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2006年8月18日 (金)

シンフォニックバンドのためのパッサカリア

Photo_5Passacaglia for Symphonic Band
兼田
Bin Kaneda 1933-2002


1978
年西部(現九州)吹奏楽コンクールでの石田中(沖縄)の名演が、今も心に焼き付いて離れない。
指揮台の端に身を小さくした屋比久
勲先生の棒が、静かに降りる。これに呼応し、まるで地中から湧き出るかのような低音の旋律-。そうして始まった演奏は、最後まで緊張感と音楽の流れが途切れることのない見事なものだった。

1978低音から木管に引き継がれた旋律は音域の上昇とともに高揚していくが、伴奏も足取りを同じくして高揚し、テンションを高めたふくよかな音の束となって感動を誘う。要所要所で旋律・伴奏が一体となって存分に歌い上げる”屋比久節”は、他の演奏で聴かれることのない素晴らしい個性。

終結部のグランディオーソは、充分にテンポを落とし、高らかな旋律と重厚な低音のカウンター、そして運命的なものを感じさせるスネアのリズムをたっぷりと聴かせ、感動的なことこの上ない。このグランディオーソの直前のクレッシェンドも、全合奏が一体となって、まるで炭火の遠赤外線で熱せられるように刻々とエネルギーに充ちていく。これも”屋比久節”の面目躍如である。
このグランディオーソの終結部を聴くと、いつも胸がきゅーっと締め付けられるような感動を覚えてしまう。

  ※同校の演奏は全日本吹奏楽コンクール実況録音で聴くことができるが、
       
CBS
ソニー盤はミキシングが異常で論外であり、ブレーンのダウンロード
        ショップでお聴きになることをお薦めする。
      
http://www.www-musicdownloadstore.com/fs/main/default.asp
       但し、テンポの速い部分は全国大会の方が精度が上っているものの、
       演奏全体の出来は西部大会の方が素晴らしいと思われ、この点少し残
       念。しかし全国大会の演奏でも、私のコメントの意味は充分判っていただ
       けるだろう。

♪♪♪

Photo_2本邦吹奏楽界の重鎮として活躍した兼田 1971年に作曲した音楽之友社創立30周年記念委嘱作品
早くも翌1972年の全日本吹奏楽コンクールで浜松工業高が演奏し金賞を受賞、瞬く間に脚光を浴びた。以来現在に至るまで、作曲者の代表作として広く演奏され、愛されている名作である。

   ※初演よりも先に、フルスコアがバンドジャーナルの附録として配布された
       という。大らかな時代だ。^^)


素朴だが深遠な美しさのある旋律、簡潔で明快な構成にして無理や無駄のないスコアリング、変化に富みながらもダイナミックなクライマックスへ帰結していく統一感… 6分強の時間に音楽がぎゅうっと凝縮しており、まさに本邦吹奏楽オリジナル曲の頂点の一つと云って良い。

♪♪♪

パッサカリアは古くからある舞曲だが、のちに低音楽器によって繰り返し奏
される主題を持つ、緩やかな3拍子の変奏曲を指すものとなった。
同性格の楽曲としてシャコンヌ(
Chaconne)が挙げられる。変化しないベースラインに対し和音が変化するか否か(変化するのがパッサカリア)、或いは主題が低音に常置されるか否か(常置されるのがシャコンヌ)で区別するなどの説があるが、両者の厳密な区別は曖昧である。

作曲者・兼田 敏自身のコメント。
「曲は低音で始まる主題が繰り返され、その上に変奏された音楽が様々に展開される古典の「パッサカリア」の形態をとっています。
また、古典の作品では舞踊曲の形を残して、緩やかなテンポの3拍子、8小節のテーマが繰り返されますが、この曲の場合は10小節、途中から拍子、テンポも変わり18回繰り返されます。
この曲は直ぐ出版され多くのバンドに取り上げられる幸運に恵まれました。そのスコアには「中学校や高等学校のバンドで可能な演奏技術で、音楽の楽しみや喜びが味わえるようなものを書きたいと思いました。」と作曲当時の気持ちが書いてあります。
この年の春、東京から岐阜に住まいを移し、見る物、聴くものいろいろと珍しく、新鮮な空気に感激していたことを思い出します。」


