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2006年7月13日 (木)

ディスコ・キッド

PhotoDisco Kid
東海林 修
(Osamu Shoji  生年非公開




作曲者東海林 修は本邦ポピュラー・ミュージックの世界で永きに亘り活躍を続けている作編曲家。J-POPにおいては「ウナ・セラ・ディ東京」(ザ・ピーナッツ/1964)や「危険な二人」(沢田研二/1973)をはじめとする数々のヒット曲のアレンジャーとして知られる。
1970_2アニメーション映画などの映像関連音楽にも作品は多く、またNHK伝説の音楽番組「ステージ101」の音楽監督も務めた(1972-1973)ほか、誰もが知るあのユニークな「”笑点”のテーマ」のアレンジも彼の手に成るものである。
   ※ポートレートは1970年当時のもの

「ディスコ・キッド」以外の吹奏楽曲としては、ニュー・サウンズ・イン・ブラスにB♭&E♭クラリネットのソロをフィーチャーした「マスカレード/レオン・ラッセル(カーペンターズ)」のアレンジがあり、印象に残る。

♪♪♪

「ディスコ・キッド」1977年度全日本吹奏楽コンクールの課題曲C(この年唯一の全部門共通課題曲)。74年「高度な技術への指標」- 75年「未来への展開」「シンフォニックポップスへの指標」- 76年「メインストリートで」に続くポップス課題曲にして、異形の吹奏楽曲。
全編に亘り奏されるハイ・ハットのビート、序奏からして超アマチュア級といわれた難度の高いフレーズ、中間部にはアドリブ的クラリネット・ソロ、 大胆な転調・・・と個性の強い楽曲であり、吹奏楽曲として最もポップスに徹した作品でもある。


こうしたこの曲独特の個性に対するマニアックなファンが多く、かつその人気は根強い。歴代課題曲人気投票に基くプログラミングとなった
200212月のシエナWOのコンサートでの演奏も、大変な盛り上がりだったようだ。

♪♪♪

イントロの中低音金管をはじめ難しいパッセージも多く、スタミナも必要であり、なかなかの難曲。
Discokid001_2イントロのあと主部に入ると直ぐに現れるシンコペーションのバッキング・フレーズも難物だし、
Discokid002後半のメロディも付点8分音符のあとのシンコペーションの
16分音符がツッコミぎみの演奏が多い。
Discokid005「ハイ・ハットの
16分音符を聴きましょう」と作曲者の指示もあるのだが、なかなかキチっと嵌った演奏は聴けない。

私自身、中学一年生時の吹奏楽コンクール課題曲としてこの曲に取り組んだ。即ち、私にとって生まれて初めて演奏した楽曲ということになる。我が中学にあるBass Tromboneは壊れており、Nikkanの細管テナーでこの曲のBass Tromboneパートを演奏するという暴挙!当時の軍隊的シゴキのおかげで何とか本番には間に合ったが、6・7ポジションがバンバン出てくるこの譜面は中学一年生には厳しかった。
(駒を進めた西部(現九州)大会ではさすがに耐えられず、件の
Bass Tromboneを何とか自分で修理して、これを使用したが・・・。)

コンクールの演奏では楽器と体を揺らして演奏するバンドは結構いたが、私はクラリネットのスタンドプレイを実際に目にすることはなかった。西部(現九州)大会では沖縄の中学校が3本の弦バスを擁して演奏、ダイナミックに揺れる3本の弦バスは壮観だった!福岡県のコンクールではクラリネット・ソロをオーボエが吹いたバンドがあった、とか色々な情報が入ってきてもいた。Discokid003


♪♪♪

九州バンドの雄にしてポップスを得意とするブリヂストン久留米は、この西部大会ではかなり遅いテンポで重い演奏。自由曲(「行列幻想」第三楽章)は華麗だったが・・・。

全日本吹奏楽コンクールの実況録音版で聴いたブリヂストン久留米は、指揮者が西部大会とは代わり、打って変わってテンポは速くブリヂストンらしい演奏。
しかし驚いたのは、何といってもイントロの最後で確かに聴こえる
Disco ! の掛け声!!コンクールでそんなことするなんて想像もできなかったから・・・。西部大会ではやってなかったはずだが・・・。

