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2006年7月13日 (木)

ディスコ・キッド

本稿は「橋本音源堂」HPへ移行しました。
内容も改訂/up dateしてありますので、下記リンクよりお越し下さい。

橋本音源堂HP:ディスコ・キッド

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コメント

 出ました!。ディスコ・キッド!・笑。
…まず,私は世代的にあの駒沢大学を生で
見ています。ぶっ飛びました。
 と同時に,この曲を「体現」しようとすると
こうなるよなあ,という妙な「納得感」も。
 ブリヂストンも生で聴きました。「ディスコ」のかけ声が恥ずかしそうだった・笑。

 それから,ちなみに作曲者の東海林修氏は高校の先輩です。年齢的に,面識はありませんが。

 そんなこともあり,当時の「シンフォニック・ポップス路線」の総仕上げ?としての
吹奏楽連盟のこの課題曲路線には,唸らされたと言うか,呆れたと言うか,だってこれをやらなければ,バーレスク?でしたか,そちらをやるしかなかった。(記憶違いかも)

 ややマニアックな話題となるが,当時のニュー・サウンズ・イン・ブラスにも東海林氏のアレンジがいくつかあり,みんな難易度が高く,特に「雨にぬれても」も,最高の星4つが付けられていたと思う。
 まだ自分も高校生だったが,こういう楽譜の書き方は「スタジオ」の書き方なのか?,と,分かったようなことを思って見ていた記憶がある。
 ディスコ・キッドもこの路線にあるもので,演奏難易度が高いし,はっきり言って
「ライブ向き」のアレンジではないと思う。
(当時からそう思っていた)手練のスタジオ・プレイヤーを集めて録音…するような楽譜であろう。
 しかし,吹奏楽少年少女たちを熱くさせるのには充分な曲。
 その理由を僕なりに考えてみたのだが,それは東海林氏の「リズム・アプローチ」の斬新さというか「品の良さ」ではないか?。
 …今でも充分「ナウい」と感じる。

 笑わないで欲しい。ニュー・サウンズの第1集の解説文には秋山紀夫氏が「…バンドの人口を支えている若い世代の人たちにアッピールし…NOWなサウンドに編曲した楽譜を作ろう…」と書いておられる。
 数年前,このLPをリサイクル・ショップのレコードの山の中からたまたま見付け,200円で買った。本体は擦り切れ,もう聴けなかったが…。

 ディスコ・キッドもそういう「時代の空気」とともに「あった」のだと思う。

 …それから30年以上,秋山紀夫先生とは年に数回も顔を合わせる間柄・笑。当初は杉浦邦弘氏と僕の区別がつかなかった(笑)ようだが,最近は「やあ!,今は何を書いてるの?」と。

 話が私的に逸れてしまったが,もっとより以上に「ナウでポップな」サウンドを目指さなくてはならないのだ!,と思って…おります・礼。
 

投稿: すぎ | 2006年7月14日 (金) 04時11分

ディスコ・キッドは私の「吹奏楽童貞」を奪った曲。課題曲ってそーゆー側面もあるから、やっぱり大切ですよ。最近の課題曲、いくら何でももう少し「いい曲」が欲しいです。
・・・期待していますよ!

投稿: 音源堂 | 2006年7月14日 (金) 12時30分

こんにちは この曲に再会できたことがとてもうれしく、私のブログでブックマークさせていただきました。ブログへのコメント、ありがとうございます。

中学校の楽器が足りず、一年生は夏の大会が終わる(三年生の引退)まで、あまり楽器を触れないため、1977年度の課題曲には縁が無かったはずなのですが、この曲は強烈に記憶に残っています。あとから、クラリネットソロの部分を、こっそり練習していました。

高校卒業後、吹奏楽から離れてしまいましたが、他のページも、またじっくり読ませていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 木下由美 | 2009年2月 6日 (金) 17時13分

木下由実さん、コメントもお寄せいただき有難うございます。この”音源堂”に「懐かしいなぁ」なんて思っていただける楽曲があればいいなと思っております。
今後ともどうぞご贔屓に!

