« デュオ・コンチェルタンテ | トップページ | 喜びの島 »

2007年1月18日 (木)

呪文と踊り

PhotoIncantation and Dance
J.B.チャンス(1932-1972)
John Barnes Chance





”結局、一番好きな吹奏楽曲は何か?”と訊かれたら、この「呪文と踊り」(1963-1964)ということになる。私が楽器を始めた中学校では、1972年の西部(現九州)吹奏楽コンクールに於ける福岡大学の名演が伝説のように語り継がれ、その録音を聴かされてひたすらに憧れの楽曲となっていたから、その影響もあろうか。

実際、現在も全く色褪せることのない名曲である。過不足のない構成、斬新なアイディア、エキゾティックでエキサイティングな楽想と、完成度は極めて高い。尚、作曲当初の標題は Nocturne and Dance であったとの情報もあるが、内容からいって現在の題名が相応しいことは、異論のないところであろう。

♪♪♪

無伴奏のFluteによって旋律が紡ぎ出され「呪文」が始まる。
Photoカウンターとなる木管低音域の音色が、否が応にも神聖でまた不気味な「呪文」の影を差す。
Fluteの澄み切った音色で旋律は高音域に拡がり、続いて冒頭の旋律が今度は低音楽器で奏される。ここでは木管楽器が「呪文」の旋律後半部分をオスティナート風に繰返すのと、Fluteのトリルとが、実に効果的に幻想性と緊張感を醸している。実に個性的で見事な手法だと思う。

やがて蠢くような息の長いフレーズと重厚な低音のサウンドが「呪文」を仕舞い、パーカッション・ソリが「踊り」の開始を告げる。
Percsoliマラカスのトリルをバックに、クラヴェス・ギロ・タンバリン・木魚・ティンバレスと加わり重なり合っていくこのパーカッション・ソリこそが「呪文と踊り」という楽曲の白眉であり、最も強烈な個性。
ここで”聴かせられない”パーカッション・パートにこの曲を演奏する資格はない!

Bass Trb.のLow D音が鳴り響き、バンドはHorn・Trb.・Euph.による2拍3連の強烈な楽句と、鞭(Whip)の音に煽られていよいよエキサイティングに踊りだす。
「踊り」は単一の旋律をさまざまな楽器に引き継いで展開していくが、この活力に満ちた音楽を演出しているのが、以下の3つの伴奏型。

譜例1 Horns
002
譜例2 BassTrb.・Euph.・Tuba
001_2
譜例3 BassTrb.・Euph.・Tuba
003
これらが入れ替わり立ち代り現れ、また組み合わされてリズムに烈しい生命感を与えていることを見逃してはならない。従って、これらの伴奏型は、ただ音を並べただけに止まることのない”表現”が求められるのだ。正確なリズム、アクセント、フレーズ、アンサンブル・・・この伴奏型だけを聴いても、ちゃんと曲(音楽)になってないといけない。

金管のファンファーレ風な楽句に続いて濃厚な低音のサウンドとTrb.のペダル・トーンが炸裂してブレイク。パーカッション・ソリが今度は遠くから聴こえてきてブリッジを形成し、Muted Hornによる「呪文」の再現部に入る。ここでも譜例3の伴奏が律動感を維持し、Fluteの煽情的なフレーズが緊張感とスピード感を高めている。このスリリングな感じはチャンスらしい周到さだ。
やがて「踊り」は律動感を維持しつつも、ややぼやけたムードとなるが、鞭の一撃で再び覚醒するや、終盤に向かってひたすら踊り狂っていく。ここでもビートと音色の変化を織り込んでおり、全く飽きさせることがない。
こうしてまさに熱狂を極める「踊り」は、聴く者の心も躍らせるだろう。

最後は「呪文」のモチーフが金管で高らかに奏されるコーダ。木管の鮮烈な上昇型とトリルはあまりに劇的!高揚した精神状態のままエキサイティングな楽句が戻り、一気に曲を閉じる。

♪♪♪

社会人になって漸く、私はこの憧れの「呪文と踊り」を演奏する機会に恵まれた。しかし、パーカッション奏者が不足しており、私は本職のTrb.ではなく、なんとパーカッションに回ることに・・・!ギロと鞭を担当したが、それこそ本番まで四六時中練習した。このパーカッション・ソリはアンサンブルが難しく、奏者にとってなかなかに幻惑的。この経験を通じて、「パーカッション奏者は譜面の全てが”ソロ”」という事実を身をもって知ったわけで、これは私にとって大きな収穫であった。