全日本吹奏楽コンクールの録音では幾つもの好演がある。(ブレーン社のWorld Windband Webで網羅的に購入できる。)
前述のブリヂストン久留米の演奏のほか、瑞穂青少年吹奏楽団駒澤大の演奏をお薦めしておきたい。
瑞穂青少年吹奏楽団はオーソドックスにして軽快なポップスに徹した演奏、なかなかスマートでさすがは東京代表という感じ。”牟田サウンド”(私の大好きなサウンド!)ここにありだ。

一方、駒澤大はもうとにかくスゴイ。荒れた音のする部分もあるが、何より「俺たちはこう演奏したい、こう演奏するぞ!」というのがビンビン伝わってくる快演!
楽譜の改造?もバンバンやっていて(今ならきっと失格だな)、パーカッションの追加、クラリネット・ソロはアドリブ、
Trp.のオクターブ上げ炸裂、トロンボーンのハーモニー加筆、終結部の金管全音符→8分音符フォールダウンへの変更・・・などが聴き取れる。
そのどれもが奇を衒うのではなく、前述の通り「こう演奏したい!」という一本通った思想が感じられるので説得力がある。音楽というのはそもそもそういうものであるべきだ。ステージパフォーマンスも凄かった(目撃者談)そうで、当時のコンクール聴衆はさぞや呆気にとられたことだろう。もはや現在ではこの曲の「お約束」となった
Disco ! の掛け声も見事な演奏である。

♪♪♪

プロフェッショナルな団体の音源としては以下3点を挙げておく。

Photo_3手塚幸紀cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

課題曲の参考演奏として配布され、最も人口に膾炙した演奏。シュアーなドラムスと卓越したクラリネット・ソロが見事だが、ノリは重い。(画像はLP版、2009年にはCD化され冒頭画像のCDに収録・発売されている。)

Photo_2時任康文cond.
大江戸ウインドオーケストラ (Live

”トロピカル”な演奏のディスコ・キッド。ラテン・パーカッションを加えた、いい感じで力の抜けたグルーヴに、フィーチャーされたソプラノ・サックスの音色が映える。まさに「南の島のディスコ・キッド」だ。終結部の前にはドラムス&パーカッションの見せ場を挿入、中でもティンパニ・ソロは大ウケ!これに続くテュッティのサウンドの良さに、このバンドのポテンシャルの高さが感じられる。

Photo佐渡 cond.
シエナウインドオーケストラ (Live

前述のコンサートのライブ録音。中間部はバスクラリネット~フルート~トロンボーン~クラリネットのソロ競演。お約束の掛け声は”シエナッ!”^^)
この演奏はサウンドがとてもクリアーで、弱奏部分が本当に美しく、それでいてメリハリの効いた素敵な演奏である。
マエストロ・佐渡
 の「私も16歳の時に(この曲の)ピッコロを演奏したのです。」というコメントは笑える!
佐渡
裕は吹奏楽に”なじみ”もあり(1986年には龍谷大を指揮して全日本吹奏楽コンクールにも出場!)、「生涯音楽演奏に接する機会」として吹奏楽に一定の評価を持っているようだが、優れた手腕と音楽に対するボーダレスな見識を兼ね備えた得難い指揮者であり、どうか今後も吹奏楽を見捨てずにいて欲しいと切に願う。

尚、このアルバムに同時収録の1974年度全日本吹奏楽コンクール課題曲「高度な技術への指標/河辺浩市」も永く音源が待望された楽曲だが、素晴らしい演奏で収録されており、大変喜ばしい。

 【その他の所有音源】
    山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
    下野 竜也cond. 九州管楽合奏団 [Live]
         加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ
    現田 茂夫cond. 大阪市音楽団 [Live]
         渡邊 一正cond. 東京佼成ウインドオーケストラ


(Revised on 2012.7.8.)

