2008年5月21日 (水)

吹奏楽のための神話 -天岩屋戸の物語による

Lp_2Myth for Symphonic Band
- on the Story of
"AMANO-IWAYADO"
大栗 裕
(Hiroshi Oguri 1918-1982)





Photo_3大栗 裕
(右画像)は管弦楽曲はもちろん、歌劇などにも多くの作品を遺した優れた作曲家。自身、吹奏楽の名門・天王寺商高出身であったこともあり、吹奏楽にも多くの得難いレパートリーを提供している。

作品は「小狂詩曲」「大阪俗謡による幻想曲」などが端的に示すように、土俗的、特に大阪土着の音楽に根ざした曲想に特徴がある。一方で、作風は現代的であり、その不思議なマッチングこそが独特の個性である。
吹奏楽に於いても重要なレパートリーとなっている管弦楽曲「大阪俗謡による幻想曲」が大栗 裕の盟友である指揮者・朝比奈 隆によってベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で演奏され、一躍名を高めたエピソードは有名。大栗 裕は「東洋のバルトーク」と評された。

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「吹奏楽のための神話」は、1973年に伝統ある大阪のプロフェッショナル・バンド大阪市音楽団の創立50周年を記念して作曲された。吹奏楽の邦人オリジナル曲としては最も多く採り上げられている作品の一つであり、全日本吹奏楽コンクールでも秀演多数。吹奏楽史上に燦然と輝く名曲であることは間違いない。

Photo_4私は、1975年全日本吹奏楽コンクール実況録音盤(左画像)でこの曲を知った。今津中・豊島十中の両巨頭が招待演奏のこの年、おそらく心に期するものがあったはずの四国の雄・富田中の演奏(金賞受賞)である。
その演奏を聴いて、冒頭の木管の7連符からして凍りつくような迫力を感じた。続く前奏部も、実におどろおどろしく冷やーっとした感じがして、独りで聴いていると怖くなるほど。同バンドは翌1976年「地底」、翌々1977年「瞑と舞」と邦人作品を中学生離れした鋭い感性で次々と好演し、”邦人の富田”の名を轟かせることとなる。

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作曲者・大栗 裕は「吹奏楽のための神話」について、次のように語っている。
「天の岩屋戸にアマテラスが身を隠したため世界は暗闇となる。八百万の神が天安河原に集り、オモイカネの発案で常世の長鳴鳥を大きく鳴かせ、アメノウズメが裸で踊りだす。その踊るさまに神々はどっとばかりはやしたて、果てはその狂態に爆笑の渦がまきおこる。不審に思ったアマテラスが岩屋戸の隙間から覗き見するのを待ちかねたタジカラオがアマテラスの手をひいてつれだす。そして世界は再びもとの光明をとりもどすという話である。
音楽はこの話をかなり即物的に表現しようとするが、如何なものであろうか。私は小学生のころ、教科書にのっていたこの話の絵を今でも生々しく思い出すことができる。そして、この音楽はそのイメージを瞼に浮かべつつ書き上げたものである。」


Photo_5「天岩屋戸(天の岩戸)」の神話は、古事記日本書紀に所載されている。
弟スサノヲの乱暴狼藉を恐れた太陽神アマテラスが天岩屋に引きこもってしまうことから始まる物語は、古代日本の権力者交代を示すという説や、或いは日食現象をもとに創られたという説など、さまざまな分析がある。しかし物語自体が、作曲者に強烈な記憶を残したように大変興味深いものである。

※古事記(上画像 :福永 武彦 現代語訳)
「kojiki_excerpt.jpg」をダウンロード 

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「吹奏楽のための神話」は、この”天岩屋戸伝説”に基く交響詩的作品。即ち、物語を極めて描写的に音楽にしている。

構成は以下のようなイメージとなろう。
I. Adagio
アマテラスの天岩屋戸への引きこもりと高天原・葦原中国の暗闇、八百万の神々の会議、やがて響きわたる長鳴鳥の鳴き声
II. Allegro molto
アメノウズメ(天宇受売)の狂乱の踊り、八百万の神々の爆笑
III.  Andante
天岩屋戸の中のアマテラスの不審、揺れる心情
IV.Allegro molto
再びアメノウズメの踊り、増嵩する熱狂
V. Andante
鏡の登場と岩戸から洩れさす光、タジカラヲに引き出されたアマテラスと神々の歓声、天上天下に光が満ち輝く情景

1_2冒頭の木管群の鋭いフレーズとTimp.の応答が、真暗闇の情景を一瞬にして映し出す。暗々たる音楽は厳かさも備えて神の領域を示すとともに、高揚するにつれ雅楽的な響きがして、日本的な色彩を湛えている。一気に日本神話の世界に引き込むあたりが、大栗 裕の最高傑作とされる所以である。

Trb.のグリッサンドが絡んできて更に高揚し、緊張感漲る木管群のトリル。これをバックに長鳴鳥を表すMuted Trp.が登場し、2_2
アマノウズメの踊りが始まる。賑やかな打楽器群に導かれた10/8拍子を主体としたエキサイティングな舞曲は、各楽器が楽句を応酬し、その音色を含めた対比が聴きものである。
4_2ここではTimp.やSnare Drum(snare off) はもちろんのこと、BongoやCongaも大活躍。ラテンパーカションは”古代の野性”を表現するにふさわしく、これが純和的な楽想に見事に溶け込み、また映えているのが素晴らしい!

やがて重厚なドラの一撃とスネア・オフのドラムに続いて、荘厳な音楽となり、場面は岩屋戸の中へと転換する。
不審に思い外の様子を窺うアマテラス-。
この場面では木管が存分に聴かせる。Flute、Clarinetと移り行くソロ、挿入される不安気な木管のアンサンブル、密やかに蠢く打楽器たちが映し出す情景の神秘さは、筆舌に尽くし難い。
3
岩屋戸の外では引続き賑やかな踊り。エキサイティングな舞曲は徐々に昂ぶりを強め、遂にその時がやってくる。頂点で打ち鳴らされるドラに続き、厳かな光が洩れて岩屋戸が開く!
待望していた神々の歓声の如く、高らかにTromboneが雄叫びを挙げる。
5



重厚なテンポで朗々と奏されるスケールの大きな祝い唄が、眩いばかりの光に満ちた世界を示して大団円。
最後は冒頭が再現され、潔くそしてキレのいいエンディングが遥か昔の神話を語り終えたことを告げる。

