2017年10月 4日 (水)

【公告】ヤマハ吉祥寺吹奏楽団第35回定期演奏会

20172017年12月3日(日)
14:00 開演
於:杉並公会堂(JR中央線 荻窪駅)
入場無料

35回記念演奏会はアクセスも便利な杉並公会堂にて開催。
今回のメインはあの「大序曲1812年」で記念演奏会らしく盛り上がります!

客演指揮は数々の作編曲傑作でご存知の森田一浩先生
お願いしました。編曲者ご自身の指揮で「スピリティッド・アウェイ」「コーラスライン・メドレー」の2大名作をお聴きいただきます。どうぞご期待下さい☆

音源堂は「アンフォゲッタブル」で大ソロ!
この曲に想いを乗せて吹きますが-伝えられるといいな…。

皆さまのお越しを心からお待ちしています♪
(知人の皆さま、読者の皆さま、今回ばかりは
ぜひお越し下さいませ。m(_ _)m )

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2017年9月22日 (金)

更新情報

【堂主近況 2017.9.22.

私の大好きな作曲家ポール・クレストンの「ザノーニ」の新録音が発売に
なりました。貴重な、国内盤としては初めてのノーカット版です。
早速購入しましたが、作曲経緯等に謎の多いこの作品、同CDの発売を
機に謎解きとなる新情報の入手も期待していましたが、リーフレット等に
新た
な情報はありませんでした。
このCD発売によって「ザノーニ」またポール・クレストンへ興味を持たれた
皆さん、ぜひ本Blogの「ザノーニ」「プレリュードとダンス」の稿をご覧下
い。どこよりも詳細で有意な情報と自負しております。

♪♪♪


このBlogの画像は左クリックで拡大します。
どうぞ大きな画像でご覧ください☆

■2017.9.6.   
猫組曲  全面改訂upしました
          先日遂にこの曲を(一部ですが)実演する機会に恵まれ
          たのを機に、予て準備していた全面改訂を実施しました。
                      改訂前記事に頂戴していたコメントも全て新稿の方に移
          行しました。

■2017.7.2.   
歌劇「ザンパ」序曲 序曲「バラの謝肉祭」
          同時upしました。
          元々同一稿の中で2曲に触れる予定で執筆しましたが
          内容が膨らんだため2稿に分けました。
          両曲の共通性や対比等に注目したものです。同時up
                      の意図をご理解いただけましたら幸いです。


■2017.5.27.  
歌劇「いやいやながらの王様」より”スラヴ舞曲”
           upしました
           品があって、とってもチャーミングな舞曲です!


■ 2016.6.28. 
「リボンの騎士」オープニングテーマ
          新音源入手を機に改訂upしました

          改めて聴いてみて魅せ
られたこの素敵な曲、私の大
           好きなバージョンを収録したLPをコメントにて教えて
           いただきましたので、Web検索を駆使し、速攻で入手
          しました!
          このLPの演奏を聴くことができる動画サイトもご紹介
          しておきます。ぜひ聴いてみて下さい!
          インストゥルメンタル版:
             
http://www.dailymotion.com/video/x2nmttr
          歌つき(王子)版:
           
http://www.dailymotion.com/video/x2lpnmd

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2017年9月 6日 (水)

猫組曲 (「4匹の猫」「もう3匹の猫」)

Photo
Cat Suite
I. Kraken   II. Black Sam   III. Borage   IV. Mr. Jums


Three More Cats
I. Flora   II. Tubby Mousetrouser   III. Homepride


クリス・ヘイゼル ( Chris Hazell  1948- )

♪♪♪

「4匹の猫」(Cat Suite)はブラスアンサンブルの金字塔、フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル(Philip Jones Brass Ensemble/PJBE)の委嘱作品であり、特に彼らのアンコール・ピースとして大変な人気を博していた。
Pjbe002「ミスター・ジャムズ」「ブラック・サム」「バーリッジ」の3曲がまず作曲され(”3匹の猫”(Three Brass Cats)として出版)、追って「クラーケン」が”もう1匹の猫”(Another Cat)として作曲・出版されたのだが、現在は作曲者ヘイゼル自身がここまでの4曲をまとめて「4匹の猫」と認識していることから、本稿でもこれに従う。
一方、「もう3匹の猫」(Three More Cats)はPJBEの後継として活動したロンドン・ブラス(London Brass Virtuosi)の委嘱作品。
これらから成る「猫組曲」は、ブラスアンサンブルのレパートリーとして最大のヒット作の一つとなったのだった。

Chris_hazell_3作曲者クリス・ヘイゼルはDECCAレーベルにてマエストロたちが指揮する名録音を数多く世に送り出す録音プロデューサーとして活躍の傍ら、映像関連音楽やブラスアンサンブルに優れた作品を生み出している作曲家である。ブラスサンブル作品としては「ゴスペル・ホール」なども人気が高い。
彼自身はこの「猫組曲」について
「この曲のインスピレーションを得たとき、私は4匹の猫と暮らしていた。4匹が全く違った個性を持っていたので、それぞれの猫にちなんだ作品を書くというのはいいアイディアだと思った。また「もう3匹の猫」については(「4匹の猫」から随分時間が経ってしまったが)1つを除いて、その後新たに我が家へやってきた猫にちなんだ作品である。」
と述べている。
それはどの曲も魅力的な旋律に満ち、金管楽器の音色や機能を活かす一方、ジャジーな或いはゴスペル調の作風で親しみやすく、そのうえ実に品があってシャレている!奏者も聴衆も理屈抜きに楽しめる素敵な作品なのである。

     【出典・参考】
      Brass Wind Publications 社 HP
      ”BRASS CATS”(KLAVIER K11129) CDリーフレット解説
       (以降のヘイゼルによる解説も同出典)


♪♪♪

それではさらにヘイゼル自身の解説(「 」)を引きながら、各曲を見ていきたい。

■4匹の猫

I.クラーケン (Kraken ♀)
Kraken「”巨大な”伝説上の海獣の名前から、ジョークを込めて命名。捨て猫だったクラーケンは私の片方の手のひらで丸まって眠るほど小さかったのだが…。
成猫となっても小さいままだったが、他の猫が如何に大きくとも、クラーケンは家中の猫のボスであり、とても長生きして20歳まで生きた。クラーケンの気取った鳴き声は自らがボスであることを誇示するものであり、そして小さいながらもその威を示す斑点のある尻尾が彼女の特徴なのだ。
そこでクラーケンを表すこの曲にはフーガを入れることにした。”フーガ”の語源はラテン語の”尻尾”だから…。」


私自身、この曲を聴いてもクラーケンが小柄な牝猫とは想像が及ばず大いにびっくりした。とても気取って飄々と歩き回るイメージは実物通りだが、まさか「姉御様」だったとは…!
Tubaのベース音のオクターブ上でBass Tromboneがビートを刻む斬新なオープニング。そこに高らかなTromboneのモチーフ提示が降ってくる。(上画像参照)
ほどなくジャジーでノリノリな旋律が流れ出し、
Kraken_3おしゃまで気取ったクラーケンが闊歩し出すと、もう堪らなく陽気になれる。(途中、ひと時挿まれるたおやかなはフレーズは、クラーケンにも乙女な一面があるってことかしらん?)
場面転換して始まるフーガはこの曲の”華”-あくまで小品であるはずの楽曲を実に奥行きのあるものに仕立てている。
Krakenそして最終盤のクライマックスは、もうご機嫌で一層得意げなクラーケンの大闊歩だ!
Kraken_3一瞬静まった後のエンディングは”very cheekily (とっても生意気に)”と指示のあるTrumpetのフレーズと、それに続く全合奏の鮮烈なショットで締めくくられる。

II.ブラック・サム (Black Sam ♂)
Black_sam「雨の降る寒い日曜の朝、窓の外に座ってニャーニャーわめいていたのを家に入れてやったのがこのブラック・サム。これまで聞いたことのある中で一番大きくかつしゃがれた声でのどを鳴らす猫だった。それはまるでゴスペルシンガーがお気に入りの霊歌に没頭しているかのよう。私が抱っこするとブラック・サムはこの”霊歌”を奏で、やがてそれは彼の性格を反映してか、だんだん気だるいスウィングに変っていくのだ。」

ミュートを装着したTrumpet・Tromboneのコラール(上画像参照)に始まり、3拍子スウィングの主部に入る。何と暖かな旋律だろうか-カウンターに入るTubaのフレーズもリズミックでいて包み込むような暖かさがあるのである。
Black_sam_2この旋律が移ろい、作曲者コメント通り気だるく”揺れて”いくさまが洵に心地よい。この曲から感じるのは、やはり「雨」のムードでもあると思う。
ただ決してそれだけではなく、意を決したようにPiccolo Trumpetが現れるやダイナミックなクライマックスを形成、楽曲に一本芯が通るのだ。

III.バーリッジ (Borage ♂)
Borage「バーリッジは4匹の中で一番最後に我が家にやってきた野良猫。若く、エネルギーに満ち溢れていて、家の中や庭を狂ったように駆け回っているというのが日課だった。彼の名は彼がよく潜んでいた庭の植物に由来する。可愛そうにバーリッジの寿命はとても短く、車に轢かれて死んでしまった。」

Bass TromboneがLowC音を”轟かせて”始まる鮮烈なオープニング!そしてこの冒頭からずっとBass Tromboneがリードしていく -こんな楽曲はなかなかない。全曲の中で最もジャズの色彩が濃く、そしてエネルギッシュな音楽だ。
強奏と弱奏のコントラスト、スリリングなリズムとテンションの高まり、音色のスピード感。聴いているとそのカッコよさにどんどん胸がドキドキしてくるのを禁じ得ない。
20170906_089繰り返されるフレーズがまた更にギアを上げて昂ぶり、応酬しスケールを拡げていくさまに圧倒されるばかり。最後は束の間の鎮静に続き、Hornの咆哮に導かれた激烈なシンコペーションのフレーズで閉じられる。

VI.ミスター・ジャムズ (Mr. Jums ♂)
Mr_jums「この猫も元は野良猫で、やせっぽちでズタボロの、とてつもなくひどい状態でどこからともなく現れ、クラーケンからエサを盗もうとしていた。こんな彼は信用がなく、数ヶ月は家に入れてやらなかった。野良猫時代には毛の色に因んで”ジンジャー”と呼んでいたのだが、それがいつしか”ジャンブル”に変わり、最終的に”ミスター・ジャムズ”に落ち着いた。そんな荒んだ過去を持つ猫だが、我が家の猫たちの中で一番心優しいのはこのミスター・ジャムズなのだった。この曲はその優しさを描こうとしたものである。
尚、この曲は4曲の中でも一番人気がある。そこで私はロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで開催されたPJBEのさよならコンサートのために、この”ミスター・ジャムズ(Mr.Jums)”をもじった名の曲を提供した。ブラスアンサンブルの有名なレパートリー30曲を織り込んだものだったのだが、その曲名こそは…”ミスター・ジョーンズ(Mr.Jones)”であった!」


出会いの印象こそ良くなかったようだが、作曲者ヘイゼルが一番好きな猫はこのミスター・ジャムズだったのだろう。その想いが溶け込んでいるように感じられる、まさに”優しさ”の充満した楽曲である。
穏やかに始まる前奏部では包容力に満ちたBass Tromboneのソロも現れ、続くファンタジックなハーモニーが印象的。フリューゲルホーンの奏でる旋律はこの上なく抒情に溢れていて、心に迫る。
Mr_jums輝かしく光を放つ終結部はそれまでの曲想とのコントラストも鮮やか。Mr_jums_picctrumpet_3ここで切り込んでくるPiccolo Trumpetの華麗な音色はそれを一層強めている。最後はオルガン・サウンドの如き重厚なコードが響きわたりエンディングとなる。


■もう3匹の猫

I.フローラ (Flora ♀)
Flora「フローラは仔猫の時分にゴミ箱の中で見つけた。バーリッジと同じで、彼女は走り回るのが何よりも好き。かと思うと急に止まって眠ってしまい、また飛び起きて走り回るというのを繰り返す。彼女を捜すとたいていは庭の茂みの中にいた。フローラ(花の女神)という名前はそのことにちなんでいる。」


冒頭のリズムは快活なフローラの性格を象徴したものだろう。Piccolo Trumpetの奏でる跳ねまわるような旋律は活気に満ち、一層その印象を強くさせる。
Flora_1そして現れるTrumpetの夢見るようなスィートな旋律 -私は全7曲を通じてこの旋律が一番好き…!
Flora_2大きなフレーズで歌われるその抒情には、思わず抱きしめたくなるような衝動に駆られるのだ。
終結部ではこの2つの旋律がクロスオーヴァーして音楽を高揚させていく。

II. タビー・マウストラウザー (Tubby Mousetrouser ♂)
Tubby_mt_2「レコードのディーラーをやっている私の友人の猫。この友人はPJBEのとてつもないファンで「4匹の猫」が大好き。そんな彼に敬意を表して、彼の猫をこの「もう3匹の猫」に入れることにした。
名前の由来はよく判らない。「タビー」と「マウス」は直ぐ判るけど、「トラウザー」は?眠ることと食べることが何より大好きな猫なのだが…。」


この曲だけはヘイゼルの飼い猫ではない。”Tubby”とは”桶のような、ずんぐりした”という意味だから、結構なおデブちゃんなのだろう。^^)
終始幻想的で夢うつつなムードの楽曲は「眠ることと食べることが何より大好き」なのんびりした性格の猫を描写していよう。それにしても、この曲の旋律も実に美しく魅力的である。
Tubby_mtたびたび現れる鐘の音を模した呼びかけるようなフレーズは、いつも寝惚け眼のこの猫に愛情をもって接する飼い主の声だろうか。

III.ホームプライド (Homepride ♂)
Homepride_4「巨大で、薄いジンジャー色をした猫。ある日の早朝、私の家の台所で勝手にエサを物色しているのを見つけたのが最初。その時、私は小麦粉か何かをかぶったミスター・ジャムズがいるのだとばかり思ったのだが…。この猫が完全に我が家の猫になった後も、「小麦粉」の印象は残っていたので、イギリスの有名な小麦粉とパンのブランドからとって”ホームプライド”と名付けた。このホームプライドを従わせることができたのは、やはりクラーケンだけだった。」


Homepride_2”ホームプライド”はイギリスのナショナル・ブランドで、その小麦粉のパッケージは左画像の通り。それにしても…つくづく”クラーケン姉さん畏るべし!”である。^^)
     ※ホームプライド社 HP

この曲はフィナーレを飾るにふさわしい華やかで活気あふれる楽曲であり、16ビートを刻むドラムセットやタンバリンも加わって、全曲中最もポップで生きいきとした曲想を演出している。
中間部には少々憂いを含む洒落たジャジーな旋律も現れ、
Homepride_5一味加えているのが、これまた心憎いばかり!
冒頭の快活さを呼び戻してからはいよいよ生気あふれるダイナミックな音楽となり、高揚の頂点でシンコペーションのフレーズを”スカッ”とキメて全曲を終う。

♪♪♪

さて音源である。
Pjbe001フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブル
「4匹の猫」収録、名手ぞろいのPJBEによる永遠の名盤!
音色・歌い方・構成感・アンサンブルの見事さと、どれをとっても他の追随を許さない。プレイヤー全員が素晴らしいが、この演奏を聴くとHornのアイファー・ジェームズ(Ifor James)の凄さは突き抜けているし、またつくづく「あーっ、やっぱりレイモンド・プレムル(Ramond Premuru)のBass Tromboneって最高!」と思わされるのだ。

Denver_brass001ザ・デンバー・ブラス(The Denver Brass)
「4匹の猫」「もう3匹の猫」全7曲を収録。
チームワークの良いアンサンブルで、「歌心」を大切にした演奏である。



World_brass001ジュネス・ミュジカル・ワールドオーケストラ
オールブラス・アンサンブル
(All-Brass-Ensemble Jeunesses Musicale
World Orchestra)

こちらも「4匹の猫」「もう3匹の猫」全7曲を収録。とても小気味良い、リズム感溢れる演奏。メリハリがハッキリしているが、ややニュアンスを欠くか。

Be_photo_2※左上画像:The Denver Brass
   右上画像:All-Brass-Ensemble Jeunesses Musicale World Orchestra


    【その他の所有音源】
     シンフォニア・ヴァルソヴィア・ブラス (「三匹の猫」)

♪♪♪

2017年の夏、私も遂にこの「猫組曲」を実演する機会に恵まれた。Bass Tromboneパートにて「ミスター・ジャムズ」「クラーケン」の2曲をステージで演ることができたのである。
予ての想像通りとても素敵な楽曲であり、洵に楽しい演奏体験であった。しかし実際に触れることのできた幸福感を味わう一方、やはり”聴かせる”のはとても難しい楽曲であるということも実感させられた。

今回の演奏に際し、気持ちも新たにPJBEの録音を聴いた。そして聴くたびにPJBEというアンサンブルの変らぬ凄さを、またも痛感することになった。
PJBEはそもそも音自体が凄い。質感が充実しているというか、本当に「全て」の音が、一つ一つしっかりと響いているのである。(ああ、金管奏者の端くれとして、かくありたいものだ。もちろんとても無理だけど、少しでも近づきたい…。)

そして旋律の歌い方の卓越ぶり…決して淀むことのない音楽の流れ、メリハリの効いたコントラスト -テンポも揺れておりデジタルな凄みがあるといった類の演奏ではないが、PJBEのスタイルにより超高次元で完結したその演奏にはただ脱帽というほかない。PJBEの演奏の前では、どの演奏も大人と子供ほどの落差を感じてしまうのだ。

♪♪♪

「もう3匹の猫」ではThe Denver Brassも、All-Brass-Ensemble Jeunesses Musicale World Orchestraもともに健闘している。この曲の魅力は充分伝わるであろう。

しかし、である。
この「もう3匹の猫」においても、フィリップ・ジョーンズやジョン・フレッチャーのいた、全盛のPJBEの演奏が存在したなら…。

-と、無いものねだりをしたくなるのは、決して私だけではあるまい。

(First Issued on 2006. 6.13. / Overall Revised on 2017.9.6.)

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2017年7月18日 (火)

野外練習のお供

2017年も夏がやって来ました。

思い起こせば2014年4月、半年後には50歳となるタイミングで一念発起しTromboneの練習に再チャレンジし始めた私ですが、おかげさまで幾つかの段階突破を果たし、現在も日々向上を続けることができております。この年齢になって「今が一番上達してる!」と言い切れるのもある意味幸せに思います。

そんな私を支えているのが「公園練習」。
雨の日と烈風の日、気温5℃を割込む冬の日は練習不能(経験上確信)ですが、それ以外は何とか仕事とも折合いをつけ、原則毎日近隣の公園で練習をしております。平日ですと練習時間は1時間半が精一杯ですが、Hip-Bone Music社のメソッドによる「システマチックな基礎練習のバーチャルレッスン」を積重ね、成果を得ることができています。

今回は私の公園(=野外)練習に欠かせぬ「小物」たちを紹介しましょう☆

BLACK WOLF マルチLEDランタン
51qikjduybl平日の練習は黄昏時~夜にかけてとなります。公園を訪れる方の迷惑にならぬよう、酔っ払いに絡まれることないよう、音が公園外に漏れることのないよう、敢えて照明設備のある公園内通路からは離れた場所で練習します。そうなると譜面台を照らす明かりが必要になります。
「BLACK WOLF」は軽量コンパクトなLEDランタンで、木の枝にこれをぶら下げ明かりを確保しています。譜面台に設置するわけではないので譜めくりがしやすくなかなかgood ! なんですよ。
51ekqtl8ayl__sl1000_…でも日によっては、適当な木の枝がない場所での練習になる時も。
その場合は「MIGHTY BRIGHT 譜面台用ライト(Xtra Flex Duet2 BLACK)」を使用します。
これは譜面台に設置しますので、何処でもOKなわけです。




■きものクリップ

本来は和装(きもの)の着付の際、衿合せ・帯締めなどの補助に使用するクリップなのですが、これが野外練習で風で譜面がめくれたり飛んで行ったりしないよう譜面台へ固定するのに大変便利!
452555518_1挟む部分が長~いので、譜面台からはみ出すサイズの楽譜や教則本にも使えるというスグレモノ!さらに何と音符のデザインであり、まるで最初から野外での音楽練習のために誂えられたかのようじゃありませんか!^^)
クリップとしては相当高価でしたが、買って良かった☆と満足しています。

■KOSS  PORTAPRO
61y3fxkl6l__sl1500__3オープン型オーバーヘッドヘッドホン(折畳み式)の名器です♪
小型軽量ですが、なかなか良い音で鳴りコストパフォーマンスも良好!
Hip-Bone Music社のメソッドは伴奏や模範演奏を聴きながら練習するのですが、その際に自分の出す音も違和感なく聴こえるオープン型のヘッドホンは必要不可欠なんです。
以前はSONYのMDR-MA900を使用していたのですが、これはユニットが大きく特に2ロータリーのバストロンボーンですとF管やG♭管、或いはベルに接触してしまうので、このPORTAPROに変えました。夏でも暑くないというメリットもありますし、とにかくよくできたヘッドフォンだと思います。
オススメ!

