1998年に週刊漫画アクション(双葉社)に連載された。クラシック音楽を題材としたコミックがまず見当たらない時代に、真っ向からそれに取り組んだ佳作。単行本は全4巻。
作者さそうあきらも「神童」を連載できたことに感謝を述べているが、「人気第一」が常識のコミック界において、こうした異色の作品を連載させてしまう気骨がある雑誌は「アクション」※以外には見当たらなかった。
※漫画アクション
古くは「ルパン三世」「じゃりン子チエ」、近いところでは「クレヨンしんちゃん」といった大ヒット作も多数送り出しているのだが、持ち前の「気骨」が祟ってか、部数低迷により2003年に休刊に追い込まれた。2004年4月に月2回刊にて復活を果たし、ノンフィクションものなど他誌にない個性の作品を提供、Webとの連携も図るなどの試行錯誤も行いながら、引続き「気骨」のある誌面の雑誌となっている。
現在の連載陣を見ても個性的なテーマ・世界を有する作品が多い。堅実で安定した「駅弁ひとり旅」(櫻井寛×はやせ淳)や「BARレモン・ハート」(古谷三敏)もあるが、「おりんちゃん」(川島よしお)「うちの妻ってどうでしょう?」(福満しげゆき)をはじめとして独特の世界が面白い作品が多く、オススメ。
また「お願いサプリマン My Pure Lady」(とみさわ千夏×八月薫)のリアルなエロさは凄い!(ハッキリいってヤバいです、マジで。実際、八月薫氏はその道では高名であり、一般誌掲載作品としてはギリギリの線でしょう。それにしても、「エロ」を感じさせるにも 画力・表現力が必要だということを再認識させられる高度な作品ですなあ。)
私は復刊当初から毎号購入し、応援している。頑張れ漫画アクション!
<連載陣は2007年4月時点のもの>
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夭折した天才指揮者を父に持つ天才小学生ピアニスト、成瀬うた。指を大切にしなければならないピアニストにとってご法度の野球に熱中する彼女が、並外れた聴覚を持ちながらも腕前は冴えない音大浪人生・菊名和音(通称ワオ)と出会うことから、ストーリーは始まる。
うたの教えとフォースを受けて音大に合格、紆余曲折を経ながらも御子柴教授や声楽科の賀茂川 香音との出会いを通じ、ピアニストとして開花していく和音。
一方、「世界はうたを無視してとおりすぎることはできない。」という和音の予言通り、巨匠ロブコウィッツの後押しによる衝撃のデビューをきっかけに、世界に神童ぶりを轟かせるうたの成功。
そのうたを突然に襲う、音楽家にとっての最大の不幸-。その不幸の先に、うたが摑んだ永遠の「天色の音」。
※関連記事 「ピアノ協奏曲 ト長調/M.ラヴェル」
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やや常識外な設定、大きく振れるストーリーは如何にもコミック的であり、描写や表現にやや粗い部分があることは否めないが、間違いなく真実や理想や夢を内包しており、また鋭敏な感性が感じられるもので大きな魅力がある。
登場する音楽家たちの姿は、生身の欲望や感情に塗れており、実に人間臭くリアル。「神童」のみならず、「マエストロ」でもさそうあきらが描く音楽家は、その実態をピシャリと言い当てていると思う。意地悪く言うと、そうしたリアルな「音楽家」たちが、うたの音楽に圧倒され思わず心酔してしまうさまに、私はカタルシスを禁じ得ないのだった。
そもそもうたの演奏は、音楽家どころか野生の鳥たちをも魅きつけ、萎れた花を蘇らせてしまうものであり、万人に感動を与える音楽である。
「そういう音楽が存在してほしい。そんな音楽が聴きたい。」
そこに理想や夢を感じるから「神童」はファンタジーなのである。
また”音”自体に対する感覚が恐ろしく鋭敏で、音楽以前にこうした”音”への執着が見られることこそも「神童」の特徴であるだろう。
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さそうあきらは「性」というものに対するアプローチが率直で、「神童」においてもそれが感じられる。美少女が主人公でもあり、性的な匂いが感じられるとの指摘も少なくない作品である。
私は男なのでこういう表現にさせていただくが、そもそも音楽って「女」に近いなって思っている。(「のだめ」に登場する指揮者・松田幸久も、Lesson79で「音楽と女は同じだ !! 楽しくって気持ちいい」と断言している。^^)
私は素晴らしい音楽、素晴らしい演奏に接すると、究極的には”エクスタシー”を感じる。残念ながら、そこまでの感動を与えてくれるものと頻繁に出会えるわけではないが、その際に得られる”エクスタシー”が、何に一番近いかというと「性的快感」だと思っている。
また「あ、いいなこの曲。」と感じるトキメキは、素敵な女性に対して感じるトキメキに似ていると思うのだ。
華奢な女性が好みであっても、女性の豊満さに灼けるような衝動がこみ上げることもある。
純真無垢な女性が好きなのに、コケティッシュで娼婦然としたAV女優の表情に気が戦ぐときもある。
日本人女性に止めを刺すと思っていても、肉体美を極めた或いは輝く金髪の外国人女性にそそられることもある。
長い髪に魅力を感じていても、おきゃんなショートカットの女性にハッとすることもある。
要は「いいな」と思えるかどうか。他人が「お家柄も学歴も素晴らしく~快活で美人の誉れ高く~」などと唱えたところで、自分のハートが「感じ」ないものには、些かの価値もないということであり、音楽にもまったく同じことが言える。
もっと下世話に言うなら、「勃つか、勃たないか。」(失礼!)
- 品はないけれど、音楽に対するこの感覚はずっと鋭敏でいたい。色々なタイプの女性にそれぞれの魅力があるように、ジャンルを超えたさまざまな音楽がそれぞれの魅力をもって、心の奥を引っかいていく。それが文字通り「楽しくって、気持ちいい!」わけである。
そして、そのそれぞれの魅力を最大限に引き出した音楽(演奏)こそが、”エクスタシー”をくれるのだ。
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随分俗っぽい話になってしまった。
「神童」においても、前述の通り人間臭いキャラクターたちは欲望や感情が剥き出しだ。しかし、「音楽」はそうしたものを昇華してくれるものでもある。
うたと和音の関係も、ラストシーンではそういうものを全て超越し、完全に止揚された崇高なものとなっているのだ。
まだ若いころには、「神童」の結末に「綺麗だが、やるせない」と感じた私だった。もの凄く判り易い形で得られる栄光(?)というもののみに、意味と憧れを感じていたということだと思う。
改めて読み返してみて、充実した幸福感をこのエンディングに感じた。いい意味で、私もオッサンになったということだろう。
(尚、「神童」を読んでみようと思われた方は、作者が12ページを新たに加筆し31ページに亘り手を加えたという、「文庫版」が宜しいのではないでしょうか。お節介ですが・・・。)
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追記:
「神童」に比べると「のだめカンタービレ」は理想の世界だなあと思う。「のだめ」のキャラクターたちは”音楽”の前には皆等しくストイックな「使徒」であるし、お互いを尊重し尽くすポジティブな人ばかり、まさに「理想郷」である。しかし、それこそが「のだめ」の魅力に他ならない。
「もっと愉快な音楽を」
このメッセージに統一された「のだめ」も、大変に魅力的なのである。
だから、それぞれの”世界”をもつ「神童」と「のだめ」について、どちらが優れているかなんて議論に意味はないのである。
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