2012年1月30日 (月)

更新情報

  2012.1.30.   ストラットフォード組曲
            加筆・改訂しました。もっともっと演奏されて
             欲しい、再評価されて欲しいとの想いを込め
            て…。

    2011.11.27.  春になって、王たちが戦いに出るに及んで
            
【その他の所有音源】を追記しました

   2011.10.10.  ウェールズの歌 upしました
           本文のほかに、この曲に編まれたウェールズ
           民謡(原曲)の研究をしております。12pに亘る
           やや長大なものとなりましたので、別ファイル
           (part I・part II)としました。本文中からダウン
           ロードできますので、こちらもぜひご覧下さい。


    2011.8.21.  ブロックM
 【その他の所有音源】を追記しました


  2011.7.18.  ピアノ協奏曲 ト長調 M.ラヴェル
          【その他の所有音源】を追記しました


   2011.5.28.  
シンフォニックバンドのためのパッサカリア
          加筆・改訂しました

   2011.5.22.    
リートニア序曲 up しました

 2011. 3.26.   ナイルの守り 加筆・改訂しました

 2011. 3.26.  真っ直ぐな道を up しました

 2011. 3.20.  マナティー・リリック序曲 up しました

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2011年10月10日 (月)

ウェールズの歌

Wales_2Songs of Wales
Suite in Three Movements
A.O.デイヴィス
(Albert Oliver Davis
                 1920-2005)
I.  Hen Wlad fy Nhadau
     - Morfa Rhuddlan
II. Mentra Gwen
III.Hob y Derry Dando
     - Codiad yr Hedydd
     - Cwm Rhondda




他ジャンルと比較しても、吹奏楽曲に於いて世界各地、或いは自国に伝承された民謡・民族音楽を題材とした作品は非常に多い。しかも楽曲の一部に民謡を取り入れるにとどまらず、全面的にフィーチャーされているものが多いのもその特徴である。
これは、作曲にあたり音楽上の”新鮮な”興味を(古の自国文化も含めた)異文化たる民謡・民族音楽に求めていった結果だろう。歴史が浅く「現代音楽」の一形態でもある吹奏楽に於いて、これまでに存在する楽曲に対峙し得るそうした”新鮮な”興味(=オリジナリティ)を一から創作することはなかなかに難しいという現実があるからと推定されるのだ。更に
 ・グローバリゼーションと情報化の進展が”異文化”
  との接触やそれに対する興味の深化、そして”異
  文化”に関する資料の入手を容易にしていったこと
 ・吹奏楽には教育的見地に立った作品が求められる
    側面があり、その題材として世界各地の民謡・民族
    音楽、伝承された自国独自の音楽は格好のもので
    あったこと
 ・委嘱された際に作曲者が委嘱者の”ご当地”音楽を
    取り入れる傾向があること
などが、これを後押ししたとも云えよう。
「ウェールズの歌」はこうした数多い民謡・民族音楽を全面的にフィーチャーした吹奏楽作品の中でも、屈指の傑作に挙げられる。

♪♪♪

作者アルバート・オリヴァー・デイヴィスは米国オハイオ州クリーヴランドを拠点に活躍した作編曲家で、バンド教本の名作”First Division Band Method”編者の一人として知られる。「万霊節」(R.シュトラウス)をはじめとしたクラシックアレンジ、「ファンファーレとジュビリー」「パームハーバー・マーチ」などのオリジナル曲のほか、「エリザベス女王時代のキャロル」「スコットランド民謡組曲」「フランス民謡組曲」「ライン地方民謡の祭典」といった民族音楽を題材にした楽曲など、Eric Hanson(ペンネーム)名義で書かれたものも含め400曲を超える作品を遺した。
安定した手腕で定評のあるデイヴィスだが、「ウェールズの歌」はその代表作として愛されてきた作品であり、標題通り英国ウェールズの民謡・古謡を吹奏楽にアダプトしたものである。

♪♪♪

ウェールズイギリス=グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland : 略称 U.K. )の構成国の一つであり、グレートブリテン島の南西部を占める。(冒頭画像参照)本邦の四国より一回り大きなその面積(20,761km2)はイギリス全土の8.5%にあたり、また人口(2,921千人)はイギリス総人口の4.7%である。

  ※イングランド、スコットランド、北アイルランド、そしてウェールズの4ケ国。
        海外領土や、英国王室属領であるマン島・チャネル諸島は連合王国
        自体には含まれない。


Wales_map_2南をブリストル海峡、西・北部をアイリッシュ海に接し、温暖多湿な気候のウェールズは、カンブリア山脈を中心とした高地とムーア(背の低い草木の茂った水捌けの悪い荒地・沼沢地)とで国土の2/3を占めるが、南部の低地や主要河川沿いは肥沃な土地で、農耕が盛んである。

A1rmwales_landscape山地や渓谷、或いは海岸が織り成す自然、郷愁に満ちた農村風景、また13世紀を中心に多く建造された古城の佇まいなど、いずれも絵画のように美しいさまざまな景観に恵まれている。

Wales_5

※左上:カーディフ城  右上:ウェールズの美しい海岸
 左下:コンウィ川に架かる石橋  右下:スノードニア山


20万年以上前に原始人が生活していたことが判明しており、紀元前2000年までには現在のドイツから渡って来た青銅器文明を有する民族が定住するようになった。ビーカー族(小型の器=ビーカーを死者とともに埋葬した部族)や巨石文化を有した部族がその代表であり、ウェールズには多くその遺跡が見られる。

現在のウェールズへと繋がる著変は、紀元前300年頃に鉄器文明を擁してこの地を征したケルト人の登場である。1世紀から5世紀初までローマ人の侵略・属州支配を受けこそしたが、ローマ支配の崩壊後は他民族からの相次ぐ侵略から防衛するためにケルト人は団結し、幾つかの強い王国を分立させて外部勢力に対抗していた。
特にケルト王国とアングロ・サクソン領土(イングランド)側との対抗関係は続き、この状況を反映して8世紀にはアングロ・サクソン側のマーシャ王国が「オッファの防壁」を作り、ケルト王国との境界を定めている。この頃、英語の母体となったアングロ・サクソン側の言葉で同防壁の西側(ウェールズ側)の人々を指すようになった「外国人」という意の言葉-それこそが”Wales”なのである。その後もイングランドやヴァイキングからの侵略を受けたウェールズだが、懸命の抵抗と外交努力によってギリギリの自治を守り、独自の法律・言語・芸術を維持し続け、民族の個性を保っていったのだった。

しかしそのウェールズも遂に1280年代、イングランドを収めたノルマン人の王・エドワードI世の手中に落ちることとなる。

  ※エドワードI世がウェールズ併合後、世継を身籠った王妃をウェールズ領内
    のカーナヴォン城に連れて行き、そこでエドワードII世を出産させてこの王子
    に”プリンス・オブ・ウェールズ(Prince of Wales)”の称号を与えた(1301年)
    エピソードも有名。これはウェールズ人にエドワードII世を”ウェールズ生まれ
    の”支配者として受け入れさせ、反抗を抑えようと腐心したものである。
    以来、イングランド次期国王(=イギリス次期国王)がプリンス・オブ・ウェール
    ズとなる慣例は現在も続いている。


イングランドに併合された後のウェールズにとっては、ヘンリー・テューダーがイングランドの内戦たる薔薇戦争(1455-1485)で最終的に勝利し、テューダー朝の始祖=イングランド国王ヘンリーVII世として即位したのが大きな出来事だった。
ウェールズ王家を父方の祖先に持つヘンリーVII世は、ウェールズ人の軍隊を自軍に合流させることで相手側を打ち破り、薔薇戦争に勝利することができたわけで、王となってからもウェールズのことは忘れず、ウェールズの復権に意を尽くしていったのである。

  ※ウェールズはそれまでイングランドから圧迫され続け、特にこれに反発した
    「グリンドゥアー(Owain Glyndwr)の反逆」が鎮圧されて以降は、さまざまな
    厳しいウェールズ人の権利制限が行われていたのだが、ヘンリーVII世に
     よって政府内要職にウェールズ人が就くようになり、更に次王ヘンリーVIII世
        の時代には、権利制限の緩和が実施されるとともに、ウェールズは13州に
        再編され、イングランド議会へその各州から代表を送ることも認められたの
       であった。


以上のような歴史的経緯の中、イングランド-ひいては連合王国(U.K.)への併合がスコットランド・北アイルランドと比較して早かったにもかかわらず、ウェールズは”不屈の精神”によって独自の文化を守ってきたと評されている。

Welshnationalflagcymru現在でもウェールズ人はケルトの祖先に誇りを持っており、ケルトの祝祭は大勢の人手で賑わい、子供にはケルトの英雄に因んだ名がつけられることも多い。ケルト語から派生したウェールズ語を守り、前述のようにアングロ・サクソン側が「外国人=Wales」と呼んだのに対し、自国のことはCymru(カムリ)と称する。領内では道路標識もウェールズ語が併記されているのである。

  ※1967年からはウェールズ語の教育も再開され、公用語にも制定されて
   
現在に至る。現在も約20%の国民がウェールズ語も使うという。
        尚、連合王国旗(Union Flag)とは別にイギリス国王から認められたウェ
        ールズ国旗(上掲)には、赤い龍が描かれている。ブラスバンド/吹奏楽
    曲の傑作として名高いフィリップ・スパークの”The Year of the Dragon”
    のDragonとは、この赤い龍を指している。


そして、ウェールズが守り続けてきたケルトの流れをくむ文化の中でも特筆されるのが、まさに「音楽」。
Eisteddfod_2ウェールズではその年最高の吟唱詩人・音楽家・歌手を選ぶナショナル・アイステズボッド(National Eisteddfod)という音楽・詩・舞踊の祭典が毎年行われているが、そのパフォーマンスも全てウェールズ語で行われるという。(上画像参照)
この祭典は少なくとも12世紀以前に発祥した吟唱詩人コンテストを起源としている。その当時からウェールズで愛されてきた歴史的な楽器はハープであり、常に吟唱詩人とともにあったとのことである。

【参考・出典】

M_2「目で見る世界の国々47 ウェールズ」
メアリー・M・ロジャース 著 桂 文子 訳
(国土社 1997)

ウェールズが総攬できる1冊。まずはこれを読んで
おきたい。
ヴィジュアル的にも楽しめるようになっており、非常
に判り易い。



Photo_2「ウェールズ イギリスの中の”異国”を歩く」
田辺 雅文 著 旅名人編集室 編
(日経BP社 2005)

”大自然と住民が調和し、共存したウェールズの
魅力”(本文より)がいっぱいに詰まっている。
収録された景観はどれもどこか懐かしく、そして
実に美しいものばかりであり、ウェールズを訪れ
たくなること請け合い!


「図説 イギリスの歴史」 指 昭博 著 (河出書房新社 2002)
「図説 イギリスの王室」 石井 美樹子 著 (河出書房新社 2007)
「イギリスを知るための65章」 近藤 久雄・細川 祐子 著 (明石書店 2003)

♪♪♪

このように伝統ある豊かなウェールズの音楽を題材にして、楽曲にその美しく魅力あふれた旋律をいっぱいに詰め込んだ作者デイヴィスは
「ウェールズの丘、そして谷- 世界で最もメロディアスな民謡の多くが、そこから生まれた。豊かな歌唱の伝統に恵まれて、ウェールズの人々は卓越した歌唱法を身につけている。”ウェールズの歌”に登場する正格旋法による旋律は、最上の民謡から選りすぐったものである。」
とのコメントをスコアに寄せている。

  ※正格旋法
    初期の教会旋法による旋律は1オクターブ以内に収まるよう作られている
    が、その中で終止音から1オクターブ上の終止音までの音域を用いる旋法
    をいう。終止音の5度上を属音(ドミナント)としており、「変格旋法」と比較し
    高い音域で歌われるものである。

 

「ウェールズの歌」はデイヴィスが計6曲のウェールズ民謡を選びこれを3つの楽章にまとめたものであるが、まずもって選曲からして大成功している。デイヴィスのウェールズ音楽への愛着はとても強かったようで、この曲とは別に「ウェールズ民謡組曲」(Welsh Folk Suite)を編んでいるのだが、これと比較すると「ウェールズの歌」に収められた曲がまた一段上の魅力ある旋律を持つ、まさに選りすぐりのものであることがお判りいただけることだろう。

各ウェールズ民謡については、内容や背景・原曲の姿に迫るべく別ファイルに詳述したのでご覧いただきたいが、度重なる侵略からの防衛の歴史に曝されてきたことを反映してか、愛国の想いや郷土への愛着を歌うものが多い。神や王家への讃美も見られるが、これらも民族性を強く反映したものであるから、全編に亘りウェールズ人としてのアイデンティティを色濃く示すものばかりと云える。

  ※「ウェールズの歌」の原曲たち
     第1-2楽章登場曲 :
「6_songs_part1.doc」をダウンロード
    第3楽章登場曲 :
「6_songs_part2.doc」をダウンロード


それでは楽章を追って、楽曲の内容を見てみよう。

Ⅰ. ウェールズ国歌”我が父祖の地”-リズランの湿原
Iクラリネット低音域のふくよかな音色で歌い出すウェールズ国歌(Moderato =96)はこの楽曲のオープニングとして洵に相応しい。
(「ウェールズの歌」全体を通じて云えることだが)デイヴィスが素朴な原曲をより音楽的に純化し、魅力を高めているのは見逃せないところである。
木管から金管への遷移、チャイムを初めとした打楽器の効果的な使用により色彩を巧みに変化させ、またカノン風のモチーフの積上げなどを用い、穏やかにしかし確実に音楽を高揚させているのが見事。楽器用法としてはソロによるカウンターなどに見られるEuphonium(Baritone)の活躍が印象に残る。

47小節からテンポを速め(Andante =136)一層感傷的な「リズランの湿原」に入る。この歌い出しでもClarinetの美しい音色が生かされ、統一感も醸成されている。
I_andante第1楽章に現れる両曲ともが命を賭してウェールズを守らんとする愛国の決意を歌った曲であり、77-78小節あたりのクライマックスでは決然としてやや強ばった表情が求められて然るべきであろう。
曲は再び穏やかなウェールズ国歌が戻ってきて、鐘の響きとともに安寧を湛えつつ締めくくられる。

II.挑まれよ、グウェン
原曲には2種類の内容の異なる歌詞があり、軽妙なテンポで演奏されるヴァージョンもあるが、ここでは悠然として優しい音楽(Andantino =92)となっている。
Ii_2何といっても、6小節の前奏が素晴らしい!
小節内のcresc.・decresc.で印象的に歌うFlute+Oboeの清らかな音色に始まり、楽器が加わって表情を緩めながらスケールを大きくしていくさまは、デイヴィス渾身の出来映えと思う。すっかりその世界に惹きこまれてしまうのだ。

美しくどこか懐かしい旋律を、寄せては返す波のように抑揚と対比を見せながら、編み上げてゆく。デイヴィスからは「注意深く、オルガンの如きサウンドのクオリティを持って演奏してほしい。」との要求もあり、この楽章は敬虔なイメージのある音楽に成す必要があるだろう。
Ii_horns終盤のクライマックスで高らかに歌い上げフェルマータとなった後、遠く聴こえてくるClarinetの低音(52-53小節)がまた…何とノスタルジックなのだろう!
これにHorn、Fluteと応答し懐かしさがこだまして、最後はOboeソロが終う。

III.ホビ・デリ・ダンド-あげひばり-ロンザの谷
掉尾を飾るのは吹奏楽曲らしく”マーチ”。2/2拍子 Allegro Marcia、テンポ108の快活な終楽章だ。デイヴィスからは「一定のテンポで演奏してほしい。最後はラレンタンドしてもOKだけど、少しだけね。」との指示である。
Iii序奏に「ホビ・デリ・ダンド(Hob y Derry Dando)」、21小節目からの第1マーチに「あげひばり(Codiad yr Hedydd)」、39小節目からのTrioに「ロンザの谷(Cwm Rhondda)」を使用してマーチに仕上げるというアイディアと巧みさが凄い!まさにデイヴィスの優れた構成力・編曲手腕が発揮されている。
打楽器ソリに導かれて始まる序奏部の陽気さには、誰もが気分をぱあっと明るくするだろう。輪をかけて快活さを増した第1マーチでは木管楽器のオブリガートが印象に残る。続くTrioは素朴な旋律がTrombone(+ Baritone)によって朗々と奏でられる。
Iii_tromboneTrumpetのファンファーレ風のカウンターも加わり厚みの増したサウンドとなって終幕へ向かって行き、最後は大げさにクレシェンドする打楽器ソリで4/4拍子のコーダ(77小節)に突入、木管楽器の奏でる16ビートに乗り、エネルギッシュにして堂々たるエンディングを迎える。

♪♪♪

素材であるウェールズ民謡の原曲自体ももちろん素晴らしい。しかし重ねてになるが、その素材を料理してより音楽的に次元の高いものへと成しているデイヴィスの創意工夫と手腕には感心するほかない。センスの良さはもちろん、並々ならぬ熱意も感じられて已まないのだ。

結果として「ウェールズの歌」はとても音楽的で、多彩な表情を持つ名作となった。難易度は決して高くはないだろう。しかし、この曲を安易な演奏で片付けてほしくはない。コンクールで演奏される機会は少ないと思われるので、そこから離れて広く末永く、愛奏されてほしい作品である。

音源は多くない。私としてはやはり
Photo汐澤 安彦cond.
フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル

の演奏を推す。
この曲の持つ抽斗を的確に把握しており、現れる多彩な表情をそれぞれに相応しく表現している。音楽的興味を満たしてくれる好演である。

  【その他の所有音源】
    小澤 俊朗cond. 東京シンフォニック・ウインドオーケストラ
    木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ

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2011年5月22日 (日)

リートニア序曲

PhotoLeetonia Overture
ハロルド・L・ワルタース
(Harold Lawrence Walters 1918-1984)


今となってはまさに”レトロ”な用紙と印刷- 私と同世代かそれ以上の年代の吹奏楽経験者だと、そんなRubank社の(或いは日本版=共同音楽出版社の)譜面の数々にお世話になった方も多いと思う。

Walters_portrait_2「リートニア序曲」(1957年)の作曲者ハロルド・ワルタースはアメリカ海軍軍楽隊のテューバ奏者・アレンジャーを経て自立し、後にこのRubank社専属となった作編曲家で、送り出した楽曲は1,500曲にのぼるともいわれる。
その盟友ポール・ヨーダー(Paul van Buskirik Yodar 1908-1990)とともに1950-1970年代の吹奏楽レパートリーを支え、現在の吹奏楽隆盛の礎を築いた功労者の一人であり、その作品は本邦でも広く演奏された。
技術的には平易でかつ安定感のあるサウンドを持ち明快なその音楽は、常に教育的見地に立ったものと云えるが音楽の本質に適ったものばかりであり、聴いていてもとても愉しい。

  ※英語の発音としては”ハロルド・ウォルターズ”あたりが適当と思われるが、
    本稿では永く慣れ親しまれた”ワルタース”を採用している。本邦では”ワル
    ターズ””ワルター”といった表記も見られる。


Walters_5th_army_band「ジャマイカ民謡組曲」「日本民謡組曲」「マリアッチ」「西部の人々」「コパカバーナ」「ジャングルマジック」「フーテナニー」「インスタント・コンサート」…アメリカのみならず全世界の民謡やリズムが吹奏楽曲になっており、実にヴァラエティに富む。そこにはワルタース自身の幅広い音楽的興味とともに、おそらく”若い奏者たちをさまざまな地域のそれぞれ個性ある音楽に触れさせたい”という思いがあったに違いない。
(上画像:アメリカ第5陸軍バンドとレコーディング中のワルタース)

♪♪♪

「リートニア序曲」はワルタースの作品中、最もがっちりとした骨格と充実したバンド・サウンドを持つ楽曲で、彼の代表作の一つと云えるものである。
作曲の経緯等を詳しく示す資料は見当たらない。かつては「ギリシャ神話に由来するのではないか」との説もあったが、実際にはアメリカのオハイオ州コロンビアナ郡にあるリートニア村(標題に同じ Leetonia)と関係していると考えるのが自然である。おそらくワルタースはリートニア村自体、或いはこの村で活動するバンドから作曲委嘱を受けたのであろう。
北アメリカ”五大湖”の一つであるエリー湖に接し、北側にカナダを望むオハイオ州-その東北部に位置するリートニア村は、南北戦争直後の1869年に創設されている。史跡と自然に恵まれた、人口2,000人(2000年時点)ほどの村だそうである。

  ※リートニア村HPはこちら。尚”リートニア”とは、かつてかの地にあった製鉄・
       製炭会社の創業者の名に因んだものとのこと。


♪♪♪

スケールの大きなMaestosoの序奏(冒頭画像)に始まり、直ぐにAllegro con brioの主部- Euph.(+木管低音)とCornetが掛け合う真摯な表情の第一主題だ。
Photo_4これが2度繰返されると、長調に転じ快活で勇壮な低音群の主題に引き継がれ、前半のクライマックスとなる。
Photo_5そして続く中間部のWaltzがとても愛らしく、美しい!
WaltzClarinet低音の豊かな音色を巧みに活かしており、このことはClarinetが伴奏に回った途端に一層強く感じられる。
Waltz_2夢見るようなワルツが終わり再び険しい表情を挟むと、今度は憂いに満ちた旋律が木管楽器に現れ、Euph.(+ T.Sax, Fag.)の対旋律とともに存分に歌う。
この旋律が長調に転じ金管群によって高らかに奏され、遂に全曲のクライマックスへ。
Photo_6サウンドに濃厚さを増し、堂々たる足取りのコーダで曲を閉じる。

♪♪♪

形式・手法とも常套的な作品だが、優美だったり溌剌だったりと豊かな表情を持つ旋律を備えており、且つ確りとした聴かせどころを有した佳曲である。

音源は
Cd朝比奈 隆cond. 大阪市音楽団
をお奨めする。
明確な構成の、メリハリが効いた好演で各楽器の音色配置や場面場面の表情の変化なども丁寧に演奏されている。


   【その他の所有音源】
     山田 一雄cond. 東京吹奏楽団


♪♪♪

当時あれほど愛されたワルタースの作品だが、その数の多さとはうらはらに、録音は非常に少ない。その希少な録音の中で、代表的なものにも触れておこう。

Lpハロルド・ワルタース
& B. G. クックcond.
アメリカ第5陸軍バンド

本人の吹奏楽作編曲家生活25周年を記念した”ワルタース作品集(LP)”。
「マリアッチ」「日本民謡組曲」「ジャマイカ民謡組曲」「リングマスター・マーチ」の自作自演を含む、全11作品を収録。

Photo指揮者不詳
ザ・グレート・アメリカン・
メインストリート・バンド

”サーカス音楽の100年”と題されたこのアルバムには「コパカバーナ」を収録。これはサンバのリズムによる愉快な小品で、サーカスでのジャグリングを想起させる楽曲。
この他にもサーカス音楽を多数収録しているが、”サーカス音楽”もまた吹奏楽の一形態だったことを、改めて感じさせる一枚。

Photo_2成田 俊太郎cond.
航空自衛隊南西航空音楽隊

おそらくワルタース最大のヒット作である「インスタント・コンサート」を収録。本作はクラシックの名曲から民謡から、さまざまな30曲を3分間にとにかく詰め込んだもので、くるくると目まぐるしく曲が変わるそのさま=音楽的ユーモアには脱帽である。
   ※メドレー楽曲:「instant_concert_contents.jpg」をダウンロード

Photo_3山田 一雄cond. 東京吹奏楽団

過去LP3枚で発売されていた音源を復刻CD化!「西部の人々」「ジャマイカ民謡組曲」「リートニア序曲」「フーテナニー」の4曲を1度に聴くことができる。

♪♪♪

あの頃吹奏楽部の部室に備えてあったワルタースの作品は、ヨーダーの作品(例えば”Dry Bones”とか)や兼田 敏によるYBSブラウン/グリーンシリーズ(”ピクニック””草競馬”など)と並んで、まさに奏者たちが演奏を楽しむためのものだったと思う。
もちろん行事で用いたり、曲によってはコンクールで演奏されるものもあったのだが、それ以上に奏者自身が”棚から一掴み”的に、「今日は、これ演ってみっかー!」というノリで取組む位置付けの楽曲でもあったと思うのだ。

-あれは、ある意味で最も音楽的な活動だったのかもしれない。

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2011年4月16日 (土)

SHURE SE535 V-J (2011.4.16.)