♪♪♪

この「神話」という曲は魅力に満ちている。前述の通りコンクールでの秀演も多いが、この曲の持つさまざまなコントラストやドラマ性といったものを、存分に表現した演奏を望みたい。
殊に、ともすれば”落ち着き”が生じてしまいがちな舞曲の部分で、どれだけ拮抗した緊迫感とスピード感を保てるかが注目である。そうでないと、緩舒部分の神秘さとの対比が生きてこない。「神話」を聴くときは、いつもそんな期待をしている。

(またTromboneが極めて重用されており、Trombone奏者にとっては吹奏楽曲の中でも屈指の「オイシイ曲」である。^^)

多くの演奏を聴いたが、音源としては
Cd朝比奈 隆cond.大阪市音楽団
(1975年録音/
冒頭画像は同演奏の初収録LP)

を推したい。ふさわしい”雰囲気”が充満しており、総合的に見てやはりこの委嘱者による演奏が、大栗ワールドを最も体現していると私は思う。

※尚、この1975年録音では、練習番号Nから練習番号Pの1小節前までがカットされている。(音楽之友社出版譜にて確認。)
同じく朝比奈 隆cond.大阪市音楽団の演奏による、1974年のコンサートLive録音を聴いてみると、カットはなく譜面通りである。従ってカットされた部分は、作曲者が後に書き加えたものなどではない。指揮者=朝比奈 隆は大栗 裕と盟友関係にあったから、作曲者の了承を得て行ったものと推定される。

果たして、なぜ敢えてカットされたのか-。
カットされているのは、踊りの場面が終末に向かって熱狂を強め、高揚していく部分。これが前半にもそのまま登場してしまうと、「繰返し」のイメージが生じて、最終盤のクライマックスを演出するこの部分の圧倒的な印象が、弱まってしまう気がする。

私個人としてはこのように考え、このカットは楽曲の訴求力を一層高める有意なもの、と捉えている。
よって、前述の通り作曲者も了承していたのではないかと推定されることもあり、この”1975年録音版”の演奏をお奨めする次第である。
(前掲の楽曲内容も、このカット版に基き記述している。)

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2008年4月20日 (日)

上野の森ブラス -2008.4.19. 上野の森コンサート@上野駅

1上野の森ブラス -東京芸大/管楽器専攻の「ほぼ同級生」(Tuba杉山氏談)で結成・活動しているブラス・アンサンブル。1973年に結成され、1979年に現在のメンバーに固まったとのことだが、現存するプロフェッショナルなブラス・アンサンブルとして35年の活動歴=世界最古?の団体である。

今回は、JR東日本による駅コン企画「上野の森コンサート」に同アンサンブルが出演。久し振りにその演奏を楽しんだ。

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上野の森ブラスのメンバーは
Trumpet   織田 準一、曽我部 清典
Horn     澤 敦
Trombone 花坂 義孝
Tuba     杉山 淳

の皆さんである。実は私の大学の吹奏楽団はこの先生方にまるごとトレーナーとしてご指導いただいていた。
P1020160特に、Tromboneの花坂氏(左画像:本日の師匠の熱いソロ)には私の代が幹部を務めた時にお迎えして以来、現在までずっと常任指揮者としてお世話になっている。
まあ私などは、(アマチュア)弟子で身内のようなものであり、当時も現在も「師匠」とお呼びしている。^^)

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学生の頃から、上野の森ブラスの演奏会はよく聴かせていただいた。いつも楽しくて、そして感動した!
プログラム全曲を暗譜立奏!というスタイルからして凄い。(「松田聖子だってできるのに、俺達がやらないのはオカシイ!」というわけで、暗譜立奏することになったとか。)
時には、予めプログラムを一切定めず、100曲以上のレパートリーの中から”本番中に観客が選んだ曲”を演奏するという、型破りなコンサートもあった。

織田 英子(Trp. 織田氏夫人)というスペシャル・アレンジャーの優れた作編曲作品、確かなテクニックと音楽性に支えられた妙技、実に息の合ったアンサンブル、杉山氏の軽妙なMCで進行する演奏会は、いつも堅苦しさを排したうえで、音楽の悦びを確実に伝えてくれるのだ。

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P1020159今日は「ルネサンスのマドリガルとキャロル」「ハンガリー舞曲第5番」「イエスタデイ」「上を向いて歩こう」「上野の森の動物園(動物に因んだ曲のメドレー)」など1時間のコンサート。アンコールは「聖者の行進」で盛り上がる!
おなじみのレパートリーで構成されており、何だか懐かしく、そしてやっぱり理屈抜きに楽しかった。・・・隣で一緒に聴いていた我が息子は、どう感じてくれただろう?

終演後、久し振りに先生方にご挨拶もでき、師匠とはお話もでき嬉しかった。
私個人としては、次回はぜひまた新しいレパートリーを聴かせていただきたいと思っている。楽しみにしておこう。

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Photo上野の森ブラスの音源も紹介しよう。
上野の森ブラスといえば、宮崎 駿アニメ主題曲を集めた「ブラスファンタジア」シリーズが有名だが、私の大好きな1枚は左画像。
”日本の歌組曲””南米のフォルクローレ”が特にお気に入り。

(しかしこのジャケット写真の皆さん、若いなぁー。)

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2008年4月18日 (金)

序曲 ハ調

Charles_simon_catel_2Gossec_3Overture in C
C.S.カテル
(Charles Simon Catel
1773-1830)







シャルル・シモン・カテル(冒頭画像左)は、ベートーヴェンと全く同時代に活躍した、古典派に属する作曲家。
カテルは、師事していたゴセック(Francois Joseph Gossec 1734-1829/冒頭画像右)とともに、フランス革命直後に創設されたパリ防衛軍軍楽隊創設に関与し、同団の指揮者であったゴセックの下、弱冠17才にして同軍楽隊の副指揮者に就任している。
こうした経緯からこの「序曲 ハ調」は、1792年にパリ防衛軍軍楽隊のために作曲されたものである。
ゴセックが同じくパリ防衛軍軍楽隊のために作曲した「古典序曲」とともに、吹奏楽オリジナル古典中の古典として、重要なレパートリーである。

パリ防衛軍軍楽隊は1795年に解散した(その後、ゴセックとカテルは共にパリ・コンセルヴァトワールで教鞭を執った)が、その源流は現在も名門パリ警視庁音楽隊に受け継がれており、同音楽隊自身もゴセックとカテルが創立者であると認識している。