投稿: 音源堂 | 2009年2月 6日 (金) 23時08分

来週の我が団の定期演奏会で演奏します。
残念ながら私は降り番ですが、、、、。
大江戸バージョンでやります。

数年前にも同じ団の定演でやりました。
みんなのリズム感がそろわず練習はホントに大変です。

もったりした発音になったり、裏拍がまるでのれなかったり、スイングしちゃったり、、、、

でも課題曲でここまで愛され演奏され続けているというのはほかに思い当たりません。
よくぞこれを課題曲にしてくれた。
当時の吹連の英断に今更ながら感謝です。
そうでなくてはこの曲はここまで成長しなかったでしょう。

まさに究極の課題曲でしょうね。

投稿: とらまる | 2009年2月10日 (火) 13時50分

とらまるさん、どーもです。
つくづく異形の曲・・・後半の突き抜けた感じの転調も呆気にとられちゃいますしね。
でも、好きなんですよ!私に音楽の楽しさを、初めて教えてくれた曲です。

中一の夏休み初日、居残りでOBに箒の柄で何度も何度も殴られ、マジ泣きで練習させられました。シゴキの効果はてきめんで、それまで全然できなかったくせに、シゴキ3日目には何とか吹けるようになったんですよ!(今の時代じゃ考えられないですが・・・^^;)
その時から夏休みの間じゅう、毎日早朝ロングトーンにも精を出しました。文字通り青春の思い出ですねぇ。

投稿: 音源堂 | 2009年2月10日 (火) 22時42分

今日,題名のない音楽会で30年ぶりくらいにこの曲を聴きました。懐かしいです(涙)この曲が課題曲だった年,私は中2でした。私の部では課題曲にこの曲を選ばずに吹奏楽のためのバーレスクで,この曲を演奏している学校がうらやましくて仕方が無かったのを覚えています。文化祭で演奏し,楽しみました。それ以来ですが,今でも自分のパートの一部を覚えているのですから,すごい印象が残っていたんですね(笑)

投稿: onyo | 2009年5月24日 (日) 18時17分

onyoさん、ようこそお越しいただきました。そしてコメントを有難うございます。
本日の「題名のない音楽会」放送終了後から”ディスコ・キッド”を検索して拙Blogにお越しになる方の多いこと…。この個性的な楽曲が皆さんに想い出を巻き起こしたのでしょうね。
ごく最近、私もこの曲を改めて演りました。改めて難しかったし、改めて楽しかったです!とにかく不思議な魅力のある曲ですね。

投稿: 音源堂 | 2009年5月24日 (日) 23時09分

この曲を語るとき、必ずと言っていいほどついてまわる「ディスコ!」の起源について、当時の関係者からお話をうかがう機会がありましたので書いてみます。

東京の大会で駒澤大学がまず始め、それを亜細亜大学が取り入れたところ、全国大会では亜細亜の方が出番が先だったので亜細亜が起源のように思われていたところ、亜細亜は時間超過で失格。駒沢は金賞だったものの、レコードに収録されたのはブリヂストンの演奏だったので、掛け声の代表格はブリヂストンのように世間に定着してしまったとのこと。

ブリヂストンが大学の真似をして急遽取り入れたのか、以前からやっていたのかまでは分かりませんが、東京周辺の事情としてはこんな感じです。

3つの演奏を聴き比べると、私としては亜細亜が一番好きですね

投稿: とらまる | 2016年6月 3日 (金) 21時11分

とらまるさん、暫くです!
はい、ブリヂストンは西部(九州)大会では「ディスコ!」やってなかったです。私はこの西部大会出てましたので…。ちょっとテンポが遅くてノリ切れない演奏だったと記憶してます。自由曲の「行列幻想」は実にカッコ良かったですけど。
全国大会では小山先生ではなく、コンサートマスターの方が振られてましたよね。驚きました。

あの掛け声、やっぱり駒澤大起源だったのでは?と思いますね。演奏はやや荒っぽいんですが「駒澤のディスコ・キッド」以外の何物でもないんですよね、あの演奏は。つくづく上埜先生って凄かったんでしょうねぇ。

投稿: 音源堂 | 2016年6月 3日 (金) 21時43分

2018年4月30日、作曲者・東海林 修氏が他界されました。心から哀悼の意を表します。
「ディスコ・キッド」は私がトロンボーンで最初に演奏した曲です。吹奏楽と出会い、トロンボーンと出会い、この曲と出会って、今の音楽マニアの私が生まれました。忘れようにも忘れられない、大好きな一曲です。
吹奏楽界にこの曲をご提供いただいたことに心からの感謝を、遥か天上の東海林 修氏に捧げます。 合掌

投稿: 音源堂 | 2018年5月12日 (土) 02時05分

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