2009年12月 1日 (火)

のだめカンタービレ #23

23「のだめカンタービレ」本編の最終巻である。

”遅れてきたのだめファン”の私としては、もう完結してしまったのかという淋しさは隠しようがない。2001年の連載開始に遅れること5年、私が「のだめカンタービレ」を完全に認知したのは2006年秋のことだったから…。

音楽なしでは生きていけない者の端くれである私にとって、この作品が提示した”音楽の桃源郷”には圧倒的な魅力があった。素晴らしい音楽、素晴らしい演奏は理屈抜きに聴くものの心に忍び込んでしまうものであって、それには誰も抗えない。
-そうした理想、そしてその理想に向かって天賦の才を開花させようとする若き音楽家たちの努力と苦悩。折々にハッと胸を打つ音楽の持つ魅力に鼓舞されながら進んで行くその姿に、自分の夢を重ねながら、熱い気持ちで見守った。

認め合い、喜び合う…。妬みや独尊のない、共通した音楽への愛情の下での真っ直ぐなキャラクターたちの遣り取り。その相互尊重が実に快い。
「のだめカンタービレ」は終始その標榜する”もっと愉快な音楽を”を貫き通した作品だった。

♪♪♪

溢れんばかりであったのだめの才能は、名匠オクレールに鍛え上げられ、そしてこれもまた懸命に研鑽する真一の音楽に常に触発され、遂に鮮やかな開華を迎えた。高次元の音楽の感動と喜びを知り、またその怖さも知ったのだめは迷走を極めることになったが、そののだめをまた引き戻したのも真一の音楽であった。
(「こいつの転機に オレが関わって 受け入れられたことは 一度もない!」とうち震えながら、腹を括ってピアノ・デュオで勝負に出た真一の姿は、全編の中でも最高に”男前”だったと思う!)

思えば「天使は オレか」という真一の独白通り、のだめという規格外才能が化学反応を示すとき、その触媒は初めから常に真一であったということだろう。
真一とのだめが音楽を通じ、一方ではある意味でそれを超越して深く結ばれた結末は、何よりも嬉しくHappyな気持ちにさせられるものだった。しかも、それが実にさりげなく描かれたことは、二ノ宮所長の美学そのものを示すものと思う。

7andy_r0360824_3
本作の結びが示すのは(連載終了時にも述べたが)、永遠のリフレイン。
未来永劫、喜びと苦悩を繰り返して音楽と向き合い、成長を続けていく音楽家たちの素晴らしい未来、のだめと真一が結ばれ続けることを確信させ、終幕を迎えた。

音楽に例えれば
「拡大された主題が高らかに再現され、ffで高揚する中、ティンパニ・ソロのdon-den-don-denに続き、jahaa-nnnと壮麗な和音を轟かせて終う」
といったエンディングではない。これだけの内容を持ち、人気を博した作品であるから、華々しく満腹感のあるエンディングを期待する向きもあっただろうが、敢えてそうしなかったのが二ノ宮所長の”選択”。所長の美意識と、本作に込められた願いの集大成であったと思っている。

これだけ音楽をめぐる愉快なドラマを見せていただいた、またそこに散りばめられた素敵な音楽と出遭うきっかけを下さった「のだめカンタービレ」には心から感謝をしたい。今、私が思うところはただそれだけである。
本当に愉しかった!

2
奇しくも、間もなく(2009.12.10.)”番外編”にて「のだめ」と早くも再会できる!
-このことからも判るように、「のだめカンタービレ」は連載をほぼ永遠に続け得る作品になっていた。それを意を決して「完結」とした二ノ宮所長の決断は尊重すべきであるし、時間芸術たる音楽を題材にした作品として、当然の帰結でもあったと考えるべきであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月24日 (土)

のだめカンタービレ THE LAST LESSON

643「のだめ」 完結-。

作者・二ノ宮所長が描いたエンディングは永遠のリフレイン。
さまざまな出来事や成長を経て、全てのキャラクターが何一つ変わることなく元通りに。そしてそれぞれが異なったシチュエーションの中で永遠に音楽の”夢”を追い求め、とどまることのない成長を目指し続けていく。
「音楽」を、その喜びを軸に形成されたキャラクターたちの絆もまた永遠であり、そもそも「音楽」が持つパワーというものを印象づけたエンディングである。