※パリ警視庁音楽隊
(The Musique des Gardiens de la Paix)
001_5
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団とともに、伝統と実力を備えたフランスの誇る名門バンド。特に1954-1979年に隊長を務めたデジレ・ドンディーヌ(Desire Dondeyne 1921- )の時代に長足の進歩を遂げ、幾多の名演を遺している。


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その後、この「序曲 ハ調」は忘れ去られていたが、ゴールドマン・バンドの指揮者R.F.ゴールドマン(Richard Franco Goldman 1910-1980)とその助手R.スミス(Roger Smith)によって発掘される。
そしてこの両名が現代の編成に改訂し、1953年にゴールドマン・バンドにてアメリカ初演。これ以降、広く知られることとなった。

※ゴールドマン・バンド(The Goldman Band)Goldman1939
E.F.ゴールドマン(Edwin Franco Goldman 1878-1956)によって1918年に創設されたアメリカのプロフェッショナル・バンド。そのルーツは1911年のニューヨーク・ミリタリーバンドに遡る。
創設者にして指揮者であったエドウィンの死後は、これを息子リチャードが引継ぎ、ゴールドマン・バンドは1980年まで活躍を続けた。優れた演奏で知られた同バンドだが、その最大の功績は何といっても吹奏楽界に素晴らしいレパートリーを数多く遺したことであろう。
O.レスピーギ、M.グールドやP.クレストンといった著名な作曲家たちへの委嘱作品は多く、これらがオリジナル曲の極めて重要なレパートリーとなっているとともに、E.ライゼン(Eric Leidzen)など名アレンジャーも擁し、クラシック曲のトランスクリプション・レパートリーも次々と開拓した。
さらに「序曲 ハ調」「古典序曲」「トロンボーン協奏曲(リムスキー=コルサコフ)」などの埋もれた吹奏楽レパートリーの発掘・再評価も実施。そしてもちろん、ゴールドマン親子自身は作・編曲家としても活躍し、マーチを中心に(「木陰の散歩道」など)素晴らしい作品を多数遺している。
吹奏楽界への貢献は、本当に測り知れない。


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このように「序曲 ハ調」は、二つの歴史的バンドに深い縁のある作品。「序奏をもつソナタ形式」の典型であるこの曲は、モーツァルトの影響が色濃いとされる。こうした曲想は吹奏楽のレパートリーの中でも大変貴重である。

Largettoの”序奏”はハ短調の和音に始まり、緊迫した表情である。堂々と全合奏のコードを響かせていく。
1主部は Allegro Vivace 、木管群の軽やかな第一主題で静かに幕を開ける。透明感があり、終始気品を失わない音楽である。
2Oboeに現われる第二主題がまた可愛らしい!
3
確りとした形式を辿っていくのだが、暗鬱な短調部分と軽快な長調部分の落差が印象的。テンションの高揚するクライマックスもきっちり用意されており、飽きさせることがない。
古風ではあっても、音楽的な説得力も充分に備えたかけがえのないオリジナル曲の一つである。

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前述した同時代(1795年作曲)のゴセック作品「古典序曲(Classic Overture in C)」にも触れておきたい。
この作品もR.F.ゴールドマンとR.スミスに発掘・編曲され広く知られるようになっている。「ガヴォット」で有名なゴセックであるが、こと吹奏楽人にとってはこの「古典序曲」の方が馴染み深いかも知れない。
こちらも確りとした古典的構成を持ち、品があってシンプルな音楽であり、その実直さに大きな魅力がある。
序奏
1_2第一主題
2_2第二主題
3_2演奏面で困難なものはなく、古典的な曲想が存分に楽しめる。こちらも大事にしていきたいレパートリーである。

※尚、「古典序曲」原典版の編成はピッコロ・フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴット・ホルン・トランペット・セルパン(TubaやEuph.以前の低音管楽器)とのことである。「序曲 ハ調」の原典編成も同様と推定される。


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音源は以下の通り。

Photo_2ジョン・R・ブージェワーcond.
アメリカ海兵隊バンド

伝統ある実力派バンドの快演。緩急のメリハリをくっきりつけた明解な演奏で、活気に溢れた音楽となっている。充実した低音群のサウンドも抜群!

Photoフレデリック・フェネルcond.
東京佼成ウインドオーケストラ

主部(Allegro Vivace)も落ち着いたテンポ。各楽器の音色は卓越しており、よく歌う演奏。


Photo_3汐澤 安彦cond. フィルハーモニア・
ウインドアンサンブル

発奏がこの曲に関しては硬質過ぎ、サウンドも纏まりを欠くところがあり残念だが、テンポや解釈はオーソドックスで手堅い。ゴセックの「古典序曲」も収録。

※尚、この曲を改訂初演したR.F.ゴールドマンcond. ゴールドマン・バンドによる録音も遺されている。”The Sound of the Goldman Band”というLPがそれである。残念ながら廃盤になって久しく、入手は困難。私自身ぜひ聴いてみたいアルバムであり、CD化を切に望む。

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私が「序曲 ハ調」を知ったのは、この曲が好きになるずっと以前。中高生の頃は刺激の強い現代的手法の曲に興味をそそられていたから、当初はこの曲に物足りなさを感じていたことも事実である。
しかし、1981年の全日本吹奏楽コンクール実況録音で聴いた基町高校の演奏に驚かされ、以後「序曲 ハ調」は大好きな曲になった。中国支部の名門である同校は一貫してクラシカルな作品を自由曲に採り上げてきていたが、この年は更に古風極まる「序曲 ハ調」で全国大会に進出、見事金賞を射止めたのだ。
このタイプの楽曲でコンクールに挑むのは今も当時も大変勇気が必要だと思うし、ましてや結果を残すのは難しい。洵に畏れ入るばかりであり、同校の気持ちのこもった丁寧な演奏が楽曲の魅力を引出し、常識や思い込みを覆した瞬間であったと思う。

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2008年4月11日 (金)

アリランと赤とんぼ

Photo_2Arirang and Aka-Tonbo
高 昌帥
(Chan Su Koh 1970- )






