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2007年5月16日 (水)

エル・サロン・メヒコ

Photo_370El Salon Mexico
A.コープランド
Aaron Copland  19001990




Photo_369アメリカ音楽界
20世紀の巨匠・アーロン・コープランド(右画像)の代表作で、1936年の作曲。
M.ハインズレーの編曲により吹奏楽界においても重要なレパートリーの一つとなっているが、
1977年の全日本吹奏楽コンクールで弘前南高校と名古屋電気高校がこの曲を採り上げ、見事金賞を射止めたことから一躍脚光を浴び、人気曲となった。

私が「エル・サロン・メヒコ」と出会ったのもこの時の弘前南高校の演奏、中学
1年の時である。(下画像参照)
女性指揮者で全国金!俄然注目されたこの演奏を
CBSソニーの実況録音盤で聴いたのだ。
Photo輝かしくリズミックなイントロに続いて驚愕が待っていた。「何、これ?」中学の吹奏楽部に入るまで、音楽の素養が全くなかった私が初めて知った「不協和音」を使用した楽曲。続く
Trp.のソロは見事にヨタっている。酔っ払いだな、これは絶対に -直ぐにそう思った。更にこれまたユニークなClarinetソロが聴こえる。こんな曲があったのか・・・。あとは一気に惹き込まれ、以来私はこの曲が大好きになってしまった。

Salon_mexco
※私自身観たことはないのだが、原題を
   ”
Salon Mexico"という「暗黒街の天使」
   なる
1948
年のメキシコ映画がある。
    (右画像参照)
   当然、「エル・サロン・メヒコ」とは直接の
   関係はないが、メキシコのキャバレーが
   舞台となっているとのことであり、当時
   の”酒場メキシコ”のイメージは摑める
   かもしれない。

♪♪♪

コープランドは1932年秋にメキシコを訪れており、その際にメキシコ・シティにある有名なダンスホールのエキゾティックさに惹きつけられた。そして、これを題材にして作曲されたのが、件のダンスホールの名前をそのまま題名にした「エル・サロン・メヒコ」であった。

コープランドの言葉によれば、メキシコの深遠な歴史だとかそういったものを描こうというのは一旅行者である自分には無理であり、あくまで旅行者から見たメキシコの姿を描こうとしたとのことである。
「この情熱的なホールに行くと、ごく自然でありのままのメキシコ人の姿にふれる思いがするのである。私はそこで聴いた音楽に惹きつけられたわけではないが、そこの気分の虜になったのだった。その気分を、ただ何ということなしに音楽化してみようという気が起こった。」
(コープランドのコメント/佐川吉男 訳)


コープランドは「エル・サロン・メヒコ」の作曲にあたり、ルーベン・カンポス「メキシコの民話と音楽」(R.Campos / El Folklore y la musica mexicana)及びフランセス・トール「メキシコ民謡集」(F.Toor / Cancionero mexicano)に取材した旋律を用いたが、そのまま使用するのではなく、言わばコラージュの手法で再構成したとされる。この旋律群を、エキゾティックなリズムとムード・華やかで鮮やかな色彩感で展開する、本当に素敵な楽曲である。

♪♪♪

曲は長い序奏を持った3部形式。
輝かしく力強い
Trp.のシンコペーションの楽句に始まり、弾むような上昇系の旋律が続いて快活なオープニング。いきなり変拍子となって全合奏、バス&スネアドラムの一撃を伴って一旦静まる。そして、件の不協和音(最初はGB♭・H)が印象的な伴奏に乗って酔っ払いのTrp.ソロが登場。そしてこれに応酬するラリったClarinetソロ-。
1_2
大変にユニークな音楽であり、一気に世界に引っ張り込まれてしまう。
続いて、木管低音による穏やかで幅広く、暖かい旋律が現れる。
2_2これがだんだんと楽器を増やして繰り返され、エキゾティックなリズムが徐々にクッキリと聴こえてきて、快速な主部に突入する。

主部
Allegro Vivaceはオーボエが提示する旋律で開始するエキサイティングな音楽。
3_3
3/82/44/43/46/8の変拍子が入り乱れ、反復されるシンコペーションが否応なくエキゾティックなムードを高める。特に執拗なシンコペーションが描き出す賑やかな喧騒の風景は圧倒的である。
やがて
6/83/43/8のパターンに乗り、澄み切ったサウンドのリズミックな楽句と、ズドンというバスドラム+Timp.のカウンターでクライマックス!
1_15強力なコードと重低音で締めくくり、
Moderato molto の中間部へ。