♪♪♪

Photoそしてラストシーンに選ばれた舞台は、のだめが演奏者としての自分を確立した、あのサンマロのコンサート再演。

「楽しんで弾くので 頑張って聴いてくだサイ」

という、のだめの音楽を象徴する科白で締めくくられた。
(もちろん「また それか」という真一の独白を- 彼がずっとのだめを見守り、いや見届け続けることを、さりげなく添えて…。)

♪♪♪

音楽は世界に無数に在る。
その一つ一つの魅力を採り上げ、それを元に若き音楽家たちの成長を描けば、「のだめカンタービレ」の連載はそれこそ永遠に続いただろう。
読者としてファンとして、まるで素晴らしい音楽演奏がいつまでも終わらずに続くことを願うように、そうした”継続”を望む気持ちは正直ある。
しかしだからこそ、ここで”完結”させた二ノ宮所長の潔さに喝采を贈りたい。だって、この作品が題材にした「音楽」というもの自体が、そのように「完結」するものなのだから…。
その意味でも、「のだめカンタービレ」は最後まで「音楽」を描いた作品であったのだと思う。

♪♪♪

しかるに、「番外編」の登場は必然。
(KISS PLUSに僅か2編を掲載し終了した)”バックステージ”では描き切れないとした所長の判断は賢明である。既にたくさんのキャラクターが立ちまくって、未だ触れるべきエピソードは山積なのだから、postludeは当然必要。

個人的には、何より「ラヴェルのコンチェルト」を渇望する。
のだめのピアノ、真一の指揮、黒木くんのコールアングレ…。

「のだめ」にも深く関られたOboe奏者・茂木大輔氏は、かつてバンドジャーナル誌上でこう語っている。

   個人的に、あるいは間接的に知っている人の演奏をきくと,
   感激する。自分たちの演奏には、一番感激するかもしれない。
   恋人の演奏にもだ。
   それを、否定してはならない。それで、いいのだ。自分の、
   身内の演奏に、素直に、感激しよう。
   しかし、その喜びは、高い目標に向って全員が努力したときに、
   もっとも
大きい、ということを忘れるな。


これは。率直な言葉で音楽の持つ大きな側面・真実を端的に伝えていると思う。-さすれば、のだめと真一の共演は如何なるものになるであろうか。

「それは千秋先輩とだけじゃなくて 世界中そんなのが一杯 あるはずだってわかったから」
と悟ったのだめにとっても、”真一”は「特別」なはず。
「特別」な二人が創る音楽は、間違いなく格別なものとなるだろう。その演奏にぜひ遇したいと願うのは、決して私だけではあるまい。

♪♪♪

音楽を愛し、接し続けていたからこそ「のだめカンタービレ」と出遭えたと思っている。感動と、思わずこぼれる愉快な笑いと、音楽って本当にいいよなぁって想いとを、たくさんたくさんいただいた。二ノ宮所長には、心から感謝申し上げたい。

「のだめカンタービレ」、とにかく最高でした。
こんな素敵な作品を、本当にありがとうございます。
BRAVA!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年9月26日 (土)

のだめカンタービレ Lesson135

「今度こそ オレが 引き戻す-」
「やってみなけりゃ わからないだろう !?」
「絶対合わせてみせる !!」


ブラジルで自分の気持ちを確かめ、腹を括った真一。
ドア越しにのだめのベートーヴェンを聴き、落涙した真一。
その強い決意は揺らがなかった。

「もういい わかった」
と口にはしても、決して放り出すことはない。のだめを”攫って”音楽で勝負に出る。冒頭に掲げた真一の独白には、不退転の想いがこもっている。
こうなると、真一の男らしさは尋常ではない。全てを蹴散らし、真っ直ぐにのだめに向う。突然自宅に駆け込まれたニナ・ルッツの唖然とした表情がその迫力を物語る。