本番は練習の成果もあって?まずまず上手くいき、「鬼気迫る感じが良い」「鞭がよかった」など、生涯で初めてお客さんから自分の演奏について名指しのお褒めをいただいたのだった。後にも先にも、Trb.でも褒められたことないのに・・・^^;)

♪♪♪

音源は
ジャック・スタンプcond.
キーストン・ウインド・アンサンブル

(冒頭画像)が名演。
実はこの「呪文と踊り」、一番人気があった1970-80年代には音源がほとんどなく、また音源が増えてきてからも楽曲の魅力を存分に発揮した演奏はなかなか現れなかった。その意味でエポック・メイキングな演奏であり、ぜひお薦めしたい。

  【他の所有音源】
       フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
      アラン・マクマレイcond. コロラド大学ウインドオーケストラ
       ヤーウェン・イエンセンcond. ダニッシュ・コンサートバンド
       スティーヴン・スカイアーズcond. ノーザン・イリノイ大学ウインドアンサンブル
       林 紀人cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
       今村 能cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
       ウォルター・ビーラーcond. イサカ音大ウインドアンサンブル
       フレデリック・フェネルcond 管楽フィルハーモニア
       ヘルト・ブイテンフイスcond. ウーフェニング・バールト・クンスト吹奏楽団
       ティモシー・レイcond. テキサスA&M大学シンフォニックバンド
       木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
       加養 浩幸cond. 航空自衛隊西部航空音楽隊
       スティーヴン・スティールcond. イリノイ州立大学ウインドシンフォニー
       アントニン・キューネルcond 武蔵野音大ウィンドアンサンブル
       金 洪才cond. 九州管楽合奏団
       ケリー・ブレッドソーcond. アメリカ空軍ハートランド・オブ・アメリカ・バンド
       Boosey & Hawks 社 デモ音源
    現田 茂夫cond. 大阪市音楽団 [Live]

一方、本稿の冒頭で触れた福岡大学の1972年全日本吹奏楽コンクールでの演奏を下記URLで聴くことができる。
http://www.www-musicdownloadstore.com/fs/main/sub_catalog.asp?mother_catalog_num=43&catalog_num=49

この演奏も凄い!
「呪文」に不安定な部分もあるが、「踊り」の快速なテンポはこの上なく相応しいものであり、まさに「呪文」をかけられて踊るその”熱狂”ぶりの表現が洵に見事!BassTrb.が好演なのも嬉しいし、コーダに於けるテンポの”ため”も絶妙で、全編に亘りニュアンスを表現し尽くした快演である。最後の終わり方も毅然としていて実にイイ!こちらも一聴の価値ありだ。

(Revised on 2015.1.16.)

|

« デュオ・コンチェルタンテ | トップページ | 喜びの島 »

コメント

忘れもしないこの曲。
私が上京して最初の演奏会で演奏した曲のひとつ。
そして、音源堂さまのギロと鞭が強烈に脳裏に焼きつけられたこの曲。

そういったことは別にしても、よくよく聴くと本当に面白い曲ですね。

この曲も、もうひとつの傑作「朝鮮民謡の主題による変奏曲」にしても、木管の低音がとても効果的に使われているな、という印象があります。
そして、その音色が他の作曲家の作品とはまた違う「色」を出しているような気がします。

---
昔、どこかの中学校のコンクールでの演奏で、ティンパレスパートが全て、ボンゴに置き換えられていたのを聴いたことがあります(全国大会です)。

作曲者の意図を無視するようですが、実はこの置き換えは大成功していると思います。

ティンパレスという楽器は結構鳴りまくるうえに、どうしても「ラテン!」というイメージが強すぎて、この曲の雰囲気からみて違和感を感じることが正直あります。

ところがこれがボンゴに置き換わったことで、いい意味で「まとまって」いました。
なんというか、ティンパレスの時に比べてコンパクトに納まっているなぁ、と。

この中学校がその辺を意図してボンゴに置き換えたのか、
単にティンパレスが調達できなかったからボンゴで代用したのか、真相はわかりませんが、もし前者だとしたらそのセンスに脱帽!という感じですね♪