「この作品は、東大阪朝鮮中学校吹奏楽部顧問の尹忠新先生より、先生が ご指導されている吹奏楽部をはじめとする大阪府下の朝鮮学校の各吹奏楽部が大阪府吹奏楽連盟に加盟して20年となる記念として、親善の意味も兼ねて、朝鮮半島の代表的民謡「アリラン」と山田耕筰作曲の童謡 「赤とんぼ」を使って吹奏楽曲に編曲できないかとの提案を受けて書かれたものです。
大阪は日本で最も多くの在日コリアンの住む都市でもあります。この作品が日本社会と在日コリアンとの、ひいては朝鮮半島とのほんの小さな掛け橋にでも成れば幸いです。」

(高 昌帥のコメント)

高 昌帥は、2002年度全日本吹奏楽コンクール課題曲「吹奏楽のためのラメント」で一躍その名を知らしめた作曲家。「コリアン・ダンス」「吹奏楽のための風景詩”陽が昇るとき”」など吹奏楽作品は多い。
この「アリランと赤とんぼ」(2003)は、有名な二つの旋律を題材に作られているが、構成感に優れ一つの楽曲として実によく纏まっている。変奏曲あるいは幻想曲としての「作曲」作品として捉えてもよいであろう。およそ5'30"の演奏時間の中で、サウンドや一つ一つの楽句、周到な設計に確かな手腕が感じられる。

♪♪♪

「アリラン」は朝鮮を代表する民謡の一つ。吹奏楽オリジナルの傑作である「朝鮮民謡の主題による変奏曲」(J.B.チャンス)の”主題”も「アリラン」である。

Photo_5宮塚 利雄 著 「アリランの誕生 -歌に刻まれた朝鮮民族の魂」(創知社)によれば、この歌の発祥には多くの説があることがわかる。研究者の調査により、50種類以上もの「アリラン」が存在し、歌詞に至っては2,000を超える種類が伝わっていることが判明しているそうだ。また「アリラン」という言葉自体の解釈もさまざまなのである。

一方、「赤とんぼ」は三木 露風(1889-1964)が1921年の童謡集「真珠島」で発表した歌詞に、本邦音楽史の巨人・山田 耕筰(1886-1965)が1927年に曲をつけたものである。詞の内容は、露風の幼少時代の風景(兵庫県龍野町)によるものとされる。

アリラン                    赤とんぼ

アリラン アリラン アラリヨ        夕焼小焼の 赤とんぼ
アリラン峠を越えて行く          負われて見たのは いつの日か

私を捨てて行かれる方は
十里も行けずに足が痛む         山の畑の桑の実を
                        小籠に摘んだは まぼろしか
アリラン アリラン アラリヨ
アリラン峠を越えて行く             十五で姐やは 嫁に行き
晴れ晴れとした空には星も多く      お里のたよりも 絶えはてた
我々の胸には夢も多い
                        夕焼小焼の 赤とんぼ
アリラン アリラン アラリヨ         とまっているよ 竿の先
アリラン峠を越えて行く
あそこ あの山が白頭山だが
冬至師走でも花ばかり咲く

上記に「アリラン」の代表的な歌詞、ならびに三木 露風による「赤とんぼ」の歌詞を掲載した。いずれも抒情的で美しく、そしてノスタルジーに溢れる歌。この二つが巧みに組み合わされている。

楽曲の内容は、高 昌帥自身の解説が端的に表している。
「曲は、”赤とんぼ”の旋律による前奏に始まり、チュンモリチャンダン (9拍目にアクセントがあるのが特徴の、遅い12/8拍子のリズムパターン-この作品では3/4拍子×4小節としてあります) の伴奏による”アリラン”が歌われ、移行部を経た後、パンサルプリチャンダン(速い3拍子のリズムパターン、2拍目の裏にアクセントがあります)を、吹奏楽でよく使われるシンコペーションのリズムにアレンジしたリズムに乗って、再び”赤とんぼ”が出てきます。
この”赤とんぼ”の諸モティーフを変奏・展開させながら、金管楽器によるコラールでクライマックスを迎えた後、最後は”アリラン”と”赤とんぼ”を同時に奏でながら静かに終えます。」

冒頭のOboeソロ、それに続くSaxophoneセクションの奏でる旋律からして、しみじみと美しい。この二つの「歌」自体が持っている力の大きさを、改めて感じさせられてしまう。
中間の「赤とんぼ」による展開部は、快活な子供たちのイメージで大変愛らしく、微笑ましい。やがてそれがテンションを高め、輝かしい色彩を放ちつつ金管中低音のエキサイティングな楽句に導かれて、スケールの大きなポリリズムとなってゆく。
2洵に鮮やか!曲中最大の聴き処である。

♪♪♪

楽譜は大阪府吹奏楽連盟から頒布されていたが、2008年春にBRAIN社から本格出版。愛すべきレパートリーとして、いよいよ全国的に演奏される機会が増えるであろう。
これに先立って、待望の初音源も発売となっている。

Photo_3齊藤 一郎cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

本作の魅力が溢れる好演。「レッド・ライン・タンゴ」「伝説のアイルランド」など他の収録作品も興味深く、必聴の1枚といえよう。

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2008年3月12日 (水)

フェスティーヴォ

Lp_2Festivo
V.ネリベル
Vaclav Nelhybel
1919
1996




冒頭、
打楽器群の16分音符の活気溢れるリズムからして、思わず心躍らされる-。
「交響的断章」「二つの交響的断章」「トリティコ」など、現代的な作風で個性を放つヴァーツラフ・ネリベル1967
に作曲。急-緩-急のオーソドックスでシンプルな序曲形式の作品だが、随所にネリベルらしさが窺える。
演奏難度の割にその音楽的効果は高く、前述のように賑やかに、そしてエネルギッシュに活躍するパーカッション・パートには特に注目である。

♪♪♪

前述の通り、快速で活気に満ちた打楽器群の16分音符のビートにのり、全合奏による8分音符の打込みが作り出すリズム・パターンにより、曲は開始される。
Festivo001やや静まってTrp.に最初の旋律が現われ、続いて木管群と金管群が対峙する楽句で高揚、前奏部を終える。この間、ずっと打楽器群のビートは刻まれ続けるのだ。

スネアの小気味よい8分音符でさらにテンポを上げ、Trp.が輝かしく軽やかなフレーズで登場する。これに応ずる低音群と打楽器のユニークな動き、そして長いフレーズの木管群・・・これらが対比的に応答し発展していく。
Festivo002華々しい前半のクライマックスでも、高らかな高音楽器群と強力に下降する低音楽器群との対比が鮮烈である。ダイナミクスの変化も含めて、さまざまな「対比」がこの曲をとても面白くしている。

