しみです!ワックワクです!

mitakashunさんにいただいたコメントで、期待がもうはち切れんばかりです。いつもは週末が早く過ぎ去ってしまうのが残念なのですが、ギャルドの演奏会のことを思うと、今週ばかりは早く火曜日になって欲しい気分です!

結果はレポート致しますね~♪

投稿: 音源堂 | 2007年11月 3日 (土) 13時24分

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