P4160004買ってしまいました!


私の酷使に耐えてきた同じSHUREのSCL4が遂にヘタってきましたので(ケーブルのドライバユニットの接続部がボロボロに…。)思い切って評判高き高級機種・SE535を購入したのです!

  ※ SHURE社 HP

結構高いので、夏のボーナス払いです。
しかし、それだけの価値はあります!

P4160008透明感のあるクリアな音、低音から高音まで滑らかにつながる感じはSHUREがまた進化したことを感じさせますね。
-大満足☆

時間的制約・住環境的制約から、音楽鑑賞においてiPodとイヤホンへの依存度が極めて高い私にとっては、やらねばならない設備投資なのでした。

「音源堂」の”商売道具”ですからね♪

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2011年3月26日 (土)

真っ直ぐな道を

PhotoIn Rechet Baan !
J.ヴィッヒェルス
(Johan Wichers 1887-1956)


高まり続けるワクワク感…。それとはうらはらに、客席のライトが落ちたと思ったら、あっけないほど直ぐに緞帳は上がってしまう。そして、眩いステージの光景が目に入るや否や、輝かしいマーチが始まった!
するとさっきまでの”ワクワク”が”ウキウキ”に切り替わり、私はあっという間に音楽に吸い込まれていく-。

生まれて初めて聴く「コンサート」。小学生まで音楽に興味がなく、中学校に上がってから吹奏楽部のTromboneで音楽教育を受けた私にとってのそれは、やはり吹奏楽だった。1977年冬、兄の在籍する大学バンドの定期演奏会を福岡まで聴きに来ていた中学1年生の私である。
そしてその記念すべき第1曲こそが、行進曲「真っ直ぐな道を」であった。

♪♪♪

Wichersヨハン・ヴィッヒェルス※1は”オランダのマーチ王”と称される作曲家。ドイツに生まれ、ドイツ軍楽隊の在籍経験もあるヴィッヒェルスは、第一次世界大戦後にオランダに移住し、そこから作曲家としての活動を本格化させたのだという。最初のマーチを作曲したのは1928年=41歳の時であり、以来生涯で69曲に及ぶマーチを遺している。
代表作として「メディチ」(Mars der Medici : 医師の行進曲)「ご無事で!」(Gluck Auf !)などが知られるが、”癒し系マーチ”とも評される※2その作風は、純朴さや豊かなスケール感のある悠々としたもので、独特の個性を持っている。

  ※1 Wichersの日本語表記は定まっていない。「ウィヒェルス」「ウィッヘルス」
     の他、「ウィチャーズ」との英語的発音表記もあるが、オランダで実際には
     どのように発音されているかが不明なのである。(蘭日辞典から推定すれ
     ば「ヴィクサーズ」もあり得るか。)本稿では「MBレコード」の渡辺オーナー
     が使用されている「ヴィッヒェルス」を採った。
     また”In Rechet Baan !”の標題邦訳もまちまちで、「まっすぐに」「真っ直ぐ
     な道」」「真っ直ぐな道」などがあり、このことは音源検索などの足枷と
     もなっている。

  ※2 参考・出典サイト :
「JO-JO マーチの夢。」
     本邦で唯一ヴィッヒェルスについて詳しい記述のあるサイト。スーザ、ブラン
     ケンブルクについても詳述があるが、それに止まらず”マーチ”とその魅力
     について幅広く触れられている。管理人さんのマーチに対する熱い、或いは
     暖かい想いがいっぱいに詰まったHPである。


♪♪♪

この「真っ直ぐな道を」も、ヴィッヒェルスの傑作である。
堂々としたサウンドと上向型の楽句が、実にポジティヴな印象の序奏。(冒頭画像参照)続く第1マーチからして悠然としてスケール豊かな音楽で始まる。
Photo_2これを受け金管中低音が奏する第2マーチも実に野太く、スケールが大きい!
Photo_3それでいて、どこか愛らしさにも包まれているのが、ヴィッヒェルスの素晴らしい個性であろう。
トリオではEuphonium(+Cl.)に旋律が移り、また悠々と進んでいくが、木管の応答による可愛らしいオブリガートも見逃せない。
Photo_4それが小気味良く高揚して、3連符が特徴的なクライマックスのフレーズが高らかに奏される。
Photo_53連符によって高まったダイナミクスとテンションが、次の瞬間にはふわっと緩んでより幅広い音楽となるさまに、すっかり魅了されてしまう。
最後は旋律にファンファーレ風のカウンターが応酬する終結部となり、あくまで悠々たる音楽のまま曲は閉じる。

♪♪♪

生まれて初めて行ったコンサートで聴いて以来、その演奏のライヴ録音はあったものの、永らくそれ以外で「真っ直ぐな道を」を耳にすることができなかった。音源を求めて探し続けたがどうしても見つけられず、私は遂に「MBレコード」の門を叩く。

この”軍楽隊音源の楽園”にて、渡辺オーナーに「実際、曲名をどう発音すればいいのかも判らないんですが、大好きな曲で…。”いん・りひと・ばーん”(?)というマーチの録音を探しているんです。」とお尋ねしたところ、何と即座に「ああ、ありますよ。」とのご返事!
「最近、CD化もされたんですよ。この曲でしょう?同内容でLP版もあります。私はLPの音の方が好きでしてね、LPを聴ける環境をお持ちでしたらLPの方をお奨めしますが…。」
と丁寧にご説明いただいた。渡辺オーナーの仰ることはよく判り、後ろ髪を引かれる思いもあったが、直ぐにでも聴きたいので…と私はCDを選択したのだった。

-こうして大好きなこのマーチと再会できたのが2003年頃だったと思う。実に四半世紀ぶりであったが、これもひたすら渡辺オーナーのおかげであり、改めて心から感謝申し上げたい。

そのCDが、こちら。
Cd001アン・ポスチューマスcond.
オランダ陸軍軍楽隊

マーチ12曲を収録したヨハン・ヴィッヒェルス作品集。充実したサウンドで、悠々たるヴィッヒェルスの世界を堪能させてくれる。
尚、兄の大学バンドはこの録音より早めのテンポで演奏していたが、それはそれで溌剌として良かったなぁ…と思う。このマーチは懐の深い楽曲なのである。

  【その他の所有音源】
    山田 哲朗cond. 海上自衛隊東京音楽隊 (表記題名:「まっすぐに」)

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2011年3月20日 (日)

マナティー・リリック序曲

PhotoManatee Lyric Overture
R.シェルドン (Robert Sheldon 1954- )


瑞々しく、爽やかな印象の素敵な序曲である。要求する演奏技術のレベルは抑えながらも、音楽としての魅力を充分に発散する重要なレパートリーだ。
Sheldon作曲者ロバート・シェルドンは米国フロリダ州を拠点に音楽教育に永年注力してきた人物だが、吹奏楽界に非常に多くの愛すべき楽曲を提供しており(作曲者HPの作品リストに所載のもののみでも160曲を超える)、その活躍は既に”全米”を超え国際的なものとなっている。
「フォール・リヴァー序曲」「ダンス・セレスティアーレ」「メトロプレックス」「ロングフォードの伝説」「飛行の幻想」などが代表作として挙げられるが、明快で演奏効果が高く(”演奏効果が高い”とは聴き手への訴求力が強く、キャッチーということである)、かつモダンな曲想を備えた作品ばかり-多作なのに”ハズレ”のないその手腕は刮目すべきものだ。

私もシェルドンの作品は大好き!接するたびに、演奏技術的にも音楽的にも”無理”がないことや、それでいて楽曲ごとにアイディア・創意工夫というものが確りと盛り込まれていることが感じられて、嬉しくなってしまう。

マナティー・リリック序曲はそんなシェルドンの名声を確立した作品で、フロリダ州マナティー郡のシヴィック・センターの落成を祝い、1985年に委嘱作曲されている。

  ※現在の正式名称は
Manatee Convention & Civic Center 。4,000席を
        擁する多目的アリーナとコンヴェンション・センターを持ち、地元バスケ
         ットチーム(Florida Stingers)、及びインドア・アメフトチーム
        (Florida Scorpions)の本拠地ともなっている。

マナティー郡のその名は、フロリダ州の河口から沿岸に分布するアメリカマナティー(人魚のモデルとも云われる海獣「マナティー」の中でも最大種のもの)に因んだものとのことだが、この曲自体は海獣の「マナティー」と直接関係なく、標題音楽としての意味はまずない。
それでも、まさに抒情的(リリック)でロマンティックな曲想から、この曲を聴いてフロリダの美しい自然、そしてそこで悠々と暮らすマナティーたちの姿を想起したとしても、決してまずくはないであろう。

♪♪♪

楽曲は、急-緩-急-コーダの典型的な序曲形式。
Con spirito(4/4拍子、=144-160)のビート感にあふれた快活な序奏に続き、Trumpet&Tromboneがユニゾンで主題を提示して開始する。(冒頭画像参照)華やかな音色でリズムを刻むXylophoneをはじめとした打楽器の活躍と、Horn(+T.Sax)の実に効果的なカウンターには、思わず胸が躍ってしまう。スピード感は維持しつつ、旋律は木管に受け継がれこの上なくしっとりと歌われる。
2シンコペーションがモダンな印象を与える金管群の鮮やかなファンファーレ風楽句でダイナミクスを拡大し、さらに視界が開けて爽快なサウンドが響きわたる。

Trumpet3本による印象的なハーモニーに導かれて安寧なブリッジ(Gently=72)となり、いよいよ中間部(3/4拍子、Moderato=92)に入り、Trumpetソロが現れる。…このソロが何ともいえず、いい!
Trp_soloこの中間部では、旋律の抒情性がファンタジックなサウンドに包まれて、ますます深められていくさまが堪能できる。そしてその抒情性は寄せては返す波の如く、音楽的に抑揚を付されて聴く者に迫ってくるのである。

チャイムが穏やかに打ち鳴らされ、ややテンポを上げた(Andante=120)ブリッジへ。音楽が徐々に徐々に遠くから近づいてきてスケールを拡大し、遂にはじけるその瞬間はまさに”スプラッシュ!”
瑞々しい曲想が戻ってくると、ほどなく金管群が朗々と中間部の旋律を呼び戻す(3/2拍子)。ここで快速部のリズムをスネアが刻み、ポリリズムとなっていることも見逃せない。
Photo_2これに続いて冒頭が再現され、最後は堂々とした足取りのコーダとなって低音部が朗々と旋律を奏で、曲を締めくくる。
Photo_3
まさに明快、爽快!聴後感の良さは申し分ない。

♪♪♪

私の所属した大学の吹奏楽団には全くの初心者も結構いた。2年後輩でTrumpetのI君もその一人である。中高生のクラブとは違い、毎日毎日練習する楽団でもなかったから、半ば強制的に上手になっていったり、吹奏楽にのめりこまされるわけではない。中学からTromboneを抱え馬鹿みたいに熱中してきた私には、大学から楽器を始める人の楽器や音楽に対する”感じ方”が実感できなかった。
だから、上達に苦労していたI君が「買っちゃいました~。」とBach(しかもSilver !)を持ってきた時には、率直にほぉーっと驚いたのである。同時に、彼の中で楽器そして我がバンドというものが、それなりの位置を占めていることが判って、同好の士として嬉しく思った。

そして彼らが幹部の年、OBとなって定期演奏会のリハーサル(当時は大阪勤務で、本番には来れなかったので…)を見に訪れた私は、とにかく感動した。
-I君が「マナティー・リリック序曲」のあのソロを、堂々と吹いていたのである!

休憩時間に入り、I君に「やったな、立派だぞ!」と声を掛けると、彼は満面に笑みを浮かべて「ありがとうございます、何とかソロをやれるまでになりました!続けてて良かったっす。」と語ってくれた。
(そもそも彼はとってもいいヤツで、童顔に浮かぶ笑顔が抜群に可愛い男だった。^^)
音域的にも無理のないこのソロは、大学初心者の彼にとって好適だったわけだが、彼の同期たちがこの曲を選び、彼にソロを吹かせようとした-その想いが即座に判って、私にも嬉しさがこみ上げてきた。それに応え準備をしてきたI君の姿も想像でき、それがまた良かった。

これぞ、アマチュアが音楽をやることの醍醐味だよなあ、と実に感慨深い。
I君にとっても「マナティー・リリック序曲」は、きっと一生の思い出の曲になってくれたと思うのである。

♪♪♪

音源は以下をお奨めする。
Cd_007汐澤 安彦cond.
東京アカデミック・ウインドオーケストラ

終始よくまとまったサウンドで演奏され、フレーズのつながりも音楽的。スネアにもう少し明晰さがほしかったが…。(録音のせいだろうか?)

Cd_008フレデリック・フェネルcond.
東京佼成ウインドオーケストラ

場面ごとのコントラストが鮮やかで、切り替えも早い。生気にあふれた演奏である。フェネルの優れた演出はこうした小品でも見事に活きている。

  【その他の所有音源】
    汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
    エドワード・ピーターセンcond. ワシントン・ウインズ
    木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ

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2011年3月 6日 (日)

アルメニアン・ダンス パート II

PhotoArmenian Dances Part II
A.リード (Alfred Reed 1921-2005)
I. Hov Arek (The Peasant's Plea)
II. Khoomar (Wedding Dance)
III. Lorva Horovel (Songs from Lori)

「アルメニア舞曲 -アルメニア民謡による吹奏楽のための組曲」
の第2-4楽章として1975年に作曲された。先行して作曲された第1楽章「アルメニアン・ダンス パートI 」(1972年)と併せ、アルフレッド・リードの代表作として、その内容が高く評価されているとともに、人気も絶大である。まさに吹奏楽オリジナル曲を代表する作品と云えよう。

「パートII 」が広く本邦に紹介されたのは1979年。既に「パートI 」が絶大なる支持を集めていたため、「パートII 」の登場は今か今かと待望されていた。ところが最初に音源を提供したCBSソニーは、終楽章「ロリからの歌」のみを収録するという残念な対応(「コンクール自由曲集」というコンセプトに徹したのだろうが…。)をとったため、早く全楽章を聴きたいというファンの想いは一層強まるばかりであった。
Lp_2ただ、その全貌を明らかにしてくれたのもまたCBSソニーだった。パートI・II 全曲が収録された「武蔵野音楽大学ウインドアンサンブル'79」のリリースである。演奏もなかなかに素晴らしいこの名盤が、大喝采を浴びたことは云うまでもない。
そして、この演奏を飽きることなく聴き続けた私の中には、
「いつの日か、アルメニアン・ダンスを全曲演奏するぞ!」
という想いがずんずん募っていったのであった-。

♪♪♪

リードはこの「アルメニア舞曲」を作曲するにあたり、ゴミダス・ヴァタベッド(Gomidas Vartabed 1869-1935)が蒐集・作曲したアルメニア民謡をもとにしたわけだが、ゴミダスとその生涯はアルメニア音楽のみならず、アルメニアの歴史における重大な側面とも関わりが深いものであり、知りおくべきものと思う。

    ※アルメニア語はアルメニア国内でもその東西で発音が異なるため、
     
これを反映し英語圏ではKomitas Vardapet(コミタス・ヴァルダペット)
     と表記されることも多い。私は「アルメニア舞曲」のプログラム・ノート
     の表記に合わせることとし、Gomidas Vartabed(ゴミダス・ヴァタベッド)
     を採用している。このプログラム・ノートはアルメニア出身の女流音楽
     家、ヴァイオレット・ヴァグラミアンが執筆したものである。


Komitasオスマン帝国統治下のアナトリア(現トルコ領)のアルメニア人家庭に生まれたゴミダスは、本名をソゴモン・ソゴモニアン(Soghomon Gevorki Soghomonyan) という。
不幸にも幼くして孤児となったのだが、その音楽的才能と美しい歌声は早くから認められ、アルメニア正教の聖地エチミジアンの神学校に入って音楽を学んだ。
「ゴミダス」の名は音楽家でもあった7世紀のカトリコス(アルメニア正教の大主教)の名に因んで名乗るようになったものである。ゴミダスは神学を修め、修道僧となってからも音楽の研鑽を続け、遂にはベルリンに3年間留学して音楽学の博士号を取得している。

孤児という境遇ゆえか、父母の祖国であるアルメニアの教会と文化とに一心に帰依することとなったゴミダス。そのアルメニアに対する想いは尋常でなかったという。
トルコ語圏に生まれたことによる言葉のハンディを撥ね返し、アルメニア独自の記譜法や、アルメニアの宗教音楽・民謡の旋律構造を研究して論文を著し、また講義を行うなど精力的に活動していく。アルメニア民謡の蒐集は4,000曲以上にのぼったが、その中には未知、或いは忘れ去られた何世紀も前の古い旋律をも数多く保存しており、ゴミダスの最大の遺産であると評価されている。

こうした研究をバックボーンに自らも作曲を行い、一定の評価を得ていたゴミダスだが、アルメニア教会内での保守派からの風当たりも強く、実際の音楽活動はアルメニア人の多いグルジアのティフリスや、オスマン帝国のコンスタンティノープルといった国外で行っていたという。
そんな彼とアルメニアを、1915年に身の毛もよだつ悲劇が襲うこととなる。-オスマン帝国によるアルメニア人迫害である…!

