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2006年6月13日 (火)

春の猟犬 -A.C.スウィンバーンの合唱詩による序曲

Photo_4The Hounds of Spring,
A Concert Overture for Winds

A.リード
(Alfred Reed  1921-2005)



2005年に惜しくも亡くなった吹奏楽界の巨星、アルフレッド・リードの傑作。輝かしく、ふくよかなサウンドと美しい旋律を持った、急緩急の構成による"リード・スタイル"の序曲としては「ジュビラント」 「パンチネロ」とともに出色の出来映え。
特にこの「春の猟犬」(1980年)はVibraphoneなどの打楽器を含め各楽器の音色を巧みに生かし、随所に絶妙な色彩のサウンドを聴かせるのも素敵であり、数あるリードの序曲の中でも頂点を極めたものと言って良い。

Reedリードとその作品については「アルフレッド・リードの世界」(佼成出版社)が詳しいので細部はそちらをご覧いただきたいが、この曲のインスピレーションをもたらしたのは、イギリスの詩人 アルジャーノン・スウィンバーンの「合唱詩」(Algernon C. Swinburne / CHORUS)である。
56行に亘るこの詩のうち、冒頭だけ以下に抜粋(出典:同書)する。


When the hounds of spring are on winter's traces,
    The mother of months in meadow or plain
Fills the shadows and windy places
    With lisp of leaves and ripple of rain ;
And the brown bright nightingale amorous
In half assuaged for Itylus,
For the Thracian ships and the foreign faces,
    The tongueless vigil, and all the pain.


       春の猟犬が冬の足跡を辿る頃
       月の女神が牧場で草原で
       暗がりを、風吹く場所を
       葉音、雨音で満たす
       恋する褐色のウグイスは
       イテュロスと
       トラキアの船、異国の徒への
       無言の祈り、一切の苦悩を鎮められる


同書に全文収録されているこの詩を読むと、ギリシャ神話の世界と自然の情景を絡めたファンタジックな内容で、また韻文的な要素を極めたものであることが判る。
正直、日本人の感性でこの詩の文章的意味そのものからハッとする感動を得るのは難しい気がするが、歌詞として英語のイントネーションに音律的な感動があるのかも知れないと思う。

「春という季節の若々しい恋を描いた魔法の絵-それを純粋な音楽で表現しようとして、伝統的な三部形式の序曲の形をとり、この美しい讃歌は誕生した。スウィンバーンによるこの詩の二大要素、即ち”若さあふれる快活さ”と”優しい恋の甘さ”とを、それに相応しいテクスチャーの音楽で描こうとしたものである。」
(作曲者リードのコメント)

♪♪♪

さて、楽曲である。
全合奏で堰を切ったように、活力漲る旋律があふれ出し「春の猟犬」は幕を開ける。
1旋律の音の跳躍は若々しく、サウンドがまばゆい。やがて全楽器が再度一体となり、その音は天高く昇る- そんな高揚感に包まれるオープニングだ。快活で輝かしい楽句が続き、華やいだ気分で音楽は進行していくが、やがて蝶が舞い踊るかのようなブリッジを挟んで、ゆっくりとした中間部へ入る。

この中間部のファンタジックで美しい旋律は、今、この瞬間を生きている喜びにあふれる。
2リードのもう一つの名作「パンチネロ」はどこか懐かしく、ノスタルジック。語られる「恋」も過去の想い出。

一方でこの「春の猟犬」は決して色あせていない "今、ここにある幸福感"を描く。昔話ではない。恋人は- 今まさに、目の前にいる…。「春の猟犬」を演奏するのなら、何としてもこれを感じさせてほしい。

”今のこの瞬間を、永遠にとどめておきたい-”
中間部のクライマックスでは、そんなロマンティックな想いに包まれるのだ。

フガートによる緊張感のあるブリッジを挟み、改めて輝かしいサウンドを響かせる再現部、その眩しさがいったん静まると、まるで弦楽合奏の如きたおやかで優雅な音楽。
そして中間部の旋律が現れ、最大の聴きどころ=ポリリズムとなる。旋律は楽器が受け継がれていくたびに高潮し、スネアとシロフォンが入ってくる全曲のクライマックスは…
ただひたすらに、感動。

3
♪♪♪

A_2作曲者アルフレッド・リード(左画像)が快作「第2組曲」を携えて来日した際、バンドジャーナル誌にインタビューが掲載された。その中のリードの一言を、私は忘れることはできない。

「自分自身が演奏することによって、音楽の中に入っていくのであって、聴き手に回ってただ聴いているだけでは不完全なのです。」

音楽は聴くだけでは不完全、演奏してはじめて完全なものになる…。 そうなんだ!私は深く共感した。

考えてみれば、吹奏楽は多数のアマチュアが本格的に音楽演奏に接することのできる形態である。
”実際に演奏することこそが、音楽を完全に楽しむこと。”
-この思想を貫いていたがゆえに、リードは吹奏楽に意味を見い出し、愛情を持っていたのではないだろうか。
吹奏楽も捨てたものではない。