♪♪♪

また、夏季特有のものとして

■ISUKA コンパクトクーラーバッグ
91xgvahcjl__sl1500_夏場の水分補給が重要なのは言うまでもありませんが、ぬるい飲み物では気分が萎えます。だからといって凍らせた飲み物は飲みたいときに直ぐ飲めないし、保温水筒はかさばるしメンドクサイ…
というわけで500mlペットボトルが2本入るこのクーラーバッグを愛用。
凍らせたものを1本と、冷やしたものを1本入れて持っていくと、真夏の昼間(もちろん木陰ではありますが)のまとまった時間の練習にも耐えられます。

■防蚊対策
71ofmo0kngl__sl1100_夏の公園、虫除けと蚊取りも必須です!
出掛ける前に「金鳥 プレシャワー虫よけジェル」をちゃんと塗り、練習中は「アース おそとでノーマット」を腰に着け…。
虫除けはスプレーよりミスト、ミストよりジェルの方が無駄なく使えるという実感があって愛用しているのですが、そもそも虫除けって値段が高い!もうちょっと安くならないかなァ…。

♪♪♪

天候に左右されるとはいえ、広大なるオープンエアーで練習するというのはTrombone吹きとしては悪くない、いや却って良いのではないでしょうか。そして何と言っても自転車で5~10分の近隣にそうした環境(公園)があることを、心から幸せに思います。
もちろん深夜早朝は絶対に避け(この点はごく保守的に運用しています)、公園内の通路やあずまやからも離れ、極力消音効果のある林の中に入るようにし、周囲に常に気を配って…とビクビクしながら(?)練習を続けているわけです。

でも、深夜にこの公園を通ると、時折管楽器やドラムの練習をしている人がいるんですよね…。「楽器の練習一切禁止!」ともなりかねないので、どうか止めてほしいんですが、万一トラブルになったりしたら元も子もないので何も言えません。同じ「楽器人」として吹きたい気持ちは判るけど、越えちゃいけないラインはあると思うんですがね。

とにかくまず自分自身が(楽器練習禁止!の)”原因”になることのないよう気を引き締めて行動しつつ、引続きこの公園で練習ができますように…と祈るばかりです。

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2017年7月 2日 (日)

序曲「バラの謝肉祭」

PhotoCarnival of Roses, Overture
J. オリヴァドーティ (Joseph Olivadoti 1893-1979)


Olivadoti1950年代から1970年代にかけて吹奏楽を経験した者にとって、ジョセフ・オリヴァドーティ(オリヴァドゥティ、オリヴァドッティ等の表記もあり)の名は間違いなく記憶に刻まれているだろう。吹奏楽のために彼が書いた(演奏会用)序曲はいずれも若い初級バンドに好適な作品ばかりであり、当時は誰もが1度はどれかを演奏したはずのレパートリーなのである。
中でも、オリヴァドーティの代表作であり日本版楽譜も発売されていた「バラの謝肉祭」は実に広く演奏された楽曲だ。私自身、中学時代に他校との合同練習会で初見合奏したのを皮切りに、その後冒頭のAndante部分がこの母校で入学式や卒業式に於ける入場音楽として使用されるようになったため、随分とこの曲を演奏し親しんだ。
吹奏楽コンクールの記録を見ると、オリヴァドーティ作品は1956年を最初に1970年まで全国大会の自由曲(「イシターの凱旋」が多い)としても登場している。支部大会・県大会レベルで見るとやはり1960年代にピークアウトはしているものの、現在でも「バラの謝肉祭」を中心に毎年5-6団体がオリヴァドーティ作品を採り上げているという息の長い人気ぶりなのである。

      【出典】  全日本吹奏楽コンクール データベース


♪♪♪

オリヴァドーティはイタリア移民のアメリカの作曲家だが、ホルンやサキソフォン、クラリネットなどを学び、1920年からハロルド・バックマン率いるミリオンダラー・バンドのメンバーとして活躍した他、シカゴ交響楽団ではオーボエ奏者として活躍した音楽家である。第二次世界大戦中は海軍に応召、そののちたくさんの吹奏楽曲を著すこととなる。
本邦で有名な彼の楽曲は天真爛漫でファンシーな曲想にして平易なものが多く、楽器を始めて間もない低年齢層向けの「序曲」が大宗を占めている。私などは楽曲のイメージから(オーボエというよりは)トランペットあたりを演ってた人かな?…などと勝手な思い込みをしていた次第である。

     【出典・参考】   
新版吹奏楽講座8 (音楽之友社)
                                    Band People 1980年5月号: 「olivadoti_bp.jpg」をダウンロード
                                     ※オリヴァドーティに関する最も詳細な伝記記事

私が「バラの謝肉祭」以外に音源を所有しているものとして
 ・イシターの凱旋 (Triumph of Ishtar)
 ・ヴェニスの休日 (Venetian Holiday)
 ・ポンセ・デ・レオン (Ponce de Leon)
 ・美しい剣士 (Beau Sabreur)
 ・りんごの谷 (Apple Valley)
 ・大洋の偉観 (Pacific Grandeur)
 ・桂冠詩人 (Laureate)
 ・アバロンの夜 (Avalon Nights)
を挙げることができるが、これらは1942-1956年に書かれたものだ。

Lp2どれも”オペラの序曲風”と評される接続曲(メドレー)というべき楽曲で、親しみやすい通俗性を持った健康的な音楽である。

(左画像:オリヴァドーティ作品の未CD化音源を多く
収録したCBS-SONY盤)



(ここからは私の推定に過ぎないが)おそらくオリヴァドーティは前稿で採り上げた”歌劇「ザンパ」序曲”のような音楽を想定して作曲に臨んだのであろう。或いはもしかすると彼の頭の中にはたくさんの空想(構想)上のオペレッタが渦巻いていて、そこから序曲を書き下ろしていったのかもしれない。

一方で、オリヴァドーティ作品は良くも悪くも常套的で安易、やや幼稚で散漫気味といった声があることも否定できない。ただ、我々が認識しておかねばならないのはおそらくこれらの屈託のない序曲を、オリヴァドーティは”子供たちのために””作り込んで”いったのだろうということだ。

彼が遺した行進曲-音源が存在する3曲-
 ・名誉の殿堂 (Hall of Fame
 ・空の波 (Air Waves
 ・海軍士官候補生 (The Naval Sea Cadet March
を聴くと、明朗快活な曲想は共通でありつつも、確りとした骨格による形式美を示しており、幼さは影を潜めていることが判る。

即ち、こと「序曲」の作曲にあたってオリヴァドーティは子供たちが演奏して喜ぶ- 決して退屈することなく親しめる楽曲を想起し一直線に作り込んでいったのではないだろうか?それがヴァラエティに富み、場面のクルクル転換する”優しい(易しい)”単純明快な楽曲へ結実したと推定されるのである。

♪♪♪

さてこの曲の表題「バラの謝肉祭」とは何を指すのか-。
「謝肉祭(カーニヴァル)」と「バラ」との関連で有名なのは、ドイツ各地で行われる”Rosenmontag(=薔薇の月曜日)”という祭典だ。
Rosenmontag1823年にケルンで発祥し、デュッセルドルフやマインツなどに拡大していったというこのお祭りは、紙吹雪やキャンディーの降り注ぐ中で行われるパレードであり、さまざまに仮装した楽隊やダンスグループ、騎士団や巨大な紙製の像を載せたフロートなどが列を成して練り歩くもので、まさにカーニヴァルの最高潮を成すものとのことである。

     【参考・出典】  ドイツ大使館/ドイツ総領事館 HP


San_joses_historic_downtown_lauren_また米国カリフォルニア州・サンノゼにて1901年5月にその名も”Carnival of Roses”が開催された事実がある。これは当時の第25代アメリカ合衆国大統領ウイリアム・マッキンリーの栄誉を讃える祝典であった由である。
この祝典の記録にオリヴァドーティが触れた可能性はあるが、彼が生国イタリアからアメリカに渡ったのが1911年と伝わっていることから、関係性は薄いと見るのが妥当だろう。

【参考・出典】 San Jose's Historic Downtown
          (L. M. Gilbert&B. Johnson 著)


「バラの謝肉祭」という楽曲と”薔薇の月曜日”をはじめとする実際の祭典とに直接の関係を確認することはできないが、とにかく楽しげなこれらのお祭り騒ぎの雰囲気が、本楽曲の曲想と共通するものであることもまた間違いないであろう。

♪♪♪

「バラの謝肉祭」も5つのパートが切れ目なく現れる、オリヴァドーティお得意のメドレー風序曲である。
曲はAndante 4/4拍子の清らかで敬虔なコラールの序奏(冒頭画像参照)に始まる。ここでは伸びやかで優しい旋律が大変印象的である。
Andanteその高揚が収まると続いて金管楽器のファンファーレからAllegro 2/4拍子の緊張感のある短調の音楽となる。
Allegro勇ましい中低音の旋律に、ステレオタイプともいうべきTrumpetの華々しいカウンターが呼応するクライマックスの後、
Allegro_80全音音階の楽句による夢幻的なブリッジを挟んでModerato 3/4拍子の安寧な音楽へと続く。ここでは中音楽器の奏するたおやかな旋律が大変美しい。
Moderatoそこにシンコペーションのリズムが聴こえてきてGrandioso 9/8拍子に転じ、スケールの大きな音楽となって堂々たる歌が奏される。
Grandioso最後は再びAllegro 2/4拍子となり、木管楽器の快活で愛らしい旋律が存分に駆け回る。
Allegro_2Trumpetの伴奏や対旋律も相俟って、一層ファンシーな曲想となってPiu mossoに突入。典型的な序曲や終楽章における”終結部”の様相を呈し、文字通り「元気よく」フィナーレを迎え締めくくられる。

♪♪♪

音源としては
Cd渡邊 一正cond.
東京佼成ウインドオーケストラ(Live)

を推したい。
「バラの謝肉祭」という楽曲をこの上なく丁寧に扱い、”自然な”音楽の流れと表情に帰結させた名演と思う。

     【その他の所有音源】
       フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
       汐澤 安彦cond. フィルハーモニア・ウインドアンサンブル
       井町 昭cond. 大阪府音楽団
       小澤 俊朗cond. 尚美ウインドオーケストラ
       山田 一雄cond. 東京吹奏楽団
       木村 吉宏cond. フィルハーモニックウインズ大阪
       木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
       丸谷 明夫cond. なにわオーケストラル・ウインズ(Live)
       汐澤 安彦cond. 東京吹奏楽団


♪♪♪

改めて今、「バラの謝肉祭」を聴いて思うことが二つ。

第一に、音楽は演奏することで特別なものとなり、そしてその演奏体験こそは極めて貴重で、その個人本人にとっても大切なものであるということ。「バラの謝肉祭」を一度も演奏することなく年齢を重ね、ここで初めて聴いたとして私は今抱いているほどの”愛着”をこの曲に感じただろうか?
-否、である。
加えてこの”愛着”こそは実に得難い、いいものなのである。

第二に、つくづく(歴史的にも)吹奏楽は「メドレー好き」に過ぎるということだ。
”メドレー”という楽曲形態はヴァラエティに富み飽きさせない一方、中身が薄くまた根源的に音楽性を損なった形に陥りやすい。メドレーの傑作=歌劇「ザンパ」序曲ですら、聴き手はどこか落ち着かない散漫さを感じ取っているのである。更に、ポピュラー音楽の世界でもコンサートやアルバムに於いてメドレー楽曲が多用されてはいないという事実を、そしてそれは何故なのかということを、我々は音楽的な見地から見つめ直さねばならないであろう。
メドレー(実態がメドレーである曲も含む)ばかりを安易に並べ立てたプログラムなどは、慎むべきものなのである。

(Revised on 2017.7.28.)

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歌劇「ザンパ」序曲

Fornasaris_benefitopera_of_zampa_he       (画像:1844年ハー・マジェスティ劇場に於ける歌劇「ザンパ」上演の様子)

Zampa ou La Fiancée de Marbre, Overture
L. J. F. エロルド(エロール)
(Louis Joseph Ferdinand Hérold 1791-1833)


舞台は16世紀のシチリア島。海賊の頭領ザンパはルガノ城のある島を侵略し捕えた伯爵を解放するのと引換えに、伯爵の美しい娘カミラに結婚を迫り、カミラと許婚アルフォンソとを別れさせようとする。無理やりカミラと婚約したザンパはその祝宴にて先妻であるアリスの石像を嘲弄しながら婚約指輪を像の指にはめるのだが、威嚇するようにアリスの石像は指を閉じ、指輪を返そうとしないのだった。
ザンパはカミラを解放してほしいとの如何なる嘆願にも耳を貸すことなく、アルフォンソを監獄に送り、忌々しいアリスの石像は海に投げ捨てるよう命じる。ザンパに迫られたカミラは祭壇へ逃げ、ここは聖域だから誰も自分に手を触れてはならないと主張するも、ザンパはお構いなしにカミラから服を剥ぎ取り、逃げ出したカミラを更に追いかけようとした。
そのとき、海に捨てられたアリスの石像が波を引き起こし、ザンパは海に引きずりこまれて絶命してしまう
厄災は去り、今こそカミラとアルフォンソは再び結ばれた。

    【出典・参考】
      「オックスフォード オペラ大辞典」(平凡社)
      「歌劇大事典」 大田黒 元雄 著 (音楽之友社)
      「名曲解説事典」 門馬 直美 執筆稿 (音楽之友社)

Ferdinand_heroldこのような内容の喜歌劇である。1831年にフランスの作曲家フェルディナン・エロルド(エロール)によって作曲されたこの歌劇は19世紀を通じて大きな人気を博したと伝わるが、今日では上演機会が乏しくなっており、一般には専ら序曲が演奏されるのみとなっている。
エロルドはベートーヴェンやシューベルトとほぼ同世代であり、パリ・コンセルヴァトワールでは吹奏楽でもおなじみのカテルやメユールに師事した作曲家である。42年という短い生涯において主に歌劇やバレエ音楽の分野に作品を遺しフランスにおけるグランド・オペラの祖と称される。歌劇「ザンパ」と並んでバレエ音楽「おてんば娘リーズ(リーズの結婚)」が代表作である。

♪♪♪

この歌劇「ザンパ」序曲は、NHK-FMのクラシック音楽番組「朝の名曲」(1972-1985年)のテーマとして使われていたので、曲名は知らなくとも中間部の軽やかな旋律が耳馴染みな方も多いであろう。私は随分後になって全曲を聴き、そうかあれは「ザンパ」だったのか!と知った次第である。
また明朗快活でダイナミックな曲想は英国式金管バンドや吹奏楽のレパートリーとして好まれ古くから演奏されており、所謂”クラシック・アレンジ”のスタンダードでもある。曲中の抒情部分がほぼ全てクラリネット・ソロで歌われるのも吹奏楽で人気となった理由かもしれない。

歌劇自体「グランド・オペラ風の圧倒的な効果と絵画的、色彩的な筆法があり、親しみ易く美しい旋律とドイツ的で堅実な管弦楽法を持つ」と評価されると同時に「性格描写や変化や情熱に乏しい」「現在では音楽的な冗長と弱点のため、ほとんど通して演奏されることがない」と断じられている。
序曲も「通俗的な名曲」「華やかで色彩的」「親しみやすい旋律」「華やかに劇的な迫力をもちながらクライマックスを築き上げる」と美点を挙げられつつも、結局は「目先がつぎつぎと変っておもしろいが、全体からみてかなり散漫である」とバッサリ総括されるなど、何とも毀誉褒貶入り混じる楽曲である。

     ※上記評論は「名曲解説事典」 (音楽之友社) 門馬 直美 執筆稿 より引用

私はと云うと、もちろん歌劇「ザンパ」序曲が大好きである。とにかく旋律が美しく魅力があり、また印象的な楽句が次々に現れる。これを”まとまりがなく散漫”というよりは”宝石箱の如き素敵な音楽の詰合せ”であるとポジティヴに評価したい。メドレー(接続曲)風の作品として豊かな色彩とコントラストの見事さに溢れ、またそれを生かす構成が成されている。理屈抜きに愉しいではないか!
904zampa「ザンパ」はオペラ全曲が聴ける音源が極めて乏しく、私が所有しているのは2008年3月にウイリアム・クリスティcond. レザール・フロリサン(William Christie cond. Les Arts Florissants)がパリ・オペラ=コミック座にて上演した際のライヴ録音(インディーズ盤)のみである。
※下画像:同公演の模様

Zampa_christie_paris_2008aこれを聴く限り「序曲」にはオペラ本編には遂に登場しない旋律や楽句がかなり含まれている。「序曲」は歌劇から抜粋してメドレー風にまとめたもの、という解説も目にしたが実際にはどうなのだろうか。エロルドは幕開けのためにオリジナルの部分も加え再構成した「序曲」を拵えていたのか?或いは歌劇そのものが改訂によって、元々の姿とは違っているのだろうか…?。
Zampa_christie_paris_2008b_2この序曲はハッキリ”接続曲”=メドレーと言い切って良いだろう。そしてメドレーとしては最高レベルの出来映えではあるまいか。メドレーというものはショーマンシップの観点からは重宝され人気を博す(ウケる)一方、音楽としての意義や価値についてはジャンルを問わず(ポピュラー音楽の世界ですら)疑問を呈されがちである。
それを踏まえても猶、この歌劇「ザンパ」序曲の愉しさには抗えない自分がいる。どんなものでも水準を超えたものには、理屈抜きの魅力が存在するのだと私は思う。

♪♪♪

Photoこの上なく輝かしく、生命感に満ち溢れたAllegro vivace ed impetuosoの序奏に始まる。
この冒頭こそが全曲の白眉と云っても差支えなかろう。それほどに印象的で、音楽的興奮を喚起する序奏である。
ff で華やかに始まり、緊張と快速さを維持したpを挟み、また鮮やかなff へという流れの中で、眼前にありありと浮かぶが如く立体的なカラフルさも感じさせるのだ。

そこに突然管楽器群のB♭音ユニゾンがフェルマータで強奏されAndante misuratoへ入る。同様にB♭、C、Cと繰返す管楽器群の強奏に弦楽器+ティンパニのppが呼応し神秘的で安寧なブリッジとなり、次の場面へと移っていく。

冒頭の雰囲気からは一転したAndante non lentoの密やかで抒情的な音楽となる。
Andante_cl前述の通りこの曲に於いて抒情的な歌はほぼ全てクラリネットで奏されており、ここはその最初である。
ほどなく音楽は徐々に活気を取戻す。冒頭主題の変奏
Photo_2が現れて生命感と色彩、緊張感やスピード感、輝度と音量といった全てをじりじりと高めながら亢進し、グランドマーチ風のAllegro vivace assai con grande forzaへと進んでいく。
Allegro_vivace_assai_con_grande_forその運び方が実に見事であり、到達した先に提示される音楽の壮麗さを一層引き立てているのである。続いて抒情的な場面に転換するのであるが、ここで前出のAndante misuratoをなぞったブリッジを挟むなども心憎いばかりだ。そしてPiu lentoとなって再びクラリネットのソロ-。文字通りespressivoを極めた美しいものである。
Piu_lento_cl鎮まった音楽の熱はそのままに、軽やかで愛らしいUn poco piu vivoへと移る。
Un_poco_piu_vivo楽曲中最も有名な部分であるがTriangleの加わる伴奏も含めとても品の良い音楽である。これが最終盤のパワフルな推進力を示す圧倒的な盛上りを前に、極めて効果的なコントラストを生み出している。
可愛らしい音楽を一転させるUn poco piu animatoの金管群のファンファーレから音楽はその最終盤へ。更にテンポを上げPiu mossoで繰返されるファンファーレからは一気呵成に精力的なエンディングへと突き進み、最後も華麗な余韻を堪能させて全曲を閉じる

♪♪♪

音源はかなり多い。色々な意見はありつつも、親しみやすく魅力のある楽曲であることの証明だろう。中でも胸のすくような好演として
61xae59igyl__ss500ロナルド・コープcond.
ボーンマス交響楽団

をお奨めしたい。
この曲の録音に駄演というものはそもそもあまりないが、巨匠指揮の高名なオケの演奏と比較しても秀演であり、実にヴィヴィッドでコントラストに富み、楽曲の魅力を存分に発揮している。楽器間のバランスも終始良好であり、楽しく聴けるのだ。

     このアルバムは英国ボーンマス交響楽団の創設指揮者であるダン・ゴドフリー
     のレパートリーを再現したもののようだが、このダン・ゴドフリーは英国軍楽隊
           の指揮者・編曲者として何代にも亘り活躍した一族の出身である。(ダン・ゴド
           フリーII世の長男でダン・ゴドフリーJr.と呼ばれることが多い。)
      ボーンマス交響楽団は1893年に創設されているが、その当時の編成は”吹奏
           楽団”であった。おそらく同団にとって歌劇「ザンパ」序曲は歴史的に十八番の
      レパートリーなのだろうが、こうした名演に繋がったのはやはり吹奏楽とも関
     連した指揮者・楽団であったことが背景にあるのかも知れない。

     【出典・参考】
       ボーンマス交響楽団HP   新版吹奏楽講座8(音楽之友社)