コンスタンティノープルに居たゴミダスは、オスマン帝国によって他のアルメニア知識人とともに、アナトリア東部のチャンキリへ強制移送され迫害を受けることとなった。(このときゴミダスとともに強制移送されたアルメニア人291人のうち、生き残ったのは40人だけだそうだ。)
ゴミダスは奇跡的に生き残ることができたのだが、迫害の記憶によるPTSDに起因した精神変調を引き起こし、音楽活動はできなくなっていったという。そしてコンスタンティノープルで精神科に入院するも病状は回復することなく、最後は失意のまま転院先のパリで没してしまう。
苦しみぬいたゴミダスの姿は、アルメニアが受けた悲劇の象徴とされているのである。

  ※オスマン帝国によるアルメニア人迫害
    アルメニアのみならず、トルコサイドを除く国際社会からは「アルメニア
       大虐殺」
と謂われ、激しく非難されているアルメニアの国家的悲劇。

         ゴミダスが直面した事件に先立つ19世紀末には、オスマン帝国のスル
         タン/ハミトII世によるアルメニア人殺戮事件も発生している。これは
         「エルサレムのキリスト教徒を保護する」ことを口実とした列強(ロシア・
         フランス・イギリス)によるオスマン帝国への干渉が、オスマン帝国内
         土着のキリスト教徒とイスラム教徒との軋轢を激しくしており、これが
         その背景だった。スルタンは列強の圧力の前に「改革」を約しながら、
         実際にはアルメニア民族の一掃を目論んでいたとされる。

         洵におぞましくも、このオスマン帝国による迫害・殺戮はさらに「本格化」
         してしまう!
         1915年4月に惹起した在コンスタンティノープルのアルメニア知識人・指
         導者の”強制移送”に始まり、最終的に多くの人命(のべ150万人とも)
         を奪ったこの迫害は、アルメニア民族の殲滅を企図したものと云われ、
         1923年まで続いた。
         この惨劇は現在でもアルメニアと(オスマン帝国の後継国家である)
         トルコ両国の関係において大きく深い断崖となっているとともに、トルコ
         による「アルメニア大虐殺の承認」(トルコは「虐殺」を否定)は大きな
         国際問題となっているのである。

         これ以外にも、少数民族国家アルメニアは多くの苦難に苛まれてきた。
       「アルメニアの歴史は(中略)建国と大国による亡国のくり返しで
       あり、これでは民族意識の維持のため他国への同化拒否も無理
       ないと思い知らされた。」

          (大島 直政/トルコ文化研究家)
         -アルメニアの音楽に触れる以上、上記に総括されるアルメニアの深い
         悲しみについても、思いを巡らすべきものと思う。


【参考・出典】

51wklkarqpl__ss500_「アルメニアを知るための65章」
中島 偉晴、メラニア・バグダサリヤン 編著
(明石書店)

アルメニアの歴史・自然・文化を総覧できる良著。
リードの「アルメニア舞曲」は本書でもアルメニア音楽を身近に聴くことのできる代表的な楽曲として紹介・言及されている。




Photo「悲劇のアルメニア」
藤野 幸雄 著 (新潮選書)

アルメニアの悲劇的歴史を丹念に辿り、アルメニアが確固たるアイデンティティを持つに至った経緯を、その側面から明らかにしている。
「歴史につねに裏切られてきたアルメニア人は、自分がどうしてアルメニア人として生まれてきたのかの問題を考えつづけてきたに違いない。」
(著者”まえがき”より)



Archelogy_of_madness「悲劇のアルメニア人音楽家、コミタス」
ものろぎや・そりえてる (Weblog)
ゴミダス関連の重要著作 ”Archlogy of Madness : Komitas, Portrait of an Armenian Icon" (Rita Soulahian Kuyumjian) の優れた読後評。同書に基く史実を端的に知ることができる。相応数の資料にあたってみた結果、ゴミダスの生涯については資料ごとに微妙な内容の違いがあったが、こちらに所載の内容が最も適切と判断し、本稿ではこれに拠り記述した。


♪♪♪

ゴミダスの最期はかくも悲劇的なものであったが、彼が愛し、採譜・純化・研究したアルメニア民謡及び自作の歌は確りと遺され、永遠のものとなった。そうした彼の蒐集は、彼自身の肉声録音(”Voice of Komitas”)を含め多くの音源で聴くことができる。
「アルメニア舞曲」の鑑賞・演奏にあたっては、ぜひこの”原型”たる民謡たちも聴いてみていただきたいものだ。

41zownfcanl__sl500_aa280_Hommage à Komitas
Hasmik Papian(Sop.)
& Vardan Mamikonian(pf.)
[収録曲]
パートI:「あんずの木」「山うずらの歌」
           「アラギャズ」

Chilingirian_quartet002Komitas-Aslamazian
Chilingirian Quartet(弦楽四重奏)
[収録曲]
パート I:「あんずの木」「山うずらの歌」
            「ホイ、私のナザン」
パートII:「クーマル(結婚の舞曲)」

Komitas__armenian_songs_dances_1Komitas: Armenian Songs & Dances

Armand Arapian(Bar.)
& Vincent Leterme(pf.)
[収録曲]
パート I:「ホイ、私のナザン」
パートII:「農民の訴え」

Komitas_1Komitas

Merlin Virtuosi(弦楽四重奏)
[収録曲]
パート I:「ホイ、私のナザン」



Music_of_komitas_vartabed_1Music of Komitas Vartabed

Yerevan Chamber Choir(混声合唱)
[収録曲]
パートII:「ロリからの歌」



Voice_of_komitasVoice of Komitas

Komitas Vardapet
(ゴミダス本人の肉声)
[収録曲]
パート I:「アラギャズ」「ゆけ、ゆけ」
パートII:「農民の訴え」


【参考・出典】
「アルメニアンダンス」
The Musicmakers' Paradise
 (村上 泰裕氏HP)
「アルフレッド・リードの世界」(佼成出版社)の著者である村上氏のサイト。この「アルメニアンダンス」の項も大変示唆に富み、参考になる。常に事実を積み上げていく村上氏のスタンスは真摯で、内容には説得力があり、信頼に値する。

♪♪♪

それでは”パートII”についても、フルスコアに寄せられたヴァイオレット・ヴァグラミアンによる解説(「 」)を引きながら、楽曲の詳細を見ていこう。

 ※尚、「アルメニア舞曲」のスコアにも、リードのオーケストレーションの基本要素と
    いうべき考えが述べられているので、押さえておきたい。
       リードは金管楽器を”ブリリアント”(Brilliant=Trumpet, Trombone)、”メロウ”
      (Mellow=Cornet, Euphonium, Tuba)、”ホルン”(Horn)の3群に大別し、夫々が
      対比的に音色を発揮するよう求めている。特に最高音部を担当するTrumpetと
      Cornetの明確な区別にはこだわりがあり、かつバランスについてはTrumpetが
       3パート×2名=6名、Cornetが2パート×1名=2名とすべきと明記している。
      Cornetは抒情的で他とブレンドしやすい楽器との認識の下、主として木管や
      Hornとともに用いようというものだ。この音色の対比やブレンドという考え方は、
      私自身も非常に共感できる。
      リードの楽曲は大半がこのコンセプトでスコアリングされているので、その演奏に
      あたっては(制約があって実現不能な場合もあろうが)、このことを念頭に置く
      必要があるだろう。


I.農民の訴え Hov Arek (The Peasant's Plea)
「ホヴ・アレク(=”風よ、吹け”)は抒情的な歌であり、一人の若者が「山々よ、風を送り給え、そして我が苦悩を取り払い給え。」と懇願するものである。幅広い表情を備えたその繊細なメロディーラインは、深い感動をもたらしてくれる。」

Harp、Vibraphone、Glockenspielを伴った幻想的なサウンドの序奏に始まる。これに続いて哀愁に満ちた、実に美しい旋律をコールアングレが歌いだす。
Photo_9これを包み込むのが木管主体のアンサンブルなのだが、その透明感がまた美しい!透明で幻想的なサウンドはそのままに歌は高揚していき、遂に大らかな風が吹き渡るイメージのあるクライマックスとなる。ここで旋律にこだまするHorn(+T.Sax.)には、その切なさに胸がきゅーっと締めつけられてしまう。
Horn楽曲は抒情を湛えながら来た道を戻るように前の楽句を辿っていくが、伴奏に微妙な変化がつけられ、違ったニュアンスに示しているのが素晴らしい。
最後は再びコールアングレのソロで歌を終い、序奏部が再現されてその幻想的な響きが、遠く遠く消えていく。

II.結婚の舞曲 Khoomar (Wedding Dance)
「クーマル(=アルメニア女性の名前)はゴミダスが混声合唱つきのソプラノ独唱に編曲した歌で、活気に満ち、そしてうきうきとした気分の舞曲である。二人の若い恋人たちが出会い、そして結婚する-そんな喜ばしいアルメニアの農村風景を描写するもので、生命感あふれるリズム・パターンが特徴的である。」

Photo_4この歌は他で聴くことのできない個性を持っており、特に魅力的だと思う。楽しげなのだが単に浮ついた楽しさではなく、とてもしっとりとして謹厳な佇まいがある。神妙な表情をしながらも、やはり喜びは隠し切れない-まさにそうした奥ゆかしく微笑ましい雰囲気を感じさせるではないか。リードは木管楽器の音色を活かしてその魅力をさらに増幅させている。
リードはさらに、”華燭の典”の輝きをダイナミックに聴かせるクライマックスや、
Photo_5切なさも感じさせる短調の部分を挟むことで、楽曲の奥行きを拡げた。それでいて前述の楽曲が根源的に持っている魅力は、一切損なっていないのである。楽曲を”昇華”させたリードの手腕は実に見事!と云うほかない。

III.ロリからの歌 Lorva Horovel (Songs from Lori)
「ゴミダスが広汎な調査を施したこのロルヴァ・ホロヴェル(=ロリ地方の農耕歌)は複雑かつ即興的な旋律を持っており、そのリズム・旋律の両面において豊かな構成の中には、キリスト教が誕生する以前の時代に遡る要素も現れている。
歌の内容は作業に従事する農夫の肉体と精神とに関するものであり、それは牛たちにかける声や耕す際に発する叫びなど、彼らの労働から直接生じたものである。流れるような旋律とともに、この美しい歌の持つリズムや音程の構造によって、そうした労働の情景のイメージを持った音楽が響き渡るのだ。」

Photo_10序奏を持った急-緩-急の形式に成り、「アルメニア舞曲」全曲を通じて最も強烈な印象を持つ終楽章。オーケストレーションも凝っていて、その分パート間のバランスは難しい。尚、「ロリ」は同名の山脈があるアルメニア北部の地方である。
(上画像:ロリ地方の風景)

5/8拍子(♪=104)、サスペンションシンバルの一撃と喨々たるTrp.&Cor.のD♭音で開始、これを木管群の強奏が受けて高揚し(冒頭画像参照)、遂にはドラとともにぶつかりあう低音がごーっと轟きわたる- 緊迫の序奏である。
一層スケールを拡大してこれが繰返されたのち、荘厳な歌が朗々と奏されていくが、ここではClarinetの黒々とした音色が大変印象的だ。
快速な主部(2/4拍子 Presto)に入っても緊迫は一切緩まず、今度は鮮烈で野性味のある音楽となる。
Presto非常に幅広いダイナミクスの変化の中で疾駆する曲想は、文字通り”血沸き肉踊る”ものである。
これが鎮まってテンポを落とし、玲瓏なFluteの音色に始まる中間部(5/8拍子 Molto meno mosso)。
Fluteさらに哀調を帯びた旋律が現れ、緩やかなビートを内包して揺蕩う夢幻的な舞曲が続く。再び清々しいFluteの音色が戻ってきて中間部を終い、唸り声の応酬のようなブリッジを挟むと、主部の再現となる。
ここからはエキサイティングな音楽が、テンションを上げ続けつつ突き進む。その頂点を示すTromboneの咆哮はまさに聴きものだ。
T終幕の予感をドラマティックに強めてコーダに突入し捲りに捲った末、ビートを消した金管群の吹き延ばし(+Saxのトリル)に続いて、全合奏による鮮烈なエンディングが響きわたる- Bravo !

♪♪♪

音源は以下をお奨めしたい。

Cd1アルフレッド・リードcond.
東京佼成ウインドオーケストラ

パートI同様、パートIIにおいてもまず押さえておくべきスタンダードであることは間違いない。「ロリからの歌」においても、各パート間のバランスが良く、楽曲の構造が存分に発揮されているのは、やはり作曲者自作自演ならではと云えようか。

Cd2アントニン・キューネルcond.
武蔵野音大ウインドアンサンブル

前述の通り、本邦に於いて「アルメニア舞曲」の全貌を明らかにした録音。”歌”に淡白な印象を受ける部分もあるが、この楽曲のそれぞれの楽章が持つ雰囲気は確りと把握されており、伝わってくる。コントラストにも優れた好演。

  【その他の所有音源】
   フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ[1986]
   フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ[1996]
   アルフレッド・リードcond. 洗足学園大学シンフォニックウインドオーケストラ
       加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ
   佐渡 裕cond. シエナウインドオーケストラ(Live)
   アルフレッド・リードcond. ウインドカンパニー管楽オーケストラ(Live)
   汐澤 安彦cond. フィルハーモニア・ウインドアンサンブル(「ロリからの歌」のみ)


♪♪♪

3年=幹部の年、所属する大学の吹奏楽団で学生指揮者を務め、選曲の責任者でもあった私は、満を持して「アルメニア舞曲」(全曲)を定期演奏会のメインプログラムに据えた。私自身が渇望していたこの大好きな楽曲の演奏に、遂に全力で取り組むことができるのだ。
新しい常任指揮者を迎え、また名手の1年生が加入してくれたこともあって春のコンサートでも手応えのある演奏ができていた。定期演奏会ではその延長線上で楽団として更にレベルアップした演奏ができるはず!と意気込んで、選曲そして練習に臨んだのである。

所謂コンクール自由曲としての関わりではないが、それゆえに全曲ノーカットで演奏できる悦びがあった。ダブルリードのパートを欠いたバンドであったが、いつも居る仲間と”自分たちの「アルメニア舞曲」”を創り上げたくて、エキストラは招かずソプラノ&アルトサックスとバスクラリネットへパートを移し、練習を重ねていく。
常任指揮者との相性も良かった「アルメニア舞曲」は、練習の段階から我々にメイン曲に相応しい歯応え、音楽的興味を追求していく楽しさ、そして何より楽曲の持つ魅力による、音楽的満足を存分に与えてくれたのだ。

しかし、迎えた本番のステージは-。
結果として、バンドのレベルと人員からすればプログラミングが無謀すぎた。3部構成の3部に「アルメニア舞曲」を配したのだが、そこまでの負担が重すぎて”パートII”に入ったあたりから、奏者のスタミナが耐えられなくなる。アクシデントも少なからずあり、演奏はこれまで重ねた練習を確りと発揮したものとはならなかったのだ。
惚れ込んでいた「アルメニア舞曲」の出来に大きな不満が残ったことは、まだ”コドモ”だった私にはショックであり、大きな悔いとなった。選曲・演奏の責任者である学生指揮者としても大失敗だ -そうした自責の念もあって、私は演奏会が終わって打上げ会場に向かう段階で既にふさぎこんでしまう。

…今思えば、何という馬鹿だったのだろう。
学生指揮者としてあの時まず果たすべきことは、もちろん自責などではなかった。自分の熱意につきあい、ついてきてくれて、共に練習を重ねてきたメンバーたちへの感謝と労いを心から示すこと、そして夫々に想いを込めた準備を経て「本番」を共有できたことを喜びあうこと-。
それしかなかったはずではないか!

♪♪♪

あの演奏会が終わり、何ヶ月か経った頃だっただろうか。同期メンバーが集まり我々の演奏した「アルメニア舞曲」の録音を聴いていると、誰かが呟いた。
「まあ、(演奏の)出来は良くないけど、俺たちがやろうとしてたことは判るじゃん。」
全くその通りだ。あの時あの瞬間に「”我々の”アルメニア舞曲」は確かに存在した。努力は未だ不充分だったかもしれないが、我々の想いと重ねてきた練習、個性がこもった演奏がそこにあった。そのことを、率直に喜ぶことも大切だったのだ。それに気付き、私はまた別の意味で苦い思いを重ねることとなってしまった…。

この想い出は、「アルメニア舞曲」がくれたあの輝きに満ちた音楽の悦びと表裏一体になって、今も私の心に深く刻まれている。

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2011年2月11日 (金)

アルメニアン・ダンス パート I

I_001Armenian Dances Part I
A.リード (Alfred Reed 1921-2005)

Tzirani Tzar (The Apricot Tree) -
Gakavi Yerk (Partridge's Song) -
Hoy, Nazan Eem (Hoy, My Nazan) -
Alagyaz (Alagyaz) - Gna, Gna (Go, Go)


Alfred_reed_2吹奏楽界の巨星、アルフレッド・リード畢生の名作「アルメニア舞曲」の第1楽章として、1972年に作曲された。続いて「パート II」が1975年に作曲され、1976年には全4楽章から成る「アルメニア舞曲」として全曲初演されている。
リード自身は当初より4曲から成る”アルメニア民謡による吹奏楽のための組曲”を想定して作曲しており、”パート I”と”パート II”とに分かれているのは、単に出版社が異なったという事情による。

Lpアルメニアン・ダンス パート I はCBSソニーが毎春発売していた「コンクール自由曲集」1976年盤(左画像)に収録され、広く本邦にも知られるようになった。同年早くも全日本吹奏楽コンクール大学の部で2団体が演奏したのを皮切りに、野庭高(1983年)・淀川工(1986年)をはじめコンクールでの名演も多数。日本人に愛されている吹奏楽曲の筆頭に挙げられる傑作だ。

♪♪♪

Harrybegianリードに「アルメニア舞曲」の作曲を委嘱したのは、イリノイ大学バンドの指揮者
ハリー・ベギアン(Harry Begian
1921-2010 /左画像)
だった。
アルメニア移民の子孫であるベギアンは、アルメニア民謡の蒐集・研究家であるゴミダス・ヴァタベッド(Gomidas Vartabed 1869-1935 /Vartabed は「修道長」の意)の蒐集したアルメニア民謡集をリードに提示し、これを題材とした吹奏楽曲を委嘱したのである。

  ※ベギアンはゴミダス研究の権威であり、「ゴミダス・ヴァタベッド -その生涯
    とアルメニア音楽における重要性 (Gomidas Vartabed, his life and
        importance to Armenian music)」との著作も遺している。
        そんなベギアンとリードとの関係は、1950年代にベギアンがキャス工業
       高校(デトロイト)バンドを指揮していた頃に始まる。「ロシアのクリスマス音
       楽」「アルトサクソフォーンのためのバラード」などを演奏したのがきっかけと
       いう。
       ベギアンはリードの音楽と技量に惚れ込み、既に1963年には「アルメニア
       民謡に基づく作品を書いてほしい。」と依頼している。ただ、その第1楽章で
       ある「アルメニアン・ダンス パート I」が完成するまでには8年以上の歳月を
       要しており、その間ベギアンは待ち続けていたわけだ。

   ベギアンは一度も督促することはなかったが、7年が経過した1971年の
       ミッドウェスト・クリニックにて、遂にリードに作曲の進捗状況を尋ねた。
       「今やってるところだから、心配しなくていいよ。」と言うリードに対し、ベギ
       アンは「ひょっとして、この作品を委嘱した時、僕が『君はタダ(freebie)で
       やってくれる』と期待してたなんて思ってないよねえ?僕は完全に報酬を
       支払うつもりだよ。口頭ではあるけれど、約束するよ!」と返したとのこと。

      …話のオチは次のベギアンのコメントを。
      「そしたらご存知の通り、まさにその翌年に僕は『アルメニアン・ダンス パー
       ト I 』のスコアを手にできたんだよ。」

          出典:「Alfred Reed : a bio-bibliography」
Douglas M. Jordan 著

♪♪♪Photo_7
アルメニアは、トルコに接する西アジアの歴史ある国であり、アララト山やセヴァン湖に代表される、美しい景観に恵まれた山岳国家である。


    ※参考・出典HP
         
外務省HP  「アルメニア共和国」  日本アルメニア友好協会HP

Photo_8※アララト山
現在はトルコ領(アルメニア国境近く)となっている。
12世紀に入ったヨーロッパではこの山こそが、旧約聖書に登場する”ノアの箱舟の
漂着した場所”だと云われるようになり、 ”アララト山”と称されるに至ったという。Photo_10

※セヴァン湖
季節ごとに美しい姿を湛える。


ローマ・イラン両帝国の「緩衝国」であった時代のさなか、301年の国教化により世界最古のキリスト教国家となったアルメニアは、現在でも周辺がイスラム教国に囲まれているにもかかわらず、アルメニア教会(単性論キリスト教会の一つ)を信仰するアルメニア人が人口の大半(約98%)を占める国である。
その歴史の深さは、ヘレニズム文化の影響を強く受けたとされるガルニ神殿(1世紀/下左画像)や、初期アルメニア教会の珠玉と称されるフリプシメ教会(現イラン領・618年/下右画像)などの建造物の見事さが、端的に表している。
Garni_temple_and_hripsimeこうした威厳を感じさせる歴史的建造物を数多く遺し、また独自の文字を持つ公用語(アルメニア語)を有することなどは、小国ながらアルメニアが強力なアイデンティティを持つことの証左であろう。


Costume_2”アルメニア人は商才に長ける”などとも云われるが、さすればこれも単なる風説とは云えないのかもしれない。
また美人の多い国として、さらに特産のワインとアルメニア・コニャックでも有名である。

そんなアルメニアは、民謡にも確固たるアイデンティティと魅力を有していた。だからこそ、リードはアルメニア民謡から多大なインスピレーションを得て、その研究の中から名作を生み出したのだ。
「アルメニア舞曲」のほか、「エルサレム讃美」も、リードのアルメニア音楽研究の成果が表れた名作として知られている。

※アルメニア人の音楽家
最も有名なのは、何といってもアラム・ハチャトゥリアン(Aram Il'ich Khachaturian
1903-1978、出身はグルジア)であろう。
Cd_2ハチャトゥリアンにも「アルメニア舞曲」(Armenian Dances)
という吹奏楽オリジナル曲がある。これは2つの舞曲から
成り、より民族色の強い楽曲である。
収録CD:
フレデリック・フェネルcond.
イーストマン・ウインドアンサンブル


他には「トランペット協奏曲」で有名なアレクサンドル・アルチュニアン
(Alexander Grigorevich Arutiunian 1920- )や、「第4交響曲」にて吹奏楽界
でも有名なアルメニア系アメリカ人、アラン・ホヴァネス(Alan Hovhaness
1911-2000)が挙げられる。


