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2007年3月 2日 (金)

ピアノ協奏曲 ト長調   M.ラヴェル

Photo_288Piano Concerto in G major
M.ラヴェル

(Maurice Joseph Ravel 18751937
I.   Allegramente
II.  Adagio assai

III. Presto

「協奏曲の音楽というものは快活華麗であるはずで、深刻であろうと熱望したり劇的な効果を狙ったりする必要はないのです。」
-本作に関するラヴェルのコメントより

♪♪♪

4_3モーリス・ラヴェル。私の大好きな作曲家だが、ごく最近までこの「ピアノ協奏曲」に興味を持つことはなかった。
この曲との最初の出会いは
199798年頃だと思う。当時愛読していたさそうあきらの音楽コミック「神童」の主人公、成瀬うたに重大な病気が発症するのがこの「ラヴェルのピアノ協奏曲」の演奏中だった。うたの演奏する快速な出だしに狂喜する菊名和音の姿があまりに印象的だったので、その頃確かに一度は聴いたのだが、それっきり。(なぜだろう?)

Photo_287改めて聴きたいと思ったきっかけは、「のだめカンタービレ」によってピアノへの興味を深め、楽曲に親しめるようになったところで、
伊藤康英 著「管楽器の名曲名演奏」
を読み返したことによる。
伊藤氏は「管楽器の名曲」としてこの「ラヴェルのピアノ協奏曲」を採り上げているのだ。ピアノ協奏曲なのに?これは聴きたい!・・・というわけである。そしてサンソン・フランソワ(Samson Francois)独奏による名盤があると知り、そこから入っていったのだ。

♪♪♪

改めて聴いてみて、衝撃を受けた。伊藤氏の文章を読んでも、この曲想はイメージできなかったのだ。勝手にラヴェルの幾つかのピアノ曲・・・それこそ「亡き王女のためのパヴァーヌ」とか「水の戯れ」といった有名どころをイメージしていたかもしれない。この曲は一言で言って、何とも不思議な曲だ。

1楽章冒頭に響き渡る、鞭(Whip)の一撃!意表を突かれた瞬間に聴こえるピッコロ。ピアノの音は聴こえるが、あくまでオケの一員としてアンサンブルに参加している。
1_2このスペイン舞曲風のピッコロのフレーズはTrp.で繰り返され、その後で漸くピアノ協奏曲らしいピアノ・ソロが登場するのだ。

1楽章はラヴェルの当初構想(=バスク風協奏曲)を反映したスペイン舞曲風の部分と、ブルース=ジャズのムードを湛えた抒情的な部分
2_2が交互に現れ、これを緊張感漲る神秘的で現代的なブリッジが繋ぐという構成。第
2楽章もそうだが、コールアングレが非常に重要な役割を果たしているし(第1楽章のこの部分はSaxを使っても良いと感じさせる楽想だが、コールアングレとしたのがラヴェルのこだわりだと思う。)、中間部のHornソロの際どさにはドキドキする。
伊藤氏の言葉通り、まごうことなき「管楽器の名曲」だ。

2楽章に入り、遂にたっぷりとピアノのみの独奏が聴ける。
3_2本楽章もとても不思議な音楽で、攫みどころないゆえの魅力を感じる。神秘的という言葉だけでは伝えきれない深遠さというのか・・・。続いてFlute、Oboe、Clarinet、Fagotto(バソン?)と美しいソロが続き、さらにコールアングレが存分に歌う。んー、実にいい!ピアノの存在感も確りと打ち出しながら、このコールアングレのソロは泣かせる。
この楽章は色彩の”移ろい”が印象的で、現世から遊離したような感覚を与えられる。

3楽章はまた快速な音楽で、ジャズのムードを感じさせる曲想の中、ピアノとオケはとても立体的に絡んでいく。ここでもE♭クラリネットの雄叫びや、ファゴットの超絶ソロなど管楽器のオン・パレード。
特徴的な「ゴジラ」フレーズが繰り返し現れて
4快活な音楽は徐々に音楽的興奮を高め、まるでさまざまな鳥獣の声がこだまする密林を、高速で突き抜けるSF映画のフライング・バイクのように、ピアノが疾駆していくのだ。

