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2006年8月 2日 (水)

ディオニソスの祭り

Florent_schmittDionysiaques
F.シュミット
(Florent Schmitt, 1870-1958)







フローラン・シュミット(冒頭画像)が1913年ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のために作曲した作品で、吹奏楽オリジナルの最高傑作の一つとされる。ゴージャスな編成(123名)を想定していることでも有名で、その規模もまた多様さも抜きん出たものである。
※秋山 紀夫氏による編成表:「Akiyama.jpg」をダウンロード

おどろおどろしい低音のモチーフ提示に始まり、
1_2幻想的で各楽器の音色を生かしたソロイスティックな儀式の部分と、
2_3踊り狂う饗宴の部分とが
3_2交互に現れる「音楽絵巻」。
その絢爛さと
壮大なスケール感は随一のものである。

(尚、シュミットの他作品としてはバレエ音楽「サロメの悲劇」が注目すべきもので、森田一浩先生の吹奏楽編曲による”シンフォニック・セレクション”があり、こちらももっと演奏されて然るべき。)

♪♪♪

古代エーゲ海文明の「ディオニソスの祭り」は、牛を殺して祭壇に捧げ、その牛を八つ裂きにして生肉を食べ、生血を啜ることによって、崇拝するディオニソス神との一体感を得るというものであり、このことから判るように、ディオニソスは”荒ぶる神”であった。
後にアテネでは生肉はパンに、生血は葡萄酒となり、”荒ぶる神”ディオニソスは豊穣の神とされたが、この曲のイメージはまさに古代エーゲ海文明の”荒ぶる”「ディオニソスの祭り」ではあるまいか?


ディオニソスは心をさらけ出した人々を救済するとされ、救済を求める信者たちは肉体から魂を離脱させる(=エクスタシー)ことを試みるものであり、酒を呑むのはそのためであるという。沸き立つ血と酒が、巨大なエネルギーを人々から引き出すのだ、と。

一方でディオニソスは女性信仰を厚く集めたと言われ、この曲にえも言われぬ官能性が秘められているのも、然りと思う。


※ディオニソス信仰についての記述は本山美彦/福井県立大教授のブログをもとにしている。このブログは古代ギリシャ哲学等に詳しく、大変興味深い内容である。


♪♪♪

Photo_12ところで、この曲に使用されている「サリュッソフォーン」(左画像)は金属管のダブルリード楽器であり、野外演奏を念頭に1850年代に発明された”ダブルリード版サクソフォーン”というべきもの。
当時のスコアは確認していないが、モーリス・
ラヴェル「スペイン狂詩曲」やポール・デュカ「魔法使いの弟子」にも使用されていたそうだ。
「ディオニソスの祭り」では、本家ギャルドの他、フロリダ大学ウインドシンフォニーの録音でどうも耳慣れない音色が聴こえる。これこそがサリュッソフォーンの音ではないだろうか。
※参考URL :
http://www.idrs.org/publications/dr/DR8.2/DR8_2Joli.html 

♪♪♪

閑話休題、音源についての話を。

Photo_10
フランソワ・ジュリアン・ブランcond.
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団
が本家本元の演奏、ギャルド全盛期のこの演奏抜きにこの曲を語ることはできない。
バンド自体の卓越した技術と音色、豊かなサウンドと表現はもちろん素晴らしいが、「ディオニソスの祭り」はサリュッソフォーンだけでなく、潤沢にサクソルン族楽器を揃えたギャルドの編成を念頭に作曲されたわけであり、この曲本来の響きや色彩はこの演奏が体現しているはずだ。

20072007年11月に、フランソワ・ブーランジェ率いるギャルドが来日した際(左画像)もこの「ディオニソスの祭り」を演奏。
サリュッソホーンは見当たらず、またサクソルン・アルトのパートをホルンに置き換えるなど、現在の編成に引き直したとのことではあったが、それでもやはり「この曲はギャルドのもの」という感じがした。

この他に、私が所有している「ディオニソスの祭り」の音源は12あるが、聴き比べて改めて感じるのは技量はもちろん、相当な「演技力」が必要な楽曲ということだ。
譜面を如何に正確に追ったとしても、淡々と演奏したのでは
この曲の魅力を引き出すには至らない。

その意味で、以下2つの演奏が面白い。

Photo_104エイヴィンド・アドランドcond.
ノルウェー陸軍スタッフ・バンド

”儀式”の部分で非常に積極的に表現し、立体的な音楽を聴かせてくれる。




Photo_11ハインツ・フリーセンcond.
聖ミカエル・トルン吹奏楽団

やる時はやる!とばかりに
大胆な表現を見せている好演。




アメリカ空軍バンドの演奏などは、本当に達者な一方、サウンドが薄くてこの曲としては物足りない感じ。実に確りとした思想が一本通った明快な演奏ではあるのだが・・・。
この曲に必要なのは、スリムな現代風美人の美しさではなく、豊満美人の匂うような色艶だと思う。