♪♪♪

このように、アルメニア民謡は絶好の素材であった。
しかし、如何に優れた素材を得ていたといっても、リードの仕事は単に”アルメニア民謡メドレー”的なものに止まることはなかった。そこには極めてレベルの高い二次創作が存在しているのだ。

現在、ゴミダスが蒐集したアルメニア民謡は幾つかの音源 ―ゴミダス自身の歌唱という歴史的録音もあれば、ピアノ伴奏の歌曲(男声・女声)として奏されるもの、また弦楽四重奏で奏されるものがある―でその姿を知ることができる。
それらはいずれも素朴なものだ。そしてその”素顔”と比較すると、リードが実にオリジナリティのある”仕事”をしたことが、確りと認識できよう。

   ※ゴミダス・ヴァタベッド、ならびに彼が蒐集したアルメニア民謡音源の
     詳細については、次稿「アルメニアン・ダンス パート II」にて紹介する。


パート I 冒頭「あんずの木」は、原曲と同じ楽句で始まる。(冒頭画像参照)
リードはこの楽句を、いきなり爽快なシンバルの一撃を伴う、あの輝かしいファンファーレによって開始させるのだ。
-この選択からして、素晴らしい!
まさに吹奏楽ならではのオープニングを用い、一気に「アルメニア舞曲」の世界に引き込んでしまう。

そして、全編に亘り散りばめられたキャッチーなフレーズが、民謡の旋律を彩っていく。反復された「あんずの木」冒頭の高揚を締めくくるTimp. ソロ(22小節目)なども地味ながら気の利いた印象的なフレーズだし、
Timp_22続く抒情的なOboeソロに絡むA.Sax.のオブリガートは、胸に迫る切なさだ。
Oboeasax第2曲「やまうずらの歌」への導入部では、そよぐ風のようなグロッケンの音色が…。
Bellsこうしてリードによって加えられた名フレーズは、それこそ枚挙に暇がない。
ソロ楽器の配置やサウンドの変化、効果的な打楽器の使用により音色の変化とコントラストが鮮やかなことも、聴く者の耳を喜ばせる。

リードの創意が最も顕著に現れているのは第3曲「ホイ、私のナザン」であろう。原曲は規則的な12/4拍子の歌だが、リードはこれを5/8拍子 -しかも2+3と3+2を自在に組み合わせた変拍子と成し、また打楽器群を伴うことで一層民族的色彩を強め、変化に富んだ音楽に仕上げた。結果、この「ホイ、私のナザン」はテンポが速めでも遅めでも、それぞれに味があるという懐の深さをも備えたのである。

構成感も素晴らしい!
この「パート I 」は、明確に分かれた5つの部分が連続して演奏され、単一楽章の楽曲を形成しているわけなのだが

 1. あんずの木
  吹奏楽の特徴を活かした、鮮烈かつ雄大なオープニ
  ング。しかし曲調自体は憂愁を帯びたシリアスなもの。
 2. やまうずらの歌
  一転して”優しさ”に満ちた流麗な曲調。どこかユーモ
  ラスで癒される愛らしい歌。
 3. ホイ、私のナザン
  変拍子の”濃い”音楽に転じる。エキゾティックなリズ
     ムが強く印象付けられ、”聴かせどころ”を形成。
 4. アラギャズ
  穏やかでスケールの大きな音楽が、安寧なテンポと
  リズムで朗々と歌われる。しみじみとした抒情性。
 5. ゆけ、ゆけ
  活力に満ちた終曲。第1曲と呼応するように吹奏楽
     の特長が存分に発揮される曲調であり、強力なダ
     イナミクスとエキサイティングなリズムで締めくくる。

という流れで進む楽曲の構成は、対比に富むと同時に起承転結が確りと示されている。各曲の接続部も、遠くから徐々に近づいてくるようであったり、また或いは突然の場面転換であったりと、それぞれに意が尽くされていることは見逃せない。
全曲が俯瞰された上で創られているから、充実した”全体感”が生まれており、それが楽曲を高次元なものへと押し上げているのだ。

以上のように、民謡を素材とした作品でありながら、堂々たるオリジナリティが備わっていることが、リードの代表作と評される所以なのである。

♪♪♪

それではフルスコアに記されたヴァイオレット・ヴァグラミアンによる解説(「 」)を引きながら、楽曲の詳細を見てみよう。

   ※Violet Vagramian : アルメニア出身の女流音楽学者
                 当時はフロリダ国際大学
音楽学部助教授

1. あんずの木 Tzirani Tzar (The Apricot Tree)
「ゴミダスが1904年に、3つの歌を組みあわせた構成にて編曲した楽曲。ここでは雄弁なる冒頭、生命力に溢れたリズム、そして音楽的な装飾とが、この歌をとても表情豊かなものとしている。」

輝かしいファンファーレに続き、複数の旋律が同時進行的に現れる冒頭。最初のシンバルは優れた音色と過不足のない音量が要求される、”一世一代の一発”だ。
Photo豊かなサウンドに包まれつつも、旋律は憂愁を帯びているのが印象的。最初のファンファーレが再び現れる部分も、単なる繰返しとはなっておらず、よりスケールの大きな音楽へと拡がるさまを味わわせるのが凄い。

2. 山うずらの歌 Gakavi Yerk (Partridge's Song)
Graypartridge「1908年にグルジアのティフリスで出版されたゴミダスのオリジナル曲。元々は児童合唱を伴う独唱曲として、後にピアノ伴奏による独唱曲として創られた。その素朴で繊細な旋律は、山うずらがちょこちょこと歩くさまを描写するものと思われる。」
楽曲の題材となったヨーロッパヤマウズラは、画像の通りとても愛らしい鳥だ。この歌は、可愛らしさとともに長閑さや優しさも感じさせ、のびのびと歌われる。
1Hornのシンコペーションの伴奏に乗せて、木管楽器とコルネットに旋律を応答させ、リードは清らかに音風景を描く。
終わりにはずっと伴奏だったHornを
Horn_soloソロで登場させて締めくくるのが、また心憎い。

3. ホイ、私のナザン Hoy, Nazan Eem (Hoy, My Nazan)

「活き活きとして、かつ抒情的なこの曲は、一人の若者がその恋人(ナザンという名の少女)を讃じて歌う様子を描いたもので、ゴミダスはこれを1908年に合唱曲に編んでいる。ここでは舞曲的なリズムと装飾により、印象的でキャッチーな音楽に仕上げられている。」
遠く聴こえてくる変拍子(2/8+3/8、3/8+2/8)の打楽器が歌を導き出して始まる。
Photo_2この「ホイ、私のナザン」は、前述の通り原曲以上に変化をつけ、民族色を強めたアレンジとなっており、「パート I」全体に、とても効果的なアクセントを与えている。
くるくると目まぐるしく入替る変拍子のみならず、ダイナミクスの大きな変化、そしてとりわけ鮮やかなサウンドとが混然一体となって、エキサイティングでコントラストに富んだ曲想を演出していくのだ。

4. アラギャズ Alagyaz (Alagyaz)
Photo_3「アラギャズとはアルメニアにある山の名前である。最も愛されているアルメニア民謡で、ゴミダスはピアノ伴奏つき独唱、ならびに合唱とに編曲している。その息の長い旋律は、題材となったアラギャズ山と同様の威容を誇っている。」
アラギャズ(アラガッツ)はアルメニア中西部に位置する(前掲のアルメニア地図参照)標高4,090mの高山であり、古くよりアルメニア人の敬愛を集めてきた。
Photo_4全曲を通じ、最も原曲のイメージをそのまま残した楽曲となっている。雄大でふくよかなこの曲の魅力を、リードは率直に伝えようとしたものであろう。


5. ゆけ、ゆけ Gna, Gna (Go, Go) 
「この曲はユーモラスで、軽いテクスチュアな(響きの密度の軽い)歌である。ゴミダスはもっとゆっくりとした「ジャグ」(The Jug)という歌と、この歌とを組合せて奏していた。この曲に出てくる、繰返される楽句
は笑い声の調子を表すものである。この歌も”叙唱”(レシタティーヴォ)の形式の楽曲となっている。」
名残り惜しげな「アラギャズ」の終結部。ここはまるでドアの向こうからかすかに光が洩れてくるような-そんなイメージ、”予感”があるのだが、それを感じた途端、いきなり元気よくぱあっと開けて、「ゆけ、ゆけ」がスタートする。
2ゴミダス自身による原曲の歌唱も、解説通り”笑い”をイメージさせるものであり、そもそも明るく陽気な楽曲である。快速なテンポで朗らかに奏される音楽は、その名の通り推進力に満ちている。リードは呼びかけるような4分音符2つを応答し合わせ、場面を先へと進めていくのだが、これがとても印象的である。
3遠くからだんだんと近づいてくるようにクレシェンドするフレーズが繰返され、これが楽曲全体も高揚させていく。
Furioso遂にリム・ショットの鞭が入って、ほどなくFuriosoに突入するや、目まぐるしい木管群や吼えるHornも相俟って、エキサイティングさを極めた全曲のクライマックスへ!

Oboe&Cornetが旋律を再現し、興奮を一旦落着かせたのも束の間、Trumpetの高らかなハイ・ノートとともに更にダイナミクスとテンションを上げ、烈しいリズムとともに音楽は全速力でゴールへ駆け込んでいく。

♪♪♪

音源は以下をお奨めしたい。
Cd1アルフレッド・リードcond.
東京佼成ウインドオーケストラ

まず押さえておくべきスタンダードである作曲者自作自演盤。メリハリのあるダイナミックな演奏だが、エレガントでもあるのはリードの志向を端的に表している。


Cd2_2アントニン・キューネルcond.
武蔵野音大ウインドアンサンブル

若々しい演奏で、「ホイ、私のナザン」の快速さが特徴的。このテンポもあり得ることを通じ、楽曲の懐の深さを示した。また強力なHornパートを擁し、終盤はその活躍が聴きもの。

Cd3佐渡 裕cond.
シエナウインドオーケストラ(Live)

Liveならではの熱気が活きた好演。パートII を含めた全曲が演奏されているが、殊にこのパートI の演奏に、魅力が溢れている。


尚、NHKホールにて開催された(2
006.8.6)、山下 一史cond. NHK交響楽団員+豪華エキストラによる吹奏楽団の演奏会の模様は放送もされたが、ここでの「アルメニアン・ダンス パート I」の演奏も素晴らしい!
高みに達した優れた音色と明晰な発奏、リズムの良さなど、とにかく”美しい”のだ。これに加えて幅広いダイナミクスを備えているのだから、演奏の次元は圧倒的に高くなる。集約された一体感こそ欠くものの、素敵な”歌”も随所に聴けるこの演奏には、唸らざるを得ない。


  【その他の所有音源】
    イアン・マクエリオットcond. 英国落下傘部隊軍楽隊
    鈴木 孝佳cond. TADウインドシンフォニー(Live)
    新田 ユリond. 大阪市音楽団
    アルフレッド・リードcond. オランダ陸軍軍楽隊
    大橋 幸夫cond. フィルハーモニア・ウインドアンサンブル
    ウォルター・ボイケンスcond. サヴォイエ吹奏楽団
    松元 宏康cond. ブリッツ・ブラス
    フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
    アルフレッド・リードcond. 東京佼成ウインドオーケストラ(Live)
    ヤープ・コープスcond. オランダ海軍軍楽隊
    佐渡 裕cond. シエナウインドオーケストラ
    ベルト・ミンテンcond. デーメル・エン・ラーク吹奏楽団
    マックス・シェンクcond. アーラウ初年兵音楽隊
    山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ(Live)
    ハリー・ベギアンcond. イリノイ大学シンフォニックバンド(Live)
    金 聖響cond. シエナウインドオーケストラ(Live)
    北原 幸男cond. 大阪市音楽団
    ドナルド・ショフィールドJr. cond. アメリカ空軍ミッドアメリカバンド
    ウイリアム・バーツcond. ラトガース・ウインドアンサンブル
    木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
    ユージン・コーポロンcond. ノーステキサス・ウインドシンフォニー
         アルフレッド・リードcond. 洗足学園大学シンフォニックウインドオーケストラ
    現田 茂夫cond. 大阪市音楽団(Live)

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2011年1月22日 (土)

待望のLP音源CD化!

Photo_2かつてキングレコードからLP3枚で発売されていた貴重な音源が、2枚組CDとなって甦りました!音源堂は、こういう企画を心から待っていたのです!
(2011.2.2.発売)

これは山田 一雄cond. 東京吹奏楽団による往年の名曲・愛奏曲集であり、1978年の録音です。

「70年代、オリジナル吹奏楽集として発売された、なつかしき吹奏楽曲の数々。1960年代~70年代に吹奏楽のコンクールやコンサートなどで取り上げられたオリジナル吹奏楽作品の人気曲がずらりと並んだ2枚組。
全日本吹奏楽コンクールの課題曲にも選ばれたA.リードの「音楽祭のプレリュード」をはじめ、60~70年代の吹奏楽人気曲を山田一雄が録音したファン必聴のアルバムです。」

 (発売元サイトより)

   【収録曲】
    吹奏楽のための民話(コーディル)
    ポンセ・デ・レオン/イシターの凱旋/バラの謝肉祭(オリヴァドゥティ)
    西部の人々/ジャマイカ民謡組曲/リートニア序曲/
         フーテナニー(ワルタース)
    序奏とカプリス/ラプソディック・エピソード(カーター)
    皇帝への頌歌/組曲「百年祭」(モリセイ)
    黄金の像(ハレル)  壮麗なる序曲(エドモンソン)
    チェルシー組曲(ティルマン)
    コラールとカプリチオ/序曲変ロ長調(ジョバンニーニ)
    「良い娘」序曲(ピッチーニ)  音楽祭のプレリュード(リード)
    ヒッコリーの丘(フランカイザー)
    吹奏楽のためのトッカータ(エリクソン)
    序曲「チェスター」(シューマン)


…よくぞ復刻CD化してくれた、と思います!
今となっては本当に貴重な音源ばかり。価格も抑えられていますので、この時代の吹奏楽曲がお好きな方は、ぜひ購入されては如何でしょうか?

こうした企画がヒットすることで、吹奏楽の未CD化音源の
CD化がドンドン進んでくれたら…と願って已みません。叶うならば、アメリカ盤LPやお蔵入り録音などもCD化してれたら、言うことなしですね…。

ともあれ本企画を実現して下さった KING RECORDS X TOWER RECORDS には心から感謝したいです!

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2011年1月15日 (土)

序曲「祝典」

PhotoOverture Jubiloso
F.エリクソン (Frank William Erickson  1923-1996)


吹奏楽界というのは不思議なトコロで、”祝典序曲”とこれを倒置しただけの”序曲「祝典」”とで、何故か別の楽曲だとちゃあんと判別がつく。「祝意を示す序曲」という意の標題を持つ楽曲はそれこそたくさんあるわけだが、斯界の人間にとっては”祝典序曲”といえば何といってもショスタコーヴィチの作品が、そして”序曲「祝典」”といえば本稿で採り上げるエリクソンの作品が、実にスムーズに想起されることだろう。

Erickson_portrait_2作曲者フランク・エリクソンは「吹奏楽のためのトッカータ」「吹奏楽のための幻想曲」といった技術的には易しくメロディアスな、とても親しみやすい楽曲で知られる。どれも奏者に不安を感じさせることのない、纏まったサウンドと確りとした骨格を持つ曲ばかりで、1960-1970年代のバンドにとって、重要なレパートリーとなっていたのである。
エリクソンは、一貫して教育的な立場から音楽=吹奏楽に接してきた作曲家であり、手掛けた作品も”現場”の視点から離れることはなかった。

Pb280001_2そのことはエリクソンの著書「バンドのための編曲法」(音楽之友社/伊藤 康英 訳)にも端的に現れている。普遍的な編曲論・理想は押さえつつも、楽器の特性はもちろん、”奏者が未熟であるということは、どういうことか””アマチュアバンドの現実の編成は如何なるものか”といった制約を踏まえ、実践的な手法を説明しているのだ。更に演奏者にとって読みやすい記譜の仕方にまで言及されていることは、アマチュアバンドに対するエリクソンの配慮と愛情を感じさせるものである。

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P1020329序曲「祝典」1978年の出版、エリクソン最大のヒット作の一つである。本邦ではCBSソニーから毎春発売されていた「コンクール自由曲集」1979年版LP(左画像)に収録され、瞬く間に人気を集めた。国内版の譜面も発売され、楽曲が知れ亘った翌1980年の吹奏楽コンクールでは早くも数多くのバンドに演奏されている。(同年、大分県吹奏楽コンクールでも2ケタに及ぶバンドが採り上げていて、とても驚かされた。)

全国大会では1979年に中学・職場で1団体ずつが採り上げたに過ぎないが、下部大会での演奏団体は1980年代を中心に、それこそ無数にあったはずである。
難易度の割に聴き栄えがするし、コンクール自由曲としてカット不要の丁度いい尺あったこともそうだが、何より時代/世代が望んでいた吹奏楽曲のトレンドを先駆けて掴んでいたことが、人気の理由だったのではあるまいか?

曲冒頭から繰り返されるリズム・パターン- ベースラインと8分音符のアクセントのリズミックさ、コード進行からして、たまらなく吹奏楽界を惹きつけた。前述の「コンクール自由曲集1979」ではA面第1曲目がこの曲だったが、初めてLPに針を落とし曲が始まった途端、「あっ、これだ!」という新鮮な魅力が間違いなくあったのだ。
当時待ち望まれていた”この感じ”は序曲「祝典」こそが端緒であって、後にスウェアリンジェンやバーンズ、ハックビーらの作品が一時代を築いた流れへと、確実に繋がっていったと思う。

♪♪♪

序曲「祝典」の難易度はそう高くはないが、細かい音符も多く、エリクソン作品としては”意外感”もあった作品。ミズーリ大学ローラ校バンドの50周年を祝う”祝典序曲”にもかかわらず、冒頭から提示される旋律からして短調を挟むことで真摯な表情を見せる、変わり種でもある。
形式はA-B-A-コーダと典型的なものである一方、リズミックさを絶やすことなく維持しつつ、長調と短調とがくるくる入れ替わって、表情とサウンドの輝きを変え続けるさまには斬新さが感じられる。そこがエリクソンの腐心だったかもしれない。

   ※ミズーリ大学自体はコロンビア校がその中核であり、ローラ校は元々鉱冶金
          学校だった歴史を持つユニークな学校とのこと。またこのローラ校はレックス・
          ミッチェルに「大草原の歌」を委嘱したことでも知られる。


前述の通り、快活さにあふれたリズムに導かれ、朗々とした旋律が現れて始まる。
Photo繰り返される旋律にTrp.の16分音符の楽句がオブリガートとなって、スピード感と緊張の新味を加えている。これなどは従来のエリクソンのスタイルになかった楽句である。
Cornet_16楽曲は2つの主題をオーソドックスに反復して提示・展開するが、短調の厳しい表情と、輝かしさ或いは重厚さをもったサウンドとがそれぞれ対比的に用いられており、聴き手の興味を巧みに刺激し続けるのだ。

短いブリッジでテンポを落とし、ノスタルジックな中間部に入る。最もエリクソンらしい旋律が聴かれる部分である。移り変わる楽器の音色配置も巧みで、音楽に奥行きがある。
そして何といっても、スケールの大きなクライマックスを現出したことで、エリクソン作品の中でも出色の出来映えになったと云えよう。
Photo豊かなサウンドと色彩に支えられた、このスケールの大きさこそが感銘を与えていることは見逃せない。単に旋律が郷愁に満ちているだけでは、これほど聴衆のノスタルジーに訴求することはできないはずだ。

名残惜しげに中間部を終うと、ベルトーンを用い、緊張と弛緩の表情を織り交ぜるブリッジが主題のモチーフを導き出し、快速な再現部となる。
Codaコーダでは主題の音符が拡大され、これをエネルギッシュな伴奏が彩る濃厚なクライマックスへ-。テンションとダイナミクスの高揚が、煌びやかなぶ厚いサウンドへと帰結して炸裂する!