♪♪♪

のだめの本音は極めてシンプル、いつも通り。
自分の”やっちまった”快演にビビった先に考えたことは、一番大切な真一との共演で、あれ以上の演奏ができるのか、音楽の感動が得られるのかという不安だった。

また、それをストレートに伝えてしまうところが
「本当にヒドイ」(by 真一^^;)。

-音楽でなきゃ、ダメだ。
それが真一の結論。そんな状態ののだめを真一に、そして音楽の世界に引き戻すには、音楽を以ってしかないと判断し行動に出る。それは幼き日に、雅之やヴィエラから教えられていたことだったかも知れない。

♪♪♪

真一が選んだのは、二人の始まり=モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」だった。真一が強引に促して始めた二人のデュオにより、真一の音楽が直接のだめに対峙し、語りかける。
私も”音楽の力”を信じて已まない。
今、まさに真一の音楽がのだめの心を融かしたのだ!

-そう、そんな瞬間があるから音楽から離れられないんだなぁって、しみじみと共感させられる。洵に感動的なシーンであった…。

♪♪♪

演奏は結局メロメロになったのだめが”土石流”を起こし、終楽章はグダグダになってしまったけれど^^)、演奏を終えた途端、そこにはあの日のように、まさに真一に”飛びつく”のだめの姿があった。

これまで見たことのない満ち足りた表情で、そんなのだめを確りと抱きしめる真一が、凄くシンプルに、幸せな気分を溢れさせてくれる。

のだめは、還ってきたのだ。

Ds1_2
♪♪♪

次回、遂に大団円。
随分前から覚悟してきたことなのに、「完結」の文字に相当な動揺をしている自分にあきれる。

音楽は時間芸術 -始まって、終わる。その音楽は(たとえ録音はできても)もう二度と存在しない。素晴らしい音楽というのは、”これがいつまでも続いて欲しい”という感傷ももたらすが、最後の一音が響いたあの瞬間の感動こそが、いつも想像を絶するものになる -そういうものなのだ。

きっと「のだめカンタービレ」もそうなるだろう。
ファンとしてその瞬間を、素直な気持ちで待ちたいと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月25日 (火)

のだめカンタービレ Lesson134

「のだめ! オレと一緒に協奏曲やろう!!」

プレッシャーから逃れ、子供たちと楽しく過ごすのだめの様子をドア越しに察した真一は、のだめに無理をさせることなくのだめを守って生きていく覚悟を一旦は完全に決めた。
しかし次の瞬間、今度は”本気モード”のだめのベートーヴェンが聴こえてくる…。その感動に思わず落涙した真一はストレートな行動に出たのだった。
冒頭に掲げた一言に、駆け引きも躊躇もない真っ直ぐな真一の想いが込められている。のだめの音楽はステージへ、決して閉じ込めてはならない!-真一に強い信念が戻ってきた。

もうそれだけで充分という気分になる。真一は迷わず、音楽に導かれるままのだめのもとにひたすら真っ直ぐに行き、のだめを求めた!やっぱり真一は素晴らしい…。

♪♪♪

のだめの”原点への逃避”はエスカレートするばかりだった。
想いをぶつけるユンロンの悲痛な諌めからも逃げていく。やりきれないユンロンを慰めるフランクとターニャの曇った表情が、見ていてまたツラい。

のだめはクラシック音楽の世界を窮屈に感じていた。既にのだめの音楽は充分に”自由”なはずなのに…そのクラシック音楽の世界において、パワフルで感動的な個性をのだめは発揮して見せたのだから。
「なにがあっても、音楽と共に生きていく」(オクレール師)とは、気にならないはずがない他人の評価は受け止めつつも、”自分の音楽”を持ち続け、深めていくことだろう。確かに難しいことだが、のだめの才能ならばできないはずはない。

♪♪♪

Lのだめのベートーヴェンが始まった途端のヤドヴィや子供たちの表情、渾身ののだめの演奏シーンの描写は本当に素晴らしい!
思わず眼を見開き、頬を紅潮させ…最後は真一の頬を涙が伝う。
ああ音楽の感動って、いつもそうだよなあ-って思わされる。