投稿: HARA-P | 2011年2月20日 (日) 23時07分

HARA-Pさん、いやーお恥ずかしいです。(でも、大マジで懸命に演ったんですけどね、当時。^^)

ティンバレスとボンゴの話、よく判ります。でもまあチャンスは打楽器が本職でもありましたから「そこを上手くやれっていってんだよ!」ってことかもしれませんが…。^^)
遠近感を出すために、チャンスがティンバレスとボンゴを使い分けているのは自明の通りですが、もしかしたらチャンスがこの曲で使用するこのパートに託した基本的なイメージは「低い音」だったのかも?と私は思っています。

私が中学生の頃、「俺は”呪文と踊り”が演りて~!」と常々吼えて(?)いた先輩OBがよく「あの地を這うような木魚がたまらんのじゃー。最近聴く演奏は(木魚の音が)高くて、イメージが違うんよ。」と力説していたのを思い出すのです。(「沖縄(で開催された西部大会)で聴いた福大の演奏は良かった~。」ということでした。)

この”低い”イメージというのが、私にもピンとくるように思えるのです。だから、あのパートもボンゴではなくティンバレスなんだと…。この曲の「踊り」自体がもっとオカルトチックな、というか「低音」の支配する色と響きをもっているのかもしれない-と。

♪♪♪

しかし、この曲に於けるティンバレスの演奏が厄介なことは紛れもない事実です。この厄介さをキチンと乗り切れた時にこそ、チャンスの思い描いた音風景が見えるということなのでしょうか?

投稿: 音源堂 | 2011年2月21日 (月) 00時05分

 こんな事を書くと歳がバレますが。高校1年生の時、生まれてはじめて聴きに行った1972年の第20回全日本コンクールで福岡大学の名演奏を聴いたのが、この作品との出会いです。
 この年の全日本吹コンは、初めて普門館を会場にした大会でした。丸一日かけて中学・大学・高校の部が行われ、田舎者の私は、とにかく天井が高くて、とてつもなく大きなホールに圧倒され、出場する全ての団体がもの凄く上手なのにも度肝を抜かれました。
 さて、福岡大学応援団指導部吹奏楽団の演奏ですが、冒頭のフルートのメロディーに、初めて見るコントラバスクラリネットが神秘的に絡み、続く木魚やムチなど打楽器群の新鮮な響きに魅了されました。当時高校生の私の耳には大変ショッキングで、現代音楽のようにも聞こえ、以来この作品の虜になってしまいました。
 今では考えられないことですが、当時の吹コンは、まだ録音機の持ち込みがOKでした。橋本音源堂様もご指摘のように、当時この曲のレコードは皆無でしたから、モノラルで音質が悪くても、その時の実況録音カセットテープは私の宝物となりました。
 そんなある日、高校のライブラリーを何気なく見ていたら、何と楽譜があるではありませんか!!驚喜しました。早速、演奏しようとスコアを見ると「ティンバレス」とか「Gourd.(ギロのこと)」など、インターネットもない時代に、どんな楽器かを知る術もなく、関東コンクールの常連校だったにもかかわらず予算の少ない県立高校では、打楽器が揃わないという切実かつ不可避的な理由で、結局卒業まで演奏するチャンス(!?)に恵まれませんでした。でも、その15年後に入団した一般団体で、ついに念願が叶い、この曲が演奏できたときは夢のようでした。
 今、改めて聞き直してみると、この曲は「呪文」のモチーフと、「踊り」で提示されるいくつかのリズムパターンを素材として、それを巧みに組み合わせて展開して行く構造だとわかりますが、それに加えて作曲家の優れたアイディアと構成力が、どの部分をとっても隙のない、極めて完成度の高い作品として結実していることに気付きます。
 このJ.B.チャンスという作曲家は、若くして不慮の事故で亡くなったと聞いていますが、「朝鮮民謡の主題による変奏曲」をはじめ素晴らしい作品も多く、生きておられたら、もっと沢山の傑作を残せたろうに、と思うと残念でなりません。

投稿: Hide | 2012年2月 1日 (水) 14時23分

Hideさん、ようこそお越し下さいました!そして素敵なコメントを有難うございます。

そうですか、あの福大の演奏をLiveで聴かれたのですね…!羨ましい限りです。当時のバンドジャーナル誌上の評価で「ニュアンスのある好演」と評されていましたが、録音を聴いてまさにその通りだと思いました。