そのジェット噴射さながらのスピードとエネルギーをそのままに、2拍3連符が特徴的であるエキサイティングな終結部へとなだれこみ、最後は足取りを緩めて堂々たるエンディングを迎える。

この序曲「祝典」は、エリクソンが作曲において貫いてきたスタンスの延長線上で、更に一段”突き抜けた”作品となった。アマチュアにも楽しめる(或いは”教育的な”とも云える)楽曲の枠組みの中にありながら、この高みにあることがとても価値のあることであり素晴らしい!広く愛奏されているのも、当然なのである。

♪♪♪

Photo_3音源は
汐澤 安彦cond.
フィルハーモニアウインドアンサンブル

の演奏を推したい。”ノリノリ”であることがこの曲の重要な要素だと思うが、その特長を存分に活かしており、また中間部へのブリッジのテンポ設定および rit. が非常に適切なことは特筆できる。

   【他の所有音源】
      フレデリック・フェネルcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
      山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
      小澤 俊朗cond. 尚美ウインドオーケストラ
      デニス・ゼイスラーcond. ヴァージニア・ウインドシンフォニー
      新田 ユリcond. 大阪市音楽団
      小野 照三cond. 葛飾吹奏楽団
             木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ


エリクソンの遺した愛すべき楽曲たちをCD2枚にまとめた作品集もご紹介しておこう。
Erickson_cdデニス・ゼイスラーcond.
ヴァージニア・ウインド・
シンフォニー

(収録曲:
「contents.jpg」をダウンロード
  )


演奏は相応のレベルとしか云えないが、非常に貴重な録音であり、ファンにとってはかけがえのないもののはずである。

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2010年10月23日 (土)

第3組曲  R. E. ジェイガー

Jager_3rd_suite_march1Third Suite for Band
R.E.ジェイガー Robert E.Jager  1939- )
I. March II. Waltz III. Rondo

なんと”素敵な”楽曲であろうか!
各楽章それぞれに創意を凝らした個性があり、それが対比的に魅力を放ちつつも、全楽章を通しての聴後感は一つの作品として実によくまとまっている印象。最初から終わりまで明朗快活な音楽の愉しみに溢れているが、吹奏楽の機能を駆使してそれを実現しているのには唸らされてしまう。楽曲としては「小品」の部類だと思うが、過不足のない規模にこれだけの内容が盛り込まれるという完成度の高さ- ロバート・ジェイガーの才能と手腕が凝縮した名曲である。

Robert_jagerジェイガー自身は、この第3組曲(1965年)”tuneful”と評している。全くその通りで魅力的な旋律がふんだんに登場するさまは、眩い宝石箱さながらである。そして4拍子と3拍子が組み合わされた「マーチ」、3拍子と2拍子が組み合わされた「ワルツ」というユニークさが示す新機軸…。したがってとても個性的なのだが、マーチの持つ推進力、ワルツの舞踊感という本質は失われることなく、確りと示されているのが凄い!
これに対して最終楽章には形態こそオーソドックスだが、その分コントラストをより効かせたダイナミックな音楽である「ロンド」を配置しており、これが全体を引き纏めるという心憎さなのだ。

♪♪♪

それでは、ジェイガーのコメント(「 」)を引きながら、楽章ごとに見てみたい。

I.マーチ
「この『第3組曲』はとてもメロディアスで親しみやすい作品だが、演奏者にとってチャレンジしがいのある要素を確りと盛り込んであり、これが同時に聴き手にとっては興味深いものになっていると思う。”安定的なフィーリングとリズム”というマーチが本来有する特性を少々ゆがめることにはなるが、第一楽章で小節ごとに拍子を変えているのもその例である。」


4/4拍子と3/4拍子が交互に繰返され進行する異色な行進曲で、大変にユニーク。曲のスタートで、Clarinetのふくよかな音色を活かしていることも見逃せない。
Jager_3rd_suite_1間違いなく異色ではあるが、生命感に満ちた推進力、途切れぬビート感は紛れもなく「行進曲」そのものなのだから畏れ入る。拍子の頻繁な変更は、親しみやすい旋律に絶妙な味付けを加えているのである。
第2マーチ、ならびに(打楽器群の鮮やかなソリに続く)トリオは5/4拍子!これがまた個性的だ。
Jager_3rd_suite_2終結部では厚みを増したエネルギッシュなサウンドとなり、ユーモラスな楽句のエンディングで終う。
トリオの前に挿入された打楽器ソリは「ここはこのマーチのおもしろいところ」とのコメント通り、ジェイガー自身のお気に入りである。
3rd_suite_perc_soli
II.ワルツ
「このワルツでは、前楽章と同様に拍子がゆがめられている。ワルツではおなじみの3/4拍子も、今ここではそんなワルツらしからぬ仕打ちを受けているわけだ。豊かな色彩とコントラストがこの楽章に重要な特徴を加えており、終盤ではFluteによる主題が繰返された後、短いG.P.を挟んで元気いっぱいのコーダにて曲を閉じる。」


今度は3/4拍子と2/4拍子が交互に繰返される異色のワルツであるが、この楽章もワルツの持つ流麗さは存分に示されている。
Jager_3rd_suiteFluteの涼やかな音色で始まり木管合奏、Oboeソロと続いたかと思うと、リズミックな金管群の楽句へ。
3rd_suite_waltzさらに続いて現れる、ルバートを伴い甘美な旋律を奏でる木管+Euph.のサウンドは弦楽合奏を彷彿とさせて…と次々に示される音色対比が素晴らしい。楽曲は興奮を高めてブレイクするが、たちまち冒頭のFluteが帰ってきて優雅さを取戻す。
G.P.の後は諧謔味に満ちたClarinetの旋律に始まるコーダ、快速な変拍子で一気に駆け抜けて行く。3rd_suite_coda


III.ロンド3rd_suite
「ABACABAの形式に成るロンドで、全合奏が5つのコードを吹き鳴らして幕を開ける(上画像)が、この序奏部が提示する『5つのコード』は、全曲を通じ重要な接続部の役割を果たしている。”A”の主題はCornetソロによって提示され、木管がこれを繰返す。短調に転じて全合奏が”B”の主題を奏し、”A”を繰返した後にPiccoloが”C”を導くのである。”C”もまた繰返され、再び強奏された『5つのコード』が聴こえてきて、これに3度目の”A”が続く。突然調子が変わって最後の”B”となるが、ここは実際には”A””B””C”全ての主題が一体となって展開されている。Timpaniのロールが轟き亘ると、最後の”A”が足早に聴こえてくる。そして冒頭に現れた『5つのコード』に基くクライマックスを形成して、フィナーレだ。」

さらに明快さを高め、豊かなダイナミクスと鮮やかなコントラストを持つ終曲である。序盤の軽やかなCornetソロからしてそうであるが、愛らしい旋律が充満している。
Jager_3rd_suitecornet_solo”C”セクションではPiccoloのメロディも、合いの手のベースラインも、そのおどけた感じがたまらなく微笑ましい!
Jager_3rd_suitepiccolo_soloシリアスな表情の短調部分も織り交ぜながら、とどまることのないエネルギッシュさで全曲を締めくくる。

♪♪♪

どう考えても、今でももっと演奏されて然るべき楽曲である。
決して深刻な緊張感はないけれど、とても洒落ていて音楽の本源的な愉しみをストレートに伝えてくれる。つくづくこれほど高品質の吹奏楽オリジナル曲は珍しいと思う。まさにこのレベルのクオリティを持つ楽曲こそが、吹奏楽界に待望されるのだが…。

音源は
Photo_407汐澤 安彦cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

の演奏が断トツの出来映え。テンポやダイナミクスの設定が極めて適切で、コントラストも充分なのに加えて、音色にスピード感と生気があり、また実に品が良い。
特に「マーチ」では冒頭の音の長さ・音型など奏し方がこの上なくフィット!中間部の打楽器ソリも胸がすくもので、作曲者の意図を体現したと云えよう。行進曲らしからぬこの曲の混合拍子に惑い、推進力を失っている他の演奏とは一線を画す好演なのである。

   【他の所有音源】
    アーサー・チョロドフcond. テンプル大学ウインド・シンフォニー
    ティモシー・レイcond. テキサスA&M大学シンフォニックバンド
    木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
    Alfred社 デモ音源(演奏者不詳)

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2010年7月14日 (水)

トロンボナンザ

Glenn_miller_l_with_his_trombone__2(グレン・ミラー楽団のトロンボーン・セクション)

Trombonanza
F.D.コフィールド
(Frank D. Cofield 1913-2005)


トロンボーン・セクション(3パート)をフィーチャーした吹奏楽オリジナルの小品。とても愛らしく親しみやすい、ラテンのリズムにのった天真爛漫な曲想は、トロンボーンという楽器の持つ”陽気さ””ユーモラスさ”というものを、ストレートに伝えている。やや古さは感じられるものの、それを差し引いても余りある魅力を有する佳曲だと思う。

Frank_cofield作曲者フランク・コフィールドは、アメリカの出版社 Hal Leonard 専属の作編曲家として34年に亘り活躍した人物で、ハロルド・ワルタース(Harold L. Walters)に師事してアレンジを学び、吹奏楽界にも多くの作品を遺した。
「トロンボナンザ」(1963年)はその代表作だが、このほかにはトランペット・セクションをフィーチャーした「トランペット・オーレ」も人気が高く、また「序曲”ティアラ”」は1965年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲に採用されている。

私の「トロンボナンザ」との出遇いは、1979年全日本吹奏楽コンクールで招待演奏を披露した春日部市立谷中小学校の演奏である。「呪文と踊り」(J.B.チャンス)とともに同年のコンクール全国大会Live盤LPに収録されたその演奏には、当時「小学生がここまでできるのか!」と唸らされたものだ。バンドジャーナル誌に掲載された彼らのステージ写真には、ラテンの民族衣装を纏ったトロンボーン・セクションの姿があり、とても微笑ましかった。

    ※調べてみると、谷中小学校は平成15年3月をもって閉校となった
            とのこと。あの素敵な小学生バンドは、今どんな活動をしている
            のかなと思っていたので、ちょっと淋しく、残念…。


♪♪♪

Photo_2賑やかなラテンパーカッションを伴った全合奏に続いて、早速トロンボーン・セクションのハーモニーが聴こえてきて、溌剌とした音楽が開始する。

チャチャチャ風のリズムと、ユーモラスなトロンボーンの旋律により、まさに陽気な世界を存分に味わうことができるのだ。







やがて、ちょっとおどけた伴奏に変わってユーモラスな雰囲気を醸し出すと、
Photo_4いよいよトロンボーンの真骨頂だ!
2鮮やかなグリッサンドに続き、豊かなハーモニーが得意のヴィブラートを伴って華やかに鳴り響き、トロンボーン・セクションはいよいよ饒舌になっていく。

楽曲から発散されるエネルギーは心地よく、最後まで賑やかな音楽は聴く者をハッピーな気分にさせてくれる。
”古くさい”で片付けられることなく、どうか末永く愛される一曲であってほしいと願って已まない。

♪♪♪

とても愛嬌のある、理屈抜きに楽しい曲なのでぜひ聴いてみていただきたい。音源は以下の通り。

Ep_2加藤 正二cond.
東京ウインドアンサンブル

アナログEP盤。非常に古い録音だが、この曲のオーソドックスな姿を示す演奏。ギロをはじめとしたラテンパーカッションが存分に活躍する。

Cdイアン・ピープルcond.
英国アルブヘラ軍楽隊

快速な「トロンボナンザ」。明快な録音で軽快な演奏の歯切れのよい音楽となっているが、楽曲の持つユーモラスさはやや後退している。

   【その他の所有音源】
     ケンウッド・シンフォニック・ブラスアンサンブル(吹奏楽編成・指揮者なし)

   ※尚、今現在最も入手しやすい音源は
こちら、試聴も可能。試聴した結果、
          演奏は上掲の東京ウインドアンサンブルのものと同一と思われる。
          あくまで「教材」であり、CD4枚から成るセットのため値段が高いが…。


♪♪♪

「トロンボナンザ」を聴くと、ラテン音楽とトロンボーンとの相性の良さが感じられるわけだが、「ラテン音楽におけるトロンボーン」と云えば”トロンバンガ”(Trombanga)を忘れるわけにはいかない。

”トロンバンガ”は、1960年代に巻き起こったサルサブームの火付け役ともなったバンド形態で、ピアノ+バホ(Bajo/低音弦つきのメキシカン・ギター)+ティンバレス+トロンボーン・セクション+ヴォーカルを基本とした編成。敢えてサクソフォンはもちろんトランペットも入れておらず、鮮烈でパワフルなサウンドを持ち、音楽が隆々として非常にエネルギッシュなのが特徴だ。

  ※サルサ(出典・参考サイト:SALSA JAPAN ! )
    1959年のキューバ革命を経て、キューバとの国交を断絶したアメリカでは、
         プエルトリコ人が中心となって新たなラテン・サウンドが誕生することとなっ
         ていった。そしてラテンロックの元祖と称されるブーガルーや、キューバ風
         ジャムセッションであるデスガルガの流行を経て、過去に流行したキューバ
         音楽に、ジャズ・ロック・ソウルなどを掛け合わせた音楽が隆盛に向かう。
         この音楽こそが「サルサ」(Salsa)であり、それを売り出したFANIAレーベル
         により、そう名づけられたものである。
         1970年代初頭に早くも頂点を迎えたこのサルサは ”新たなアメリカ音楽”
         なのであり、これに合わせて男女2人がアドリブで踊るサルサ・ダンスでも
         大変有名である。


トロンボーン奏者ならずとも、ラテン・ミュージックの好きな方なら心惹かれること間違いなしだと思うので、ぜひ愉しまれては如何だろうか?
トロンバンガの代表的なアルバムは以下の通り。

La_perfectaEddie Palmieli - La Perfecta (1962)
トロンバンガの起源とされるアルバム。全編に亘りトロンボーンが重用されていることは事実だが、フルートを加えた亜チャランガ編成に止まっており、また半分以上はトランペット・セクションが参加。但し音楽自体はもちろんゴキゲンで、トロンバンガらしいエネルギーの萌芽が存在する。

Que_gente_averiguaMon Rivera - Que Gente Averigua(1963)
まさに”これぞトロンバンガ”の1枚で、トロンバンガの真の起源とも云われる。やや無骨だが大らかで野太く、パワフルなノリの音楽は、スケールの大きさを感じさせる。


Sugar_daddyEddie Palmieli's La Perfecta Orchestra
- Sugar Daddy

前掲したエディ・パルミエリによるベスト・アルバム。こちらはトロンバンガのコンセプトが徹底された楽曲も多く、その魅力が堪能できる。

PhotoWillie Colon & Ruben Blades
- Siembla(1978)

ストリングスやエレキベース(チョッパー奏法も聴かれる)などを加え、より洗練されたトロンバンガ。さまざまな音楽と融合したラテン音楽たるサルサの一形態として、トロンバンガが進化したものだと云えよう。第1曲 ”Plastico”からして、トロンボーンらしいキャッチーなフレーズがさまざまに現れ、心躍る。

♪♪♪

学生指揮者を務めた大学3年時の定期演奏会を締めくくるアンコール2曲目が、この「トロンボナンザ」だった。この年から常任指揮者にお迎えしたトロンボーンの名手・花坂義孝師匠に、どうしても私たちとその素敵なトロンボーンでも共演していただきたくて、お願いしたところ快諾して下さったのだ!

本番のステージ上では三文芝居。
一緒に吹きましょうよ、と誘うトロンボーンのパートリーダーに「いやいや」と断る師匠。じゃあ、ジャンケンで僕が勝ったら、とパートリーダー。まんまと勝って大喜びのトロンボーンパート、「しょうがねえなー」と苦笑いの師匠。
舞台袖に”用意してあった”師匠の楽器を取りに行き、お渡しして私が棒を振り、演奏スタート。師匠のリードするトロンボーンパートの暗譜演奏というサプライズには、会場も大盛り上がり!

-こんな愉しい想い出を、「トロンボナンザ」は私たちにくれたのである。

( Revised on 2010.9.26. )

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2010年6月20日 (日)

アルトサクソフォンのためのバラード

001_2Ballade for Solo Alto Saxophone and Band
A.リード (Alfred Reed 1921-2005)


1981年にアルフレッド・リードが初来日した時の印象は、当時の吹奏楽ファンに深く刻まれているだろう。「ジュビラント序曲」「パンチネロ」「アルメニア舞曲」などの優れた作品でファンを魅了してきた吹奏楽界の巨匠は、新作「第2組曲」を引っ提げ、東京佼成ウインドオーケストラを指揮して録音と演奏会を行ったのだが、私自身この初来日に対する大きな期待と興奮を覚えたことを記憶している。
大分の片田舎に居た私は、あの伝説の新宿文化センターに於ける演奏会(1981.3.28.)に参じることはできなかったが、後に発売されたレコードを手にして、胸を激しく高鳴らせた。インタビューと「第2組曲」のリハーサルをも収録したこの2枚組のLPは、未知のリード作品がいっぱい詰まった”宝石箱”のよう。「第2組曲」はもちろん期待通りの内容と演奏だったし、「ミュージック・メイカーズ」「ロシアのクリスマス音楽」なども初めて聴くことができ、感激は止まらない。「ア・フェスティヴァル・プレリュード」など、Liveの熱狂が伝わる録音もうれしかった。

そして、その興奮を鎮め心を癒すような一曲も用意されていた。-それが「アルトサクソフォンのためのバラード」(1956年)である。
「トランペットのためのオード」「クラリネットのためのセレナーデ」とともに、楽器メーカー・ルブラン社がリードに委嘱した吹奏楽伴奏によるソロ・フィーチャー・シリーズの一つであり、ルブラン社のプロモーションのため全米各地で開催される吹奏楽クリニックにて演奏されたとのこと。アルトサクソフォンの魅力を発散する優れた楽曲として、記憶され愛され続けるべき作品である。

♪♪♪

 わたしにとっては、たいした楽器なんだ。とんでもない音
  が出せるから。(中略)…サキソフォンの場合はつねに
  選択が必要になる。音を出す時にいちいち選ぶんだね。
  この音はこっちに向かうのか、
それともあっちかって。
  人間の特質もそうで、この自由で知的な生物は悪魔にも
  なれるし神にもなれる。善と悪との間で選ぶんだ。
  そういうわけで、サキソフォンには人間の姿をぎりぎりの
  状況で表現する力がある。ざらざらした下品な音にも、
  細やかで優雅な音にもなる。売春婦のようにも処女の
  ようにも聞こえる。互いに相反するものが同居している。
  まさに人間と同じだね。
                - ジャン=マリー・ロンデックス


Adolphe_saxベルギー人の楽器製作者アドルフ・サックス(Antoine Joseph Adolphe Sax 1814-1894/左画像)によって19世紀半ばに開発・製作されたサクソフォンは、発明者サックスがこの楽器のプロモーションとして軍楽隊への採用を推し進め、これに成功した経緯から、そもそも吹奏楽との関係が非常に深い。サックスの開発した楽器群の多くは、耐久性や音量の面で野外演奏に適し、且つ機能的な楽器というコンセプトが反映されたものなのである。
アメリカにおいてもギルモア(Patrick Gilmore 1829-1892)スーザ(John Philip Sousa 1854-1932)の吹奏楽団の編成に採用されたことで、楽器としての地位を確立したという。

Photo_2【参考文献・出典】
「サキソフォン物語
  -悪魔の角笛からジャズの花形へ」
  マイケル・シーゲル 著
  諸岡 敏行 訳

  青土社 刊




そして今やサクソフォンはポピュラー音楽において最も欠かせない管楽器となっており、特にジャズの分野では多くの名手がそれぞれに個性を発揮し、伝説的な存在とも成っているのはご存知の通り。また、ラヴェルの「ボレロ」「展覧会の絵」などを初めとしてクラシック音楽においても独特の魅力を発揮しているし、またサクソフォン・アンサンブルは表現力と完成度の高い室内楽形態と認められている。

クラシック音楽におけるサクソフォンは、フランスで育てられたもの。マルセル・ミュール(Marcel Mule 1901-2001)、ダニエル・デファイエ(Daniel Deffayet 1922-2002)、ジャン=マリー・ロンデックス(Jean-Marie Londeix 1932- )と連なる系譜である。
Saxophoneサクソフォン奏者ならずとも、このヴィルトゥーゾたちの演奏は傾聴すべきものだ。

本稿で採り上げる「アルトサクソフォンのためのバラード」のプログラム・ノートにも
「フランス流サクソフォンに対する敬意(作曲するにあたっては、それが根底にあったのだが)を表し、ソロにおいては輝かしくも軽やかで、息の長い抒情的な旋律線を際立たせるようにしている。」
とのリード自身によるコメントがある。従って、作曲者の念頭にあったこの曲のアルトサクソフォン・ソロのイメージを理解するためにも、彼らの演奏は必聴なのである。

Emi_2「サクソフォーンの芸術」(3枚組CD)
ミュール、デファイエ、ロンデックスの代表的録音がパッケージ
されている。特にミュールの演奏する「アルトサクソフォンと11
の楽器のための室内小協奏曲(J.イベール)」は、私の頭か
ら離れない。尋常ならざる生命感の躍動と、ミュールしか持た
ない”歌”がそこにあるのである。


♪♪♪

「アルトサクソフォンのためのバラード」は、最初の一音からアルトサクソフォン・ソロによる旋律提示でスタートする。冒頭からして、この楽器の魅力をストレートに伝えようとする意図が明確である。
Vincent_j_abato_3※初演者は、本作の献呈を受けたヴィンセント・アバト
   (Vincent Joseph Abato1917-2008)

    ロジンスキやストコフスキーにも重用されたクラリネット、
    バスクラリネット、サクソフォンの名手である。
    有名なポール・クレストンのサクソフォン協奏曲(1944)
   の初演者としても知られる。



内容については、作曲者リードが端的に解説している。
「バラードとは、そもそも西洋音楽における最も古い世俗的な音楽形態の一つである。しかしながら、神聖なものと世俗的なものと両方のあらゆる種類の歌詞が附いて、様々な書法で書かれ、多様な音楽ジャンルをカヴァーしているものでもある。そして大概はゆっくりとした、抒情的なものこそがバラードであるとされており、本作もこの考え方に則っている。
主要旋律は単一だがこれに2つのモティーフが附随しており、澱むことのない流れの中で展開される。各小節の関係が密となったり疎となったりしつつ、ムードや色合いの微妙な変化を頻繁に示していく。」


終始ファンタジックな曲想の中、3連譜を多用したフレーズをアルトサクソフォン・ソロがくるくると舞うように歌う。それがとても美しい。
005_3
しかし、この曲の魅力は単にソロの美しさだけではない。
「絶え間なく交互に入れ代り、また分散する和音。バック・ハーモニーはまるで空に浮かぶ雲の形がうつろうように、或いは海での波の姿がうつろうように常に変化している。アルトサクソフォン・ソロは、こうした伴奏の変化し続ける色合いの中に包まれている。」
というコメントからも判る通り、リードがこの作品で腐心したのは美しいソロの旋律線だけではなく、音楽が示す”色合い”の微妙な変化(ニュアンス)を出すことだった。
緩やかに心癒しつつも、テンポも含めた微妙な変化が常に示されることで聴くものの音楽的興味を捉まえ、決して放さない。そうした奥行を持つ楽曲になっているからこそ、独奏楽器の魅力を語り尽くせるのである。
「終盤、旋律は元の姿に戻って再現されるのだが、最終小節はまた新しいパターンの”ハーモニーの色”を持っている。これにより、自由に流れてきたこの歌を最も相応しいやり方で完結せしめるものである。」
とは、リードのそうした意識が最終小節まで貫かれていたことを示すコメントではないか!