それと同時に、さっきまでアニメの曲を弾いてとせがんでいた子供が、のだめのベートーヴェンに惹きこまれている。理屈なく認められている。ああ、これこそ音楽の夢だ。

…きっとパリの子供たちも、”夜明けのエルガー”の時の由衣子と同じように「のだめちゃんはピアノをもっと頑張った方がいいと思う!」ってなりそうだ。^^)

♪♪♪

のだめは直ぐには割り切れまい、とも思う。いくら真一が真っ直ぐにぶつかっていったとはいえ、あの初めての満月の夜のように「はい、わかりました」は難しいだろうか-。

再会した二人を熱く見守る我々読者に、次の展開が示されるのは1ケ月後となる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月17日 (月)

のだめカンタービレ Lesson133

Lesson132での予想は半分ハズレ。真一のブラジル公演自体は大きな展開の舞台とはならずにあっさりと描かれ、採り上げられた協奏的作品はサクソフォンをフィーチャーしたダリウス・ミヨーの「スカラムーシュ」だった…。

♪♪♪

578行方知れずだったのだめに散々悩まされながら、天賦の才とこれまでの弛みない努力は遠く南米でも真一の背景に黒羽根を飛ばしまくり、彼の音楽が不変の魅力を発散し続けていることを示す。
そして同時に、そのブラジルの地で言い聞かせるように真一が繰返し自分に確認したこと-。
それは”のだめとともに生きていく”ことだった。

明るいラテンの空気のせいでも、スカラムーシュという音楽の麻薬のせいでもない。まして、それに呑まれた?イギリス人のサックス奏者のせいでもない。
既にわかっていたことを、改めて真一が自覚したに過ぎない。

ただ、まだ真一はのだめのプロポーズを「受けよう」などと口走っている。これが実に真一らしいのだが、今はそんな状況か…?もしのだめに拒絶されたら、スンナリあきらめられるとでも云うのか?
もう、無理なはずだと思うのに。

音楽にもがき苦しんできたのだめだが、まさか真一はその苦しみからのだめを解放して、ただ自分のそばに置いてこうというのでもないだろう?
そんなのだめは、真一の望んだのだめではない。そんなことは、ずぅーっと前にシュトレーゼマンが予言している。

♪♪♪

一方、パリでは全てを忘れ自分の「原点」を貪るのだめの姿があった。
音楽を通じて子供たちと楽しく遊ぶ…。豊かな才能を開花し成功を手にしながら、憑かれたようにただ素朴な「原点」を貪るその姿には、黒木くんならずとも理解に苦しむだろう。
「恵ちゃんの 「変」は  あれから ずっと
  変わってなかったんだろうか-」

オクレール師の危惧するごとく、本当のピアニストになれないなら=なにがあっても音楽と共にに生きる覚悟ができないなら、のだめの翼は折れてしまうのだ。それはもう真一と一緒にいられないということも、意味する。

どうかのだめには、楽しかった自分の「原点」を超えた音楽の悦びを、既につかんでいてほしい。そう祈りたい。

♪♪♪

いよいよ、真一とのだめの再会は近い。
二ノ宮所長がそれをどう描くのか-。その時、ストーリーは心裡面で最大のクライマックスを迎える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

のだめカンタービレ #22

22_2「のだめカンタービレ」22巻は、のだめの衝撃的なデビューとその大成功を描きながら、既刊全てを通じて最も重い内容となった。
シリアス、という意味ではこれまでも真剣そのものに音楽を追い求める真一やのだめの姿を見ることができた。しかし、それらはみな輝きと高揚感、ひたすらな向上心に満ち溢れていたのだ。

もちろん、小ネタも含め笑いも充分にまぶされた”のだめワールド”に変わりはないが、22巻というフィナーレの直前で示された闇は黒く、深い。

♪♪♪

後に(Lesson133で)真一が「苦しみ踠く音」と述懐した通り、ここに至るまでのだめの苦悩は張り裂けんばかりであったし、シュトレーゼマンに導かれたあの奇蹟の快演も、その苦しみがバーストしたに過ぎないのかもしれない、とまで思わされる。

