吹奏楽のための序曲 op.24
Ouverture fur Harmoniemusik
op. 24
F.メンデルスゾーン
(Felix Mendelssohn-Bartholdy
1809-1847)
ドイツ・ロマン派の巨匠メンデルスゾーン(冒頭画像:13歳時のポートレート)による1824年の作曲であり、彼が吹奏楽に遺した宝珠ともいうべき逸品。
「序奏を持ったソナタ形式」の様式美と旋律の優美、快活で発散性の高い楽想と品の良さといったものが、いつも耳にする吹奏楽の世界とは一線を画している。
メンデルゾーンがわずか15歳にしてこの曲を作曲したことは有名で、この事実は、その2年後に作曲した「真夏の夜の夢」序曲とともに、この大作曲家の天才が早くから湧き溢れていたことを証明するに充分である。
この「序曲op.24」はメンデルスゾーンが避暑に訪れたバート・ドーベラン※の宮廷楽団のために作曲されている。
当初「ノクターン」という表題を持つ、11(のちに23に改編)の管楽器による合奏音楽だったわけだが、この宮廷楽団が管楽合奏形態であった故に、この吹奏楽オリジナル作品が遺されたわけであり、この巡り遭わせを吹奏楽界は幸運と思うべきだろう。
※バート・ドーベラン(Bad Doberan)
ドイツ北部メクレンブルク=フォアポンメルン州のバルト海沿岸の街。現在では、1886年から現在もバルト海沿岸を走るSL蒸気機関車モリー号の出発地であることと、市内にある大聖堂が有名とのことである。
http://deutschland.eier.net/ort/baddoberan.html 尚、山下剛著「もう一人のメンデルスゾーン」という、メンデルスゾーンの姉ファニー(左画像参照/彼女もまた音楽的才能に溢れていたという)を題材とした本に、”保養地ドーベランでの事件”が記されている。この「吹奏楽のための序曲」が作曲された、まさにその時のことである。
メンデルスゾーンと姉ファニーはここドーベランでこっ酷いユダヤ人差別に遭い、そのことが将来に亘り彼らの心に大きな影を落とすことになるさまが描かれている。
この涼やかで安寧な、健康的な音楽の背景にも、それを取り巻く苦しみはあったのだ。
http://www.michitani.com/books/ISBN4-89642-159-0.html
♪♪♪
序奏は3/4 Andante con moto、ホルンの4分音符3つで厳かに始まる。低音部に提示された旋律は木管の優美な旋律に受け継がれる。続いてホルンとアルトサックスが歌う旋律もまた美しい。やがて、澄んでいるがとても深い淵に沈み込んでいく-そんな楽想の中、主部のモチーフを奏するトランペットの音が遠くから聴こえてくる。
主部は4/4 Allegro vivace、終始快速にして快活、軽快な音楽である。テュッティになっても全く品格が損なわれない点、吹奏楽オリジナル曲として特筆すべき存在である。この曲を聴くと、いつも京都・広隆寺の弥勒菩薩像を思い出す。
兜卒天におはすというあの弥勒菩薩の”質量感”の無さ。軽薄ではなく宙に浮いたあの感じ、あのスッキリとした質量感の無さを、軽快な楽句でイメージさせる音楽だ。
♪♪♪
私は従来この曲に対して、「あー、確かに名曲ね。」という以上の感慨を持てなかった。トロンボーンの見せ場に乏しい、大作曲家のスカした音楽-そんな捉え方だっただろうか。
しかし、実際に演奏してみて、練習を重ねてみてこの曲に魅きこまれて行った。他の楽曲とは全く違うタイプの高揚感があり、それが快感だった。練習番号R(終わりから34小節め)のテュッティなどは、単なる音量ではない精神的な高揚感に包まれるのだ。この部分、トロンボーンはシンコペーションの伴奏であるが、何度でも吹きたかった!
また、主部冒頭から練習番号Jの前までをリピートするのだが、決して形式的ではなく、必然性があり、また音楽上効果的なもの。このリピートが楽曲の満足度を格段に高めている。これも演奏してみると強く感じることだ。
力のある楽曲というのは、こういうのを言うのである。「大作曲家の権威」などはクソくらえだが、イイものはイイ。心が感じるのだから・・・理屈ではなくて。
♪♪♪音源だが、
クラウディオ・アバドcond.