  ※兼田 敏は指揮者・汐澤 安彦と「パッサカリアの演奏をめぐって」という
    題目で対談し、これがバンドジャーナル誌(1973年4月号)に掲載され
    た。作曲間もない時期でもあり、兼田 敏の作曲意図を窺い知ることの
    できる貴重な資料である。
    → 「passacagllia_analyse.pdf」をダウンロード


♪♪♪

楽曲は、低音楽器による密やかな旋律提示に始まる。(冒頭画像)
Photoこの旋律が発展し木管楽器によって、穏やかだが徐々に、且つ確実に高揚して、まずは実に”内省的な”クライマックスを迎えるのだ。この前半部を聴くと、この曲は現代的で西洋音楽の手法で書かれているけれども、ごく日本的な精神性も内包しているのだと感じられて已まない。

突如Allegroに転じ、パーカッション・ソリに導かれてHornに雄雄しい変奏が現れる。
Photo_4これをTrp.が追いかけるのに始まって、この部分では各声部が快活に応答する立体的な音楽となる。賑やかとなって透明感のある”兼田サウンド”を響きわたらせた後、テンポ・ダイミクスともに静まってAndanteに流れ込んでいく。
Andante_alto_soloここではAlto Sax.のソロがとても美しく、またこれに絡むEuph.のロマンティックなオブリガートが印象的である。Oboeソロでさらに甘美さを増したこの幻想は、やがて名残惜しげに遠く消えていく。

再び急な場面展開でAllegro capriccioso。三連符ではらはらと落ちていく木管楽器の楽句から、文字通り諧謔味に満ちた楽想となる。
Capriccioso_3ベルトーンに続く鮮烈なTimp.ソロ-このソロは非常に難しい!果たして聴くもののハートを持っていってしまう”一陣の風”となり得るや…!?

暗鬱なSaxソリのブリッジを経て、今度はワルツ風の典雅な音楽。短いが非常にチャーミングな部分で、私は大好き!
WaltzrubatoSt. Bassのピチカートとルバートで存分に歌うクラリネットが、ちょっと憎らしいほどに洒落ている。


そして曲はフィナーレへ向かう。Sax.に始まり次々と受け継がれる主題とその変奏は、フーガ風に編み上げられて徐々に厚みを増し、さながら巨大な構築物となっていく。堂々たる低音の4分音符の足取りは緊迫のアラルガンドとなり、深く強く熱を帯びながら、最大のクライマックス=Grandiosoを迎える。
Photo_6高らかに、伸びやかに奏される旋律と、劇的な低音のカウンター。バックに聴こえるスネアのリズムが”終末”の暗示を充満させ、これが劇的さを幾層倍にも拡大しているのが凄い!
Last_2最終2小節の全合奏による吹き伸ばし、作曲者は敢えてフェルマータを付していない。感傷的になり過ぎぬエンディングで全曲を終う意図であろう。

♪♪♪

「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」は確りとした構成かつ明解なスコアの秀作であるが、ともすれば淡々と演奏されがちな曲でもある。前述の石田中の演奏こそは、この曲が備えている劇的性を浮き彫りにしたものであり、その真価を改めて世に轟かせたのである。
プレイヤーに中学生としての限界はあるが、表現面で高次元へ殻を突き破ったその演奏は、存分に「歌」を聴かせ、グランディオーソをドラマティックに演出して、この曲の世界を更に拡げたのだ。

プロフェッショナルなバンドの録音では
Cd_2汐澤 安彦cond.
東京アンサンブルアカデミー

の演奏をお薦めしておきたい。
録音もサウンドも古いが、この曲の素顔を見ることのできる実直な演奏である。


  【その他の保有音源】
      金
 洪才cond.東京佼成ウインドオーケストラ
      山下
一史cond.
東京佼成ウインドオーケストラ
      木村
吉宏cond.大阪市音楽団
      秋山 和慶cond.大阪市音楽団(Live
      牟田 久壽cond.警視庁音楽隊(Live
      下野 竜也cond.九州管楽合奏団(Live)
      新田 ユリcond.大阪市音楽団

      屋比久
cond.なにわオーケストラル・ウインズ(Live
       渡邊 一正cond. シエナウインドオーケストラ(Live

(Revised on 2016.11.5.)