のだめのショパンは個性的で賛否両論ありながら、大成功であった。
そのことは協演したシュトレーゼマンやオケのメンバーが、そして何より客席で聴き届けた真一が誰よりも判っている。なのに、この暗鬱な感じは何なのだろうか-。
(のだめの演奏が始まる直前(p64)に挿入されたデッサンの、遠くのだめを見つめる真一の切ない表情が、それを象徴していると感じてしまう。)

♪♪♪

会場での聴衆の熱狂が、逃避行先のエジプトでの若者の言葉が、のだめ自身にも演奏の成功を確信させたことは間違いない。

しかし、のだめの口を突いて出た本音は-
「だから、もういいでしょ 神様… 」

果たして、のだめはこの「成功」を乗り越えることができるのか…?

♪♪♪

偉大なマエストロが連れてきた、東洋人の”子供”=のだめ。
その音楽の力に、イギリスの一流オケのメンバーが何の偏見もなく真っ直ぐに惹きつけられていく。そしてともに音楽を高めていく姿に、また再び「のだめカンタービレ」の描く音楽の桃源郷を見た。

これまで描いてきたその桃源郷にふさわしい、劇的で素敵なフィナーレを確信しつつも、心から望まずにはいられない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

のだめカンタービレ Lesson132

「やっぱ打楽器は音楽の原点だね!」
のだめとともに打楽器アンサンブルに熱中したヤドヴィの一言。そのアンサンブルに無心になったのはのだめも同じ。ヤドヴィの作曲に触発されて「おなら体操」や「もじゃもじゃ組曲」も弾いて聴かせている。

そんな三善アパルトマンに、ターニャ・フランク・ユンロン、そしてアレクシ(マルレのOboe奏者/通称ケータイ)の子供たちを押し付けられた黒木くんが帰ってきて、のだめを発見!しかし、彼らから矢継ぎ早に問い質されても、のだめは何も語らない。目を合わせない。
どうしていたのか?
真一やオクレール先生には連絡したのか?
これからどうするのか?
-何も語らない。

Photoさらに一心に、子供たちと「おなら体操」を歌っている。

才能は”放置”され、「ただ楽しくピアノを弾いていた」、あの原点に戻ったのだめ。
そのうえで、のだめは何を目指すのか-。

♪♪♪

一方、真一は父・雅之の住まいで一夜を明かした。明らかな深酒と、雅之のピアノによる目醒め…。真一は、漸く雅之という人間のことも”一定の理解”はしたようだ。

真一ものだめも同様に音楽なしでは生きていけない、自分の音楽を求めずにはいられない。真一の雅之への”理解”は、真一とのだめの未来に向かって、如何なる悟りをもたらすだろうか?

♪♪♪

おそらく、ブラジルのオケで演る曲は
…「ラヴェルのコンチェルト」
おそらく、黒木くんの早撃ちメールの宛先は
…「真一」

ストーリーは今回の緩みを経て、いよいよ昂ぶるか?
私は、色んなことをハッキリ認識してきている真一が、思いがけない一直線の行動力を示してくれないかと期待している。


<追記>
本記事の掲載イラストも”原点”を選んでみました☆
それと…
黒木くんとターニャの親しさが…変わったよね?^^)
これもKISS+の”バックステージ”で語られることを、期待♪

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月10日 (水)

のだめカンタービレ Lesson131

重大な状況になった時、それを打開してくれるのは意外に”近すぎない存在”なのかも知れない-。

所長が真一を父親(千秋雅之)とここで遭わせた意味は、きっとそういうことなんだと思う。
「オレはなんでこんなこと 世界で一番嫌いだった奴に話してるんだ !?」
という真一の独白が、状況を端的に示している。

のだめとの奇妙な恋愛のコト、そののだめがピアニストで、突然シュトレーゼマンと共演し世界デビューしたコト…それらをはじめとして、色んなコトを”知っている”相手、日々顔を会わせている相手だったなら、きっと真一は何も語れなかっただろう。
断絶していたとはいえ、雅之とは決してなくなることのない”親子”という関係にある。そういう微妙な相手だからこそ、あるがままを語れたのだ。