テンポを落とした中間部は、日本の夏の夕暮れ時をイメージさせるムード。Muted HornとXylophoneの動きはヒグラシの鳴声みたいだし、幻想的なフルートのソリ、続くノスタルジックなクラリネットの旋律も、どこか東洋的なのだ。
Festivo003淵となって流れを止めた川が再び進んでいくように、チャイムとグロッケンが歩みを始め、徐々に楽器が増えて進んでくる。ベースライン、そしてスネアのリズムが加わって、音楽はエネルギーをさらに充填し、強力な中低音のスケールが上行しブレイク、快速さを取り戻す。

さらに生命力とスピード感を増した再現部を経て、勢いもそのままに華麗で伸びやかな金管群の楽句が響きわたる。この間も打楽器、低音、木管群が入れ替り立ち代り対比的な動きを見せる。シンプルだが確かなネリベルの手腕が感じられよう。
重厚なテンポ(Grave)のコーダはサウンドも濃厚!拡大された旋律が、うねる打楽器群とともに、ff の分厚い音塊で聴くものに迫り来る。押し寄せた音の波は、鮮烈な全合奏のsffz でさえぎられ、曲を閉じる。

♪♪♪

この曲を広く知らしめることになったのは、1969年全日本吹奏楽コンクールで準優勝を収めたヤマハ浜松※の快演である。この演奏がCBSソニーが発売した「全日本吹奏楽コンクール名演集 1964-1969」(LP/冒頭画像)に収録され、有名となったのである。

※このLPは全日本吹奏楽コンクールが最も熱く燃えていた時代の名演を集めた貴重なもの。中でも福岡電波高校の「アッピア街道の松」や阪急百貨店の「軽業師の踊り」などは、このLPでしか聴くことのできない録音。時代を超えて、感嘆させられる名演である。
尚、ヤマハ吹奏楽団は当時”ヤマハ浜松”の略称で親しまれていた。


この年の優勝は阪急百貨店であったが、ヤマハ浜松は翌年の金・銀・銅表彰制度移行後、全国大会金賞を連続受賞。意欲的な邦人作品への取組みでも知られるアマチュアのトップバンドとなった。
「フェスティーヴォ」の快演をきっかけに、ヤマハ浜松はネリベルに「ヤマハ・コンチェルト」を委嘱。翌1970年の全日本吹奏楽コンクールで演奏して、見事金賞を射止めたエピソードも有名である。


※尚、現在この「フェスティーヴォ」の演奏はBRAIN社のダウンロードサイトにて購入することができる。(但し、録音があまり良くないのは残念。)

一時期、大変よく演奏された曲だが、録音は驚くほど少ない!ヤマハ浜松以外の音源としては

Festivo汐澤 安彦cond. 東京アンサンブル・アカデミーの演奏を推しておきたい。もっとスピードは欲しいのだが、快速部分の直線的な旋律をキチンと歌にするなど、音楽的なまとまりのある好演である。

♪♪♪

とにかく「快速さ」が欲しい。充分快速に始まったのに、主部に入って限界まで快速にギア・チェンジ!さまざまな「対比」を描くこの曲、中間部の穏かさも、コーダの濃厚さも存分に効かせたい。そのためにも、速い部分は”ぶっ飛ばして”ほしいのだ。
その上で、濃密な「ネリベル・サウンド」が聴けたなら・・・まさにBRAVO!

テンポの快速さ以上に、聴く者の心を煽って、さらに煽っていく-。「フェスティーヴォ」の持つエネルギー、熱狂を存分に示す演奏は、なかなか現われない。この曲も”決定的名演”の録音が待望される一曲である。

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2008年2月27日 (水)

いたずらなポルターガイスト

1The Puckish Poltergeist
C.サレルノ
(Christfer James Salerno 1968- )




非常にインパクトのある標題。1995年の全日本吹奏楽コンクールで東海第一高(当時)が演奏し広く知られたが、逆にそれっきりになってしまった感がある。
演奏時間5’30”程度の短い曲だが、音楽自体も大変ユニークなもの。万人受けする楽想ではないし、変拍子の嵐で演奏難度も高いことが、この曲をとっつき難いものにしているのだろう。しかし確たる個性があって興味深い作品であり、もっと演奏されてよいと思う。

♪♪♪

001作曲者クリストファー・サレルノ(左画像)は、吹奏楽や管楽器アンサンブル(室内楽)に多くの作品を書いているアメリカの作曲家。ラドフォード大学でマーク・キャンプハウス(Mark Camphouse)に師事、この「いたずらなポルターガイスト」1991年に作曲されたサレルノの代表作である。


ポルターガイスト(Poltergeist)
とは、物品が宙を舞ったり、激しい物音がしたり、電灯の点滅や電話の着信などの機械的・電気的変化も起きたりする特異現象のこと。元々ドイツ語で”騒がしい霊”の意味。時には幽霊が目撃されたり、寒気が感じられることもあるという。
ポルターガイストは”ある特定の人物の周りで生じる”もので、”ある特定の場所に於いて生じる”ホーンティング(Haunting)とは異なるとされている。
【出典・参考:明治大学/石川幹人教授「超心理学講座」】

「恐ろしさとコミカルさという対照的なものを同時に持ち合わせ、無茶苦茶に動き回るポルターガイスト。”いたずらなポルターガイスト”は、そのいたずらを題材とした標題音楽である。
作曲者は、急速な拍子の変更や二重三重に重なり合うリズムパターン、コントラストを効かせた楽曲構造を駆使している。これによって、気味の悪い城の住人たち(ポルターガイスト)がさまざまな家具や台所用品を宙に浮かせて走り回り、またちょっとしたいたずらのつもりで少し変な叩く音を出したりするさまを、鮮烈に思い描かせる。」

-スコアにあるプログラム・ノートより

♪♪♪

いきなり激烈なシンコペーションのfff(冒頭画像参照)で始まる。家中の家具が浮き上がり、ダイナミックに飛び回っている感じであり、このポルターガイストのいたずらはのっけから実にキツい。
鋭い打ち込みを伴奏に、引き攣った表情で強烈なトリルが印象的なHornの主題が現われる。
2全編に現れる変拍子のエキサイティングなリズムは非常にシビア!これだけでも高い緊張感を持っている。更にアクセントと強弱の対比、楽器間の応酬が加わって、音楽に異様な生命感が吹き込まれているのだ。Timp.をはじめとする打楽器群、そしてピアノは特に鋭い感性を要求されよう。