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コメント

 出ました!。ディスコ・キッド!・笑。
…まず,私は世代的にあの駒沢大学を生で
見ています。ぶっ飛びました。
 と同時に,この曲を「体現」しようとすると
こうなるよなあ,という妙な「納得感」も。
 ブリヂストンも生で聴きました。「ディスコ」のかけ声が恥ずかしそうだった・笑。

 それから,ちなみに作曲者の東海林修氏は高校の先輩です。年齢的に,面識はありませんが。

 そんなこともあり,当時の「シンフォニック・ポップス路線」の総仕上げ?としての
吹奏楽連盟のこの課題曲路線には,唸らされたと言うか,呆れたと言うか,だってこれをやらなければ,バーレスク?でしたか,そちらをやるしかなかった。(記憶違いかも)

 ややマニアックな話題となるが,当時のニュー・サウンズ・イン・ブラスにも東海林氏のアレンジがいくつかあり,みんな難易度が高く,特に「雨にぬれても」も,最高の星4つが付けられていたと思う。
 まだ自分も高校生だったが,こういう楽譜の書き方は「スタジオ」の書き方なのか?,と,分かったようなことを思って見ていた記憶がある。
 ディスコ・キッドもこの路線にあるもので,演奏難易度が高いし,はっきり言って
「ライブ向き」のアレンジではないと思う。
(当時からそう思っていた)手練のスタジオ・プレイヤーを集めて録音…するような楽譜であろう。
 しかし,吹奏楽少年少女たちを熱くさせるのには充分な曲。
 その理由を僕なりに考えてみたのだが,それは東海林氏の「リズム・アプローチ」の斬新さというか「品の良さ」ではないか?。
 …今でも充分「ナウい」と感じる。

 笑わないで欲しい。ニュー・サウンズの第1集の解説文には秋山紀夫氏が「…バンドの人口を支えている若い世代の人たちにアッピールし…NOWなサウンドに編曲した楽譜を作ろう…」と書いておられる。
 数年前,このLPをリサイクル・ショップのレコードの山の中からたまたま見付け,200円で買った。本体は擦り切れ,もう聴けなかったが…。

 ディスコ・キッドもそういう「時代の空気」とともに「あった」のだと思う。

 …それから30年以上,秋山紀夫先生とは年に数回も顔を合わせる間柄・笑。当初は杉浦邦弘氏と僕の区別がつかなかった(笑)ようだが,最近は「やあ!,今は何を書いてるの?」と。

 話が私的に逸れてしまったが,もっとより以上に「ナウでポップな」サウンドを目指さなくてはならないのだ!,と思って…おります・礼。
 

投稿: すぎ | 2006年7月14日 (金) 04時11分

ディスコ・キッドは私の「吹奏楽童貞」を奪った曲。課題曲ってそーゆー側面もあるから、やっぱり大切ですよ。最近の課題曲、いくら何でももう少し「いい曲」が欲しいです。
・・・期待していますよ!

投稿: 音源堂 | 2006年7月14日 (金) 12時30分

こんにちは この曲に再会できたことがとてもうれしく、私のブログでブックマークさせていただきました。ブログへのコメント、ありがとうございます。

中学校の楽器が足りず、一年生は夏の大会が終わる(三年生の引退)まで、あまり楽器を触れないため、1977年度の課題曲には縁が無かったはずなのですが、この曲は強烈に記憶に残っています。あとから、クラリネットソロの部分を、こっそり練習していました。

高校卒業後、吹奏楽から離れてしまいましたが、他のページも、またじっくり読ませていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 木下由美 | 2009年2月 6日 (金) 17時13分

木下由実さん、コメントもお寄せいただき有難うございます。この”音源堂”に「懐かしいなぁ」なんて思っていただける楽曲があればいいなと思っております。
今後ともどうぞご贔屓に!

