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2006年7月28日 (金)

呪文とトッカータ

Photo_8Invocation and Toccata
J.バーンズ
(James Barnes 1949-)





人気作曲家ジェームズ・バーンズの代表作の一つで。「祈りとトッカータ」の方が適訳、というのが通説となりつつあるが、本稿は私にとって馴染み深い「呪文」の方で表記している。
本邦では「アルヴァマー序曲」の人気が先行したため、それと全く異なりシリアスな作品である「呪文とトッカータ」は、当時バーンズの作品としては意外感をもって受けとめられた。構成・内容ともに充実した傑作である。

♪♪♪

Trb.のペダル・トーンを伴った低音の暗鬱なサウンドで「呪文」が始まる。アンティーク・シンバルやピアノもB♭音を4分音符で奏でており、独特の響きが印象的である。5/4拍子の旋律は全曲を通じて支配するもの。
1一旦静まるとフルート・ピッコロの伴奏を従え、木管群が弱奏だが濃密な旋律を提示する。この部分、バーンズは2小節を1ユニットとした
10拍子で指揮するよう希望しているが、これはフレーズをより大きくとってほしいとの意図であろう。ファンタジックなオーボエ、ユーホニアムのソロが続き、両楽器の音色が生きていて素晴らしい。
2冒頭のムードを取り戻し最初のクライマックスが訪れたあと、快速な「トッカータ」に入る。

3/4拍子の「トッカータ」では多彩な打楽器群が活躍。アンヴィル(この音色が面白い!)に導かれてカスタネット、タムと加わってきて「トッカータ」の主部へ。バーンズは「トーチ・ダンス」というまるで打楽器のデパートのような作品も書いており、打楽器の用法は意欲的かつ個性的なのである。
3トッカータらしい緊迫した木管アンサンブルが展開したのち、鞭に呼覚まされて激しさを増し、変拍子のクライマックスへ。続く
Trp.Trb.のファンファーレ楽句と打楽器の鮮烈な応酬も聴きどころだ。

短いフーガ風の部分を挟み、トッカータを再現して曲は最後のクライマックスへと向かう。
4_2低音の特徴的なリズム・パターンをインテンポで聴かせつつ、全合奏がSENZA MISURA
という自由なテンポでバラバラにサウンド・クラスターを奏でる中、中低音が冒頭の旋律を甦らせる。その全てが渾然一体となって「呪文」となり、フル・テュッティで高らかに奏され最大のクライマックスを形成する。カウンターの低音が迫力満点!
そして急にテンポを速め狂乱のコーダへ突入、重厚なサウンドを響かせ曲は終わる。

聴かせどころ充分で構成感に優れ、楽器用法も見事かつ斬新。吹奏楽オリジナルの名曲の一つと断言したい。演奏にあたっては作曲者指定通りの楽器を揃え、響きの独特さを存分に味わってほしいものだ。

♪♪♪

音源はバーンズ自作自演による東京佼成ウインドオーケストラの演奏(冒頭画像)を推しておくが、完璧ではない。他の録音も一長一短で決定盤と言える演奏が存在しないのだ。胸のすくような、涙がちょちょ切れるような快演が聴きたいが・・・。

Photo_7それに一番近いのが、前稿でも紹介した
鈴木孝佳
cond.
福岡工業大学附属高校
の演奏。

1983年の全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞したのだが、テンポ設定が適切この上なく、この曲の随所に現れるコントラストの表現が見事で、まさに胸がすく出来映え。サウンドも素晴らしく実に感動的な演奏である。惜しむらくは・・・コンクール演奏ゆえにカットがあることだけだ。

( Revised on 2008.3.20. )

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コメント

習志野高校が、本邦初演ということで、1982年全国大会で演奏し、当時話題になってから、もう25年も経ったんですね。この年、私もコンクールの県大会でライバル校が演奏していたので、曲は知っていました。強力な新曲ということで、結構ほかでも取り上げていた団体があったようです。しかし、どれもパッとせず、翌年の福岡工大付属高校の演奏が、完成度も高く、普門館で聴き終わった後、大きな拍手を送っていました。でも、私にとっての名演は、1991年関東大会(於 新潟県民会館)での野庭高校の演奏でした。課題曲もすばらしかったのですが、この曲の最後に向かって、壮大なクレッシェンドが会場に響き渡り、演奏が終わった後、涙があふれて夢中で拍手をしていたのを憶えています。この演奏をライブで聴けたのは、本当に幸せでした。

投稿: ブラバンKISS | 2007年8月26日 (日) 02時30分

この曲は、まさにsharpでcoolな演奏で聴きたいですね。スカッとしたテンポと発奏、存分なダイナミクスの変化・・・。
実際に演奏してみて、サウンドの素晴らしさと音楽的工夫の散りばめられ方に痛く感心しました。本当によく出来た曲だと思います!

投稿: 音源堂 | 2007年8月26日 (日) 10時56分

私はこの曲を中1でやったのですが凄く印象的な曲でした。
(ってまだ中2なんですけど・・・)
パートはパーカッションでした。
人数不足のため絶えず誰かしらが動き回っていたため大変でした。
アンティークシンバル
ドラ
サスペンダー
B.D
タンバリン
などなど・・・
この曲の合奏が終わるとはぁーってため息が出ました。
(まじで)
まぁでも演奏会後のあの爽快感はこの曲でしか味わえないとおもいます!!!! 

投稿: 蕨愛 | 2008年10月23日 (木) 16時15分

蕨愛さん、音源堂にようこそいらっしゃいました。そしてコメントを有難うございます。

「呪文とトッカータ」は本当にいい曲ですよねー。蕨愛さんにとっても想い出深い一曲となったようですね。私も学生指揮者を務めた大学3年で採りあげた想い出の曲であり、また、新たな常任指揮者をお迎えしたその演奏会のプログラムであったことからも、大変印象深い作品です。わざわざ先生が先生の母校(音大)からアンティークシンバルを借りてきて下さったのですが、その響きが凄くエキゾティックに感じられたのを思い出します。

蕨愛さんがこれからも末永く音楽を楽しまれ、吹奏楽だけでなくさまざまなジャンルで素敵な音楽との出会いがありますよう、祈って已みません。またぜひ我が音源堂にお越し下さいね!

投稿: 音源堂 | 2008年10月24日 (金) 09時41分

私も「Invocation」を「祈り」と訳すのは凄く違和感ありますね。

Invokeって、何かを呼び覚ましたり召喚する意味ですから、強いて訳すなら「おまじない」の方が近いですよね。「祈り」にはそんな意味は含まれていないから、「呪文」よりも意味が遠ざかってしまったと思う。

まぁ、「呪い」と書いても「まじない」よりも「のろい」と読まれてしまうほど、悪魔的な意味合いが強まってしまった現代では、「呪文」という言葉が使い難い面はあったんだろうけれど、代わりに「祈り」はやっぱり違うと思う。

投稿: 通りすがり | 2012年12月23日 (日) 23時21分

通りすがりさん、お越しいただき有難うございます。
私がこの曲を初めて聴いたときの標題は「呪文とトッカータ」であり、全く違和感なく、逆に曲のイメージにピッタリだなと感じていました。
日本語の持つ意味・ニュアンスもさまざまですが、この曲の題名において「呪文」という言葉が持つ意味の中でも私は「のろい」というニュアンスを全く感じずに受け容れていました。

みなさん曲の持つ本来の姿に少しでも迫ろうとするのでしょうが、やや形式的なアプローチに止まっているのかも知れませんですね。

投稿: 音源堂 | 2012年12月24日 (月) 00時00分

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