ポルターガイストのいたずらは時にユーモラス。諧謔味あふれるTrumpetのソロはその象徴である。
3
しかし、それに騙されてはいけない。
一旦静かになって動きを止めた(G.P.)かと思うと、ポルターガイストはその恐ろしい本性を現す!充分にテンポを落とし、木管と打楽器のおどろおどろしいトリルをバックに、迫りくる恐怖を表す低音群の重厚なフレーズは、圧倒的な威圧感だ。
4
そこにチャイムの音が聴こえ、荘厳にコラール風の楽句が奏される。夜明けが近づき、漸くポルターガイストのいたずらも終わるのか-。
するとラチェットが鳴り響き、それを合図にポルターガイストは前にも増してスピードを上げ、家の中をめちゃくちゃにする。猛烈な最後のひと暴れだ。
最初の旋律がTrumpet+Hornで激しく再現('Bells Up'の指示!)され、さらにテンポを上げて一気にPrestoのエンディング。スリリングで鮮烈な印象を残し、曲を閉じる。

前半のポルターガイストの描写部分は、リピートして二度奏されるのだが、快速かつ、そしてリズム・音色・アクセント等のめまぐるしい変化で飽きさせることがない。なかなかにクールな楽曲といえよう。

♪♪♪

Cd001音源は、前述の全日本吹奏楽コンクールLive録音を除くと、本作の出版元 Neil A. Kjos のデモCD(左画像/指揮者・演奏者特定不能)しかない。
しかしこの音源、レベルが高い!鋭い感性でリズムやニュアンスを捉えた快演である。アクセントや強弱の対比など正確にスコアを再現しているし、終始スピード感のある音色も見事、デモ音源には珍しく実に満足の行く出来映えとなっている。

※Neil A. Kjos は自社の殆ど全ての出版譜について、HP上にそのデモ音源を開放しているのだが、現在この曲については残念ながらデモ音源はアップされていない。

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2008年2月24日 (日)

パンチネロ -ロマンティック喜劇のための序曲

CdPunchinello,
Overture to a Romantic Comedy
A.リード
(Alfred Reed  1921-2005)




何より自分を落ち着かせるために、一つ息をついてメンバーの顔を見渡し、わざと深くうなづいて、指揮棒を挙げる。予備拍1拍に続いて、直ちに音のエネルギーが溢れ出す「パンチネロ」の始まりだ。前奏部で最も大きなダイナミクスとなるところ、我がバンドは実に伸び伸びとよく鳴っている-。
今思えば、優れた演奏とは言い難い。しかし、所与の環境で懸命にやってきた。1985年5月、母校の講堂で開催された演奏会のオープニングで、学生指揮者として初めて本番のステージに立った私であった。あの瞬間の高揚感、充実感は忘れることができない。

♪♪♪

Punchinello「パンチネロ」(邦題としては「パンチネルロ」も根強い)は、世界中の吹奏楽人に深く愛されたアルフレッド・リード1973年に作曲した傑作。「ジュビラント序曲」「春の猟犬」に並ぶ”リード序曲”の人気作である。

「パンチネロ」(左画像)とは、元々16-18世紀にかけてヨーロッパで盛んであったイタリアの仮面道化芝居「コメディア・デラルテ(Commedia dell'Arte)」に登場するキャラクターのこと。イタリア語ではプルチネッラ(Pulcinella)といい、これがイギリスでパンチネロ、フランスでピエロに転化したという。また、これを起源とする「パンチとジュディ(Punch & Judy)」という人形芝居によってこのキャラクターは更にポピュラーなものとなった。
パンチネロは道化の中でも、少々お馬鹿さんで人にだまされることが多いのだが、純真な夢想家というイメージとされる。

このリードによる「パンチネロ」序曲がどこか懐かしくレトロで、夢見るような曲想を持っているのは、まさに作曲者の意図通りなのだと思う。

♪♪♪

鮮烈な楽句で音がほとばしり、快速で華やかにこの曲はスタートする。
Photo高揚感のある輝かしい前奏部に続いて、クラリネットに愛嬌のあるメロディが現れ、各楽器の応酬へと発展。
Photo_2やがてぐんっと高揚して、得意げに胸をはる道化師をイメージさせる最初のクライマックスへ。かと思うと次のクラリネット・ソロは落ち着きを与える美しさ。
Photo_3音色とダイナミクス・拍子の変化、効果的なシンコペーションの使用が音楽に絶妙なアクセントをつけていく。

さあ、そして夢見る中間部。ブリッジのやや野性味のあるサウンドは徐々に優しく穏やかな響きに変わり、ゆっくりとしたテンポでHornとコールアングレが優美な旋律を奏でていく。
Photo_4これに高音を活かしたクラリネットの対旋律が応え曲想はロマンティックさを深める。さらにVibraphoneの音色が幻想的なサウンドを醸し、甘美だがなぜか”遠い”音楽は徐々にスケールを拡大、ついには厚く暖かい音が充満して、聴くものを包み込むのだ。

名残惜しげなFagottoの音色で中間部を終え、再び快速な再現部。ダイナミックで力強い楽想に続いて短調も顔を出し、緊張感が走る。
-しかし直ぐに転換するここからが、楽しくって仕方ない!シンコペーションの伴奏に導かれて Muted Trumpetにポップス風のフレーズが現われ、洒落たスネアのリズムも加わって音楽はまさにノリノリ!誰もが頬を緩ますことであろう。

それから息もつかせず、リズミックな前半部分の旋律にのり、Trumpetが中間部の旋律を高らかに歌い上げるポリリズムに突入する。ビートとハーモニーを支える誇らしげなTromboneの伴奏が、また実にカッコいい!
Photo_5冒頭のビートを取り戻してコーダ。畳みかけるような全合奏の2拍3連に続いて、天まで届けといわんばかりのTrumpet+Tromboneの鮮烈なファンファーレ風楽句が響きわたり、エキサイティングに曲を閉じる。
Photo_6
♪♪♪

ああ、どうしたらこんな素敵な音楽が書けるんだろう!
リードが遺してくれた宝珠のようなこの曲、ずっと大事にしていきたい。

音源は、リード自身の指揮による東京佼成ウインドオーケストラLive盤(冒頭画像)が実に素敵な演奏でありお薦めしたい。理屈抜きに、音楽に活力が満ち溢れキラキラと輝いていることが判るはずだ。

