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2007年1月 6日 (土)

吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」

Photo_214Gloriosa, Symphonic Poem for Band
伊藤 康英
(Yasuhide Ito 1960)

I.   祈り  Oracio 
II.  歌    Cantus
III. 祭り  Dies Festus



1990に作曲された作品で、日本が世界に誇る吹奏楽オリジナル曲の最高傑作の一つであることは疑うべくもない。奇を衒うものは何もなく、骨太で真正面から感動を齎す堂々たる音楽であり、スケール・奥行き・色彩感・圧倒的なクライマックスなど、どれをとっても洵に高水準。聴き応えと音楽的内容を兼ね備えた、まさに吹奏楽オリジナルの宝珠というべき作品だ。

Photo_5「この作品で私が言いたかったこと。それは、日本と西洋の音楽が、かつて出会っていたことへのファンタジー。
加えて、数々の受難に遭ったキリシタンたちは、結局のところ(あるいは禁教が解かれたのち)、本当に勝利を得た(あるいは本当に救われた)のだろうか、ということ。」

この作曲者/伊藤 康英(右画像)のコメントが、楽曲のテーマと背景を端的に表している。

禁教令によりキリスト教が排斥された鎖国時代にも、密かに伝えられたグレゴリオ聖歌は長崎・島原地方の隠れキリシタンの間で歌い継がれ、その歌詞は日本語に訛化して伝わっていた。外国文化への唯一の窓口であった彼の地における密やかな信仰と、それを舞台に邂逅する西洋音楽と日本文化-。
このドラマティックな史実にインスパイアされていることを認識して、この曲を聴こう。


♪♪♪


I. 祈り
チャイム・ヴァイブラフォーン・グロッケンシュピールの静謐で厳かな響きで始まる。また、背後でビートを表出する
Timp.の動きも見逃せない。
この導入に引続き、トロンボーン+ユーフォニアム+男声合唱によりグレゴリオ聖歌を提示、続いてシャコンヌ形式の変奏曲となる。
1_2徐々に力を漲らせ、色彩感を強める音楽は内省的で、楽曲が内面に有するシリアスさをひしひしと感じさせるもの。
遠くから聴こえるかのような楽句で第
2楽章のモチーフをさりげなく印象付ける一方、刺激的なコードで緊張感を高める終結部は、第3楽章冒頭のモチーフ提示を行うとともに、第2楽章の導入ともなっており、全曲の”序”としての役割を確りと果たす。作曲者の高い知性を感じさせる周到な第1楽章である。

II. 
Photo_209_2龍笛のソロをフィーチャーした、和洋クロスオーヴァーの象徴的な楽章。キリシタンに歌い継がれた「さんじゅあん様の歌」をもとにした音楽である。

 ※龍笛(右画像):
    雅楽に使用されるもので、「音色は力強く
    
荘厳、猛々しく野性味のある音がする」と
     される。
    音域的には篠笛の「十本調子」に同じ。


冒頭、無伴奏で奏される龍笛のソロは、装飾音や音程のずり上げ下げを駆使したもので、まさに”和”の世界。現代に生きる日本人である私たちにとって、どこか懐かしくも極めてエキゾチックだ。
2_2やがて鈴と、弦楽器の弓で鍵盤を”弾く”ヴァイブラフォーンによる幻想的な伴奏が始まり、その独特の音色の効果が映える。
ソロに続いて
Timp.に導かれ転調、ホルンが「さんじゅあん様の歌」の旋律を改めて提示し、
3_2深く憂いを秘めた緊迫のクライマックスへ向かっていく。
重く静まって龍笛のソロが戻り、魚板の一撃で凛と曲を閉じる。

 ※魚板(ぎょばん):
   (左下)長崎市/東明山興福寺の魚板
   (右下)東京佼成WOが演奏で使用した打楽器としての魚板

Photo_211Photo_212








III.
 祭り
1楽章の終わりで既に提示された鋭いモチーフで開始、打楽器のソリが遠くからクローズ・アップされ、トロンボーンに旋律が現れる。
4_2これは長崎民謡「長崎ぶらぶら節」に基くものである。旋律やリズムに日本的なものを感じさせながら、聴こえてくるのはモダンな西洋音楽の響き。既にこれだけでもクロス・オーヴァーは完成している。
モチーフを長い音符から短い音符へ織りたたんでいく、立体的で効果的なブリッジで鮮やかに場面展開編成を小さくしたアンサンブルで各楽器の音色を存分に聴かせ、柔らかな金管合奏の中間部へ。まるで天上の救いを表す如き夢のような楽想が印象的だが、緊迫したコードで一転、冒頭の旋律が帰ってくる。再度の場面展開後、快速なフーガに突入し一気に足取りを急ぐと、ホルンの雄叫びとともに壮大な終結部へ突入する。ここでの
Bass Trb.の音色が非常に効果的である。

5全合奏でグレゴリオ聖歌が力強く、華々しく奏されるさまは圧巻。しかし驚くべきことに、転調してテンションを上げ、さらに華麗なサウンドが轟くのだ!


そして、息の長いフレーズが重厚に奏されるその向こうから、高らかにあの「さんじゅあん様のうた」のモチーフが再現される。

全曲の帰結を示すこの劇的さは筆舌に尽くし難く、ただ感動あるのみ。
伊藤
康英畏るべし・・・!



最後のsffpクレッシェンドは、聴く者の心も天上へと誘うだろう。・・・
BRAVO !