ここのしみじみとした歌がまたいい。
Piu mossoに移り愛らしいClarinet そしてEClarinetのソロが素敵で、更に2拍目裏にアクセントのある特徴的な舞曲となってからは、さらにEClarinetが大活躍、飄々としたグリッサンドまで!
4_2音楽は徐々に快活なリズムとテンポを取り戻し、終結部へ。深胴ドラムを従えて
Trp.の華麗でエキサイティングなソロが音楽に一層のエネルギーを与える。パワフルなサウンドによるリズムの応酬を経て、冒頭のモチーフがテンション漲る高音楽器で戻ってきて、シンコペーションのリズム・コードと掛け合いとなる。
そして遂に高いテンションのまま、打楽器群の強力な一撃で曲を閉じる。

♪♪♪


私は最初に所属した市民バンドで「エル・サロン・メヒコ」を演奏。トロンボーンにはまとまった旋律もない曲なのに、演奏していて不思議なくらい楽しかった!
指揮者の先生からは
「変拍子の部分も、”
1.2.3.1.2.31.2.31.2.1.2.1.2・・・”って数えて「揃える」という演奏じゃなくて、大きなフレーズでリズムを感じて行きましょう。中高生とは一味違った演奏にしたいんで。」
と言われ、練習がなかなか大変だったのが想い出深い。本番でも残念ながらその先生のイメージの端緒を摑むところまでしか仕上がらなかったが、先生の意図は理解できて喜びがあった。いつかもう一度演奏したい曲だ。


     ※尚、M.ハインズレーの編曲はCornetを重用し過ぎる傾向があるので注意
        が必要。例えば「エル・サロン・メヒコ」では練習番号19の2・9・13小節に出
        てくる弦の動きをCornetに移してあるが、明らかにSaxophoneの方が良い。
        (但し、ハインズレーもSaxにキューは入れている)
       「シェエラザード」のヴァイオリンのハーモニックス・ソロについてもハインズレ
        ーはCornetで奏させるよう編曲しているが、これもSaxophoneで奏する方が
        良い。このような編曲になったのは、おそらく当時のイリノイ大学のプレイヤー
        事情が影響しているためだと思うが・・・。


♪♪♪

音源は色々聴いたが、
レナード・バーンスタイン
cond.
ニューヨーク・フィルハーモニック
(冒頭画像)の演奏を推したい。音楽の流れ、作り方が一番しっくりくるのである。

吹奏楽版の演奏で印象に残っているのは前述の弘前南高校のほか、
1979年全日本吹奏楽コンクールでの得津 武史+今津中による演奏を挙げたい。個々の楽器の優れた「音」が大変素晴らしいし、”名匠トクツ”の底力を改めて見た気がした。この演奏が”得津=今津”の最後のコンクール演奏、文字通り有終の美を飾ったと言ってよいだろう。

(Revised on 2010.1.1.)

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コメント

コープランドはアパラチアよりもこっちの方が名曲だと思いますねぇ。

オケの音楽はこんな調子で楽しいのが多いのに、ピアノとか室内楽系は無調が多いのはなんででしょうね。

あと、この曲を聴くとなぜかスピアーズさんの「ウォバッシュ地方の伝説」が頭に浮かびます(^o^)

投稿: Junco | 2007年5月16日 (水) 23時32分

そうか!冒頭のあれは酔っ払いのソロなんですね。
僕が初めて聴いたのもコンクール実況盤ですが、淀川工業の演奏でした。こちらは「おーい、朝だよーん。」みたいなはつらつとした印象で、酔っ払いとは気づきませんでした。
そう思ってあらためて弘前南を聴いてみると、Trpトリルの字余り感?といい(酔っ払いの鼻歌?)、Clの転び方といい(石につまづいて転びかける?)、まさしく酔っ払いに聞こえて来ました。今までは演奏のキズとしか思えなかったのに。

オーケストラの原曲は、コープランドの自演盤しか持っていないですが、ご存知のとおり、弦の残響を気にしているのか、ちょっとテンポ遅めです。もうちょっと速めの方がリズミカルで個人的には好きなんですが。バーンスタイン盤も今度聴いてみたいと思います。

コープランドはいつか本当にやりたいですね。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2007年5月17日 (木) 07時31分

Juncoさん
やっぱり終盤の”深胴ドラム”の響きと音色が「ウォバッシュ地方の伝説」を思い起こさせるのでしょうか?^^)
この曲、演奏してみても本当に楽しいんです。
楽しいんですが、単に楽しいだけじゃなくて、過不足のない構成になっていることに本当に感心します。とても「気分で書いた」作品とは思えないですよね。後世に残る楽曲というのは、単なるアイディアの良さではなくて、きちんと「創作」されてるなあとつくづく感じさせられます。


くっしぃ 殿
前述の通り、同年名古屋電気高もこの曲で金賞受賞。こちらも「こういう曲が向いているバンドです。」とのコメントもされた評価の高い演奏なのですが、私は弘前南高の演奏が好きでした。
実際、あそこまでやるつもりがあったのかは当事者でないと判りません。でも酔っ払って、躓いて、という「表現」があったと私は確りと感じました。そしてその「表現」にとても味があり、曲全体に命を吹き込んでいたと思っています。
「表現」されて、それが伝わってくると感動しちゃいますよね。

投稿: 音源堂 | 2007年5月17日 (木) 10時59分

初めまして。

名電の演奏、95年の物も大変素晴らしいです。
私もバーンスタインの演奏、愛聴しております。

投稿: Mオ | 2007年5月17日 (木) 15時45分

Mオさん、ようこそお越し下さいました。今後ともご贔屓に!