     【その他の所有音源】
      ユージン・オーマンディcond. フィラデルフィア管弦楽団
      レナード・バーンスタインcond. ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団
       ヴォルフ=ディーター・ハウシルトcond. スイス・イタリア語放送管弦楽団
             ヤン=パスカル・トルテリエcond. BBCフィルハーモニック管弦楽団
       ヴォルフガング・サバリッシュcond. バイエルン国立管弦楽団
       チャールズ・グローヴスcond. フィルハーモニア管弦楽団
       ヘルマン・シェルヘンcond. ウィーン国立歌劇場管弦楽団
       アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
             アーサー・フィードラーcond. ボストン・ポップス管弦楽団
      エルネスト・アンセルメ,cond. スイス・ロマンド管弦楽団
             タマス・パルcond. ブダペスト交響楽団
             ポール・パレイcond. デトロイト交響楽団
             マルセル・フリードマンcond. ヨーロッパ・フィルハーモニック管弦楽団
      ジャン・マルティノンcond. ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
             リチャード・ボニングcond. ロンドン交響楽団
             マッシモ・フレッチャcond. ローマ・フィルハーモニー管弦楽団
             レイモン・アグーcond. ロンドン新交響楽団
             ニコライ・マルコcond. フィルハーモニア管弦楽団

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2017年5月27日 (土)

歌劇「いやいやながらの王様」より”スラヴ舞曲”

Operacomique_2_2                      (画像:2009年のオペラ=コミック座公演より)

Danse Slave from "Le Roi Malgre Lui"
E.シャブリエ
(Emmanuel Chabrier 1841-1894)


代表作「狂詩曲スペイン」が広く知られるフランスの作曲家エマニュエル・シャブリエ1887年に作曲した歌劇が「いやいやながらの王様」である。
Emmanuel_chabrier_2シャブリエは専門的な音楽教育を受けておらず、法律を学んで40歳目前の1880年に辞するまでフランス内務省に勤務していた異色の作曲家である。加えて53歳の若さで世を去ったことから、その才能に比して遺した作品の数は多いとはいえない
作曲に専念する以前から既に多くのピアノ曲やコミック・オペラに至る作品を著していたこともあって”才気あるアマチュア”と評されたが、それが同時に終生彼のコンプレックスであったと伝わる。
しかしながらシャブリエはダンディーやフォーレ、マスネをはじめとする作曲家や、マネやモネ、ルノワールといった画家、詩人ヴェルレーヌといった一流の芸術家と深い親交があり、その作品も間違いなく一流だった。溌剌とした機知に富み優雅なメロディーに溢れ、加えて和声に先進性を示すと評されるシャブリエの音楽は、後に続くフランス近代の巨匠ドビュッシーとラヴェルにまでも(この巨匠二人が自ら明言しているが)大きな影響を与えたのである。

     【出典・参考】
      オックスフォード オペラ大辞典(平凡社)
      藤田由之、斉藤靖幸両氏によるCDリーフレット解説


♪♪♪

歌劇「いやいやながらの王様」は1887年のパリに於いて、オペラ=コミック座(Théâtre national de l'Opéra-Comique)によって初演された、3幕から成る喜歌劇である。

   【歌劇「いやいやながらの王様」 概要】

    フランス王家から、新たなポーランドの王に迎えられようとしていた
     アンリ・ド・ヴァロワ。-しかし彼は酷いホームシックにかかっていた。
     フランスを恋しがり、戴冠式の日が迫るにもかかわらずポーランドか
         ら逃げ出したいという思いは募るばかりであった。

    そんなアンリは、オーストリア貴族エルネスト大公を新王に据えるた
    め、アンリを誘拐しポーランド国外へ強制追放してしまおうという陰
     謀が進行していることを知る。
    この陰謀に乗っかれば母国フランスへ帰れる!
        -そう睨んだアンリは親友ナンジに成りすまし、逆にナンジを自分に
     仕立て、なんと陰謀団に加担し陰謀を成就させようとするのだった。

    首謀者の親族ゆえに陰謀団に参画したアレクシナが、実はかつてア
     ンリと恋仲であり、この二人の焼けぼっくいに火が着いたり、ナンジ
         の恋人ミンカは陰謀を阻止せんとする主流派のスパイだったりと、
    複雑な人間関係に色恋ごとが絡んでいく。

    何とかフランスへ逃げ戻ろうと陰謀団を焚きつけ、陰謀を実行させて
    いくアンリだったが、彼らの方針が「誘拐した王(アンリのこと)はやっ
    ぱり殺してしまおう!」という話になってきたから、…さあ大変!

    情報が錯綜し、ミンカやアレクシナも絶望したり心配したりの大騒ぎ
    となるが、王の守護隊も駆けつけてきて落着し、全てが当初の話通
    り丸く収まった。
    「いやいやながらの王様」と称されながらも、アンリはポーランド王の
    冠を戴き、国民の祝福を受けてハッピーエンドとなる。

     ※詳細なあらすじ : 「Synopsis.pdf」をダウンロード


Cd_5上記は貴重な全曲盤CDである
シャルル・デュトワcond.
フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団

の構成及びリーフレット解説による。
以降の記述も出典は同一である。)

♪♪♪

Leaflet”スラヴ舞曲”はこの歌劇の第3幕、初めの幕間(間奏曲)に続く場面に登場するものであり、しばしば単独でも演奏される。(他に単独で演奏される楽曲としては第2幕冒頭に登場する”ポーランドの祭り”を挙げることができる。)明朗で屈託のないこの喜歌劇を象徴するような楽曲となっている。

この第3幕の当該場面は、ポーランド国境近くの宿屋でポーランドの民衆が戴冠式の日の祝賀会を開催している様子であり、歌劇では合唱も加わり一層賑やかに演奏される。
全編を通じ変わらぬAllegro con brio 3/4拍子の快活な舞曲であり、3部形式に成る。(このAllegro con brioの適切なテンポ設定がまずもって好演の条件であることは疑いない。)
”スラヴ舞曲”と冠していながら、生命力漲るダイナミックな曲想ばかりでなく、息づくリズムは感じさせつつ優雅で愛らしく洒落たイメージも現れるなど、小品ながらさまざまな表情を見せる魅力的な楽曲である。如何にもフランス的な機知に富んだ印象なのは、シャブリエならではであろう。

冒頭はオーボエ・ファゴット・クラリネット・ホルンという室内楽的な響きの序奏に始まる。
Photoこれに続いて応答する楽器群が次々と加わって高揚し、弾けるような舞曲の主部となるのだが、その瑞々しい生命感に魅了されてしまう。
1_3続いてクラリネットの音色の印象的な楽句に導かれて第2主題が提示されるが、ここでは悠々と伸びやかに伴奏するベースラインに抱(いだ)かれる感覚が何とも心地よい。
2_2リズミックな経過句を挟んでG.P.の後、再び繰り返される第2主題は一層華やかにスケールを拡大して奏されて行き、これを彩るHornのオブリガートがまた際立っている。
Hornブリッジを経て愛らしく優美な旋律の中間部へと入るが、このブリッジは微かに憂愁を匂わせるものとなっており、それがもう実に気が利いているのだ。ここから一層優雅に歌われていくこの中間部の旋律が、絶妙な塩梅でテンションを高めながら展開していくさまは感動的である。
Photoまたそれが心弾む弦のピツィカートの頂点からすぅーっと緩んで…融通無碍な音楽の快感がそこにある。単純な場面の切替えではなく、ニュアンスを含んだ”移ろい”が表現された演奏を期待したい部分である。
序奏部をより細かい音符に成したブリッジを経て主部からを再現、充分な高揚の後に短いコーダに突入し、快活さと品格を兼ね備えたこの舞曲は最後も爽やかに閉じられる。

♪♪♪

この”スラヴ舞曲”は吹奏楽にもアダプトされており、実演する機会に恵まれた際に、私はたちまちこの曲が大好きになってしまった!
全日本吹奏楽コンクールでは1977年に吉良中が「マズルカ」という表題でこの曲を採り上げたのが初演なのだが、その後も頻繁に演奏されているとは云い難い。楽曲としては小品の位置づけなれども、今こそこういった外連味のない愛らしい音楽を吹奏楽はもっと演奏すべきと思うのだが…。
複数出版されている市販譜は重要な対旋律がカットされていたり、サウンド的に吹奏楽としての再構成が不足していたりといった状況であり、より広く演奏されるためにも”決定版”と云えるアレンジが待望されよう。

音源は
Cdポール・パレイcond.
デトロイト交響楽団

の演奏をお奨めしたい。小気味良いテンポに始まり終始生き生きとしたリズムが息づいており、抒情的であったり可愛らしかったりといった音楽の表情変化の豊かさが素敵!パート間・声部間の絶妙なバランスが保たれ続けており、音楽の流れが途切れない。”思わず抱きしめたくなる”そんな好演である。

      【その他の所有音源】
      エルヴェ・ニケcond. モンテカルロ・フィルハーモニック管弦楽団
      ジャン=バティスト・マリcond. パリ国立歌劇場管弦楽団
      ミシェル・プラッソンcond. トゥールーズ市立管弦楽団
      リチャード・ヘイマンcond. ポーランド国立放送交響楽団
      リシャール・ブラローcond. オペラ=コミック座管弦楽団
      エルネスト・アンセルメcond. スイス・ロマンド管弦楽団
      アルミン・ジョルダンcond. フランス国立管弦楽団

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2017年3月20日 (月)

無駄な努力

P1000392現在、2年後に友人が開催する彼のリサイタル(自主開催)に”友情出演”するため、ピアノ伴奏付ソロ曲を練習しています。とりあえず3曲着手してみましたが、チャレンジする曲は2年間の”伸びしろ”も考慮して決めねばなりません。

そして実際練習を開始してみると、改めてどうしても一段のレベルアップを図らねばならないと痛感しました。そこで新たなメソッドを海外通販で取り寄せ、練習を始めました。それが私の敬愛するMichael Davis氏の主宰するHip-Bone Music社から発売されている”Build Your Range”です。
著者はTrumpet奏者の方なのですが、従来から愛用している他のHip-Bone Music社の教則本と同様に、実に気の利いた伴奏音源とともに練習できるスタイルになっています。
P1000393「高音域の音域拡大と耐久力向上」という大命題に向け、ベーシックなトレーニングを徹底して行うという内容になっています。粘り強く練習を続けていくことが必要とのことで、あきらめることなくやっていきます☆

この「無駄な努力」を、本当の”無駄”に終わらせてしまうか、否かは私の取組み次第だと思っていますから。

♪♪♪

今回は併せて”28 Vignettes for Two Trombones”(冒頭画像・右)も購入しました。これまたイカしたデュエット曲集ですので、いつか相棒を見つけて楽しみたいと思います。
これら有益なメソッドの情報は、いずれもTrombone奏者・岩崎 浩氏のBlogにて拝見したものです。氏のBlogからはこれまでもレガート・タンギングの練習法に始まり、多くのことを学ばせていただいておりますが、同Blogの記事は実に判りやすく具体的なのでオススメですよ!

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2017年3月 7日 (火)

なぜ向上を夢見て練習するのか

Tromboneという楽器を始めて40年が経ちました。
音楽は狂おしいほどに好きだけれども、もちろんプロになれる能力はなく、何とか縋りつこうという執念もなかった私です。アマチュアとして単純に吹奏楽コンクールで良い成績を収めたいなどと活動しているなんてこともなく…なのに何故毎日練習しなきゃ、少しでも上手くなりたい-なんて思ってしまうのでしょうか。
それこそ週末だけの練習でも所属する楽団への責任は果たし、それなりに楽しく過ごせるはずなのに。



立て続いていた演奏会本番が段落し、久しぶりに”心穏やかな”日曜日が訪れました。もちろんTromboneの練習にも行ったのですが、自宅ではYouTubeでJazz Tromboneの名演を楽しんだ一日でした。
いやー、改めて本当に巧いまた凄いプレイヤーは世界はもちろん、日本にもずいぶんいらっしゃるものです。その中には私の心に深く刻まれる演奏も多々ありました。
(ただ、”プレイヤーとして私より上手”ということのみで感心したり心動かされることはもちろんありません。聴き手としては”音楽”としての価値を見極めています。また、年齢を重ねるごとに、概して云えば音色に美しさを感じない演奏には(Tromboneに限らず)魅力を感じなくなってきているのが顕著です。)

私がたとえ10代の頃から全てをTromboneに振り向けていたとて、クラシック界の方々も含め、そうした素晴らしいプレイヤーの足許にすら及ぶことはありません。ましてや50歳もとっくに過ぎた今から、なす術などないのです。幾らムキになってやっても大して上手くなりはしない。即ち「無駄」に過ぎません。
そんなこと、自分自身判りすぎるほど判っているのに何故「練習しよう」と思ってしまうのでしょう?

漠としたものを無理やり言葉にしてみますと
「(他人の演奏を聴くだけでなく)どうしても自分でやってみたい、自分の信じる理想の演奏に自分自身が(少しでも)触れてみたい」
「いつか自分も、聴いている方々に感動してもらえる演奏ができるのではないか」

という2つの夢を棄て切れない、ということなんでしょうね…。
そして、その実現のためには「プレイヤーとしての向上」が必須ということ。これは足下3年間の練習への取組みを経て、一層痛感しています。



私と同じく今でも精力的に楽器を続けている大学バンドの同期がいます。彼の口ぐせ(モットー)は「今日の僕は昨日の僕より上手くなっている!」 -この伝で練習を続ける彼は、何と2年後の会場を予約し自主開催でのリサイタルをやろうとしています。もちろん経費は全額自己負担、本番に向け一層練習に励む意気込みです。この話を聞いて、凄いヤツだなぁ…と率直に驚きと敬意を抱かざるを得ませんでした。
確かに50代も半ば、こんなことにチャレンジするには最後のチャンスというのが現実的なところでしょう。それを実現しようと独力でかつ力強く動き出したところが凄いと思うのです。

そんな彼から、今でも楽器を続けている幾人かの友人に向けて下記が発せられました。
「リサイタルといっても、僕一人で全プログラムを構成するのはキツい。君にも出演してほしい。持ち時間10分程度、ピアノ伴奏付ソロの本格的なプログラムをしっかり練習して発表してくれ。伴奏ピアニストの手配と謝礼だけは自分でやってね。」
声を掛けられた一人として、私も彼の”夢”に乗っかりました。

2年後を目指しソロ曲の譜面を手配、入手できたものから練習に着手しています。超難曲は無理ですが「本格的なプログラム」という趣旨には沿った曲を選びました。
ソロ曲の演奏はやはり難しい!でも昔なら手も足も出なかったであろう曲に”挑戦できる”レベルにはなっていることに喜びを感じつつ、練習に励み続けております。そして具体的な本番の目標があることが大きなモチベーションであり、誘ってくれた彼には心から感謝です。



Hqdefaultまだ若きビル・ワトラスが、ヘンリー・マンシーニ楽団でソロを執った演奏を聴きました。
”サックスより速く、トランペットより高く”と形容される彼の代表的なプレイとは違う種類の演奏ですが、音色の美しさと妙なるヴィブラート、さりげなく小粋なグリッサンド(ベンド)も織り込む豊かなその”歌”には、感動の一言です。

「もっともっと綺麗な音で吹きたい!」
という思いが、またもや更に強くこみ上げてきたのでした。

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2017年2月21日 (火)

ブラスオーケストラのための「行列幻想」

3Procession Fantasy
團 伊玖磨(Ikuma Dan 1924-2001) 作曲
時松 敏康(Toshiyasu Tokimatsu) 編曲
I.  男の行列 Procession of Men
II. 女の行列 Procession of Women
III.そして男と女の行列
   Thence Procession of Women and Men


Photo永く本邦楽壇の重鎮であった大作曲家であり、歌劇「夕鶴」や数々の管弦楽曲・室内楽・合唱作品、そして「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」などの童謡や映画音楽に至るまで幅広い作品を遺した團 伊玖磨による吹奏楽作品である。
團には吹奏楽にも少なからず作品があり、何といっても二代に亘り皇太子ご成婚を祝し、パレードにて使用された「祝典行進曲」「新・祝典行進曲」が圧倒的に有名である。

この「行列幻想」は職場バンドの名門・ブリヂストン吹奏楽団久留米(当時の名称は「ブリヂストンタイヤ久留米工場吹奏楽団」)の委嘱によるもので1977年に作曲された。同社創業家の姻戚にあたる團は既に1955年にも「ブリヂストン・マーチ」を作曲している。
同1977年、ブリヂストン久留米はこの「行列幻想」第3楽章を自由曲に採り上げ全日本吹奏楽コンクールで金賞受賞、その翌年も第1楽章を採り上げて全日本吹奏楽コンクールにて金賞受賞の栄誉に浴するのである。

     1977年は私が中学入学とともに吹奏楽部に入部しTromboneを始めた年。
     この年から幸運にも3年連続で西部(現九州)大会に進出できたことから、
     私はブリヂストン久留米の演奏した「行列幻想」にリアルタイムで接している。
     「ブラスオーケストラのための行列幻想より”そして男と女の行列”」
     …プログラムに記された題名から、如何にもおどろおどろしい曲を想像して
     いたのだが、実際にはとてもカッコ良く爽快でまた暖かな曲だったため、意外
     という印象を抱いたのを記憶している。


「ブリヂストン久留米」は(今もだが)まさに九州の誇る名バンドだった。名匠・小山卯三郎(おやま・うさぶろう)の指揮の下、優れたメンバーを揃えたこのバンドの演奏は次元の違うものであり、毎年コンクールで聴ける演奏がとても楽しみだった。また1977年まで西部(現九州)大会では出演バンドのパレードもあり、マーチングユニフォームに身を包んだ同バンドのカッコ良さも記憶に灼きついている。
Photo_2ブリヂストン久留米は1975年の全日本吹奏楽コンクールでは5年連続金賞による招待演奏を披露し、聴衆の度肝を抜いている。ムソルグスキー/ラヴェルの「展覧会の絵」より”プロムナード””古城”を演奏したのだが、大真面目な”プロムナード”に続いたのは何と突如ドラムソロに始まりエレキベース・エレキギターの強烈なサウンドが響きわたるファンク・ロック版の”古城”!日下部徳一郎の斬新なアレンジによるこの”古城”はキーボード・ソロもフューチャーした実に”ナウい”^^)演奏だったのである。

そして数々の名演が遺された中で、小山=ブリヂストンの真骨頂といえば1979年-1980年に自由曲として演奏された、歌劇「ウインザーの陽気な女房たち」序曲(ニコライ)や歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(グリンカ)あたりではないだろうか。
Bs1979中高生だった私に「これぞ大人の演奏」というものを聴かせていただいた。”音楽的”を尽くし、落ち着いているのに愉しい!-小山卯三郎という指揮者だからこそ生み出せた世界だったと思う。

     ※小山 卯三郎(1903-1985)
       熊本県玉名市出身、1920年陸軍戸山学校入学の後、軍楽隊隊長や同校
       教官を歴任。終戦後は皇宮衛士総隊総額隊長を務めたのちに帰郷。
       1958年ブリヂストンタイヤ久留米工場吹奏楽団常任指揮者に就任、同団
       を指揮し全日本吹奏楽コンクール出場16回(招待演奏及び1977年を含む)
       金賞受賞11回。
       「ステージで指揮をしながら死ねたら最高」と口にし、日々の生活でも食事
       が終わるとすぐに寝転んでは指揮者用の楽譜を広げ、手を動かし、しば
       らくすると今度は大音量でクラシックの曲を聴く― というのが日課で、
       そのすべてが音楽を中心にした世界だったという。

       【出典】 熊本県玉名市HP
            「指揮者・小山卯三郎さん~こころをつないだタクト~」


「行列幻想」もその同時代、ブリヂストン久留米の名演とともにこの世に現れた。全編を通じ、人間的な暖かさとノスタルジーに満ちた曲想であり、”華美さ”とは一線を画しつつ、心に残る旋律と提示される活力が印象的な作品となっている。

♪♪♪

「行進曲には、いろいろな行進曲がある。今回の作品については、少し変わった行進曲を書きたいと思った。人間の行列を“男”、“女”、“そして男と女”の3楽章から組み立ててみた。第1楽章は力強く、第2楽章は優美に、そして第3楽章は力強く演奏してほしい。優れたブリヂストン・タイヤ吹奏楽団のために作曲するのは幸福だった。全体としては明るい曲になるように努めた。」
                (初演プログラムに寄せた團 伊玖磨コメント)

本作の委嘱を受けた作曲者の念頭には、吹奏楽の本流たる「行進曲」があったことが判る。「行列幻想」は夫々に性格の異なる3つの楽章から成る曲だが、このことを認識しておくと全曲の統一感や、第3楽章に1・2楽章も集約されている構成が理解でき、楽曲全体の纏まりを具現化できるであろう。

尚、この「行列幻想」の吹奏楽オーケストレーションは時松 敏康が担当した。團は前年(1976年)に東京吹奏楽団の委嘱により「吹奏楽のための奏鳴曲(ソナタ)」を作曲したが、この時から時松に吹奏楽オーケストレーションを任せている。「奏鳴曲」オーケストレーションの最初の部分を見ただけで、團は時松に全幅の信頼を寄せたとのことである。