そして微妙なニュアンスの変化で音楽的興味を刺激し続けながら、堂々たるクライマックス(練習番号E)も持っている。
006ダイナミックなのにどこか切なく緊迫するアルトサクソフォンのレシタティーヴォは特に印象的であり、胸を打つ。トリルのあたりが、また泣かせるのだ…。

♪♪♪

音源はやはり、リード初来日記念盤をお薦めしたい。
Cdアルフレッド・リードcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
A.Sax.独奏:下地 啓二

クライマックスにおける”切なさ”を一番感じさせてくれる演奏。ソロの仄かなストイックさが、幻想性を更に深めているところも好き。出版元Southern Music社のデモ音源にも採用されている。

  【その他の所有音源】
    山下 一史cond. 東京佼成ウインドオーケストラ     A.Sax.独奏:須川 展也
    加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ  A.Sax.独奏:原 博巳


♪♪♪

Lp_2吹奏楽のサックス・ソロ曲として記憶に残るものをもう一つ。ポップス分野では何といっても「追憶のテーマ」である。(ニューサウンズ・イン・ブラス第4集(1975)収録)

バーブラ・ストライザンド&ロバート・レッドフォード主演映画「追憶」(1973年/原題:The Way We Were)主題曲であり、バーブラ・ストライザンド自身が歌って大ヒット、アカデミー主題歌賞も受賞した名曲。マーヴィン・ハムリッシュによる名旋律を、浦田 健次郎の優れた編曲によりアルトサックスの大ソロで聴かせる。塚本 紘一郎のソロがまた実に良かった!

 ※このニューサウンズ・イン・ブラス第4集では、野波 光雄の編曲による「マイ・ラヴ」
      のアルトサックス・ソロも素晴らしい。他にも優れた編曲と演奏が多い名盤であり、
      この頃のニュー・サウンズ・イン・ブラスがとにかく”突き抜けて”いたことを、証明
      するものである。

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2010年5月31日 (月)

トランペットのためのオード

Ode_001Ode for Trumpet
for Solo Trumpet and Symphonic Band
A.リード
(Alfred Reed 1921-2005)



管楽器というのは、生まれながらにしてカッコいい!

もちろん打楽器も弦楽器もピアノもオルガンも、”楽器”というのはカッコいいモノだと思うのであるが、奏者の端くれととして、常々私にとって管楽器とは殊にカッコいいものとして感じられている。

そして、その最たるものは何といってもTrumpetであろう。この楽器の放つ音の輝きや音楽におけるリーダーシップは群を抜いている。ライオンが”百獣の王”と称されるのと同じく、楽器の王様といっても差支えあるまい。

先日は「題名のない音楽会」(テレビ朝日/2010.5.2.放送)にて、シエナ・ウインドオーケストラをバックに、西村 浩二が「大都会 Part III」などの鮮やかなTrumpetソロをキメていた。普段吹奏楽に興味を示さぬ家内や息子も、惚れ惚れと聴いている。やはりTrumpetの華麗な演奏には抗し難い、圧倒的な魅力があるのだ。

Photo※西村 浩二(1963- )
ポピュラー音楽の分野を中心に活躍する気鋭のトランペッター。
吹奏楽の名門・亜細亜大学の出身であり、私は彼が3年生時の
同校吹奏楽団の定演を聴いている。極めてレベルの高かった同
団の金管群の中でも、彼のTrumpetは一際輝く存在だった。
トップ奏者として、フェネルの指揮による1st Stage、続くステージ
ドリルでシェエラザードのカデンツァ・ソロを吹きまくり、さらに3rd
Stageでは何と「サンタフェ物語」…。(!)優れた音色と見事な
ハイ・トーン、テクニックもさることながら、そのタフさにもただただ驚愕したのを憶えている。


また、特に吹奏楽においては、Trumpetのトップは自身の演奏を以ってバンド全体を強力に牽引することができるほど影響が大きい。そもそも優れたプレイはそれ自体が他の奏者を鼓舞し演奏全体をレベルアップさせるものだが、Trumpetのトップにそれを成遂げる実力と矜持を有する奏者を戴くことができたなら、効果は他楽器とは比較にならない絶大さなのである。

♪♪♪

私自身、Tromboneという楽器に触れ、音楽マニアとなったきっかけも実はTrumpetにある。中学校の入学式で吹奏楽部が演奏した「黒いジャガーのテーマ」のTrumpetソロが、どうしても頭を離れなかったのだ。
6才年上の兄がこの吹奏楽部でSaxを演り、音楽に熱中する姿は見ていたが、自分も吹奏楽部に入ろうなんて気は正直さらさらなかった。そんな私が吹奏楽部の部室を訪ねずに居られなくなったのは、あのTrumpetソロのせいなのである。当時部長を務めたソリストの3年生はとても上手であり、彼の愛用する銀色のコルネット(実はTrumpetではなかったのだ)がキラキラと輝いて…あの華麗なソロはとにかくカッコ良かった!
(…で、入部してみたら有無を言わさずTromboneを宛てがわれ、それを30年超も続けることになるのだから、とんだ笑い話である。^^)

Lp_2※黒いジャガーのテーマ(Theme from "Shaft")
岩井 直溥 編
岩井 直溥cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
ニューサウンズ・イン・ブラス第4集(1975)収録
映画「黒いジャガー」の主題曲を鮮烈にまとめた
好アレンジ、エレキギターの伴奏もフィーチャー
した16ビートがエネルギッシュ!
左画像 : 初出版のLPジャケット


♪♪♪

本稿で採り上げる「トランペットのためのオード(頌歌)」(1956年)も、そんなTrumpetの魅力に満ち満ちた佳品。「アルトサクソフォンのためのバラード」「クラリネットのためのセレナーデ」とともに、楽器メーカー・ルブラン社の委嘱により作曲された、吹奏楽伴奏によるソロ・フィーチャー作品である。
自身もTrumpet奏者であったアルフレッド・リードは、この楽器の機能や魅力を良く知っていたはずで、”アマチュアでも演奏可能なソロ”を念頭に置いてこの曲を書いたとのこと。さらに、Trumpetソロ・パートについては、この曲が捧げられた初演ソロ奏者ドン・ジャコビーの校訂を得ている。

Don_jacoby_2※ドン・ジャコビー(Don”Jake”Jacoby 1920-1992)
僅か9歳の時から既にソロイストだった早成の名手だが、
それは1年のうちクリスマスを除く364日練習に励んだ
結果だという。
大学卒業後はアメリカ海軍への従軍経験があり、吹奏楽
との関係も深い。一方でトミー・ドーシーやベニー・グッド
マンとの協演も果たすなど”認められた”プレイヤーだっ
たし、教育者としても教則本やクリニックを通じて高名で
あった。


楽曲としてはリード自身が解説する通り、Trumpetソロの提示する8小節の主要旋律による自由な変奏曲-ということになるが、ジャジーでメロウな曲想がとても素敵である。
劇的なバンド・サウンドに続いて、鮮烈に駆け上がるTrumpetソロが現れて序奏部を形成(冒頭画像)、木管群の安寧な響きで静まると、美しく揺れ舞うTrumpetソロの旋律が提示される。
Ode_002_2この旋律が変奏され、Trumpetソロがいよいよ華麗に歌い上げていくのだが、ソロ・パートの見事さのみならず、バンドによる伴奏もとても素晴らしい。リードの作品としてはごく初期のものだが、持ち前のふくよかなサウンドは既に確立されており、それが要所要所でTrumpetソロを包み込むのが心地良い。また伴奏部分の各楽器の音色対比やダイナミクスの変化も充分で、小品ながら納得感のある楽曲となっている。
高揚し、モダンなハーモニーでダイナミックにバウンスするクライマックスを経て、
Ode_003冒頭の旋律が今度はCup MuteをつけたTrumpetソロに戻ってくる。遠くから聴こえる如きこの部分の何とノスタルジックなことか…!再びMuteを外し、しなやかにしかしあくまで優しい表情のTrumpetのソロが最後の歌を歌い、静かに曲を締めくくる。

♪♪♪

冒頭に述べた通り、管楽器の集合体である吹奏楽はとにかくカッコよくなくてはならないと思うのだが、この曲などはその要諦をキチンと押さえていると云えよう。一言で”カッコよさ”と云ってもさまざまあるわけだが、創り手も聴き手も”カッコよさ”というものを的確に理解する感覚を持ち、追求していかなければならないだろう。「この曲(演奏)、本当に”カッコいい”か?」と健全な懐疑心を持ちながら…。

音源は1つのみ。
Ode_cdアルフレッド・リードcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
Trp.独奏:久保 義一

この曲の良さを端的に伝える演奏で、出版元Southern Music社のサンプル音源にも採用されている。

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2010年3月31日 (水)

ベレロフォン序曲

558pxtiepolo_giovanni_battista__b_2            Bellerophon on Pegasus (1746-47/フレスコ画の一部分)
                                              by  Giovanni Battista Tiepolo


Bellerophon Overture
P.W.ホエアー
(Paul William Whear 1925- )


「本番は、八分の力でな。」
コンクール会場のリハーサル室を出ようとした私たちに、夏休み中ずっと我々の練習をみてくれた先輩OBから声がかかる。この年、トロンボーン・パートは我々2年生が2人のみ。曲中に登場する3声のソリは、5ケ月足らずで鍛え上げたEuph.の1年生に、その部分だけ3rd Trb.のパートを吹かせて臨んでいた。
3年生がいない、2本しかないゆえに「トロンボーンが弱い」とは言われたくない!と負けん気でムキになり猛練習に励んだ日々だった。既に充分”鳴らせる”はず。大分県大会を勝ち抜き、西部(現九州)大会までの自由曲「ベレロフォン序曲」の練習は充分にフレーズを長く、そして他パートとの受け渡しを限りなく丁寧に- そこを重点的にさらってきた。

そんな想いからどうしても力みがちな我々を、OBは諭してくれたのだ。その言葉を胸に、落着いて演奏できた本番の結果は…「銀賞」。
西部吹奏楽コンクールで初めて銅賞を脱した、我が中学の念願を果たした瞬間である。
洵にレベルの低い話ではあるが、まともな指導者ももたず、ただ労力と時間だけを投下していた田舎のバンドにとって、本当に大きくうれしい成果だった。だからこそ冷房も何もない真夏の暑い暑い校舎で、ひたすらに楽器を吹いていたあの日々の映像が、今もありありと浮かんでくるのだと思う。

♪♪♪

標題となった「ベレロフォン」とはギリシャ神話に登場する英雄であり、ギリシャ名では「ベレロポーン(or ベレロポンテース)」と表記される。
彼は古代ギリシャのポリス(都市国家)の一つであるコリントスの王子であり、生まれながらに「すぐれて秀麗な眉目と、誰をも惚々とさせる男振りとを神々から与えられていた」という。実の父は海神ポセイドン(ポセイドーン)であるとされ、翼のある天馬ペガサス(ペーガソス)を御する姿で知られている。(冒頭画像参照)その後の冒険においてもそのポセイドンと女神アテナ(アーテナー)の庇護を受けており、ペガサスもポセイドンから与えられたものなのである。
     ※ペガサスはペルセウスが怪物メドゥーサの首を斬り落とした際に流れた血から
            誕生したとされるが、そもそもメドゥーサもポセイドンの子であるという。


【ベレロフォンの生涯と冒険】
 
出典・参考文献 :呉 茂一 著「ギリシア神話」(新潮文庫)
ベレロフォンはある競技の最中に、誤って親族を殺めてしまったことから、祖国コリントスを離れざるを得なくなる。この不幸なエピソードから彼の冒険が始まるのである。
ベレロフォンはアルゴス王プロイトスのもとに身を寄せ、贖罪の日々を過ごすのだが、優れた容姿と男振りが災いして、プロイトス王妃アンテイアに言い寄られる事態となってしまう。潔癖で純真なベレロフォンがこれを全く相手にせず、逆に諌めたことからアンテイアはベレロフォンを憎み、プロイトス王に反対のこと=ベレロフォンがアンテイアに迫り、あげくに力ずくで奪おうとしたのだと訴えた。
これに怒ったプロイトス王は、大神ゼウスの「賓客を守る」という教えに差障ることなくベレロフォンを葬るため、イオバーテス王(アンテイアの父)の治めるリュキア国へとベレロフォンを差し向ける。

Bellerophon_riding_pegasus_fightingリュキア国では、プロイトス王に因果を含められたイオバーテス王が、ベレロフォンに危険極まりない任務を次々と依頼するのであった。
その中でも最も有名なものが「キマイラ退治」である。キマイラ(キメラ)は獅子の前半身に山羊の胴体と多数の蛇の尾を持ち、口から猛火を吐く怪獣で、人畜に夥しい害を与えていた。ペガサスに跨り天空を駆けるベレロフォンは、この危険な怪物を見事討ち果たすことに成功するのだ!
※左画像:Bellerophon Riding Pegasus
    Fighting the Chimaera (1635)
    by  Peter Paul Rubens


この後も「ソリュモイ人の征討」「アマゾーン女軍平定」の難業を相次いで成し遂げ、リュキア国の強者たちの襲撃も退けて凱旋したベレロフォンは、その剛勇と自らが享けている神々の掩護とをイオバーテス王に認めさせる。
そして今度は心からの歓待を得て、イオバーテス王の末娘を娶り、リキュア国の半分を割譲されるのであった


しかし幸福の絶頂にあると思われたベレロフォンは、その後子供を次々と失う不幸に襲われる。そして自身も神々の仲間入りを果たすべくペガサスに乗って天界を目指し、その不遜を憎んだ神々の怒りを受けてペガサスから墜落させられてしまう。
墜落の後、アレイオーンの荒野をただ独り彷徨い歩くベレロフォンは、気が変になっていた。



ギリシャ神話には多くの英雄が登場するが、ことごとく暗い不幸な末路をたどる。
「ペルセウスははからずも祖父を殺して故郷を去り、ヘーラクレースは自焚し、テーセウスは孤島に憤死し、ベレロポーンは狂乱し、メレアグロスは母の呪いで死ぬ。彼らは皆不幸である。いずれが真か、彼らはむしろ「幸福」とは何かと、訊ねているようにも見える。あるいは彼らの価値は、「幸福」が唯一無二の価値ではない、と身をもって提示するところにあるとも、判断されようか。」
- 呉 茂一 著「ギリシア神話」下巻 (新潮文庫)p102より

呉氏の指摘通り、英雄とはそもそも”幸福を求めない”者なのかも知れない。

♪♪♪

Photo作曲者ポール・ホエアーは弦バス奏者としてのキャリアも持ち、「ストーンヘンジ交響曲」「吹奏楽のためのソナタ」「エルシノア序曲」などの作品で知られる。音楽教育にも力を尽くしてきた彼の作品は、平易なものでも実に充実した構成とサウンドを有している。

「ベレロフォン序曲」(1968年)
はまさにその典型であり、小編成でも演奏可能な設計にして演奏困難なフレーズは見当たらない一方で、各楽器の音色や特性を生かしたソロやソリを散りばめるなど、なかなかよく考えられた作品である。さらに打楽器ソリやTimp.のソロも配してダイナミックなコントラストを描くなど、この規模と難度の曲にこれほどの創意工夫が盛り込まれた楽曲は少ない。

曲の内容としては、ベレロフォンの英雄伝説を描写的に辿っていくというより、神話のさまざまなエピソードを1枚の絵にまとめたという感じだろうか。
「この序曲は短い序奏の後14小節目に現れる、コルネットによる静かな主題の変奏・発展の連続を、1つの楽曲としてまとめたものである。比較的楽器経験の少ない奏者の技術的な限界に配慮しつつも、きちんとした様式を守って、現代(20世紀)的な作風で書かれている。」
(スコアにある作曲者ホエアーのコメント)

1Timp.の一打にリードされた低音楽器の打ち込みで毅然と開始、ファンファーレ風のTrp.のフレーズから堂々たる序奏部が形成される。
闇に引き込むような低音のフレーズに不気味なクラリネットのトリル。不幸な事故が原因で故国を去ることとなった、或いは傷つき荒野を彷徨う最期となったベレロフォンの運命を象徴するかのような、暗鬱な音楽が始まる。
2コルネット・ソロ(上掲/14小節目)の奏でる哀歌に、Trb.の美しいハーモニーによる伴奏が加わってきて、
3木管楽器が哀歌を繰り返す。哀しい雰囲気はそのままに、徐々に高揚し緊張を高める頂点で、一気に視界が開けHornの凱歌とともにRather fast -exact (M.M.=120)の主部となる。先行するTrp.にカノン風に続くTrb.というリズミックな楽句と、柔らかく幅広いフレーズとの対比が印象的。
4_3
ここではやや華やいだ楽想となるが、ほどなくチャイムの音とともに影が差す。不安げなフレーズに続き、咳き込むように8分音符の楽句が織り上げられ、エキサイティングで華麗なパーカッション・ソリに突入するのだ。
5一旦静まってTrb.ソリに始まるクライマックスへ。
6まさにペガサスに跨り天を駆けて活躍する、ベレロフォンの勇姿がイメージされる部分である。軽やかに空を舞う美しい勇者と白馬は気品も失くすことはない。

これを濃密なサウンドで終うと、静まって憂いに満ちた旋律が木管楽器に現れる。
7これが4声のカノンとなり、楽曲をさらに充実したものとしていくのである。

冒頭部分が再現されてブレイクすると、Timp.の劇的なソロに導かれ、いよいよスケールの大きな音楽が奏され終結部を迎える。
83/4拍子の1小節を1つにとる、重厚で輝かしい楽想はまさにベレロフォンへの讃歌であろう。高らかなTrb.のファンファーレも耳に残る。

サウンドの輝きと重厚さを一層増しコーダに突入してからは、圧倒的な盛り上がりのまま”Press forward”の表示通り、一気に劇的なエンディングへと突き進んでいく。

♪♪♪

音源はたった一つ、しかもアナログLPのみでCD化されていない。
Lp飯吉 靖彦(汐澤 安彦)cond.
フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル

神経の行き届いた、とは言えないが誠実で手堅い演奏。貴重な録音であることは間違いない。コーダの”Press forward”の表示に対しては、最終3小節で思い切ってテンポを速めているが、これはやり過ぎか?この曲の場合、最後までテンポを速めない演奏も、堂々としてまた良いものである。

音源の入手も困難な現況では、往年の吹奏楽ファン以外はこの曲に接したことがないだろう。前述の通り、純粋な音楽としての面白さを盛り込むべく工夫が凝らされた佳曲であり、忘れ去るには惜しい。

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2010年3月21日 (日)

交響的序曲 J.バーンズ

Usaf_2Symphonic Overture
J.C.バーンズ
(James Charles
Barnes  1949- )


大変ゴージャスな序曲である。作曲者ジェイムズ・バーンズも”世界的なレベルの楽団”と評するアメリカ空軍ワシントン・バンドの創立50周年を祝うために委嘱された作品であるから、それも当然と云える。同バンドの委嘱作品は他にも「フェスティヴァル・ヴァリエーション」 「華麗なる舞曲」(C.T.スミス)「ダンス・ムーヴメント」(P.スパーク)「ハリソンの夢」(P.グレイアム)など高度な技術を要する錚々たるものばかりであり、本作もその例外ではない。

     ※冒頭画像:同バンドの創立50周年記念CDアルバム/「交響的序曲」も収録


Photo委嘱当時のアメリカ空軍ワシントン・バンドの指揮者ジェイムズ・バンクヘッド中佐(James M. Bankhead)からの要望は「ロマン派のスタイルで、規模の大きさと挑戦しがいのある難度を持った、コンサートのオープニングを飾るにふさわしい序曲」とのことだったが、作曲にあたってはバーンズ(左画像)もかなり悩まされたようだ。スコアに記されたバーンズのコメントによれば、1990年1月末には何と一旦完成した作品を破棄し、改めて書き直すことにしたのだという。
どうしても気に入らなかったこの破棄された作品とは異なり、バーンズ自身「交響的序曲」に用いた旋律を大変気に入って、その旋律を着想してからは約2週間で書き上げたというから、ノリにノって作曲したことは間違いないだろう。

こうして誕生した「交響的序曲」は(1941年創立の)アメリカ空軍ワシントン・バンドの50周年となる1991年に初演された。完成した本作は、序奏と終結部に金管の華麗で重厚なファンファーレを擁する構成や、快速部冒頭のスピーディでリズミックなOboeソロによる主題提示などが、高名なショスタコーヴィチの「祝典序曲」を髣髴とさせる曲想である。シンコペーションを効かせたリズムやコードで聴かせるソリ、効果的な木管低音楽器の使用などをふんだんに配し、バーンズらしく味付けされながら、終始祝典のムードを充満させた陽気で輝かしい音楽となっている。