         ※参考・出典 : バンドジャーナル 1981年6月号

♪♪♪

音源は、汐澤安彦cond.東京佼成ウインドオーケストラ(冒頭画像)を推す。とにかくテンポ設定が絶妙であり、バンドも活力に満ちつつ丁寧。速過ぎないテンポが、後半のポリリズムによるクライマックスの感動を充分に発揮させている。
リードの自作自演も複数録音されているが、テンポが速過ぎて、このクライマックスの部分に物足りなさを感じてしまうのだ。

   【その他の所有音源】
     アルフレッド・リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
     アルフレッド・リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ(Live)
     フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
     汐澤 安彦cond. 東京吹奏楽団
     木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
     金 聖響cond. シエナウインドオーケストラ(Live)
     ジャック・スタンプcond. キーストン・ウインドアンサンブル
     立石 純也cond. なにわオーケストラル・ウインズ(Live)
     新田 ユリcond. 大阪市音楽団
     鈴木 孝佳cond. TADウインドシンフォニー(Live)
     木村 吉宏cond. フィルハーモニックウインズ大阪(Live)
     山本 正治cond. 東京藝大ウインドオーケストラ


(Revised on 2015.9.19.)

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コメント

お久しぶりです。昨年11月に「パッサカリア」にお邪魔しました。

福岡工業大学附属高校がコンクールで取り上げた時、同じように~A.C.スウインバーンの~と表記していましたが、今では序曲「春の猟犬」が一般的ですね。

先輩方や同級生、後輩たちの多くが福岡工業大学附属高校に進み、Tpの「健」もコンクールで「民衆の祭りのためのコラール」や「春の猟犬」を演奏しています。キャプテンも務めたそうです。

沖縄に残った私は福工大附高の演奏を胸躍らせて聞いていました。

それにしても私にも馴染みのある曲が数多く並んでいて嬉しい限りです。
「メインストリートで」「リシルド」「朝鮮民謡」「バンドのための民話」「ノビリッシマ」「フェスティーヴォ」「エルザ」「祝典序曲」「ホルスト1組」「カウボーイ」「吹奏楽のための交響曲(ジェイガー)」「春の猟犬」「シンフォニアフェスティーヴァ」「海の歌」「デュオコンチェルタンテ」・・ 

機会があればそれぞれの項目に書きこんでみたいなと思います。

・・先日中学時代の元部長と再開した際、「パッサカリア」への書き込みを私だと当てられてしまいました。近い身内だと判っちゃうんですね。

では。

投稿: Cazy | 2009年10月24日 (土) 05時42分

Cazyさん、再訪いただきありがとうございます!
ぜひ今後ともコメントを頂戴したいと思いますので、何卒宜しくお願いします。

記事の出稿ペースは大幅にダウンしていますが、異動がありちょっと仕事が忙しくなっているためです。それと、少しでも付加価値のある記事にしたいと思うと、ドラフトのまま留置してしまうことも多く…。しかし着実に書いて行きたいと思いますので、どうかまたお越し下さい。

そしてこうしてコメントを頂戴することは、何よりの励みになります。本当に有難うございます。

投稿: 音源堂 | 2009年10月24日 (土) 09時40分

今でも本記事へお越しになられる方は多く、「春の猟犬」の絶えることのない人気が窺えます。近時バンドジャーナル1981年6月号を入手し、当時のリードのコメントを正確に確認できたこともあり、この曲の人気度を踏まえ、内容を改訂することに致しました。
私が本稿にてお伝えしたかった趣旨自体は全く変わっておりませんが、より詳しく、また正確な情報にてお伝えできるよう努めた次第です。

音源堂敬白

投稿: 音源堂 | 2010年2月28日 (日) 23時49分

ご無沙汰しています。お元気で活動されてるようで何よりです。同世代の一人として、管理人さんが、楽器を愛用し続け、ライフワークにされていること、お喜び申し上げます。これからも、ご精進くださいませ。
 ところで、「春の猟犬」なのですが、ふと思い出し、気になったことが・・・。管理人さんの「所有音源」欄にある①リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ②リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ(Live)のことなのですが、私もどこかで記述を読んだ記憶があるのですが、②ライブ音源(1982.11.14第31回定演)は、何度かリリースされ、私も所有していますが、①の方は当時どのCDに入ってましたっけ?また、現在は復刻されたりしてましたでしょうか?多分、聴いていた記憶もぼんやりとあるのですが、ちょっと忘れてしまって・・・。
この曲は収録されていませんが、近日、シエナの新盤で、リード作品の定演ライヴCDが出るようで、購入しようかなと。「シンフォニック・プレリュード」「イン・メモリアム」は、ファンなので。
しかし、最近は吹奏楽から耳が離れ、もっぱらドヴォルザーク、スメタナ、マーラーの作品などにハマっています。これらの作品は、宗教・思想的なメッセージ性がかなり強いものもあるので、比較にはなりませんが・・・。
 また、懲りずに課題曲の参考音源も聴き続けていますが、近年のものはちょっと「?」。この内容で音楽性をどう評価するのか、甚だ疑問です。クオリティに疑問を感じます。それでも、たくさんの人達が、自分たちのステータスとして、全力で取り組むのでしょうね。世の中の価値観も変わり、情報量も豊かになり、私の感性も旧くなったのでしょうが、1070年代、80年代、90年代はとてもワクワクして、吹奏楽に取り組んでいたように思います。(スミマセン。愚痴っぽくなってしまいました。)
しかし、最近はマクベスなども、メっきり見かけませんね。寂しい限りです。