チャンスの若すぎる死- チャンスが好きで好きでたまらない私にとっても、本当に残念でたまりません。Hideさんに全く同感なのです。

♪♪♪

これからも往年の名曲から知られざる佳曲、最近の感動作など、精一杯心を込めて書き綴って参りたいと思っています。他記事もぜひご覧いただき、また今後もぜひ我が「音源堂」をご贔屓にしていただけましたら幸いです。

投稿: 音源堂 | 2012年2月 1日 (水) 21時53分

こんにちは。
「呪文と踊り」 いい曲ですよね~。
最近また時々この曲を聴いています。

現在では演奏会のビデオ撮影などは当たり前に行われているのでしょうが、
音源堂さんがギロと鞭をなさった演奏は、自分にとっては実は唯一映像が残されているコンサートなんです。

まさに「鬼気迫る」という表現がぴったりの素晴らしい演奏でしたよね!
アンケートで絶賛されたというのもうなずけます(*^-^)

パーカッションの楽しさを味わっていただけたならとても嬉しいですね。

それにしてもチャンスが打楽器奏者だったということをこのブログで初めて知りました。

---------------------------

ところで、HARA-Pさんってこの演奏会でご一緒させていただいたパーカッショニストの方ですよね~??
エキストラで出演させていただいた某木魚奏者ですが、覚えていらっしゃるでしょうか?

今も楽団でご活躍のようですね(o^-^o)
(楽団名は変わったのですね? ホームページで拝見しました。)

このブログでのコメントも様々なことにとても精通していらして、いつも感銘を受けております。

また演奏会など聴かせていただけるチャンスがありましたら嬉しいです。

これからもますますのご活躍をお祈りしていますね。

投稿: Tomo | 2013年3月 3日 (日) 18時19分

Tomoちゃん、コメントを有難うございます。まだまだ寒さ和らぎませんがお元気ですか?

そーなんです。チャンスって打楽器奏者だったんですよ!この曲も「朝鮮民謡」も、だからこそ生まれた名曲と云えるでしょうね。

某楽団での”ギロと鞭”…今思えばよく演れたなあと思います。(通勤電車の中でも、左腕をギロに見立てて毎日練習してました!^^;)もちろんとても楽しい経験でしたが、音色もリズムもやはり本職の方々には敵わないと思いました。
でも- ”この曲をこう表現したい、だから俺の鞭はこうなる!”みたいな火の玉の如き想いは間違いなくありました。本番もそのように演れたと思います。
結果としてそれが聴いていただいた方々に伝わったのだとすれば、これほどウレシイことはないですね☆

▽▽▽

あ、そうそう、HARA-Pさんはあの時もご一緒したドラムセットの名手でもある彼ですよ。今はあの楽団を離れ、さまざまなオケやバンドにてエキストラとして活躍してらっしゃるとのことです。本Blogの常連さんでもいてくれてます。^^)

投稿: 音源堂 | 2013年3月 3日 (日) 22時14分

Tomoさん、ご無沙汰しております!
もちろん覚えていますよ!まさかこちらで再会を果たせるとは…。
あの演奏会からもう19年の月日が経とうしています。
時の経つのは本当に早いものですね…。

実は「あの楽団」の今年春の演奏会に、エキストラとして
5年半ぶりに出演することになりました。19年前と同様、
打楽器がまたもや誰もいないそうで、私がパートリーダー
臨時代行を務めることとなりました。もしご都合が合えば
ぜひ足をお運びいただければ幸いです♪

投稿: HARA-P | 2013年3月 4日 (月) 20時14分

そうでしたか、もう19年も…。
あの時は苦しかったです。曲目もとにかく打楽器の少ない曲を選ばなきゃって思うあまりに、実は難し~いメンデルスゾーンの序曲を選んだりしました。

その後間もなくHARA-Pさんに入団していただき本当に助かりましたが、「呪文と踊り」の時にはTomoちゃんとMくんの我が後輩お二人にトラに来てもらい、更にもとこちゃんと私がパーカスに回って何とか演りましたもんね。(あの時「呪文と踊りやろう!練習してる内にきっとパーカス入団して来るよ。」なんて選曲したはいいけれど、なかなか誰も来なかったですもんね…。^^)