♪♪♪

まず冒頭のファンファーレからして実にゴージャス!
17声のコルネット&トランペット + 1声のトロンボーンのという8声のラッパたちがアンティフォナルに響きあうさまは壮観であり、これにHornや打楽器が加わって一層豪華なファンファーレとなっていく。
と、次の瞬間2/2拍子 Allegro Vivoに転じ、密やかに始まったTrb.のシンコペーションと、木管群の目まぐるしい8分音符が徐々に高揚して開放感に満ちたクライマックスとなり、序奏部を締めくくる。

続く主題提示のOboeソロこそは、この曲最大の魅力!
2うきうきと高まる気分を表現するリズムを感じさせながらも、どこまでも流麗-Oboeの美しい音色が抜群に映えている。
またここでは、伴奏を務める”歌う低音”も実に素敵。
3リズミックな伴奏でありながらフレーズ感に満ちていて、単独でも確りと愉しげな歌になっている!Oboeと低音群とが、さながらDuetとなって豊かな音楽を聴かせてくれるのだ。

この魅力的な主題を繰返し奏する木管群に、リズミックな金管の楽句が応酬して、音楽はよりスケール豊かなものとなる。スピードを失うことなく一瞬静まったかと思うと、チャイムのソロを中心とした打楽器のソリがやってきて…色彩とコントラストの豊かさも申し分ない。
4足取りを緩めると冒頭ファンファーレをHorn(+Euph.)が堂々と再現し、豪快なサウンドが轟いてブレイク。ファンファーレの旋律を緩やかに奏するコールアングレ・ソロのブリッジを経て、ロマンティックな中間部に入る。

Adagio の中間部はSaxの艶やかな音色に支配されていると云ってよい。導入部分はTenor Sax.のソロに始まり、いよいよAlto SaxがHarpの伴奏を従えて存分に歌うのだ。
5甘美な旋律は木管群によって繰返されるが、今度はこれを彩る対旋律に回ったAlto Saxソロが、さらに抒情を極めていく。
そして全合奏となって高揚し、感動的なクライマックスを迎えるのだが、幅広く濃厚な音の束が心地よい。

6名残惜しくファンタジックに中間部を締めくくると、弾む符点のリズムから再び快速部2/2拍子へ。木管楽器のきらびやかな8分音符との応答が繰返されてブリッジとなり、第一主題とその開放的なムードとが戻ってくる。
そしてHornの雄叫びと鮮烈な金管のベル・トーンを経て、遂に終結部のファンファーレに突入するが、ここでは吹奏楽の豊潤なサウンドを存分に堪能することができよう。

まるで弦楽器の響きを想起させるような木管群のトリルが音楽を一層盛り上げると、一気呵成のコーダへ。激しいリズムに続いて、鮮烈な全合奏のコードが雄として鳴り響き、華やかな終幕となる。

♪♪♪

「書き直したこの曲が、前の曲より良いことは確かだから、ぜひ楽しんでほしい。」とバーンズのコメントは控えめだが、この「交響的序曲」の快活な爽快さは突き抜けており、非常にチャーミングな音楽だと思う。私は理屈抜きに大好きである。

音源は
Photoジェイムズ・バーンズcond.
東京佼成ウインドオーケストラ

をお薦めする。
曲が持つ美点を充分に発揮し、スケールの大きな好演であるこの自作自演は、出版社Southern Musicのデモ音源にも採用されている。

  【他の所有音源】
   鈴木 孝佳cond. TADウインドシンフォニー(Live)
   アラン・L・ボナーcond. アメリカ空軍ワシントンバンド
   アレキサンダー・ヴェイトcond. シンフォニック・ウインズ
   松元 宏康cond. ブリッツ・ブラス
   ジェイムズ・バーンズcond.
                    洗足学園音楽大学シンフォニック・ウインドオーケストラ(Live)
       ジェイムズ・バーンズcond. オランダ王立陸軍軍楽隊

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2010年3月 8日 (月)

歌劇「運命の力」序曲

Destino(マリインスキー劇場による「運命の力」上演)

La Forza del Destino, Sinfonia
G.ヴェルディ
(Giuseppe Verdi 1813-1901)


19世紀オペラの巨匠、ジュゼッペ・ヴェルディ。彼は生涯で 28作にのぼる歌劇を手掛けたが、その中で最も充実した序曲を擁すと評されるのが「運命の力」(1862年初演、1869年改訂版初演)である。
   ※「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫/音楽之友社)」による

名作として単独で採り上げられることも多いこの序曲は、吹奏楽界も席巻した。早くからケント=レイク編曲版が入手し易かったこともあり、吹奏楽コンクールの自由曲として盛んに採り上げられたのだ。全日本吹奏楽コンクールでは早くも1961年から登場し、1970-90年代には「シチリア島の夕べの祈り」「ナブッコ」の両序曲ともども、全部門に亘るコンクールの定番曲となっている。

遺された数多い名演の中で、頂点を極めたとされるのが
Live1977年 木村 吉宏 編曲
得津 武史cond.今津中

の演奏である。
前年には、名門として想像もし得なかったであろう”銅賞”に甘んじた得津=今津が、その底力を発揮し圧倒的な演奏で復活を遂げた、名演中の名演だ。

※バンドジャーナル誌(1978年1月号)記載の審査員講評
  汐澤 安彦
「Shiozawa.jpg」をダウンロード
   保科 洋 (高校の部で「運命の力」を採上げた2校):
「Hoshina.jpg」をダウンロード 

当時、私は中学1年で吹奏楽と出遇ったばかりであったが、ライブ録音を聴いてまさに衝撃を受けた。…凄すぎる!
今聴いてもその完成度の高さ、そして音楽的魅力には”感動”の一言しかない。国際的な水準と評されたハーモニーはもちろん、清冽なサウンド、そして各フレーズどころか各音一つ一つまで充実した質感、隅々まで神経の行き届いた曲作りは奇跡的であり、吹奏楽の可能性を限界まで示した演奏とも云える。
これが、中学生の演奏とは全く信じられない!
Photoこの今津中の演奏では、楽器配置が特異なのもずっと印象に残っていた。編成にはサクソルン属金管も加えているようだ。楽曲を掘下げに掘下げた結果、求める音響はあの編成と配置に帰結したのだろうか…。

♪♪♪

Verdiヴェルディの評伝を読むと、謹厳実直にして誇り高く、頑固なまでの強靭な意思を持つ情熱的な人物像が浮かびあがってくる。一方で利に聡く、自作の”著作権”を確保したり、農場経営でも成功を収めるなど、実業感覚も持ち合わせていたことでも知られる。遺された数々の名作からヴェルディの音楽的才能は疑いないが、酒場を兼ねた宿屋の倅である彼は、必ずしも音楽的に恵まれた環境の下に生まれたわけではない。自己流のピアノ奏法と年齢の高さが災いしてミラノの音楽院受験に失敗したエピソードは有名だ。
それでもヴェルディは富裕商人(後の義父でもある)アントニオ・バレッツィの支援を得てその才能を開花させていくのであるが、彼にとって修行時代、そして音楽家として駆出し当初の金銭的な苦労は相当なものだったらしく、それを嫌気する思いは強かったようだ。彼は”稼ぐ”ために、当時まさに流行音楽そのものであったオペラの世界で音楽を書きまくり、後に自身が「苦役の年月」と称した日々を過ごすことになる。

またヴェルディは、若くして(25-27歳)甚大な精神的ダメージも受けている。生まれたばかりの子供2人を次々と亡くし、さらに最初の妻マルゲリータにも先立たれてしまう。さらにその極限の状況下で作曲した2作目のオペラが強烈な酷評を浴び、大失敗に終わるのである。これがヴェルディに悲観主義をもたらすとともに、”世間”というものへの不信感を(後の成功により薄まりはしたものの)、彼の根底に置き続けることになったように感じられる。それはまた一方で、ヴェルディに”信念”を確りと形成させることともなっただろう。

そんなヴェルディを救ったのも、やはり音楽だった。続く第3作「ナブッコ(ナブコドノゾール)」で彼は見事に甦り、オペラ作曲家としての地位を揺るぎないものにしたのである。「ナブッコ」のシナリオこそは、彼に天啓を与えたとされる。

   なぜかわからないが、視線は開いたページに釘づけになり、
   目にこんな詩句が映った。
     ”行け、我が想いよ、金色の翼に乗って”
   続く言葉に目を走らせて、私はそこから大きな印象を受けた。

                      (ヴェルディの回想 : 小畑 恒夫氏の訳による)


フランスやオーストリアの属国とも云える状態で分裂していた当時のイタリアは、その統一と独立に向け民族主義的な気運が高まっていた時代であった。「ナブッコ」はその気運にも乗って熱狂的な支持を得たし、ヴェルディの作品でいえば後の「レニャーノの戦い」なども、同様の気運に乗って支持を得たものである。

    ※「虐げられたユダヤはイタリアだ。傲慢な王ナブッコが君臨するバビロニア
        はオーストリアだ。」
        -「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫 著/音楽之友社)」p50より


音楽家の成功は、時代の要求と合致した時にこそ訪れる。それと同時に、その才能と音楽を理解し金銭的また精神的に支援する人々が存在してこそ、開花の時を迎えることができるのだ。
ヴェルディの場合もスポンサーであり続けたバレッツィ、失敗してもチャンスを与えたミラノ・スカラ座支配人メレッリ、そしてマルゲリータならびにジュゼッピーナ・ストレッポーニという2人の妻をはじめとする人々が、彼自身とその芸術の誕生とに大きな支援を与えたのである。

本稿で採り上げた歌劇「運命の力」はヴェルディ48-49歳の作品。既に充分な成功者であり、(本意ならずも)推されて国会議員にもなっていた。その2年ほど前にはストレッポーニとの再婚も果たしており、公私ともに充実を極めた中で、純然たる音楽創作の興味の中から誕生した楽曲と位置づけられよう。

Photo【参考:出典】
「ヴェルディ -作曲家 人と作品」
(小畑 恒夫 著/音楽之友社)
「ヴェルディへの旅」  (木之下 晃・
       永竹 由幸 著/実業之日本社)
「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」
(加藤 浩子 著/東京書籍)


♪♪♪

歌劇「運命の力」は、ロシア帝室歌劇場(現・マリインスキー劇場)のために創作され1862年に初演されている。この初演版は最後に主人公も自殺し、主要登場人物がみな死んでしまうという陰惨な内容であった。
ヴェルディ自身もこの暗鬱なエンディングを変更したいと考えていたため後に自ら手を入れ、主人公が自殺に及ばず終幕となるエンディングへと変更された改訂版が1869年に初演されている。

  【歌劇「運命の力」あらすじ(1869年改訂版)】
    
原作:アンヘル・デ=サーヴェドラ 「ドン・アルヴァーロ、または運命の力」
        台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
        改訂版台本:アントニオ・ギスランツォーニ

          18世紀中頃のスペイン/セヴィリャ。カラトラーヴァ侯爵の娘レオノーラ
          恋人ドン・アルヴァーロと駆け落ちしようとしていた。侯爵はアルヴァーロ
          をインカの血統として忌み嫌っており、二人の結婚を認めようとしないため
          である。ところが、いよいよ家を出ようとしたところで、二人は侯爵に見つか
          ってしまう。
          アルヴァーロは侯爵に逆らうつもりはないことを示すため、所持していたピ
          ストルを床に投げ捨てるが、あろうことかそれが暴発して銃弾は侯爵に命
          中し、侯爵は息絶えてしまう。

          二人は離れ離れに逃げ、お互いに相手は亡くなったと思込むが、レオノー
          ラの兄/ドン・カルロは復讐の鬼と化して二人を追跡する。イタリア戦線へ
          の兵隊募集をしている村で、(男装していたにもかかわらず)レオノーラは
          危うく兄に見つかりそうになるが、何とか逃れて山上の修道院を訪ねる。
          その村で耳にした兄の話からアルヴァーロが生きていることを知り、そし
          て”アルヴァーロは私を棄てた”と思込み絶望したレオノーラは、修道院の
          グァルディ
アーノ神父に真実を告白し、贖罪のため山の洞窟で独り、隠
          者としての生活に入る。

          この後、イタリア戦線へ各々参戦したアルヴァーロとカルロは偶然に出会
          い、互いの素性を知らぬまま厚い友情を結ぶこととなる。ところが、負傷し
          たアルヴァーロがレオノーラの肖像画が入った小箱をカルロに託したため
          に、カルロはこの親友こそが、仇であるアルヴァーロだと知ってしまう。
          カルロはアルヴァーロに決闘を挑もうとする。

          アルヴァーロは決闘を避けるため修道院に身を隠すが、5年後に居場所を
          突
き止めたカルロが現れ、決闘を迫る。決闘に勝利したのはアルヴァーロ
          であり、カルロは深手を負う。アルヴァーロはカルロの最期の告白を聞き
          看取ってもらうため、付近に住む隠者を捜し洞窟へ入る。…何ということか、
          その隠者こそはレオノーラであり、二人は劇的な再会を果たすのだった。

          しかし、事情を知ったレオノーラが兄/カルロに駆け寄ったところ、カルロは
          最後の力を振り絞って妹を刺し、レオノーラとカルロは二人とも死んでしまう。
          絶望するアルヴァーロをグァルディアーノ神父は慰め、死んでゆくレオノーラ
          のために祈りを捧げる。

          (尚、初演版ではここでアルヴァーロが人間の存
在を呪いつつ、岩場から
           身を投げて自殺し、終幕となる。)


【参考音源】
31mxc6fg5sl__ss500_フランチェスコ・モリナーリ=プラデッリcond.
サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

レオノーラ : レナータ・デバルディ
ドン・アルヴァーロ :マリオ・デル・モナコ
ドン・カルロ : エットーレ・バスティアニーニ
グァルディアーノ神父 :チェーザレ・シエビ


4195rnxkfdl__ss400_トゥーリオ・セラフィンcond.
ミラノ・スカラ座管弦楽団

レオノーラ : マリア・カラス
ドン・アルヴァーロ :リチャード・タッカー
ドン・カルロ : カルロ・タリアブエ
グァルディアーノ神父 :ニコラ・ロッシ=レメーニ

そもそも「運命の力」はその台本自体、重要な出来事が幕間に起こることも多く、判りにくいとされている。それでも悲劇の集積であるこの「運命の力」に対し、ヴェルディはそれまでの作品と比較しても、ひときわ劇的で雄弁な音楽を付しているという。
「(”運命の力”を歌う歌手は)魂を持ち、言葉を理解し、その意味を表現しなければならない。」
(加藤 浩子 訳)
とヴェルディはコメントし、この歌劇に多くの新機軸を盛り込んで、更に新しい道に踏み込んだとされる。それは(動機の一つとはされているが)単に招かれたロシアの歌劇団に所属する歌手に惚れこんだ、などといったことではあるまい。

きっと、成功者のヴェルディも迫ってくる後進の気鋭・ワグナーらを強く強く意識していたのだと思う。それが、音楽的に新たなチャレンジ(既成功者の”創作意欲”はここに在る)へとつながったということではないだろうか?
「運命の力」でまた自らの音楽の次元を押上げたヴェルディは、これから先、円熟期にかけて「レクイエム」「アイーダ」「オセロ」「ファルスタッフ」といった名作をまだまだ送り出していく。「運命の力」はまさに”成功者のリスタート”となった作品と云えるかもしれない。

    ※ヴェルディはタンホイザー序曲を聴いた際、ワグナーの才能自体は評価し
       つつ、楽曲には批判的なコメントをした記録がある。しかし一方、ワグナー
       が逝去した際には大変な嘆きようであったことが伝わっており、ワグナー
       を相当意識していたことが窺える。

  【参考:出典】
   「ヴェルディ -作曲家 人と作品」(小畑 恒夫 著/音楽之友社)
       「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(加藤 浩子 著/東京書籍)
       「名曲解説全集 」(永竹 由幸 著/音楽之友社)


♪♪♪

歌劇「運命の力」は前述の通り1869年に改訂されており、「序曲(Sinfonia)」もその際に初演版「前奏曲(Preludio)」を拡大し書き改め、完成したもの。この初演版「前奏曲」は3分強と「序曲」の半分の規模であり、陰惨極まるエンディングを持つ初演版の内容に呼応して、暗鬱なダウンエンディングで閉じる簡潔な楽曲となっている。

序曲の冒頭は初演版と変更なく、金管群(+Fagotto)のユニゾンによる3つのE音が、2度繰り返されて開始する。
2運命を暗示するかの如きこの楽句は歌劇中の第2幕冒頭に響きわたるものである。

続く弦楽器の旋律はオペラ全体を通じて用いられている”運命の主題”。
1”agitato”という発想記号にこれほど相応しい音楽もない。まさに、心が泡立つような不安が示されている。

冒頭が再現された後、Oboe、Clarinet、Fluteにより美しくも悲痛な旋律が歌われる。
4これは第4幕、アルヴァーロとカルロの二重唱の場面から採られている。決闘を迫るカルロに対しアルヴァーロが「兄弟よ、許してくれ」と哀願する旋律であり、これに対しカルロが「お前は妹を奪い、汚し、捨てた」と罵る旋律でもある。

G.P.を挟んで密やかなpppから美しく清らかな旋律が湧き起こる。第2幕第2場、山上の修道院に辿り着いたレオノーラが聖母に許しと憐れみを請う「憐れみの聖母」の場面で歌われる、有名なアリアである。
5逃亡生活の果て、アルヴァーロに棄てられたと思い込み絶望の悲しみから聖母にすがるレオノーラの心情が迫ってくるのだ。
これが高揚し実に幅広い音楽となって、遂にダイナミクスと緊迫感が極まる。激しくスピード感の高い弦のパッセージが決然と仕舞うと、前半に登場したアルヴァーロとカルロの二重唱が再現されるブリッジへ。
ここで今度はClarinet、Oboe、Fluteが相次ぐソロでモチーフを奏し、変化と抒情を与えているのが見事である。

再びG.P.を経てここから後半に入り、ハープの伴奏でClarinetが艶やかに歌いだす。
6山の洞穴で独り神に身を捧げる生活をしたいとする懇願を、グァルディアーノ神父に認められたレオノーラが、それに感謝し神を賛美する歌である。(第2幕最終盤)

金管楽器のファンファーレ風楽句と弦楽器が応酬し、スピード感とともに音楽は高揚するが、かと思うとすぅっと力の抜けた高貴なコラールが現れる。まさに絶妙なコントラスト!
3_2これも第2幕第2場から採られたもので、グァルディアーノ神父が神を讃えつつレオノーラの望みを叶えることを報告する讃歌である。
この安寧なコラールに切り込む弦楽器の鋭いカウンターが対照的で印象深く、楽曲に緊張感を与えるとともに歌劇の内容を暗示し続けるものでもある。

続いて「運命の主題」が光に満ちたものに姿を変えて現れ、放射状に力強くなっていくが、その頂点で全合奏により「憐れみの聖母」のアリアが高らかに輝かしく奏される。全曲のクライマックスだ。

悲劇性を極めたこの歌劇だが、序曲はその内容に拘り過ぎることなく、ここから終局に向って一層リズミックで響き豊かなスケールの大きな音楽となり、堂々たるエンディングとなって締めくくられる。

♪♪♪

激しい情熱と気品、険しい表情と喜びの高揚-この序曲に存在する二面性を確りと、しかし決してわざとらしくなく表現した演奏が望まれる。この観点から以下音源をお薦めしたい。
Photo_3クラウディオ・アバドcond.
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

テンポ設定の適切さ、コントラストの見事さをはじめ、全てが”良い塩梅”。ダイナミックだが繊細な、優れたオケによる均整の取れた秀演。

61kjdh16n5l__ss400_クラウディオ・アバドcond.
ロンドン交響楽団

同じアバドの指揮だが、より情熱的に奏される。クライマックスで記譜よりオクターブ上げて奏させた、Trp.の輝かしいテンションはその象徴。

Photo_4ジュゼッペ・シノーポリcond.
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

しっとりとした印象の中に、激しさ、そして一本芯の通った強さとが込められた演奏。



Vol4_2セルジュ・チェリビダッケcond.
ミュンヘン・フィルハーモニー交響楽団 (Live)

全てにおいて”濃い”演奏。歌い方も実に濃いので、好き嫌いが分れそうだが、充実し高密度なサウンドと、音楽の太い流れは説得力に富む。

41ccpuwel__ss500_ワレリー・ゲルギエフcond.
キーロフ歌劇場管弦楽団

レオノーラ : ガリーナ・ゴルチャコワ
ドン・アルヴァーロ : ゲガム・グレゴリアン
ドン・カルロ : ニコライ・プーティリン
グァルディアーノ神父 : アスカル・アブドラザーコフ

歌劇「初演版」全曲を収録、序曲も原型である”Preludio”版が聴ける。

    【その他の所有音源】
      リッカルド・ムーティcond. ミラノ・スカラ座管弦楽団
     チョン・ミュンフンcond. ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団
     フランチェス・コモリナーリ=プラデッリcond.
                          サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
     アルトゥーロ・トスカニーニcond. NBC交響楽団
      トゥーリオ・セラフィンcond. ミラノ・スカラ座管弦楽団
     アンタル・ドラティcond. ミネアポリス管弦楽団
     ゲオルグ・ショルティcond. コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
     ジーノ・マリヌッツィcond. イタリア放送トリノ交響楽団
     指揮者不詳/ロンドン・フィルハーモニア管弦楽団
     ディミトリ・ミトロプーロスcond. フィレンツェ市立歌劇場管弦楽団
     リコ・サッカーニcond. ブダペスト・フィルハーモニック管弦楽団
     ビストリック・レズーチャcond. スロバキア室内管弦楽団
     ルカーシュ・カリティノスcond. ヴェネト州フィルハーモニー管弦楽団
     アーサー・ウィノグラードcond. ロンドン・ヴィルトゥーゾ交響楽団
     ヘルベルト・フォン・カラヤンcond. ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
     ロリン・マゼールcond. クリーヴランド管弦楽団
     ジュゼッペ・シノーポリcond. フィルハーモニア管弦楽団
     イゴール・マルケヴィチcond. ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
    トーマス・シッパーズcond. コロンビア交響楽団
     カルロ・マリア・ジュリーニcond. フィルハーモニア管弦楽団


(Revised on 2011.3.8.)