指揮者としてのバーンスタイン、作曲家としてのバーンスタイン、私はその両方の大ファンです。彼のテンポ設定や曲の味付けは、私の好みにピッタリくるものが多いですね。

投稿: 音源堂 | 2007年5月17日 (木) 20時18分

Trp.ソロが酔っ払いとは・・んーむ、恐れ入りました。
私1977年普門館のステージで「エル・サロン・メヒコ」を吹いていた一部員(Trp.ではない)です。Googleしていましたら、「メヒコ」「弘前南」の文字を発見!ちょいとお邪魔してみました。
30年以上前のあの演奏についての評論に出会えたことに、今素直に喜びを感じております。
全国大会初出場で金賞を受賞できたことは何にも変えられないほどの価値あることでした。その演奏を聴いてくださっていたongendoさんが以来大好きになったとお書きになっていて、涙がこぼれます。
Trp.だけでなく全部員あの時は酔っていました。間違いなく。それは、
皆が初めて『普門館』と言う名の緊張ドリンクを飲んだからに他なりません。でも、味として「表現」されていたと評されるのもうなずけます。高校生にとっては難曲の極みでしたが、テクニックに走るのではなく常に「南高サウンド」の追求が第一でした。
ダイヤモンドのような眩しい響きよりも、真珠のような艶のある深い響きとでも言うのでしょうか、それが南高校の「命」であり、そのサウンドと緊張とが重なって絶妙な『味』を出したのでしょう。
長くなりました、またいつかお邪魔します。

投稿: masa92 | 2007年7月 3日 (火) 22時35分

masa92さん、ようこそいらっしゃいました!当時の弘前南高のメンバーの方にコメントをいただけるなんて、嬉しい限りです!

いや、本当に良かったですよ「エル・サロン・メヒコ」。斬新な選曲も素敵でした。翌年の「道化師」、翌々年の「小組曲」、そしてそれ以降も・・・。元々音楽の素養がない田舎者の私の音楽の世界を、どんどん拡げて下さったことに感謝しております。

演奏もそれぞれの楽曲の魅力を伝える、大変感動的なものでした。音楽ですから「伝えようとするもの」がなくちゃ、なのですが、それが確りとあったと思います。大変な練習を重ねられていたことと拝察致しますが、私の心に一生残る名演の数々でした。

本番・・・音楽は時間芸術ですから、その瞬間は全く特別なものですよね。時により”水もの”と言われるその「本番」が、感動に結実するのは、それまでの演奏者の努力と想いに拠るものにほかならないでしょう。今改めてBravo!の叫びをお贈りします。

このブログではそんな私の感動経験を拙いながら綴って参ります。またお越しいただけたら幸いです。

投稿: 音源堂 | 2007年7月 3日 (火) 23時50分

中学生のときに地区予選で初めて聴いた曲と同じ曲とは思えないほど、弘前南・名電高の演奏には打ちのめされた記憶があります。
この演奏で「エル・サロン・メヒコ」が好きになり、バーンスタインのレコードを買いました。

投稿: yoshi | 2010年12月25日 (土) 22時46分

yoshiさん、こちらにもコメント有難うございます。
私にとっては「エル・サロン・メヒコ」のような音楽が存在していること自体が衝撃でした-何て面白い音楽なんだろう、と心が泡立ったのです!

吹奏楽をやっていなかったら、きっと一生知ることはかったでしょうね。中学で出遭った吹奏楽が、全ての始まりだったと今つくづく思っております。

投稿: 音源堂 | 2010年12月26日 (日) 09時59分

西宮市立今津中学校吹奏楽部昭和54年度卒業生です。
今更ながらあのTPソロした本人なんですが、ピッチの悪さに後悔し続けています。へたくそですみませんでした。

投稿: koji | 2012年2月13日 (月) 17時16分

kojiさん、コメントをありがとうございます。同い年ですね♪というより、あのソロを吹かれていた方なんですねえ。

いや「今津のエルサロ」は、とても良かったと思います。鍛え上げられた、磨かれた音がしてました。私たちとは全く違うと思わされました。そして、今津中らしくない選曲だななんて思っていたらとんでもない!素晴らしい演奏で金賞…優れたバンドは何を演っても凄いなあって感心しましたよ☆

また是非お越し下さいね!