 ※第3楽章Prestoに登場するテーマは、「ゴジラ」(1954年、伊福部 昭作曲)を思い
    起こさせる。もちろん影響を受けているのは、ラヴェルの大ファンだったと言われる
    伊福部
昭の方だが、我々日本人には「ゴジラ」の音楽は刷り込まれすぎているか
     ら…。^^)もちろん、似ていると言っても漆黒の音色でオスティナート表現される
     「ゴジラ」の音楽は、全く別の世界を形成しているわけで…
    音楽ってつくづく面白い!と思う。

♪♪♪

この「ピアノ協奏曲 ト長調」(1931「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」(1930と同時進行で作曲された経緯を持つ、ラヴェル最晩年の作品である。ジャズを取り入れた作品としてはジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」の作曲が1924年。
1928年には渡欧したガーシュウィンがラヴェルに教えを乞い、これに対してラヴェルが
「あなたはもう一流のガーシュウィン、二流のラヴェルになる必要はない。」
と応えたという有名なエピソードが生まれ、一方ラヴェルは演奏旅行のためやはり
1928年に渡米している。

ラヴェルとガーシュウィンの関係が実際どのようなものだったかは不明だが、ラヴェルのピアノ協奏曲を聴いて「ラプソディー・イン・ブルー」を思い浮かべない方が無理というものだ。
ラヴェルが「モーツァルトとサン=サーンスの協奏曲の精神にのっとって作曲した。」とした本作であるが、「ラプソディー・イン・ブルー」に何らかの触発を受けてはいなかったのだろうか・・・?もちろん、ラヴェルの音楽とガーシュウィンの音楽は全く別で、それぞれに個性的で素晴らしいものであることは間違いないが-。

・・・そんなことをあれこれ考えていると、本稿冒頭に挙げたラヴェルのコメントが聞こえてくる。
-とどのつまり、とても素敵で、面白い曲だから、それで充分!

♪♪♪


音源は「決定盤」の誉れ高き
アンドレ・クリュイタンス
cond. パリ音楽院管弦楽団
+サンソン・フランソワ
(冒頭画像)

で、もう充分酔える。フランソワは本作「ピアノ協奏曲 ト長調」の初演者マルグリット・ロンのお弟子さんでもあるそうだ。
この演奏で得心し、これもまた名演の誉れ高きフランソワの「ラヴェル・ピアノ曲集」を
2枚とも直ちに揃えたのは言うまでもない。

その他には・・・


Photo_289ユージン・オーマンディcond.
フィラデルフィア管弦楽団
+フィリップ・アントルモン
(Philippe Entremont)

録音はより明晰で楽曲の構造が判りやすく、演奏も明快であるが、拍子感、ビート感がやや出すぎているか。


001_3クラウディオ・アバドcond.
ロンドン交響楽団
+ マルタ・アルゲリッチ
(Martha Algerich)

鋭い!明晰!快速部分のドライヴ感は出色で、より現代的な印象を受ける。
(尚、同時収録「左手のための-」のソリストはミシェル・ベロフ。)

Photoエトーレ・グラシスcond.
フィルハーモニア管弦楽団
+ アルテューロ・ミケランジェリ
(Arturo Benedetti Michelangeli)

ずば抜けて透明感の高いピアノの音、とにもかくにも美しい。女性的な優美さである。但し、評判通りオケはスピード感が不足し、「ん?」となる箇所も。

Photo_2エマニュエル・クリヴィヌcond.
リヨン国立管弦楽団
+ フセイン・セルメット
(Huseyin Sermet)

実に深遠な音色を聴かせるピアノ。
第3楽章のオケの鮮やかなアンサンブルは、大変爽快!