♪♪♪

「パンチネロ」は私にとって文字通り”青春の一曲”。
ただ単に、学生時代の楽しい或いは哀しい、さまざまな想い出が甦るだけではない。前述の通り、私が学生指揮者としてスタートを切ったこの曲は、現在に連なる私の吹奏楽、いや音楽に対する”欲”の象徴でもある。
何の才能はなくとも、努力はしたし情熱だけは人並み外れていた。その情熱だけをバックボーンに”欲”を掻いて、音楽活動に接した。それが結果として多くの方々にご迷惑を掛けたこともあったし、思い出すと死にたくなるほど恥ずかしいこともやらかしてきた。「パンチネロ」を聴き、こうした回想がもたらされるたびに、私は煩悶する。

しかしその苦しみの奥底で、この期に及んで未だに”欲”の炎がチラチラと揺らめいていることに自分でも驚く。自分の美学とは正反対なのに、頭や理性では判っているのに。ああ、何と業が深いのか!私は・・・。
音楽とは、私にとって最大の悦びであるとともに、最も深い苦しみの根源でもあり続けている。

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2008年2月21日 (木)

小組曲 / C.ドビュッシー

DebussyHenri_busser_5Petite Suite
C.ドビュッシー
Claude Debussy
1862-
1918

管弦楽編曲
H.ビュッセル

(Henri
Busser
1872-1973



I.   En Bateau II. Cortege III. Menuet IV. Ballet

まだ20代半ばであったクロード・ドビュッシー(冒頭画像左)が4手連弾によるピアノ曲として1886-1889年に作曲。後にドビュッシーの友人である指揮者アンリ・ビュッセル(冒頭画像右)によって1907年に管弦楽に編曲され、どちらも同等に有名となっている。管弦楽版は作曲者自身の依頼、立会いのもとに作られたものである。

1979年の全日本吹奏楽コンクールでは弘前南高校が”小舟にて””バレエ”を採上げ金賞受賞。その爽やかな演奏以来、吹奏楽のレパートリーとしても定着し、現在では著名なアレンジャーがこぞって吹奏楽版スコアを手掛けている。
”第二の原曲”ビュッセル版自体が、木管楽器の音色やフィーリングを存分に活かしたものとなっており、吹奏楽でも貴重なジャンルのレパートリーとして重用されているようだ。

♪♪♪

Verlaine若き日のドビュッシーはフランスの詩人ヴェルレーヌ(Paul Verlaine 1844-1896/左画像)に傾倒し、1880-90年代にはその詩を題材とした作品を遺している。「歌曲集”艶なる宴”」「歌曲集”忘れられた小唄”」「ベルガマスク組曲」といった作品群がそれである。
ヴェルレーヌの作品中でも、ドビュッシーは「艶なる宴 (Fetes Galantes)」に強く惹かれ、その幻想的な内容を自作に反映していたという。本稿で採り上げた「小組曲」もその一つに数えられる。

「艶なる宴」より (ヴェルレーヌ詩集/堀口 大學 訳)

小舟にて

空より暗い水面に  金星うかびただように
舟子、股引のポケットに火打石たずぬるに。

さても皆さん今こそは二度とまたないよい時分  傍若無人にいたいましょう、
さてもわたしのこの両手  以後かまわずにどこへでも!

騎士アチス切なげにギタール鳴らし
つれなびとクロリスあてに  あやしげな秋波おくる。

法師はひそひそエグレを口説き
ちと気の変な伯爵は  心を遠くへ通わせる。

かかるおりしも月の出て 小舟は走るいそいそと
夢みる水のそのおもて。


行  列

金襴の仕着のお猿、 彼女の先に立ち、 踊ったり跳ねたり、
夫人はお上品な手袋の片手に  ダンテルの手巾をいじくって。

後ろから、赤いおべべの黒奴小僧、  両腕にあふれこぼれる彼女のお晴れ
長い裳裾を重げに抱いて、  襞の一つの動きにも目の玉ぱちくり。

夫人の白い衿元から  猿め、かた時目を離さない。
見えぬ胸乳のふくよかさ  女神の体にふさわしい

黒奴小僧のいたずら奴、  その豪勢な重荷をば  必要以上に持ち上げて
彼の夜ごとの夢に入るものの象(すがた)をのぞき込む。

彼女は石の階を、心静かに登り行く、 飼いならされた動物の
身のほど知らぬ恋慕なぞ  気にもとめないのどかさで。


♪♪♪

(以下はビュッセル編の管弦楽版をもとに述べる。)
前述の通り、ハープを含む弦楽器と木管楽器を中心とした編曲であり、洵に魅力的な旋律を、そのイメージに実に合致した楽器の音色で聴かせる。音楽は明快で非常に愛らしい。虚心坦懐、”いい歌”をシンプルに提示しているさまは、音楽の根源的な悦びそのもの。
「小組曲」という題名は、そのシンプルさに対するドビュッシーのはにかみが表れたものかもしれないが、楽曲には充分な魅力と高い品格が備わっている。

I.小舟にて
優雅なバルカロール(Barcarolle/ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの舟歌、もしくはそれを模して書かれた楽曲)で幕開け。Harpの分散和音の上に、瑞々しいFluteの旋律が歌いだす。
Photo中間に凛とした表情の弦楽アンサンブルを挟むが、あくまでふんわりとした音楽であり、クラリネットやオーボエの音色も実に映えている。柔らかに寄せては返す旋律に応えるオーボエのカウンターは、これもまた名フレーズ。

II.行 列
「ちょこちょこぴょんと跳ねていく」Fluteで軽やかに始まり、シンコペーションを効かせた中間部は幻想的。全曲中でも可愛らしさを極めた、愛すべき音楽。
Photo_2
III.メヌエット
この組曲の中で最も私の好きな楽章。ルイ王朝風と評される音楽であり、OboeとFagottoのソリで始まる短い序奏部に続き、ノスタルジックで典雅な第一主題が現れる。1_2
そして、一層ノスタルジーを高め、切なさを掻きたてる第二主題をFagottoが奏する。私はこの旋律がどうにもこうにも好きなのだ。
2_2
VI.バレエ
浮き立つような快活なフレーズで始まるが、決して無用に泡立つことはなく落着いた品のある音楽。
1_3中間部のワルツも小洒落ており、生命感に満ち満ちている。冴えるピッコロの音色は注目!
2_3やがて冒頭の旋律が戻り、さらに2拍子が3拍子に変容してスケールの大きな音楽となる。品格を保ちながら音楽は高揚し、爽やかな全合奏で終末を駆け抜けていく。