投稿: 音源堂 | 2013年3月 4日 (月) 20時56分

せっかくなのでこの曲のティンバレス・パートについて、ちょっと再考してみました。

ティンバレスというとどうしても、リム(枠、ふち)を絡めて派手にカンカンと鳴らす「リム・ショット」という奏法が有名ですが、実はごく普通の太鼓のようにリムを絡めずに皮(ヘッド)
だけを叩くこともあります。

で、その結果、とても歯切れのいいスタッカート気味の乾いた音になるのですが、チャンス氏は本当はこういう音を意図していたのでは?と…。
いわゆる「カンカン」鳴りまくるティンバレスの音ではなく、もっと歯切れのいい「カチカチ」に乾いた音を意図してのではないか?…と。

なんだかそんな気がしてきましたw

投稿: HARA-P | 2013年3月 5日 (火) 00時31分

HARA-Pさん、示唆に富むコメントを有難うございます。

私自身、この曲のティンバレスにおいて”リム・ショット”奏法をあまりイメージしていなかったかもしれないと気づきました。もしかしたらこれまで聴いたこの曲の演奏で納得的なものの中には、ティンバレスではなくタムを用いていたものもあったかもしれないとも思います。

結論的には”演りよう”ということに帰結してしまいますが、楽器や奏法の選択、或いは音色や抑揚に反映された実際の演奏というものに、さまざまに想いを巡らせこの曲のニュアンスを如何に出すか、この曲を如何に表現するか、が大切ということだと思います。
そう考えれば”リム・ショット”奏法を選択してもこの曲の表現としてあり得るものということにもなります。

素晴らしいと思うのは、貴兄が常にこうしたことを考え抜いて演奏に臨んでおられるということです。どんな楽器であってもそれは大切なことなのですが、殊にパーカッションの場合はその選択の幅広さと、選択ごとの違いの顕著さが際立っていますので、”考えたか否か”が大きな違いとなって現れますものね。

投稿: 音源堂 | 2013年3月 5日 (火) 09時17分

>HARA-Pさん

返信コメントありがとうございます!
今は楽団を離れていらしたとのこと、失礼致しました。

あれから19年もたっているのですね...。

あの演奏会のときお腹にいた娘がもう高校3年生になろうとしていますからね~。
そんな前のことなのに、しかも一度だけしかご一緒していないのに覚えていて下さって光栄です。

私にとっては、HARA-Pさんとの出会いは強く印象に残っているんですよ~
ご自宅がパーカッション御殿みたいなこととか...(^^)
もちろん演奏も上手で尊敬していました!
もっとたくさんいろいろなことを教えていただきたかったですし、どうしていらっしゃるかと思っていましたので、こちらのブログでお名前を見つけたときは本当に再会したようで嬉しかったです。

5月の演奏会、スケジュールの調整ができるかどうか未定なのですが検討してみますね。

------------ 

音源堂さんが「パーカッションの譜面はすべてがソロである」とおっしゃっていましたね。

演奏した録音を聴けばどれが自分の音なのか否が応でもわかってしまいますから、それがやりがいでもあると同時に、ごまかしがきかない怖さもあると思います。

アンケートで名指しでコメントされる機会も、その分多いかもしれませんね。


手前味噌な話ですが、私も今まで一度だけそのようなことがありました。
それは音源堂さんの幹部のときの定期演奏会でやった「シング・シング・シング」のドラムセットです。

中学ではそもそもドラムセット自体がなく、高校はポップス主体のバンドでドラムス専属のプレイヤーがいたため、それまでドラムス未経験だった自分がいきなり「シング...」をやることになるとは...w(゚o゚)w

譜面はほぼすべてがアドリブで、高度な技術とセンスを必要とするこの曲に挑戦することは、本当に常に乗り越えられない高い壁にぶち当たっているような感じでした。

狭い楽器庫の奥にドラムセットを組み立てて、時には隣の部室のサークルから「うるさい」と文句を言われながらも、来る日も来る日もウォークマン(→懐かしい!)を聴きながら孤独に練習を重ねました。

それまで吹奏楽やパーカッションを嫌だと思ったことはありませんでしたが、正直そのときは思うようにできずに 落ち込むことも多々ありました。

なかなかポップスを練習するチャンスがなかったため、演奏会も近くなった頃に師匠(常任指揮者の先生)に直訴して合奏していただきましたが、特に指示などもなく、これでいいのか悪いのかも結局わからず、不安要素がいっぱいなまま 本番を迎えることとなったのです。