Photoミシェル・プラッソンcond.
トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団
+ フランソワ=レーヌ・デュシャーブル
(Francois-Rene Duchable)

クールな演奏。明晰な反面、情緒はやや後退しているか。ピアノもオケもそのクールさは「左手の-」の方が似つかわしい気も。



ミケランジェリ盤を除き、いずれのCDも「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」も収録しているが、これもまたジャズのムードがある個性的な曲で楽しませてくれる。

(偶然、テレビ(2007.2.14.日本テレビ「深夜の音楽会」)で読売日響+館野 泉の演奏による「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」を視聴する機会に恵まれた。冒頭のコントラファゴット登場など興味深い場面が多かったのだが、何と言っても館野氏の隻腕での演奏は迫力があって素晴らしかった。その姿には執念を感じた。)

この二つのピアノ協奏曲については、引続き音源探索の楽しみに浸れそうだ。また一曲、ハマってしまったなぁ・・・。


  【その他の所有音源】

   アルチェオ・ガリエラcond.モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団
    + ウェルナー・ハース(Werner Haas)

   ベルトラン・ド・ビリーcond. ウィーン放送交響楽団
    + パスカル・ロジェ(Pascal Roge)

   レナード・バーンスタインcond. フィルハーモニア管弦楽団
    + レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)

   アラン・ロンバールcond. ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団
    + アンヌ・ケフェレック(Anne Queffelec)

   ジャンルイジ・ジェルメッティcond. シュトゥットガルト放送管弦楽団
    + ミケーレ・カンパネッラ(Michelle Campanella)

    ピエール・ブーレーズcond. クリーヴランド管弦楽団
          + ピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)


(Revised 2011. 7. 18. )

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コメント

遅くなりましたがようやくコメントを書く気分になりました。これは聴き所満載でどう言ったらいいのか、たやすく感想をまとめられる曲ではありませんでした。すばらしい!名曲です。
最近よく思うのですが、演奏家って役者さんと似てると思うのです。
役者は役の人柄になりきって、かつお客さんに見せる(魅せる?)芸ですが、そのためには舞台に出るにあたって自分の内面から役の人間がにじみ出てくるような精神状態にする必要があるのだと思います。
演奏家の場合も曲の世界を自分の中に構築した上で、舞台袖で、あるいは演奏の直前に集中して、自分をそのようなモードに持って行く。ただ漫然と音符を拾っていくだけの演奏では、技術的に完璧だとしても歴史に残る名演として長く人をひきつけることは難しいのではないでしょうか。
で、このピアノ・コンチェルトですが、各楽章のコントラストが見事です。特に二楽章はこの上なく美しく本当に泣けてきます。木管が引き継ぐソロの引き継ぎ際の危うさがまた(こういう表現がいいか分かりませんが)セクシー。そして、さらに受け継ぐコールアングレのもの憂げな楽想。これを取り巻いてひたすらくるくると回り続けるピアノ。お互い近くにいながらも決して一つにはならない、なれない。求めながら得られることのないもの。実に儚い。。。これをサンドイッチするのがまた鞭(一楽章)とゴジラ(三楽章)ですから、この落差をどうコントロールしてピアノに向かいましょうか。多分、全部弾ききったらくたくたです。
聴き所満載のこのコンチェルトですが、一カ所だけここという場所を挙げるとしたら、ずばり、一楽章の4分48秒付近(参考音源、Samson Francois)です。トロンボーンのおならみたいな上行グリッサンドに続くホルン?(に聞こえました)の驚異的高音ロングトーン。音域的にはアルトサックスにまかせた方が楽勝だと思いますが、敢えてホルンというところが緊張感を醸し出すゆえんでしょう。もし、楽団のホルンがものすごい達人でこれを涼しげな顔して吹けるようだったら、Tubaにまかせるのも一興です。緊張感100倍くらいになること間違いなし。。。でも、金管楽器奏者以外にはどうでもいいところでしょうね、多分。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2007年8月15日 (水) 05時03分

くっしぃ殿、ようこそ「こちら側」へ。・・・ぐふふ。
貴兄もこのピアノ協奏曲の虜になられましたな!

第1楽章のHornソロね~、私もあの緊張感にシビれました。(本稿記述の通りです。尚、この部分を今般”終盤の”→”中間部の”に修正しました。)

また、更に2枚名盤を買い増して聴き込みましたので、本稿内に追記しました。特にミケランジェリの隙のない「美しさ」は凄いですー。

投稿: 音源堂 | 2007年8月16日 (木) 01時57分

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