それにしても、ハイレベルなバンド揃いにもかかわらず、終盤の絢爛たるサウンドと壮絶なメカニックの絡み合いを鮮やかに聴かせる演奏が少ないのは、どうしたことだろう。ライヴ演奏では明らかに終盤バテているものもあるし、難曲ぶりを物語っているということか?
ところで、日本のプロフェッショナル・バンドによる録音は・・・何故かほとんど無い。

【その他の所有音源】
ユージン・コーポロンcond. シンシナティ音楽大学ウインドシンフォニー
トーマス・フォリーcond. アメリカ海兵隊バンド
ローウェル・グレイアムcond. アメリカ空軍軍楽隊(L.オドム編)
ヘルト・ブイテンホイスcond. オランダ海軍軍楽隊
ティモシー・レイニッシュcond. ローヤル・ノーザン音楽大学ウインドオーケストラ
ジェームズ・キーンcond. イリノイ大学シンフォニックバンド
ガイ・デュッカーcond. イリノイ大学 シンフォニックバンド
デヴィッド・ウェイブライトcond. フロリダ大学ウインドシンフォニー
デジレ・ドンディーヌcond. パリ警視庁吹奏楽団
船山 紘良cond. 陸上自衛隊中央音楽隊


( Revised on 2010.6.13. )

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コメント

H様。
ブログ、ご案内いただいて光栄です。興味深い記事ばかりですね。HNどうしようか迷いましたが、結局はこうなりました。今後ともごひいきに。

サリュッソフォーン、何年か前に浜松の楽器博物館にいるのを見ました。近くのボタンを押すと参考演奏が流れ、案の定、ディオニソスの祭りの一節で、タタタータタ、タッタッタッタタタッタ、タッタッタッタッタ(これで分かるかなあ?いや分かるに違いない!)
音はと言うと、ものすごく硬質な感じでした(メタルだから???)。

ところで、別館の方もなかなか楽しそうですね。
海老蔵君、かわいいです。
生き物がいる環境っていいですよね。うちの事務所でも最近、陸亀を飼うようになって、所員の癒しになっています。でも名前を「所長」にしてから何か扱いが荒くなってきてるような。
いや、多分気のせいですが・・・

投稿: くっしぃ@サウジ | 2006年8月28日 (月) 06時38分

おおっ、くっしぃ様!遥かサウジの地から、ようこそいらっしゃいました!
まあ、こんな感じで「聴いてほしいなー」と思う曲のことを書いています。ボーダレスに素敵な音楽を捜し求める求道者?として、いいと思う音楽をご紹介したいという思いでおります。
こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします。

別館のほか、旅行記も立ち上げました。まとまった執筆時間がなく、なかなか公開できませんが、こちらは今夏の東北旅行からスタートさせますので、本館・別館ともども見てやって下さいね。

投稿: 音源堂 | 2006年8月28日 (月) 23時45分

今週末、三重県津市で行われる「アメリカバンドVSフランスバンド」という企画で、フランスバンドにてこの曲も演奏されます。サリュソフォーンも登場します。他にもリシルド、詩人と農夫、トッカータとフーガなども演奏されます。

投稿: M | 2007年2月14日 (水) 14時06分

Mさん、書込み有難うございます。
ええ、このバンドの取り組みは以前からネットで拝見して存じております。私は実を言うとウインド・アンサンブルより、往年のギャルド編成の方が志向としては好みですので、いつか一度そうした編成で演ってみたいと思っております。

投稿: 音源堂 | 2007年2月14日 (水) 22時45分

はじめまして。吹奏楽はずいぶん前に任意引退中の
akiraと申します。
ずいぶん前にこのサイトにたどり着いてから、記事を
楽しく拝見させてもらっています。
ディオニソスの祭りは過去に一般のバンドで2度ほどやったことがあります。その難しさはいうまでもなく、ヒイヒイいいながらさらった記憶がありますね。でもやればやるほど引き込まれていく曲のひとつだと思います。
2回やった演奏はコンクールで吹いたものですが、一度は記事で話題のサリュソフォーンを編成の中にいれてやりました。やはり独特な音をしていて今その演奏を聴くと、結構聞こえてくるなあと感じながら聞いています。
ダブルリードの楽器なんですが、実は運指はサクソフォンとそんなに変わらないんですよ。

投稿: akira | 2011年5月 2日 (月) 00時49分

akiraさん、コメントをいただき有難うございます。
これほどのスケール感を持つ吹奏楽曲は本当に少ないですよね。やはり名曲です!
サリュッソフォーンは”合理化”された楽器なのでしょうね。一度直ぐそばで生の音を聴いてみたいです♪

投稿: 音源堂 | 2011年5月 3日 (火) 09時13分

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