♪♪♪

音源は
小田野
宏之cond.
東京佼成ウインドオーケストラ
の演奏(冒頭画像)をお薦めする。
この曲は、管弦楽団的なピシッとした発奏と本格的な音色を要求していると思う。その観点からこの演奏が随一と考える次第である。

  【その他の所有音源】
   ユージン・コーポロンcond. ノーステキサス音楽大学ウインドシンフォニー
   木村 吉宏cond. 大阪市音楽団
   ティモシー・マーcond. セント・オラフ吹奏楽団
   熊崎 博幸cond. 海上自衛隊佐世保音楽隊
   秋山 和慶cond. オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ (Live)
       アンドリュー・ヨーズヴィアークcond. ウェストチェスター大学ウインドアンサンブル


♪♪♪


最後に、あるフルート奏者の想い出に触れることをお赦しいただきたい。

私が最初に所属した市民吹奏楽団のフルートパートを率いた彼女は、私にとって頼りになる”姉貴”であった。性格的にも姉御肌の方であったが、何よりとてもふくよかな音色と、卓越したテクニックに裏打ちされたその演奏が頼もしかった。
同団の副指揮者として選曲に携わっていた私だが、当時発表されて間もないこの「ぐるりよざ」を採り上げるにあたって、何ら不安を感じなかったのは彼女の存在があればこそ。そう、第
2楽章の龍笛のソロも、彼女ならできると確信していたからである。

Photo_213「ぐるりよざ」の本格的な合奏練習の初日、当然ピッコロで演奏すると思っていた私たちの前に、彼女は「篠笛」(左画像)を持って現れた。
和笛!-聞けば、「ぐるりよざ」を演奏するにあたり、和笛の師匠に弟子入りしたという。そして、師匠との相談の結果を踏まえ、「篠笛」で演奏することにしたい、と。私はこの彼女の意欲に驚愕し、畏敬した。

当初は、さすがの名手も苦労していた。ピッチがとれない。「和笛って、この運指でこの音が出るってわけじゃなくて、全部自分で「音」を作らなきゃいけないのよね~
。」と苦笑する彼女。ところが心配は杞憂だった。合奏のたびにピッチは着実に正常化し、楽器は鳴って音が冴えてくる。凄い!の一言。アマチュアの主婦がここまでやるか-!。

そして本番、彼女は素晴らしいソロを聴かせてくれた。エキストラではなく、日々の練習からともに苦労してきてくれたメンバーである彼女が、新たなチャレンジをして、これほどの演奏をしてくれたことは私にとってもこの上ない喜びであった。あの日の感動は今もまざまざと甦り、決して忘れることはない。



-しかし、その日から数年後、神様はまだまだ若い彼女を天に召してしまった。嗚呼、何と言うことだろう!

私が退団した際、心のこもったクリスマスカードをくれて「戻っておいでよ。」と声を掛けてくれた彼女。不義理をしたくせに、いつの日かまた一緒に演奏する機会があれば-などという虫のいい私の想いなど、そもそも何の意味もなかったかもしれない。それでも、彼女のフルートの音がまた聴きたかった。遠く京都で訃報に接した私は、思わず落涙するほかなかったのだ・・・。

今でも、「ぐるりよざ」を聴くたびに、彼女のことが、あの演奏が想い出される。

Yさん、どうか安らかに。・・・今も天上で、大好きなフルートを吹いてらっしゃいますよね?

(Revised on 2016.11.27.)

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コメント

しまった!これも持ってきていない!
仕方がないので、こっちで買ったヴェルディのレクイエムを聴いて(観て?)います。しかし、伊藤康英からヴェルディってのもなんだか・・・ま、いいか。DVDだと歌い手の表情まで見てとれて、ちゃんと聴かなきゃという気持ちになるから不思議です。最後のリベラ メでは、クリスチャンでもないのにそれなりに厳粛な気分になります。それにしても、ミラノ・スカラ座管弦楽団、Tubaが縦バスっていったい・・・
フルートの姉御様の件、そんなことがあったのですね。存じ上げませぬが、ご冥福お祈り申し上げます。

投稿: くっしぃ@サウジ | 2007年1月 7日 (日) 04時51分

音楽には、夫々に想い出のあるものが多いです。これもそんな一曲というわけですが・・・。中でも「ぐるりよざ」は特別ですね、私にとって。

投稿: 音源堂 | 2007年1月 7日 (日) 22時28分

この「ぐるりよざ」という作品は自分にとって、単に
音楽的にどうこうというだけでなく、私が郷里の熊本を
離れて上京して最初に演奏した吹奏楽曲であるという、
特別な意味があります(その時に指揮をされていたのが
音源堂さまであったことも、大変よく覚えておりますw)

もちろん、そういった懐しさの部分を抜きにしても、
この曲は本当に素晴らしい逸品であると思います。

もっとも好きなのは第一楽章ですね。
鍵盤楽器が不得手な私ですが、練習の空き時間等で
たまたまグロッケンを触る機会があるとつい、この
第一楽章冒頭のパートを弾いてしまいますw

---
篠笛を担当されたYさんがお亡くなりになられたのは
大変に残念なことでした。私は通夜と葬儀に参列する
ことができましたが、あまりに急な訃報だったこともあり、
斎場が強い哀しみで包まれていたことを覚えています。

投稿: HARA-P | 2010年10月28日 (木) 21時37分

今思えば、よく「ぐるりよざ」なんて演ったなあって思います。実際に演奏するのは結構大変ですよね、この曲。あの頃は全然怖がらずにチャレンジしましたけど、やっぱり若かったんですよね。^^)

▼▼▼

Yさんのことを思い出しますと、やはりジワーっと悲しみが戻ってきてしまいます。練習を含めても「ぐるりよざ」と接した時間自体はあっという間に過ぎ去っていきましたが、音楽の記憶、感動の想い出は永遠のもの。「ぐるりよざ」のおかげで、Yさんの想い出も私にとっては永遠のものとなっているのです。

投稿: 音源堂 | 2010年10月30日 (土) 00時06分

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