投稿: 音源堂 | 2009年2月 6日 (金) 23時08分

来週の我が団の定期演奏会で演奏します。
残念ながら私は降り番ですが、、、、。
大江戸バージョンでやります。

数年前にも同じ団の定演でやりました。
みんなのリズム感がそろわず練習はホントに大変です。

もったりした発音になったり、裏拍がまるでのれなかったり、スイングしちゃったり、、、、

でも課題曲でここまで愛され演奏され続けているというのはほかに思い当たりません。
よくぞこれを課題曲にしてくれた。
当時の吹連の英断に今更ながら感謝です。
そうでなくてはこの曲はここまで成長しなかったでしょう。

まさに究極の課題曲でしょうね。

投稿: とらまる | 2009年2月10日 (火) 13時50分

とらまるさん、どーもです。
つくづく異形の曲・・・後半の突き抜けた感じの転調も呆気にとられちゃいますしね。
でも、好きなんですよ!私に音楽の楽しさを、初めて教えてくれた曲です。

中一の夏休み初日、居残りでOBに箒の柄で何度も何度も殴られ、マジ泣きで練習させられました。シゴキの効果はてきめんで、それまで全然できなかったくせに、シゴキ3日目には何とか吹けるようになったんですよ!(今の時代じゃ考えられないですが・・・^^;)
その時から夏休みの間じゅう、毎日早朝ロングトーンにも精を出しました。文字通り青春の思い出ですねぇ。

投稿: 音源堂 | 2009年2月10日 (火) 22時42分

今日,題名のない音楽会で30年ぶりくらいにこの曲を聴きました。懐かしいです(涙)この曲が課題曲だった年,私は中2でした。私の部では課題曲にこの曲を選ばずに吹奏楽のためのバーレスクで,この曲を演奏している学校がうらやましくて仕方が無かったのを覚えています。文化祭で演奏し,楽しみました。それ以来ですが,今でも自分のパートの一部を覚えているのですから,すごい印象が残っていたんですね(笑)

投稿: onyo | 2009年5月24日 (日) 18時17分

onyoさん、ようこそお越しいただきました。そしてコメントを有難うございます。
本日の「題名のない音楽会」放送終了後から”ディスコ・キッド”を検索して拙Blogにお越しになる方の多いこと…。この個性的な楽曲が皆さんに想い出を巻き起こしたのでしょうね。
ごく最近、私もこの曲を改めて演りました。改めて難しかったし、改めて楽しかったです!とにかく不思議な魅力のある曲ですね。

投稿: 音源堂 | 2009年5月24日 (日) 23時09分

この曲を語るとき、必ずと言っていいほどついてまわる「ディスコ!」の起源について、当時の関係者からお話をうかがう機会がありましたので書いてみます。

東京の大会で駒澤大学がまず始め、それを亜細亜大学が取り入れたところ、全国大会では亜細亜の方が出番が先だったので亜細亜が起源のように思われていたところ、亜細亜は時間超過で失格。駒沢は金賞だったものの、レコードに収録されたのはブリヂストンの演奏だったので、掛け声の代表格はブリヂストンのように世間に定着してしまったとのこと。

ブリヂストンが大学の真似をして急遽取り入れたのか、以前からやっていたのかまでは分かりませんが、東京周辺の事情としてはこんな感じです。

3つの演奏を聴き比べると、私としては亜細亜が一番好きですね

投稿: とらまる | 2016年6月 3日 (金) 21時11分

とらまるさん、暫くです!
はい、ブリヂストンは西部(九州)大会では「ディスコ!」やってなかったです。私はこの西部大会出てましたので…。ちょっとテンポが遅くてノリ切れない演奏だったと記憶してます。自由曲の「行列幻想」は実にカッコ良かったですけど。
全国大会では小山先生ではなく、コンサートマスターの方が振られてましたよね。驚きました。

あの掛け声、やっぱり駒澤大起源だったのでは?と思いますね。演奏はやや荒っぽいんですが「駒澤のディスコ・キッド」以外の何物でもないんですよね、あの演奏は。つくづく上埜先生って凄かったんでしょうねぇ。

投稿: 音源堂 | 2016年6月 3日 (金) 21時43分

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