    ※時松 敏康
      1951年に警視庁に入り、1955年より警視庁音楽隊にてフルート奏者として
      活躍。アレンジャーとしての活躍も目覚ましく、1991年に同音楽隊副隊長を
      以って退官。


     【出典】 東京吹奏楽団HP 2007年クリスマスコンサート曲目解説


それでは楽曲の具体的な内容に触れていこう。作曲者コメント(「 」)も参照されたい。

I.男の行列
「第1楽章は、やや無骨で古風なリズムにのって男性的なテーマが装飾を従えて現れ、クライマックスに向かっていきます。」

1中間部にフーガを配した三部形式に成り、大らかさと郷愁とで聴くものを包み込む楽曲である。
鷹揚なリズムに乗って悠然と木管楽器が第1主題を歌い出し開始されるが、楽章を通じて終始落ち着きのある音楽だ。作曲者から”力強く演奏してほしい”との指示があり大いに盛り上がるのだが、それに続いてサックスに現れる第2主題は柔和で一層包容力に溢れた抒情的なものである。
1_2こうした旋律同士の対比、或いは中間部と前・後半部との対比が楽曲に奥行きを与えている。
クライマックスではタムのユーモラスなリズムとともに、金管中低音が男性的な旋律を楽しげに奏でる。
1_tomtoms”力強さ””柔和さ””弛みなさ””愉快さ”…この楽章の持つさまざまな要素が浮かび上がらせるのは、頼れる「父」のイメージか。
冒頭を再現した後に鎮まって、クラリネット、オーボエ、ファゴット、ピッコロ・フルートと次々に旋律の受け継がれるフガートとなる。ここでの印象は深まっていく郷愁に他ならないだろう。
1徐々に目覚めて行くが如きブリッジを経て冒頭を呼び戻し、弛みない歩みを再現して楽章を終う。

II.女の行列
「第2楽章は1楽章にくらべてはるかに柔らかい、衣装を風になびかせる女性たちの踊りにも似た行進曲です。美しいばかりでなく、憂愁を秘めた心の歌が聴こえます。」

2木管、続いてHornが加わり室内楽的な響きで開始される大変優美な楽章。ここでは所謂行進曲的なビートは一切聴かれることがなく、作曲者コメント通り寧ろたおやかな”舞”をイメージさせる音楽である。従って第1楽章とは性格の異なるものなのだが、この楽章にも大きな包容力が感じられる点が共通しているのは興味深い。慎ましさや愁いも湛えた最初の主題に続き、今度はフルートに優しく希望に満ちた上向系の旋律が現れる。
2flute更にサクソフォーンによるロマンチックなパッセージを挟んだのち、再びこの上向系の旋律がクライマックスで用いられると、そこでは更に逞しさも備えるのである。この楽章の”慎ましさ””美しさ””優しさ”に”逞しさ”をも加えた包容力が示すのは、やはり愛情溢れる「母」のイメージということになるだろうか。
冒頭の主題がOboeソロに戻り、上向系の主題のモチーフが穏やかに反復され美しく静まり、曲を閉じる。

III.そして男と女の行列
「第3楽章は1と2の要素をさまざまに組み合わせて、男女によって支えられる理想的世界を華々しく描きます。」 

独特の個性を放つファンファーレに始まる。(冒頭画像)どこか日本的な雰囲気を醸し、高い品格を感じさせるファンファーレなのである。特に3連符を基調としたHornのカウンターが実にカッコよく、冒頭から聴く者の心を躍らせる。
6/8拍子に転じ、カスタネットも参じるタランテラ風の主部に入ると、活気あふれる第1主題を木管が歌い出す。
31繰り返されるこの主題にオブリガートが絡むと、一層リズミックな音楽となっていくのだ。そして6/8拍子で変奏される”男の行列”の主題を挟んで2/4拍子に転じテュッティでエネルギッシュな第2主題が現れ、これが繰り返されたのち第1主題に回帰するのである。
32_2冒頭のファンファーレが再現されて緊張とテンポを緩ませるブリッジとなり、”女の行列”の旋律が奏される中間部へ。幻想的な雰囲気が徐々に高揚して、中低音が朗々と奏する憂愁の旋律でクライマックスを迎える。
3パワフルで情緒的な旋律に木管楽器のトリルの刻むリズムが絡み立体的な音楽となって、強い印象を残すだろう。
生命感を発散する低音の三連符に乗ったFlugelhornが吹き鳴らす合図を受けてテンポを戻し、再び行進が始まる。
3flugelhorn昂ぶる音楽はやがて堂々たるそして荘重なグランドマーチとなって終局へ。三度(みたび)現れたファンファーレに続き、最後はPrestissimoで一気に駆け抜け全曲を締めくくる。

♪♪♪

音源は
Cd金 洪才cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

の演奏を。
大らかで情緒にあふれ、明朗だが品を失わないこの作品の美点をきちんと押さえた好演である。

演奏機会の少ない曲であるが、忘れ去られるのはあまりに惜しい。多様性が尊重される昨今、近年の吹奏楽曲とはまた違う、こうした曲の深い”味わい”も大切にしたいものだ。

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2017年2月12日 (日)

王子到着!

Mrath2017年2月11日、オーダーしていたMichael Rath 社の
Bass Trombone”R9-N”が私の許に届きました。

試奏した同社の楽器に惚れ込んで購入したのですが、英国へオーダーしてから2ケ月、待望の到着を迎えたのです。
性能は期待通りであり、そしてとても美しい楽器なので感激するばかりです!


これで私の所有するTromboneのラインナップは以下の通りとなりました。

TenorBass "Sapphire" :
Courtois (仏)  AC420MBOST

Tenor "Violetta" :
King (米) 2103 PLS

Bass "Franz" :
M. Rath
(英) R9-N

ますます練習に励み、この楽器たちと共に成長し、音楽を楽しんで行きたいと思っています☆



早速2週間後の2017年2月26日には今回新調したBass Tromboneのデビューとなるコンサートが控えておりますので、頑張ります!

勢揃いした我が”シルバーランド”の王女・王子たちをご覧下さい!^^)
Silverland_2


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2017年2月 3日 (金)

ジャニュアリー・フェブラリー・マーチ / 台所用品による変奏曲

JfmThe January February March  /
Variations on a Kitchen Sink -A 'Fun' Piece
D.ギリス (Don Gillis 1912-1978)


Don_gillisドン・ギリス(本名:Donald Eugene Gillis)はその作品の際立ったユニークさで知られるアメリカの作曲家である。アメリカ3大ネットワークの一つNBCにおいて巨匠トスカニーニの指揮するNBC交響楽団の番組を担当、プロデューサー兼台本作者として活躍した経歴を持つ。代表作からして「交響曲第5 1/2番(ごかにぶんのいちばん)」というネーミング!”楽しみのための交響曲”という副題のこの作品もアメリカ的な陽気さに満ちた”底抜け”のユニークさで、まさに放送業界人らしくエンタテインメント性を充満させているのだ。

そんなギリスが吹奏楽のために書いた”極めつけ”の小品が「ジャニュアリー・フェブラリー・マーチ」(1950年)「台所用品による変奏曲」(1959年)である。これらはともに当時流行していた「冗談音楽」のフレーバーを漂わせる。標題からして察せられるようにユーモアを音楽に盛り込んだ特徴的な作品なのである。

   ※ギリスの作品は交響曲第5 1/2番をはじめ、管弦楽・吹奏楽の両方で演奏
      可能即ち譜面が用意されているものが多い。
      「ジャニュアリー・フェブラリー・マーチ」も管弦楽版が出版されている。


♪♪♪

「冗談音楽」(但し”替え歌”でない器楽作品)というと下記の要素を多く含み、それによって聴く者に”笑い”を喚起する楽曲・演奏を指す、ということになろう。音楽の枠組みを用いて、或いは音楽的満足も与えつつユーモアを提示するものである。
<例>
 ・作曲上の禁則・禁じ手をわざと盛り込む
 ・不協和音や不自然なダイナミクスをわざと強調する
 ・漫画的に極端でわざとらしく演奏する
 ・終わったと思ったらまた最初に戻り、永遠にリピートする
 ・同じ失敗を繰り返す
 ・楽器ではないもの(日用品など)を使用して”演奏”する
 ・楽器でないものの音を、音楽の中に盛り込む
 ・複数の曲を同時に、または交互に不思議な調和を以って演奏する
 ・たくさんの楽曲を次々とメドレーにする
 ・特異な衣装やアクションを以って演奏する


「冗談音楽」として想起されるのは何といっても後に詳述するように1940-1950年代を中心としたアメリカの音楽シーンなのだが、こうした音楽を介した”笑い”というものは遥か以前から存在している。
Mozart例えば、かの天才作曲家モーツァルト(Walfgang Amadeus Mozart 1756-1791)「音楽の冗談」(Ein Musikalischer Spaß k.522 1787年)というディヴェルティメントを遺していることは有名。当時の古典派音楽の常道を次々と逸脱する楽曲であり、モーツァルトはわざとこのような作品(悪例)を著すことによって、至らない作曲家や演奏家を揶揄し嘲笑していたというのが通説だが、一方でまさに「冗談音楽」としての愉しみを聴衆に与えていたとの見方もある。

    ※「出来損ないの転調」「構成上著しくバランスを損ねる、無意
      味に長いメヌエット(第2楽章)」「ドルチェから到底かけ離れ
      たドルチェと指示のあるホルンのフレーズ」「名ソリストを気
      取るヴァイオリン奏者の滑稽なカデンツァ」「フィナーレに登
       場する唐突なフーガ」「20世紀を先取りした?複調(F ,G ,B ,
      E♭,B♭)によるエンディング」などが指摘されている。
     
     極めてまともな合奏団による録音が多数出ており、それを聴
      くと(エンディングの如くあからさまに違和感を感じるものも
     ちょくちょく出てはくるが)今となってはこんな感じの曲もよく
     耳にするというか、こんな曲もアリでは?という感じもする。
          
     では私自身凄くいい曲だ!感動した!と思うかというと、
     「それはない」のが率直なところではあるが…。その理由は
     やっぱり”行き当たりばったり感””全体俯瞰した際のバラン
     スの悪さ”が豪く引っ掛かるからなのだ。また(古典派の)禁
     じ手を使ったから即ダメというより、その使い方に説得力が
     存在しないから、白けた感じが湧くのだと思う。


     【出典・参考】
        名曲解説全集 (執筆:海老沢 敏/音楽之友社)
        森 泰彦・石井 宏・竹内 ふみ子各氏によるCDリーフレット解説
     【私の所有音源】
         ヴィリー・ボスコフスキーcond. ウイーン・モーツァルト・アンサンブル
        ウイーン室内合奏団
        ニコラウス・アーノンクールcond. ウィーン・コンツェントス・ムジクス


♪♪♪

「冗談音楽」の括りの中でも、所謂ライト・クラシックの新機軸として存在したものと、ともかく”笑い”を目指して何でもありのショーマンシップ路線に突っ走ったものとの両極に分かれており、これがともに第二次世界大戦終戦後のアメリカで大いに流行した。そのピークが1940-1950年代なのである。

Anderson前者を代表するライト・クラシックの巨匠がルロイ・アンダーソン(Leroy Anderson 1908-1975)。「トランペット吹きのための休日」「舞踏会の美女」など、彼の作品は現在でも実に良く知られ愛好されている。その作風はモダンでお洒落、そして上品にしてユーモラスだ。
タイプライター(「タイプライター」)や紙やすり(「サンドペーパー・バレエ」)といった日用品を独奏楽器に使用したほか、馬の駆ける擬音(「ホーム・ストレッチ」)の活用や、時計の音Typewriter_2(「シンコペーティッド・クロック」)、馬の嘶き(「そりすべり」)、猫の鳴き声(「踊る仔猫」)などを楽器で表現したり、弦楽器のユニークなパフォーマンス(「プリンク・プレンク・プランク」)を採り入れたりと、「冗談音楽」の要素も大いに発揮して人気を博した。アンダーソンの作品は音楽としての絶対的水準/完成度が高いことにも定評があり、ライト・クラシックの作曲家の中で抜きん出ている。

Spike_jonesそして後者の代表-”冗談音楽の王様”がスパイク・ジョーンズ(Spike Jones 1911-1965)である。編成的にも音楽的にもジャズを基本としており、”ジャズ楽団とその演奏とで表現するコメディー・ショウ”と云うべきものだ。(CDもWeb動画もあるのでぜひ触れてみていただきたい。)
フライパンや鍋釜を叩き、洗濯板をギコギコ擦り、ピストル(空砲)をぶっ放し…大小さまざまな家畜の鈴をズラリと並べておそろしく速い曲を鮮やかに演奏してみせたかと思うと、トロンボーンを本当に”爆破”しちゃったりと「面白けりゃ何でもアリ」の冗談の極みである。この伝でクラシックの有名な曲を「お高くとまってんじゃねーぞ!」とばかりぶちかます、その痛快さも気持ちいい。
Spike_jones_bandメチャクチャ、デタラメの限りのようで、(音色は荒いが)実は奏者は非常に達者である。こうした「冗談」は達者な演奏でないとキマらない、カッコ良くない、オモシロクない!という事実は歴然だ。音楽の素養がないと本当の面白さを感じられないネタもあり、これがただのドタバタコメディではなく、「音楽の遊び」であることに気づかされるのである。

    ※スパイク・ジョーンズに多大な影響を受け、これを日本に持ち込んで大ウケ
      となったのが「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」や「ハナ肇とクレイジー・
      キャッツ」である。


Mauriciokagel19312008_2尚、現在「冗談音楽」はクラシック音楽の”前衛”との境界にあると云えよう。中でも突き抜けたユニークさで注目されるのがアルゼンチンの前衛作曲家、マウリシオ・カーゲル(Mauricio Raúl Kagel 1931-2008)だ。
終盤で突然指揮者が斃れ、曲名そのものを体現してしまう(?^^)奇曲「フィナーレ」はテレビ番組でも採り上げられ有名となったし、「イーゴリ・ストラヴィンスキー公」のインパクトも凄い。
Frst_igor_2この「イーゴリ・ストラヴィンスキー公」は管弦打入り混じる特異な室内楽編成+バス(男声)という合奏形態の曲なのだが、後半で突如長~い板を持った坊さん(?)が登場し、悠然と闊歩しながら時折その板を叩いて音を出し…という、シュールさ極まる作品なのである。
20141129031616_2更に「ティンパニ協奏曲」のエンディングも有名。そもそもメガホンでヘッドに声を響かせながら叩いたり、マラカスを上に転がしたりといった様々な奏法が独奏ティンパニに求められている曲なのだが、何といってもキチンと”記譜(指示)”もされているエンディングの衝撃は圧倒的に過ぎる…!

♪♪♪

ドン・ギリスが活躍したのはルロイ・アンダーソンやスパイク・ジョーンズとまさに同時代。ギリスの作品も、こうした時代の流行を取り入れたものだったのである。今聴くとまさに”時代”を感じさせる古さも否定できないが、一方で普遍的な音楽のユーモアも確りと伝わってくる。

■ジャニュアリー・フェブラリー・マーチ
題名はもちろん”3月”と”行進曲”とをかけた洒落、それ以上の意味はない。
6/8拍子ff のフル・テュッティのユニゾンによるイントロダクションに始まる(冒頭画像参照)のだが、まあその大仰なこと!ほどなく2/4拍子に転じてウッドブロックとともにトボケた旋律が流れ出し、ユーモラスなムードはそのままながら これに呼応するTrombone Soliはなぜかちょっとお洒落でハーモニアス。
Jfm_trombone_soli続いてMuted Trumpetの更にすっトボケたSolo…このあたりのセンスが絶妙である。
Jfm_cornet_solo大仰なイントロの再現を挟み、いよいよ打楽器のソリへ。ここからトボケたまんま”悪ノリ”に突入していく。杓子定規にリズムを刻むスネアとバスドラムとは対照的にぴょこぴょこ跳ねまわるようなTimp.が変に可愛らしい!そしてチャイムに続いて次々に加わってくる木管も、ベースラインも中低音金管(+Sax)もどいつもこいつもが、すっトボケたフレーズを一心不乱に繰り返す-そのさまに笑いがこみ上げてくるのである。更に素っ頓狂なTrp.の”信号”が吹き鳴らされ、全てが織り重なって”冗談”は最高潮へ。
Jfm_climax前半が短く再現された後コーダに入るが、ここもやはり大仰で、唐突感も匂わせるエンディングとなって曲を閉じる。

■台所用品による変奏曲
Photo_2構成は3部形式+コーダ、Tromboneのグリサンドを多用したりと終始諧謔味に満ちてはいるが、旋律やリズムもごくシンプルなこの曲自体は、主役たちのバックグラウンドに徹している印象である。
その「主役」こそが、さまざまな台所用品!
Utensils_neededフライパン、洗濯だらい、鍋、ボウル、パイ皿、歯車式泡立て器、食器用洗い桶、鉄板を使用することが、さまざまな撥だけでなくフォークなども使うその”奏法”とともに、スコアに示唆されている(!)。

※Suggestions for paerformance :
「suggestions_for_performance.jpg」をダウンロード

これらを演奏する8人の奏者はシェフ帽や三角巾を被り、エプロンや割烹着を纏った料理人に扮してステージ前方にズラリと並び、ひたすら陽気で賑やかにパフォーマンスするのが恒例である。
Photoまさに当時流行していた”冗談音楽”を愛らしい曲想で吹奏楽にアダプトしたもの。ひところは本邦のコンサートでもとてもよく演奏され、大ウケであった。

♪♪♪

さて音源だが、これが極めて乏しい。
Jf_lp■ジャニュアリー・フェブラリー・マーチ
今村 能cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

この曲の”大仰さ”や、堂々とした”ふざけ”を充実したサウンドとメリハリのある曲作りで聴かせる名演。
唯一の商業録音(LP)であり、未だCD化されていない。

Lp■台所用品による変奏曲
赤池 史好cond.
神奈川・静岡・石川・愛知県警
合同音楽隊

全国警察音楽隊演奏会のLive録音(LP)、この曲も他には(Web動画を除き)CDはもちろんレコードも見当たらない。まあ、そもそも聴くだけでなく”視る”曲なのだから已むを得ないか…。

♪♪♪

ルロイ・アンダーソンの楽曲にしても、「冗談音楽」の要素がピタっと嵌った楽曲自体が音楽的にも説得力のある出来映えであって、それをまた演奏者がキッチリ音楽的に演奏するからこそお洒落で恰好良いのである。そもそも「冗談音楽」とは、ハイレベルな者だけに許された”遊び”なのだ。

吹奏楽の世界では「冗談音楽」まで行かずとも、踊ったり動いたりといった要素も含めショー的な演出を絡めて演奏することも多い。しかしこうしたパフォーマンスは企画自体にセンスが問われるし、何より演奏が”その気で”キメた上質なものでないと、全くサマにならず、却って聴衆を失望させてしまう。演奏者サイドはこのことをシビアに心へ刻んで取組まなけばならない。

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2017年1月22日 (日)

吹奏楽のための第1組曲 A.リード

PhotoFirst Suite for Band
I.March II.Melody III.Rag VI.Galop
A.リード (Alfred Reed  19212005


Alfred_reed_portrait名匠アルフレッド・リードは吹奏楽のために幾つもの「組曲」を遺したが、中でも1-3番はいずれも出色の出来映えである。そのうち第2組曲は”ラテン”の音楽と情景を、第3組曲は”バレエ”の音楽と情景をテーマとし表現した楽曲であり、夫々内容を総括する副題が付されている。
1975年に作曲されたこの第1組曲にこうした副題はない。フルスコアにも「独立した対照的な4つの楽章から成り、それぞれを単独で演奏しても良い」とまでコメントされているのである。

しかしながら作曲にあたり、リードは”古き良きアメリカの音楽と情景”を想起していたのではないだろうか。この曲にはマーチ、ラグ(ラグタイム)、ギャロップ(サーカス音楽)といった音楽がフィーチャーされているのだが、”マーチ王”スーザ(John Philip Sousa 1854-1932)が1885-1927年頃その全盛期を迎えていたように、これらはいずれも19世紀終盤から20世紀初頭にかけてアメリカで一世を風靡し広く親しまれた音楽なのである。

この時代- 南北戦争終結~西部開拓時代~第二次産業革命を経て国力を高めたアメリカは、第一次世界大戦で疲弊した欧州を出し抜き遂には圧倒的な経済成長を果たす。(やがてそれも陰り、1929年の世界恐慌を境に社会不安増大そして第二次世界大戦勃発への道をたどることになるのだが…。)
マーチもラグタイムもサーカス音楽も、そうした”史上最高の繁栄”を謳歌していたアメリカで全盛を極め、その時代を象徴するものだった。
ポピュラー音楽の世界でも隆盛となった”バラード”の性格が濃い第2曲「メロディ」を含めたこの「第1組曲」こそは、まさにそうした”古き良きアメリカの音楽と情景”のアンソロジーと云うこともできるだろう。


■マーチ/March
既に述べた通り1885-1927年頃を頂点に”マーチ王”スーザによって空前の人気を博した「マーチ」は、後に続くアメリカ音楽の源流となった。スーザは1880年にアメリカ海兵隊バンドの隊長に就任し本格的に足跡を残し始めるが、1891-1892年同バンドのアメリカ横断ツアー後の休養時には、ヨーロッパのバンド研究も深めている。これを経て誕生したのが伝説のスーザ・バンドであり、1892年9月最初のコンサートを皮切りにあっという間に人々の人気を攫った。
Sousaconductingparisexposition1900c
(画像:J.P.スーザと1900年パリ万博でのスーザ・バンド)
決して大げさでなく、もし当時にヒットチャートというものが存在したならば上位はスーザのマーチが独占しただろうと謂われる。スーザはその優れた楽曲とともに、並外れたショーマンシップによるパフォーマンスで聴衆を魅了したのである。スーザは自分のバンドで演奏する際には出版されたスコアから離れ、アクセントとダイナミクスと彼自身の好みによる特別の効果を付加し、また曲の途中でテンポを変えることはせず、通常の(軍隊)マーチよりも少し早目のテンポで演奏したという。
当時のスーザについて、
「スーザ・マーチ大全」には以下のように記されている。

  スーザのマーチをスーザ・バンドのように演奏できるバンドは、
  ほかにはなかったと多くの人が書いているが、スーザほどマー
  チで聴衆の心を劇的なまでに揺り動かした指揮者はいなかっ
  たと言うのがより正確だろう。スーザが彼自身のバンドを指揮
  して、彼自身のマーチを演奏する姿を見るのは、本当に心とき
  めく体験であって、そこにこそスーザ・バンドの画期的成功の秘
  密があったのである。スーザが指揮台に立つと、彼のマーチが
  たちまち躍動を始めたとでもいうのが適切だろう。この躍動感
  あるいは「高揚感」が聴衆をしびれさせたのだが、スーザが死
  んだ後は絶えて久しいことになってしまった。


-まさに現世のシンガー・ソングライターと同じではないか!