ロンドン交響楽団(管打楽器セクション)
の演奏を推す。
吹奏楽界特有の集約性が優る演奏の録音もあるが、それよりも、自由にそしてより積極的な表現を示すこの演奏の方が、この曲の魅力を引き出すことに成功していると感じるのである。
【他の所有音源】
広上 淳一cond. ストックホルム・ウインドオーケストラ
手塚 幸紀cond. 東京佼成吹奏楽団
沼尻 竜典cond. 大阪市音楽団
ジェームズ・キーンcond. イリノイ大学シンフォニックバンド
汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
アントニン・キューネルcond. 武蔵野音大ウインドアンサンブル
フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
ローレンス・ハーパーcond. ウィスコンシン・ウインドオーケストラ
ジョン・ボイドcond. インディアナ・ステート大学ファカルティ・ウインズ
ヨーヘン・ヴェナーcond. ライプチヒ放送吹奏楽団
ネヴィル・マリナーcond. アカデミー室内管弦楽団(管打楽器セクション)
ハリー・ベギアンcond. イリノイ大学シンフォニックバンド
※本稿での譜面に関する表記は、G.Schirmer社のFelix Greissle版 (現代吹奏楽編成への改訂版)を使用している。
( Revised on 2008.4.7. )
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コメント
この曲、実演されたのですね。すごい!
実は今、メンデルスゾーンの曲に取り組んでいるのですが、実にいい曲です。やっぱり古典は古典で素晴らしい。ただ、難しすぎて全然弾けないのが何ですが(目下、いかに弾きまねが分からないようにごまかすか特訓中。。。)。
トロンボーンに関しては、あまりに神聖な楽器ということで使用頻度がおさえられていたという話があるそうです(本当だか?)。
投稿: くっしぃ | 2009年1月 4日 (日) 01時22分
この曲は、お察しの通り難しいです。正直演るのは怖い。(もしこの曲で全国・金なんてバンドがあったら、それは「本当に凄い!」としか言いようがないですね。)
前に所属していたバンドで、打楽器奏者が全員一斉に辞めた非常事態の時でしたから、「とにかく打楽器の少ない曲」というので選びました。結果としては、新しくお迎えした常任指揮者の音楽性にピタリと合って、奏者側としても実に得難い、愉しい経験をさせていただいたのですが・・・。
難しいのは間違いないのですが、それを覆して余りある価値が十二分にありますので、機会があれば、何としてもチャレンジすべき楽曲だと思います。・・・とにかく楽しいんですよ、演ってて!
投稿: 音源堂 | 2009年1月 4日 (日) 22時48分
こんにちは。2度目の書き込みとなります。
この曲もまた、高校時代に我が弱小楽団で演奏した、思い出が残るものであります。ちょうどジェイガーのシンフォニー全楽章演奏とさほど変わらない時期です。当時は吹奏楽を始めて5~6年を経た頃でしたが、大作曲家の筆によるこの曲には、アメリカ製(もしくは日本製)の所謂“吹奏楽オリヂナル曲”とは、確かに違う雰囲気(ただし、決して違和感ではなく、快感に近い感覚)を覚えつつ、拙い楽音を発しておりました。
その不思議感覚を、貴記事は見事に説明してくださいました。さすがです。四半世紀前の謎が解けたようです。
ランダムに拝読しておりますので、懐かしい曲の記事に出会いましたら、またお邪魔させていただきます。失礼いたしました。
投稿: 長谷部 | 2009年5月28日 (木) 19時08分
長谷部さん、コメントを有難うございます。
この曲を演奏できたことは、私にとって得難い経験であり、大切な記憶です。非常に拙い演奏ではありましたが、あの精神的高揚は間違いなく高次元のものであり、今でもまざまざと回想されます。
素晴らしい音楽と接することは、他の如何なるものからも得られない幸せをもたらしてくれますね。音楽って本当に素晴らしいです!
投稿: 音源堂 | 2009年5月29日 (金) 09時16分