「オレ… ふられたのか !?」
やがてかつての”オレ様”から、気力を欠いた弱気な呟きがこぼれた。
そして、淡々とながらもガンガン突っ込んでくる雅之と、なぜか正直に交わしていく会話の中で、真一が確信したこと-それはのだめへの想い。
「いつの間にか 一番大事なのは
 あいつといる 未来になってる-」

なのだった。

♪♪♪

Top_head01のだめは逃避行にピリオドを打ち、とりあえずパリに戻ってくる。TGVで寝過ごしてベルギーに行ったりしてたけど…。^^)
所持金尽きてホテルの物置部屋で過ごすベルギーでの一夜、不安と淋しさにかられたのだめがすがったモノ- それは、やっぱり”真一の匂い”。
のだめは、あの小っちゃな風呂敷包みに真一のシャツを忍ばせていた。
のだめの真一に対する想いもまた、決して切れてない!

今回遂に、二人のお互いに対する”想い”のレベルが熱く一致した。それが強く印象づけられたのだ。

♪♪♪

一方、パリの三善アパルトマンに戻ったのだめも、真一と同じである。
ユンロンにもターニャにも話しかけられない。大川の家族からの電話にも出られない…。

重大な人生の岐路で答えが出せず、悶々とするのだめ。そこに突如(偶然)切り込んで来たのは、これまた”近すぎない存在”である。-なんとヤドヴィだ!
ヤドヴィはのだめと真一の関係など知らないだろうし、ホタル状態になっているということは、作曲に没頭していてネットも見てないのでは…?

ヤドヴィもまた音楽の申し子。のだめが音楽と生きていく決心をするとしたら、それは”近すぎない存在”ヤドヴィとの、理屈抜きの音楽体験がもたらしたりするのかなぁ-なんて思う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年5月26日 (火)

のだめカンタービレ Lesson130

”Les 4eme mouvement”
冒頭のコマに記されたこの表示を、我々読者はしかと受け止めなくてはならない。いよいよ、はっきりと終章の始まりが告げられたのだ-。

♪♪♪

失踪したのだめは、なぜかエジプト/カイロにいた。
そして行方の知れないのだめを巡って、各キャラクターたちの”立位置”が鮮明に明かされたのである。

オクレール師:
のだめの師匠として、全てをお見通し。のだめの才能の豊かさも、逆に決定的に欠けているものも…。のだめを「何があっても、音楽と共に生きる覚悟を決めた」本当のピアニストに育てるために、鋭く深い洞察のうえで、周到に準備を進めてきていたのである。だから、それをブチ壊しにしたシュトレーゼマンを冷ややかに、しかし激しく罵倒する。

シュトレーゼマン:
のだめのことは心から可愛い、大好き。でも、のだめをデビューさせたのは純粋に”音楽的興味”から。あげく、のだめの才能を引き出し、その音楽のエネルギーを自身も吸い取って、”ひとりツヤツヤ”している悪魔!(でも、私しゃそんなシュトレーゼマンが嫌いじゃないけど。)
最後は、年下のオクレールに自分はどうすればいいか相談(!)し、「あなたはなにもしなくていい。最後はのだめが自分で決めること。私は待つだけだ。」と言い放たれ諭されて、全く顔色なし。^^)

真一:
何ら結論が出たわけでもないのに、喪失感で落ち込んでいる。そこまでのだめに…?あの”オレ様”が…?と思わされるほど、なかなかにいじらしい。
興味本意の詮索家ジャンと、「まあそんな経験もいいんじゃない?」的にニヤニヤ見守るヴィエラ先生は、”死んでる”真一にやる方なし。
そこに、あの男がやってきた!
…ココで来るか、千秋雅之!!
(ふらっとヴィエラを食事に誘いにやってきた)この劇薬間違いなしの人物が、オンナ(正確にはそれとその音楽とに、だが)に悩む真一に、光明をもたらすのだろうか?それとも、ますますのだめから離れたブラジルへ、このまま真一は成す術もなく行ってしまうのか…。