投稿: ブラバンKISS | 2016年3月17日 (木) 16時35分

ブラバンKISSさん、コメントを有難うございます。この年になって楽器の練習にかなりの時間がとられていることもあり、なかなか新規記事を投稿できずにおりました。m(_ _)m
さてお尋ねの音源ですが、佼成出版社KOCD3550-3553という4枚組のCDに収録されています。データを見ますと1994年1月19日の録音で、お持ちのLive演奏が’9”10の収録時間なのに対し、本音源は'9"30となっております。
この4枚組はその後「アルフレッド・リード作品集 プラス」という5枚組に再編発売されていますが、現在は絶版とのこと。…でも、今見てみましたら旧4枚組、新5枚組ともにAmazonにて中古が売られています!ぜひAmazonで検索されてみて下さい。

投稿: 音源堂 | 2016年3月17日 (木) 22時30分

貴重な情報、ありがとうございました。
そうですよね、確か「リード作品集」の収録に、この作品集のために、新録音となっていたような記憶が・・・。
ところが、この作品集CD、以前、所有していたのですが、後輩が借りて行って、それっきりに・・・(約20年前)。まあ、ほとんど同出版社の単売のCDを持っているので、支障はないのですが・・・。やっぱり、モノは大切にしないといけませんね。
今日、そのAmazonで「金聖響/シエナ」のリード作品集の中古CDを安く入手出来、届いたので、早速聴いてみました。以前にも聞いたことが有ったので、新鮮味はありませんでしたが、スッキリとクリアーなサウンドとテクニックの確かさで、安心して聴けました。こんな感じの、理性的なアプローチも悪くないと思いますよね。(レビューでは結構散々・・・。)
前回、マーラーなどを引き合いにして、「宗教的、精神性などとも吹奏楽作品は・・・」と言いましたが、リードはバッハの編曲にも造詣が深く、良いアレンジがたくさん有りますよね。私も、3曲ほど取り上げましたが、それらも含め、「アレルヤ」などでも、素晴らしい響きや感性を示してくれました。本当に、素晴らしい音楽家であったと思います。クラシックの指揮者の世界でも、巨匠が次々と去り、不毛の時代になってしまった感があります。なんか、寂しいものですね。
また、良い演奏の情報等あれば、お薦めくださいませ。ありがとうございました。

投稿: ブラバンKISS | 2016年3月18日 (金) 20時07分

同感です!
今、実は定演の選曲をやっているのですが、ツラいのは「古い」と言われることですね。でも最近の曲はほとんどつまらないから、どうしても「古く」なっちゃうんですよね。なぜ流行っているかさっぱりわからないつまらない曲はとにかくやりたくないです。だから「古い」といわれようが、自分の愛する曲を推したいと思います。

投稿: 音源堂 | 2016年3月18日 (金) 22時26分

Exactly!(おっしゃる通りです。)
今、「古い」と言っている団員の人たちも、数年後には、より若い世代にそう言われるのです。良い作品は、いつの時代も、どの世代からも愛され、見捨てられることはありません。バッハほか偉大な作曲家の価値ある作品が、今日でも長く愛されているではありませんか。むしろ、胸を張ってオススメしてください。昔のコンクール評ではありませんが、「何を(選曲し)演奏したかではなく、いかに演奏したか」であるという言葉。まさに、至言だと思います。こちらのサイトの内容を読めば、管理人さんの見識は、間違いなく素晴らしいのは歴然です。名演に挑戦し続けてくださいませ。(笑)いつか、ライヴで聴きたいですね。一聴衆として、心が震えるような・・・。

投稿: ブラバンKISS | 2016年3月18日 (金) 23時19分

ブラバンKISSさん、本当に有難うございます。今、プレーヤーとしてもうひと花咲かせようとかなり労力をとられていますが、こちらの執筆も頑張ります。
まだ語れていない素敵な曲がた~くさんありますので。音源とスコア、付帯資料もたっぷり積みあがってます!
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: 音源堂 | 2016年3月19日 (土) 09時54分

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