もちろん自信など一切ありませんでした。

けれど「シング・シング・シング」が近づくにつれ、何故か本番の緊張やそれまでの苦しみから解き放たれて、ワクワクした気持ちになってきたのです。

曲が始まると、まるで何かが降りてきて自分にとりついたような不思議な感覚にとらわれ、心の底から「なんて楽しいんだろう。このままずっと終わってほしくないな~」と感じながら演奏していました。

そして後にも先にもその一度だけ、自分の演奏に対してアンケートに多くの賞賛の言葉をいただいたのでした。 

打ち上げのときに音源堂さんからも褒めていただき、とても嬉しかったのをよく覚えています(*^.^*)


きっと心から楽しんで演奏していたことが聴いているお客様に伝わったからなのかなと思っています。

スコア通り上手に演奏できたとしても、それだけでは聴く人に感動を与えられるとは限らないのだと思います。

音源堂さんの鞭もそうですが、そこに演奏者の想いや魂がこめられたときに初めて人の心を動かすことができるのでしょうね。

投稿: Tomo | 2013年3月 8日 (金) 01時17分

Tomoちゃん、本当に有難うございます!

あの「シング・シング・シング」、私としてはTomoちゃんのドラムスには何の心配もしていませんでした。当初苦労しているなとは思ったけれど信頼していましたし、実際本番に向ってどんどん良くなってきていましたから。…でもやっぱりその陰では”秘密練習”^^)があったんだね。(しかし、あの狭~い楽器庫でよく練習してましたね!)

本番ではバンドきっての名手・クラのT君のアドリブが暴走しましたもんねー。幾ら”吹きたがり”の彼とはいえ、本番になって不規則にアドリブ増やすことになるとは誰も予想しなかったでしょう。(彼がアガっていたのを見たのは、あれが最初で最後です。)
その間Tomoちゃんが一人バックで確りキープしてくれていたから助かりました。アドリブはいつ終わるか判らなくなってしまってましたが、あの時全員がとにかくTomoちゃんのフィルインに続いて吹き始めるしかない!って覚悟を決めていたはず。果たして無事に”戻れ”てヨカッタ、ヨカッタ…。

何より、練習の成果が”生きたビート”を生んでいて、とても素敵なドラムスでした。本当に良かったですよー。
Tomoちゃんのおっしゃる通り、想いが込められた時に音楽は心に響くのでしょうね。

あの時、打ち上げでTomoちゃんに「良かったよ!」って言ってあげれていたことを知ってホッとしています。実際の私は「アルメニアンダンスPartII」の稿で書いた通りの精神状態でしたから…。

こうして当時のお話を伺うと、楽しかったことも、熱かった自分も、そして本当に至らなかった自分もあれこれ頭に浮かんできて、一人微笑んだり血の気が引いたりです。
…ベタですが、”青春の想い出”ってヤツですかね。^^;)

やっぱりまたいつか、一緒に演奏する機会があったらいいですね!

投稿: 音源堂 | 2013年3月 8日 (金) 09時28分

★Tomoさん
お返事いただきありがとうございました。
Tomoさんのことを忘れるわけがありません。あの時にお手伝いをいただいた皆さんのことはとても深く心に刻まれています。
(手元に記念写真も残っていますw)

あと、私がティンパニに本気で取り組むきっかけを作ってくださったのは、実はTomoさんなんですよ。

私は田舎(熊本)時代はスネアやドラムセットがメインで、ティンパニはほとんどやったことがありませんでした。

しかし上京して「あの楽団」に入団、人数の少なさからメインがどうとか言ってられない状況になり、つい「実はティンパニは苦手で…」などと弱音を吐いた時、Tomoさんが『でも打楽器はなんでも出来なきゃ』と、おっしゃってくださいました(ある晩の練習の帰り道でのことでしたw)

その一言が私にとって(いい意味で)どれだけ重かったか…。

この一言がなければ私は今でも、スネア「しか」叩けない打楽器奏者のままだったかもしれません…。

というわけで、Tomoさんには本当に感謝しているのです。


---
平成12年のお正月にいただいた年賀状が今、手元にあります。
ここに写っている娘さんがもう高3ですか…。私も年をとるはずですねw
ご家族の皆様のお幸せをお祈りいたします。ありがとうございました。