Photo【出典・参考】
「スーザ・マーチ大全」
ポール・E・バイアリー 著
鈴木 耕三 訳
(音楽之友社)







■ラグタイム(ラグ)/Ragtime (Rag)

19世紀末から20世紀初頭にアメリカで流行。黒人のダンスの伴奏音楽や酒場で黒人が演奏したピアノ音楽が起源で、
”ラグタイム黄金期”は1899-1917年とされる。白人の客にウケがいいマーチなどの西洋音楽に黒人独特のノリが加わり、シンコペーションを強調する初の軽音楽となったのがラグタイムと位置付けられる。バンジョー・マンドリン・管楽器などを加えた小編成楽団も奏したが、多くはピアノが奏する音楽であった。
形式的には”ラグタイム・ワルツ”を除き2拍子で、3楽節以上のソナタ・ロンド形式をとり、中間部では属調または下属調に転調するということからも”マーチ”がラグタイムの重要な音楽的母体であることは間違いなく、マーチにアフリカ系アメリカ人(当時のスラングで”Jig”)がもたらしたリズムなどさまざまな音楽形式がブレンドされていったものと推定されている。
ラグタイムと云えばスコット・ジョプリン(Scott Joplin 1868-1917/左下画像)を抜きには語れない。
Joplin_the_entertainerこの「ラグタイム王」は数10曲に及ぶラグタイムの名曲を作曲し演奏したが、1973年の大ヒット映画「スティング」に彼の作品が使用されたことで評価が高まったものである。金管楽器奏者にとってはブラス・アンサンブルの至宝フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルが好んでレパートリーとしていたことで一層なじみが深い。


     【出典・参考】   「ラグタイムの解説」 浜田 隆史(ラグタイムギタリスト)


■ギャロップ/Galop
元々馬術の「襲歩(Gallop)」=最も速い歩調を示す言葉に由来する快速な音楽。この「襲歩」とは競馬などで馬が疾走している時に見られる歩法で、馬の四肢が全て宙に浮く瞬間が存在し且つ同時に着地するのは二肢までのものを云うと定義される。これによって馬の歩幅は最大となり、従って最速となるのである。
Photo_4音楽的にはそもそも19世紀中頃にヨーロッパで流行した2/4拍子のテンポの速い舞曲の総称。その当時、ダンスとしてのギャロップ(左画像参照)は舞踏会のフィナーレを飾ることが多く、
「ひとたびギャロップが演奏されるや否や、踊り手は興奮のあまり我を忘れた。手をつないだ二人組が巨大な輪を作り、凄まじい勢いで回った。靴を踏まれ、服はまくれ、かつらは飛ぶ。ときに将棋倒しが起きるほど、この踊りは激しさを極めていた。(中略)ギャロップには野生の勢いが備わっている。その勢いは人間の本能に強く訴えかけ、原始の祭りのごとく彼らに自然と踊りの輪を作らせる。」
(小宮 正安)
と伝わっている。ヨハン・シュトラウスI世/II世やオッフェンバックが遺したギャロップも有名だが、何といってもカバレフスキー作曲の組曲「道化師」第2曲”ギャロップ”は運動会の定番BGMとして誰もが知るところだろう。
ギャロップはまたアメリカで流行したサーカスと関係が深い。
Photo_5サーカスに於いて馬の曲乗りは伝統的かつ重要な演目であるが、サーカスを盛り立てる音楽にギャロップは欠かせないものであり、この「第1組曲」に登場するのはまさにサーカスをイメージしたギャロップである。


Photo_3【出典・参考】
JRA HP 「競馬用語辞典」
「ヨハン・シュトラウス-ワルツ王と落日のウイーン」
小宮正安 著
(中公新書)
「ロマン主義と革命の時代」
アレキサンダー・リンガー 編 西原稔 監訳
(音楽之友社)

♪♪♪

この「第1組曲」は単なる曲集のようでありながら、組曲としての纏まりも悪くない。シリアスなムードを漲らせた「マーチ」に始まり、短調の色合いを引継ぎながらもそれを美しく緩ませていく「メロディ」へと続き、スケルツォの役割を果たす「ラグ」で転換、最後は華やかで賑やか、かつ何より軽やかさを失うことのない「ギャロップ」で締めくくるという構成となっているのである。
また「メロディ」「ラグ」ではHarpが効果的に使用され、上品でまた一段豪華なサウンドを生み出しているのも魅力的である。

I.マーチ Allegro deciso (快速に、決然と ♩=104-108)
ジャズの発祥はラグタイム時代から発生していた「スイング」であり、そのラグタイムの重要な音楽的な母体の一つが”マーチ”とされる。即ちアメリカ音楽の源流たるマーチを以って、リードはこの”アメリカ音楽のアンソロジー”を開始しているのだ。しかし一方で、提示されたその”マーチ”は保守本流のスーザ・マーチとはまた一味違う、短調のきりりとした曲想である。
エナジティックに開始(冒頭画像参照)されるや直ぐに鮮やかなクラッシュ・シンバルがフィーチャーされているが、全編に亘りその活躍はめざましい。優れた音色をドンピシャのタイミングで聴きたいところである。
旋律に対峙する低音の下降音型+打楽器の豪壮さや、絡み合った動きがスルリとほどけた瞬間に現れる、あまりにカッコイイHornのソリなど序奏部からして心震わす傑作である。
March_horn_soli主部に入ってからも凛とした表情は崩すことなく、強固な律動を伴い並々ならぬ推進力を終始放ち続けるこのエキサイティングなマーチは、一気呵成の鮮烈な印象を聴く者に焼き付けて已まない。
March_melody最終楽句を導くリムショットの一撃も実に鮮烈である。

II. メロディ Slowly and sustained (ゆっくりと、音を持続させて ♩=44)
美しくしかし愁いを帯びたバラード。ノスタルジーをかきたてる”歌”の大きなうねりと、その昂ぶりから鎮静へと遷移するさまが素晴らしい。冒頭、Oboeの音色に始まった歌がHornへ移りFluteのオブリガートがこれに絡む-その色彩の”移ろいの妙”からして惹きつけられる。
Melody_2シンプルだが心に迫る旋律の力と、それを品よく修飾し構成した音楽が、しみじみとした感動を与えるのだ。
やがてHarpの伴奏とともに一層深みを増した旋律がEuph.(+ Bassoon, A.Cl, T.Sax)に現れるが、その情緒の豊かさには感じ入るばかりである。
Melody_euph徐々に幅広さを増す音楽は、律動感を極限まで抑制しつつ劇的に高揚してクライマックスに達するが、そのレシタティーヴォの暖かさに包まれる幸福感は圧倒的である。
やがて冒頭の旋律が戻り静まりゆく音楽はひたすら名残惜しく、余韻とともに遠ざかっていく。

III. ラグ Moderate Ragtime (two-beat, not fast ♩=62-66)
まさに古き良きアメリカの喜びと当時の気分が充溢しており、この組曲を明確に性格付ける楽曲
。スプラッシュシンバルのおしゃまな一撃とともに、陽気なノリの音楽が賑やかに流れ出す。
Rag演奏者によってテンポの選択はさまざまだが、(物理的な速度とイコールではなく)感覚的に余裕のあるテンポで、確固にしてメリハリのあるリズムが刻まれなければ、独特の曲想は表現できない。
旋律・リズム・構成いずれもシンプルだが、その素朴さこそが良い!それでいてブルースコードのサックス・ソリや、
Rag_sax_soli_2ウッドブロックとともに実に愛らしい楽句が現れたり、ダイナミクスの大きな落差でコントラストを効かせる工夫もあり、愉しい音楽を聴かせてくれる。

    ※作曲者リードはこの「ラグ」の16分音符の奏法(アーティキュレ
      ーション)についてフルスコアに付言している。即ち
     ほぼジャズ風に奏するか、
     それとも若干ジャズ寄りに変形するに止めるか-。     
Rag_note_to_conductor_2
           その判断に基き全編に亘って軽快さやキレ、或いはバウンスの
     程度などを徹底することを前提に、テンポも含め指揮者の好み
     と判断に委ねると云うのである。

     この「ラグ」には打楽器を変更・追加したり、ディキシー調の
     Tromboneグリッサンドを加えたりといった演奏も見られる。
     確かにこの曲はそういった自由までも許されるタイプの楽曲で
     はあるのだが、この曲の”立位置”からして最も求められるもの
     が何かと云えば、それはやはりライトにして品のある”粋”であ
     ろうと私は思うのだ。


IV. ギャロップ As fast as possible (but no faster!)

Photo”できるだけ速く、でも速すぎないで!”というユニークなテンポ設定のこの曲はまさに説明の要らない楽しい音楽である。アンコール・ピースとして単独で演奏されることも多い。
金管の短いファンファーレに始まり、大げさなクレシェンドを効かせ、底抜けに明るくまた精気に溢れてかつスリルもあるさまは、サーカスのワンシーンを直截に想い描かせる。サーカスの見せ場で必ず奏される”お約束”のスネア・ロール&シンバルも聴こえてくるのである。
Photo_2目まぐるしくエネルギッシュな曲想に挿入される”小型蒸気オルガン風”(a la miniature steam calliope)
のパッセージも懐かしく親しみ深い味わいがあり、聴く者を思わず笑顔にさせるだろう。最終盤では更にテンポを捲りに捲り、その興奮のままに熱狂のエンディングで全曲を結ぶ。

♪♪♪

音源は意外に少ない。私が推すのは
Cd秋山 和慶cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

性格の異なる各楽章の対比が見事に表現されており、またテンポ設定も絶妙な秀演。”ラグ”は速めのテンポ設定ゆえ全編スウィングでよりジャジーな愉しさを追求している。また存分に歌いきった”メロディ”の抒情、サーカス音楽色を全面に出し生きいきとして且つシュアーな快速”ギャロップ”などどれも素晴らしいのだが、何といっても引き締まったテンポと表情の”マーチ”が圧巻!である。全編を通じ胸のすくような演奏に仕上がっている。

    【その他の所有音源】
      汐澤 安彦cond. フィルハーモニア・ウインドアンサンブル
      アルフレッド・リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
      木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ


大衆に広く愛された音楽をテーマに編まれたこの「第1組曲」は、まさに”吹奏楽”という音楽形態を体現するものでもある。「理屈抜きに楽しめる」という常套句があるが、本作品はまさにそれそのものだからだ。
-そう、”吹奏楽”も幅広い聴衆が「理屈抜きに楽しめる」ものでなくてはならないのである。

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2016年11月14日 (月)

交響詩「スパルタクス」

Photo_2Spartacus -Symphonic Tone Poem
J.ヴァン=デル=ロースト
(Jan Van der Roost 1956-


Jan_van_der_roostヤン・ヴァン=デル=ローストは、「アルセナール」「カンタベリー・コラール」「プスタ」「フラッシング・ウインズ」「モンタニャールの歌」などのヒット作で知られ、更に近年も「いにしえの時から」「オスティナーティ」などの傑作を変わらず発表し続けているベルギーの人気作曲家。ダイナミックでロマンティック、骨太なサウンドと堅牢な構成の作品には定評がある彼の出世作が、この交響詩「スパルタクス」(1988年)である。
スコアには「ローマ三部作」で知られるオットリーノ・レスピーギへのオマージュとの記載があり、レスピーギの作風と共通した輝かしくゴージャスでスケールの大きな曲想となっている。また別の観点からは、かなり映画音楽的な要素を備えた華々しさとメリハリの効いた楽曲と云える。

標題にあるスパルタクス(Spartacus 別表記スパルタカスとは紀元前1世紀に古代の共和政ローマに反旗を翻し大変な脅威となった第三次奴隷戦争の指導者だ。本作はこのスパルタクスという英雄とその闘いを写実的に描くものである。

    ※Spartacusの邦訳表記は現在「スパルタクス」が一般的であり、本稿もこれを
      採用しているが、1960年公開のアメリカ映画は「スパルタス」の表記となっ
      ているため、同映画の題名と関連のみ「スパルタカス」と表記している。

     ※尚、「スパルタクス」を題材にした音楽としては何といってもアラム・ハチャトゥ
      リアンのバレエ音楽「スパルタクス」が高名であり(但しこのバレエは史実か

            らはやや離れた脚色が成されている)、吹奏楽ではドナルド・ハンスバーガー
      の名編曲による”スリー・ダンス・エピソード”がよく演奏される。
      また映画「スパルタカス」の主題曲はハリウッドの名作曲家アレックス・ノース
      (Alex North 1910-1991)が担当した。ビル・エヴァンス(Bill Evans)のジャズ
      ピアノによる”Love Theme from Spartacus”の演奏が高名であるほか、ジョン
      ・カカヴァスの編曲によって吹奏楽でも演奏されている。
     

♪♪♪

「スパルタクス」の名は”プルタルコス英雄伝”※1のクラッスス(Marcus Licinius Crassus  BC115頃-BC53)※2の項に登場する。まずは”プルタルコス英雄伝”の記述も参照しつつ、スパルタクスをめぐる史実を押さえておこう。

     ※1 プルタルコス英雄伝 ([英] プルターク英雄伝)
         「対比列伝」とも呼ばれる古代ギリシア・ローマの英雄伝。帝政ローマ
        初期のギリシア人著述家プルタルコス(Plutarchus 46-127)の執筆し
        たもので、単独伝記4篇と古代ギリシア・ローマの英雄を対比して描い
        た22篇から成る。
        文学作品としてのみでなく史料としても取り扱われており、かのシェイ
        クスピアによるローマ史劇もこの「プルタルコス英雄伝」を下敷きにして
        いるとされる。
        (尚、スパルタクスに関する記述は2世紀の史家アッピアノス(Appianos
         生没年不詳)の「内乱記」にもあり、プルタルコス英雄伝と違った史実
         も遺されている。)


     ※2 クラッススは共和政ローマ時代の英雄であり第1回三頭政治を行った、
        と云えば学校の世界史の授業を思い出される方も多いだろう。クラッス
        スはローマを脅かしたスパルタクスを討ち取って第三次奴隷戦争を終
        結させ、その功績から翌年に政敵ポンペイウスとともに共和政ローマの
        最高職であるコンスル(執政官)に選出されるのである。


■第三次奴隷戦争(スパルタクスの乱)
紀元前73-紀元前71年にかけてイタリア半島で発生した奴隷の蜂起とそれを鎮圧しようとするローマ軍との戦争であり、3度に亘る共和政ローマ期の奴隷戦争で最大のものである。
発端はカプア(ローマにアッピア街道で繋がる南東の街)でバティアトゥスなる者が運営する剣闘士養成所から剣闘士奴隷78人が逃亡を謀ったもの。当初台所の包丁や焼串を手に養成所を飛び出した剣闘士奴隷は、途上で剣闘士用武器を運ぶ車を襲い武器を奪って武装し、ローマ軍を次々と撃破し勝つたびに相手の武器を奪ってさらに強化していった。
スパルタクスの率いるこの奴隷軍は進撃とともに他の奴隷を解放して仲間に加え、全盛期には12-20万人に達していたとも云われる。スパルタクス軍は当時権勢を誇ったローマに大いなる脅威を与えたが、いよいよ切り札としてクラッススがローマ軍の最高司令官に任命されると、クラッススによりローマ軍は立直され、その大軍の反攻によってスパルタクス軍は徐々に追い詰められていく。
Photoそしてとうとう奴隷軍は殲滅させられ、自由と故郷への帰還を求めたスパルタクスら奴隷たちの望みが叶うことは遂になかった、叛乱奴隷は殆どが戦死し、捕虜となった6千人余りは磔の刑に処され、ローマからカプアに続くアッピア街道には延々と磔の十字架が立ち並んだとされる。
-しかし、強大なローマに対峙して立ち上がり、あわやというところまで脅かしたスパルタクス軍の自由への戦いは、永遠に歴史に刻まれたのである。

Louvredepartment_of_sculptures_fr_2■スパルタクス蜂起の背景
当時のローマは侵略戦争を重ね、領土(属州)を得てそこから搾取するだけでなく大量の奴隷をも獲得し、ローマ社会に投入していた。
「ものいう道具」と扱われた奴隷の中でも、見世物として命懸けの剣闘を強いられる剣闘士奴隷は最下位に位置付けられていた。
「命懸けで戦うなら、見物人のなぐさみものになるより我々の自由のために戦おう。」というスパルタクスの説得から、剣闘士奴隷が蜂起したのは必然である。
これが既にローマ社会に多数存在した他の奴隷たちも巻き込んで、勢力拡大していったのだった。

     ※左上画像:
       ドニ・フォヤティエ(Denis Foyatier 仏 1793-1863)による1830年作のスパ
       ルタクス彫像。奴隷であったスパルタクスが自らの手枷を打ち砕いた瞬
       間が表現されている。
       (同作品を所蔵するルーヴル美術館の公式HPより)


■スパルタクスという英雄
カプアの剣闘士奴隷蜂起に於いて、奴隷軍が選んだ3名の首領の筆頭であり、トラキア(現在のブルガリア南東部~黒海に至る地域)のマイドイ族出身。
勇気と力に勝っていただけでなく、智慧に優れ温和な人となりであったと伝わる。奴隷の集団を強力な「軍」へと組成した統率力と、戦いぶりに見られる優れた知略に疑う余地はない。
彼が望んだのはローマを打ち破り権力を握ることでは決してなく、奴隷たちが自由の身となって各々の故郷に帰還することだったという。

   ※スパルタクスの戦いと、その英雄としての姿に関する更なる詳細については、
      こちらを参照されたい
      「スパルタクスとその戦い」:
「rebellion_of_spartacus.pdf」をダウンロード

Photo【出典・参考】
「プルタルコス英雄伝 下」
 プルタルコス 著 村川 堅太郎 編 (筑摩書房)
新版 スパルタクスの蜂起―古代ローマの奴隷戦争」
  土井 正興 著  (青木書店)



♪♪♪

さて本作品を演奏・鑑賞するにあたり、やはり無視できないのが映画「スパルタカス」(1960年)の存在である。作曲者ヴァン=デル=ローストもこの映画を知らないはずはなく、影響を受けた可能性は高いと推察されるのだ。

本作の中間部に現れる甘美で雄大な旋律について、ヴァン=デル=ローストは”スパルタクスとその(想像上の)恋人との愛”を表すものとコメントしているが、これはまさに映画「スパルタカス」の描いたものと一致している。
古代の奴隷叛乱という史実に色恋の記録はもちろん存在しない。しかし、その背景に想いを馳せればスパルタクスにも愛する女性があり恋愛があっただろうという想像が湧き起るわけで、それを大きな要素とした映画「スパルタカス」の世界観が、交響詩「スパルタクス」のあの”愛のテーマ”へと繋がっていったのではないだろうか。

     ※「プルタルコス英雄伝」に、スパルタクスが蜂起したときカプアの剣闘士養成
        所にスパルタクスと同族の婦人がおり、共に脱走したとの記述はある。
         このトラキア人の婦人は予言を能くし、スパルタクスが偉大な恐るべき勢力
          となることと、しかし不幸な結末に至るということを語っていたという。
          これ以上、この婦人とスパルタクスとの関係に言及したものはないようだ。