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コメント

この曲こそ、日本人による吹奏楽曲の最高峰でしょう。決して技術的に難解ではなく、かと云ってその音楽の質たるや、アマチュア向けに妥協されて出来上がったものではない。アマチュアが演奏しても、何か訴えてくるものがあり、だからと云ってプロフェッショナルな団体が、幾多の演奏をしているにもかかわらず、決定的な名演には出会っていません。しかし、こうあって欲しいという、この曲への理想の姿が心の中にはあると思うのです。私もコンサートで、学生の指導をしたことがありますが、演奏に没頭してしまい、サウンド、技術のトレーニングでは済まされない何かを、いつも感じていました。最初にこの曲を聴いたのは1979年の地方コンクール県大会。中学生でしたが、すばらしい感動を与えてくれました。そして汐澤/東京EAのLPでさらにファンになりました。

投稿: ブラバンKISS | 2007年8月24日 (金) 22時34分

ブラバンKISSさん、たくさんのコメントを有難うございます♪

屋比久先生、今年から鹿児島の某高校に転任。就任僅か4ケ月ほどにもかかわらず、この学校を九州大会に初出場させてしまいました。
自由曲は・・・この「パッサカリア」でした。

投稿: 音源堂 | 2007年8月25日 (土) 22時47分

各地のコンクールも、代表が決まってきたようですね。そんな時期になってきました。夜更ししながら、何気に屋比久先生のサウンドが、懐かしくなり、「吹楽Ⅱ」と「なにわOW2004」のCDを、久々に聴きました。特に福岡工大付の演奏は、以前あまり印象に残っていなかったのですが、久々に聴いてみると、熱く伝わってくるものがありました。今は亡き、兼田敏氏の吹奏楽への想い、屋比久先生のこの曲への想いが相まって、大きなエネルギーと感動を伝えてくれるいい演奏だと思います。近頃のコンクールの傾向は、技術やメカニックな部分に偏重し、音楽本来の想いや情熱に欠けた、力技や優等生的な演奏が、多くなったような気がします。だからこそ、プロ演奏家の熱い音楽が、求められていると思います。名演の出現に期待します。

投稿: ブラバンKISS | 2007年9月 2日 (日) 04時05分

兼田作品は確りと書かれている分だけ、端的に曲の核心を指し示す演奏が少なくなっている気がします。
他の兼田作品でも胸のすくような演奏を聴きたいですね。

投稿: 音源堂 | 2007年9月 2日 (日) 20時47分

はじめまして。1978年、私は石田中で2年生でした。あれから30年。屋比久先生はもうすぐ70歳に。

パッサカリアは今でも大好きな演奏で頻繁に聴いています。
弦バス&Tubaからのルバートは「真っ暗な闇の中に浮かぶガイコツが操り人形のように踊っている」という先生の言葉が印象に残っています。なんだか納得させられます。でも先生は覚えていないような・・

中学生が理解し表現しやすいようにいろいろな例えを多用されていましたが、それが必ずしも作曲者の意図したものばかりではない部分もあるでしょう。全国大会を聴いた兼田敏氏が「こんなパッサカリアもあったのか」的なコメントをされていたそうです。

未熟な中学生の演奏の中にも言葉や映像が垣間見えたら嬉しいなと思います。

投稿: Cazy | 2008年11月27日 (木) 21時35分

Cazyさん、コメントを有難うございます!
1978年に中学2年生-私と同学年ですね!私もこの年、戸畑の西部大会に出場しておりましたよ。

石田中のパッサカリア、素晴らしい演奏でした。それまでに演奏された全国大会の実況録音で聴いて曲は知っていたものの、いま一つピンときていませんでしたが、石田中の演奏を聴いて本当に感動しました。「パッサカリア」の真価を示した名演だと思います。
この年は課題曲「砂丘の曙」の演奏も素敵でした。マーチという枠組みを完全に超えた”歌いまくり”の演奏は大変個性的で、私の心に深い印象を刻んでいます。

♪♪♪

中1の西部大会では石田中と本番前の練習会場が一緒で、石田中のトランペットパートの方々が「ドリアン・ラプソディ」冒頭を何度も合わせ直しておられました。その時の真剣な眼差しは忘れられません。
そのトランペットパートのお一人「健」氏^^)は名札とプログラムの名簿で確認したところ、私と同じ1年生でした。同じ中1の方がこうして全国大会バンドで頑張っている-大いに励まされ、また燃えたものです。(結局、石田中はずっと憧れの存在で、近づくこともできませんでしたが・・・。)

♪♪♪

いずれにしてもこの名演は、今でも色褪せることなく私を感動させてくれます。素晴らしい音楽を有難うございます!

投稿: 音源堂 | 2008年11月28日 (金) 17時49分

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