102s♪♪♪

のだめはというと、あれほどの演奏を示したにもかかわらず、それが全世界の人を感動させたことを実感したにもかかわらず、
「もういいでしょ 神さま…」
と完全に遁走モード。
オクレール師の洞察通り、覚悟が足りないのだ。
しかし、そこから逃げるということは”真一から離れる”ということになる。
(「今のままじゃ 千秋とは一緒にはいられないね」というシュトレーゼマンの言葉の呪縛から、ずっと逃れられないできたのだめだが、あの”暴走プロポーズ”は、それからついに逃げ出そうとしたのである。)

オクレール師の望む”真のピアニストとしての覚悟”は、”真一のことをあきらめない覚悟”と、実は全くの同値。いずれにしても、オクレール師の言う通り
「これが最後 あの子(のだめ)に 自分で 決めて もらいます」
ということなのだ。

♪♪♪

満たされた二人の時間を表す満月とは対照的な、三日月の浮かぶカイロの空の下…。
のだめの真一に対する、そして音楽に対する結論や如何に?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年4月10日 (金)

のだめカンタービレ Lesson129

のだめと真一は、のだめデビューの後、まだ会えないでいる。会えないどころか、話もできていない。のだめが電話に出ないのだ-。

真一の今。
のだめのプロポーズをスルー、結果的に放置してイタリアで音楽修行。それがのだめの”逃げ”であったにしろ、真っ直ぐに真一を見つめてのプロポーズをはぐらかしたままには違いない。そして突如シュトレーゼマンとの協演でデビューすることになったのだめを追っかけ(苦手の飛行機で)ロンドンへ飛び、衝撃の演奏と遇することに。しかし、のだめは「会いたくない、会えない」…。真一は引下らざるを得なかった。
出ないのだめに電話をしては悶々とする真一の姿は、実にらしくない。

のだめの今。
充分自らの音楽を高めながらも、焦って、行き詰って、暴走プロポーズ。真一にスルーされてシュトレーゼマンに対し感情爆発、誘われるまま魔法にかかったようにショパンに没頭して我を忘れた。
その結果は、全く予想もしなかった高次元の演奏体験と、自らに向けられた聴衆の熱狂という未知の世界…なのに魔法が解けると、また行き詰っていたあの自分だ。
そんな自分と、あの夢のような音楽体験とのミスマッチが怒濤のように押し寄せた?…。音楽はのだめを覚醒し輝かせたが、救いはしなかったということだろうか-。

思えば、今は二人がすれ違い、触れ合うこともできないのも必然なのか。
不憫な…。Large

♪♪♪

聴衆を魅了したのだめの快演は、その圧倒的な個性ゆえに評論家の評価を二分、そのことが音楽ファンの興味のヴォルテージをさらに上げる。
そんな中で、のだめとシュトレーゼマンの協演はテレビ放映され、その映像と演奏がネットにのって全世界を駆け巡った!
フランスの三善アパルトマン組+黒木くん、オクレール師&マジノ先生、東京の峰・清良・真澄そしてマキちゃん・レイナちゃん・ハリセンに谷岡先生、三善家の人々…のだめ縁のキャラクターたちも、PCの前でみな驚愕し或いはしたり顔で興奮に包まれる。(ただし、大川だけは…^^)

”抜け殻”状態に陥ったのだめ自身をよそに、彼女をめぐる世界は、文字通り一夜にして変貌したのだ!

♪♪♪

…しかし、我に帰ったのだめは真一からの電話に出ることもできず、「逃亡」してしまう。自らが成し遂げた演奏と、聴衆の興奮のプレッシャーに押し潰されたのか、力なく発した科白は
「弾けない… あんなのもう… 弾けないデス」
まさに巨神兵の如く、次の一撃(=演奏)を放つこともなく、のだめはこのまま崩れ落ちてしまうのか…。^^)

逃亡したのだめは、何処に?何処に向かおうとするのだろうか?
すれ違うのだめと真一を救うのは、いったい誰なのか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