■映画「スパルタカス」概要
Poster1960年公開のアメリカ映画。既にハリウッドの大スターであったカーク・ダグラス(Kirk Douglous 1916- )がハワード・ファストの原作小説を気に入って、製作総指揮と主演を務め、1,200万ドルもの巨額製作費を投じた超大作。
第二次世界大戦後の東西冷戦下において、所謂”赤狩り”の標的となってハリウッドを追放されていたダルトン・トランボ(Dalton Trumbo 1905-1976)を脚本家に起用、当時31歳の若きスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick 1928-1999)を監督に抜擢。キャストもローレンス・オリヴィエ(Laurence Olivier 1907-1989)、チャールズ・ロートン(Charles Laughton 1899-1962)、ピーター・ユスティノフ(Peter Ustinov 1921-2004)といった大物を揃え、全米興行収入3,000万ドル(全世界では6,000万ドル)の大成功を収めた。極めてスケールの大きな歴史スペクタクル映画として現在も名を遺す傑作であり、上映時間193分の長さにも拘らず冗長さは感じない。1960年のアカデミー賞において助演男優賞ほか4部門を受賞している。

■映画「スパルタカス」の描いたもの
Jean_simmons_kirk_douglas古代ローマ時代の文字通りの”肉弾戦”たる戦争を生々しく活写するスペクタクル映画の衣装をまといながら、実はこの映画は愛を描き、人間の価値観とそこから生じる信念・意思・行動の表出を描き、”人として生きる真の意味”を真摯に問うものとなっている。
もちろん周到に計算された戦闘シーンをはじめ、迫力の映像は圧倒的だが、それ以上に「人として」大切な美しく気高い精神性と、まさにそれを希求し闘いへと身を投じた人間の姿が描かれているのである


    ※脚本家トランボ、監督キューブリック、制作総指揮兼主演カーク。ダグラスが
      それぞれに違った”スパルタカス像”を思い描き、軋轢も衝突も経てこの映画
      は完成した。制作時の対立の激烈さゆえか、キューブリックが後年も「スパル
      タカス」は自分の監督作品と認めない、と表明していたことは有名である。
      主要キャストや他の優秀なスタッフも含め、優れた才能がぶつかり合って誕
      生したこの作品だが、最終的にはカーク・ダグラスの思い描いた”愛の物語”
      に落着したようだ。英雄スパルタカスを一人の人間としても捉えてスポットを
      当て、スパルタカスとヴァリニアの愛、そして何より自由への愛を描いたのだ。


    ※映画「スパルタカス」の詳細はこちらを
      「映画『スパルタカス』の時代」:
     
 「the_times_of_movie_spartacus.pdf」をダウンロード
      「映画『スパルタカス』の見どころ」:
     
 「the_highlights_of_movie_spartacus.pdf」をダウンロード

【出典・参考】
2_2DVD
「スパルタカス スペシャル・エディション」
 (2012年/ジェネオン・ユニバーサル)
「『ローマの休日』を仕掛けた男―不屈
の映画人ダルトン・トランボ」
  ピーター・ハンソン 著  松枝 愛 訳 
(中央公論新社)
「映画監督スタンリー・キューブリック」
 ヴィンセント・ロブロット 著
 浜野保樹、櫻井英理子 訳 (晶文社)


以上、個人的な思い入れによる仮説に基き述べてきたが、たとえヴァン=デル=ローストの作曲自体には全く影響を与えていないとしても、交響詩「スパルタクス」と接するにあたって映画「スパルタカス」に触れておくことは絶対に有意義だと私は信じる。過酷な剣闘士奴隷の生活、剣闘の残酷さ、古代ローマの戦闘のありさま…この楽曲が描いた或いはその背景となった、さまざまな映像のイメージを端的に得ることもできるであろう。

♪♪♪

”「スパルタクス」は連続した3つの部分から成る”交響詩”である。各部が固有の旋律的素材を持っているが、最終部では第2部のメインテーマが戻ってきて、テュッティのグランディオーソにて奏される。また、最後から2小節前にはまさに冒頭のオリエンタルな雰囲気が再現されている。”

作曲者ヴァン=デル=ローストは、交響詩「スパルタクス」をこのように総括した。その内容をさらに作曲者自身のコメント(” ”)も引きながら見ていこう。

第1部(冒頭から練習番号Jまで)は、幾つかの旋律やリズムで構成されたものを反復し積み上げてクライマックスを築いていく。旋律の端々に見られるオリエンタルな特徴は、ローマ奴隷の出自に照らしたものだ。”
重厚な低音のどっしりとした響きに続き、エキゾチックな旋律が唸りをあげて曲は始まる。(冒頭画像)まさにスペクタクル映画のオープニング・クレジットを彷彿とさせるスケールの大きさと緊迫感溢れる序奏部である。
3+2と2+3の入替る5/8拍子の密やかなリズムで潜まったその余韻のままに、5/8+7/8拍子の民族色の濃いリズムをTimpaniが奏してAllegro moderato (♩=112)の主部へと移る。
Allegrotimpそれは拍子とダイナミクスがくるくるとめぐり、野性味のある躍動の音楽だ。練習番号Gでトリルを連ねシンコペーションを効かせた木管の旋律に打楽器のリズムが絡むあたりはその典型であり、エキサイティング極まる!Photo_2
朗々とした中低音の2拍3連符と木管の16分音符が対比的に応答した後、変拍子に転じて弱奏からビルドアップ、第1部のクライマックスへと向かう。
I_11凄みをもって下降する低音16分音符から反転した木管高音の輝かしい16分音符に導かれ、練習番号 I の14小節目には全合奏が”集結”したff が響きわたるのだ。
ここの高音-低音-高音-低音のカウンター応酬の迫力と、それでいて爽快に澄み切ったサウンドは圧巻である。
前出していた中低音の2拍3連符と木管の16分音符の対比的な応答が更に3/4拍子の豪快な曲想に姿を変えて登場し、痛烈なfpから木魚のリズムに導かれて高揚するや冒頭の場面へと回帰、重低音とドラの轟音で第1部を締めくくる。

”第2部は安寧な雰囲気を醸して、スパルタクスと恋人との恋愛を想い描かせる。(練習番号Lに最初に現れる)このメインテーマは宏闊にして雄大であり、やや映画音楽的である。本作品においてこの部分にはオーケストレーションに格別の意を払った。”
低音の轟音の余韻から静かに浮かび上がってくるFluteソロで第2部が開始される。ここは終わりに向けてクレシェンドとともに少し速くするニュアンスは伝えられている(poco precipitando)ものの、Senza misura (拍子なしに)/ a piacere (奏者の自由に)と指示のある自由なカデンツァである。
2_flute_soloモーターオフのVibraphoneやSmall Gongと相まって幻想的な響きのこの部分は”愛のテーマ”への序章であり、どこか時が止まったかのような雰囲気を醸し、そしてまた陰のある悲哀をも感じさせる。
これがコールアングレに引き継がれ”囁くような”(mormorandi )クラリネットのトリルやVibraphoneとともに一層深遠さを極めていく。クラリネットがサウンドクラスターへと変わるとHornに”愛のテーマ”のモチーフが現れ、金管群がこれを拡大し昂るが、また徐々に遠く静まっていく。穏やかで美しいTrombone Soliと続くPiccolo/Flute Soliは聴く者にひと時の安寧を印象付けるだろう。
満を持して”愛のテーマ”がHornによって全貌を現わす。
Photo作曲者コメント通り宏闊にして雄大、この上なくロマンティックな旋律である。そしてこれに応答するEuphoniumのSoliがまた美しく豊潤で実に素晴らしい!(ヴァン=デル=ロースト得意の手法である。)
旋律は木管へ移り繰り返されるが、今度はオブリガートに回って更に歌いまくるHornが聴きものである。すると次にはまるで天上界のように清らかで神々しくTrumpet Soloに旋律が現れ、Trumpet II, IIIとTromboneが加わってハーモナイズされ高まっていく。夢見るような美しさで紡ぎ出されるクライマックスだ。
微睡むようなOboeソロからは徐々に名残惜しく静まって、第2部を終う。

”最終部はいよいよ激しい戦闘そのものを表すものとなるが、これはローマ圧政者に対する奴隷たちの叛乱のさまである。途中に現れる積み重なりゆく12の音は、奴隷たちが磔の刑に処されていくのを象徴的に示している。ここで第2部の練習番号Jに現れたフルートのカデンツァを部分的に再現するコールアングレは、あたかもスパルタクスと恋人との永遠の愛の姿を最後の最後にもう一度見せようとするかのようだ。練習番号Tの3小節目の主題は、実は最終部の第2主題(練習番号R5小節目に始まる主題)に基いているが、リズミックなものに姿を変えている。”
All.Marciale ma moderato (♩=104-108)の第3部は蠢くような打楽器ソリから放射状に亢進していく導入部に始まる。
P_percここは、まさに開戦直前の異様な緊迫感や恐怖感の高まりを感じさせる音楽である。ミュートをつけた金管の野蛮な響きが交錯する昂ぶりの頂点で鮮やかに視界が開け、激烈で厳格な太鼓のリズムに導かれて重装歩兵の大軍が進むさまを描き出す。
Photoベルトーン風にモチーフが重なりゆく部分を挟んだ後に、この情景はもう一度現れ、生身の人間が入り乱れ命を遣り取りする熾烈な大合戦の様相を想い描かせずにはいない。そしてこの血の沸き上がるような音楽にあって、威風堂々とした”誇り高さ”を併せ持っていることが、本作品を名曲の域に押し上げたと言えるだろう。

一旦静まった音楽は第1部を再現する変拍子へと移るが、ここで対比的に現れる流麗にして艶やかな光沢を放つSaxソリが洵に印象的で、冗長さなど感じさせることがない。
Photo_2そして第2部最初に奏されたFluteのカデンツァがコールアングレで呼び戻され、スパルタクスとその恋人の愛をもう一度想い描かせるのである。
終局に向かって密やかに再始動した音楽は一気にヴォルテージを上げていく。最終盤のクライマックスはうねる木管群の伴奏とゴージャスなサウンドに包まれつつ、高らかにそして暖かくTromboneとEuphoniumが奏する壮大なあの”愛のテーマ”だ。
Photo_3胸を熱くしたままになだれ込むコーダVivoはまさに一気呵成、快速でエキサイティング、渾身のsfpクレシェンド…!壮麗な音楽が疾走する鮮烈なエンディングはBRAVO!の一語に尽きる。
W_soli-最後から2小節前、死んだはずのスパルタクスがぎらりとした視線を浴びせるような、そんな凄味のあるダブルリード陣(+Flute,BassCl,B.Sax.)による迫力のパッセージも聴きどころ、お忘れなく!

♪♪♪

この曲は秀演の条件として冒頭部分の重々しさを要求していると思う。重心が低くぶ厚い、そういう音楽で開始されなくてはならない。
ポイントになるのは音の保持と、3/8及び2/4拍子で現れるカウンターの8分音符である。幾ら正確で揃っていても、この8分音符が跳ねて”軽さ”を呈した途端にこの曲は死ぬ-。
冒頭部分は表記通りの変拍子を追うのではでなく、フレーズをより大きく捉えることで重厚な音楽の流れを生み出せるのではないだろうか。とにかく始まった瞬間からの”重さ”が極めて重要なのである。

そして場面の変化とコントラストを演じ切って欲しい。古代ローマの重装歩兵軍が動き出す様子に始まる戦闘シーン、それとは明らかな対照をなす熱く甘美な愛のテーマなど、夫々がそれらしく、表面的でなくダイナミックに描出されて欲しいのだ。ヴァン=デル=ローストはさまざまな手法を駆使し、音色配置の妙や多彩な打楽器の活用など、ディテールまで拘り抜き場面場面を描き込んでいるので、ぜひそれを発揮させたい。

上記観点にも照らし、音源は以下をお奨めしたい。

Cdヤン・デ=ハーンcond.
東京佼成ウインドオーケストラ

全体設計が大変優れており場面場面のコントラストが鮮烈に示された好演。音楽の流れが大きく捉えられており、雄大なスケールで奏される。描写力の高さは抜群で、特にコーダの圧倒的なスピード感、最後から2小節前の凄味の効かせ方は他の追随を許さない。

Kmk_cdピエール・キュエイペルスcond.
オランダ陸軍軍楽隊

さらに一層スケールの大きさを感じさせる好演。その骨太で剛勁な音楽には圧倒される。戦闘シーンの臨場感は(やや物騒だが)軍楽隊ならではだろうか。続く輝かしいサウンドの高揚に向け練習番号Ⅰの12-13小節で織重なる16分音符の鮮烈さも鳥肌が立つほどの見事さ!コーダも悠然としたテンポで奏されるが、冒頭から一貫したイメージのこの演奏なれば”アリ”だし、却って説得力大。

Wasbe_cd進藤 潤cond.
航空自衛隊航空中央音楽隊[Live]

こちらも”さすが”というべきか、戦闘シーンの描写の迫力や進軍場面のサウンドとリズムの重厚さが素晴らしい。何よりも特筆すべきは冒頭から炸裂する木管低音(Bass Saxophoneか?)のド迫力の”轟音”!バーバリズム溢れるこの曲ならば、こういうのも悪くない。

     【その他の所有音源】
      ヤン・ヴァン=デル=ローストcond. 大阪市音楽団[Live]
      ヤン・ヴァン=デル=ローストcond. フィルハーモニック・ウインズ大阪[Live]
       ディルク・デ・カリューウェcond. ゼーレ聖セシーリア吹奏楽団
      レーヌ・ジョリーcond. ケベック管打楽器アンサンブル
      ゲーラルツcond. ベルギー憲兵隊吹奏楽団

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2016年8月27日 (土)

Superslick

SuperslickTrombone奏者のみなさん、あなたはスライドオイル派ですか、それともスライドクリーム派ですか?^^)

最近の若い人は「スライドクリーム」というものを知らないほどにスライドオイルを使うのが主流みたいです。現在所属している楽団の我々平均年齢還暦トリオも、同じパートの団内最年少である若き”姫”の「スライドオイルしか使ったことないです。」という言葉に愕然とするばかりでした…。これこそジェネレーション・ギャップというヤツでしょうか。ううう、齢はとりたくないものですね。(T_T)

♪♪♪

私はTromboneを始めて40年目ですし、マニアックな性格ですからそれはそれは色んなアイテム、さまざまなメーカーの製品に手を出しました。でも結局スライドクリーム+トリートメントを塗り、水をスプレーする”Superslick”以上にしっくりくるものがありませんでした。よく滑る!持続性が高い!私はそう感じているベストアイテムです。

Photo元々はデニス・ウィック御大の名著「トロンボーンのテクニック」で推奨されていた「ConnのSuperslick」に憧れて使い始めたのが最初でした。当時大分の片田舎に住んでいた私にとっては入手するのもなかなか大変でしたが、何としてもと思い込んで手に入れ、使い始めたのです。

時は経ち、Conn社はSuperslickの販売を止めてしまいました。Superslickは今でも製造販売されてはいますが、製品ロゴも真紅から青へと変わりました。そして何より、東京の著名な楽器店の店頭にすらSuperslickは見当たらず…海外通販でしか入手できなくなっています。
試行錯誤の末、「やっぱりSuperslick!」な私にとってこのスライドクリームとトリートメントが入手できなくなったら大問題なのです。
とりあえず使用中の2セット以外に、在庫としてクリーム3個、トリートメント5本を確保しました。(冒頭画像)当面は大丈夫かと思いますが、本当に入手できなくなったらどうしよう…。

♪♪♪

全く以って”好み”の問題ですが、私はやっぱりSuperslickじゃなきゃダメなんです。同じ思いの方々がたくさんいらして、この製品を私ともども”買い支え”て下さることを、ワールドワイドに祈念して已みません。いや、マジで…。

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2016年8月 2日 (火)

吹奏楽のための神話 -天岩屋戸の物語による

2Myth for Symphonic Band
- on the Story of
"AMANO-IWAYADO"
大栗 裕
(Hiroshi Oguri 1918-1982)

「天の岩屋戸にアマテラスが身を隠したため世界は暗闇となる。八百万の神が天安河原に集り、オモイカネの発案で常世の長鳴鳥を大きく鳴かせ、アメノウズメが裸で踊りだす。その踊るさまに神々はどっとばかりはやしたて、果てはその狂態に爆笑の渦がまきおこる。不審に思ったアマテラスが岩屋戸の隙間から覗き見するのを待ちかねたタジカラオがアマテラスの手をひいてつれだす。そして世界は再びもとの光明をとりもどすという話である。
音楽はこの話をかなり即物的に表現しようとするが、如何なものであろうか。私は小学生のころ、教科書にのっていたこの話の絵を今でも生々しく思い出すことができる。そして、この音楽はそのイメージを瞼に浮かべつつ書き上げたものである。」

                        (作曲者 大栗 裕によるコメント)

Photo_5作曲者自身のコメントにある通り、「吹奏楽のための神話」 「天岩屋戸(天岩戸)」の物語に基く交響詩的作品である。
この神話は古事記日本書紀に所載されており、弟である素戔嗚尊(スサノヲ)の乱暴狼藉を恐れた太陽神・天照大神(アマテラス)が天岩屋に引きこもってしまうことから始まる物語で、古代日本の権力者交代を示すという説や、或いは日食現象をもとに創られたという説など、さまざまな分析がある。しかし何より物語自体が、作曲者に強烈な記憶を残したように大変興味深いものである。

    ※古事記(左上画像 :福永 武彦 現代語訳)
       
「kojiki_excerpt.jpg」をダウンロード

そもそも太陽神がひきこもることで天上界も地上も真っ暗闇になり、それがさまざまな禍を引き起こすという設定が面白いし、八百萬の神々が集合してアマテラスにお出ましいただくよう対策を練るというのも実にユニークである。そして芸能の女神・天宇受賣命(アメノウズメ)のエロティックな踊りに神々の笑いが湧き起こるさまや、剛力の神・天手力男神(タヂカラオ)が岩戸に手をかけアマテラスを引き出すさまなど、ヴィジュアライズされた情景を想い描かせるのだ。神聖で神秘的な-しかしどこか世俗的な親しみとがない混ぜになったその世界観にぐっと惹きつけられてしまう。

この「天岩戸」の日本神話にまつわる神社・史跡は日本全国に存在している。それはこの神話が古から日本中で深い興味を以って伝承され、「天岩戸はどこにあるのだろう」「まるで天岩戸のような風景だ」といった想いを人々に紡がせてきた証左であろう。
Photo_4中でも有名な宮崎・高千穂の「天岩戸神社」には天岩戸(撮影禁止とのこと)の他、八百萬神が集まり神議を行ったと伝わる天安河原という大洞窟も存在している。
そこに伝承される神事も含めこの神社と「天岩屋戸神話」とは、尋常ならざる深い関わりを感じさせるのである。

♪♪♪

Photo_2大栗 裕は管弦楽曲はもちろん、歌劇などにも多くの作品を遺した優れた作曲家。自身、吹奏楽の名門・天王寺商高出身でプロフェッショナルのホルン奏者として活躍していたこともあり、吹奏楽にも多くの得難いレパートリーを提供している。

作品は「小狂詩曲」「大阪俗謡による幻想曲」などが端的に示すように、土俗的、特に大阪土着の音楽に根ざした曲想に特徴がある。一方で、作風は現代的であり、その不思議なマッチングこそが独特の個性である。
吹奏楽に於いても重要なレパートリーとなっている管弦楽曲「大阪俗謡による幻想曲」が大栗 裕の盟友である指揮者・朝比奈 隆によってベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で演奏され、一躍名を高めたエピソードは有名。大栗 裕は「東洋のバルトーク」と評された。

♪♪♪

この「吹奏楽のための神話」(1973年)は伝統ある大阪のプロフェッショナル・バンド大阪市音楽団(現 オオサカ・シオン・ウインドオーケストラ)の創立50周年を記念して作曲されている。
50197309261973年9月26日、大阪市中央体育館で開催された「大阪市音楽団創立50周年記念演奏会」において永野慶作指揮の同団により初演。キャパシティの関係で選ばれたこの体育館はコンサート会場としては広すぎ、また折悪く激しい雨に見舞われその雨音の影響もあり、残念ながら本初演は演奏効果を充分に発揮することはできなかったようだ。

     ※出典:バンドジャーナル掲載の鈴木竹男氏レポート(写真も同誌)
            上掲右画像:初演指揮・永野慶作と作曲者・大栗裕


しかしながら本作品の素晴らしさはクチコミでも各地に広まっていった。吹奏楽連盟講習会の講師を通じてこの曲の存在を知ったというのが、四国の雄・徳島県富田中を率いる糸谷安雄先生である。「神話」に惚れ込んだ富田中は本作を自由曲に選び、1975年の全日本吹奏楽コンクールにて見事金賞を受賞した。
1975_2今津中・豊島十中が5年連続金賞で招待演奏に回ったこの年、名門・富田中は心に期するものもあったと思うが、実に表現豊かな秀演で文句なしの金賞を手にしたのである。

