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2006年6月13日 (火)

十月のマナ

PhotoMana in October
森田 一浩
(Kazuhiro Morita 1952- )




「タイトルは「十月に宿る超自然的の力」という意味。「マナ」は、もとはポリネシア地域に伝わる信仰上の霊的エネルギーのことで、さまざまな物に宿る不思議な力を指す。転じて、何かに触発されて人間の中に生まれる「強い心情」や「魂」の意味にも用いられる。広島ウインド・オーケストラ結成10周年を記念した作品を書くにあたり、私はすぐこの「マナ」を思い浮かべた。
1996年講習会のモデル・バンドと講師として出会って以来、私は広島ウインド・オーケストラに宿る「マナ」を感じてきた。それを今、音楽に封じ込め、彼らのもとに贈りたいと思う。新たな10年、続く10年と広島ウインド・オーケストラの「マナ」が衰えず、さらに強い力となることを祈って。」

-以上が作曲者・森田一浩先生による解説である。

上記の通り、「マナ」とはポリネシア地域において信じられてきた「超自然の力」「霊的な力」のことを指す。この力は万物に宿るとされ、またこれが宿ったモノ自体を「マナ」と呼ぶこともある。
ポリネシアとは北半球のハワイ諸島から、南半球のトンガやサモア、タヒチ、クック諸島、イースター島、ニュージーランドに亘る地域。かの冒険家ジェームズ・クックがハワイ諸島を訪れた際、初めて接する白人であるクックの姿に「神」を感じたハワイ部族は、クックにひれ伏し、これも「マナ」と呼ばれる、鳥の羽で丁寧に作った神のための衣装を纏わせたそうだ。

有名なカメハメハ大王はもちろんのこと、古からこの地域の王や長たちには強い「マナ」が備わっていたという。あのイースター島のモアイにも「マナ」が宿っていて(「マナ」はモアイの「眼」に存在するそうだが)、モアイはその「マナ」の力で動いて今の場所に並んでいるとの伝説もあるのである。

現在でもハワイの人々は自然のすべてに「マナ」が宿っていると言う。
ハワイでは「こんにちは」のことを「アロハ」と言うが、「アロ」の語源は大宇宙を意味し、「ハ」は宇宙の創造主の吐く息であり、全てを創造し結びつけるエネルギーを表すとのこと。ポリネシアの世界観ではこの「ハ」のエネルギーこそが「マナ」であり、8の字を横にした形(∞)で表わされるが、「∞」は微生物から人間まで、目に見えないが共に生かし合う関係=共生の原理のことだそうだ。

出典:ハワイ州立大学/吉川宗男名誉教授の公演より

また、こんな話も。
「(前略)・・・パイケアが女性に生まれたが故に祖父コロは失望し、彼女の努力を最後まで認めようとしなかった。長男ポロランギには望みを託すが、次男ラウィリは重視していない。何かかつての日本の昔の長男偏重主義を思い起こさせるが、これは一般にポリネシアのマナという考え方で説明されている。
マナは特別な力である。男性は女性より、長子は次子以下より多くのマナを持っている。マナは出生により個々人に与えられるものであって、理念的には長子の長子、またその長子が、他とは比較にならない大きなマナを持つことになる。リーダーは大きなマナを持った者でなければならない。」

出典:ニュージーランドのマオリ族を中心的題材とした映画「クジラの島の少女」パンフレットの解説より/by青柳まちこ

これを読むと「マナ」に対するポリネシア人の感覚を、より具体的に捉えることができるのではないだろうか?
(この映画自体も見てみたいものだ。)

♪♪♪

さて、「十月のマナ」に話を戻そう。

曲中に二度現れるFl・Ob・Clによるサウンドクラスターは、熱帯の鳥たちの囀りを模したようでもあり、またクライマックス部分の雄大さは、ポリネシアの大自然とそれが湛えたパワーを示唆するもの。したがって、演奏にもスケールの大きさが要求されそうだ。
何より、楽団に備わる「マナ」がどれほどのものか問われることになるのであろう。

私の所属する楽団は、作曲者自身の指揮で「十月のマナ」を演奏する幸運に恵まれた。「あまり内向的なものにならないように注意した」との森田先生の言葉通り、華々しい幕開けや、打楽器の活躍する早い部分はR.ネルソンの作品を彷彿とさせるエキサイティングさであり、心躍らされる。

しかし、実際に音にしてみて、やはりこの曲の魅力はファンタジックでふくよかなサウンドと、シャイでリリカルな旋律とが醸しだす内面的な部分にあると感じた。おおらかな南洋のムードは漂わせながらも、本邦独特の細やかな感受性が織り込まれているのだ。

♪♪♪

音源としては、秋山和慶cond.大阪市音楽団のもの(冒頭画像参照)をお薦めしたい。私の大好きな秋山 和慶氏の棒によるもので、確りと整った、清廉な好演である。

このほか、この曲を初演した
木村 吉宏cond.広島ウインドオーケストラ
のライヴ演奏もある。
World Windband Web / Music Download Store
これも溌剌として、また歌心のある好演である。

ただ、どちらも前述のようなこの曲の魅力を「存分に引き出した」演奏とまでは言えないと思う。また別の名演が現れることを期待したい。

( Revised on 2008.3.16. )

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