投稿: 音源堂 | 2012年2月13日 (月) 21時22分

橋本様
始めまして いつも楽しく拝見させていただいております
今津中の”エルサロンメヒコ”あの感動は忘れられません
個々のテクニックもさることながら、安定したリズム、圧倒的なサウンド、表現力の素晴らしさ
幸運にもその名演を普門館の舞台袖で聴いておりましたが、次が出番であることを忘れるほど引き込まれてしまいました。

投稿: bogie1394 | 2013年3月30日 (土) 21時54分

bogie1394さん、ようこそお越し下さいました。
(私のことはここではぜひ”音源堂”とお呼び下さい。)
今津中のあの演奏は、とにかくどの楽器の音も”本格的”で高い次元にあること、そして生き生きとしたリズム感が途絶えないことがとにかく驚愕でした。曲作りも奇を衒わぬ王道をいくもので、頗る音楽的でした。

結果として、得津先生が今津中とともにコンクールに臨んだのはこれが最後となったわけですが、屈辱の銅賞から歴史に残る名演で復活してまもなくという時期だったのに、常勝軍団を率いる立場でよくぞ「エル・サロン・メヒコ」のような曲に挑まれたなあと感心します。その音楽への探究心と情熱には感服するばかりです。

この年の石田中の演奏も素晴らしかったですよ!
私も西部大会に出場していました(結果は銅賞で涙にくれましたが…)から、その時の演奏はLiveで聴かせていただきました。テクニック面はもちろん、表現面を含めすべてが私たちとは全く別次元の音楽に「幼い日の想い出」が仕上がっているのを目の当たりにして、激しい衝撃を受けたことを記憶しています。
表彰式を終えたステージ上では、石田中の代表の方のところに私をはじめ他校が多く集まってきました。「全国でもきっと金賞を!」とエールを贈らせていただいたことを思い出します。

投稿: 音源堂 | 2013年3月30日 (土) 23時58分

音源堂様
早速のコメントありがとうございます。
得津先生率いる今津中、特に77年の運命の力からダッタン人そしてこのメヒコまでの3年間はどれも素晴らしく大好きな演奏です。
当時はCBSソニーから発売されていた全国大会のライブLPを皆でまわして、憧れだった今津中や豊島十中そして出雲一中の演奏を聴きながら、あの素晴らしい演奏を目指しがんばっておりました。

それにしても すごい 全てお見通しですね!!
はい、そのステージ上で皆様からエールをいただいた当時の部長です。
私たちの演奏をこれほどまでに評価していただいてほんとうに恐縮です ありがとうございます。
これも屋比久先生の”情熱”によるもので、ご指導いただいた3年間は本当に素晴らしい経験をさせていただきました。

私事ですが、上京し社会人となり 楽器とは離れた生活をしていたのですが、2年ほど前からチューバ活動を再開し地域の吹奏楽団で楽しく音楽と向き合っており、改めて演奏する楽しみを味わっています。

またちょこちょこお邪魔させていただきますので宜しくお願いいたします。

投稿: bogie1394 | 2013年4月 2日 (火) 01時21分

bogie1394さん、演奏活動を再開されて楽しまれておられるご様子にこちらまでうれしい気分になります。
私どもは公私ともにさまざまなことが起こる年代になりましたが、音楽が運んでくれる喜びのすぐそばにこれからも居られるよう頑張っていきたいですね☆

投稿: 音源堂 | 2013年4月 2日 (火) 09時50分

実は、私も舞台袖で、今津中学校のエルサロンメヒコを聴いてました。最初の出だしで引き込まれ、tpソロ、Sクラ、オーボエの音色、あまりの凄さに、 びっくりしました。アァ、これが憧れの今津なんだな、やっぱり、次元が違うんだなと思ったら、かえって、次の運命の力、リラックスしてやれました。演奏後、得津先生や、今津の方々に握手したかったのですが、他の同じ先輩や部員の手前できませんでした〈泣〉今だに悔いが残ります。特にtpのソロの方に恋しました。顔すら見てないのに〈笑〉あれから、落ち込んだ時などは、今津中学校のエルサロンメヒコや高度な技術の指標など聴いて、何度も助けられました。改めて橋本音源堂さんありがとう。

投稿: ユウキ | 2013年12月29日 (日) 02時56分

ユウキさん、コメントいただき有難うございます!
ですよねえ、Live盤しか聴くことしかできなかった私でも、初めて聴いた時の衝撃が忘れられません。昨今のコンクール、バンドの音は格段に清潔になったけれど、本当に磨き上げられたバケモノプレーヤーに度肝を抜かれることはすっかり少なくなりました。音楽の魅力も当時の方があった気がします。
またぜひお越し下さいね!

投稿: 音源堂 | 2013年12月29日 (日) 23時19分

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