     ※出典:バンドジャーナル1976年1月号
         「特集・第23回全日本吹奏楽コンクール」
      尚、当該記事中で糸谷先生は次のようにコメントされている。
       「練習が進むにつれ、この曲の持つ魅力にすっかりとりつかれ、
            今年の自由曲に決定させてもらった。しかし13分30秒という大
      曲のため、半分近くもカットせざるを得なかったのは、たいへん
      に残念であった。特に美しい笙の響きを思わせるクラリネットの
      重奏の部分をもカットしてしまったのは、今でも心残りである。」
      -ああ、やっぱりなと思う。こういう感覚、想いで楽曲に接しな
      ければ人に感銘を与える演奏は生まれないのだと思う。
      ”却って効果的”などとコンクールの勝敗だけに頭を巡らして心
      ないカットを施し、楽曲不在となっているケースはないだろうか。
      繰り返し言うが、もうそんな演奏は聴きたくもないのである。


Photo_3私が「吹奏楽のための神話」を知ったのも全日本吹奏楽コンクールLive盤で聴いた富田中の演奏が最初である。冒頭の木管の7連符からして凍りつくような迫力を感じたし、続く前奏部も実におどろおどろしく冷やーっとした感じがして、独りで聴いていると怖くなるほど…。それほどまで強い印象を与える、優れた表現力の演奏だった。富田中は翌1976年「地底」、翌々1977年「瞑と舞」と邦人作品を中学生離れした鋭い感性で次々と好演し、”邦人の富田”の名を轟かせることとなる。

今や吹奏楽の邦人オリジナル曲として最も多く演奏される作品の一つであり、全日本吹奏楽コンクールでも多くの秀演が生まれた「吹奏楽のための神話」は、間違いなく吹奏楽史上に燦然と輝く名曲なのである。

♪♪♪

「吹奏楽のための神話」は前述の通り、”天岩屋戸伝説”を極めて描写的に音楽にした交響詩的作品であり、鑑賞や演奏においては描かれた情景に想いを巡らさねばならない。
全曲の構成としては、Adagio - Allgro molto - Andante - Allegro molto - Andante の5つの部分から成っているとみることができる。

I. Adagio
アマテラスの天岩屋戸への引きこもりと高天原・葦原中国の暗闇、八百万の神々の会議、やがて響きわたる長鳴鳥の鳴き声


Photo_7冒頭の木管群の鋭いフレーズとTimp.の応答が、真暗闇の情景を一瞬にして映し出す-。暗々たる音楽は厳かさも備えて神の領域を示すとともに、高揚するにつれ雅楽的な響きがして、日本的な色彩を湛えている。一気に日本神話の世界に引き込むあたりが、大栗 裕の最高傑作とされる所以である。
Adagio_trb暗闇に蠢くのは神か、物の怪か-。Tromboneのグリッサンドがとても効果的に、その密やかなざわつきを表すのだ。
続いて木管群にミステリアスな旋律が現れ徐々に高揚、
Adagioこれが繰り返されたその頂点で緊張感漲る木管のトリルに導かれ、Muted Trumpetが長鳴鳥の鳴き声を奏する。
Photo_8これに続いて、いよいよアメノウズメの踊りが始まるのである。

II.Allegro molto
アメノウズメの狂乱の踊り、八百万の神々の爆笑


アメノウズメが踊る情景を現すのは、賑やかな打楽器群に導かれた10/8拍子を主体としたエキサイティングな舞曲。各楽器が楽句を応酬し、その音色も含めた”対比”が聴きものである。
Allegro
ここではTimp.やSnare Drum(snare off) はもちろんのこと、BongoやCongaも大活躍。ラテンパーカションは”古代の野性”を表現するにふさわしく、これが純和的な楽想に見事に溶け込み、また映えているのが洵に素晴らしい!
Allegro_2このリズムに乗った土俗的な舞曲の熱狂が、この曲独特の個性を決定づけている。
ますますスケールアップした音楽は締太鼓のリズムと下降するベースラインに導かれて一層生命感とエナジティックさを極め高潮していく。
Allegro_3一旦静まったのちに楽句が重なり合って放射状に高揚し頂点を迎え、重厚なドラの一撃とスネア・オフのドラムに続いて、荘厳なサウンドが響きわたって場面は岩屋戸の中へと転換する。

III. Andante
天岩屋戸の中のアマテラスの不審、揺れる心情


不審に思い外の様子を窺うアマテラス-。
この場面では木管が存分に聴かせる。まずTimp.のソロイスティックな伴奏を従えたFluteのソロ。
Andante_fl_solo_2これに続いてClarinetが重なり合いまさに笙の如き不思議な美しさの世界を見せる。大変印象的な音響である。
Andante続いてClarinetへとソロが移り行く。
Andante_cl_solo_3このAndanteの全編に亘って現れる幻想的な木管のアンサンブルと密やかに蠢く打楽器たちとが映し出す情景の神秘さは、洵に筆舌に尽くし難い。

IV.Allegro molto
再びアメノウズメの踊り、増嵩する熱狂、高天原を揺るがす神々の囃し声


Photo_6岩屋戸の外では引続き賑やかな踊り。踊りに熱狂するアメノウズメの衣服がはだけ、遂にはあられもない姿となって更に踊り狂い、神々にどっと笑いが起こり、高天原がその笑いで揺れる情景が描かれるのだ。



エキサイティングな舞曲はオスティナート風に反復される木管群の旋律に、遁走するTrumpetとTromboneのモチーフ、4拍3連のビートを打ち込むベースライン、更に打楽器群のリズムも渾然一体となって、じりじりと昂ぶりを強める。
Zそして、遂にその時がやってきた。頂点で打ち鳴らされるドラに続き、厳かな光が洩れて岩屋戸が開く!

V. Andante
岩屋戸を僅かに開き外を覗くアマテラスを写す鏡の登場と岩戸から洩れさす光、タジカラヲに引き出されたアマテラスと神々の歓声、天上天下に光が満ち輝く情景


Muted Trumpetに曲頭Adagioの旋律が再び現れ、岩屋戸から洩れ出す光が徐々に強まっていくさまが、高揚していく音楽によって劇的に描かれる。
Trbそしてアマテラスが引き出され、これを待望していた神々の歓声の如く、高らかにTromboneが雄叫びを挙げるのだ!

再びAdagioの旋律が重厚なテンポで朗々と奏されるスケールの大きな祝い唄が、眩いばかりの光に満ちた世界を示して大団円となる
Aa最後は冒頭が逆モーションで再現(Timp.→木管7連符)され、潔くそしてキレのいいエンディングが、遥か昔の神話を語り終えたことを告げる。

     ※参考画像(アメノウズメの踊り)出典:
      「アマテラス」 舟崎 克彦 著 / 東 逸子 画  (ほるぷ出版)


♪♪♪

この「神話」という曲は魅力に満ちている。前述の通りコンクールでの秀演も多いが、この曲の持つさまざまなコントラストやドラマ性といったものを、存分に表現した演奏を望みたい。
殊に、ともすれば”落ち着き”が生じてしまいがちな舞曲の部分で、どれだけ拮抗した緊迫感とスピード感を保てるかが注目である。そうでないと、緩舒部分の神秘さとの対比が生きてこない。「神話」を聴くときは、いつもそんな期待をしている。
また、吹奏楽オリジナル曲としては屈指のTromboneが大活躍する楽曲であり、Tromboneセクションの好演が求められるのは云うまでもない。

多くの演奏を聴いたが、音源としては
Cd朝比奈 隆cond.大阪市音楽団
(1975年録音)
を推したい。ふさわしい”雰囲気”が充満しており、総合的に見てやはりこの委嘱者である大阪市音楽団と、作曲者の盟友であるマエストロ・朝比奈 隆による演奏が、大栗ワールドを最も体現していると私は思うのである。

     【他の所有音源】
       ダグラス・ボストックcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
       小田野 宏之cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
       木村 吉宏cond. 大阪市音楽団
       朝比奈 隆cond. 大阪市音楽団 [1974 Live]


Lp尚、この1975年録音(左画像:初出のLP盤)では、練習番号Nから練習番号Pの1小節前までがカットされている。(音楽之友社出版譜にて確認。)
同じく朝比奈 隆cond.大阪市音楽団の演奏による、1974年のコンサートLive録音を聴いてみると、カットはなく譜面通りである。従ってカットされた部分は、作曲者が後に書き加えたものなどではない。指揮者=朝比奈 隆は大栗 裕と盟友関係にあったから、作曲者の了承を得て行ったものと推定される。
果たして、なぜ敢えてカットされたのか-。
カットされているのは、踊りの場面が終末に向かって熱狂を強め、高揚していく部分。これが前半にもそのまま登場してしまうと、「繰返し」のイメージが生じて、最終盤のクライマックスを演出するこの部分の圧倒的な印象が、弱まってしまう気がする。

私個人としてはこのように考え、このカットは楽曲の訴求力を一層高める有意なもの、と捉えている。よって、前述の通り作曲者も了承していたのではないかと推定されることもあり、この”1975年録音版”の演奏をお奨めする次第である。
(前掲の楽曲内容も、このカット版に基き記述している。)


(Originally Issued on 2008.5.21./Overall Revised on 2016.8.2.)

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2016年7月24日 (日)

友愛のファンファーレと讃歌

PhotoFanfare and Hymn of Brotherhood
J.ボクック (Jay Bocook 1953- )


   ※本邦には「友愛のファンファーレと聖歌」の訳題で紹介され、現
     在に至るが
、作曲の背景(後述)を勘案すると「聖歌」より「讃歌」
     の方が適切と思われるので、本稿では「友愛のファンファーレと
     讃歌」とした。


ファンファーレを伴った演奏会用オープナーとして出色の出来映えの傑作である。シンプルだが魅力的な旋律、終始安定したサウンド、佇まいの整った構成感の大変スマートな楽曲にして、陳腐さを感じさせぬモダンなムードを持っている。華麗さのみならず爽快さをも兼ね備える曲想は、洵に得難いものである。

Jay_bocook_2作曲者ジェイ・ボクックはアメリカの作編曲家で、マーチングを含めスクールバンドの指導経験も豊富であり、Jenson Publicationsから多くの作品を出版し後に同社の吹奏楽出版部門の責任者も務めた人物である。その作品からは手堅く高い手腕が感じられ、現在もバンド指導者として活躍の傍ら、Hal Leonard社の主筆作編曲者として作品を発表し続けている。

この「友愛のファンファーレと讃歌」は、アメリカ南部の名門リベラル・アーツ・カレッジとして高名なファーマン大学(Furman University)の音楽愛好者団体「ファイ・ミュー・アルファ・シンフォニア友愛会」からの委嘱によって作曲された。ボクックは1982年からの7年間及び2001年から現在に至るまで同大学にてバンド指導者を務めている。本作の作曲年は明記されていないが、ボクックが最初にファーマン大学と関わりを持った1982年が有力であろう。

”友愛=Brotherhood”とは同友愛会の設立趣意にある”brotherhood of musical students”という文言に由来するものと思われる。ボクック自身が同友愛会の全米組織の出身でもあり、その趣意に強い共感を有していたであろうことは想像に難くない。
      ※Furman University HP : Phi Mu Alpha Sinfonia - Gamma Eta

♪♪♪

本作の特徴であり楽曲に大きな魅力を加えているものとして、後半から登場する”Antiphonal Brass”の華麗さ、壮麗さを忘れるわけにはいかない。Trumpet×3&Trombone×2から成るこのバンダの効果は測り知れないのである。

バンダ(Banda)とは管弦楽団や吹奏楽団の”別働隊”を広く指し示すものである。オフ・ステージのTrumpet独奏や、歌劇においてオケピットから離れ舞台上にて”劇の一部”として奏楽する合奏体、或いは例えばO.リードの名作「メキシコの祭り」第1楽章に登場する祭楽隊なども、みな”バンダ”である。しかしながら、やはり何といってもバンダと云えばファンファーレ編成の金管合奏体が真っ先に思い起こされることだろう。

最も有名なものを挙げれば、管弦楽作品では
交響詩「ローマの松」”アッピア街道の松” (O. レスピーギ)
祝典序曲 (D. ショスタコーヴィチ)

Banda_3がいずれもバンダを極めて効果的に使用し、劇的で絢爛豪華、壮麗さに聴衆を酔わせる最終盤を現出している。

吹奏楽曲ではアンティフォナーレ (V. ネリベル)が傑作!
Banda最終盤で金管六重奏(Trp.&Trb. 各3)のバンダが示す鮮烈な音響は「これぞネリベル!」という圧倒的な印象を与え、実に感動的である。

バンダには舞台の”つくり”や、演出によってさまざまな配置がある。楽団本体と正面対峙するよう客席(特に2階客席)に配置する「対立配置型」もよく見られる。ステージ後方/中空のバルコニー席あるいはひな壇最上段に配置する「正面型」、またステージの花道など片方のサイドに配置したり、ステレオ効果を狙って左右サイドに分割配置する「サイド型」など、曲によって会場によって指揮者によって、バリエーションが存在するのである。

■佐渡 裕cond. シエナウインドオーケストラでのバンダ
   ステージ後方/中空のバルコニー席での配置
   祝典序曲 (D. ショスタコーヴィチ)
   2006.12.22.@横浜みなとみらいホール

Banda_sienaバンダの登場は大変インパクトが強く、聴衆を興奮に導く。即ち、バンダは純粋な音楽の観点だけでなく、当然に視覚的アピールや演劇的な要素も狙って使用されるものなのだ。
Banda_siena_2しかしながら、バンダを使用した場合でもやはり音楽的な説得力は充分であってほしいと私は思っている。
特に「対立配置型」はサプライズ感に富み、また上手くいけば音響の立体感や、前後から響きが充満する状況に聴衆を浸すことが大いに期待できる一方で、演奏は難しくリスクも高い。どちらかと云えば”演出”重視の選択と感じられる。
カッコ良い演出が生きるのも良い演奏あってのこと-。海外オーケストラの動画を見ても、バンダにステージ後方/中空やひな壇の最上段の「正面型」配置が多いのは、その観点からすぐれて納得的と思う。

この「友愛のファンファーレと讃歌」は魅力的な内容を持ちながら難度も相応であり、大編成となる合同演奏会などで演奏するにはもってこいの楽曲ではなかろうか。大編成ゆえに可能となる充実したバンダは、きっとこの曲を一層輝かせ大輪の華をそえることであろう。

♪♪♪

「友愛のファンファーレと讃歌」は2つの主要な旋律と、そのモチーフによるファンファーレから成っている。
冒頭Allegro Maestoso(♩=108)はTrumpetとTromboneが高らかに第2主題のモチーフを奏で、これに第1主題のモチーフによるカウンターをHorn(+ A.Sax, A.Cl, Glocken)が奏する華やかなファンファーレ(冒頭画像参照)。華麗さはもちろん備えているが決して硬質でなく、美しく伸びやかでスケールの大きな音楽となっているのがとても素敵である。
これが静まって悠然としたProudly(♩=80)に移り、Hornが第1主題の全貌を提示する。
Photo_2これが木管楽器によって繰り返され、冒頭のファンファーレ再現を挟んでAndante con espressivo(♩=72-80)となり、今度は第2主題が木管アンサンブルに現れる。
2この2つの”讃歌”はとても美しく安寧で、加えて何とも爽やかな印象が心に刻まれるのである。
第2主題がMaestosoで一層朗々と歌われた後には、快活なAllegro(♩=144)の中間部に入る。16ビートで疾駆するスネアに木管高音+Glockenのリズミックな動きが加わったスピード感溢れる伴奏に導かれ、PiccoloとTuba(+ B.Cl, Fagotto)のソリで第1主題が歌いだす。
Allegroこの最高音と最低音の組合せは吹奏楽でしばしば用いられる手法であるが、ユーモラスでありながら心地よいテンションがあって耳が惹きつけられる。本作の聴かせどころの一つである。
Trombone(+ T.Sax)に旋律が移り反復すると転調し、鐘を打ち鳴らすような壮麗なサウンドの伴奏となりバンド全体が眩い輝きを発し、Maestosoとなって高揚していく。

その高揚の彼方、Antiphonal Brass(バンダ)の響きが天から降ってくるのだ。
Antiphonal_brass荘厳な金管の響きが気高く告げるのはクライマックスへの序章-。
Photoそして押し寄せるTriumphantly(♩=92)のクライマックスはまさに誇りに満ちた凱歌そのものだ。
Antiphonal Brassからバンドへと引継がれた第1主題が旗鼓堂々と奏されるのに対峙し、Antiphonal Brassの壮麗な第2主題がクロスオーバーしてここで一体となり、心に迫る感動的な音楽で満たされるのである。

冒頭のファンファーレを再現してコーダへと入り、重厚なサウンドを背景に華々しく鐘が打ち鳴らされ金管群の鮮烈な楽句とともに、最後まで緩むことなく輝きを放ち続けて曲を結ぶ。

♪♪♪

音源は
Lp汐澤 安彦cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

の演奏(LPレコード)をお奨めする。
明確に設計されメリハリのきいた演奏で、この曲の魅力を存分に発揮している。美爽な印象の好演であるが、残念なことにCD化されていない…!


    【他の所有音源】
      井田 重芳cond. なにわオーケストラル・ウィンズ(Live)
     トーマス・レスリーcond. ネヴァダ大学ラスベガス校ウインドオーケストラ(Live)

     ※現在本作品の出版はJensonからHal Leonaradに移っている。
       Hal Leonardの提供している参考音源はこちら。(上記ネヴァダ大学の演奏) 

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2016年7月16日 (土)

祝典序曲  三善 晃

2Festival Overture
三善 晃 (Akira Miyoshi 1933-2013)

※Overture de Fete と
の欧文標題もあるが本稿はNHK出版のスコア表記に拠った

「今回の曲は、「祝典」という多くの人びとの、多様でありながら、共通かつ統一的な感情にこたえるように楽想を発展させていきたいと考えて作曲をはじめた。
具体的な曲の構成は、基本原理に基づいていくつかの動機を提示し、それを変奏曲形式で発展させるといったものになる。民族、宗教、政治にとらわれない万国博というお祭りには、地球にいる人間の一人として、一つの契機を期する気持ちがある。生の多義への讃歌。」

                                              (初演時作曲者コメント)

1970年
に開催された日本万国博覧会(通称:大阪万博/EXPO'70)の開会式(冒頭画像)のために委嘱され演奏された楽曲である。所謂”機会音楽”と捉えられるためか、或いは逆に「祝典序曲」という標題から一般に想起される音楽とは全く異なる趣を有することからか、現代音楽分野のみならず本邦作曲界の巨人たる三善 晃の手に成る作品としては、あまり評価されていない楽曲なのではあるまいか。しかしながら、短い中にも作曲者の美点と個性が随所に盛り込まれた傑作であると私は云いたい。

♪♪♪

Fukafukas_photo_blog_2”人類の進歩と調和”をテーマとした1970年の大阪万博は、文字通り日本にとってのナショナルプロジェクトだった。
同年3月14日から9月13日まで183日間に亘り大阪・千里丘で開催され、通算来場者数は6,421万人超となり大成功を収めた。第二次世界大戦後の高度経済成長の真っただ中にあった日本における国民的な祭典と位置付けられているのである。

この万博プロジェクトは東京オリンピックの翌年=1965年9月に開催決定するや当時の日本の英知を結集して急ピッチで準備が進められ、1967年3月には会場を大阪・千里丘陵に定めて造成に着手した。
Photo_2会場は「近未来都市のモデル」として設計されている。基本構想(チーフプロデューサー:丹下健三)は連日さまざまな催し物に賑わう”お祭り広場”や「太陽の塔」を中心としたテーマ展示館、劇場、美術館などを集めたシンボルゾーンを木の幹に、動く歩道を枝に、内外のパビリオンを花に見立てたという。
Ultrasonic_2アポロ12号が持ち帰った”月の石”が展示され圧倒的な人気を集めたアメリカ館をはじめ、「ウルトラソニックバス(人間洗濯機)」のサンヨー館などそれぞれに工夫を凝らしたパビリオン展示はもちろん、先端技術や芸術、果ては食文化まで世界中のさまざまな文化に触れる博覧会であり、世界的なスターも招かれるなどイベントも実に国際的であった。


しかし一方で、この万博のテーマ”人類の進歩と調和”は人類の進歩を讃えるだけでなく、科学技術の進歩がもたらすさまざまな負の側面にも目を向けようという主張であったとされる。従来「もの」を見せるイベントであった万博は、第二次世界大戦後「見せる万博」から「考える万博」へと既に性格を変えていたのである。
Photo_2開催にあたり理念が徹底的に議論されたが、それは「人類は直面する不調和といかにして対峙し、乗り越えていくか」というものだったという。これが岡本太郎がプロデュース/デザインした「太陽の塔」を中心とするテ-マ館に明確に示されている。
即ち地下・地上・空中の三層に亘る展示空間であるテーマ館では、それぞれ過去・現在・未来に関する展示が行われ、これは万博のシンボルたる「太陽の塔」が3つの顔(過去を象徴する背面の黒い太陽、現在を象徴する正面の太陽、金色に輝く未来を象徴する黄金の顔)を持つのと同期したものなのである。それゆえに
「テーマ館は、史上最大の万博の中でひとり逆を向いていた。「科学の進歩が社会を豊かに、人を幸せにする」ことを大衆社会に120年も啓蒙し続けてきた万博に単身乗り込み、そのありように「否(ノン)!」を突き付けた。」
                 (「大阪万博-20世紀が夢見た21世紀」編著者・平野暁臣)
と解されている。

     ※尚、テーマ館地下には太陽の塔第4の顔=「地底の太陽」も存在していた。


科学技術の祭典として記憶された大阪万博。-我々は当時の先人たちがそれに込めていた”深く鋭く明哲なる”メッセージに対し、あれから半世紀ほどが経過し実際に21世紀を迎えた今、いったいどんな顔で相対したら良いのだろうか-。

【出典・参考】
Photo「大阪万博-20世紀が夢見た21世紀」 平野 暁臣 編著
  (小学館クリエイティビビジュアル)
万博記念公園 公式HP
インターネットミュージアム 東京国立近代美術館
 「大阪万博1970 デザインプロジェクト」
産経ニュース 平野暁臣氏インタビュー 2014.3.27.