♪♪♪

さて、音源。管弦楽版は以下をお薦めする。

3ヤン・パスカル・トルトゥリエcond.
アルスター管弦楽団

若々しく快活な演奏。軽やかで陽気な”才色兼備の女学生”のイメージ。



2ジャン=フランソワ・パイヤールcond.
パイヤール室内管弦楽団

端整で落着きのある美しさ。自信に溢れた人生をおくる”大人の女性”のイメージ。



1ヨアヴ・タルミcond. ケベック交響楽団

非常に繊細で透明感のある演奏。可憐で清純な”深窓の令嬢”のイメージ。




※その他の所有音源
ジャン・マルティノンcond.フランス国立放送局管弦楽団
ルイス・レインcond.クリーヴランド管弦楽団
ポール・パレーcond.デトロイト交響楽団
エルネスト・アンセルメcond.スイス・ロマンド管弦楽団


原曲/4手連弾版としては、定番のベロフ=コラール(Michel Beroff & Jean-Philippe Collard)盤や、ハース=リー(Werner Haas & Noel Lee)盤も良いのだが、

Photoリュヴィーシ=マクダーモット
(Lee Luvisi & Anne-Marie McDermott)

盤を紹介しておきたい。
とても素朴で、好感の持てる演奏である。

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2008年2月14日 (木)

紅色娘子軍 -番外編

1_2中学生の頃は、私もとにかく吹奏楽コンクールで良い成績を収めることが目標だった。普門館に駒を進めることこそがそのまま夢だったし、他団体がコンクールでどのような曲を選び、どのような演奏をし、如何なる成績を収めるかといったことが最大の関心事であった。
(結果としては、3年連続して大分県代表は射止めたものの、次の西部(現九州)大会では銅・銀・銅。特に中3時の銅は痛く、結果発表後は声をあげて泣いた。今となっては、何であそこまでコンクールに夢中になっていたのかとも思うが・・・。)

♪♪♪

自由曲に何を選ぶか、は極めて重大事である。中3の時は事実上自分が課題曲・自由曲ともに決められる立場だった(先生は吹奏楽に詳しくなかった)から、色々と研究した。全国大会の結果が掲載されたバンドジャーナルはもちろんのこと、過去の西部大会のプログラムなども、燃えるように熱い気持ちで見ていたものだ。

先輩方が遺した1974年の西部吹奏楽コンクールのプログラム、その中にひときわ眼を引く自由曲があった。

革命現代舞劇「紅色娘子軍」  中国舞劇団 創作

まず第一に、「作曲」ではなく「創作」・・・?一体これはどういうことなのだろうか。その後、この楽曲は私にとって長い間「謎」であった。どんな曲なのか?中国にも吹奏楽曲があったのか?う”ーむ、聴いてみたい!
しかも演奏した筑紫丘高校(福岡)は全国大会出場は逃したものの、金賞を受賞している。凄い!

因みに前年(1973年)の筑紫丘高校の自由曲(西部大会金賞)は

世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」 C.オルフ 作曲

であった。今でこそ人気曲だが、1973年当時にこの曲を演奏したというのは、明らかに突き抜けている。音楽的素養のない私は「”世俗”かんたーたって何?おるふぅぅ?」で思考停止だった。

この学校はおそろしくチャレンジングだったのだと思う。著作権問題も取り沙汰されない時代ではあったが、一体誰がこうした曲を見つけ、吹奏楽でやろうと思い、編曲したのだろうか???
(因みに同高校は、その後1977年「アッピア街道の松(レスピーギ)」1978年「海(ドビュッシー)」で全国大会に出場している。)

♪♪♪

紅色娘子軍 (Red Detachment of Women) -”こうしょくじょうしぐん”と読む。
(当時はこの読み方さえも判らなかった・・・。^^;)

”文化大革命”のうねりが始まらんとする1964年に中国で作られたバレエであり、音楽は呉 祖強(Wu Zuquiang 1927- )と杜 鳴心(Du Mingxin 1928- )を中心とした複数作曲家の共作。このバレエの完成に向けては江青女史が直接関わっていたとも言われる。
(また、「紅色娘子軍」は幾度か映画化もされており、1970年にはバレエそのものをフィルムに収めたものも製作されている。)

内容は時代背景を色濃く反映し、当時の中国に於ける国家・共産党賛美的なもの。
「悪辣な地主に虐待されていた少女(呉清華)が共産党将校(洪常青)に救われ、紅軍女性部隊(紅色娘子軍)に入隊する。この女性部隊を含む紅軍は、かの地主から村人を解放し、呉清華は復讐を果たす。この戦いの中で彼女は想いを寄せていた洪常青を失うこととなったが、自ら共産党に入党し、洪常青の意志を継ぐ。」
といった筋書きである。

2_2近年になって漸く私は「紅色娘子軍」のVCD(冒頭及び左画像)を入手し、バレエの映像とともに、初めてこの音楽を聴くことができた。
音楽は如何にも当時の中国をイメージさせる。作曲陣の中心人物は2人ともモスクワに留学して西洋音楽を身につけた作曲家とのことであるが・・・。
煌きのない音楽では決してない。しかし、頗る魅力的とも言い難いのが正直なところ。

Photo実際に聴いてみると新たな疑問が。 -筑紫丘高校は、この特異なバレエ音楽の、一体どの部分を演奏したのだろうか?
現在では管弦楽組曲版スコアも出版されている(左画像)が、当時から「管弦楽組曲版」が存在していたのかは不明であるし、何より未知の現代中国音楽に挑むからには相当の決意や思い入れがあったはずである。そこに、今なお私の興味は尽きない。

♪♪♪

時代は変わっても、コンクールの自由曲じゃなくっても、演奏者にとって「どんな曲を演奏するか」は重大な事項であり続けているだろう。自分たちがやりたいこと、伝えたいことをその楽曲に載せて表現するのだから、当然である。

だからこそ、本当に自分たちに合った楽曲、自分たちが聴衆に聴かせたい楽曲を充分に吟味したいものだ。今はまだ知らないものも含めて、数多ある楽曲の中から何を選ぶべきか?本来もっと拘るべきだと思う。
単に「昔やったことがあって、良かったから」「先生が決めたから」「あの学校が演ってたから」ではなく・・・。

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