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2010年2月21日 (日)

Misty

1953_at_bop_city_in_manhattan_3 ( 1953 Erroll Garner at Bop City in Manhattan )

ミスティー

エロル・ガーナー
(Erroll Louis Garner 1921-1977)


ロマンティックで優しく、そしてとても美しいが、感傷的過ぎない。静かな情熱は、グッと大人の雰囲気を醸しだしている。高揚感は明確に有するのに、雰囲気はあくまでメロウでファンタジック。その名の通りぼやけたムードは、深遠さも感じさせる。時刻的にはもちろん夜が似合い、酒との相性もいい。(できれば洋酒、しかもワインやビールより、ウイスキーやスピリッツの系統が望ましい。)
色彩的にはグラデーションを成す”青”がイメージされる。

-そんな、稀代の名旋律である。
こんな素敵な旋律が浮かんできてしまったら、エロル・ガーナーならずとも「一刻も早く完成させ、楽譜に残したい」と、文字通り飛んでいきたい気持ちになるというものだ。歌詞があってもなくてもその魅力は強く、そしてさまざまな楽器のソロにアダプトされて愛されている。

♪♪♪

1954年にガーナーがニューヨークからシカゴへ移動の機中で窓から雲を眺めていたところ、唐突にこの「ミスティー」のメロディを着想、それを逃すまいという一心で到着後シカゴのホテルに直行し、ピアノに向って仕上げたというエピソードは有名。

これが、”ビハインド・ザ・ビート”(左手のビートにわずかに遅れて右手が旋律(アドリブ)を奏でる)と称されるプレースタイルでファンを熱狂させたガーナーの、最大のヒット曲となったのである。
ガーナーが独学のピアニストであり、楽譜の読み書きが不得手であったということが、楽曲誕生のエピソードをよりミステリアスなものとしている。

      ※参考資料 : 「ジャズ名曲物語」 吉村 浩二 著 (スイングジャーナル社)

魅力ある旋律の持つ”魅力”とは、多くの側面を持つものであり、この曲の魅力は冒頭に述べた通りだ。ジャンル如何にかかわらず、音楽が人心を惹きつけて已まないその最大要素は、「旋律」なのである。
独学ゆえに独創的だったとされるガーナーだが、彼も当然このことを理解していたし、だからこそ”天から降りてきた”「ミスティー」の旋律を、懸命に形にしよう、残そう、としたに違いないのだ。

♪♪♪

後にJohnny Burkeによる詞がつけられ、ジャズ・ヴォーカルの名曲ともなったこの「ミスティー」だが、歌はもちろんのこと、どの楽器で奏しても素晴らしい。TrumpetやSaxはもちろん、Tromboneもイケる。
例えばヘンリー・マンシーニも、違う楽器のソロによる複数のヴァージョンの「ミスティー」を自らの楽団に奏させているが、いずれも実に味わい深い。

    ※ Misty : Johnny Burke
           Look at me, I'm as helpless as a kitten up a tree,
           And I feel like I'm clinging to a cloud, I can't understand,
           I get misty, just holding your hand. 
           Walk my way, and a thousand violins begin to play,
           Or it might be the sound of your hello, that music I hear,
           I get misty, the moment you're near.
           You can say that you're leading me on,
           But it's just what I want you to do,
           Don't you notice how hopelessly I'm lost,
           That's why I'm following you.
           On my own, I would wander through this wonderland alone,
           Never knowing my right foot from my left, my hat from my glove,
           I'm too misty, and too much in love.
           I'm too misty, and too much in love.


ここは原点に還り、ガーナー自身のピアノ・ソロによるアルバムをご紹介しておく。
Beea35e3ERROLL GARNER PLAYS MISTY
”時代”を感じさせる録音ではあるが、まずは一杯、これを呑み干していただきたい。^^) あとは、さまざまな編成・ソロで色々な演奏があるので、それを探して楽しめば良いと思う。(私自身も、その最中である)

♪♪♪

最後に、吹奏楽編曲版も紹介しておきたい。
Photo_2真島 俊夫 編曲
中谷 勝昭cond.
東京佼成ウインドオーケストラ

Flugelhorn(Trumpet)のソロをフィーチャー。中間部に快活なボサ・ノヴァを用いた優れたアレンジで、ラッパに名手のいるバンドにはぜひお薦めしたい。
Photoまた、ソロを各楽器に散らしても良いだろうし、中間部に聴衆から手拍子でも貰えたなら、前後のしっとりとしたジャズ・バラードとの対比も良いので、演奏会のエンディング曲としてもハイセンス。このように、ユーティリティーの高いアレンジでもあると思う。

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2010年2月20日 (土)

華麗なる舞曲

Claude_smith_2Danse Folatre
C.T.スミス
Claude Thomas Smith
1932-1987)








難度を極めた傑作「フェスティヴァル・ヴァリエーション」(1982年)で高名なクロード・スミス(冒頭画像)による1986年の作曲。「フェスティヴァル・ヴァリエーション」と同じくアメリカ空軍ワシントンバンドによる委嘱作品にして、同作品を更に上回る難曲中の難曲で知られる。
高速なテンポに極めて細かいパッセージ、伴奏の凝ったリズム、頻発するハイ・ノート、高度な技巧を要するソロの連続…。輝かしいサウンドをもち、多様な打楽器をふんだんに使ってド派手に仕上げられたこの音楽は、全パートに亘りプレイヤーの”挑戦心”を煽る楽曲であり、聴く者にとっても固唾を飲まずにはいられぬ怪作である。(もちろんスミス作品らしく、
Hornの譜面は際立って壮烈だ。)

♪♪♪

原題 Danse Folatre はフランス語であり、スコアに表記された英文題名は Exuberant Dance というもの。exuberant とは「生茂った」「元気あふれる」「喜色満面の」「(言語・文体が)華麗な」といった意味だが、スミスが敢えてフランス語表題としたのは、何らか意味があってのことだろう。但し、その由来を示す資料は見当たらない。
  
    ※本来 folatre の"
a"にはアクセント符号(^ :アクサンシルコンフレクス)
        が付されているが、本稿ではこれを省略している。


folatreは英語の frisky, playful, coltish, frdicsome,sportive と同義とされ、これらの英単語からこの曲に合致する意味を探ると「跳び回る」「お茶目な」「(跳ね回って)手に負えない」「遊び心のある」「派手な」というニュアンスが読み取れる。folatreは音楽上の発想記号としても使用され、その場合にも「陽気に」「おどけて」「冗談好きな」といった意味とされる。

もしかしたら作曲者は"folatre"と名のつく音楽作品に触発されたのでは?と思い立ち、調べてみたが直接の関係はなさそうである。

   1. Peteite Nymph Folatre (お茶目な小妖精)

         16世紀フランドルの作曲家 Francois Regrard の作品。これぞ
         
まさにルネサンス音楽といった曲調である。
      2. Danse Folatre pour Piano
         Moritz E. Schwarz のピアノ作品。作曲者は名前からしてドイツ
        人だと思われるが詳細不明。かつてCDも出ていたのは間違い
         ないが、現在ではどうしても入手できず、まずほとんど知られて
         いない楽曲と云える。


そもそもクロード・スミスの作品には「標題音楽」的なものは少なく、本作も絶対音楽と云ってよいであろう。したがって題名にこだわる必要もないのであるが、他の作品と違い、なぜ彼が敢えて(英訳をつけてまで)フランス語の題名を冠したのかは腑に落ちない。常識外れにユニークなこの曲、命名にも何か面白いエピソードが隠されている気がしてならないのだが…。

♪♪♪

001まさに”堰を切る”鮮やかな一撃に続いて、激烈なAllegro Vivoの生命感とスピードを極めた音楽がほとばしる-
「華麗なる舞曲」の幕開けだ。大きく捉えて急-緩-急の形式による楽曲だが、テンポや色彩の変化に富んでおり、まさにジェットコースター・ムービーといった感じである。

”深遠な内容を表現する”という音楽ではないが、その対極に間違いなく存在する純然たる”音楽の愉しさ”を「極めた」作品。その意味で「名曲」と呼ぶに相応しい。


スピードとエネルギーに満ちた序奏部からして、ハイ・ノートや強力なトリルなどHornには容赦がない。続いて現れる主題が快速部を支配するものであるが、打楽器を伴った木管のパッセージの壮絶さには圧倒されてしまう。
2シンコペーションの生命感が印象的なAlto Saxソロで旋律の断片が奏されて展開部に入るが、ほどなく入ってくるシロフォンとMuted Trp.(+ Trb.1)のリズミックな伴奏の難しさがまたエグい。
こうしてソロイスティックでテクニカルなフレーズが現れては、鮮烈にしてエキサイティングなレスポンスが呼応- そんな応酬がハイスピードで次々と押し寄せるのだ。
エスカレートする難度には危険を感じないわけにはいかず、ハラハラさせられるばかり。しかしその一方で、音楽の興奮・ドキドキ感も高まるばかりではないか!

最高音楽器から最低音楽器まで一気に駆け下りる細かいパッセージに続き、地の底から天に昇るように高揚するブリッジ。頂点で鳴り響くHornの雄叫び(決して悲鳴になってはイケない)は、血管が切れそうだ。
4
テンポを緩め静まった中間部、ファゴットの音色を生かした伴奏に乗ってClarinetが新たな主題を朗々と歌うが、ここでの金管中低音のバックハーモニーにも実に味がある。
3この新たな主題がTrp.+Trb.で繰り返された後、高揚してブレイク。そして、高度な木管楽器のソロが続き、さらに全合奏でダイナミックに主題は歌い上げられていく。(バックで伴奏を務めるHornはさりげなくまた壮絶…。)
5この中間部を俯瞰すると、木管(Clarinet、Oboe、Alto Sax、Flute、Fagotto)およびピッコロトランペットのソロと、全合奏での高揚とが交互に繰り返される構成となっている。
ソロ群の白眉は、何といってもピッコロトランペットであろう。木管とウッドブロックやクラヴェス、マリンバのリズミックな伴奏に導かれ、ピッコロトランペット・ソロの軽やかで輝かしい音色が聴こえてくると、楽曲は一層華やぐのだ!
6
ピッコロトランペットの奏した主題がHornで勇ましく反復されると、Alto Saxにあのシンコペーションのフレーズが帰ってきて、快速部へと戻っていく。
メロディックなTimp.ソロあり、生き生きとしたフガートあり、Trb.の強烈なグリッサンドあり…そして徐々に昂ぶった後、G.P.に続き冒頭部が再現される。

終結部は毅然とした表情を濃くする。Hornの咆哮が最後の鞭となってエネルギッシュに突っ走り、重厚で濃厚なサウンドの2拍3連をごぅ、と轟かせ全曲を閉じる。
7

♪♪♪

あまりに凄まじい曲なので、呆気にとられてしまう。(こうしてみると「暴れん坊の舞曲」あたりが適訳とも思える。)


この曲はまさに「ロデオ」だ。フィールドじゅうを跳ね回り、振り落とそうする暴れ馬に、如何に”カッコ良く”乗るか、である。馬を抑えこむのではない、おとなしくさせてから乗るのでもない、そんなのちっとも面白くない!
跳ねて暴れ回る馬に乗ってこそ「ロデオ」ではないか!しかも半泣きでしがみついてちゃダメ、見栄張って片手でカウボーイハットを高く掲げ、カッコつけなきゃ…!

それをやってのけたのが、1992年の全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した洛南高である。もはや伝説と化した感のあるこの演奏、粗い部分もあり「名演」ではないかもしれないが、屈指の「快演」である。
Photoお家芸の持替えでズラリと並んだ金管群をはじめ、「華麗なる舞曲」をこの瞬間に、このメンバーで、こう演奏するぞという強い意志が示された演奏。
完全に「世界」が出来上がっている!
難曲に喰らいついたこの演奏はリズムがまさに”生きて”おり、生命感が違う。ここぞとかますベル・アップも意味無くない、絶対に意味がある。

Ive彼らの創ったかくも強靭な「世界」を見せつけられては、文句なんて全く言えない!
この演奏がもたらした興奮は、コンクールの枠組みなど遥かに突き抜けた。録音に残されたコンクール会場とは思えぬ終演後の聴衆の熱狂は、それを如実に物語っている。
(左上画像:洛南高演奏収録のCD)

  ※1988年の九州吹奏楽コンクールでの福工大附高の演奏も凄い。一人
        ひとりが”吹けている”という点においては、洛南高を凌駕しているとも
        云える。(打楽器一つとっても、そもそも”音が違う”。)しかし、それでも
        洛南高が示した「世界」が存在するまでには至っていないのである。
    
    ※洛南高のセンセーショナルな演奏の反響は、当時のバンドジャーナル
       誌上の講評からも明らかである。 → 「bj_rakunan.jpg」をダウンロード


♪♪♪

前述の通り、のろい・跳ねない・醒めた「ロデオ」なんてものはあり得ない。-如何に正確な演奏であろうとも、スリルのない「華麗なる舞曲」に魅力は存在しない。
結果として、お薦めの音源は以下の通りいずれも熱気溢れるLive録音となった。

Photo_2演奏者不明(Live)
録音状態はあまり良くないが、高いテクニックを示し、スピード感とスケールの大きさを両立した秀演。カンザス大学による「スミス作品集」に収録されているわけだが、明らかに他の収録曲とは演奏レベルが別物。
テクニックの高さとチェロを編成に加えていることから、アメリカ空軍ワシントンバンドの可能性が高いと思うが、確たる情報はない。
   
   ※出版社(Wingert-Jones)から発売されているアメリカ空軍ワシントンバンド
       の演奏とも違う録音である。また、その後重版された盤では同じこのCDでも、
       「華麗なる舞曲」は別の演奏に差し換わって
いるとの情報もある。

1992_2飯森 範親 cond.
大阪市音楽団(Live/1992)

1992年7月岡山シンフォニーホールにて収録、この曲の要求する”スリル”が存分に示された好演。やや粗いが、切迫した緊張感と”勢い”が強く感じられる。
尚、飯森&市音の組合せは2009年にも大阪にてこの奇跡的名演の”再演”ともいうべき録音を残している。

  【その他の所有音源】
    飯森 範親cond. 大阪市音楽団(Live/2009)
    ジェイムズ・M・バンクヘッドcond. アメリカ空軍ワシントンバンド
    ジェイムズ・M・バンクヘッドcond. 東京佼成ウインドオーケストラ
        ウイリアム・シルヴェスターcond. イースタン・ウインドシンフォニー
        ローウェル・グレイアムcond. アメリカ空軍ヘリテージ・オブ・アメリカバンド
        加養 浩幸cond. 土気シビックウインドオーケストラ

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2009年12月 9日 (水)

いたずらなポルターガイスト

1The Puckish Poltergeist
C.サレルノ
(Christfer James Salerno 1968- )




非常にインパクトのある標題。1995年の全日本吹奏楽コンクールで東海第一高(当時)が演奏し広く知られたが、逆にそれっきりになってしまった感がある。
演奏時間5’30”程度の短い曲だが、音楽自体も大変ユニークなもの。万人受けする楽想ではないし、変拍子の嵐で演奏難度も高いことが、この曲をとっつき難いものにしているのだろう。しかし確たる個性があって興味深い作品であり、もっと演奏されてよいと思う。

♪♪♪

001作曲者クリストファー・サレルノ(左画像)は、吹奏楽や管楽器アンサンブル(室内楽)に多くの作品を書いているアメリカの作曲家。ラドフォード大学でマーク・キャンプハウス(Mark Camphouse)に師事、この「いたずらなポルターガイスト」1991年に作曲されたサレルノの代表作である。



ポルターガイスト(Poltergeist)
とは、物品が宙を舞ったり、激しい物音がしたり、電灯の点滅や電話の着信などの機械的・電気的変化も起きたりする特異現象のこと。元々ドイツ語で”騒がしい霊”の意味。時には幽霊が目撃されたり、寒気が感じられることもあるという。
ポルターガイストは”ある特定の人物の周りで生じる”もので、”ある特定の場所に於いて生じる”ホーンティング”
(Haunting)とは異なるとされている。
  ※出典・参考:明治大学/石川幹人教授「超心理学講座」

「恐ろしさとコミカルさという対照的なものを同時に持ち合わせ、無茶苦茶に動き回るポルターガイスト。
”いたずらなポルターガイスト”は、そのいたずらを題材とした標題音楽である。
作曲者は、急速な拍子の変更や二重三重に重なり合うリズムパターン、コントラストを効かせた楽曲構造を駆使している。これによって、気味の悪い城の住人たち(ポルターガイスト)がさまざまな家具や台所用品を宙に浮かせて走り回り、またちょっとしたいたずらのつもりで少し変な叩く音を出したりするさまを、鮮烈に思い描かせる。」

-スコアにあるプログラム・ノートより

♪♪♪

いきなり激烈なシンコペーションのfff(冒頭画像参照)で始まる。家中の家具が浮き上がり、ダイナミックに飛び回っている感じであり、このポルターガイストのいたずらはのっけから実にキツい。
鋭い打ち込みを伴奏に、引き攣った表情で強烈なトリルが印象的なHornの主題が現われる。
2全編に現れる変拍子のエキサイティングなリズムは非常にシビア!これだけでも高い緊張感を持っている。更にアクセントと強弱の対比、楽器間の応酬が加わって、音楽に異様な生命感が吹き込まれているのだ。Timp.をはじめとする打楽器群、そしてピアノは特に鋭い感性を要求されよう。

ポルターガイストのいたずらは時にユーモラス。諧謔味あふれるTrumpetのソロはその象徴である。
3
しかし、それに騙されてはいけない。
一旦静かになって動きを止めた(G.P.)かと思うと、ポルターガイストはその恐ろしい本性を現す!充分にテンポを落とし、木管と打楽器のおどろおどろしいトリルをバックに、迫りくる恐怖を表す低音群の重厚なフレーズは、圧倒的な威圧感だ。
4
そこにチャイムの音が聴こえ、荘厳にコラール風の楽句が奏される。夜明けが近づき、漸くポルターガイストのいたずらも終わるのか-。
するとラチェットが鳴り響き、それを合図にポルターガイストは前にも増してスピードを上げ、家の中をめちゃくちゃにする。猛烈な最後のひと暴れだ。
最初の旋律がTrumpet+Hornで激しく再現('Bells Up'の指示!)され、さらにテンポを上げて一気にPrestoのエンディング。スリリングで鮮烈な印象を残し、曲を閉じる。

前半のポルターガイストの描写部分は、リピートして二度奏されるのだが、快速かつ、そしてリズム・音色・アクセント等のめまぐるしい変化で飽きさせることがない。なかなかにクールな楽曲といえよう。

♪♪♪

Cd001音源は、前述の全日本吹奏楽コンクールLive録音を除くと、本作の出版元
Neil A. Kjos のデモCD
(左画像/指揮者・演奏者特定不能)
しかない。
しかしこの音源、レベルが高い!鋭い感性でリズムやニュアンスを捉えた快演である。アクセントや強弱の対比など正確にスコアを再現しているし、終始スピード感のある音色も見事、デモ音源には珍しく実に満足の行く出来映えとなっている。

   ※Neil A. Kjos 社のデモ音源はこちら

♪♪♪

[ 追記 ]

本稿では以下の通り、当Blogが作曲者クリストファー・サレルノ氏のHPにリンクいただいておりましたので、そのことをご紹介しておりました。その後サレルノ氏は自身のHPの閉鎖→リニューアルを何度か繰返しております。

2011.2.14.にサレルノ氏が再びHPを復活された(最新HPへのリンク)ことは確認致しましたが、今回は同日現在、当Blogとのリンクはしていただいておりません。
しかしながら、本楽曲にまつわる私の想い出の一つとして、下記はそのまま掲載継続させていただきます。


▽▽▽

作曲者クリストファー・サレルノ氏が、自身のHPで本稿にリンクを貼って下さいました! → HPはこちらです。

  ※2009年12月下旬以降、サレルノ氏のHPはリンク切れと
       なっておりましたが、このたび新HPでの復活を確認致し
       ましたので、改めてご案内させていただきます。
       拙Blogは ”Hashimoto Sound Hall” という英名にて、
       リンクいただいてます。^^)
       旧HPでは
      "Checkout the analysis of The Puckish Poltergeist
      on this Japanese Website ! Very cool !"
       とのコメントを頂戴し、感無量でした!
       海の向こうの作曲者ご本人から認めていただけるなんて、
       思ってもいませんでしたから…。
       尚、同じく旧HPによれば Neil A. Kjos のデモは
       Westpoint Military Academy Band による1992年の演奏
       とのことでした。



(初出稿:2008.2.27. / 改訂追記:2011.2.14.)

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