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Photo_2作曲者 三善 晃は第二次大戦後の本邦作曲界をリードした存在と評される。3歳の頃からピアノのみならず作曲をも学び、東京大学文学部仏文科在学中には日本音楽コンクール作曲部門第1位を受賞するなど、早くからその才能が認められてきた。
ピアノ作品から室内楽、大編成管弦楽と幅広いジャンルの作品があり、現代的でシリアス、緊張感漲る曲想に強靭な個性を感じさせるのだが、親しみやすい合唱曲も多い。

吹奏楽との関係も浅からぬものがあり、「交響三章」「バレエ音楽”竹取物語”」「変容抒情短詩」などの代表作がトランスクリプションされて演奏されるほか、「深層の祭」「クロス・バイ・マーチ」「スターズ・アトランピック’96」など吹奏楽オリジナル曲も多数遺している。
20年以上に亘り桐朋音大の学長を務め、また最先端のクラシック作曲家であり続けた一方で、映像関連の音楽も手掛け1979年にはアニメ「赤毛のアン」の主題歌・エンディング曲も担当するなど融通無碍に才を発揮し、実に幅広い聴衆を楽しませたのである。

※アニメ「赤毛のアン」(1979年)と三善晃
Cd「赤毛のアン」はフジテレビ系「世界名作劇場」で放映され、好評を博したアニメーションである。三善晃は高畑勲(演出・脚本)の要請を快諾し、主題歌「きこえるかしら」とエンディング曲「さめない夢」、そして劇中挿入歌「あしたはどんな日」「森のとびらをあけて」の計4曲(いずれも作詞は岸田衿子)を作曲した。聴いた瞬間に所謂”アニメ主題歌”を超越した音楽になっていることが感じられるので、当時のアニメファンも新鮮な驚きに包まれたことだろう。
抒情に満ちスケールの大きなこの”アニメ主題歌”は非常に凝ったオーケストレーションで、管楽器としてはサクソフォーンとトロンボーンのみを使用しているのも個性的。特にエンディング曲「さめない夢」の間奏部で雄大に奏でられるトロンボーン・ソリが大変印象的で素晴らしい。


「祝典序曲」は作曲者37歳時の作品。
楢崎洋子教授(武蔵野音大)は三善晃の創作活動を5つの時期に分類し、「祝典序曲」が作曲された第2期は「自身を異邦人と感じながらもソナタをモデルとし、自分なりのソナタを書こうとしていた」第1期を経て、「ソナタをモデルにすることから自身を解放した年代」にあたる、と分析している。この第2期は器楽・オーケストラと、独唱・合唱との複合作品を展望する一方で”交響曲”の構想に頭を悩ませていた時期でもあったそうだ。

同時期に先立って作曲された「変容抒情短詩」「マリンバと弦楽合奏のための協奏曲」に”ソナタの構想と変奏の同居”が認められ、対比的に提示されたその両者が次第に同調しあう関係になって一つのテクスチュアを形成するプロセスが見られる、と楢崎教授は指摘している。そしてこの時期のこうした手法、”基本原理に基いていくつかの動機を提示し、それを変奏曲形式で発展させる””断片的なテーマが旋律進行になり、さらに特徴的な性格が吹き込まれる”といった点が「祝典序曲」にも生かされていると読み解く。

同時にこの時期は管弦楽作品に標題的な傾向が芽吹いていったとし、「祝典序曲」は作曲者が前述のように器楽・オーケストラと、独唱・合唱との複合作品に進む作曲者第3期への過渡期に生み出されたもの、と位置付けているのである。

  【出典・参考】
   「三善 晃におけるオペラ構想のゆくえ」 楢崎 洋子(武蔵野音大教授)


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1970年3月14日(土)11:00に12,000人の招待客を集めて執り行われた大阪万博の開会式- 天皇皇后両陛下着席時の「越天楽」や、開会の辞に続く国歌演奏をはじめ、管弦楽による奏楽を担当したのは岩城 宏之指揮 NHK交響楽団(下画像)である。
Revisedもちろんこの「祝典序曲」の初演披露も彼らによって野外ステージである”お祭り広場”において初演披露された。
祝典音楽としては突き抜けた内容の本作が、万博会場の聴衆にどのように受け取られたかは判らないが、当時の様子は以下のように回顧されている

「大編成の吹奏楽団が演奏する「万国博マーチ」(川崎 優)にのって参加国国旗が入場、その掲揚と一連の式辞に続く天皇陛下の”開会のお言葉”を受けてファンファーレ吹奏、そしていよいよ「祝典序曲」が演奏された。その終演で皇太子殿下のスイッチオンによりくす玉が開き、中から無数の千羽鶴が舞い散って式典は”お祭り”へとムードを一変、華やかで賑やかなパレードが始まるのである。」
     (出典:「大阪万博-20世紀が夢見た21世紀」 : 小学館クリエイティビビジュアル)

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001_2この「祝典序曲」は初めから終わりまで変拍子の嵐なのだが、全編に亘り○/4拍子で表記され、
3/8や5/8ではなく
”1.5/4””2.5/4”といった拍子が使用されているのが特徴的である。
随所にLibramenteを挟みつつもPresto Vivoで進行する単一楽章のエキサイティングな音楽で、Horn×6、Trumpet×6
と通常より拡大された金管群と多くの打楽器を使用する編成により、音量・音圧の面でもスケールの大きな楽曲となっている。

冒頭から36小節間が序奏部であり、エネルギッシュに上行するモチーフの提示に始まるが、”変拍子の嵐”は冒頭すら例外でない。
このモチーフ提示に続いて直ちにLibrament lentoとなり、柝(き)のリズムが刻まれて開幕を告げるのだが、まさにこれこそは日本固有の”始まり”のイディオムだ。日本の伝統芸術である歌舞伎の「柝に始まり、柝に終わる」のスタイルを踏襲することで、アイデンティを明確に示しているのである。
この序奏部では鋭い音色でリズムが応酬されるが、緊張感の高い「間(ま)」が大きな効果を挙げている。これもまた日本的な印象を聴衆に刻みつけるのだ。

※柝(き)
Photo_45cm角×長さ30cmの樫材2本から成る拍子木で、打面を丸く蒲鉾型に加工して
冴えた音を出す。
歌舞伎の舞台進行は全て拍子木の合図に従って行われる。例えば開幕までを例にとれば、以下のようになっている。
1. 開演30分前に奏される着到という囃子に続いて”チョン、チョン”と二つ打たれる柝を聞いて、序幕に出演する役者たちは化粧の準備にかかる
2. 開演時間がいよいよ迫ってくると再び二つ打つ”二丁”が響き、そこから長い間を置いて一つずつ柝を打ちながら楽屋近くや小道具、囃子の部屋などを廻って準備ができたか確かめる「廻り十一丁」(時間的には5-10分)が行われる
3. 準備の完了を見届けると更にもう一度”チョン、チョン”と二つ打つ=「柝を直す」のを合図に、下座の囃子が開幕の音楽を開始する
4. その音楽に合わせて次第に間隔を詰めて柝を打ち(これを「きざむ」という)、幕が開き終わると改めて一つ”チョン”と「止め柝」を打ち納める

Photo_5「きざむ」のも重々しい御殿などの場面で始まる場合にはゆっくりと大間に、逆に長屋などの市井の場面に始まる場合は軽く早く打つなど、柝は単なる合図ではなく、雰囲気を醸し出す役割も果たすのである。
「幕切れ(一幕の終わり)」にも柝が打たれるが、その最初(柝頭)は主役の台詞や動きに合わせて打たねばならない、また幕中でも浄瑠璃の出語り始め、迫りの上げ下げ、舞台一面に吊下げた浅黄幕の振落しなどのキッカケ全てが柝で行われる。
以上のように、柝はまさに舞台進行の全てを握っているので誰でもできるものではなく、これは歌舞伎の舞台に精通した「狂言作家」という歌舞伎界固有の職掌が担当することとされている。


                    【出典・参考】  「歌舞伎音楽入門」 (山田 庄一 著 / 音楽之友社)

激烈な序奏は一旦静まり、Prestissimoの主部に入る。
Photo_2低音群からストレッタで織り重なる主題に続き、弦楽器+Fl.+Cl.+Hornの旋律と、他金管群+打楽器の奏する激しいリズムとが対比的にfffで奏される。
2この部分は”キメ”のニュアンスも含めて、まさに和太鼓群による豪壮な奏楽と、その打ち手の乱舞をも想い描かせる大変エキサイティングな音風景である。
(左参考画像「鼓童」参照)

これに続いて打楽器ソリのみとなるブリッジの方が逆に西洋的な表情を見せることに、とても不思議な感じがする。
「柝」を素で使ったかと思うと、今度は和太鼓をそのままフィーチャーすることもなしに、和太鼓の世界観を表現してしまう-。なんて自由自在で、凄まじくカッコ良いのだろう!

ブリッジに続き、ダイナミクスを収めた抒情的な旋律が弦楽器と木管楽器、Hornのアンサンブルに現れるが、
2_2これに応答する金管群の猛りは全く変わることがない。複雑に入り組んだ動きに予想がつかず聴くものの手に汗を握らすが、旋律に激しく熱く対峙しながらもTromboneの楽句に連なるHornに象徴されるように、金管群の動きは連動し繋がりあっている。まさに「生きている」のだ。
Trbhornその有機的なありように、生命力の迸りが感じられて已まない。
さまざまな方向からたくさんの手が伸びて、一つの”求めるもの”を求めて騒然となっていく-そんな風景の幻想を私は抱く。複雑な楽句が絡み合う混沌が発するエネルギーはいよいよ高まって圧倒されるばかりであり、それが一つの方向へと流れ込んでいくような感覚をおぼえるのである。

スピード感やテンションはずっと張り詰めたままだが、明確な打楽器のリズムが現れて風景が変わる。動きが大きくまとまってより鮮烈な応酬となり、大きな振幅で心が揺すぶられるだろう。その心の早鐘もLento pesanteの多重和音の極めて現代的な激烈な響きによって決然と締めくくられる。

そして2/5拍の静寂に続いて、Trumpetが冒頭のモチーフを荘厳に吹き鳴らすLibramenteへ。
Trumpets祭りを司る者のレシタティーヴォに続いて、太鼓が打ち鳴らされ地鳴りのような群衆の声がこれに応答するさまであろうか-カウンターで濃厚なサウンドが響き亘る、劇的でスケールの大きなクライマックスだ。

Endingこれがもう一度繰り返され
Molto allargandoとなって高揚し、Prestissimo con brioのコーダへと雪崩こんでいく。
コーダはオーケストラ全体がその巨体を揺するように鳴動し、壮大なスケールの終末へと突き進む。曲中最大にして最後のクライマックスとなるAdagio triomphante では大編成オーケストラの全合奏と打楽器によるffffの、文字通り圧倒的なサウンドに空間が支配されるが、そこではまるで大量の湯に包まれ押し流されていくが如き快感に襲われるのである。

作者の付した発想記号通り、勝ち誇り慶びに満ちて音価を拡大した音楽はTimpaniのソロで幕が下り、再び日本固有の”終わり”のイディオムである柝のリズムに導かれた壮絶なクレシェンドの果て、全合奏を従えた打楽器群の毅然とした激情のリズムに全曲を終える。

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音源は、まさに本作品の魅力を充満させている
Cd_2若杉 弘cond.
読売日本交響楽団(Live)

をお奨めしたい。
冒頭の柝のきざみとこれに呼応するシークエンス一つとっても「こんなもんだろう」ではなく「こうでなければダメ!」という確信が伝わってくる。拡がりがありスピード感溢れた響きで”祭り”の生命感を発散し続け、現代管弦楽の枠組にありつつ日本的熱狂を確実に表現している。
終盤のクライマックスでは全てが溶込み厖大な熱量の濃密極まるサウンドを放ち、圧倒的な感動に包みこむ-全編を通じ、この楽曲の中核である”祭りの熱狂”が余すことなく、且つ高次元で音楽的に表現された名演なのである。

     【その他の所有音源】
      沼尻 竜典cond. 東京フィルハーモニー交響楽団 (Live)


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前述のように”機会音楽””野外音楽”と色眼鏡で見られがちだが、三善 晃が万博を人類の「祭典」と捉えその心象を表現すれば、こうした楽曲になるのだ。「深層の祭」(1988年度全日本吹奏楽コンクール課題曲)で生の三善作品と身近に接した吹奏楽経験者の方が、それを肌で感じることができるかも知れない。

吹奏楽界に激震を与えたあの「深層の祭」に共通する、或いはその原点とも云える圧倒的なエントロピーは、1970年の時点で既に存在し提示されていたのである。

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2016年6月13日 (月)

ブログ開設10周年 2016.6.13.

おかげさまで本日、「橋本音源堂」は開設から丸10年を迎えることができました。お越しいただきました皆さまに心から感謝を申し上げます。
一日あたり200~300人ほどの方々にお越しいただいていること、またコメントを頂戴したり、ご自身のSNSにリンクを貼っていただいたりといったことが励みとなって、10年にも亘り続けてこれたのだと思っております。重ねて御礼申し上げます。

この10年間に採り上げた楽曲は全部で188曲、その8割が吹奏楽ではありますがピアノや弦楽なども含めたクラシックや、ジャズだけでなくポップ・ヴォーカル、映画音楽などのポピュラー音楽にも亘っており、もちろんどれもみな私の愛する音楽ばかりです♪
その他に、音楽をめぐる私の想いや、大ファンだった方々への追悼・回想記事などもあり、総記事数は216となっております。そして約570件ものコメントを頂戴しました。

       ※また、これとは別に音楽以外の私の興味事に触れている
          ANNEXには400を超える記事があります。そちらの方がほぼ
          倍の本数を出稿してたんですねぇ…。^^)


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こちらで上梓した初めての記事は「朝鮮民謡の主題による変奏曲」です。
私が音楽から得た最初の感動…単なる感動に止まらず初めてエクスタシーを感じた経験を採り上げています。それが「原点」ですからBlogを始めるのに相応しいお題だろうと考えたのでした。
当初は語りたくても語る機会を得られない、いわば個人的なフラストレーションの捌け口として始めたBlogでした。楽曲の解説風には始めるものの、要するに思ったこと感じたことをそのまま書いていたに過ぎません。単なる気晴らしです。

そんなある日、学生時代にお世話になったトランペット奏者のS先生を囲む飲み会に参加します。私が生半可な知識で、ある国の民族音楽は日本の音楽に通じる気がする、などと口走った瞬間でした。
「橋本ぉ、お前小泉文夫先生の『民族音楽の世界』くらいは読んどるんか?それぐらいも知らんと、適当なこと言うんじゃない!」
と一喝されてしまいました。学生時代も「そういうのを、ヘーター(下手)っちゅうんじゃぁ!!」等々よくお叱りを受けた先生なのですが、またもやガツンと…です。

これにはグウの音も出ません- 心から反省しました。
自分が大好きでたまらないことを語るのに、そんなんで良いわけがない。
それでそれ以降はこのBlogの記事についても、自分の興味から湧く「この楽曲について知りたいこと」をとことん追究する、可能な限り調べ尽くし確固たる根拠を見つける、というスタンスを徹底することにしました。結果としてとても気楽には書けなくなり、出稿にはかなりの時間を要するようになってしまったわけです。

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そして、私は極めて熱くはあるが単なる音楽愛好家に過ぎません。
そんな私にできることは、知ったかぶった音楽理論を塗したペダンチックなお話をさせていただくことではなく、とにかく聴いて聴いて聴きまくった結果、心から沸き立った思いや叫びをお伝えすることのみです。

ただ、音楽は断じて専門家(プロ)だけのものではありません。このことも絶対に忘れてはいけません。

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一般的に「音源堂」は”吹奏楽オタク”と捉えられていることと思います。
吹奏楽は私に音楽愛を植え付け、また現在でも”演奏”との接点をもたらしてくれる重要な存在ではあるわけですが、言わせていただけるなら私は決して吹奏楽というジャンルに止まらない、”音楽マニア”です。
吹奏楽とか、そもそも音楽ジャンルとかに拘ることなく「良いものは良い」「好きなものは好き」のスタンスです。感動や楽しさが得られるならどんな音楽だって愛しちゃいます♪
だって、音楽ってそういうものではないですか?

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つい最近、敬愛して已まない某先生から「君の耳は音楽に対して非常に高い情報収集力を持っている。」というお言葉をいただきました。
そうか、音楽演奏や楽曲は膨大な情報量を持っているのであって、例えば音感だけで全てが把握できるわけではない。音感はプロに全く及ばなくとも、音楽の膨大な情報量をトータルではかなり聴き取れているということなんだなと得心し、とても嬉しく思った次第です。
(この「聴き手」としての立場からは演奏者としての自分に全く満足できない、という苦しみを日々味わっているわけですが…。)

これからも音楽からしか得られない感動や喜びを、私は死ぬまで求め続けていくでしょう。そして同時に、それを誰かに伝えたいという心の炎を燃やし続けることでしょう。
ですからこれからも大好きな音楽のことを、懸命に綴っていきます。どうぞ今後とも「橋本音源堂」をご贔屓のほど宜しくお願い申し上げます。

                                                                 音源堂 敬白

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2016年6月12日 (日)

愛器とダブルケース 2016.6.12.

現在私が所有するTromboneは3本です。
TenorBass : Courtois AC420MBOST
Tenor : King 2103 PLS
Bass : Besson "Sovereign" 943

というラインナップなのですが、2014年の春先に一念発起してBassから1stにパートチェンジしてますので、今はCourtoisとKingが主戦力です。昔からシルバーの楽器が好きで、大学入学とともにBoosey&Hawkes ”Sovereign”のF換管付モデルを中古購入したのに始まり、その後継モデルであるBessonも購入、シルバーの楽器を使い続けてきました。

Photo_10Courtois AC420MBOST
名手・ミシェル・ベッケの愛用モデルとして知られ、ベッケのファンである私にとってはまさに憧れの楽器でした。
スターリングシルバーのベルとマウスパイプの見た目も美しい楽器で、購入してから1年半ほどになりますが、とても満足しています。
吹きごたえがあり、この楽器を使っていることに誇りと幸福感を感じるのです。

2103pls_3bKing 2103 PLS
キングの名器3Bのややラージボアタイプ、所謂中細管に該当するモデルかと思います。私が使用するのは吹奏楽ですので、中細管がちょうどいいかなと思い購入を決めました。
これもスターリングシルバーベルの美しい楽器で、楽器店に展示されているのを見て惚れました。中古楽器なのに当初高音域の鳴りが今一つでしたが、購入してからの1年ほどで奏者である私とともに育ってこれたと思っています。

    ※因みに上掲の楽器画像は購入した楽器店HPに当時掲載
      されたもので、私の所有楽器実物の写真です。^^)


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この2本のスターリングシルバーベルの楽器がとっても気に入りまして、両方使いたいと思ったので、クラシックやオリジナルにはクルトワ、ポップスにはキングを使っています。そうすると2本同時に持ち歩く必要が生じる時も…。
そこで、Marcus Bonna社のダブルケースを購入しました!
P1000369上画像の通り、テナーバスとテナーの2本が1つのケースに収まります。
下側にテナーバスが収納されるわけです。
P1000370外装・内装ともに丁寧な仕上で、安心感がありこのケースにも満足!です。テナー2本のダブルケースを持ち歩く物好きもまあ私くらいでしょうが…^^;)

P1000371DAC社製キャリングケースと比較するともちろん一回り大きく、2本の楽器が入ると結構重いですが、付属のストラップで背負うこともでき、また縦に立てた時の安定度も高いので、使用してみて充分な実用性を感じました。
またファスナーでケースに装着する楽譜入れバッグも付属しており、デザインもなかなかです!

※所謂並行輸入で購入したのですが、最初の業者は本当にヒドい業者で、半年以上も発送が遅れた挙句、全く仕様の異なる製品を送り付けてくるというありさま。結構なトラブルでしたが、結果として泣き寝入りを余儀なくされたことを申し添えておきます。外国の業者に日本人の常識が通じないことは判っていたつもりでしたが、ここまで酷いとは…。
この無事入手できたケースは2軒めの業者から購入したものです。従ってケース2つ分のコストがかかっているわけで、それを考えるとずいぶん高くつきました…。(T T)

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