投稿: HARA-P | 2013年3月 8日 (金) 23時46分

私たち音楽大好き人間にとって、演奏の想い出は本当に一つ一つが大切な宝物ですね。中でも苦労した=熱を入れて”練習”に励んだものこそが、深く心に刻まれています。

私もイイ年したオッサンになりました-。
でもまだまだこれからも、音楽の想い出を心に刻んでいきたいと思っています☆

投稿: 音源堂 | 2013年3月10日 (日) 00時37分

音源堂さんにそんなにおっしゃっていただいて恐縮です(^-^;
例のCDをあらためて聴いて本当に恥ずかしくなりましたが、当時の想い出もよみがえってきたわけでして・・・。

苦労したことこそ深く心に刻み込まれているというお話にとても共感します。


ただし私がドラムスをやったのはその一回限りでした。翌年には某楽団に一緒に出たMくんが入部してきてくれたこともあり、「ああ、もうこれでドラムをやらなくても済むわぁ」と内心ホッとしたものでした(^^;) 

某楽団でのエキストラのパート決めのときも「ドラムス以外でお願いします~」とワガママを言っていた情けな~い私が、自分のことは棚に上げてHARA-Pさんに対してそんな生意気なことを申し上げていたとは・・・∑(゚∇゚|||)

今思えば本当に顔から火が出るような思いです。

多分自分もそうありたいという願望をこめて言った言葉なのだと解釈しておきますね・・・。

HARA-Pさんのことですから、きっかけはともかく、きっとその後ティンパニの名手にもなられたことでしょうね。

あのとき一緒に演ったパーカッションの皆様は技術も情熱もすばらしい方達ばかりで、私も少なからず感化されました。
HARA-Pさんともよく駅までの帰り道でいろいろお話させていただきましたね~。  

平成12年の年賀状をお持ちなのでしたら住所は変わっていませんので、演奏会のチラシなど送っていただけましたら幸いです。

これからもより一層のご活躍を期待しております。

------------  

何だかこのブログを私信のように使わせていただき申し訳ありません。
音源堂さんのおかげで知り合えたご縁ということでどうかお許しください m(_ _)m


年をとったといえばお互いさまでしょうが、いつまでも精神的には若くありたいですね。

こうして皆様とお話させていただいていると、いつか再び自分自身が輝けること(音楽)に情熱をかたむけたいという気持ちが強くなります。

子どもが生まれてからはなかなかそういう機会がありませんでしたが、できることから少しずつ始めていきたいものです。  

そしていつかまた一緒に演奏できたら本当に最高ですね!

投稿: Tomo | 2013年3月10日 (日) 18時22分

Tomoちゃん、その”最高の”瞬間を迎えられることを心から祈ります。「いつか」を実現できるよう、お互い元気でそして思いを持ち続けていましょうね☆

投稿: 音源堂 | 2013年3月11日 (月) 11時15分

音源堂さん、ありがとうございます。

人生には、学生時代、OL時代、結婚して子供が生まれてからはそれぞれの成長過程によってなど様々な段階があると思います。

自分のモットーとして、その一瞬一瞬、その時にしかできないことを悔いのないよう一所懸命やりたいと常々考えて過ごしてきました。

ブランクの間も、子供とお祭りのお囃子の太鼓を叩いたり、ピアノ連弾をしたり、ミュージックベルのサークルに入ったりなど、音楽にはちょこちょこ触れていたものの、心の奥では「いつかまた吹奏楽をやりたい。」と想っていたような気がします。

どこかの稿で「演奏することによってしか得られない喜びがある・・・」というコラムがありましたが、本当にそうですよね。


そう遠くないうちに子供がメインの生活を送る時期は終わりを告げ、もっと自分に目を向ける次のステージが訪れるのではないかと思っています。

とは言っても一歩を踏み出したわけでもなく、何の当てもありませんが、ご縁を大事にして、その時の心の声に素直に耳をかたむけ、何かにチャレンジする気持ちを持ち続けたいものですね。

------------

そうそう、先日やっと大学時代の他の演奏会のテープをCDにデジタル化していただきました。
音源堂さんの情報のおかげで実現できました。ありがとうございます。

それを聴いてまた何を感じるのかが楽しみです・・・。


投稿: Tomo | 2013年3月15日 (金) 22時55分

Tomoちゃん、私は中学時代のコンクールのテープもデジタル化しました。これはもうすごく懐かしかったですね。それと当時高い評価を得た他校の演奏は(全体的なレベルは現在のバンドの方が高いですが)、今聴いても色あせない魅力を感じさせます。やっぱり音楽はテクだけではないですね。

投稿: 音源堂 | 2013年3月16日 (土) 01時48分

こんばんは。管理人さん、お元気でお過ごしでしょうか?
この曲、私も指導してから、かれこれ20年以上経ってしまいましたが、プロ・アマを通して、未だ決定盤ともいうべき演奏に出会えていません。「呪文」の部分は、皆ほとんど問題なく進んでいくのですが、「踊り」に入った途端に首を傾げる演奏が多いこと・・・。まず、テンポ設定が難しい。(遅い、重いは論外。)次に、打楽器の音色、リズムの切れ。そして、ブラスのはっきりとした音の立ち、明瞭なタンギング。メロディー開始時のアインザッツの正確さなど、この辺が気になると、もうどうにも落ち着いて聴いてられません。(笑)
それぐらい、思い入れのある大好きな曲なのですが(もう、半分中毒?)、どこかに、良い演奏ないかなあ。こちらの推薦盤も持っていますが・・・。近日、大阪市音楽団のライブCDが発売されるとのことで購入予定。(微かな期待!)
でも、アマチュアが時間を掛けて取り組むには、とても良い作品だと思います。最近はあまりプログラムで見かけませんが・・・。寂しい限りです。

投稿: ブラバンKISS | 2014年6月26日 (木) 23時57分

ブラバンKISSさん、コメントを有難うございます。呪文と踊り、確かに「好演」が少なく、決定的名演を更に期待したい楽曲です。
この曲は「キチンと揃って、正しいリズムと音程で」というだけでは真の魅力が発揮できないと思います。即ち、昨今の吹奏楽界が最も苦手とする楽曲ということではないでしょうか。
本稿で触れさせていただいた福岡大学の演奏は、「呪文」の部分にやや不安定なところがありますが、「踊り」で示されたまさに”生きた音楽”が圧倒的な魅力を放っています。何度聴いても、最後の一音が歯切れよく響いた瞬間には涙がこぼれそうになります。こういう楽曲の魅力を存分に発揮した演奏を常に目指したいものです。

投稿: 音源堂 | 2014年6月28日 (土) 10時48分

こんばんは。
こちらにも、コメントさせてもらいます。先日、頼んでいた大阪市音楽団のライヴCDが届いたので、早速聴いてみました。期待を裏切られる演奏ではありませんでしたが、やはり私にとっての決定盤とは、成り得なかったようです。しかし、演奏は非常に堅実で、大阪市音も現田さんのタクトによく応えて、気持ちの入った演奏だと思います。(個人的に現田さんはファンなので・・・。)ご一聴ください。
そろそろ、コンクールの季節ですね。プログラムに、この曲の名前が、たくさん並んでいた時代がなつかしいですね。

投稿: ブラバンKISS | 2014年7月10日 (木) 00時40分

追伸。
そういえば、このCDの解説に大阪市音の三宅氏が、この曲が、1960年に初めて演奏された際には、タイトルが「ノクターンと踊り」だったとの記載がありました。そして、現在の版にはない「31小節」の部分があるとのこと。こちらの、情報の方が非常に興味深かったです。「ノクターン」と言われると、「呪文」のイメージとまた違った新鮮なイメージが・・・。
この楽譜の演奏を、いつか聴いてみたいと思いませんか?

投稿: ブラバンKISS | 2014年7月10日 (木) 01時02分

ブラバンKISSさん、たくさんのコメントを有難うございます。本稿内でも触れましたようにNocturne and Dance 版の存在は存じてましたが、個人的には「呪文と踊り」という楽曲としての完成度の高さに感じ入っておりますので、原典版への関心は正直さほどではありません。
この曲を演じ切った快演はどんどん出てきてほしいです!

投稿: 音源堂 | 2014年7月10日 (木) 12時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/181124/17916969

この記事へのトラックバック一覧です: 呪文と踊り:

« デュオ・コンチェルタンテ | トップページ | 喜びの島 »